(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「どうだったガルシアさんとはちゃんと話せたか?」
一足先に面会を終えて待合室で待っていたリィンはやって来たフィーを出迎える。
「うん……一応……」
「そうか良かったな」
微笑んで我がことのように喜んでくれるリィンにフィーは顔をしかめる。
「何かあったのか?」
「…………何でもない」
頭を抱えたくなる気持ちを抑えてフィーはリィンから顔を逸らす。
「フィー?」
「何でもない」
拒絶を口にするフィーにリィンは首を傾げる。
戻って来た足取りも、それに顔色も来た時よりもずっと復調している。
――まあ、俺に対しての態度もいつも通りに戻っただけか……
ガルシアの面会で釣ったとはいえ、ここまで従順についてきてくれたことがそもそも普段のフィーからは考えられないくらいに協力的だった。
そのことを少し残念に思いながら、リィンは素っ気ないフィーに苦笑をする。
「それじゃあ行こうか。ここからは悪いけど俺の用事に付き合ってもらうことになるけど」
「ん、了解。クロスベルに戻ったらちょっと行きたいところがあるんだけど……
裏通りのアンティークショップと旧市街の住所なんだけど分かる?」
「ああ、大丈夫だ……でもそうなるとあんまりのんびりしていられないな」
「この後の予定は?」
「グノーシス被害が多かったベルガード門の訪問、それからクロスベルに戻って劇団アルカンシェルに行くことになっているな……
アルカンシェルでの用事がどれくらいで終わるか分からないから、街に戻ったらフィーの用事を先に済ませよう」
「ん、じゃあそれで」
「車を手配してくれていたエリィさんに感謝しないとな」
そんなことを呟いてリィンとフィーはクロスベル拘置所を後にするのだった。
*
「それじゃあフィーはそこで少し待っていてくれ」
「何か手伝えることがあればやるけど?」
「大丈夫だ、ここの司令官と会ってくるだけだから」
「そう……分かった」
ベルガード門の待合室でフィーはリィンを見送ってため息を吐く。
「聞けなかったな……」
一人になって呟くのは嘆きの言葉。
道中の車の中で何度も、ルトガー・クラウゼルのことについて聞こうとしたが終ぞ尋ねることはできなかった。
尋ねられなかった原因は覚悟が決まらなかったこともあるが、少なからずプライドが邪魔をしていた。
「リィンがわざわざガルシアおじさんと会わせてくれたのは、それくらいわたしが使い物になっていなかったからなんだろうけど……」
近頃の不調を振り返ってフィーは唸る。
アリオスやガルシアと話すまで悪い思考ばかりが頭の中をぐるぐると巡っていたが、今は普通くらいに落ち着けている。
銃の的当ても今やればずっとマシな成績を出せるのではないかと思える。
「大方、サラに言われたんだろうけど……」
そうでなければリィンが積極的に自分に関わることはない。
学院でも話しかけられれば、互いに言葉を返すがそこまでの仲でしかない。
一向にレベルの上がらない戦術リンクの状態が自分達の関係を示している。
そんなリィンがわざわざ時間と手間をかけて立ち直らせようとしていたことに恥じる気持ちがあった。
「リィンがどうして引き受けたかは分かるけど……」
チーム一人の不調が全体に及ぼす影響は馬鹿にできないことをフィーは良く知っている。
前の実習はたまたまみんな大きな怪我もなくやり過ごせたが、次もそうなるとは限らない。
だからこそ早くフィーの中の蟠りを解決するために今回の機会を作ったのだろう。
そして、その思惑の通り彼とアリオスの話を聞いて、重くなっていた心の枷が少しだけ軽くなった。
「たぶん団長のことを聞けば話してくれる……でも、それで良いの?」
フィーは自問自答する。
リィンと自分の関係はただのクラスメイト。
たまたま同じクラスになったが故のチームであり、それ以上の関係ではない。
強いて上げるなら二年前のリベールで殺し合いをした間柄。
「一回目は互角に戦えていた……二回目は……」
苦い記憶を思い出す。
