(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
四月十一日。日曜日。
その日はトールズ士官学院の新学期が始まって二度目の自由行動日。
リィンはトリスタの駅で列車が来るまでの待ち時間にクリスと話をしていた。
「それじゃあクリスはフェンシング部に入部したのか?」
「はい。生徒会に入るよりもまずは自分の力をつけることを優先しようと考えたんです……
今の僕に足りないのはとにかくいろんな人との対人戦闘だと思うんです。フェンシング部には時々ナイトハルト教官も顔を出すそうですし、それにこんな機会でないと僕の鍛錬の相手はみんな遠慮してしまいますから」
「そうか……」
クリスが自分で選んだというのならそれもありかとリィンは納得する。
ユン老師がリィンに釣りを教えたように、剣一辺倒の鍛錬では培えないものもあるのだが、自分の時と違って楽しそうにしているクリスにそれを言うのは無粋だろう。
「それでもしよかったらリィンさんもフェンシング部に入りませんか?」
「フェンシング部か……老師に教わる前は父さんに騎士剣術を教えてもらっていたから、できなくはないけど遠慮しておくよ」
「そうですか……」
しゅんと残念そうに肩を落とすクリスにリィンは改めて思う。
――オリビエさんの弟なのにまともだよな……
ユミルの合宿の時からそうだが、腹違いとはいえ彼の弟と思えない程に素直だ。
もしも彼だったらこんな風にあっさりと引き下がったりはしないだろう。
「でも旧校舎の探索はもう終わってしまいましたよね? 《灰の騎神》は動きそうもなかったですけど」
「一応、ラッセル博士に見てもらおうかとは思ってるが、あの様子だと呼んでも調べることができるか分からないけど……来るんだろうな」
先週のことを思い出してリィンは唸る。
第一拘束の番人を倒したところまではよかったのだが、そこで《空の至宝》が気を利かせたつもりなのか封印機構を、かつてのデバイスタワーの機能を解除する要領で全ての拘束、並びに《試し》の機能を停止させてしまった。
例え、どんな裏技を使われても対処できるようにしてあったとしても、その力の源から干渉されてしまえば無力でしかない。
何より二つの至宝の力の一端でしかない《灰の試練》が過不足ない《至宝》の力に抗えないのは当然の結果だった。
しかし、そうした反則技で《試し》を無視したせいなのか、《灰の騎神ヴァリマール》は繋がっている感覚こそあるがまったく動く気配はなかった。
聞けば、内部の回路の損傷が激しく自己修復に専念しているらしく、そんな《灰の騎神》を《空の至宝》はゼムリアストーンの結晶で覆い尽くし、修復を促進する場を整えてくれた。
リィンからすれば有難いことばかりなのだが、必要な手順を考えると頭が痛い話だった。
学院長への説明に、オリヴァルト皇子を呼んでの実物を交えた話し合い。
ローゼリアの話ではいくらリィンが最短で試練をクリアしても《灰の間》が開放されるのは数ヶ月先だと言われていたため、考えていた予定が完全に崩壊してしまった。
とりあえずヴァンダイク学院長を《灰の間》に案内して事情を説明し、旧校舎には一般生徒の立ち入りを禁止させ、さらには法術で施錠し旧校舎の管理はリィンに一任させてもらった。
「今日はミュラーさんとクロスベルに行くことになったし、来週はオリヴァルト皇子が来ることになってる……
それに合わせてラッセル博士も来ることになったし、再来週は特別実習があるから部活動をしている暇なんてないよ」
「ミュラーさんとクロスベル……
たしか《ロラン・ヴァンダールの右手剣》が競売に出品するんでしたか?」
「ああ、本当は参加するつもりはなかったんだけど――」
先日、ブルブラン男爵から送られてきた《黒の競売会》の目録の一ページに載っていたその商品がリィンが強制参加することになった決め手だった。
ただの事実確認のために連絡したヴァンダール家ではちょっとした騒ぎが起こった。
獅子戦役の頃から行方知れずとなっている双剣の片割れを取り戻すために、ヴァンダールは競売への参加資格を持つリィンの外出届と、場合によっては外泊と翌日の授業の免除などの手を尽くし、その上――
「ヴァンダール家の当主直々に頭を下げられたら、男爵家としては頷くしかないからな」
階級が絶対という訳ではないが、それでもオリヴァルト皇子の下に就いている立場に近いリィンからすれば断り辛い要請だ。
おそらくそれを見越してブルブランは目録のそのページにわざわざ付箋を付けていたのだろう。
