(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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当時思ったこと。
いつも邪魔をされているからといって学生たちに名乗りを上げるテロリスト達。
せめてクレアが合流してからにしろと思いました。
しかも閃Ⅱからの西風や結社、それに味方からも未熟な雛鳥扱いされているのにドヤっているテロリスト達。それで良いのかと思いました。

そして、三度目の上にあそこまで間合いを詰めているのに悠長に笛の演奏を聴いていて、わざわざ包囲まで解いてしまっているリィン君達もねえよと思いました。

なお、原作では悪役のレベル低かったのでちょっとブーストしていますので御注意下さい。





53話 緋の帝都Ⅴ

 7月26日、月曜日。特別実習三日目。

 夏至祭初日。

 病床に伏せていることになっているセドリック皇子を除いた皇族が帝都各地の行事に参加するためにリムジンでバルフレイム宮から出発する。

 そのパレードの光景は帝都の各所に設置された大型導力モニターによって中継されていた。

 ラインフォルト社が開発した音と映像を記録する導力カメラ。

 これを用いて、これまで選ばれた貴族だけが皇族と接するしかなかった行事を衆目にも共有させることを目的としたこの新しい取り組みはオズボーン宰相によって取り仕切られていた。

 ユーゲント皇帝は《ヘイムダル大聖堂》へ。

 オリヴァルト皇子は《帝都競馬場》へ。

 そしてアルフィン皇女は《マーテル公園》へ。

 ドライケルス広場には三つの大型モニターが設置され、そんな彼らの様子を映し出し、市民の注目を集めていた。

 しかし、華やかな催しは唐突に終わる。

 

『帝都ヘイムダルにおられる皆さん、初めまして』

 

 マーテル公園を中継していたモニターに学者風の男が現れる。

 

『我らは《帝国解放戦線》』

 

 帝都競馬場を中継していたモニターに強面の男が現れる。

 

『静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す』

 

 ヘイムダル大聖堂を映していたモニターに眼帯の女が現れる。

 

『あえて言わせてもらおう、義は我にあると』

 

 学者の男がそう言うと、帝都の各地で地下回廊へと繋がる扉が彼らの同志たちの手によって次々に開け放たれる。

 そこから現れたのは無数の魔獣たち。

 華やかな夏至祭の初日は一転して、混乱の坩堝と化すのだった。

 

 

 

 

「街中に魔獣を放つなんてっ!?」

 

 旧ギルド支部で報告を受け取ったトワは絶句する。

 昨夜、鉄道憲兵隊のクレアから夏至祭初日の警備において“遊撃”として市内巡回を頼まれたからある程度は覚悟していた。

 しかし、《帝国解放戦線》はトワやクレア達の予想を遥かに上回る規模でテロを実行した。

 およそ人がやることではないとトワは思考停止していると、通信にクレアの声が届く。

 

『ハーシェルさん、市内の魔獣は憲兵隊が対処します。貴方達は周辺の魔獣を排除しながら皇族の方たちの安全を確保に努めて下さい』

 

「りょ、了解しました」

 

 通信からのクレアの指示にトワは我に返って、それぞれの班に指示を伝達する。

 

『ジョルジュ班、了解――大聖堂に向かうよ』

 

『クロウ班、了解――ここからだと競馬場が一番近いな』

 

「……クロウ君? たしかクロウ君の班の巡回場所は別の場所だったはずだけどどうしてそこにいるのかな?」

 

『おおっと! 魔獣が襲い掛かって来た! おら後輩共っ、行くぞっ!』

 

「もうっ! 事件が終わったら詳しい話を聞かせてもらうからね!」

 

 おそらく競馬場に行こうとしていた同級生の行動を想像してトワはため息を吐く。

 クロウの勝手な行動はともかく、結果的にはオリヴァルト皇子がいる競馬場に近い位置にいたことは不幸中の幸いだろう。

 

「あれ……アンちゃん?」

 

 返事がない最後の班にトワは首を傾げる。

 

『…………アンゼリカ班、了解。マーテル公園に向かうけど、問題が起きた』

 

「問題……?」

 

