(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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5話 リィンVSⅦ組

 四月十四日。

 その日のⅦ組の武術教練はあろうことかトールズ士官学院全校生徒の見学の下で行われることになった。

 教室の窓や、屋上から貴族、平民の生徒たちは一様に彼らの仕合が始まるのを待っている。

 校庭には左右に分かれてⅦ組の一同が分かれている。

 しかしその数は均等どころか、片方はリィンの一人。他方は残りのⅦ組の九人。

 見学する際に教官たちに言われた時には耳を疑ったが、本当に一対九で戦うようだった。

 

「大丈夫かなリィン君」

 

 作戦会議をするⅦ組達から離れて一人佇むリィンを屋上で見下ろしてトワは彼の身を案じる言葉を漏らす。

 

「さて、どうだろうね……

 サラ教官が許可したのだから大事にはならないと思うが、リィン君なら決して無理ではないと私は思うよ」

 

「そういえばゼリカはあいつと共闘したことがあったんだったか?」

 

「ああ、リベールの武術大会の時にね……その時は私と同じくらいだったけど、どれくらい強くなったのか楽しみだよ」

 

「まあ、アンの全力の拳を受けても倒れなかっただけでも彼の凄さは分かるけどね」

 

「もう、あの時はびっくりしたんだよ!

 リィン君と顔を合わせたら、いきなり歯を食いしばれって言って本当に驚いたんだから」

 

「しかもあの後輩は律儀に言われた通りにして、殴られた後に礼まで言っていたからな。あれはマゾだぜ」

 

「結局、あれはいったい何だったんだい?」

 

「ちょっとした八つ当たりと通過儀礼みたいなものさ」

 

 アンゼリカはその日と同じように曖昧な言葉で言及を避ける。

 

「ところでどっちが勝つか賭けるか?」

 

「クロウ君、これは授業の一環なんだよ。それに賭け事はダメだっていつも言ってるでしょ」

 

「固い事言うなって、じゃああれだ。負けた奴がジュースを奢るっていうのは?」

 

「ふふ、それくらいならいいんじゃないかトワ……

 それにそれなら私が相手になろうじゃないか、負けた方がジョルジュとトワのを含めて奢るというのでどうだい?

 ちなみに私はリィン君に賭けさせてもらうよ」

 

「あ、ゼリカ手前っ!」

 

「おや、クロウ……

 君ともあろうものが大穴を狙わないと言うのかい? それでもトールズの勝負師なのかな?」

 

「大穴って言っても、俺とお前の賭けじゃリターンは同じじゃねえか」

 

「ふむ……ならばジュースなどケチ臭いことは言わない。君が勝ったら今日のディナーを君たち三人に奢らせてもらおうじゃないか」

 

「よし乗った」

 

 アンゼリカの提示した条件にクロウはあっさりと飛びつく。

 

「もう……二人とも……」

 

「でもこの場合、どっちが本命でどっちが大穴なんだろうね?

 アルゼイドとアルバレアの二人はかなりの実力者だって有名だし、ノルドからの留学生は僕達と違って実戦慣れしている。それにクレイグ中将の息子さんもいるし」

 

「たしかフィーっていう去年サラの奴が預かっていたチビッ子は元猟兵だったか?」

 

「あとはアリサ君も、ラインフォルトお抱えのメイドから手解きを受けているから決して弱くはないよ」

 

「それだけ聞くといくらリィン君が強くても勝てると思えないんだけど……怪我だけはしないでほしいな」

 

「はは、トワは心配性だな」

 

 そんな談笑をしながら二年生たちは自分たちの後輩の戦いが始まるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

「とりあえず、いろんな蟠りがあるみたいだから一度ぶつかってみたらいいんじゃない?」

 

 そんなサラの思い付きで行うことになったリィン対Ⅶ組の模擬戦闘。

 作戦会議が必要ないリィンは、Ⅶ組の準備が整うのを待ちながら、見物客たちを眺めて途方に暮れる。

 

「どうしてここまで大事になるんだろう」

 

 御前試合の不正行為の噂の払拭のため、そして教官たちもリィンの実力を見てみたいという理由で全校生徒の見学が決まってしまった。

 

「随分と弱気じゃない。御前試合じゃすごい大暴れをしたくせに」

 

「あれは不意打ちと《鬼の力》がうまく嵌っただけですよ」

 

 Ⅶ組の作戦会議が終わるまでの暇つぶしにサラにリィンは答える。

 

