(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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一話でできると思ったら長くなってしまったので前後編に分けることにしました。





43話 妖精の旅 前編

 7月10日、土曜日。クロスベル。

 

「リィンって……」

 

「ん……? どうしたフィー?」

 

 土曜の授業が終わってすぐに列車に乗り込み、夜も半ばにクロスベルに着いたフィーは宿泊先のホテルを前に珍しく呆けた顔をした。

 

「リィンってもしかしてユーシスよりも偉い貴族だったの?」

 

「そんなことないよ。シュバルツァー家はユミルっていう小さな領地を治めているだけだからアルバレア公爵家と比べたら全然格が違うよ」

 

「だったらどうしてこんな高そうなホテルに泊まれるの?」

 

「それは……うん。エリィさん本当にここに泊まって良いんですか?」

 

 リィンも半信半疑で駅から案内してくれたエリィ・マグダエルに尋ねる。

 

「もちろんよ。むしろクロスベルの恩人を適当なホテルに泊まらせるわけにはいかないわよ……

 今回来てもらったのも、こちらの事情なわけだから」

 

「泊まり掛けになったのは完全にこっちの事情なんですけどね」

 

 恐縮するようにリィンは頭を下げる。

 正直、一泊するだけには過ぎた計らいなのだが、それを無碍にすることは相手に悪いと思って受け入れる。

 

「折角の好意ですからありがたく泊まらせてもらいます。フィーもここで大丈夫だよな?」

 

「まあ……わたしは別に何でも良いけど」

 

「ふふ、可愛らしいお嬢さんね。もしかしてリィン君の彼女かしら?」

 

「残念ですが違います。どちらかと言えばガルシア・ロッシの娘的なものです」

 

「…………え?」

 

 リィンの返答にエリィは目を丸くしてフィーをまじまじと見る。

 

「なに?」

 

「本当にあのガルシアの娘さんなの?」

 

「ちょっと違うかな。昔同じ猟兵団にいただけ。それにわたしはちゃんと覚えてないし」

 

「猟兵団……たしか《西風の旅団》だったわよね? 何か複雑な事情があるみたいね」

 

「ええ、あまり詮索はしないで上げてください」

 

「そうね。ごめんなさい。フィーちゃん」

 

「別に……」

 

 謝るエリィにフィーはそっぽを向く。

 そんな反応を微笑ましく笑いかけてエリィはリィンに向き直る。

 

「それじゃあリィン君、明日は車を手配してあるから八時にこのホテルで待っていてもらえるかしら」

 

「はい。分かりました」

 

 一通りの連絡事項を終えたエリィはそのまま去って行く。

 

「…………今の人……」

 

「うん?」

 

「きれいな人だったけど、どういう関係?」

 

「エリィさんのことか? あの人は警察の人だよ」

 

「警察……? 制服も着てなかったしそうは見えなかったけど?」

 

「まあちょっと特殊な部署でな……

 それより夕食は何が食べたい? ホテルのサービスを頼んでも良いし、外の飲食店でも良いけど」

 

「それなら外で、夜の街の様子も確認しておきたいし」

 

「そうか……」

 

 猟兵の習慣かと聞かずにリィンは頷く。

 

「なら折角クロスベルに来たんだから東方の――」

 

「リィンッ!」

 

 まずはホテルに手荷物を預けようと歩き出そうとしたその背中に呼び止める声があった。

 振り返ると頬に傷痕のある赤いコートの男が息を切らせた様子で立っていた。

 

「アリオスさん。どうしてここに? 明日こちらから遊撃士協会に顔を出すって知らせておきましたよね?」

 

「あんな話を聞いて明日まで待っていられるか」

 

 呼吸を整え、佇まいを直したアリオスは努めて無表情を取り繕う。 

 

「リィン、誰?」

 

「アリオス・マクレイン。《風の剣聖》と呼ばれる俺の兄弟子だ……

 アリオスさん、こちらは俺のクラスメイトのフィー・クラウゼルです」

 

「クラウゼル? もしや《猟兵王》の?」

 

「団長を知っているの?」

 

