(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
帝国上空、漆黒の飛行艇内。
「はっ……どうやらしてやられたようだな」
顔に傷のある強面の男がギデオンに嘲笑の笑みを浮かべる。
「ああ、《かかし男》……想定以上に厄介な男のようだ」
男の挑発を受け流し、ギデオンはその指摘に真面目に頷く。
「だが、今回の事で《かかし男》の能力は把握できた。次はもっとうまくやるさ。しかし――」
ギデオンは船内を見回し意外だと息を吐く。
「まさか総出で助けに来てくれるとは思わなかったな」
ギデオンの前には三人の男女。
「ふん、勘違いするなよ。こんなところでお前に脱落されたら俺達の苦労が台無しになるからだ」
男はギデオンの言葉に好きで助けたわけじゃないと言い張る。
そんな彼にギデオンは肩を竦めると、石切り場で手に入れた七耀石が熱を持っているのに気付く。
取り出すと、なんとなくだが目の前の三人に引かれているのが分かる。
「その様子だと君たちも“魔石”を見つけることができたようだな」
「ええ、ブリオニア島で翠耀石を見つけたわ」
ギデオンの問い掛けに女が翠色の石を差し出す。
「オーロックス峡谷の廃道には琥耀石があったぜ」
傷持ちの男が琥珀色の石を差し出す。
「パルムでは紅耀石が見つかった」
フルフェイスヘルメットの男が深紅の石を取り出す。
「それは重畳、ノルドの石切り場にあったこの蒼耀石にルナリア公園で見つけた金耀石……
残りは二つの目途もついている。夏至祭には全ての“魔石”を揃えることができるだろう」
「しかし信じられねえな。こんなちっぽけな七耀石で本当にあの伝説の暗黒竜を蘇らせることができるのか?」
男は手の中の七耀石を弄びながら半信半疑に呟く。
「この“魔石”はヘクトル帝が暗黒竜を倒した時に残ったもの……
これらと暗黒竜の骨から造り出した“魂を縛る”ことができる《降魔の笛》を使いオルトロス偽帝は暗黒竜を復活させたと文献にあったと何度も説明したはずだが?」
「そう言われても、暗黒竜なんて御伽噺としか思っていなかったからな」
ギデオンの説明に傷面の男は頭を掻く。
「真偽はともかく、この七耀石が普通ではないのは確かだろう……
こうして互いの石が引かれ合っているのもそうだが、《G》が言った通りヘクトル帝やドライケルス帝が破壊できずに封印することしかできなかったのは確かなようだからな」
「《C》……その口振り……まさか……」
「ああ、俺の得物を叩きつけてみた。まさか傷一つ付けることができないとは思わなかったがな」
ヘルメットの男の言葉にギデオンは呆れる。
「それで壊れたとしたらどうするつもりだ?」
「その時は偽物だっただけの話だろ?」
「そうかもしれないが……」
返された正論にギデオンは押し黙る。
「ねえ……本当に“暗黒竜”を復活させるの?」
そんな彼らの会話に眼帯の女が不安そうに弱気な言葉をもらした。
「なんだ《S》? まさか怖気づいたのか?」
「別に……ただ“暗黒竜”についてはあたしも教会で少し教えてもらったことがあるから」
「フン……だから良いんじゃねえか。花火は派手に限るぜ」
躊躇いを見せる女に男が笑う。
「もし本当に伝説の通りの“暗黒竜”が復活したら80万人の人口の帝都が死都と化すのよ。その意味がちゃんと分かっているの?」
「当然だ。あの男を殺すためならその程度の犠牲は致し方あるまい」
女の不安にギデオンは必要な対価だと割り切る。
「流石のあいつも帝都を滅茶苦茶にされたら顔色を変えるはずだ……
ククク、想像するだけで面白くなってくるぜ」
元猟兵だからなのか、人が死ぬことにまるで抵抗を感じていない男に女は顔をしかめる。
「《S》何が気に入らない?」
そんな女の様子を見兼ねて仮面の男が覚悟を問う。
「気に入らないと言うか……ただ無関係な人を巻き込むのは本意じゃないだけよ……
それに“暗黒竜”を復活させると知ったらあの“魔女”が何を言うか……」
「無関係……はっ、帝国であの男を支持している人間が無関係なわけないだろ」
女の意見を仮面の男は鼻で笑う。
「それに“魔女”は関係ない……
確かにあいつとは契約を交わしているがだからと言って魂まで売り渡したつもりはない……
だいたいあいつを全面的に信じない方が良いだろう」
「同感だ。あの女への協力は最低限で留めるべきだ」
仮面の男の主張にギデオンは頷く。
「何だったらここで降りたっていいんだぜ。ようは今回の一件で死人が出てビビってんだろ?」
男の言葉に女は眉をひそめる。
「そんなんじゃないわよ」
「だったら、構わないよな? 今更善人を気取ってんじゃねえよ」
「……ええ、そうね……その通りだわ」
男の言い分を認めて女は頷く。
「だが《S》の言い分も一理あるだろう……
“暗黒竜”が制御できるならそれで良いが、できなければ程々に暴れさせてから《C》の“アレ”で倒せば良い……
そうすれば《C》は帝都を救った英雄となり、スポンサーが後ろ盾になればあの男の力を削ぐ一手になるだろう」
「英雄だと……何だその自作自演は?」
「気に入らないかな?
