(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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57話 それぞれの思惑

 

 7月30日。

 夏至祭が終わった翌日。

 トールズ士官学院、特別実習班は教官のサラを含めてバルフレイム宮の謁見の間に呼び出されていた。

 絢爛でありながら重厚極まる空間に列席しているのはリィン達だけではない。

 右を見れば、オズボーン宰相、レーグニッツ帝都知事、クレイグ中将、アルゼイド子爵。

 左を見れば、カイエン公爵、アルバレア公爵、ログナー侯爵、ハイアームズ侯爵、ルグィン伯爵。さらにはルーファスの姿もある。

 そして正面の玉座に座るのはもちろん、現皇帝ユーゲント三世。その隣にはプリシラ皇妃。そして少し下がった位置にアルフィン皇女とオリヴァルト皇子が控えている。

 帝国の頂点に立つ者達の顔ぶれに、特別実習班は身内がいるラウラやユーシスでさえも緊張に身を固くしていた。

 

「この度の諸君らの働き、誠に大義であった」

 

 厳かな声で緊張し切った彼らにユーゲントは語り掛ける。

 

「もったいない御言葉です」

 

 しかし、返って来たのは堂に入った言葉。

 本来なら隊長であるトワが代表として受け答えをするべきなのだが、事前に無理だと縋りつかれ皇帝陛下への受け答えはリィンに一任することになっていた。

 

「我々が果たした役割は微々たるものでしょう……

 憲兵隊や近衛隊の方々、彼らの働きなしでは市民にもっと大きな被害が出ていたでしょう」

 

 年始に会った時も感じたが、周りを立てるリィンの物言いにユーゲントは気分を良くする。

 普通の貴族なら声高に成した偉業をここぞとばかりにアピールして来るのだが、それをしないリィンはある意味ユーゲントにとっては新鮮だった。

 

「だが貴殿が行ったことは誰にも真似できたものではない……

 何か望むものがあれば褒美としてくれてやろうと思っているが、何かあるか?」

 

 ユーゲントの提案に謁見の間の空気が張り詰める。

 個人を名指しし、皇帝直々に褒美を問う。

 地下墓所から現れた“暗黒竜”の討伐。

 それに加え、その暗黒竜を取り込んだ“緋の騎神”の討伐。

 ヘクトル大帝とドライケルス大帝の偉業を同時に達成したリィンへの報償を考えれば当然の言葉だった。

 

「そのことについて、陛下には先に謝らなければならないことがあります」

 

 リィンは顔を伏せたまま、そんなことを言い出した。

 

「ふむ……言ってみよ」

 

 ユーゲントは心当たりがなく促す。

 

「先の戦いで自分は陛下より賜った太刀を折られ、さらには戦闘の最中で紛失してしまいました……

 それをまず謝罪させていただきたく存じます」

 

「あ……ああ、そうか……うむ、許す」

 

 ユーゲントはオズボーンを一瞥し、リィンに許しの言葉を与える。

 太刀一本の犠牲で帝都80万人が救われたと考えれば、責める理由などないのだが律儀なその性格はやはり貴族らしいとは言えなかった。

 

「しかしそういうことなら我々も君に謝罪しなければならないことがある」

 

「陛下が謝罪ですか?」

 

 予想外の言葉にリィンはむしろ戸惑う。

 

「うむ。そなたが献上してくれた《聖女の槍》が何者かの手によって盗み出されてしまった……

 そなたの学友たちが無事に取り戻してくれたとは言え、そなたの功績に泥を塗る様なことになってしまったことを謝罪させてもらう」

 

「いえ、それはテロリストと同様に盗人にこそ責められる罪、陛下が心を痛める必要はありません」

 

「そう言ってもらえると助かる……して、望みは代わりの太刀か?」

 

 太刀の話題を出したことからリィンが望む褒美がそれかと考えてユーゲントは尋ねる。

 

「いえ、太刀の代わりは考えておりますので大丈夫です……

 褒賞については、畏れながら進言させていただきます」

 

 てっきり謙虚な彼のことだから、褒賞は辞退すると言い出すと思っていた。

 しかし正当な褒賞を与えなければ周りに示しが付かないのでどう説得しようかと考えていたが、その手間がなくなり安堵する。

 しかし同時にテオの息子にしてはすんなりと受け入れたことに意外なものを感じる。

 

 ――年始の時はまだ場慣れしていない様子だったが、見違えたな……

 

「うむ、申して見よ」

 