「ああ、しかしまさかあの男にこんな大きな娘がいるとは思わなかったな」

 

「拾われただけだから血の繋がりはないけどね」

 

「そうだったのか。しかしそうなると……」

 

 罰を悪くしてアリオスはリィンとフィーを見る。

 

「リィン?」

 

「アリオスさんには昔事故で体が不自由になった娘さんがいるんだ。話はそれについてなんだけど」

 

 なるほどとフィーはアリオスの気まずさを察する。

 

「わたしなら一人でも大丈夫だけど」

 

「いや、そういうわけにはいかないだろう。やはり明日改めて――」

 

「なら、代わりに団長の話を聞かせて」

 

「俺が知っていることはそう多くはないがそれで良いのなら……

 どうやら食事はまだのようだな。ならば俺に奢らせてくれ」

 

「アリオスさん、でも――」

 

「お前が持って来てくれた話のことを考えれば安いものだ。それに兄弟子のメンツもあるからな、大人しく奢られておけ」

 

「…………はい、御馳走になります」

 

 ため息を一つ吐いて、アリオスの提案を受け入れるリィン。

 その姿にフィーは少し驚く。

 学院では超越者のように君臨しているリィンがまるで普通の少年のように見えたことにフィーは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 クロスベル東通りの宿酒場《龍老飯店》。

 色とりどりの東方料理に舌鼓を打ちながらアリオスは語る。

 

「ルトガー・クラウゼルか……

 彼はある意味、猟兵を体現している男とでも言えば良いだろうか」

 

「猟兵を体現している?」

 

 アリオスの表現をフィーはオウム返しに繰り返す。

 

「ああ、一見すれば理知的だがその本性は《赤い星座》と遜色ない血に飢えた獣だ」

 

「獣……」

 

「気に障ったのなら謝罪するが」

 

「ううん、大丈夫。そういう所があるのを思い出しただけ、続けて」

 

「そうか。俺はそれこそが二大猟兵団が他の猟兵団の追従を許さない圧倒的な差だと思っている」

 

「確かに名前を轟かせているという点に関しては《赤い星座》と《西風の旅団》が一番目立っていますね」

 

 アリオスの物言いにリィンは頷く。

 

「他の猟兵団は必ずリスクと報酬を天秤に掛ける……

 だが《星座》と《西風》は時に採算を度外視したはした金で依頼を受けることがある……

 負け戦であっても楽しむ。生粋の戦狂い、あの男はまさしくそれを体現した《王》と呼ばれる男だった」

 

「うん……」

 

 静かに頷くフィーはどことなく嬉しそうだった。

 

「しかし、君はあの男の娘とは思えないな」

 

 が、続くアリオスの言葉に顔をしかめた。

 

「ああ、悪い意味ではない……

 《猟兵王》の娘と聞いて《赤い星座》の娘のような子供かと勝手に考えていただけだ」

 

 続けてフォローするが、フィーは顔をしかめたまま聞き返す。

 

「それはわたしが猟兵らしくないってこと?」

 

「そうだな……《西風》に限らず《星座》の団員も大なり小なり血に飢えた獣を飼っている……

 だが君からはそう言ったものは感じない。君は戦いに享楽を感じたことはないのだろ?」

 

「っ……」

 

 アリオスの指摘にフィーは押し黙る。

 

「俺にも娘がいるからこそ、《猟兵王》の気持ちは少なからず分かるつもりだ」

 

「あなたに団長の何が分かるっていうの?」

 

 言い返せない代わりの強がりでフィーはアリオスを睨む。

 

「君を《猟兵》としてではなく《人間》として育てた事だな……この意味を良く考えてみるといい」

 

「《猟兵》じゃなくて……《人間》……」

 

 言われるがまま素直に俯いて考え込むフィーにアリオスは苦笑し、表情を引き締めてリィンに向き直る。

 

「リィン、それで例のものは?」

 

「はい……これがそうです」

 

 促されてリィンはテーブルの上にそれを出す。

 

「あれ? それってこの前、化学の実験で作った《ティアの薬》?」

 

 緊張感を出して何事かと身構えたフィーは出て来たものに拍子抜けした様子で言葉を漏らす。

 