自作自演はあの男の専売特許ではないだけの話だと思うのだが」
ギデオンの提案に仮面の男は笑みを漏らす。
「なるほど……確かにあの男の吠え面をかかせるには言い手かもしれないな」
「くくく、それなら《C》だけじゃなくて俺達もあれを使うか? お披露目に使うなら絶好のタイミングだろうよ」
「考えてみれば、“暗黒竜”が猛威を振るった時代と比べていろいろ技術も発展しているのだから意外と簡単に滅することができるかもしれないわね」
男の提案に、先程苦言を呈していた女も同調する。
すでに彼らは“暗黒竜”を蘇らせることの危険性を忘れて、その先を夢想する。
それは千年以上の技術の発展から来る自信によるものなのか、それとも――
*
ノルドにおける帝国と共和国の緊張は、襲撃犯の捕縛によって幕を閉じた。
彼らに依頼を出した主犯を取り逃がしてしまったものの、互いに矛を納めるには十分な成果だった。
キリカとジン、そしてレクターは早々に飛行艇で捕縛した犯人たちを連行して共和国へと帰って行き、リィン達はゼクス中将に報告のためにゼンダー門へと訪れた。
戦争回避が確約され、ゼクスは胸を撫で下ろしてリィン達を労った。
全ては滞りなく進み、ノルドの平穏は護られた。
しかし、一つだけ問題が残った。
本来ならその日の夕方の貨物列車でトリスタに帰る予定だったのだが、万が一に備えた戦闘配備による影響で貨物列車は運休となってリィン達は帰ることができなくなっていた。
学院への事情の説明などはゼクス中将に頼む形となり、リィン達は集落でもう一泊することになった。
そして、戻った集落ではささやかな宴が催されてリィン達は感謝されて労われるのだった。
「アリサ……?」
その宴の席で人目を忍ぶようにゲルから抜け出したアリサにリィンは首を傾げて、その後を追った。
「どうしたんだアリサ?」
「リ、リィンッ!?」
俯いていたアリサは突然呼ばれて慌てた様子で振り返る。
「ど、どうしたのよ? 私に何か用?」
「用って言うか……フラついているみたいだから気になってな」
「べ、別にちょっとぼうってしてただけで、疲れてなんか――」
反射的にリィンから距離を取ろうとアリサは後退るとその動きでバランスを崩す。
倒れそうになるアリサにリィンはすかさず進み出て仰け反った身体を受け止める。
「ほら、言わんこっちゃない……
途中で仮眠を取っているとはいえ、昨日の夜からずっと動き続けて、石切り場での戦いもある。かなり体力を消耗しているはずだ」
「それは……貴方も同じはずでしょ」
本調子ではないと言われたはずのリィンの腕の中はそれを感じさせない安定さがあった。
同じくらい動いているはずなのに、全く疲れた様子を感じさせないリィンに理不尽なものを感じながらアリサは体を離す。
「ごめんなさい」
「これくらい大したことないよ」
「ううん、それだけじゃなくて、石切り場でも私は助けてもらったのに酷いことを言ってた」
振り返ってみると頭を抱えたくなるほどの醜態だった。
無理を言って同行したというのに後詰の役割を果たせていなかった。
確かに命を落とす瀬戸際だったかもしれないが、リィンだって石切り場の奥で戦っていたのだから非難していいはずがない。
「別に構わないよ。それよりアリサ少し良いか?」
リィンはそれを責めずに話題を変える。
「っ――何かしら?」
気にも留めない態度にアリサは顔をしかめる。
リィンなりに気遣ってくれているのは分かるが、全く違う態度のはずなのにリィンのそれはアリサが良く知る人を彷彿させる。
もっともそう感じながらも、不安を呑み込んでアリサは先を促した。
「昨日はちゃんと話せなかったけど、《鋼の至宝》のことなんだけど」
「それが何……?」
「確かに《鋼の至宝》はアリサ達から見たら諸悪の根源かもしれない。だけど《鋼の至宝》も被害者なんだ。だから――」
「だから、何よ!?」
冷静に話を聞こう。
そう思っていたはずなのに、アリサはリィンから出て来た言葉に先程の殊勝な態度を忘れて激しく反発していた。
「リィンはウチの会社が何を作っているか知っているわよね?
鋼鉄や鉄道、戦車や銃のような兵器。《死の商人》と揶揄されるだけのモノ作りをしてきたのは認めるわよ……
だけど、この数年でウチが作ってきたものは度が過ぎているわよ!」
「この数年で作ってきたもの?」
「クロスベルに行った時に見なかった?