「そういうわけだから、帰りは遅くなるし場合によっては明日の朝一の列車で帰ってくることになると思う……
だけど本当に大丈夫なのか? 無理に今日にしなくてもいいんじゃないか?」
「大丈夫ですリィンさん。包丁の扱い方も覚えましたし、導力コンロの使い方も完璧です」
拳を握って意気込んで見せるクリスに一抹の不安をリィンは抑え切れない。
何度か一緒に料理した事はあるが、監修なしで任せるのは今日が始めて。
小さな子供ではないのだから無用な気遣いなのは分かっているのだが、それでもと思ってしまうのは彼の本当の身分を知っているからだろう。
「これも経験か……くれぐれもレシピ通りに作るんだぞ。応用はそれができてからだからな」
それでも一応、最後に釘を刺す。
「はい、任せてください。あとクルトやロイドさん達によろしくお願いします」
「ああ、でも今日は行く場所が行く場所だから多分会えないと思うけどな」
そう言ってリィンはクロスベル行きの列車――ではなく、まずミュラーと合流するために帝都ヘイムダル行きの列車に乗り込んだ。
*
フェンシング部の練武場での活動時間は予定通りの四時で終わる。
その後、クリスは真っ直ぐに帰宅して早速調理に取り掛かる。
「何だ、今日はクリスが食事を作るのか? リィンはどうした?」
「ユーシスさんお帰りなさい。リィンさんは今日はクロスベルに行っています」
「ああ……今日だったか」
そんな話があったことをユーシスは言われて思い出す。
「ユーシスさんも部活動が終わったんですか? 夕食がまだなら是非食べて意見を聞かせてください」
「いや、俺は部活には入っていないが……」
キラキラと期待に満ちた眼差しにユーシスは地元の子供たちを思い出し、その申し出を断り切ることはできなかった。
………………
…………
……
「あら珍しい」
帰ってきたサラは食堂に揃った面々を見て目を丸くした。
今日はリィンがクロスベルへ行って、彼の代わりにクリスが夕食を作ることになっていた。
なっていたのだが、食べる人数は変わらないはずだったのに、そこにはリィンを除くⅦ組の一同が揃っていた。
「どういう心境の変化よ? リィンがいないからってみんな揃うなんて担任としていじめは感心しないわよ」
「そんなんじゃありません。ただクリスに誘われて断り切れなかったんです」
「右に同じです」
アリサの言葉にマキアスがしかめっ面で同意する。
「僕はその……帰ってきたらいい匂いに釣られちゃって」
「不覚……」
エリオットとラウラは空腹でお腹を鳴らしたことを思い出して頬を赤く染める。
「あの……サラ教官。クリス君の料理の腕前はどれほどなんでしょうか?」
「フィーとガイウスから聞いてないの?
リィンと一緒にっていうのは何度か経験してたみたいだけど、クリス一人で作るのは今日が初めてよ」
「つまりこれがクリスさんにとって初めての料理ということですか……」
「貴族の初めての料理……覚悟しておいた方が良さそうだな」
緊張にエマとマキアスは蒼褪めるが、サラはそんな二人に苦笑して自分の席に着く。
「丁度いい機会ね……
あんたたちが入学して二度目の自由行動日だったわけだけど、学院生活はどうかしら?
いえ、まどろっこしいことは抜きにして、あんたたちがリィンについてどう思っているのか聞かせてもらえるかしら?」
サラの言葉に食堂が静まり返り、我先にとマキアスが反論する。
「ど、どうしてそんなことを教官に話さなければならないんですか!」
「それはあたしがあんた達の担任教官だからよ……
それに言ったはずだけど、Ⅶ組は新型戦術オーブメント《ARCUS》の試用テストもカリキュラムに入っているわ……
だけどリィンはクリス以外と戦術リンクを結べていない。これはどうしてだと思う?」
「それはリィン・シュバルツァーが僕達のことを心の底で見下しているからでしょう」
「その根拠は?」
「今日この場にいないのが何よりの証拠じゃないですか!
クロスベルで競売会に参加する? ふん、あからさまな貴族じゃないか」
「やれやれ、貴様は本当に人の話を聞いていないようだな」
侮蔑を口にするマキアスにユーシスは呆れる。
「何だと!?」
「リィンはヴァンダール家の要請を受けて競売会に参加すると言っていたはずだ……
それも目的の品は獅子戦役で行方知らずとなった《ロラン・ヴァンダールの双剣の片割れ》……
ヴァンダール流といえば皇族の守護役であるが、平民にも人気の高い帝国の武の一角……
それを取り戻すことは帝国民として当然のことだと何故思わない?」
「そんな古い剣にいったいどんな価値があるっていうんだ!?