「現にあの後一対一でアルゼイド子爵と手合わせしましたけど、《鬼の力》を使って勝率は三割でしたから」

 

「帝国最強に三割の勝率って、あんた本当に強くなったわよね……クレアの胸に全力で飛び込んだあの時が懐かしいわ」

 

「ちょ、サラ教官それは!」

 

 しみじみと懐かしむサラにリィンは思わず狼狽える。

 

「一応言っておくけど、《鬼の力》は使わないでよ」

 

「分かってます」

 

 リィンは円陣を組んで作戦会議をしているクラスメイト達を見る。

 クラスメイト達の中で最も注意するのはフィーだろう。

 だが、実力差よりもクラスメイト達の半分の目に宿る、訓練の範疇を超えた本気の殺気が混じった眼差しにリィンは頭を抱えたくなる。

 

「そんなに恨まれるようなことをしたかな?」

 

「ま、みんなまだまだ子供だって言うことよ。せいぜい油断しないことね」

 

「俺もまだまだ未熟ですからそんなことはしませんよ」

 

 謙遜ではなく本気で言っているリィンにサラは少し呆れてしまう。

 格下に対しても決して油断しない良い心掛けだと思うが、どこまでも上を目指そうとする姿に危うさを感じてしまう。

 

「リィン……あんた――」

 

「お待たせしました」

 

 問い質そうとしたサラの言葉にクリスの声が被る。

 

「……話はまとまったようね」

 

 しこりはあるが、サラも具体的に何を指摘するべきか分からないためそれを先送りにする。

 

「それじゃあ始めるけど、リィンも良いわね?」

 

「ええ、いつでもどうぞ」

 

 リィンはⅦ組の配置を見ながら頷く。

 クリスとラウラ、ユーシスにガイウスの前衛組がリィンの前にいるに対して、アリサとエリオット、エマの後衛組の三人は校庭の端にまで距離を取っている。

 そしてその間には中衛のマキアスと遊撃のフィー。

 順当な配置を確認しながら、戦術リンクの組み合わせも確認する。

 クリスはアリサと、ラウラはエリオットと、ユーシスはガイウスと、マキアスはエマと。

 奇数だからあぶれる形になっているがフィーは特に気にした様子はない。

 

「やる気は十分みたいね。それじゃあ――始めっ!」

 

 サラの合図と同時にラウラが大剣を振り被り斬り込む。

 

「はあああああああああっ!」

 

 気合い一閃の一撃はリィンが後ろに跳んで空を斬り、地面を穿つ。

 すかさずユーシスがそれを追い駆け、フィーとマキアスが銃で狙う。が、それよりも早くリィンは太刀を抜いて振り被る。

 

「なっ!?」

 

「回避っ!」

 

 フィーが全員に向かって叫ぶ。

 

「六の型《孤影斬・極》」

 

 螺旋の力を乗せた極大の剣閃をリィンは縦に振り下ろした。

 

「へ……?」

 

「は……?」

 

「ええっ!?」

 

 巨大な剣閃は十分な距離を取っていたはずのアリサやエマ達にまで届き、地面に叩きこまれた剣閃は衝撃を撒き散らしてアリサ達を吹き飛ばす。

 

「くっ」

 

「これ程とは」

 

「だがこれで奴は――」

 

 フィーの声で何とか回避が間に合ったラウラ達は一瞬で後衛組を薙ぎ払われたことに戦慄しながらも、これだけの大技を放ったリィンの隙を突くために――

 

「二の型《疾風》」

 

 目の前にいたはずのリィンが消え、舞い上がった土煙に紛れてリィンが疾走する。

 リィンはすれ違い様にそれぞれの武器を弾き飛ばし、さらに一撃を加えて縦横無尽に駆け抜ける。

 

「っ――」

 

「がっ――」

 

 峰を返した寸止めの一撃を武器を弾かれずに受け止められたのはフィーとクリスの二人だけだった。

 

「リヴァルトッ!」

 

 クリスは魔剣に呼び掛け、戦技を使う要領で力を込める。

 刀身に刻まれた《聖痕》が淡い光を宿し、風を巻き起こして土煙を一気に吹き飛ばす。

 

「リィンさんは――」

 

 その姿を探してクリスは周囲を見回し、フィーに腕を引かれて地面に押し倒された。

 直後、背後から風を断つ音がクリスの耳を打った。

 

「ありが――」

 

 クリスが言い切る前にフィーは双銃剣を突き出して連射する。

 

「リンクを」

 

