(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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10月27日をもって、前作の閃の軌跡0から二周年となりました。
これからもよろしくお願いします。


 ノルドの不思議その4
 四人だけなのに猟兵団を立ち上げようとしていた《バグベアー》。
 彼らだけで監視塔と共和国基地を半壊させたのなら確かに凄腕なのだが、何故か閃Ⅱでは人数が増えている。






37話 ノルド高原Ⅳ

 6月28日月曜日、特別実習三日目。

 

「生きてる……?」

 

 見慣れたゲルの天井を目にして目を覚ましたガイウスは二度と来ないと思っていた目覚めに呆然としながら身を起こす。

 

「夢……だったのか?」

 

 監視塔を砲撃した武装集団に的当てゲームの標的にされたはずなのに、嬲り殺すように出力調整された低速弾を喰らった背中や腕、それに足などには外傷はない。

 

「いや……夢であるはずがない……」

 

 痛めつけられた記憶ははっきりと残っている。

 なのにその傷がないことに困惑するしかない。

 とにかく起きて、状況を確かめようとガイウスは寝かされていたベッドから降りる。

 そこに丁度ラカンがゲルの中に入ってきた。

 

「ガイウス。目が覚めたか?」

 

「あ……父さん……」

 

 入ってきた父の姿にガイウスは思わず安堵の息を吐く。

 

「どうした?」

 

「いや……悪い夢を見たようだ」

 

「悪い夢か……それは武装集団に追い立てられた夢か?」

 

「どうしてそれを……?」

 

 自分の心の内を読み取ったラカンにガイウスは驚く。

 そんな息子にラカンはため息を吐くと、それを差し出した。

 

「これは……俺の制服……」

 

 一見すればボロ雑巾のようにも見えるそれは間違いなくガイウスの制服。

 血塗れの上に穴だらけ。

 これを見た者は十中八九、着ていた人間が生きているとは思わないだろう。

 しかしガイウスの体には傷一つなく、これはいったいどういうことなのか首を傾げる。

 そんなガイウスにラカンは彼が集落に戻って来た時の話をする。

 

「今日の早朝に《剣鬼》と名乗った怪しげな風貌の男がお前と拘束した武装集団と共に突然集落に現れた」

 

 その時の事を思い出すようにラカンは目を伏せて、ガイウスが深夜に飛び出してからの出来事を大まかに話す。

 

「彼は監視塔の襲撃犯が彼らであること、そしてガイウスの手当てはしておいたと言い残して去って行ったのだ」

 

「そう……ですか……」

 

 簡単に説明されてもにわかには信じられない話だった。

 覚えているだけでもかなりの銃弾を浴びせられた。かなりの出血をしていたはずなのにその後遺症すら感じない。

 感謝しないといけないことなのに、余りにも常識からかけ離れた技に狐につままれた気持ちになる。

 

「それよりもガイウス、身体に問題がなければ手伝ってくれ」

 

「手伝う……それは何を?」

 

「ゼクス中将が知らせてくれたことなのだが、基地が攻撃を受けたことを理由に共和国が攻めてくる可能性が高いらしい」

 

「そんな……あれは俺を襲った武装集団が犯人のはず! どうしてそれが戦争の口実になるんだ!?」

 

「どうやら共和国がそれを信じてくれなかったようだ……

 リィン君が何とかしてみせると言っていたが、流石に個人でどうにかできることではない。私たちは戦争に備えてラクリマ湖へと移動することにした」

 

「そんな……」

 

 ノルドが戦場になることにガイウスは愕然とする。

 そして犯人の一部は捕まっているというのに、聞く耳を持とうとしない共和国に強い憤りを感じる。

 

「こうなったら俺が直接、共和国の基地に行って直談判を――」

 

「行ってどうする? お前の言葉など聞いてもらえると思うのか?」

 

「だけど父さん! このまま黙ってノルドの平穏が脅かされるのを黙って見ていろと言うのか!?」

 

 ガイウスは激昂してラカンに言い返す。

 

「そうは言っていない。だが、本格的に帝国と共和国の戦争が起きれば我々にできるのはその嵐が過ぎ去るのを待つだけしかできん。それはお前も分かっているはずだ」

 

「くっ……」

 

「それにおそらく共和国にとって真実などどうでも良いことなのだろう」

 

「そんな理不尽が罷り通るなんて……」

 

 ガイウスは自分の無力を噛み締める。

 こうならないように無理を言ってトールズ士官学院に通わせてもらったというのに、結局何も学ぶことができていなかった事実に打ちひしがれる。

 

