(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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46話 新たな力

 

 7月17日

 トリスタの街は初夏を迎え、士官学院では学生服が夏服へと切り替わっていた。

 学生たちも学院のハードなスケジュールにも慣れてきた。

 夏の盛りの前、まだ暑すぎず過ごしやすい気持ちのいい日々、そんな季節ならではの授業が士官学院では始まっていた。

 

「えっとみんな、そんなに注目されたら流石に気恥ずかしいんだけど」

 

 ギムナジウムのプールサイド、Ⅶ組のメンバーとサラの注目を浴びたリィンは気まずそうに頭を掻く。

 

「いや……これは気にするなって言うのは無理があるだろ」

 

「うん……腕の傷は夏服になって知っていたけど、他の傷は……」

 

 マキアスとエリオットの言葉にリィンは自分の身体を見下ろす。

 

「その腹の傷は相当深いようだが、大丈夫だったのか?」

 

「いや、内臓がはみ出るくらい重傷だった」

 

 グランセル城への橋の上で《剣帝》と戦った時の傷を指摘され答えると、ユーシスは顔を引きつらせる。

 

「右肩の抉れたような傷は?」

 

「それはアリアンロードさんと初めて会った時に付けられた傷だな」

 

「左肩の銃創は?」

 

「小物に撃たれた時の傷だな」

 

「両腕の傷はもしかして……」

 

「ああ、斬り落とされて繋いだ時の傷痕だ」

 

「えっと……その胸に刻まれている刺青なんですか?」

 

「どこぞのマッドサイエンティストに刻まれた《聖痕》――導力魔法用の結晶回路みたいなものだ」

 

 矢継ぎ早の質問に答えるたびにⅦ組の表情はどんどん曇っていく。

 

「クリスは知っていたの?」

 

「ええ、ユミルではリィンさんと一緒に温泉に入ったこともあるから」

 

 特に動じていないクリスにエリオットが尋ねると平然とした肯定が返ってくる。

 確かにクリスもその時には驚いたが、シグムントやヴァルターといったリィンの身体に負けず劣らずの肉体と傷痕を持つ者達もいて衝撃そのものはあまりなかった。

 

「ふむ……これぞまさしく歴戦の戦士の体だな」

 

 動揺から立ち直ったラウラはリィンの身体に刻まれた戦いの記憶を想像して満足そうに頷く。

 

「傷痕ならわたしのお腹にもリィンに付けられたのがあるけどね」

 

 フィーは水着の上から自分の腹をさすり、意味深なことを言う。

 

「リィン……」

 

「それは間違ってないけど誤解されるような言い方をしないでくれ」

 

 フィーの言葉に過剰に反応したアリサに睨まれリィンは肩を竦める。

 

「はいはい、いつまでもリィンの身体に見惚れてないで授業を始めるわよ」

 

 ぱんぱんっと手を叩いてサラが動揺していた生徒達を促す。

 

「なっ!? み、見惚れてなんていないですよサラ教官っ!」

 

 するとアリサが声を上げむきになって抗議する。

 

「あらあら、軽い冗談のつもりなんだけどもしかして図星だったのかしら?」

 

 にんまりと人の悪い笑みをサラはアリサに向ける。

 

「し、知りません! それよりも早く授業を進めてくださいっ!」

 

「はいはい……」

 

 急かすアリサにサラは苦笑して生徒達に向き直る。

 

「士官学院におけるこの授業はあくまでも“軍事水練”……

 溺れないこと、溺れた人間の救助、蘇生法なども学んでもらうわ。とりあえず今日はあんた達がどれくらい泳げるか確認させてもらうわよ」

 

「そういえば、リィンはどれだけ泳げるのだ?」

 

 サラの説明が終わり、ふと思いついたようにラウラが尋ねるとⅦ組の視線が再びリィンに集中する。

 