 遅れて届いたアンゼリカの声にトワは首を傾げる。

 今日のアンゼリカ班にはリィンがいる。

 ならば多少の問題など簡単に振り払えるはずとトワは考える。

 

『襲撃を受けたんだ。おそらく足止めだと思う。敵の目的はリィン君だけで私達は見逃された』

 

「……それならアンゼリカ班はそのままマーテル公園に向かって」

 

 指示を出しながらトワは端末を操作してリィンの《ARCUS》に通信を試みる。

 だが、いつまでも回線は繋がらない。

 

「リィン君のことだから大丈夫だと思うけど……」

 

 リィンには信頼を寄せるだけの実績がある。

 しかし、嫌な予感が拭うことができなかった。

 

 

 

 

 

「リィンさん……大丈夫かな?」

 

 マーテル公園への道を走りながらクリスは残してきたリィンの心配をする。

 

「あの放送が切れると同時に襲い掛かって来た《焔》……なんか尋常じゃなかったけど……」

 

 思い出すだけでも背筋が凍る火球にエリオットは体を震わせる。

 一見すれば導力魔法によるものなのだが、その焔には言葉に言い表せない凄みがあった。

 それこそ導力魔法とは違う何か。

 それが誰の焔なのか知っているクリスはエリオットの呟きに何も言葉を返さずに黙り込む。

 

「ふ……心配はいらないさ。リィン君が先に行けと言っていたのだから」

 

「そうかもしれませんが」

 

「それよりも君達、これはチャンスだよ。囚われのお姫様を颯爽と救い出す。ハハハ、燃えてきたね」

 

 緊迫した状況にも関わらず軽口を叩くアンゼリカにクリスとエリオットは苦笑する。

 言葉こそ不謹慎だが、その表情は真剣そのもの。

 マーテル公園を目指しながらも、周辺の魔獣を殴り倒すその様は頼もしかった。

 

「それはそうとクリス君?」

 

「何ですかアンゼリカ先輩?」

 

「君はこのままテロリストと対峙して大丈夫なのかな?」

 

「…………問題ありません」

 

 意味深な質問にクリスはわずかに逡巡して頷いた。

 突入したマーテル公園も酷い有様だった。

 広い公園には魔獣が徘徊し、アルフィン皇女の姿を一目でも見ようとしていた観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「ここは俺達に任せて、お前達はクリスタルガーデンに突入しろっ!」

 

 憲兵隊の隊長がアンゼリカの顔と制服を見るなりに指示を飛ばす。

 それに従ってアンゼリカ達はクリスタルガーデンに突入し、そのままの勢いで中で暴れていた二匹の大型魔獣を倒す。

 しかし、アンゼリカ達が辿り着いたそこにはアルフィン皇女とその付き人として同行していたエリゼは攫われた後だった。

 ガーデンの守りをそこに居合わせたパトリックに任せ、アンゼリカ達は地下道に突入するのだった。

 

「帝都の地下にこんな場所が……」

 

「聞いたことがあります。《暗黒時代》の遺跡の地下墓地……ヘクトル大帝が討伐した《暗黒竜》を封じた場所だとか」

 

 エリオットの呟きにクリスが答える。

 

「《暗黒竜》って800年前の話だよね? でもそんな魔獣を帝都の地下に封じているなんて」

 

「むしろ帝都の地下だからこそだよ……

 帝都に限らず大半の都市や街は地脈の上に造られる。むしろ《暗黒竜》の死骸なんて劇物を適当なところに捨てるわけにはいかないさ」

 

「確かにそういう曰く付きの地下遺跡というのはルーレにもあるな――と……」

 

 クリスの言葉にアンゼリカが頷くとそのタイミングで彼女の《ARCUS》が鳴る。

 アンゼリカは耳に付けたオーブメントを操作して回線を繋げる。

 

「こちらアンゼリカ」

 

「サラよ。知事閣下から連絡があったわ……

 こっちは今、鉄道憲兵隊と合流してそちらに急行しているから、可能な限り先行して足止めをして、ただし人質の安全を最優先に行動すること」

 