そんなものに使うミラがあるならもっと平民に還元するべきだと僕は言っているんだ!」
「阿呆が……獅子戦役で紛失した《ロランの双剣》に《聖女の槍》、それに《偽帝》が隠した宝物を取り戻すことは帝国人なら協力して当たり前の義務だ」
「ふん、そんな義務なんて僕は初めて聞いたがね」
ユーシスの主張をマキアスは鼻で笑う。
文化や伝統を蔑ろにするマキアスの態度に眉を顰めたのは直接話していたユーシスだけではなくラウラも同じだった。
が、彼女が何かを言う前にサラがその場を治める。
「ま、それぞれに思うことはあるでしょう……
ユーシスやラウラだってリィンに対して思うところがあるのは同じでしょ?
とりあえず今日の所はリィンに関しての愚痴で盛り上がりましょう……
あの子はいろいろと規格外だし、リベールでのあの子が何をしていたのかあたしもある程度は知っているし、少なくてもあの子の強さの一端に知ることはできるわよ」
サラの言葉にユーシスとラウラが体を揺らす。
「クリス、ここでの話はリィンには内緒よ」
サラは厨房に立つクリスに向かって忠告する。
「え……で、でも……そんな陰口みたいなことは……」
「この話し合いをすることはリィンに予め言っているから大丈夫よ」
「それなら了解しました」
渋ったクリスはリィンの名前を出した途端、受け入れる。
「チョロいわね……それじゃあ出席番号順でアリサから行ってみようかしら?」
「あ、あたしっ!?」
「そ……そういえばリィンがリベールに家出した時に、あんたも家出してツァイスで会ってたんだっけ?」
「ど、どうしてそれを!?」
サラが知るはずのない情報にアリサは狼狽える。
「そんなことは良いから、今リィンと戦術リンクを結べないのはその時に何かがあったからなのかしら?」
「それは……」
促されてアリサは考え込む。
もっともアリサの場合は、その理由は自覚できていたが、それを口に出すことは憚られる。
なので別の話にすり替える。
「たぶん私はリィンに劣等感を感じているんだと思います」
「劣等感?」
「二年前、ツァイスで会った時のリィンは弱くて頼りなくて無礼で不埒な男の子だったんだけど……
試験の時に再会したリィンは見違えるように強くなっていて……なのに私は二年前から何も変わってなくて……」
「なるほどね……
同じ家出した者同士なのに差をつけられたから、劣等感ってわけね……ま、とりあえずそういうことにしておくわ」
「それってどういう意味ですか?」
本音は別にある。
それを見透かしたようなサラの言葉にアリサは抗議するが、そんなアリサをスルーしてサラは次を指名する。
「それじゃあ次はエマね」
「私ですか……あのうまく説明できないんですけど、リィンさんとリンクを結ぶのが怖いんです」
「怖い?」
「はい……」
アリサと同じように別の理由があるのだが、それを隠してエマは続ける。
「リィンさんと戦術リンクを結ぶとリィンさんの中に得体の知れない《何か》を感じてしまって、気付いたらリンクが切れているんです」
「俺も委員長と同じ理由だ」
曖昧なエマの言葉にガイウスが同調する。
「リィンが人格者だということは頭で分かっている。だが、その大きな《何か》に触れると体が恐怖に震えて拒絶してしまう……
訳の分からないことを言っているとは思うが、そんな風にしか説明できないんだ」
「ふーん……他に委員長とガイウスと同じ意見の人はいる?」
意味深に頷き、サラは一同を見回す。
その言葉に応える者がいないことを確認してサラは二人に向き直る。
「あなた達はこの中でも感受性が高い方なのね……
たぶんあなた達がリンクして触れたのはリィンの《鬼の力》の部分よ」
「《鬼の力》? それはいったい何なんですかサラ教官!?」
エマが眼鏡を光らせて興味深そうに聞き返す。
「流石にそれはあたしの口からは言えないわね……
機会があればリィンから話すはずだし、その力はしっかりとリィンが手綱を握っているから安心していいわよ……
それじゃあ次はエリオットね」
有無を言わせずに話を切り上げてサラは次を促す。
「ぼ、僕は…………僕もアリサと同じでリィンに劣等感みたいのを感じているんだと思います」
エリオットは表情を硬くして語り出す。
「みんな知っているかな?