「そうだな……ユミルに川があるから夏場に少しだけ父さんから教えてもらったくらいでこんな広いプールで泳ぐことは初めてだな」

 

「そうか……」

 

 リィンの答えを聞いたラウラは静かに頷く。

 

「水泳部に入っていた甲斐があったな……」

 

 めらりと静かにラウラは闘志を漲らせる。

 そして、同じように意気込んでいるのは彼女だけではなかった。

 

「モテモテねリィン」

 

「あまり嬉しくないモテ方ですね」

 

 からかってくるサラにリィンはただ苦笑を浮かべる事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 7月18日、日曜日。自由行動日。

 グラウンドではリィンとクリスの立ち合いの下で二人の少女がぶつかり合っていた。

 

「ふっ!」

 

 フィーの踏み込みに合わせて足に装着したオーブメントの具足から圧縮空気が噴き出し彼女の小さな体を弾丸のように飛ばす。

 

「はあっ!」

 

 全身が乗った足蹴りをラウラは大剣で受け止めて空中に投げるように払う。

 宙に投げ出されて無防備な体を晒すことになったフィーだが、先程の跳躍と同様に具足のオーブメントから風を噴出させその勢いで大剣の切り返しを避ける。

 

「フィーの新しい武具は靴のオーブメントなんですね」

 

「ああ、ガルシアさんのSウェポンは背中に推進力をつけた全身鎧のパワードスーツだった……

 その機構を具足にまで縮小軽量化して旧導力魔法の《シルファリオン》を常時起動、短時間なら風を噴出して飛ぶこともできるか」

 

「後は新しい導力銃ですけど……」

 

 フィーは一回り大きくなった導力銃を一つはラウラに向けて構え、もう一つはその銃に対して垂直に腕を交差させて同時に連射する。

 前に構えて撃った弾丸は当然ラウラに向かって撃ち出され、在らぬ方向に向けて撃った弾丸は弧を描き回り込んでラウラの背後へと回る。

 

「戦術リンクを応用した弾道制御か……たった一週間でこんなものを造ったのは流石なんだけど」

 

 先日の騒ぎを思い出してリィンはため息を吐く。

 フィーが思い付きで提案したSウェポンに求めた二つの機能。

 空を飛ぶこと。不意打ちできる弾丸。

 かなりの無茶振りだったにも関わらず応えて見せた博士たちの技術力に改めてリィンは彼らの偉大さを実感する。

 

「でもラウラも負けてませんよ」

 

 真新しいゼムリアストーン製の大剣を盾に正面からの銃撃を防ぎ、背後に回り死角から飛来してきた銃弾をラウラは見向きもせず紙一重のタイミングで身を翻して躱した。

 

「さっきから死角からの攻撃を全く見ないで避けていますけど、どうなっているんですかね?」

 

「ラウラが言っていたことから考えると所謂“共感覚”だろうな」

 

「“共感覚”ですか?」

 

「俺も詳しく知らないが音や匂いに色を感じたりするものらしいな……

 ラウラのは周囲の音や匂いを視覚に変換して全方位が見えているみたいなんだ。たぶん俺やレンとは違う方向性の“識”の力だろうな」

 

 幻の聖獣が作った銀耀石を摂取した影響なのだろう。

 意図せずに得てしまった“異能”にラウラは複雑な顔をしていたが、その有用性をフィーとの実践訓練で実感し、今では気持ちよく新たな大剣を振り回している。

 

「そういえばラウラの剣って少し長くなってませんか?」

 

「気付くのが遅いぞ」

 

 クリスの感想にリィンは注意して頷く。

 

「あの大剣を作ってもらう時にラウラは《ガランシャール》と同じ刃渡りと刃幅を頼んだみたいだな」

 

 元々使っていた大剣とは一回り大きくなったそれをラウラは今までの様に、むしろ軽々と振り回す。

 もしかすれば闘気の質も変化して膂力が上がっているのかもしれない。

 