「分かっているよサラ教官。このアンゼリカ・ログナーの名に誓って彼女たちに傷一つつけさせたりしませんよ」

 

 通信を終えたアンゼリカはクリスとエリオットを見て激励する。

 

「ではこれより、美少女二人の救出に向かう。覚悟は良いかな」

 

「ええ、絶対に追い付きましょう」

 

 それにクリスは頷いて、三人は地下墓所の奥へと駆け出した。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「それにしても随分と長い地下道だな」

 

「本当にこっちであってるのかな?」

 

 いくら進んでも追い付く気配がないことにエリオットが緊張を保ち切れずに愚痴を漏らす。

 

「足跡は続いているから、こっちに進んでいることは間違いないよ」

 

 エリオットの呟きにクリスは再び屈んで床の状態を観察し、勢いよく立ち上がる。

 

「ど、どうしたのクリス?」

 

「静かに……」

 

 指を立てて口を閉じさせ、クリスは耳を澄ます。

 

「この先の分かれ道……誰かが来ます」

 

「なるほど、ようやく追いついたわけか」

 

 三人が頷き合って静かに臨戦態勢を取る。しかし――

 

「むっ……その匂いはクリス達か?」

 

 分かれ道に辿り着く前にその向こうから聞き覚えのある言葉が掛けられた。

 

「その声はラウラ?」

 

 警戒を解いて進み、分かれ道に出るとそこには頭のてっぺんに犬の耳を生やしたラウラを始めとしたクロウ、マキアス、フィーがいた。

 

「ようお勤め御苦労さん」

 

「こっこれが噂のイヌミミラウラ君っ!?」

 

 声を掛けて来たクロウを無視してアンゼリカはラウラの姿に衝撃を受けて思わず膝を着く。

 

「ぶれねえな……」

 

 そんなアンゼリカにクロウは呆れる。

 

「アンゼリカさん、ふざけている場合はないですよ……

 それよりラウラ、もしかしてまた七耀石を?」

 

「いや、この地下道に入ったらこうなってしまった……

 だが、せっかくなので利用して《V》と名乗ったテロリストの匂いを追って来た」

 

 この状態になると五感の性能が著しく上がる。

 それこそ、匂いを糸のように視覚に共感させて追跡ができるほどに。

 

「競馬場は鉄道憲兵隊の働きで誰かを攫われることなく撃退することはできたんだ」

 

 ラウラの事情は一先ず置いておくと前置きをしてマキアスが事情の説明をする。

 

「それで僕達は君達が攫われたアルフィン殿下達を救出するために地下道に入ったと聞いて、奴等が競馬場に開けた穴から地下に入ったということだ」

 

「それにしてもアルフィン殿下を攫うこともそうなんだろうけど、よりによってリィンの妹も攫うのは命知らずだね」

 

 フィーの呟きに一同は思わず押し黙る。

 

「やっぱり……犯人は漏らさず煉獄行きか?」

 

「もし傷付けていたらリィンは《鬼》になると思う」

 

「なるでしょうね……」

 

 《鬼の力》を知っているフィーとクリスの説得力ある言葉にその場の空気が重くなる。

 そして、そんな空気を読まずにふてぶてしい声が投げかけられた。

 

「ほう、てっきり鉄道憲兵隊が来ると思っていたが来たのはガキ共か」

 

「その制服……これまで散々こちらの仕込みを邪魔してくれた《トールズ士官学院》のⅦ組ね」

 

 通路の奥から余裕に満ちた足取りで歩いて来たのは強面の男と眼帯の女。

 

「君たちは大聖堂と競馬場を襲撃したテロリストだね……

 どうやら道を間違えていなかったようで安心したよ」

 

 わざわざ出迎えに来てくれたテロリスト二人にアンゼリカは安堵する。

 

「フフ……威勢の良い小猫ちゃんね。あたし好みだわ」

 

「そっちは《シルフィード》か。こんなところで会うとはな」

 

「フィー、そなたの知り合いか?」

 

「ううん、知らない人」

 

 強面の男が口にしたのはフィーの猟兵時代の二つ名だが、フィーの方には彼への面識はない。

 