リィンが年末の御前試合で戦った相手は僕の父さんだったんだ」
「オーラフ・クレイグ中将の……そういえば同じ家名だが、あの中将の息子がエリオットだったとは……あまり似ていないから同姓なだけだと思っていたが」
エリオットの言葉にラウラが当時のことを思い出し、彼と似ていないエリオットに意外な眼差しを送る。
「僕は母さん似だから」
「たしかにクレイグ中将との御前試合は行われたが、それよりもその後の帝国三強との四巴の戦いばかりが報じられて、前座扱いにされていたな……
エリオットが戦術リンクを結べない理由はそれが理由か?」
「ううん、違うんだラウラ……
問題は御前試合じゃなくて、その後だったんだ……
今ここで言うべきじゃないかもしれないんだけど、僕は本当は帝都の音楽学校に進学したかったんだ……
でも父さんに反対されていて、御前試合の後にこう言われたんだ」
『あれこそが誇り高き帝国男児。お前もリィン・シュバルツァーのような立派な男になるんだぞエリオット』
「うわ……」
「あちゃー」
クレイグ中将の言葉を聞かされてフィーとサラは天を仰ぐ。
彼に悪意はないのだろうが、いろいろと規格外なリィンと比較されたエリオットに思わず同情してしまう。
「僕と同い年なのに、リィンはずっとすごくて強いし――」
「あまり卑下しなくて良いわよ。あれは修羅場を潜って来たからこその強さだから、あの子を帝国男児の基準にするのは間違っているから……
むしろ真似したら死ぬから。次はガイウスは――さっき話してくれたからフィーね」
「ん? サラはわたしとリィンの関係を知っているはずだよね?」
「まあね……あたしよりもここにいるみんなに一応説明しておきなさい」
「めんどくさい……」
と、言いながらもフィーは口を開く。
「わたしは二年前、リィンに傷物にされた」
「………………え?」
「えっと……フィーちゃんは今十五歳で二年前だと十三歳ですよね?」
「ん、お腹をあんな風に貫かれたのは初めてで、たくさん血が出て、すごく痛かった」
「ちょっとフィー」
「あの時……わたしはリィンの獣じみた目で睨まれて怖くて動けなくなって、そんなわたしをリィンは乱暴に――」
「ストーップッ! それ以上はやめなさいフィー! っていうかわざとでしょ!?」
「嘘は言ってないけど?」
フィーは首を傾げる。
「ちっ……やっぱり噂通りの下衆か」
舌打ちして悪態を吐くマキアスにサラはため息を吐く。
「あの、二年前ということはフィーさんもリベールにいたんですか?」
キッチンで話を聞いていたクリスが疑問を挟む。
「ん、依頼でリィンと戦った」
「依頼?」
前触れもなく出て来た言葉にラウラは首を傾げる。
「二年前、うちの団がリィンを半殺しにする依頼を受けた。そしてわたしは返り討ちにされた……
ま、そんな感じでその時のリベンジをしようと思ってるからリンクが結べないんだと思う」
あまりにあっさりと言われた言葉に一同は黙り込む。
「それは穏やかではないな……
この際だから教えてくれないか? フィー、そなたはいったい何者なんだ?」
ラウラは真っ直ぐフィーを見据えて続ける。
「オリエンテーリングの時も、そなたはリィンと同様、サラ教官からハンデを付けられていた……
それに爆薬を仕込んだナイフを精確に的に当てる技量や武術教練でセーブしている身のこなし……ただ者ではないのだろう?」
「隠すようなことでもないから別に構わないけど……
士官学院に入る前、わたしは《猟兵団》にいた。爆薬も銃剣の扱いもそこで全部教わった。ただ、それだけ」
「りょ、猟兵団!?」
「聞いたことがあります。一流の傭兵部隊のことをそんな風に呼ぶ習慣があるって」
フィーの告白にエリオットが震え、エマが緊張する。
「信じられん、“死神”と同じ意味だぞ」
こんな自分よりも小さな女の子がと、ユーシスは思わずもらす。
「わたし、死神?」
聞き返したフィーの言葉に誰も答えない。
それを答えるには明らかにまだ互いのことを理解していないからだ。
「フィーに関してはもうその《猟兵団》は解散しているから、あくまでも元猟兵よ」
サラのフォローに一同の反応は薄い。
「それじゃあ次、マキアス。何かリィンについて聞きたいことはあるかしら?」
「え、あ……」
フィーが元猟兵という情報を処理し切れないのか、マキアスはあれだけ毎日リィンに対して文句を言っているのに口ごもる。