「お前がこのノルドを愛している気持ちは私も十分分かっている……

 だが、皆が無事でいることが何よりも重要なのだ。分かってくれ、ガイウス」

 

「父さん……」

 

 覗き込まれた目を見て、ようやくガイウスはラカンの中にも憤りがあることに気が付く。

 しかし族長としての立場からそれを呑み込んで皆を導こうとしている。

 

「…………分かりました」

 

 血を吐く思いでガイウスが応えると、そこにリィン達が戻って来た。

 

「ただいま戻りました。ラカンさん……あ、ガイウスも目が覚めたのか?」

 

「ああ……心配をかけてすまなかった」

 

 ガイウスはリィン達に頭を下げてから、一同を見回す。

 

「みんな……俺は――」

 

 今の内にトールズへ帰るべきであり、自分はノルドに残るつもりだとガイウスは言おうとすると、そこにリィンの言葉が被る。

 

「ラカンさん、ひとまず共和国側には条件付きで話を付けました。なのですぐに戦争になることはないので安心してください」

 

「……うむ…………ん?」

 

 てっきりゼクスからの開戦時間の伝言だと思っていたラカンはリィンの言葉が理解できずに首を傾げる。

 

「……それは本当なのか、リィン?」

 

 同じように絶句しながらもガイウスは確かめるように聞き返す。

 

「ああ、状況はまだ厳しいけどこっちの結果が出るまでは待ってくれることになった」

 

「いや……しかし……いったいどうやって、君のような子供が軍を説得できたと言うのかね?」

 

 我に返ったラカンは思わず尋ねる。

 リィンが普通ではないことは《巨像》の一件から分かっていたことだが、戦争を調停することができるかどうかは話が別だ。

 こんな時に嘘を言っているとは思えないが、自分の息子と同年代の少年がそれをしたというのはとてもではないが信じられることではなかった。

 

「俺はただ仲介しただけで、説得は他の人に頼んだだけです」

 

 あっさりと言い返す。

 

「他の人……?」

 

「ああ、遊撃士協会と――」

 

「遊撃士――そうかその手があったか!」

 

 リィンの答えにガイウスは納得する。

 帝国では活動できず目立たないが、カルバード共和国側はその限りではない。

 そしてリィンは遊撃士の資格を持っている。

 協会を通しての説得ならば共和国も無碍にはできないだろう。

 

「父さんっ! 共和国の飛空艇がこっちに降りてくる!」

 

 ガイウスとラカンが安堵したところに今度はシーダが駆け込んできた。

 思わずガイウスは身を固くするが、リィンは何の心配もないと言わんばかりに微笑みを浮かべて応える。

 

「大丈夫だよ。その飛行艇は悪い奴等を捕まえに来てくれた人たちだから怖がらなくて大丈夫だ」

 

 そう言いながら、今にも泣きそうなシーダの頭を撫でてリィンはゲルを出ていく。

 

「…………ガイウス……」

 

「はい……」

 

「帝国の貴族とは凄いのだな」

 

「いえ、リィンが特別なだけです」

 

 ラカンに訂正をしてガイウスはリィンの後を追って外に出る。

 日はすでに高く、正午を回っているだろう。

 ノルドの空は地上の争乱とは無縁に蒼く澄み渡っており、そこに飛空艇がアリサの誘導に従ってゆっくりと降下してくる。

 そして――

 

「また一ヶ月ぶりねリィン君」

 

 白いスーツに身を包んだ長い黒髪の女性が着陸した飛行艇から出て来た。

 

「呼び付けてしまってすみません。だけど来てくれて助かりましたキリカさん」

 

「気にしなくて良いわ。こういう事態を想定して連絡先を交換しておいたのだから、まあこんなに早く活用されるのは想定外だったけど」

 

「リィン、この人はいったい誰なの? …………ってあれ? どこかで見たことがあるような?」

 

「ふむ……なかなかの達人とお見受けする」

 

 リィンに親し気な黒髪の美女の登場にアリサは顔をしかめて首を傾げる。

 ラウラは彼女から感じる気配から実力を読み取ろうとする。

 

「この人はキリカ・ロウランさん。カルバード大統領直属の情報機関《ロックスミス機関》の室長を務めている人です」

 

「カルバード……?」

 

「大統領直属……?」

 

「驚いたな。まさか共和国にまでコネがあるとは」

 

 絶句するアリサとラウラ。そしてユーシスは出て来た重要人物に呆れる。

 

「ようリィン。現実で会うのは《リベル=アーク》以来だな」

 

「おうおう相変わらず派手にやっているみたいだな」

 

 キリカに続いて現れたのは熊のような大きな体躯の武道家然とした大男と礼服を身に纏った赤毛の青年が続く。

 