「お前のことは色々聞いているぜ。お前の兄貴分達にな」

 

「っ……」

 

 強面の男の言葉にフィーは目を細める。

 

「落ち着いてフィー。気になるのは分かるけど今は――」

 

「分かってる。リィンの妹の救出が最優先」

 

 兄貴分達への手掛かりだが、フィーは優先順位を躊躇わず低めに設定した。

 

「いや、それも重要だがアルフィン殿下をそこは優先しような」

 

 あっさりと言い切るフィーにマキアスはため息を吐いて訂正を促す。

 

「フフ……冷静で頼もしいことだ……

 ならば君達の隊長として命令しよう。この二人は私とクロウが担当する。君達《Ⅶ組》は隙を見て二人を突破して先に進みたまえ」

 

「アンゼリカ先輩っ!?」

 

「異論はないなクロウ?」

 

「ああ、俺は構わねえぜ」

 

 驚くマキアスに対して、クロウは二つの拳銃を構えてアンゼリカの提案に乗る。

 

「しかし――」

 

 相手は見るからに強そうな二人の敵にマキアスは思わず尻込みをしてしまう。

 

「はは、おかしなことを言うね……彼らがリィン君よりも強い。君にはそう見えるのかな?」

 

「え……?」

 

 マキアスは間の抜けた言葉を漏らし、二人のテロリストを改めて見る。

 見るからに凶悪なガトリング砲を抱えた男に、鞭のようなしなやかな剣を携えた女。

 どちらも堂に入った構えは強者の雰囲気を醸し出しているが、近頃分かって来たリィンを前にした時に感じる恐怖は感じない。

 

「間違ってはいけないよマキアス君……

 私たちの最優先事項はアルフィン殿下とエリゼ君を救出すること。ここで彼らの足止めを仲良く全員で受ける謂れはないはずだ」

 

 改めて命題を突き付けられ《Ⅶ組》の五人は気を引き締める。

 

「というわけだからナイト役はお前達に任せるぜ」

 

「分かりました。でもリィンさんよりも弱いとは言っても油断して良い相手じゃありません。先輩達もくれぐれも気を付けてください」

 

「おうよ」

 

「ああ、分かっている」

 

 クリスの助言にクロウとアンゼリカは頷く。

 

「フフ……作戦会議は終わったかしら?」

 

「ま、どの道お前達の行き先は女神様の下だけどな」

 

 こうして《帝国解放戦線》の幹部《S》と《V》とアンゼリカとクロウの戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 地下墓所の最奥。

 一際大きな広間に連れて来られたアルフィンとエリゼは異様な儀式を目撃することになった。

 

「フフフ……古文書の通りだ」

 

 広場の中央でギデオンは怪しい笑みを浮かべる。

 彼の周囲に浮かぶ黒い光を宿して浮かぶ魔石がその怪しさを増長させる。

 

「おおおっ! 悪しき帝国に正義の鉄槌をっ!」

 

「ついに“あの男”を殺せる日が来たのか」

 

 ギデオンの周りに集うテロリスト達は気が早く、すでに宿願を果たした気になっていた。

 

「貴方達はここで何をするつもりですか?

 わたくし達を攫って何を考えているのですか!?」

 

「皇女殿下におかれましてはしばしのご辛抱を……」

 

 その問い掛けにギデオンは広間の中央からアルフィンの前にやって来て慇懃無礼に答える。

 

「我々はエレボニアの伝統と秩序を重んじる憂国の士。その象徴たる血筋に仇なすことはありません」

 

「その物言い……」

 

「フフ、別に貴族に親近感を持っているわけではありません……

 ただこれから始まる浄化に貴女様を巻き込まないためにはこうする他なかったというだけです」

 

「浄化……貴方はいったい何を……」

 

 男の目の奥に宿る黒い狂気にアルフィンは身を震わせる。

 

「妄言はそこまでにしてください」

 

 そんなアルフィンを庇う様にエリゼが二人の会話に毅然とした態度で口を挟む。

 

「大層な題目を述べたところで貴方達がしていることはただのテロニズムです」

 