「ならあたしから言わせてもらうけど、帝国時報とかに載っているゴシップの類の半分くらいはデマよ……
それに今は一目置かれる立場にいるけど、シュバルツァー家はリィンを養子にしたことで貴族社会から誹謗中傷を受けていた時期があるのよ……
それがリィンが家出をした理由の一端でもあるし、シュバルツァー家は民に寄り添った慎ましい生活をして領民に慕われている貴族よ……
それでもあなたは特権階級を笠に偉そうにしている貴族だっていうの?」
「それだって浮浪児だっていうのも妾の子を引き取っただけって話じゃないか、それなら自業自得だっ!」
「その噂は根も葉もないゴシップよ」
「ふん……口ではどうとでも言える……
大方妾にして愛するとか言っておいて結局捨てたんだろ、これだから貴族は」
「いい加減にしろ阿呆が……もはや聞くに堪えん」
「何だとっ!?」
もはや口論するのも嫌だと言わんばかりの態度でユーシスはマキアスに冷たい言葉を浴びせる。
それに食って掛かるマキアスに今度はガイウスが口を挟んで止めた。
「俺にはよく分からないが、貴族とはそこまで蔑まれなければいけないものなのか?」
「ガイウス?」
「俺は知っての通り外国人だ。故郷に身分はなかったため実感が湧かないのだが、何をもってマキアスは彼らを誹謗中傷して貶めるのか、説明してもらえないだろうか」
「そんなの決まっている! 旧態依然の制度を笠にして平民を見下して生きているそれが貴族だっ!」
「それはおかしいな」
「な、何!?」
「少なくともリィンもユーシスもラウラ、それにクリスも外国人の俺には礼を持って接してくれている……
彼らがマキアスの言うような貴族とは俺には思えない。むしろ貴族だからといってみんな同じだと見下しているのはマキアスの方ではないのか?」
「ぐっ……」
声を荒げず、何処までも静かにそれでいて友を侮辱された怒りを秘めた言葉にマキアスは反論を忘れてたじろぐ。
「はいはい……マキアスの話はそこまでにしておきましょう……次はユーシスね」
「俺か……あまり確証はないのだが、おそらくあいつが俺の弟になる可能性を考えてしまったが故の拒絶だろうな」
「え……?」
「は……弟? どういうことですかユーシスさんっ!?」
予想もしていなかった理由に真っ先に反応して声を上げたのはクリスだった。
「年の始めに兄上がユミルへの湯治旅行に行き、帰って来てからその時の話を楽し気に聞かされたのだ……
兄上はアルバレア公爵家で二十七だがまだ婚約者もいない……
シュバルツァー家は御息女もいるし、男爵位だがリィンの影響を考えると一概に悪い相手ではない……
具体的に兄上がそうすると言ったわけではないのだが、いろいろと複雑な感情を奴に感じているのは確かだ」
「ユーシスのお兄さんって、たしか入学式に出席していた常任理事の人だったよね?」
「ああ」
エリオットの言葉にユーシスは頷く。
「ふーん……てっきりあなたとラウラは御前試合でリィンに注目を奪われたからだと思ってたんだけど」
「そんなことでいちいち目くじらを立てるつもりはない……
人伝に聞いていたら、とても信じられないがこの目で御三方と戦った姿は見ているからな」
「それにしては部活も入らないで剣の鍛錬ばっかりじゃない? やっぱり意識してるんじゃないの?」
「さあな」
サラの茶化す言葉を適当に受け流してユーシスはそれ以上の追及を拒む。
「それじゃあ最後はラウラね」
「私は……」
思い出すのは御前試合で父、ヴィクターを一蹴したリィンの姿。
試合が始まり、次の瞬間には父は空を舞い。
彼の剣、アルゼイドに伝わる宝剣ガランシャールは弾かれて、目の前に迫っていたのにラウラはそれに反応することもできなかった。
自分に命中するかもしれなかった宝剣を空中で受け止めたのは、リィンの知り合いらしき女性。
彼女は公衆の面前でアルゼイドを傍流と蔑んだ。
そのことが許せなかったが、同時に納得もいかなかった。
「私はリィンの戦い方が納得できない……
あれ程の力を持ちながら、どうしてあんな不意打ち紛いの方法など使ったのか……
そんなことをしなくても父上たちと互角に戦える力を持っているのなら、正々堂々と挑めばよかったはずなのに」
「えっと……ラウラさんが言っているのは御前試合のことですよね?