「いや、確かに瓶はその時の物を使ったけど中身は別物だ。これは《大地の霊薬》のレプリカだ」

 

「《大地の霊薬》?」

 

「っ……以前文献でそんなものがあると見たことはあったが、本当に実在したのか」

 

 首を傾げるフィーに対して、アリオスは動揺を隠し切れていなかった。

 あくまでも文献でしか知らないアリオスと、何も知らないフィーに対してリィンは説明をする。

 

「《大地の霊薬》はかつて《大地の眷属》が至宝より授かっていた薬でね……

 これを服用すればどんな大きな怪我も癒え、病気にもならない。しかも飲むだけで身体が鍛えられる。さらには長寿の効果もあった薬なんだ」

 

 《大地の至宝》は《魄》を――つまりは肉体のような《器》を司る至宝。

 この手のことは得意分野でもあるが、当然この《霊薬》は至宝の力の一端でしかない。

 

「これはあくまでも俺がその《霊薬》を真似て作ったレプリカです……

 ただ原型の《霊薬》は瀕死の成人男子の傷をたちどころに治してみせました……

 ですからこれを病院に預けて、効果や安全性を調べて完成度を高めればシズクちゃんを治すことはできると思います。絶対に、とは言えませんが」

 

「そ、そうか……」

 

 声を震わせてアリオスは無表情に頷く。

 

「期待させてしまってすみません。これを一本作るだけでもかなり消耗するんで、無理をすればもう二つずつ作れますから――」

 

 それを落胆と受け取ったリィンは謝り、これからの展望を語ってみせるがアリオスはそれを遮る。

 

「いや、無理をする必要はない」

 

 自分では何もできなかった寂寥感はあるが、それ以上に娘の治療に光が見えたことに喜ばずにはいられない。

 しかし、一方で浮かれる気持ちを押し込めてアリオスはリィンを諫める。

 取り繕っているがリィンから疲労の気配を感じる。

 おそらくこの数日、その霊薬を作るのに相当の無理をしたのだろう。

 何故リィンが《大地の霊薬》を作れるのかを問うつもりはない。だが、それを完成させたいと思う原動力はおそらくシズクに向けたものではないのだろう。

 

「古代の霊薬を蘇らせる。並大抵のことではないのは分かっている……

 そしてそれができるのはお前だけなのだから決して無理はするな」

 

「アリオスさん。でも――」

 

「お前が倒れれば、それだけ霊薬の完成は遠ざかる……

 気持ちはありがたいが、焦るな。例えお前にとって今すぐに必要なものだったとしても優先するべきことを間違えるな」

 

「…………はい。分かりました」

 

 リィンは言い返そうとした言葉を呑み込み頭を下げる。

 

「それは俺がするべきことだ。霊薬のこと、よろしく頼む……ありがとう、リィン」

 

 恐縮して頭を下げる弟弟子にアリオスは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 7月11日、日曜日。クロスベル拘置所。

 午前中にウルスラ医科大学病院に行き、そこからクロスベル拘置所に来たフィーは一人で狭い面会室でガルシア・ロッシと対面した。

 

「ほう……面会人が来たと聞いて誰かと思えば、お前だったかフィー」

 

「うん……久しぶりって言って良いのかな? わたしはオジサンのことあんまりよく覚えてないけど」

 

 強化ガラス越しにバツが悪そうにするフィーにガルシア・ロッシは苦笑を返す。

 

「いや、俺が団を抜けたのは八年前。お前とは二年くらいしか付き合いはなかったのだから無理もない」

 

「でもそっちはちゃんと覚えてくれてたんだよね? 入学祝いにこれも贈って来てくれたんだし」

 

 フィーは胸元に飾ったエヴァーグリーンのブローチに視線を下ろす。

 

「たまたまだ。ゼノとレオが団に戻って来いと押し掛けて来た時に聞いただけだ」

 

「ゼノとレオが……」

 

 ガルシアから出て来た言葉にフィーは唇を噛む。

 自分のことは置いて行ったくせに、団を抜けた彼に戻れと迎えに行ったことに憤りを感じてしまう。

 

「どうした? 何か聞きたいことがあるからわざわざこんなところに来たんだろ?