「ほう……これはこれは、このような状況でなかなか気丈なお嬢さんだ……

 皇女殿下のお付きならばそれなりの身分とお見受けするが」

 

「エリゼ・シュバルツァー。北部ユミルの領主、テオ・シュバルツァーの娘です」

 

「シュバルツァーだと……まさか“かかし男”の部下、リィン・シュバルツァーの妹か」

 

「それが何か?」

 

「はははっ! これは良い! ノルドでの仕込みを邪魔してくれたあの男に復讐するのに丁度いいっ!!」

 

 勝手なことを叫んで喜ぶギデオンにエリゼは蔑みの眼差しを送る。

 ノルドと言えば、先月兄のリィンが《特別実習》で向かった地。

 そこで何があったのかエリゼには想像することしかできないが、目の前の男の野望を打ち砕いたことは察しがついた。

 

「何がおかしいっ!?」

 

 そんなエリゼの態度にギデオンは癇癪を起してその頬を殴りつける。

 

「っ――」

 

 両手を縛られたままのエリゼは衝撃に抗うこともできずに倒れ膝を着く。

 

「エリゼッ!」

 

「大丈夫です、姫様」

 

 口の端から血が流れるが、エリゼは毅然とした態度を貫いてギデオンを睨む。

 

「ちっ……」

 

 その眼差しに不快感を示したギデオンはエリゼの手を踏みつける。

 

「おやめさないっ! 貴方達……帝国男児として……いえ、人として恥ずかしくないのですか!?」

 

「皇女殿下、これは躾というものですよ。自分の立場というものが分かっていない愚か者へのね」

 

 ギデオンは悪びれた様子もなく言い切り、彼の仲間たちはその光景を笑みを持って見守る。

 

「っ……」

 

 その醜悪さにアルフィンは思わず身を震わせてたじろぐ。

 

「だ、大丈夫です。姫様……すぐに兄様や《Ⅶ組》の皆さんが――っ!」

 

 安心させるようにアルフィンに話しかけるエリゼの顔をギデオンは足蹴にして黙らせる。

 

「ふん……あの男の妹だけあって不愉快だ」

 

 ギデオンは舌打ちをした後エリゼの髪を掴み、乱暴に広間の中央へ引きずって行く。

 

「やめなさいっ!」

 

 アルフィンの悲鳴が空しく広間に木霊して消える。

 

「お前にはこれから復活する“暗黒竜”の生贄になってもらう」

 

「“暗黒竜”ですって……」

 

 広間の中央の手前に乱暴に投げ出されたエリゼは竜の頭蓋骨を見せつけられる。

 “暗黒竜”。

 エリゼも帝国史でその名前の存在は知っている。

 暗黒時代、突如として現れ百年の間、帝都に居座っていた災厄の魔獣。

 ヘクトル大帝に打ち倒されたその存在の亡骸をエリゼは目の前にすることになった。

 

「くくく……」

 

 ギデオンは徐に懐から《降魔の笛》を取り出して吹き鳴らす。

 不気味で耳障りな音色が広間に響くとそれに呼応するように周囲に浮かぶ七つの魔石が光を讃えたかと思うと黒い泥のような光となり、周囲に散らばった魔獣の骨を呑み込んでいく。

 

「はははっ!

 これぞ《降魔の笛》の力っ! 暗黒時代の帝都の“魔”すら従わせる古代遺物だっ!」

 

 黒い泥が蠢動し、粘土で造る様にその姿を形にしていくこと数秒。

 泥の表面はいつの間にか生物的な質感に入れ替わり、その存在は復活を遂げたことに歓喜の咆哮を上げる。

 

「っ――」

 

 耳をつんざく咆哮にエリゼとアルフィンは身を震わせる。

 “暗黒竜”の復活など信じていなかった二人だが、目の前の竜の存在はそれが事実だったという現実を否が応にも突きつける。

 

「さあ! 暗黒時代の魔物よ! まずはその“贄”を喰らい本来の力を取り戻すが良いっ!」

 

 ギデオンの言葉に従う様に暗黒竜はその長い首を動かし、エリゼ――ではなく、ギデオンの背後で暗黒竜の復活に感動していた仲間に食らいついた。

 