私は帝国時報でしか知らないんですけど、どんな内容だったんでしょうか?」
「最初はラウラとユーシスと同じ条件で僕の父さんとリィンが戦ったんだけど、その後にオズボーン宰相がリィンの実力はそんなものじゃないって言い出したんだ」
当時、その場にいたエリオットがエマの疑問に答える。
「リィンはアルゼイド子爵、ヴァンダール子爵、それからルグィン伯爵の三人から戦いたい相手を選べって言われたんだけど、リィンが選んだのは四巴の総当たり戦だったんだよ」
「改めて聞くとあり得ないわね……
《光の剣匠》に《雷神》、《黄金の羅刹》……三人共帝国を代表する最強の武人なのに」
アリサはリィンが相手にした三人を思い浮かべて、改めてリベールで会った少年との印象の違いに頭を悩ませる。
「そうして始まった試合だったんだけど、開始と同時にリィンが何かをしてラウラのお父さんが倒されたんだよ」
「何か、というのはいったい?」
「ごめん、その場にいたんだけど何が起きたのか僕には分からなかったんだ」
「だいたい直前に話した時、リィンは自分のことを《初伝》と言っていたんだっ!
おそらく父上たちを油断させるためにわざとそう言ったに違いない!」
「そんなの騙される方が悪いんじゃないの?」
悔しそうに吐き出すラウラの言葉に、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度でフィーが呟く。
「何だと?」
「ぷいっ」
ラウラに睨まれてフィーはそっぽを向く。
そんな二人の様子にサラは頭を抱える。
リィンへの蟠りを吐き出させて心機一転させるつもりだった。
マキアスのように凝り固まった思想では今回だけでその蟠りが解けるとは思っていなかったが、もしかすればリィンへのリンクどころか今まで繋げることができていた相手同士とのリンクも怪しくなってしまったかもしれない。
「便利なシステムもこうなると考えものよね」
もうどうにでもなれっと言わんばかりにサラは思考を放棄する。
「クリス、夕飯はまだできないの?」
「え、あ……もうできてます」
「それじゃあ、さっさと食べましょう」
最悪な空気を気にも止めず、サラは図太く鼻歌交じりで料理を運ぶのを手伝うために席を立つ。
第三学生寮の本日の夕食のメニューはカレー。そしてデザートにはリィンが作り置きしているアイス。
「ど、どうでしょうか?」
重苦しい空気の中で始まったリィンを除いたⅦ組のメンバーでの食事。
誰も口を開かない食事にクリスは恐る恐る味の感想を求める。
「極めて平凡だ」
それがクリスの初めての料理の評価だった。
*
「ただいま戻りました」
リィンが戻って来たのは結局、翌日の早朝だった。
「お帰りなさいリィンさん」
朝食の後片付けをしていたクリスは帰ってきたリィンに期待に胸を弾ませながら出迎える。
リィンの手には大小二つのトランクケースと背嚢を担いでいた。
「ちゃんと落札できたんですか? それが《ロランの双剣》なんですか? 見せてもらっても良いですか?」
「落ち着けクリス」
矢継ぎ早に繰り出されるクリスの様子にリィンは苦笑する。
「あら、お帰りリィン。ちゃんとした理由があるんだから今日の授業はサボると思っていたんだけど」
「サラ教官、仮にも先生がそういうことを言いますか?」
「何はともあれ、何事もなく帰ってきたみたいで何よりね」
「ええ、一応は」
思わずリィンは言葉を濁す。
招待されていたオズボーン宰相の代理として競売会に来ていたレクター。
カルバートに帰ったはずの元遊撃士協会の受付をしていたキリカとの再会。
さらにはレンから紹介状を譲ってもらって潜入して来たロイド達と会ったり、アリオスと密会していた女性、マリアベルにヨルグに作ってもらった人形を譲ってくれと迫られたりいろいろなことがあった。
オークションもトラブルがあり、途中で中断されてしまったが、目的のものはオークションの前半に集中していたため問題なく落札できた。
「それが例の双剣の片割れ?」
帝国人ではないが、それでも歴史に語り継がれる人物の剣にサラは興味を示す。
「いえ、双剣はミュラーさんに持ち帰ってもらいました。これは俺が個人的に落札したものです……
ところでラウラは――」
寮の中の気配を探ろうとしたところで、当のラウラが階段を下りて来た。
「リィン……今帰って来たのか?」
