(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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閃の軌跡の謎。
エマの奨学金について。
世俗と切り離しているとはいえ、学費くらい工面してくれそうなのに何故エマは奨学金で入学したのか。
そして奨学金で学費を賄っていたのに、前倒しで単位を修得して卒業したことについてはどうなっているのか?
調べたら返さなくていい奨学金もあるみたいですし、もしかしたら煌魔城での功績などで免除されたのかな?





40話 帰郷~迷いの果て~

 

 

 七月四日、自由行動日。

 その日、エマ・ミルスティンは決意した。

 トールズ士官学院に入学したその日から実家に再三に渡って出した手紙は三ヶ月経った今でも返事はない。

 流石におかしいと思ったエマは里で何かがあったのではないかと今更に気付き、外出届けを提出した。

 

 ――手紙の返信が来ない理由を確かめに行く……

 

 申請の際の外出理由も優等生であるエマは特に疑われることもなく認められた。

 

「そういえば里に帰るのは半年ぶりになるのか……」

 

 姉の痕跡を探して帝国中を歩き回り、何の成果も出せなかったエマに長が手紙により指示を出したのは二年前。

 リベールで《空の至宝》が現出した時期に重なるように発生したトリスタ周辺の霊脈異常の調査。

 旧校舎に封印されている《騎神》に何かがあったのではないかと監視していたが、それから何も起きず外からでは分からないと判断して進学を決めた。

 そこまでしなくていい、と長は言っていたがエマにとって指示されて調べたとはいえ巡回魔女としてようやく目に見えた仕事ができたことでエマはそれを拒んだ。

 それに打算もあった。

 《蒼》を目覚めさせたらしい姉が《灰》に何もしないとは考えられなかった。

 《灰》の近くにいればいずれ姉が現れるのではないか。

 そう考えて、エマは長の指示を無視して奨学金の制度を利用してトールズ士官学院への入学を勝手に決めた。

 

「…………やっぱり怒っているのかな?」

 

 振り返ればまるで反抗期の子供みたいなことをしていたのではないかとエマは汗をかく。

 それによくよく考えてみれば手紙の返事はエマが勝手に受験を決めた年末辺りからなかったかもしれない。

 

「……どうしよう……」

 

 今までどうして返事をくれないのか憤りを感じていたが、帰郷を決めて冷静になると自分の落ち度が次々と思い浮かんでいく。

 普段の生活態度はだらしなく、里に居た時はいつも小言を言っていた側だがそれでも長である。

 怒った時はそれはもうとても怖いのだ。

 

「いや、でもそんなこと言ってられない」

 

 震える体を押さえてエマは自分に言い聞かせる。

 同行はできなかったが、先日の特別実習でノルド高原にある至宝の抜け殻が反応して動いたと報告会の時に聞かされた時には悲鳴を上げそうになった。

 そして流石にそのことを報告しないわけにはいかない。

 

「………………勢いで誤魔化そう」

 

 拳を握り締めてエマは決意する。

 手紙の返事をくれなかった長の落ち度をとにかく追及し、自分の独断専行を誤魔化す。

 少なくとも、タイミングよく《騎神》に選ばれた起動者は現れて情報収集という意味では進学に意味があったのだから利は自分にあると言い聞かせる。

 

『まもなくセントアークに到着します』

 

 列車のアナウンスが流れ、エマは決意を胸にセントアークの駅で降りて西サザーランド街道へと迷いなく出る。

 外出届けは出したが外泊届けではない。

 夕方までにはトリスタに戻らないといけないため、余計な寄り道をしているわけにはいかないととにかく急ぐ。

 西サザーランド街道の横道からイストミア大森林へと入り、祭壇を隠した洞窟から魔の森へ転移し、そして懐かしの故郷に辿り着く。

 

「……よかった。里に変わりはないみたい」

 

 巡回魔女として里を発った時から何も変わっていない穏やかな故郷の風景に、一抹の不安を抱いていたエマはほっと胸を撫で下ろす。

 

「あれ……もしかしてエマ?」

 

「ニーナ久しぶり」

 

 最初にエマを出迎えたのは年下の見習い魔女のニーナだった。

 

「うん、久しぶり……だけどどうしたの突然? 半年前に外の学校に進学するって言ったきり何の連絡もなかったから心配したんだよ」

 

「う……それはごめんなさい」

 

 連絡はしたつもりだが手紙は届いてなかったのか、それとも長がそれを里に知らせていなかったのか。

 後者だとしたら相当怒っていると今すぐ回れ右してトリスタに帰りたくなる。

 