刻み込まれたトラウマを晴らすために、猟兵にあるまじきリベンジに燃え、依頼を切っ掛けに挑んだ戦い。
いや、戦いと言うのはおこがましい一方的な結果だった。
まさしく一蹴。
見向きもされずに湖に叩き落とされ、その後の数日は何も考えることができずに膝を抱えていた。
「あれ……? もしかしてあの時からわたし何も成長してない?」
先日のシャーリィを当時のリィンと置き換えれば、全く使いものにならなくなっていた事実にフィーは気付いてしまう。
「このままじゃダメ」
お人好しのリィンのことだから尋ねればちゃんと答えてくれるだろう。
しかし、果たしてそんな施しで団長の下に辿り着いて何が言えるだろうか。
仕方がない奴だと笑われるならいい。
しかし、失望されるのは嫌だ。
「わたしは……どうすればいいんだろう?」
天井を仰いでフィーは呟く。
と、そこに軽薄な言葉が投げかけられた。
「お、そこにいるのはもしかして《妖精》か? 何でこんなところにいるんだよ?」
自分を《妖精》と呼ぶ言葉にフィーは迷走していた思考を切り替え、いつでも銃を抜けるようにしながら振り返る。
そこには長大なブレードライフルを担いだ赤毛の青年が立っていた。
「……誰?」
「誰とは御挨拶だな……
ま、考えてみればリベールでもほとんどすれ違っただけだから無理もねえか」
フィーの態度に赤毛の青年は苦笑して名乗る。
「ランディ・オルランドだ」
「リべール……オルランド!? まさか《闘神の息子》……どうしてこんなところに?」
「それはここが俺の今の職場だからな。今の俺は《猟兵》じゃなくてこれでも警察官なんだわ」
「警察官……?」
ランディの言葉にフィーは胡乱な目を向ける。
「その目は疑ってるな。ほれ、警察手帳」
手帳を差し出されるも、それが本物なのか判断する材料はフィーにはない。
「もしかして潜入工作?」
「じゃねえって、俺は猟兵から足洗ってクロスベル警察に再就職したんだよ」
嘘を言っているようには見えないランディの言葉にフィーは信じられない顔をする。
《闘神の息子》ランドルフ・オルランド。
先日のシャーリィ・オルランドの従兄であり、《赤い星座》の団長の息子。
フィーが欲してやまない猟兵の才能がある人間のはずなのに、その道を捨てたランディにフィーは困惑する。
「どうして……」
「ん……?」
「《闘神の息子》って呼ばれていて、リベールでもSウェポンなしでゼノとレオを退けるくらいに強いのに、どうして猟兵をやめたの?」
「ま、当然の質問だな」
待合室のテーブルにランディはブレードライフルを置き、フィーの向かいの席に座る。
「どうしてって言われても一身上の都合としか言えないな。どうしても知りたいって言うならベッドの中で――んがっ!?」
突然、ランディは壁から噴き出した衝撃波に殴られて悶絶する。
「何今の……?」
思わずフィーは周囲を警戒するが、追加の攻撃の気配はない。
「き、気にすんな……それで……猟兵をやめた理由だったか」
寒気を感じているのか、ランディは顔を蒼ざめさせ咳払いをし改めてフィーの質問に答える。
「ちょっと猟兵の生き方に疑問を感じてな……で、気付いたら団を飛び出して流れに流れてクロスベルに来たって寸法だ」
「そんな簡単に……」
「簡単って言うか、ライフルが撃てなくなっちまったからな」
おどけて言うが、それは猟兵にとって死活問題であり、的に当てられなくなってしまったフィーにとっては他人事ではなかった。
「それはどうして……」
「さあな……俺にこんなセンチな感情があることに驚いたくらいだが、結局のところ俺には人殺しを楽しむ才能はなかったんだろうな……
今はまあ、何とか撃てるようになったけどな」
「それなら団に戻るの?」
「いや……それはねえ」
フィーの問いにランディは即答した。
「どうして? 団は家族のはずなのに……どうしてそんな簡単に捨てられるの?」
「うちはそんな仲良しこよしでやっている団じゃないんだけどな……
足を引っ張るなら容赦なく後ろから撃ち殺す奴ばっかだぞ」
いつかそんな夢を見たなとランディはその時の悪夢を思い出して唸る。