 リィンの申し出にユーゲントはどんな願いを言うのか期待して促す。

 同時に謁見の間の空気がより一層張り詰める。

 リィンが建てた功績はそれこそ誰にも真似できない偉業として褒め称えられる程のもの。

 それこそ無茶な難題でなければ、どんな願いでも受け入れられるだけの功績。

 シュバルツァー家の爵位を上げることも、リィン個人に貴族の位を与えることも、望めばアルフィンの伴侶に立候補することさえ叶うかもしれない。

 特にアルフィン皇女の伴侶の座を得ようと画策していた貴族派の者たちからすれば、男爵家風情に出し抜かれるのではないかと戦々恐々に固唾を呑む。

 

「今、私が望む事……

 それはトールズ士官学院を休学させていただきたいということです」

 

「リ、リィン君? ――っ」

 

 予想もしていなかったリィンの願いにトワが驚き、場を思い出してすぐに口を噤む。

 

「ふむ……それを叶えるのは容易いが理由を申してみよ」

 

 対するユーゲントもまた予想外の提案に虚を突かれながらも説明を促す。

 

「此度の事件、確かに脅威を払うことはできましたが皇女殿下を誘拐し暗黒竜を復活させた大罪人はまだ逃げおおせたまま……

 本当に解決したとは言えません……

 ですので、今回と同じことが起きることも考え、軍の捜索隊に私も加えて欲しいと思う所存であります」

 

 それは褒賞に望むには場違いとも取れる願いだが、学生の身分であるリィンが捜索隊に加わるには確かに権力を利用するしかない願いでもあった。

 

「それを褒賞と扱うかはひとまず置いておくとして、そなたはまだ何も終わっていないと言うのだな?」

 

「はい。彼らを捕えぬ限り、第二、第三の“暗黒竜”が現れないと言えないでしょう……

 またアルフィン殿下を狙って動くかもしれません。皇女殿下に安念の生活を送って頂くためにも、テロリストの捕縛は急務のはず……

 どうか彼のテロリスト共を捕えるための大任を私に担わせて頂きたい所存であります」

 

 頭を垂れた背から感じる凄み。

 皇女に危害を与えたテロリストを決して許さないと言わんばかりの振る舞いはまさに皇帝家の忠臣だった。

 

「リィンさん……」

 

 傍らに控えていたアルフィンがその真剣な言葉に思わず言葉を漏らす。

 

「父上、発言をよろしいですか?」

 

「オリヴァルト? 何だ申してみよ」

 

 果たしてそれを褒賞として扱って良いものかと悩むユーゲントにオリヴァルトが介入してくる。

 

「リィン君、君のアルフィンを想う気持ちはありがたく思う……だが君の本音はそこではないだろう?」

 

「何を仰いますか……

 私は本心からアルフィン殿下を害したテロリストに誅を下したいと思っております……

 まあ、私の妹に手を上げた罪もついでに思い知らせるつもりではありますが」

 

 ――こいつ、絶対に妹の方が本命だ……

 

 その時、謁見の間にいる全ての者たち――特に革新派と貴族派は――珍しく心を一つにして思った。

 

「それともう一つ、部隊をお借りしたいのはテロリストの捜索と同時にある調査を行いたいからです」

 

「調査?」

 

「私が乗っていた“大いなる騎士”《灰の騎神》ヴァリマールと同じ存在が、帝国にはまだ六つ存在しております……

 既にその内の五つは起動者を選定されていますが、残る最後の一つがテロリストの手に落ちないよう先に確保したいと考えております」

 

「騎神……帝国の各地に残る“大いなる騎士”の正体か」

 

 リィンの進言にユーゲントは何とも言えない気持ちになる。

 果たして今回の出来事はどこまでが“黒の史書”の預言通りだったのか。

 大樹こそ現れていないが、煌魔城は出現し《終焉の紅き魔王》も預言通りに顕現した。

 あの戦いは諦め切っているユーゲントにとって眩しく感じる程に活力があったが、反面リィンの戦いも予定調和なのではないかと疑ってしまう。

 

「そなたの言い分は分かった。宰相」

 

 流石に軍の事情は自分の強権で済ませられるものではないとユーゲントはギリアスを呼ぶ。

 

「ここからは陛下に代わって私が話させてもらおう……

 君の申し出は確かにありがたいが、君を軍に入れることはできない相談だ」

 

「それは何故ですか?」

 

「今回の事で君の存在は名実共に帝国に知れ渡ることとなった。そんな目立つ存在を連れて潜伏したテロリスト達を捜索しても逃げる隙を与えるだけだろう」

 

「ですが、もしも今回のテロリストが単純に帝都の破壊が目的ではなかった場合はどうでしょうか?」

 

「ほう……続けたまえ」

 

 言い返して来たリィンにギリアスは笑みを濃くする。

 

「今回の事件の目的が名乗りを上げる事とは別に“暗黒竜”を討って武勲を得るつもりだった場合、それに対抗できる存在を所有していた可能性があると思います……

 誰とは言いませんが、そういった自作自演を好む者がいると耳にしたことがあります」

 