「ジンさん、それにレクターさんも?」

 

「リィン……彼らは?」

 

 次はどんな重要人物が来たのか身構えながらガイウスは尋ねる。

 

「大きい男の人がジン・ヴァセックさん、カルバード共和国のA級遊撃士……

 赤毛の人は帝国軍情報局のレクター・アランドール特務大尉だ」

 

「A級遊撃士……」

 

「それに帝国軍情報局って……たしか正規軍の……」

 

 出て来た者たちはキリカ程のインパクトはないものの一同を絶句させるには十分だった。

 

「俺は偶々クロスベルにキリカを尋ねに行った所で、キリカに遊撃士代表として連れて来られたってわけだ」

 

「俺もこの件で帝国政府から交渉役に呼び出されてな。飛行艇で戻ろうとしたら空港でかち合ったからついでに乗せてもらったってわけだ」

 

「そうなるともう交渉は済んでいるんですか?」

 

 レクターの言葉にリィンは尋ねる。

 

「ま、お前さんがほとんど下準備をしてくれてたから俺がすることなんてほとんどないんだけどな」

 

「とりあえずカルバードの主戦派はロックスミス大統領が抑えてくれているから安心して良いわ……

 再来月の《通商会議》に向けて無用な対立は避けたいのは両陣営の意向だからなおさらね」

 

「ま、帝国政府が犯人を捕縛しても自作自演だと押し通そうとするかもしれないから犯人の捕縛は遊撃士の役目ってことだ」

 

「ありがとうございます。皆さん」

 

 キリカとジンの頼もしい言葉にリィンは安堵する。

 ガイウス達は先程まで悲壮感を抱いていたはずなのに、それを忘れて呆然と立ち尽くした。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

「尋問が終わるのを待っている暇はないわね。猟兵崩れへの依頼内容を推測するなら帝国と共和国で戦争させること……

 そう考えると残りの猟兵崩れはまだノルド高原の何処かに潜伏している可能性は高いでしょう」

 

「地図を見た限り、ノルドには大人数で潜伏できる場所は限られている……

 その中でも見晴らしの良い場所は除外して良いだろう。それに監視塔より向こう側だということも考慮する必要があるな」

 

「それなら安心して良いぜ……

 実はうちの諜報員が別件でノルドに派遣されていてな。今通信で確認したら猟兵崩れ共の根城を見つけたらしい。奴等は石切り場にいるってよ」

 

「ゼクス中将から犯人を確保した時のための導力車を借りています……

 《バグベアー》の練度から考えれば俺とジンさんで制圧は可能だと思います」

 

 ウォーゼル家のゲルで、みんなに説明するように地図を広げながらも瞬く間に情報をまとめていく四人にガイウス達は置いてけぼりにされていた。

 

「んじゃ、うちの諜報員にはその場で監視してもらうとして、とりあえず飛空艇は目立つから移動は導力車で良いな?」

 

 レクターは早速まとめにかかり、その提案にも異論を挟む者はいなかった。

 

「そういうわけなので、俺達はこれから監視塔と共和国軍基地を襲った武装集団の捕縛に行ってきます」

 

「あ、ああ……」

 

 彼らを代表するようにまとめるリィンにラカンは気押されながら頷く。

 特別実習を引き受けるに当たり、一人だけ別格な子供とは聞いていたがまさかここまでだとは思っていなかった。

 

「みんなはここで待っていてくれ、夕方までに終わると思うから」

 

「ま、待ってくれリィン」

 

 自然と自分たちを置いて行こうとするリィンをガイウスは咄嗟に呼び止める。

 

「俺も一緒に連れて行ってくれ」

 

「ガイウス……」

 

「これはノルドの……俺の故郷に関する問題だ。だから――」

 

「ガイウス、これはノルドの問題じゃなくて帝国と共和国の問題だ……

 仮にも猟兵を名乗る様な奴等と戦うのにただの学生を連れていくことはできない」

 

「だが――」

 

「それに昨夜、その猟兵達に殺されかけたのは誰だ?」

 

「っ……」

 

 リィンの指摘にガイウスは押し黙る。

 

「俺達は足手まといだと言うことか?」

 

 押し黙ったガイウスに代わってユーシスが聞き返す。

 

「そこまで言うつもりはない。だけどガイウスには自覚がないかもしれないけど、本調子じゃない者を連れて行くわけにはいかない」

 

「確かにあれだけの傷を負っていたのだから、高度の治癒術を使われていたとしてもガイウスは安静にしていた方が良いだろう」

 

 血塗れになった彼の制服を思い出し、ラウラは一理あると頷く。

 