「はい」

 

 銃撃を難なく躱すリィンに弾幕を張って寄せ付けないようにしながらクリスはアリサと切れてしまったリンクをフィーと結び直す。

 

「僕が前に出ます」

 

 導力銃のエネルギーが切れる前にクリスは前に出てリィンと切り結ぶ。

 

「怖くない。あの人の方がずっと怖かったんだっ!」

 

「はは、確かにそうだろうな」

 

 自分を奮い立たせるクリスの言葉にリィンは苦笑する。

 

 ――いける。打ち合える……

 

 リィンから貰った《風の魔剣リヴァルト》は長剣でありながら片手で振れる程に軽い。

 それに対してリィンの太刀はゼムリアストーン製の太刀ではなく、大剣並みに重い太刀。

 ユミルで手合わせした時と比べて鈍い動きにクリスは手応えを感じ――次の瞬間、掌底を顔面に受けて仰け反った。

 

「がはっ!」

 

 たたらを踏むクリスにリィンは太刀を振り被り――クリスは目を瞑った。

 次の瞬間、瞼越しに強い閃光が目を刺激する。

 戦術リンクを通して感じたフィーの思念で閃光弾を察し、光の直視を避けたクリスはそのまま光が弱まるタイミング、つまりフィーの攻撃に合わせるために目を瞑ったまま剣を構え直す。

 しかし、次の瞬間クリスとフィーは横薙ぎの剣閃に薙ぎ払われた。

 

「…………あれ?」

 

 光が収まって目を開いたリィンは手応えのなさに首を傾げた。

 直後の二人はともかく、未だに立ち上がっていない後衛やラウラ達にリィンは意気を挫かれる。

 

「いつまで寝転んでいるんだ? まだサラ教官は終わりの合図は出してないぞ?」

 

 呆然とする一同にリィンは厳しい言葉を投げかける。

 これがシグムントの訓練なら、いくらダメージがあったとしても身構えてなければ容赦ない死体蹴りが待っている。

 現に元猟兵のフィーと彼の薫陶を受けたクリスは痛みに顔をしかめ膝を着きながらも体を起こしている。

 このまま続けるか、リィンはサラに判断を仰ごうと踵を返す。

 そこにラウラの咆哮が響き渡った。

 

「ああああああああっ!」

 

 数秒遅れて我に返ったラウラは気後れしてしまった自分を振り払う様に雄々しく叫び、校庭に突き刺さった大剣を取ってリィンに突撃する。

 

「っ――まだ終われん」

 

「俺もまだまだのようだな。胸を貸してもらうぞリィン」

 

 そんなラウラに触発され、ユーシスやガイウスが続き、それに遅れてマキアスもショットガンを拾う。

 

「くそ……くそ……貴族なんかに負けてたまるかっ!」

 

 そんな前衛組の姿を見て、ようやく後衛組が立ち上がる。

 

「ほらほら、リィンに呑まれてないでちゃんと戦術リンクを意識しなさい!

 単独で行ってもあんたたちじゃ、リィンに勝ち目はないわよ」

 

 奮い立たせるあまりに前のめりになり過ぎている彼らにサラの忠告が飛ぶ。

 一呼吸吐いて、頭を無理矢理冷静にしたユーシスはガイウスとリンクを結び直し、他の者たちも戦術リンクを結び直す。

 

「砕け散れっ!」

 

 しかし、ラウラだけは戦術リンクの相手を探す素振りもなく、渾身の鉄砕刃を叩き込む。

 

「くっ――」

 

 跳び上がって体重を乗せた一撃はリィンの細い太刀で事も無げに受け止められる。

 そのまま地面に着地したラウラは怒涛の勢いで大剣を振り回す。

 両手で大剣を握り、全力で踏み込み勢いを乗せて繰り出される一撃一撃はどれも必殺。喰らえばタダでは済まないというのにリィンは顔色一つ変えずにラウラの渾身の剣戟を受け止める。

 

「くっ――あ……」

 

 全力疾走の剣戟はいくらラウラが攻め気を失わなくても長くは続かない。

 瞬く間に息が上がり、剣筋が鈍る。それを見逃さずリィンの太刀がラウラに迫る。

 

「下がるがいい」

 

 その太刀をユーシスが受け止め、入れ替わるように前に出たガイウスが十字槍を突き出す。

 リィンはバックステップでその槍の間合いから危なげなく離脱した。

 

「距離を取らせるな。とにかく手を出してリィンに余裕を与えるなっ!」

 