「《鬼の力》が安定して基礎能力が上がったみたいなものか……」

 

 自分の経験に当てはめてラウラのレベルアップの原因に当たりをつける。

 ノルドで見せた“暴走”の兆候がないことに安堵し、評価はもう十分だと言わんばかりにリィンは徐に二人から視線を逸らした。

 

「とりあえず、あの二人にはスカートの下に何かを履かせた方がいいな。特にフィーは」

 

「そ……そうですね」

 

 考えないようにしていたクリスは顔を赤くして俯きリィンの意見に頷いた。

 

 

 

 

「それじゃあ今日はこのメンバーで旧校舎攻略を始めようか」

 

「はーいっ!」

 

 元気な声を返してきたのはクリスでもフィーでもラウラでもなく、ティータの声を使った戦術殻だった。

 

「だけど一つ提案して良いか?」

 

 そんな感情表現が豊かになった戦術殻にリィンは苦笑して受け入れながら、提案をする。

 

「今回はクリスの指示で俺は動こうと思う。できればラウラとフィーにもそういう風に動いてもらいたいんだけど」

 

「ふむ……リィンがそういうなら私は構わないけど」

 

「とりあえず理由を説明して欲しいかな」

 

「単純にクリスに人を指揮して戦う経験を積ませようっていうだけの話だよ……

 Ⅶ組でリーダーの資質が高いのはクリスとユーシス、それとマキアスの三人だと俺は考えている……

 それにクリスには新しい魔導杖があるからそれのテストも兼ねての提案だ」

 

 リィンは戦術殻に搭載されている新しい魔導杖に目を向ける。

 銀耀石を使った新しいタイプの魔導杖《ミスタリレ》。

 これまでは近接武器に魔導杖のような効果を付与するものだったが、魔導杖には別のコンセプトとして外付けの導力タンクと既存導力魔法を拡大・強化させる機能を持たせている。

 これによりクォーツの配置がエマやエリオットに劣るクリスでも彼女たちと同等の威力の導力魔法を撃つことが可能になる。

 そうなると当然、近接武器を主体にしていたクリスはこれまでと違う立ち回りをしなければならなくなる。

 

「どうするクリス?」

 

「リィンさん……」

 

 答えを求めてくるリィンにクリスは少しだけ迷う。

 近頃のリィンは忙しく一緒に旧校舎攻略に行くことはなかった。

 彼と肩を並べて戦うことはクリスにとって密かな楽しみであり、久しぶりということもあり今日の期待はより強かった。

 何よりもまだまだ未熟な自分がリィンに指示を出すなどと恐れ多いと考え――クリスは首を振った。

 

「やります」

 

 弱気な思考を振り払い、力強く頷いてクリスは魔導杖を装備する。

 

「クリスがその気ならわたしはそれで良いけど、リィンの攻撃力じゃ指示なんて関係ないんじゃない?」

 

「それなら大丈夫だ。今日はこれを使うから」

 

 そう言ってリィンは腰に佩いた竹刀を見せる。

 

「それって確かわたしたちの後でクラス代表をしばき倒した武器だよね?」

 

「確かにそれなら一撃で魔獣を倒すことはないと思うが……そういえばリィンの太刀はノルドの実習の時に折れていたが直してもらっていないのか?」

 

 ふとラウラは《守護者》に破壊されたリィンの太刀の事を思い出して尋ねる。

 

「実は特殊な造りで導力技術で修復するのは難しいらしい……

 まあ、貰い物だから壊れたままにしておくのは心苦しいけど、鍛錬用の太刀だから気にしないでくれ」

 

 そう答えて、リィンはクリスを促した。

 

「それじゃあ、ここから先はクリスが仕切ってくれ」

 

「は、はいっ!」

 

 場所を譲られたクリスはリィン、ラウラ、フィー、Ⅶ組の中でも最も高い戦闘力を誇る三人を前に号令をかける。

 