「実は外で重大なことが起きたから報告に戻ってきたの、お婆ちゃん――じゃなくて長は家にいる?」

 

「うん。ローゼリア様なら御自宅にいらっしゃるよ。でもさっき外からお客さんを連れて来ていたんだけど」

 

「お客さん? それも長が連れてきた?」

 

 エリンの里はイストミア大森林の中にあるとはいえ普通の方法ではまず辿り着けない場所にある。

 それに外界との交流を制限しているだけに客人を招くことなどエマが里にいた頃にもなかった。

 

「ううん……」

 

 タイミングが悪いとエマは唸る。

 筆無精しただろう長を責めて主導権を得ようと考えていたのだが、客人の前でそれをやるのは流石にまずい。

 

「あのニーナ……私が外の学校に通うって知らせた時のお婆ちゃんは……その……怒っていた?」

 

「それは……」

 

 目を逸らして言い淀むニーナの態度が雄弁にその時のことを語っていた。

 最悪、客人の前だというのに怒られ恥をかくのは自分の方だと怖い想像をしてしまう。

 

「………………よし」

 

 頭を抱えてその場にへたり込んだエマは覚悟を決めて立ち上がる。

 最初の予定通り、逆ギレして主導権を握ろう。

 確かに学院への進学は巡回魔女の役割から逸脱しているし、いるかも分からない起動者を生徒という狭い括りの中で見つけることは効率が悪い。

 しかし、結果論だが長が考えていた懸念よりもエマが無理を押し通して学院に進学した価値はあった。

 出奔した姉の存在を匂わせ、《灰》を眷属にしようとしている《蒼の起動者》。

 むしろ褒められて然るべき情報を持ち帰って来たのだから怒られる謂れはないと自己弁護を完了させる。

 

「ごめんニーナ。私はこれから長の所に行かないといけないから――」

 

「あっ! もしかしてエマってお見合いするために戻って来たの!?」

 

「――え……?」

 

「さっきローゼリア様とその人とすれ違った時ローゼリア様がその人に言ってたの、里の誰かと結婚する気はないかって!」

 

「ちょ――ニーナ何を言っているの?」

 

 突然のことにエマは狼狽えて聞き返すが、彼女の叫びは里中に響き渡っていた。

 

「何っ! エマがお見合いのために戻ってきただと!?」

 

「だとするとさっきの少年がエマの御相手だと言うことか!?」

 

「きゃあああ! 良いなエマ!」

 

 ニーナの叫びで里中の人達がエマの帰郷に気付き、さらにはニーナの勘違いが感染して大騒ぎになる。

 何分閉鎖的で娯楽の少ない里であり、暇を持て余した里人たちがただでさえ珍しい外の客人に憶測を重ねていたところにエマの帰郷が重なり暴走は留まることを知らない。

 帰郷したエマを迎える言葉をそこそこに見合いの話が何故か既に結婚する話にまで飛躍する。

 そんな里人たちに囲まれて混乱を来しながらもエマはその輪から抜け出して、長の――自分の家に逃げるように駆け出した。

 

「おばあちゃんっ!」

 

 乱暴にドアを開け放ちエマは叫びながら約半年ぶりに我が家と帰った。

 

「おお……エマではないか。なんじゃ帰って来たのか?」

 

「あ、エマ。お邪魔しているよ」

 

 リビングのテーブルに向かい合って座っていたローゼリアとリィンは勢いよく開いたドアに驚いた様子で振り返る。

 エマはさっと室内を見回して、見知った二人以外に見知らぬ人間がいないことに眉を顰める。

 

「リィンさんいらっしゃい……

 すみませんがおばあちゃんに話があるんで失礼します。おばあちゃんどういうこと!? 私に見ず知らずの人とお見合いしろって!?」

 

「うん? いきなり何を言っておるのだ?」

 

 リィンへの挨拶もそこそこにエマはローゼリアに詰め寄るが、当のローゼリアは訳が分からんと首を傾げる。

 

「惚けないで! 里のみんなが言っていたんだから。今日来ている客人を《魔女の眷属》に迎え入れるつもりだって、そのために私を――」

 

「良く分からんが、とにかく落ち着かんかエマ」

 

「落ち着けるわけないじゃない! どうしてそんな勝手なことを!」

 

「えっと……エマ。込み入った話なら俺は席を外した方が良いかな?」

 

「リィンさん、折角来てもらったのにすみません」

 

「いや、俺の用事はもう済んでいるからもうお暇させてもらうよ。それじゃあローゼリアさん失礼します」

 

「ちょ! 待てリィンよ!」

 

「エマへの手紙の返事をしなかった罰が当たったんじゃないですか?