「了解した」

 

 そのままユーシスはガイウスと一緒に戦術リンクを駆使した連携でリィンを追撃する。

 一撃の重さではなくとにかく二人掛かりで手数で圧倒する。

 そんな二人の怒涛の攻めをリィンは太刀一本で捌きながら――見向きもせずに左手で飛来した矢を掴み取った。

 

「なっ!?」

 

 アリサが射た矢を受け止める神業にガイウスは目を剥き、そんなガイウスにリィンは掴んだ矢をそのまま投げる。

 

「くっ――」

 

「え? んがっ!?」

 

「しまった。マキ――」

 

 咄嗟に身を捩って矢を躱したガイウスだったが、その背後にいたマキアスの額に布で先端を丸くした矢が命中し、仰け反って倒れる。

 そして、自分の失敗に動じたガイウスは隙を見せた瞬間に蹴り飛ばされた。

 

「ユーシスさん!」

 

 エマの叫び声と共に、ガイウスからリンク先がエマに切り替わり意図を知らせてくる。

 

「くらえっ!」

 

 それまで手数を重視していた剣戟ではなく、冷気の戦技を使った渾身の一撃をリィンに叩き込む。

 リィンはそれを受け止め、それを起点にして結界がリィンを覆い尽くすと同時にユーシスは後ろに跳ぶ。

 

「ファイヤボルトッ!」

 

「ファイヤボルトッ!」

 

 二つの火球がすかさずリィンに撃ち込まれる。

 目前に迫った火球にユーシスは当たると確信する。しかし例え当たったとしてもリィンは落ちないと想定して、導力魔法を駆動する。

 

「四の型《紅葉斬り》」

 

 結界に捕らわれているとはいえ、迫り来る火球に逃げる素振りを見せなかったリィンは峰を返した太刀を振り抜いて、火球をユーシスに向けて打ち返した。

 

「なっ!?」

 

 導力魔法が剣で打ち返される。

 そんなこと聞いたこともないユーシスは絶句するが、咄嗟に駆動した導力魔法を目の前で暴発させて吹き飛ばされながら火球から逃れる。

 

「合わせるから行ってクリス」

 

「分かりました」

 

 魔剣に風を纏わせてクリスが走り、その背後に追従しリィンの視界から隠れたフィーは分け身を使って四方に跳ぶ。

 クリスが剣を振るたびに鎌鼬が発生してリィンを襲い、さらには四人のフィーが入り乱れて乱戦に持ち込む。

 だが、分け身と無数の鎌鼬をもってしてもリィンの守りは崩せない。

 一人、二人と分け身が斬り伏せられて、クリスは叫ぶ。

 

「フィーさん。乗って下さい」

 

 魔剣を返して構えてクリスは叫ぶ。

 戦術リンクで意図を察したフィーはとんでもないことを考えるクリスの思考に呆れながら、それに従う。

 ふわりとフィーはクリスの魔剣の峰に着地する。

 

「いっけえっ!」

 

 そしてクリスは全力で魔剣を風と共に振り切った。

 剣の魔法で作り出した竜巻でフィーを加速させる。

 そのあまりの速度にリィンは防ぐよりも回避を選択し、すれ違い様に振り切ったフィーの一撃は空を斬った。

 

「躱された――でも行けるっ!」

 

 リィンが躱したという事実に確かな手応えを感じたフィーは着地するや否や、振り返りクリスと挟撃を、と思考を共有して――

 

「あれ……?」

 

 ぐらりと前触れもなく視界が揺れた。

 

「な……にが……」

 

 頭を抑えてフィーは呻く。

 唐突な重度の酩酊感。

 酒は飲んだことはないが伝え聞く思い付く状態がそれ以外になかった。

 まともに立つこともできず、フィーは吐き気を堪えながら膝を着く。

 見れば、リィンの向こう側でクリスも同じように頭を揺らして倒れた。

 いつの間にかクリスとのリンクは途切れ、フィーは意識を保ち切れずに視界が白く染まっていく。

 最後に見た光景はリィンが残心で太刀を鞘に納めた姿だったが、彼が何を斬ったのかフィーは分からないまま意識を失った。

 

「洸刃乱舞っ!」

 

 大剣に膨大な闘気を注ぎ込み、刀身を輝かせた一撃をラウラは繰り出す。

 

「一の型《螺旋撃》」

 

 洸刃と焔刃が交差し、ラウラは押し負けて吹き飛ばされる。

 