「これより旧校舎攻略を開始する。各自、僕の指示に従ってくださ――従ってもらうっ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

「おーっ!」

 

 普段の口調を改めて命令するクリスにリィン達は声を揃えて返事をして、戦術殻の返事がそれに重なった。

 

 

 

 

 

 旧校舎攻略は概ね、問題なく終わった。

 元々戦闘能力が高い三人だったこともあり、多少のミスは個人がフォローする形となったがそれでも戦術リンクもうまく回り十分な成果だった。

 

「魔導杖の戦い方もちょっと面白いですね」

 

「そんなもの? 相手の立ち回りを知りたいから今度わたしにもそれ使わせてよ」

 

「それなら代わりにフィーの新しい銃を撃たせてもらっても良いかな? 弾丸を曲げるってどんな感じなのか気になるから」

 

「ふむ……相対した時の立ち回りか。確かに知っておくべきかもしれないな」

 

 和気藹々と意見を交換しながら帰路に着く三人をリィンは微笑ましく見守る。

 

 ――もう大丈夫だな……

 

 楽しそうなクリスの背にリィンは安心する。

 特別扱いしなくていいと言われていたが、帝国政府にとって自分はクリスのお目付け役。

 だがその役割ももう必要はない。

 入学当初に感じていた危なっかしさはなくなり、Ⅶ組を始め友人たちも増えた。

 既にリィンが気に掛ける必要はなく、学院内で問題が起きてもクリスは自分の力で解決することができるだろう。

 

 ――これならあの計画を実行しても良さそうだな……

 

 クリス達と何気ない会話をしながらもリィンは暗い思考に浸る。

 これはクリスは当然としてオリヴァルト皇子やオズボーン宰相の意志に反するリィンの身勝手な欲望による暗躍。

 例えクリス達の気持ちを踏みにじることになったとしても心を鬼にしてやらなければならない使命なのである。

 つまり――

 

 ――みんなにそれとなくクリスがセドリック皇子だと気付かせる。まだ取り返しがつく内に……

 

 そんな決意を固めるリィンだった。

 

「――あれ、どうしたんだろう?」

 

 正門に辿り着くとそこには人だかりができていてクリスは首を傾げる。

 

「どうしたんですか……ってユーシス?」

 

 先にその人だかりで立ち尽くしていたクラスメイトを見つけてクリスが声を掛ける。

 

「ああ、お前達か。丁度良かった。リィン、お前に客人のようだ」

 

「え……俺……?」

 

 ユーシスの言葉にリィンは首を傾げると、人だかりはリィンに気付いてざっと一斉に道を開ける。

 

「あ、久しぶりに見た……」

 

 そんなことを呟くクリスを他所にリィンは人だかりが作った道の先に目を向け、息を呑んだ。

 

「お久しぶりですリィンさん」

 

 優雅に一礼して言葉を掛けて来たのは金髪の少女。

 そして少女は一人ではなく、同じ紺色の制服を着た二人の付き人と護衛を一人従えていた。

 

「これはアルフィン殿下、御機嫌麗しく」

 

 リィンは動揺を隠して彼女の前に進み出て頭を下げる。

 横目で確認した付き人の二人はエリゼとミルディーヌ。そして護衛のクレアは申し訳なさそうな表情をしている。

 

「わざわざ殿下にお越しいただかなくとも、御呼び立て下さればこちらから帝都に出向いたのですが」

 

「ふふふ、そんなお気になさらないでください。リィンさんに用があるのはエリゼですし、わたくしは以前会えなかったⅦ組の最後の一人の顔を拝見したくて訪ねさせてもらっただけですから」

 

 にこやかに笑いながら、アルフィンの目はクリスに向けられていた。

 

「貴方がクリス・レンハイムさんですね。初めまして」

 

「は、は、はい。初めましてアルフィン殿下」

 

 蛇に睨まれた蛙のように震えるクリス。

 

 ――やられた……

 