 俺に話せることなら何でも答えてやろう」

 

「うん……」

 

 話したい事、聞きたい事はいくつも考えて来たはずなのにいざそれを尋ねる機会になると尻込みして口がうまく動いてくれない。

 そんなフィーを見兼ねてガルシアは自分から話題を提供する。

 

「学院での生活は楽しいか?」

 

「え……うん……まあ悪くないかな」

 

 戸惑いながらもフィーは頷く。

 そして聞かれるがままにフィーは答える。

 勉強が大変だったこと。

 園芸部に入って団にいた時にもらった種を植えて育てていること。

 他愛のない話にフィーの緊張が解れて、ガルシアが振ってくる話題を無視してフィーは尋ねていた。

 

「わたしは団のお荷物だったのかな?」

 

「フィー」

 

「みんな、団長がわたしを娘として扱ってくれていたから優しくしてくれていただけだったのかな?

 だから団長がいなくなったらわたしのことなんてどうでも良くなって、足手纏いだから置いて行ったのかな?」

 

「あのバカ共が……」

 

 フィーの吐露した気持ちにガルシアはここにいない団員達を忌々しく罵る。

 ルトガーを中心にして成り立っていた《西風の旅団》にとって、彼の死の衝撃はフィーに限らず他の団員達にとっても衝撃的だったのだろう。

 彼らは団長の遺言に従ったつもりでフィーをサラに――遊撃士に託したつもりなのだろうが、傍から見ればフィーの言った通りの意味に感じてしまっても無理もない。

 

「団長はお前の事についてはいつも悩んでいた……

 俺が団を抜ける時もお前を連れて行ってくれと言い出すくらいにな」

 

「それはやっぱりわたしに猟兵の才能がないから?」

 

「そうだな……お前に猟兵の才能はない……

 他の猟兵たちは知らんが、《西風》や《星座》の団員にある獣臭さ、それがお前にはなかった……

 正直俺は猟兵の訓練も途中で音を上げると思っていたくらいだ」

 

「そう……」

 

 肯定の言葉にフィーは項垂れる。

 

「だが、それの何が悪い?」

 

「え……?」

 

「フィー、お前はいわば狼の群れの中にいた羊だ……

 生きるために捨てられないために必死に狼になろうとしていた。それがお前だ」

 

「違う……わたしは――」

 

「違わない……

 おそらく団長が健在だったとしてもお前は一度、団から離れるように仕向けていただろう……

 だがそれはお前のことを疎んでだからじゃねえ……

 お前を育てることで団長は“人の親”になれた。だからお前は“人”として胸を張って堅気の世界を生きてみろ」

 

「でも……わたしは……わたしだって猟兵の生き方しか知らない」

 

「ならば今の学院でいろいろな経験をすることだ……

 それでお前が今の学院を卒業してどうしても堅気の世界で生きられないと言うなら、その時はうちで用心棒として拾ってやってもいいぞ」

 

「うちでって……捕まっているのに?」

 

「ふん、いつまでもこんなしみったれた所にいるつもりはねえ……

 会長だってこのまま終わらせるような人じゃねえからな」

 

「マフィアか……遊撃士よりかは馴染めそうかな?」

 

 前向きな言葉にガルシアは苦笑する。

 

「しかしフィー」

 

 呼んでからガルシアは口を噤む。

 

「ん? 何?」

 

 小首を傾げて聞き返してくるフィーにガルシアは目を伏せて考える。

 

 ――果たして団長が蘇ったことを教えて良いものか……

 

 ガルシア本人が確認していないので確定情報として伝えても混乱させるだけだろう。

 ゼノとレオニダスが話した内容だけでも厄介事としか思えない。

 だが、どんな厄介事だったとしても娘であるフィーに何も伝えないのは筋が通らない。

 故にガルシアは躊躇った口を開いた。

 

「これは確定情報ではないが、団長は生きているかもしれん」

 

「…………え?」

 