「ああ、朝早くすまないけど少し良いかな? 実はラウラに――」
「すまないが、私はもう学院に行くところだ。話は帰って来てからにしてくれ」
「え……でもまだ登校には時間が――」
「何か問題があるのか?」
「い、いえ……ありません。呼び止めて悪かった」
凍てついた眼差しを向けられてリィンは思わず謝ってしまう。
そんなリィンの顔を見てラウラは一瞬表情を曇らせるとバツが悪そうに足早に寮を出た。
「…………サラ教官、何をしたんですか?」
「何て言うか……地雷処理しようとしたら誘爆しちゃって学級崩壊の危機って感じ?」
「何ですかそれは?」
とりあえず昨晩の話し合いは失敗に終わったのだとリィンは察する。
「あの、リィンさん……それがロランの双剣じゃないなら、何なんですか?」
リィンが持ち帰ったトランクケースが気になってクリスはもう一度尋ねる。
「たしか元々は結社の執行者に鑑定を頼まれていたのよね? 宝石って聞いていたけど随分と大きいのね」
「いえ、そっちは彼が望むものではなかったので落札しませんでした」
幸いなことに《聖獣の涙》と名付けられた宝石はあくまでそう題名が付けられただけの宝石で本物の聖獣とは何の関係もないものだった。
拳大の天然な蒼耀石はそのカットのから生み出される輝きから見ても見事の一言に尽きたが、ローゼリアやツァイトからもらった結晶石にあった凄みは感じなかった。
「じゃあいったい何を落札したわけ?」
「とりあえず、これはクロスベルのお土産のみっしぃ饅頭です」
食堂に場所を移して、背嚢から取り出したのは箱詰めされたお菓子。
「そしてこっちは……」
小さい方のトランクケースに手を掛けたリィンは不意にその手を止める。
「どうしたの?」
「サラさんは知らない方が良いと思います」
「どういう意味よそれ? もしかしてお酒?」
どういう嗅覚をしているのか、サラは一瞬でリィンの思考を看破してみせる。
リィンは観念して首肯した。
「そうです。リベールでお世話になった人に贈ろうかと思って……
ろくな挨拶もできてませんでしたし、入学祝いもいろいろ貰ってしまいましたから」
ミュラーと合流する前の帝都でいろいろ見繕ってみたが、それとは別にトラウマを刺激するものが出展されたので思わず落札してしまった。
「リベール産のワイン《グラン=シャリネ》1183年物です」
「なっ!?」
出て来た高級ワインにサラは絶句する。
「あ……あの幻のヴィンテージワイン……」
「サラ教官」
無意識に伸ばされた手をリィンははたき落とす。
「こ、こんな高級ワインをどうするつもりよ!? 一口飲ませてくださいっ!」
問い詰めながらも懇願するサラにリィンは嘆息する。
「残念ですけど、一時的に俺が立て替えていますけど、支払いは帝国政府が出してくれることになっているんです……
それに贈り物だって言いましたよね?」
「くっ……こんな高級ワインを誰に贈るのよ?」
「サラ教官も知っている人ですよ。リベールのボース市長のメイベルさんにです……これでやっとあの悪夢から解放される」
「リィンさん……」
万感が籠ったリィンの呟きにクリスはいたたまれなくなり、話題を逸らすようにもう一つの大きなトランクケースに意識を向ける。
「こっちはいったい何を落札してきたんですか?」
「ああ、それは――」
リィンはケースの留め具を外してそれを二人に見せた。
出て来たのは古ぼけ、傷だらけで半ばから先端がなくなった長大だったはずの騎兵槍。
「これは……まさか……」
クリスは目の前の槍と知識で知っているものを照らし合わせて言葉を失う。
「随分と年代物みたいね……というか全体に亀裂が走っていているところを見ると武器としては使えそうにないけど」
「《ロラン・ヴァンダールの双剣》と同じ、獅子戦役の頃に紛失した《槍の聖女》が使っていたとされる純ゼムリアストーン製のランスです……
飛び入りの商品で場を盛り上げるために用意されたサプライズ商品だったんですけど、つい落札してしまいました」
もはや武器として使うこともできず、朽ちたその姿は観賞用にもならない。
ある程度の盛り上がりはしたものの、武骨で壊れた槍よりも煌びやかな装飾品を好む者たちの方が多かった。
面白半分で値が釣り上げられていることも不快に感じ、リィンは即席で教わった競売のマナーを無視して一気に値を釣り上げて落札させた。