 それとなくアルフィンがクリスと似ていることを噂として流そうかと計画していたリィンはそれを潰されたことに歯噛みする。

 衆人環視の中でアルフィンはクリスと初対面だと周知させた。

 これではリィンが噂を流しても効果は半減してしまう。

 

「そんなにかしこまらないで下さいリィンさん。それにわたくしのことはあの時のように呼び捨てで構いません」

 

「アルフィン殿下、場所を弁えてください」

 

 周りの野次馬に聞こえないように声量を調整してリィンはアルフィンを窘める。

 

「ふふ、残念……

 ここでは落ち着いてお話もできませんから、クリスさん達が暮らしている学生寮に案内していただいてもよろしいですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 差し出された手を恭しく取る瞬間、妹からの眼差しが痛いほどに強まるがリィンはぐっと堪える。

 この衆人環視の中で男爵家のシュバルツァー家がアルフィン殿下の申し出を断ることはできない。

 それが分かっていてエリゼは黙っているのだが、アルフィンの背後に控えている彼女を正面から見ていることになる野次馬たちは能面の様にも見える彼女の顔に理解不能な悪寒を感じずにはいられなかった。

 

「アルフィン殿下、あまりエリゼを揶揄わないでください」

 

「あら、何の事かしら?」

 

 小悪魔な笑みを浮かべてリィンの指摘にアルフィンは惚ける。

 そんなアルフィンの確信犯的な態度にリィンはため息を吐きたくなるが、衆人の前なので堪える。

 

 ――くっ……とにかく一秒でも早く学生寮に……

 

 とにかく人の集まっている正門から離れたい一心でリィンは歩き出そうとして――古めかしい鐘の音が響いた。

 

「あら……? この鐘の音は何処から?」

 

 目の前の本校舎からではなく遠くから聞こえてきた鐘の音にアルフィンは首を傾げる。

 

「よりによってこのタイミングか」

 

 一回だけなった旧校舎の鐘の音にリィンは頭を抱えたくなる。

 学院側にも言ってあるが、《騎神》の修復が完了した際に鳴る様に設定しておいたもの。

 なので普段なら問題ないのだが、アルフィンやエリゼ達にはいろいろと刺激が強いことが起きる予感が湧き上がる。

 

「リィン、ヴァリマールの修復完了しました」

 

 と、そこにリィンの苦悩を察することなくリンが転移で現れる。

 

「あら、初めてお会いするお人形さんですね。わたくしはアルフィンと申します。あなたの御名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

 

「この個体はリンと名付けられました。よろしくお願いしますアルフィン」

 

 皇女を呼び捨てにしたことに野次馬たちがざわめく。

 もっとも当のアルフィンはそれに気を悪くする素振りはない。

 

「申し訳ありません。殿下、どうやら急用ができてしまったので案内はクリスに代わってもらってもよろしいですか?」

 

「あら、そうですか。残念」

 

「事はオリヴァルト皇子にも関わることなので御容赦ください」

 

 背後でクリスの慌てふためく気配を感じるがリィンは無視して大義名分で理論武装する。

 

「それじゃあ、エリゼもまた――」

 

 とりあえず一刻も早くこの場をやり過ごしたい一心だったリィンは最後に妹に声を掛けようとして固まった。

 

「兄様……そちらのリンさんとはどのような御関係ですか?」

 

「エ、エリゼ……?」

 

 アルフィンがいたことで静かに盛り上がっていたその場の空気がその一言で冷たくなる。

 

「どのような関係って……いきなり何を言っているんだ?」

 

 突然不機嫌になったエリゼにリィンは困惑し、最終手段である《識》を使ってその原因を探る。

 無秩序な情報から瞬時に答えを見つけ出すその力はリィンの期待に応えて答えを導き出す。

 父が持っていた黒髪の少女の写真。

 それによく似た容姿のリン。

 両親には誤解を解いていたが、その場にエリゼは同席していなかった。

 つまりエリゼは両親と同じ誤解をしたままである。

 

「待て、落ち着くんだエリゼ。それは誤解だ」

 

「ええ、分かっています兄様……リンさんの元になった女性がいらっしゃるんですよね?