「もらったっ!」

 

 太刀を振り抜いたリィンにマキアスがすかさずショットガンを撃ち込んだ。

 

「しまった――」

 

 散弾を躱したリィンだったが、逃げ遅れた太刀に命中したのか、リィンの手から太刀は弾き飛ばされる。

 

「良しっ! このまま畳み掛ける!」

 

 導力銃が通じたことに気を良くしたマキアスは次弾を装填して、弾き飛ばされた太刀に向かって走るリィンを照準して引き金を引く。

 

「くっ――」

 

 リィンは咄嗟に身を翻して射線から逃れ、それでも太刀を拾おうとするリィンにさらにマキアスは銃撃を重ねる。

 

「弾切れか――」

 

 マキアスは引き金を引いても反応がなくなったショットガンに遅れて弾を装填する。

 そうしている間にリィンは再度、太刀の回収を試みて疾走する。

 だが、一瞬早くマキアスの装弾が完了し、散弾がリィンの目の前を掠めた。

 

「ちょこまかと――だが見えているぞっ!」

 

 太刀を回収できずに逃げ惑うリィンだが、その姿をしっかりと捉えてマキアスはショットガンの引き金を引く。

 

「くそっ!」

 

 悪態を吐くリィンにマキアスは胸が梳くものを感じながら、攻め手を緩めない。

 引き金を引く。

 リィンは地面を転がってあわやという様子で避ける。

 引き金を引く。

 またリィンは無様な姿をさらして、必死な形相で仰々しく散弾を避ける。

 引き金を引く。

 

「なっ――」

 

 引き金を引く。

 

「なっ!? マキアス!?」

 

「やめて撃たないでっ!?」

 

「いい加減観念しろ!」

 

 マキアスが引き金を引くたびに悲鳴が上がるが、リィンしか見えていないマキアスの耳にそれは聞こえていなかった。

 見えているはずなのに当たらない。マキアスが苛立ちを募らせながらとにかく弾が続く限り撃ち続ける。

 そして――

 

「何のつもりだ。それはっ!?」

 

 手を広げて差し向けてくるリィンをマキアスが嘲笑する。

 

「命乞いの――」

 

「《ARCUS》駆動、ソウルブラー」

 

 時の弾丸がリィンの手から放たれ、油断し切っていたマキアスを直撃した。

 その一発で意識を喪失したマキアスは仰け反って倒れる。

 

「ふう……」

 

 息を吐いてリィンはマキアスが好き放題撃ちまくった戦場を見回す。

 そこにはさながら地獄絵図の光景が広がっていた。

 大剣を握り締めたまま倒れるラウラ。

 戦術リンクを強引に断ち切られた反動で気を失ったクリスとフィー。

 勝利を確信した不敵な笑顔のまま気絶しているマキアス。

 マキアスの流れ弾を受けて膝を着いているユーシス。

 そして同じく流れ弾から後衛組を体を盾にして守り切ったガイウス。

 そんなガイウスに後衛組は三人掛かりで治癒術を掛けている。

 

「サラ教官、まだ続けますか?」

 

「あー……うん、もう良いわ」

 

 サラは何とも言えない表情でリィンに応える。

 彼とⅦ組の間にかなりの実力差があるとはサラも思っていた。

 だが、ここまで一方的な展開になることは想定できていなかった。

 

「この勝負、リィンの勝ちっ!」

 

 どこか投げやりにサラは宣言するのだった。

 

 

 

 

 運動着から制服に着替え、Ⅶ組の次の授業は模擬戦闘の反省会だった。

 しかし、リィンはその反省会に参加せず、サラにお遣いを頼まれて学生会館に来ていた。

 

「あ……くそ……」

 

 リィンの目的の場所には先約がいた。

 銀髪の頭にバンダナを巻いた緑の制服を着た青年。

 

「たしか……アームブラスト先輩でしたよね?」

 

 少し前にアンゼリカに紹介された青年、クロウ・アームブラストは振り返る。

 

「お、奇遇だな後輩。さっきは御苦労だったな」

 

「ええ、まあちょっとやり過ぎてしまったかもしれませんが」

 

「ちょっと……?」

 

 苦笑して答えるリィンにクロウは目を細めるが、すぐに気を取り直す。

 

「なあ後輩。いきなりで悪いんだけど、50ミラ貸してくれねえか?」

 

「本当にいきなりですね」

 

「いやこれには深くて長い事情があってだな。それにお前も無関係な話じゃねえんだよ」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「まあ、聞けって……