 これを機にちゃんと二人で納得いくまで話し合った方が良いですよ」

 

 諭すようにリィンは言って踵を返す。

 一刻も早くこの場を去らなければひどいことが起きる予感からリィンはエマを刺激しないように自然に振る舞う。

 

「それじゃあエマ、また学院で」

 

「はい。気を付けて帰って下さいねリィンさん…………リィンさん?」

 

 ぐりんと、ローゼリアに固定されていた顔が振り返る。

 背中に突き刺さる視線の圧にリィンは息を呑み、振り返らず神速に迫る速度で駆け出してドアのノブに手を掛ける。

 

「リィンさん?」

 

 しかし、ドアを開くよりも早くエマに追い付かれて肩を掴まれた。

 

「エ、エマ……?」

 

 ぎりぎりと万力で締め上げてくるような痛みを肩に与えながらエマはリィンを振り向かせ、互いの息が掛かるくらいにエマは顔を近付けてリィンを凝視する。

 

「ふー」

 

 顔を離したエマは一息ついて眼鏡を外してもう一度リィンを睨む。

 

「…………どうしてリィンさんがここにいるんですか?」

 

 感情の一切篭らない声でエマは尋ねる。

 

「えっと……ローゼリアさんにちょっと用事があって始発の列車で来たんだけど……

 エマ、もしかしてその眼鏡は伊達メガネなのか? 素顔は初めて見たけど思っていた通り美人なんだな」

 

「ありがとうございます……

 このメガネは魔力を抑えるためのものなんです。それよりもおばあちゃん、リィンさん。二人はいつから知り合いだったんですか?」

 

 咄嗟に褒めるリィンの言葉をあっさりと受け流してエマは尋ねる。

 

「こ、今年の初めにユミルに温泉旅行に行った時にヴィータに紹介されてのう」

 

 背中越しに話を振られ、ローゼリアは思わず背筋を伸ばして答える。

 

「……姉さんに……紹介されて……」

 

「ひぃっ!」

 

 エマの底冷えする声で繰り返され、ローゼリアは悲鳴を上げる。

 

「二人とも、ちゃんと説明してくれますよね」

 

「魔女の事情については俺は何も知らないんだけど……」

 

「なっ!? リィンよ! 妾を見捨てるつもりなのか!?」

 

「見捨てるも何もローゼリアさんが最初からエマに話を通しておけば良かったことじゃないですか!?」

 

「仕方なかろう! エマは反抗期を起こして外の学院に通うなど言い出してプチ家出したようなものなのだから!

 魔女の長として、まずそこの謝罪もなしに都合よく泣きつかれても受け入れる訳にはいかないのじゃ!」

 

 当時も今もまだ未熟なエマをトリスタに駐在させることにローゼリアは難色を示した。

 最終的にはエマの頑なな意志にヴィータの二の舞を案じてローゼリアが折れたのだが、そこでもう一つ問題が起きた。

 学費を払うと主張したローゼリアに対して、奨学金で通うから良いとエマが拒絶したことだった。

 親心としてエマの世話をしたいと主張するローゼリアと、長の意志に反したことをしているのだから甘えるわけにはいかないと主張するエマ。

 二人は見事にすれ違った。

 結果論とは言え、エマは自分の想定が正しかったことをまず手紙に綴ってしまったこともまずかった。

 そうして謝罪がなかったために更新された情報をどう伝えていいものか、この数ヶ月真面目に悩んでいたローゼリアからすればエマの怒りには理不尽さしか感じない。

 

「だからって返事を一度も出さないのはどうかと思いますよ」

 

「だったら全てが済んでいるのに、プチ家出娘が得意気にリィンがヴィータと通じている証拠を掴んでみせると手紙に書かれてどうしろと言うのじゃ!」

 

「それは…………何というか微笑ましいですね」

 

 あえてリィンはそういう表現をしてお茶を濁す。

 リィンに生温かい眼差しを向けられてエマは顔を朱に染めて目を逸らす。

 

「な、何でも良いですから。ちゃんと説明してください! いったい何がどうなっているんですか!?」

 

 そう叫ぶエマに先程の迫力はもうなかった。

 

 

 

 

「…………つまり姉さんはリィンさんにとって恩人だったんですね」

 

「ああ、ただクロチルダさんは結社の使徒だから馴れ合うつもりはないけどな」

 