 できればそちらの方を紹介して欲しいのですが」

 

「あらあら、それはエリゼ先輩が以前仰っていたリィンさんの想い人のことですか?」

 

 エリゼの質問にミルディーヌが楽しそうに、そして少し拗ねたように更なる爆弾をその場に投下する。

 ざわりと先程とは別の意味で野次馬たちが騒然となる。

 

「それは詳しく聞きたい話ですね」

 

 さらにはアルフィンも食いつく。

 

「想い人に似せた人形……姫様、これはあれですよね?」

 

「ええ、そうねミルディーヌ」

 

 頷き合う二人にリィンの思考はさらに追い込まれる。

 

「違うから、リンの姿は俺の母さんの姿を模したものだから」

 

「嘘をつかないでください、兄様。母様とその人形の方は全くの別人です」

 

 野次馬たちがマザコンなどと囁いているが、リィンは無視する。

 

「いや、ルシア母さんじゃなくて俺を生んでくれた、もういない母さんだ」

 

「え……?」

 

 リィンの言葉にエリゼからの氷の威圧感が霧散する。

 

「兄様……まさか……以前の記憶が……」

 

「ああ、少しだけど――」

 

「ああっ! リンって誰かに似ていると思ってたら女装させたリィンにそっくりだったわね!」

 

 エリゼを落ち着かせることに成功したと思った矢先、サラの声が響いた。

 

「女装させた……」

 

「《魔王》が……女装……」

 

「いやいやありえないだろ……いや結構いけるか?」

 

「サラ教官、あなたが勇者だったのか!」

 

 最後の爆弾に野次馬たちのテンションは頂点に達するのだった。

 

「…………どうしてこうなった……」

 

 そしてリィンはがっくりとその場に膝を着くのだった。

 

 

 





リン・シュバルツァー・ファンクラブ?

ミルディーヌ
「リィンさんが女装ですか……それは一度是非とも見てみたいですね姫様」

アルフィン
「そうね。セドリックも逞しくなってるけどまだまだ私の服が似合うでしょうから、是非二人には並んで写真を撮らせてもらいたいものですわ」

エリゼ
「あ、あの……姫様、それにミルディーヌも……」

アルフィン
「まあ、ここに弟のセドリックはいないから無理ですが……
 ところでミルディーヌ、クリスさんも似合うと思いませんか?」

ミルディーヌ
「流石です姫様、実は私も同じことを提案しようかと思っていたんです」

エリゼ
「ふ、二人とも、皆さんの前なんですから御自重ください」

アルフィン
「あらエリゼ、あなたは気にならないの?」

ミルディーヌ
「それにこれは好奇心ではありません。エリゼ先輩が見た写真の人物がリィンさんだったことを証明するためなんです」

エリゼ
「それは…………」

アンゼリカ
「殿下、是非ともわたくしにも協力させてください」

ヴィヴィ
「私も、私も! お化粧とか得意です」

フリーデル
「あらあら、それは面白そうね。ドレスなら私が提供しましょうか?」

クレア
「リィン君、今のうちに逃げた方が良いと思います」

リィン
「ありがとうございますクレアさん、それはそれとしてサラ教官、一週間禁酒させます」

サラ
「え、ちょっとリィン?」

リィン
「絶対にさせます。一滴も飲ませません」

クリス
「ぼ、僕も一緒に行きますリィンさん」

ユーシス
「憐れだな……」

エリオット
「でも逃げたくなる気持ちは分かるな、僕も姉さんにさせられたことがあるから」

ラウラ
「ふむ……確かにエリオットも似合いそうだな」

フィー
「だね……やってみる?」

エリオット
「…………え?」


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