帝国東部、ガレリア要塞に二門設置されている《列車砲》を」
「ああ、覚えているよ。何でも世界最大の長距離砲なんだってな」
「私もスペックしか知らないけど恐ろしい破壊力よ……
共和国との領有権争いをしている《クロスベル自治州》の全域をカバー……
たった二時間で人口五十万人ものクロスベル市を壊滅できるらしいわ……ねえ、こんな虐殺の兵器を母様が本当に本心から作らせたって言うの?」
「それは……」
「確かに母様は昔から怖い所があったし、厳しかったけど、そんな兵器を作って平然としているような人じゃなかった……
これが“呪い”のせいじゃないなら何だって言うの!?」
アリサの言葉にリィンは口を噤む。
イリーナの考えなど、一度しか顔を合わせたことのないリィンに分かるはずもない。
かといって何もかもを“呪い”のせいにされるのはリィンには認め難いものだった。
「貴方はどうなのよ!?」
「俺……?」
「貴方だって“呪い”のせいで家出をする程に追い詰められたんでしょ!? なのにどうして貴方は《鋼の至宝》を恨まないのよ!?」
「それは……」
痛い所を突かれてリィンは唸る。
今でこそ《鬼の力》には感謝しているが、二年前まではそれこそ理不尽なその異能に恨みつらみを感じていた。
「確かに恨んだことはある。だけど今は俺を守ってくれていた《力》には感謝している」
「やっぱり……貴方は強い人みたいね」
リィンにアリサは自嘲する。
「ようやく分かった」
「分かった……何のことだ?」
「二年前、私は貴方の事は私と同じだと思っていた……
でも違った。貴方は強くて正しいことばかり言う、母様と同じ人間なのよ」
「アリサ……俺は――」
「そう……母様と同じ……私が初めて好きになった男の子はもういないのよ」
「初めて――え……?」
アリサの突然の告白にリィンは思わず固まる。
「ごめん……勝手なことを言っているのは分かってる……
でも、明日にはちゃんとするから……今は……とにかくごめん……」
自分でも何を言いたいのか分からないアリサはそのままリィンを置き去りにしてその場から足早に去って行く。
「アリサ……」
その背中をリィンは呆然と見送ることしかできなかった。
「お嬢様、お労しや」
リィンの背後で気配もなく、オーバルビデオカメラを片手に構えたシャロンが呟いた。
「シャロンさん」
「見損ないましたよ。リィン様、あそこは優しく慰めるシーンでしょう」
「…………確かにそうかもしれないですけど……アリサはヨシュアさんのことが好きだったはずじゃないんですか?」
「それは複雑な乙女心と言うものです」
「そんなこと言われても、アリサが俺のことを好きになるなんて思ってなかったし……八年前のことなんて……」
振り返ってみてもその時の自分がどんな子供だったのか、力に覚醒する以前の自分のことはちゃんと覚えているはずなのに何処か他人事のように感じてしまう。
「ですが、これも一歩前進とでも言うのでしょう……
どんな形であれ、お嬢様は美化した初恋に決着をつけたわけですからこれからのお嬢様に乞うご期待ですわね」
「せめてその手のカメラを下ろしてから言って上げて下さい」
アリサも大変だな、とリィンは独り言ちて空を見上げる。
「リィン様……?」
憂いを帯びた気配にシャロンは首を傾げる。
「俺は……アリサが言うほどに強くはないんだけどな」
遠くを見つめて呟くリィンにシャロンは口を噤んだ。
時間にして数秒。
物思いに耽っていたリィンはおもむろに踵を返す。
「リィン様、どちらに?」
「野暮用です。昨日、途中で中断してしまったことがあるんです……みんなには適当に誤魔化しておいてください」
「分かりました」
集落の外へと歩いて行くリィンをシャロンは一礼して見送った。
アリサのフォローをしようと思ったら余計に拗れてしまった話になってしまいました。
決してアリサが嫌いなわけじゃないんですけどね。
別れ、新たな同士。
リィン
「皆さん、お世話になりました」
アリサ
「本当に何てお礼を言ったらいいか」
ラカン
「いや礼を言うのは我々の方だ」
ユーシス
「全てはリィンがやったことだ。俺達にまで頭を下げる必要はない」
ラカン
「そうだったとしても、君達がこのノルドのために戦ってくれたことには変わりない。だから胸を張ってくれ」
ラウラ
「恐縮です。その期待に応えられるようにいっそうの精進させてもらいます」
シーダ
「あ、あのリィンさん!」
リィン
「ん? 何だいシーダちゃん?」
シーダ
「こ、これ……受け取ってください」
リィン
「これは……白と緑と蒼の組み紐?」
シーダ
「はい。白は“大地”。蒼は“空”。緑は“風”と“調和”を表しているんです……
どうかリィンさんに風と女神の加護がありますようにって作りました。ノルドを護ってくれて本当にありがとうございました」
リィン
「はは、どういたしまして、それとありがとう。大事に使わせてもらうよ」
ガイウス
「…………………リィン」
リィン
「どうしたガイウス?」
ガイウス
「ノルドを護ってくれたお前にこんなことを言う資格はないと分かっているのだが、あえて言わせてもらう……
シーダを欲しければ俺を倒してみろ!」
シーダ
「ガイウスお兄ちゃん!?」
ファトマ
「あらあら……」
ラカン
「ガイウスもまだまだだな」