「そういうお前さんはやっぱり団に戻りたいのか? もう“猟兵王”はいないのにそんな《西風の旅団》に拘る価値があるのか?」
「それは……」
「なんつーか……お前は猟兵の仕事を美化し過ぎてないか?」
「そんなつもりはない……」
「確かに《西風》は他と比べて不必要な略奪とかしていなかったらしいが、それでも猟兵だ……
この世に《良い猟兵》なんて存在しない。猟兵はどこまで行っても人殺しの“死神”だ」
「わたし……“死神”?」
「それが世間一般の認識だ」
首を傾げるフィーにランディははっきりと言い切る。
「だがまあ、そんなろくでなしでも受け入れてくれる気の良い奴等と俺は出会えた……それは女神に感謝しているんだが、お前はどうなんだ?」
「どうって……何が……?」
「たしか今は帝国の学院に通っているんだよな?」
「うん」
「昔の仲間が恋しいかもしれないが、今いる仲間のことも少しは意識を向けてみたらどうだ?
リィンみたいな奴が一人いるだけでも、だいぶ気が軽くなってるんじゃないか?」
「…………誤解しているようだから訂正するけど、わたしとリィンは別に仲良くない」
「ま、そういうことにしてやるか」
「むっ……」
苦笑するランディにフィーは面白くなさそうに顔をしかめる。
「わたしからも一つ……ううん、二つ聞いて良い?」
「お、何だ?」
「猟兵の技で警察官なんて務まるの?」
「意外とどうにかなるもんだぜ。骨の髄まで染み込んだ人殺しの技、案外人助けにもできるって知ったのはあいつのおかげだろうな」
「あいつって……リィン?」
「いや、うちのリーダーだな。リィンの奴に似て“人誑し”な奴だが」
「リィンと同じ……」
フィーは学院でのリィンの噂を思い出して身を震わせる。
「それでもう一つは?」
「……ランディは……もしお父さんが生き返ったらどうする?」
「別にどうもしねえよ」
緊張して尋ねた質問の返事はあっさりとした即答だった。
「そういう生き死にを生業にしていたんだ。いつかそういう日が来るとは思っていたからな……
あの殺しても死にそうにない親父が死んだことには確かに驚きはしたが、だから悲しいっていうのはあまり感じなかったな……
仮に生き返って顔を見せて来たからって、感動の再会をしようっていう歳じゃねえからな」
「そう……」
「だがま……一つ言うことがあるとすれば、俺はもう“猟兵”には戻らないって言わないといけないだろうな」
そう言って苦笑するランディの顔がフィーには眩しく見えた。
*
そしてリィンの最後の用事と言って赴いたその場所で――フィーは拉致された。
そして気付けば絢爛な衣装を着せられて、広い舞台の上に立たされていた。
「よく似合っているよフィー」
観客席で待っていたリィンはそんなフィーを褒めて出迎えた。
「リィン……これはどういうこと?」
「実はサラ教官と話して、フィーの将来のことを踏まえて職場体験をさせてみないかって話になったんだ」
「……それでどうしてここなの?」
フィーは周囲を見回して困惑する。
劇団アルカンシェル。
フィーも名前くらいは知っているクロスベルにおいて有名な興行施設。
「アルカンシェルは俺が少しの間、遊撃士として仕事をしていたコネがあったからだよ……
それにフィーの容姿と軽業は舞台映えすると思ったから」
「だからって……」
ライトアップされた舞台にフィーは居心地悪そうに身じろぎする。
「完全にわたしには場違いな場所だよ。悪いけど――」
「ところでフィー、今回のガルシアさんとの面会だけど、これは貸し一つだよな?」
「…………何が言いたいの?」
「大したことじゃないよ。ただ報酬だけを前払いで受け取ったことになるよな? それは猟兵の“流儀”に反するんじゃないか?」
「わたしはもう“猟兵”じゃないし」
「それならサラ教官から“特別実習”の追試として扱って良いって許可を取ってるから“学生”として大人しく体験するんだな」
「むっ……」
フィーの逃げ道を前もって潰してくるリィンに思わず舌打ちしそうになる。
「なんでこんな回りくどいことを?」
「こうでもしないとフィーは自分から動かないだろ?