「これが……《槍の聖女》が獅子戦役で使っていた槍……」
クリスは感激に目を輝かせる。
「ど、どうするんですか? やっぱり帝国政府に返還するんですか?」
「まあ、それが筋なんだろうけど」
勢いで落札したものの、その後のことは何にも考えていなかった。
例え、《黒の競売会》に参加していた有力者達がこの槍の価値を蔑ろにしたとしても帝国政府は違う。
しかし、本当の持ち主がいることを知っているだけに、どちらに渡せばいいのか悩んでしまう。
「それにアルゼイドも縁のある家ですから。ラウラに相談したかったんだけどな」
「そうですね。アルゼイド家と言えば、《鉄騎隊》の副長を務めていた祖先の家系ですから」
「ところでその槍っていったいいくらで落札したのよ?」
「そこの《グラン=シャリネ》の十本分の値段です」
何気なく尋ねたサラの質問にリィンは即答を返していたのだった。
料理スキル(筆者の独断と偏見あり)
クリス
「どうでしょうか?」
ユーシス
「極めて平凡だ」
マキアス
「偉そうに……料理をしたことのない貴族のくせに」
ユーシス
「貴様に言われる筋合いはない。どうせ貴様もジャンクフードとやらばかりを食べているのだろう」
マキアス
「なっ!? どうして君がそれを知っている!?」
ユーシス
「ふん、そんなものこの数日の生活を見ていれば容易に想像できる」
サラ
「というか、この中で料理ができるのってどれくらいいるの?
女子は栄養学で調理実習なんて授業もあるけど大丈夫なの?」
フィー
「サラに言われたくない。わたしは丸焼きなら得意」
エマ
「実家にいた頃は私が料理をしていましたから大丈夫です……偏食がひどいおばあちゃんがいて大変でした」
アリサ
「うちはメイドに任せっきりっていうか、やろうと思っても全部済ませてくれていたのよね……
ただ、入学前に急に教えてくれるようになったから、一応できるわよ」
ラウラ
「私は使用人に任せていたから経験はないな」
サラ
「男子は?」
ユーシス
「ラウラと同じだ。わざわざ使用人の仕事を奪う理由はないからな」
エリオット
「僕は一応、入学する前に姉さんに教えてもらったけどクリスの方が上手かも」
ガイウス
「集落では俺も手伝っていたから一通りのことはできるな」
マキアス
「くっ……」
ユーシス
「何だ。あれだけの大口を叩いておきながら貴様も食事は贅沢に外食ばかりか?
ふ……まあ、恥じることはない。効率を考えればそれが最善だからな」
マキアス
「くっ……言わせておけば……
料理なんてレシピ通りに作ればいい簡単な作業だ。見ていろ! 明日の夕食は僕が作ってやる!」
ゼムリア料理の不思議
リィン
「レーグニッツ、じゃがいもの芽はちゃんと取れ。そこには毒があるんだ……
あと手が遅い。十一人分の食事だぞ。そんなペースじゃ日付が変わってしまうぞ」
マキアス
「くっ……分かっている」
リィン
「鍋に温度計を突っ込むな! 調理用のものならともかく普通の温度計を入れる奴がいるか! そんなものを人に出すつもりか?」
マキアス
「ぐぬぬぬっ……」
リィン
「あ、そのトマトは使わない方が――」
マキアス
「ええいっ! うるさい邪魔をするなっ! あっちに行けっ!」
エリオット
「大丈夫かな……?」
フィー
「そもそも、ユーシスとかクリスはマキアスの料理とか大丈夫なの?」
ユーシス
「ふん、あいにくと社交界に参加することもあるから好き嫌いはない……
それに例え毒を盛られたとしても、あいつが入手できる程度の毒など高が知れている。すぐに分かるさ」
クリス
「いくらレーグニッツさんでもそこまで露骨なことはしないと思うけど……」
マキアス
「…………出来たぞ。今日のメニューは…………《Uマテリアル》だ」
一同
「……………………」
ユーシス
「この阿呆が! いくら貴族が嫌いだからと言ってもやって良いことと悪いことがあることも分からないのか!?」
マキアス
「ち、違う!
僕は確かにスープを作っていたはずなのに、いつの間にか鍋一杯に《Uマテリアル》ができていたんだ……
な……何を言っているのか分からないと思うが、僕も何が起きたのか分からなくて頭がどうにかなりそうだ」
ユーシス
「馬鹿者が、言い訳ならもっとそれらしいものを考えろ!
良いだろう。ならばこの俺が本当の料理というものを見せてやる!」
一時間後……
ユーシス
「これは…………何が起きた?」