 さっきの模擬戦闘を俺達も見てたんだけどな、そこでゼリカの奴とどっちが勝つか賭けたんだよ」

 

「賭け事ですか?」

 

「そう目くじら立てるなって、せいぜい缶ジュースと飯を賭けただけだ……

 それで俺が賭けに負けて、四人分の缶ジュースを奢ることになったんだが、運が悪いことに50ミラ足りなかったんだ」

 

「全く俺に関係なくて、深くも長くもない事情ですね」

 

 クロウの主張にリィンは呆れる。

 

「それにそもそも先輩は賭けに負けたってことは、みんなの方に賭けたってことですよね?」

 

「ふ……お前が勝つってのは分かっていたけど、あえて大穴に賭けてしまうのが賭博師って奴だ。お前もギャンブラーなら分かるんだろ?」

 

「ギャンブラーじゃないので分かりません」

 

 ため息を吐いてリィンは馴れ馴れしい先輩に呆れる。

 

「まあ、50ミラくらい良いですけど」

 

「サンクス」

 

 クロウはリィンから50ミラコインを受け取ると、目の前の自動販売機に投入して缶ジュースを購入する。

 

「ま、近い内に必ず返すから安心しな」

 

「別にいいですよ。50ミラくらい、大した額じゃありませんし」

 

「お、そうか? だったらありがたく――」

 

「――こらこら幼気な後輩に厚かましくたかろうとするんじゃない」

 

「げ、何でお前が来んだよ?」

 

 現れたアンゼリカにクロウは顔を引きつらせる。

 

「君が戻って来るのが遅いから様子を見に来ただけだよ……

 やれやれ、トワの予想通りだったようだが、リィン君あまりこの男を甘やかさないでもらえるかな?」

 

「えっと……」

 

「はっ……今さら何を言ったって遅いぜ。すでにブツは買っちまったんだからな」

 

 アンゼリカはクロウが抱えた四つの缶ジュースを見てため息を吐く。

 

「どうして四本も買っているんだ? 三本で十分なはずだが?」

 

「何言ってんだゼリカ、あのトワが俺の分を用意しておかなかったら受け取るはずないだろ?」

 

「……確かに」

 

 クロウの言葉にアンゼリカは容易にその光景を想像して頷いた。

 

「えっと、ところで俺の用も済ませていいですか?」

 

「そういえばリィン君はどうしてここに?」

 

「サラ教官から全員分の缶ジュースを買って来いって頼まれたんです……

 教室に戻ってさっきの反省会をすることになったんですけど、誰も口を開かなくて」

 

「そりゃあ、あんだけ一方的に蹂躙されりゃトラウマにもなるだろ。サドだろお前」

 

「そんなんじゃないんですけど……」

 

 バツが悪そうにリィンは笑って誤魔化す。

 

「それならこいつをさっきの50ミラ分、荷物持ちとしてこき使ってやると良い」

 

「おい、ゼリカ。何を勝手に――」

 

「それなら大丈夫です。ちゃんと大きめの袋は用意して来ていますから」

 

「そ、そうか……」

 

「随分準備が良いんだな」

 

 先程の仕合での悪鬼羅刹のような戦いぶりからは想像もできない所帯じみたリィンのギャップにクロウとアンゼリカは微妙な顔をするのだった。

 

 

 

 

 




 リンク切断
サラ
「とりあえず、リィンの評価はほぼ満点ね……一対多のセオリーを十分に使いこなしていたわね……
 最初の一撃で当たらなくても良いから後衛に自分の攻撃はここまで届くのだと印象付ける……
 さらに足を使って場をかき乱す……
 フィーとクリスがいなかったら、あそこで詰んでいたでしょうね」

フィー
「ねえサラ。わたしとクリスはどうやって倒されたの? 正直、何をされたのか全然分からなかったんだけど」

サラ
「あれね……あたしもちょっと信じられないんだけど、戦術リンクを斬ったんですって」

フィー
「戦術リンクって……刀で切れるものなの?」

サラ
「まあリィンだし?」

フィー
「そんなんじゃ納得できないんだけど……リィンって変態過ぎない?」

クリス
「違うよフィー。リィンさんは――」

リィン
「ただいま戻りました」

クリス
「リィンさんは《超帝国人》を超えた《超帝国人》なんです! だから戦術リンクを斬ることだってできるんです」

リィン
「クリス……ちょっと校舎裏に行こうか?」



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