「ゼノとレオが蘇ったと言っていただけで俺は団長に会ったわけではないから確かなことは言えん……

 だがお前をここに連れて来たリィン・シュバルツァーはそのことについて何かを知っているようだった」

 

「リィンが……」

 

 死者が蘇るなんてことはありえない。

 しかし、昨日リィンが見せた《大地の霊薬》のことを思い出す。

 この世には自分の常識では測り切れない不思議な現象が存在している。

 ならば決して死者蘇生があり得ないとは言い切れない。

 

「でもどうしてそれをわたしに教えてくれたの? ゼノとレオに口止めされていたんじゃないの?」

 

「ああ、だがそれは筋が通らない話だ……

 あの二人は団長を取り戻すと言っていた。それを聞いてお前はどうする?」

 

「現実感がなくてあんまり想像できないけど、団長が捕まっているならわたしも助けたい」

 

「だが、あいつらはお前に真実を告げなかった……

 団長の遺言もあるだろうが、結局は奴等にとってお前は対等の仲間じゃない。守るべき《お姫様》だったということだ」

 

「む……」

 

「強くなれフィー。そして団長とあのバカ二人の鼻を明かしてやれ」

 

「…………そだね。そんな大事なことを教えてくれなかったゼノ達は一発殴らないと気が済まないかも」

 

「ふ、その意気だ。ついでに餞別もくれてやる。今から言う旧市街の住所に寄って行け」

 

「そこに何があるの?」

 

「俺が猟兵時代に使っていた武器を保管してある……

 代理人を使って購入しておいたセーフハウスだから警察のガサ入れはされていないはずだ……

 鍵は裏通りのアンティークショップの婆さんに預けてあるから俺の名前を出して受け取れ」

 

「それを今ここで言って良いの?

 それにわたしはスピード型だし、そもそも体格が合わないと思うけど」

 

「それを使いこなしてこそ一流の猟兵だ。なんならばらして組み替えても構わん……

 それに西風の時の戦い方のままなら奴等に通用しないと思え」

 

「む……」

 

 ガルシアの指摘にフィーは唸る。

 双銃剣を始めとしたフィーの戦術は彼らから教えてもらったもの。

 その手の内は全てゼノ達にはとっては周知の戦術でしかない。

 

「どうしてそこまでしてくれる?」

 

 申し出はありがたいが、何故ガルシアがそこまで良くしてくれるのか分からずフィーは尋ねる。

 

「大したことじゃない。たった二年とは言え俺もお前を世話したことがあるからこそのお節介だ」

 

 ぶっきらぼうにガルシアは答える。

 その本心は決して口には出せない。

 フィーの存在が切っ掛けで“人間”になれたのは何もルトガーだけではない。

 それまでの自分に疑問の一石を投じたのはフィーの存在があってこそ。

 そこで“猟兵”を続けられたのがルトガーであり、“猟兵”をやめることができたのがガルシアだった、それだけの話。

 だからこそ、ルトガーは何も咎めずにガルシアの退団を認めてくれた。

 

「あえて言うならお前に負けたゼノ達に団長の悔しがる顔を見るのも一興だろうな」

 

「ん……サンクス。ガルシアおじさん」

 

 

 

 

 

 

 その頃、クロスベル拘置所の中でも特別な囚人が収容されている地下深くでリィンはその男と面会していた。

 

「ふふ、よく来てくれたねリィン・シュバルツァー」

 

 精神が壊れたヨアヒム・ギュンターの身体を乗っ取ったゲオルグ・ワイスマンはリィンの来訪を嬉しそうに迎える。

 

「その様子だとちゃんと大人しくしているみたいだな」

 

「疑われているのなら心外だな。そもそも罪を犯したのはこの体の持ち主であり、私自身は君達に協力的だったはずだが?

 もっともこんな牢屋など今の私には何の意味もないがね」

 

「本当に厄介な存在になって……」

 

 リィンは何度目か分からない嘆きを漏らす。

 その気になればこのワイスマンは外にいるグノーシス服用者に体を入れ替えることもできる。

 単に牢屋に入っているのはヨアヒムの体がワイスマンにとって一番馴染むものであり、クロスベルへの善意でしかない。

 

「それでわざわざ君が訪ねてきたのは、私の顔を見に来ただけではないのだろ?