それにこのまま何もしなければトールズを卒業してどうするつもりなんだ?」
「それは……」
「とりあえず軽い気持ちでやってみるといい、この際気分転換のつもりでも構わないからさ」
「リィンって……お節介だって言われない?」
「自覚はしているよ」
微笑ましい眼差しを送って来るリィンにフィーはとりあえず彼の足を蹴る。
当然びくともしないが、そうして溜飲を下げているとフィーにこんな格好をさせた張本人たちが来た。
「うんうん、衣装合わせの時も思ったけど中々様になっているじゃない。リィン君、グッジョブ」
舞台衣装に身を包んだイリアはフィーの姿を見て満足そうに頷く。
「というかどうしてフィーに合う衣装がすでに用意されているんですか? しかも自分の衣装まで……」
「リィン君の衣装はあれからいろいろ考えていたものよ……
フィーちゃんのは衣装担当が一晩でやってくれたわ」
舞台袖から親指を立てて良い笑顔を向けてくるスタッフがいた。
背格好を口頭で伝えただけなのに対応してみせるのは、流石としか言いようがない。
「わたしはまだやるなんて言ってないんだけど」
イリアに向かってフィーはジト目になって言う。
「まあまあ、そう言わずに……何もいきなり演じろなんて言わないわよ」
「それじゃあ何をさせる気なの?」
「ふふん、リィン君から聞いたけど、君って分け身と隠形を使えるのよね?」
「そうだけど」
「なら、一つ勝負をしましょう」
そう言うとイリアはフィーから距離を取る。
「時間はそうね一時間くらい……
この舞台の上で鬼ごっこをしてあたしを捕まえられたら、“特別実習”はそれで終わりにして上げるわよ」
「正気? わたしはこれでも元猟兵なんだけど」
「それがどうしたの?」
脅すようにフィーは睨むが、全く動じずにその視線をイリアは受け流す。
「それとあたしに勝ったらリィン君に何でも一つだけ言うことを聞かせる権利を上げるわよ」
「それは本当?」
フィーはリィンに振り返り尋ねる。
「ああ、無理矢理連れて来たようなものだからそれで構わないよ。ただしあんまり度が過ぎるのはなしにしてくれるか」
「それで良い」
イリアの提案はルトガーのことをどう切り出そうかと悩んでいたフィーにとって大義名分になるものだった。
「言っておくけど、手加減はしないから」
「ふふ……それじゃあリィン君、合図を――」
イリアの言葉の途中でフィーが動く。
腕に付けられた装飾の布を翻してイリアの視界を隠し、逆の手でイリアの腕を掴みに行く。
が、その手は空を切り、次の瞬間フィーは宙を舞っていた。
「なっ!?」
設置された塔のセットに着地してフィーは何が起きたのか分からずに困惑する。
「ふふ、気合いは十分みたいね」
「…………上等」
余裕に満ちた表情で見上げてくるイリアにフィーは気を引き締める。
ただの踊り子だと思わず、戦闘のつもりでフィーはイリアに襲い掛かった。
「ふふ……」
イリアは跳び上がってフィーの突進を上に躱す。
それを追ってフィーは素早く切り返して跳躍してイリアに迫るが、そこからは先程の焼き直しだった。
腕の飾り布をはためかせてイリアはフィーの腕に絡ませると、そこを起点にフィーの進行方向をずらして派手に宙を舞わせる。
「くっ……」
先程と同じように塔に着地したフィーは自分を投げた反動で向かい側に着地したイリアを睨む。