「だからってリィンだけに行かせるのは……」

 

 それでもとアリサが渋る。

 

「別に良いんじゃないか、ついて来てもらったって」

 

「レクターさん?」

 

「遺跡の規模や抜け道の可能性を考えれば潜入する班と、入り口に待機しておく班に分けるのが良いだろ……

 こいつらだって士官学院の生徒、いわば軍人の卵なんだ。協力してくれるって言うなら利用させてもらおうぜ」

 

「だけど……」

 

「気持ちは分からないでもないが、過保護はよくないぜ。それに本調子じゃないのはお前も同じだろ?」

 

「っ――」

 

 レクターの指摘に今度はリィンが押し黙る。

 

「え……リィンが本調子じゃない?」

 

「レクター殿、それは本当か?」

 

「うまく隠しているが俺の勘は誤魔化せないぜ」

 

「…………レクターさん、どうしてこんな時だけ真面目になるんですか?」

 

「はははっ! 何を言うかなリィン君、俺はいつだって真面目なできる男じゃないか」

 

 リィンに半眼で睨まれてもレクターは笑って受け流す。

 そしてガイウス達がリィンが本調子ではないと聞いて、思い浮かぶのは昨日の《巨像》の一件。

 やはりいくらリィンが人間離れしていたとしても、《巨像》の一撃を受けて無事で済むはずがなかったのだろう。

 

「そう言うことならなおさらリィンだけを行かせるわけにはいかないな」

 

「ラウラ、別に俺だけじゃなくてジンさんとキリカさんもいるんだけど」

 

「そうよ。だいたいリィンだって私たちと同じ学生じゃない」

 

「アリサ……」

 

「ふん。アルバレアの名に懸けて、ここで引き下がるわけにはいかないな」

 

「ユーシスまで」

 

「頼むリィン。この地に住むノルドの民としてこの事件の結末を見届けさせてくれ」

 

「ガイウス……」

 

 真摯に頭を下げて懇願するガイウスにリィンはため息を吐き、キリカとジンに振り返る。

 

「民間人を事件に巻き込むのはあまり推奨しないけど、人手が足りないのは確かね」

 

「俺は構わないぜ。良い、仲間じゃないか」

 

 肯定的な二人にリィンはため息を吐き、ガイウス達の同行を認めるしかなかった。

 

 

 




飛燕紅児

ラウラ
「キリカ・ロウラン殿か……ジン殿もそうだが中々の使い手のようだな」

リィン
「二人は泰斗流の使い手なんだ……
 ジンさんはA級遊撃士で《不動》の二つ名で呼ばれているベテランで、キリカさんは《飛燕紅児》と呼ばれていて得物を持たせたら泰斗流最強の武人らしい」

アリサ
「うーん……どこかで会った気がするんだけど、どこだったかな」

ユーシス
「アリサがこう言っているが、もしかしてリベールでの知り合いなのか?」

リィン
「ああ、そうだよ。キリカさんはツァイスの遊撃士ギルドの受付をしていたからそこでアリサと会っているな……
 だけどみんなにはこっちの方が驚くんじゃないかな?」

ガイウス
「驚く? 何のことだ?」

リィン
「キリカさんはアンゼリカさんの師匠なんだ」

アリサ
「アンゼリカさんの師匠っ!? つまりそれって……」

キリカ
「あら……どうして距離を取るのかしら?」

リィン
「それは……」

キリカ
「説明なら不要よ……
 一度は性根を叩き直したはずだったのだけど、どうやらあの子の病気が再発したみたいね……
 アランドール特務大尉、申し訳ありませんがこの一件が終わったら一時的に入国の許可を頂けないかしら?」

レクター
「おいおい、いきなり無茶言うなよ――っと言いたいところだが面白そうだから許可してやるよ」

 ………………
 …………
 ……

リィン
「あのアンゼリカ先輩、実は先輩と話がしたいという女性がいるんですが」

アンゼリカ
「ほう……リィン君が私に美少女を紹介したいとは珍しい」

リィン
「残念ですけど、少女ではありません。まあ美人なのは間違いないですが」

アンゼリカ
「ほう、どうやら私の魅力は年上の美女も惑わせてしまったのだな。何、多少の年齢差など構いはしない……
 年上だろうと私は等しく愛でて上げようじゃないか」

キリカ
「随分と楽しそうねアンゼリカ・ログナー」

アンゼリカ
「………………」

リィン
「それではごゆっくり」

アンゼリカ
「待てっ! リィン君、謀ったな! いや、待ってくださいリィン君! 助け――アアァァーーッ!」


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