「え……?」

 

「なっ!? え……そんなどうし――」

 

 悲鳴の途中でその男は暗黒竜の巨大な顎に食い千切られる。

 肉を咀嚼する音が、骨を噛み砕く音が静寂に満ちた広間に何度も響き渡る。

 

「ど、同志《G》っ! これはどういうことだっ!?」

 

 我に返ったテロリストがギデオンの肩を掴んで叫ぶ。

 

「し、知らない。何故……言うことを利かないっ!?」

 

 半狂乱になってギデオンは男の言葉に応える。

 種を明かせば単純なことだ。

 《降魔の笛》は確かに魔獣を従わせる力を持つ古代遺物だが、その能力には上限が存在している。

 そもそも“暗黒竜”を従えるほどの力があるのなら、暗黒時代の当時にその存在が猛威を振るうこともなかっただろう。

 これが骨だけの不完全な存在としてならば《降魔の笛》で御することはできたかもしれないが、暗黒竜が残した魔石を使って受肉させ生物として完全な復活をさせた“暗黒竜”に通用しないのは当然の結果だった。

 そして、“暗黒竜”に一番近い位置にいたエリゼではなくギデオンの背後の男を喰らったことには大した意味はない。

 ただ首を伸ばしてちょうどいい位置にいたのが彼だっただけの話だ。

 

「くそっ! 話が違うぞっ!」

 

「いや、落ち着け……別にこれでも構わないだろう」

 

 ギデオンは冷静さを取り戻し、動揺が広がるテロリスト達を諫める。

 

「見たところこいつは食事に夢中のようだ。ならば予定通り、その小娘に食事になってもらっている間に我々はここから退避すればいい……

 後は勝手にこいつが帝都を浄化してくれるのを待てば良いさ」

 

「そ、それもそうか……」

 

「何てことを……」

 

 ギデオンの言い分を間近で聞くことになったエリゼはその醜悪さに吐き気を覚える。

 

「正直、君にそこまで恨みはないが……君の兄が“あの男”に協力している時点で同罪と思っていただこう」

 

 さらにはこの期に及んでそのような自己弁護。

 エリゼは絶体絶命の窮地だというのにギデオンの厚顔無恥さに呆れてしまう。

 

「おい! いつまで喋っている。そうと決まればこんなところさっさと――」

 

 逃げようと動き出したテロリスト達は暗黒竜が無造作に振った尻尾によってまとめて吹き飛ばされた。

 

「………………は……?」

 

 先程と同様に暗黒竜に近過ぎたため、その一撃から難を逃れたギデオンは呆けた言葉を漏らす。

 一瞬で屍の山が作られたことにギデオンは呆然としてその場に尻もちを着く。

 

「アルフィンッ! エリゼさんっ!」

 

 そこにようやくクリスを先頭にして《Ⅶ組》が現れる。

 

「こ、これは……」

 

「ド。ドラゴンッ!?」

 

 テロリスト達の屍と巨大な魔獣の姿にマキアスとエリオットは思わず足を止める。

 その二人を置き去りにしてクリスとラウラ、フィーは駆ける。

 

「フィーは僕とエリゼさんの救出っ! ラウラはアルフィンを確保っ!」

 

「承った」

 

「ラジャー」

 

 ラウラが逸れて、クリスとフィーは真っ直ぐ暗黒竜に向かって突撃する。

 

「エリゼッ!」

 

 暗黒竜が動き出したことでアルフィンは思わず声を上げる。

 しかし、彼女の心配は杞憂で済んだ。

 暗黒竜は何を思ったのか、すぐ近くにいるエリゼとギデオンではなく、その首をアルフィンに向けた。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃっ!」

 

 暗黒竜の一睨みでアルフィンを捕まえていたテロリストは一目散に逃げ出した。

 幸い壁沿いだったからか、それとも暗黒竜の興味はアルフィンしかなかったのか、そのテロリストは逃げることに成功する。

 が、取り残されたアルフィンは震えてその場に尻もちを着く。

 

「何っ!?」

 

「そっち!?」

 