「ほら、どうしたのまだ始まったばかりよ」
「……調子に乗るな」
手を叩いて囃し立てるイリアにフィーは顔をしかめて塔を蹴った。
「…………リーシャさん」
「はい、何ですかリィン君?」
二人の勝負を見上げながらリィンはいつの間にか並んで同じものを見上げているリーシャに声をかける。
「イリアさんに何を教えたんですか?」
「えっと……軽功と化勁を……少々……」
「…………イリアさんが戦技を覚えたのが三月だから四ヶ月であのレベルの化勁……もしかして俺よりも……」
「まあ、イリアさんですから」
全速で襲い掛かるフィーをイリアは闘牛士のように空中でいなして舞う。
片方が素人にも関わらず、見ている者には二人の舞だと思わせる程にイリアはフィーの動きを支配していた。
「――っ……シャドウブリゲイド」
その支配から逃れるようにフィーは分け身を出して四方からイリアに迫る。
が、四方から突撃したフィー達はイリアの身体をすり抜けただけに終わった。
「こっちよこっち」
「違うわよ、こっちが本物よ」
「残念、そっちも分け身よ」
「なっ……」
塔の上の三ヶ所から見下ろしてくるイリア達にフィーは絶句する。
「何で……何でただのアーティストが“分け身”を使えるの?」
“分け身”は戦技の中でもかなりの高等技術。
それを修得する苦労を知っているだけに、イリアが使えていることが信じられない。
「どうしたの、まだ準備運動にもなってないんだけど」
分け身を消したイリアが挑発するように手招きをするが、たった十数分のやり取りで実力の差を痛感してしまったフィーは尻込みしてしまう。
「あら……? リィン君のクラスメイトだって聞いていたけど、この程度で諦めるの?」
「っ……誰が」
リィンの名前を出されてフィーは萎えかけていた心を奮い立たせる。
「そうこなくっちゃ」
そんなフィーにイリアは楽しそうに笑うのだった。
*
「えっと……惜しかったなフィー」
帝国行の列車の中、膝を抱えて落ち込むフィーにリィンは慰めの言葉を掛ける。
結局、フィーは時間内にイリアを捕まえることはできなかった。
途中からアルカンシェルで下働きをしていたシュリという女の子も参加し、即席のコンビを組んでの二人掛かりになってもイリアの支配を振り解くことはできず、時間切れよりも先に彼女たちの体力が尽きた幕引きとなった。
「何なのあれ? “分け身”に“化勁”とかいう技、本当に一般人?」
「武芸は舞踊に通じるものがあるからな……
もしイリアさんが武芸者を目指していれば“達人級”になっていてもおかしくない才能の持ち主だ……
捕まえられなかったとしても決して恥じゃない。俺だってあの条件でやっていたら絶対に捕まえられる自信はないから」
「そんなふうに割り切れるわけない」
ため息を吐いてフィーは日が落ちた車窓を眺める。
「リィンは酷いね……落ち込んでいたのに止めを刺しに来るなんて」
「俺は“西風”のあの二人と違ってフィーを甘やかす理由はないからな。それとも甘やかして欲しかったのか?」
「別に……」
非難の眼差しをあっさりと受け流すリィンにフィーは拗ねたようにそっぽを向く。
「それに勝負には負けたけど、イリアさんにはトールズを卒業したらアルカンシェルに来ないかって誘われたんだろ?