 事情の半分を説明され、魔女の中でも限られた人しか知らされていない《焔の眷属》の罪を教えられることになったエマは頭を抱えた。

 旧校舎とリィンの監視にセリーヌをトリスタに残してきたのが悔やまれる。

 そもそも間抜けなことにリィンが出発していた後でセリーヌにそれを頼んでいたのだから余計に滑稽だった。

 

「はぁ……

 リィンさんの規格外は今に始まったことじゃないですけど、もしかして最初から私が魔女だと言うことにも気付いていたんですか?」

 

「それは……ああ、そうだよ」

 

 おくびにも出さずにリィンはエマの質問に肯定を返した。

 正直、エマの魔女としての気配はそれと予め注意していないと分かり辛い程に小さい。

 これはヴィータとローゼリアが基準だったための弊害によるもので、リィンは一番初めの特別実習で起きたある事がなければエマが魔女だと言うことに気付くことはできなかった。

 が、それを正直に言うといろいろと差し支えるのでリィンは嘘を吐くのだった。

 

「あああ……」

 

 リィンの肯定にエマはこの数ヶ月の自分を思い出して頭を抱える。

 

「えっと……今日はこれくらいにしておきますか?」

 

「そうじゃの……これ以上話したら発狂してしまうじゃろ」

 

 リィンが《鋼の至宝》を宿していることはまだ話していないが、それを受け止められる状態ではないのはリィンも同感だった。

 

「それじゃあ俺はこの辺で失礼します、トリスタに戻る前に寄りたいところがあるから」

 

「はい……あ、リィンさん一つだけ良いですか?」

 

 テーブルに突っ伏して頭を抱えていたエマは席を立つリィンを呼び止める。

 

「何か分からないことがあったか?」

 

「はい。リィンさんはいったいどうやって《灰の起動者》になったんですか?」

 

「ああ、それか……」

 

「私は二年前からトリスタを中心に活動して旧校舎も定期的に監視していました……

 リィンさんが行方不明になっていた間であっても、貴方が旧校舎に立ち入ったことはなかったはずです。それなのにどうやって《試練》を超えたんですか?」

 

「俺の導き手になってくれたのはリンなんだ」

 

「リン……え……あのリィンさんが所有している戦術殻が導き手?」

 

 答えの意味が分からずエマは聞き返す。

 

「ああ、身体は戦術殻を端末にしているけどあの子は《空の至宝》の意志なんだ」

 

「……………………え……?」

 

 エマの頭はその答えが理解できず間の抜けた声をもらす。

 その横でうんうんとローゼリアはそんなエマの心境に頷いていた。

 

「リンも《鋼の至宝》と同じように高位次元に封印されていたんだ。それでゴスペル――《至宝》の端末から俺の願いを叶える形で《騎神》に巡り合わせてくれたというわけなんだ」

 

「《空の至宝》が導き手……《空の至宝》の意志がリンちゃん?」

 

 エマは呆然とその答えを繰り返す。

 

「封印されていた高位次元の中で《鋼》に直接アクセス……?」

 

「あとついでに言えば、ノイが《鋼の至宝》の意志なんだけど」

 

「……………………」

 

「えっと……エマ? 大丈夫か?」

 

 固まったエマにリィンは恐る恐る近付くと、

 

「――――ふしゃああああっ!」

 

 許容範囲を超えたエマは奇声を上げ、目には大粒の涙を浮かべてリィンの顔面にぐーを叩き込んでいた。

 そしてエマは仰け反って倒れたリィンの上にマウントを取り、ローゼリアの制止を振り払ってノイとルフィナが顕現して実力行使に出るまでリィンを殴り続けるのだった。

 後にリィンは語る。

 その右はリィンの目をもってしても捉えることのできない一撃だったと。

 

 

 

 

 

 






エリンの里お見合い騒動

ローゼリア
「なるほど、それで里の者たちがエマとリィンがお見合いをするのだと勘違いしたのか……
 何と言うか、里の者たちはともかく本人がそれに乗せられてしまうとは情けない」

エマ
「うう……」

ローゼリア
「しかし、妾からすれば願ってもないことじゃぞ? 小僧は《魔女》から見ても超優良物件じゃからの……
 何だったらこれから盛大に婚約発表を――」

エマ
「おばあちゃんっ!」

ローゼリア
「はい。何でもありません」

エマ
「ごめんなさいリィンさん……はぁ、こんなことなら帰って来なければ良かった」

リィン
「はは、でも俺はここでエマと会えて良かったと思うよ……
 眼鏡のない素顔もそうだけど、学院にいる時のエマはいつまでも他人行儀で一線を引いている感じだったから、本当のエマが見れて嬉しいよ」

エマ
「なっ!?」



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