 お互いに機微は察せる者同士、余計な挨拶はなしに本題に入りたまえ、面会時間も決まっているのだから」

 

 リィンの内心を見透かしたようにワイスマンは本題に入るように促す。

 

「……お前は以前俺に言ったな。《黄昏》と《相克》、その二つにおいてどんな準備をしているのかと」

 

「ああ、言ったな。ではその答えを持って来てくれたのかな?」

 

「まだ全部を決めたわけじゃない……

 だが元七耀教会の司教にまで上り詰め、蛇の使徒だった《白面》の意見を聞いておきたい」

 

「ふむ……拝聴しようじゃないか」

 

 ワイスマンは目を細めて佇まいを直してリィンが考えた案を聞く姿勢を取る。

 

 ――ふふ……どんな甘いプランを考え付いたことやら。わざわざ私に意見を求めに来るということは自信のない証拠か……

 

 真面目な顔をしながらもワイスマンはリィンの提案に徹底的なダメ出しをして愉悦に浸るつもりで鷹揚に構える。

 そして語られるリィンの計画。

 

「俺は二つの至宝の《器》を錬成して《未完成の鋼》を《真なる鋼》に錬成しようと思っている」

 

「ふむ……なるほど《真なる鋼》か…………ん?」

 

 余裕に満ちた態度を取っていたワイスマンはそれを聞いて首を傾げる。

 

「そのための《大地の至宝》と《焔の至宝》の空の器はすでに回収してある……

 その二つを錬成するための熱量の確保についての具体的な方法はまだ見つかってないが、それを主軸に俺は《黄昏》に対抗するつもりだ」

 

「…………正気かね?」

 

 何とか感想を絞り出してワイスマンはリィンの提案を吟味する。

 

「確かに《黄昏》は《鋼の至宝》を現世に戻す儀式……

 《大地》と《焔》の器ならば《七の騎神》の代替には丁度いい……いや、むしろ相応しいというべきか」

 

 想念の偽物とはいえ《黒》と繋がったことがあるワイスマンはリィンよりも多くの知識を有している。

 それを元にリィンの提案を考えてみればそれは決して無理ではない。

 

「ルフィナ・アルジェントの入れ知恵かね?」

 

「いやノルド高原に行った時に、放置されている《器》を見て俺が思いついた」

 

 事もなげに言うリィンにワイスマンはぞくりと背中を粟立てる。

 

「自分が言っていることの意味は分かっているのかね?

 《鋼の至宝》がまだ未完成だと言う君の説が正しかったと仮定するが、君がしようとしていることは二つの眷属が封じた災厄を蘇らせるようなものだ」

 

「このまま《黒》の錬成を見過ごせば同じことだ……

 制御できるかはノイとそれを支える俺の《聖痕》をどこまで拡張できるか次第だと思う」

 

「ノイ? いやそれよりもあの《聖痕》がまだ成長しているだと」

 

 初めて聞く名前よりもワイスマンはその事実に驚く。

 

「ノイは《鋼の意志》に付けた名前だ。今は戦術殻と同期させて外の世界で過ごさせている」

 

「は……? まさかあの時君が選んだ何の力もないゴミクズが……」

 

「今のは聞かなかったことにしてやる。だが二度とあの子をゴミ呼ばわりするな」

 

「おっと失礼……」

 

 睨んでくるリィンに首を竦め、ワイスマンはすぐに謝罪して質問を返す。

 

「しかし七耀教会に知られれば外法と認定されてもおかしくないぞ」

 

「それはルフィナさんにもう言われた……

 だからその教会を説得して協力を得るためにはそれなりの成果を見せなければいけない」

 

「ふむ……何かプランはあるのかね?」

 

「いざという時に《鋼の至宝》の受け皿になれるように俺の《聖痕》を強化する……

 そして《鋼の至宝》をこの身に宿して俺を殺せば、《至宝》もろともに消滅できるようにしておけば教会も納得するはずだ」

 

「ほう……つまり私に《聖痕》の調律をしろということかね?」

 