なら少なくても舞台に立つ才能は認められたわけだから自信を持って良いと思うぞ」
「あんなのただのお世辞に決まってる」
フィーは拗ねたようにリィンの言葉を否定する。
終始、イリアに弄ばれるように踊らされた一方的な展開を思い出す。
銃や武器を使わない条件だったとしてもただの一般人を制圧することは簡単だと考えていたフィーにはいろいろな自信が砕かれる勝負だった。
「そんなことないよ……
舞台についてイリアさんがそんな評価をするはずがない」
「だったら猟兵も気にしないって言うのはどうなの? “死神”のわたしにそんな言葉を掛けるわけない」
勧誘して来るイリアに対して元猟兵だからと言い訳をして拒絶しようとしたのだが、だからどうしたと言わんばかりの態度を取られた。
「いや、それも本気だと思うけどな」
元猟兵だろうが、元犯罪者だろうが、殺し屋だろうが、孤児だろうが、才能が有り舞台に真剣に向き合うならアルカンシェルは誰でも拒まない。
そう言い切ったイリアの背後で思う所があって黙り込んでいた者もいたが、それは余談だろう。
「とはいえ、俺やイリアさんができることはここまでだ……
結局、フィーがトールズを卒業して何をするのか選ぶのはフィー自身だ」
「…………どうしてリィンはわたしにそこまでしてくれるの?」
ただのお節介では説明できない、“西風”の家族とは違う過保護な扱いにフィーは尋ねる。
「フィーのように生き方を選ぶことさえ知らない子を俺は知っている……
だから……たぶんこれはその代償行為なんだろうな。フィーには悪いけどただの自己満足だよ」
自嘲するようにリィンは笑う。
「フィー、俺からも一つ聞いて良いか?」
「何……?」
「二年前、リベールのボースで俺は《西風の旅団》と戦った」
「っ……」
突然降られた話題にフィーは息を呑む。
「あの時……俺はフィーの仲間を……お兄さんを殺したのか?」
今までずっと考えないようにしてきた問題だった。
ボースを護るために、《鬼の力》を限界以上に引き出して意図的に暴走させた戦いの記憶はリィンの中に残っていない。
あの時の戦いを恥じるつもりもなければ、《鬼の力》を意図的に暴走させたことにも後悔はない。
その後の戦いでも相手の生死を確かめている余裕のない戦いは幾度もあったが、やはり自分がすでに“人殺し”なのかはリィンにとって気になるものだった。
そしてどんな理由があったとしても、身内を殺されることの辛さもリィンは分かっているつもりだ。
「お兄さん……? あの戦いは確かに被害は大きかったけど死人は出なかったよ」
リィンの言葉にフィーは首を傾げながら答える。
「そうか……」
その答えにリィンは緊張していた息を吐く。
そして安堵している自分にリィンは思わず自嘲する。
――情けない。剣士のくせに……
リィンは自分の手を見つめて考える。
まだ《理》に至っていないと考えるリィンはそれこそが至るための最後の一線だと考えていた。
剣を持つ者として決して避けては通れない道であり、同時に安易な覚悟と気持ちで踏み込んではいけない一線。
そして《聖女》に勝つためにはそのことに対しての答えは必要な心構えとなるだろう。
ちなみに想念の世界でワイスマンを斬ったのはリィンの中ではノーカウントである。
「ねえリィン……あの時のわたしは……強かった?」
考え込むリィンにフィーは気付けば尋ねていた。
「え……?」
虚を突かれたように顔を上げるリィンにフィーはさらに言葉を重ねる。
「正直に教えて、あの時のわたしと今のわたし、どっちが強かったと思う?」
「どっちって……悪いがボースでフィーと戦ったことは覚えてないんだ」
「っ……そう……」
リィンの答えにフィーは落胆する。