 巨体が動き、それだけでクリスとフィーは大きな回避を強いられる。

 

「ちっ――」

 

 アルフィンに向かって駆けていたラウラはすれ違うテロリストを無視して暗黒竜に斬りかかり――尻尾の一撃を受け壁に叩きつけられた。

 

「ラウラッ!?」

 

「ぐっ……私は大丈夫だっ! それより殿下を!」

 

 壁に叩きつけられ息を詰まらせながらもラウラは叫ぶ。

 だが、そんな彼女の言葉も虚しく、暗黒竜は震えて身を固まらせることしかできないアルフィンをその腕で掴んだ。

 

「ひっ……」

 

 そのまま握り潰すことなく、むしろ丁重にアルフィンを引き寄せる暗黒竜だが、それは彼女に危害を加えないためではない。

 この場の中で一番おいしそうな餌だから、ぞんざいに扱わないだけだと間近で見る事になった暗黒竜の目を見てアルフィンは悟る。

 

「姫様っ!」

 

 エリゼの悲鳴が上がる。

 その間にもクリスが放った風の刃やフィーが連射する銃弾が暗黒竜の背中に降り注ぐ。

 だが、暗黒竜は何の痛痒も感じないと言わんばかりそれらを無視し、掴んだアルフィンをその顎に――

 その瞬間、白い影がクリスとフィーを追い抜き、紅蓮の焔を纏った一太刀が暗黒竜の腕を斬断した。

 

「え……きゃっ!?」

 

 突然の浮遊感を感じたのは一瞬。

 暗黒竜の腕から解放されたアルフィンは何者かに抱えられるようにして、暗黒竜から遠ざけられる。

 

「御無事ですね。アルフィン殿下?」

 

 半ばから折れた深紅の刀身の太刀を片手に、アルフィンを左腕だけで抱きかかえたリィンが確かめるように言葉を掛ける。

 

「…………リィンさん……?」

 

 黒だったはずの髪が白く染まっている彼を確かめるようにアルフィンはその名を呟く。

 

「はい。リィン・シュバルツァーです」

 

 そんなやり取りをしている間に、再び浮遊感に見舞われる。

 しかし、アルフィンを抱えながらもリィンは危なげなく着地する。

 

「リィンさん!」

 

 クリスはエリゼの確保をフィーに指示して、リィンの下に駆け付ける。

 

「すまない遅れた」

 

「いえ、僕達も今来た所で……危ないところをありがとうございます」

 

「礼は良い……それよりも……」

 

 リィンは話しかけてくるクリスに顔を向けず、その目はフィーに助け起こされるエリゼの姿を注視していた。

 

「リィンさん…………?」

 

「そうか……万死に値するなギデオン」

 

 張れた頬に口の端から流れて固まった血。

 綺麗に梳かれていたはずの髪の乱れに、足跡が残る手。

 それらを《識》の目で見たリィンは静かに呟いた。

 

「ギャアアアアアアッ!」

 

 リィンに斬り落とされた腕を再生させた暗黒竜はリィンに向かって怒りの咆哮をぶつける。

 

「うるさい、黙れ」

 

 静かなその言葉に暗黒竜は咆哮を止め、たじろぐ。

 

「クリス、アルフィン殿下を頼む」

 

「あ……はい」

 

 左腕で抱えたままだったアルフィンをクリスに預け、リィンはあろうことか暗黒竜に背を向けてエリゼの下に悠然とした足取りで歩き出す。

 

「に、兄様……」

 

「エリゼ、よく頑張った」

 

 乱れた髪を整えると同時に頭を撫でリィンはエリゼを労う。

 

「フィー、エリゼを頼む。安全な場所に着いたらこれを使ってくれ」

 

「ん、了解」

 

 リィンから見覚えのある薬を受け取ってフィーはエリゼを抱き上げる。

 

「さて……」

 

 そしてリィンはその近くで腰を抜かしたまま動かないギデオンに目を向けた。

 

「お前は――」

 

 リィンが口を開いたその瞬間、無数の剣片と銃弾がリィンに殺到した。

 その全てを折れた太刀で斬り、弾く間にギデオンはフルフェイスヘルメットの男に抱えられて死地から脱した。

 