 ワイスマンは抑え切れない笑みを手で隠して聞き返す。

 

「そうだ……

 俺には確かにあんたの《聖痕》の知識はあるし、《識》の力もある……

 だけどそれでも《聖痕》の細かな調律ができるわけじゃない。その点あんたは俺に《聖痕》を刻んだ張本人。それが出来ないとは言わないだろ?」

 

「ああ、もちろん。私にはそれが可能だ」

 

「もちろんタダでとは言わない。あんたが喜びそうな報酬も考えてある」

 

「ほう……それはいったい何だね?」

 

 すでに答えは決まっているのだが、リィンの用意した報酬の内容にワイスマンは興味を示す。

 

 ――大方、ノーザンブリアの塩化対策といったところか?

 

 ミラや地位、名声で動くことはないとリィンも分かっているだろう。

 ならば自分の記憶を知り、お人好しのリィンならば考えそうなことを予測する。

 

 ――妥協するには良い取引か……

 

 かつて塩化現象をどうにかするために教会の門を叩いたことをワイスマンは懐かしみながらリィンの答えを待つ。

 

「報酬は――ネタ晴らしの権利だ」

 

「そうかやはりノーザンブリアの――ネタ晴らしの権利?」

 

 鷹揚に頷いて引き受けようとしたワイスマンはリィンの口から出て来た報酬の意味が分からず間の抜けた顔をさらした。

 

「えっと……うまく表現できないんだが……

 俺が勝った時に《黒》やその眷属に対して、いろいろ言って良い権利をあんたに譲るっていう意味だ……もちろんタイミングが合えばだけど」

 

「それはつまり……自分の計画が完璧だと疑わず、踏ん反り返って上座に居座っている《黒》が負ける瞬間を特等席で見て良いと言うことかね?」

 

「そうだ」

 

「《黄昏》を塗り替える計画を懇切丁寧に説明して、悔しがる《黒》を指差して笑って良いと言うことかな?」

 

「ああ、そうだ」

 

「《黒》の打倒だけを考えて研鑽を重ねた《聖女》や故郷を捨てて《黄昏》に挑もうとしている《魔女》に愉悦して良いと言うことかね?」

 

「まあ……結社で敵だから許可する」

 

「素晴らしいっ!」

 

 三度の確認の末、ワイスマンはその報酬に歓喜する。

 最初からリィンに協力することは決めていたが、提示された報酬はワイスマンにとってこの上ない報酬だった。

 

「リィン・シュバルツァー! その契約、喜んで結ばせてもらおう!」

 

「言っておくが、民間人に迷惑を掛けたらこの話はなしだぞ」

 

「もちろん、分かっているよ……ふふふ、まさか《聖女》と《魔女》に愉悦できる日が来るとは夢にも思わなかったよ……ははは……ハーハッハッハッハっ!!」

 

 声を上げて笑い出すワイスマンにリィンは一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

「…………早まったかな?」

 

 しかし、彼の協力なくして《聖痕》を完璧に仕上げることはできないのだからリィンは目を瞑る。

 

 ――ごめんなさい、アリアンロードさん、クロチルダさん……

 

 ただ今のリィンにできることは来る日に向けて《教授》の標的にロックオンされた二人に心の中で手を合わせて謝ることだけだった。

 

 

 

 




《大地の霊薬》

フィー
「ところでリィン……昔の人達は《霊薬》で強くなるって言っていたけどどういう意味なの?」

リィン
「うーん……
 メタな表現で説明すると、これ一本飲めばレベルが1上がったり、任意のステータスの数値が上昇する効果だな」

フィー
「へえ、そんな便利なものがあったんだ。ねえ、そのクスリ作るの協力して上げよっか? 治験して上げても良いよ」

リィン
「馬鹿を言うな……《霊薬》はウルスラ病院で専門家の人達に調べてもらいます」

フィー
「そう言わずにおクスリちょうだい」

リィン
「フィー……」

フィー
「どうしてもそのクスリが欲しいの……お願いだからおクスリをちょうだい」

ロイド
「リィン君、ちょっと署まで一緒に来てくれるかな?」

リィン
「え……?」


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