「あの時の戦いで覚えているのは《破壊獣》にボコボコにされたことくらいで、後は最初に戦っていたフィーと同じ髪の色の男の子と戦ったことくらいしか覚えてないんだ……他の奴等は一気に蹴散らしたから」
「男の子…………へえー……」
心なしかフィーの眼差しから冷たくなった気がした。
「その男の子は強かったの?」
「まあ苦戦したのは確かだけど、ヨシュアさんの下位互換だったからそこまで脅威には感じなかったな……
ゴーグルで顔は見ていないけど、髪の色といい、戦い方といいフィーのお兄さんじゃないのか?」
「それがわたし」
返って来たフィーの短い答えにリィンは固まった。
「…………え? いや……だってフィーは女の子じゃないか」
「そだけど、リィンはわたしのこと男だと思ってたんだ……心外……」
「いや、だって男物のジャケットを着ていたし。それにあの時は女の子が猟兵をやっているなんて想像してなかったし……えっと……」
目に見えて狼狽えるリィンにフィーは気分を良くする。
「それに……あの時の男の子がフィーだったとしたら……もしかして縮んだのか?」
「嫌味? そっちが伸びたくせに」
ゲシゲシとフィーは対面に座るリィンを蹴る。
「わ、悪い。というかスカートで足を上げて蹴るな」
リィンはうまく回らない思考でフィーを何とか窘める。
「貸し一つにしてあげる」
「はあ……分かった」
がっくりと項垂れるリィンは改めて自分の未熟さを痛感する。
「それでイリアさんとの勝負の時にも妙に拘っていたみたいだけど、俺に何をさせたいんだ?」
「それは――」
団長のことを尋ねる大義名分。
しかし、やはりいざとなるとそれを尋ねるには躊躇してしまう。
今回のクロスベルでフィーはいろいろな事を知ることになった。
アリオスとガルシアから教えてもらった娘の未来を憂う親の気持ち。
ランディから教わった今、自分を受け入れてくれる仲間がいることの幸運。
そしてイリアから誘われた未来。
それらに対してまだ何の答えも出せてない自分が果たして胸を張ってルトガーに会っていいのだろうか。
「わたしは……」
仕方がないと笑われるのは良い、だけど失望されることは望まない。
「帰ったらラッセル博士とシュミット博士を紹介して」
「それで良いのか?」
「うん……今はそれで良い」
「そうか……」
リィンは特に何も言わずに頷いた。
「せっかくだから空を飛べるSウェポンでも作ってもらおう」
「それは流石に博士たちでも無理じゃないかな?」
無茶振りを言い出すフィーにリィンは苦笑するのだった。
面会 西風の旅団の場合
ゼノ
「ははは、まさかあんたのそんな姿を拝める日が来るとは思わなかったで」
レオニダス
「どうだろうか、俺達に協力してくれるというのなら保釈金を払っても良いが」
ガルシア
「ふん、大きなお世話だ」
ゼノ
「まあまあ、そう言わんといて、今ならフィーの制服姿の写真もつけてもええで」
ガルシア
「お前……そんな写真を撮る前にやることがあるんじゃないのか?」
ゼノ
「フィーの晴れ姿やろ? 団長のためにも残しておくべきやろ? それにあんたも見たいやろ?」
ガルシア
「残念だったな。フィーの写真なら間に合っている……
入学式の写真に、園芸部の活動の写真、それに寮で料理をしている時の写真も部屋に戻ればあるからな」
ゼノ
「何やと!?」
レオニダス
「むっ……何故そんな写真を貴方が?」
ガルシア
「くくく、さあ何でだろうな。それはそうと知っているか? フィーはあのアルカンシェルの職場体験で舞台衣装を着させてもらったらしいぞ」
ゼノ
「ま、まさか……その写真も?」
ガルシア
「ま、あのお節介なガキが勝手に送ってきただけだが、お前らのそんな顔を見れたということには感謝してもいいな」
レオニダス
「あのガキ……まさかリィン・シュバルツァーか?」
ゼノ
「おのれリィン・シュバルツァーッ!!」