「同志《C》……それに《S》と《V》も……」

 

「話は後だ……それよりもここから離脱する」

 

 ギデオンは予想していなかった仲間の援軍に喜ぶが、《C》はそれを無視して元来た通路に脇目も振らず駆ける。

 

「早くして! そんなに持たないわよ!」

 

「馬鹿っ! リィン・シュバルツァーじゃない。あの小娘を狙えっ!」

 

 導力魔法を連射する《S》に《V》は反論し、ガトリング砲をフィーとエリゼに向ける。

 

「フィー」

 

「問題ない」

 

 フィーはエリゼを抱えながらも銃弾の雨を難なく置き去りにする。

 

「よしっ! 良いぞお前たちっ!」

 

 リィンの意識がわずかに逸れ、その隙に通路へと駆け込んだ《C》は合図を叫ぶ。

 《S》と《V》はそれに素早く反応し、《C》の後を追って通路へと逃げ込み、次の瞬間その天井が爆発して瓦礫に通路を塞がれる。

 

「なっ!?」

 

「閉じ込められたっ!」

 

 壁に叩きつけられたラウラを回復させていたマキアスとエリオットは逃げ道を塞がれて悲鳴を上げる。

 

「ちっ……」

 

 リィンは舌打ちを打って、次の瞬間無造作に折れた太刀を振るい、その衝撃で瓦礫が重なった通路を抉った。

 

「へ……?」

 

 武骨ながらもあっさりと瓦礫を開通させたリィンにマキアスは間の抜けた声をもらした。

 

「クリス。殿下とエリゼを連れて先に逃げてくれ」

 

 そんな反応を他所にしてリィンはクリスに逃げることを促す。

 

「分かりました……でも、リィンさんは?」

 

「あれをこのままにしておくわけにはいかないだろ?」

 

 背後の暗黒竜を親指で指してリィンは言った。

 

「そうですけど……その太刀で……」

 

 クリスはリィンの右腕にある刀身が半ばから無くなっている太刀を見て不安に瞳を揺らす。

 リィンの太刀は普通のゼムリアの武具ではない。

 それが無残な姿になっていることからどれだけの激戦があったのかは分かる。

 リィンは太刀がなかったとしても戦えるが、それは戦えるだけであって著しく戦力が低下していることには違いない。

 しかし、目の前でリィンを警戒して睨んでくる巨大な魔獣と戦える者はこの中でリィンしかいないのは事実だった。

 

「大丈夫だ……」

 

 そんなクリスの心配にリィンは不機嫌な言葉を返して背を向ける。

 

「不本意だが……出し惜しみをしていられる状況じゃない……」

 

 リィンは折れた太刀を左手に持ち替え、右手を虚空へと突き出した。

 すると空間が割れ、黒い亀裂の中にリィンは無造作に手を入れ、それを引き出す。

 

「リ、リィンさんっ!?」

 

「早く行けっ! お前達は邪魔だ!」

 

 言葉に隠し切れない苛立ちを込めてリィンはクリスに、Ⅶ組に言い切り、虚空から取り出した赤黒い魔剣を暗黒竜に向ける。

 《魔剣アングバール》。

 《外の理》で造られた結社、《身喰らう蛇》の執行者の武具。

 リィンの太刀を焼失させてしまった詫びと、ある理由の《試し》として貸し出された魔剣を手にリィンは《暗黒竜》と対峙することになった。

 

 

 




Ⅶ組撤退

クリス
「アルフィン、アルフィンっ! 返事をして」

マキアス
「くそっ……テロリスト共め」

エリオット
「お気を確かにアルフィン殿下……えっと怪我をしているならすぐに手当てをしないと」

ラウラ
「御安心下さい。アルフィン殿下、もう大丈夫です」

アルフィン
「………………皆さん……それに……セ――クリスさん……」

クリス
「良かった……どこか痛いところはない? 頭を打ったりはしてない?」

アルフィン
「クリスさん…………チェンジをお願いします」

クリス
「はい!? いきなり何を言っているのさアルフィンッ!」


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