「なるほど、その理屈ならばテロリストと通じていると真っ先に疑われるのは君ということになるな」

 

「その通りです。ならばこそ“騎神”という危険物を持っている自分を監視する必要があるのではないですか?」

 

 ギリアスの指摘にリィンは動じずに言い返す。

 あまりの尊大な物言いに謁見の間の空気が張り詰めていく。

 

「ちょっとリィン……」

 

 小声でサラが諫めて来るが、リィンは引くつもりはない言わんばかりにさらに言葉を重ねる。

 

「それにテロリストの言葉もあからさま過ぎて、鵜呑みにするのは早計なのではないでしょうか?」

 

「ふふ……頼もしい限りだ」

 

 言外にお前を疑っていると言いながら、その反応をつぶさに観察して探りを入れてくるリィンにギリアスは苦笑を浮かべる。

 

「どうでしょう陛下。条件付きで彼の意見を受け入れるのは?」

 

「宰相がそう申すなら構わぬが、その条件とは?」

 

「まずは君を軍に編成することは認められない……

 君が良くても、君を素直に受け入れてくれる軍人はいないからな……

 《帝国解放戦線》に関しては既に全土に手配を出している。背景の洗い出しも進んでいるからまずはその調査報告を君に渡そう……

 そして彼らの動向が掴めたら臨時戦力として君を招集するというのはどうかね?」

 

「はい。それで構いません。ありがとうございます」

 

 最初から軍に入れると考えていなかったリィンはギリアスの提案を素直に受け入れる。

 

「そして君が言った“騎神”の調査についてだが、先に聞かせてもらうが当てはあるのだろうな?」

 

「はい。詳しくここで説明はできませんが方法はあります」

 

「ならば――」

 

「ならばその部隊は私の私兵から出そうではないか」

 

 ギリアスの言葉を遮って、そう主張の声を上げたのはオーレリアだった。

 

「できればルグィン伯爵の息が掛かっていない者達でお願いします」

 

「ふむ……確かにその方が良いだろう」

 

 阿吽の呼吸で頷き合うリィンとギリアスだが、そこでオーレリアは退かない。

 

「連れないことを言わないでもらいたいな……

 正規軍はテロリスト共の捜査で手一杯になるのだから、自由に動かせるうちの者なら気兼ねなく動かせるではないか」

 

「各地のテロリスト対策でむしろ都市の警備を強める意味でも領邦軍の手を煩わせるわけにはいきません……

 それに州を跨いでの調査になりますので、陛下の許可と正規軍に協力して頂いた方が効率が良いと考えます」

 

「む……」

 

 正論で返されオーレリアは唸る。

 

「何よりもルグィン伯爵は自分を出し抜いて、《金の騎神》の起動者になろうと考えているんじゃないですか?」

 

「ほう……残っている《騎神》は《金》なのか……それはまた……」

 

 リィンの指摘にオーレリアはしかめた顔を満面の笑みに変える。

 答えは返さなかったが、その表情が何よりも答えを雄弁に物語っていた。

 

「しかし、君はその《騎神》を手に入れてどうするつもりかね?

 テロリストの手に渡さないとしても、オーレリア将軍程のものに預けるのは悪いことではないと思うが?」

 

「いろいろと試したいことがあります」

 

 ギリアスの質問にリィンはそれだけ答える。

 もしもここで全てを説明すれば必ず抗議の声が上がってしまうだろう。

 

 ――今の段階でできることと言えば……

 

 リィンはいくつか《金》で試したい実験を思い浮かべる。

 《緋》と同じようにヴァリマールに同化させる。

 《核》を摘出して体は解体する。

 コンクリートで全身を固めて海の底に沈める。

 ノーザンブリアに持っていき塩漬けにして錆付かせる。

 とても帝国の伝説に対する扱いではなく、反感を買うことは考えるまでもない。

 しかし《黄昏》を回避する、もしくはその時を少しでも先延ばしにするためにも失敗を前提に試すことはいくらでもある。

 さらに言えば、結社のようなアーティファクトに通じる技術力のバックアップがないリィンにとって可能性を模索するための試験物の確保は重要な案件なのだ。

 もちろん、《金の騎神》の意志はある程度配慮するつもりだが。

 

「…………あまり無茶な要求は承諾できないが、そのことについては場を改めて話をするとしよう」

 

 あえて追及せずギリアスは話を保留にする。

 

「ところで一つ聞いておきたいのだが……

 おそらく《帝国解放戦線》はそれなりの地位を持つ者たちの支援を受けていると私は考えているのだが、君はその支援者に対してどうするつもりかね?」

 

「そうですね……」

 

 実行犯、特にギデオンに関しては死など生温い報いを与えてやるつもりだが、協力者にまで同じ目に遭わせてやると言うほどリィンも鬼ではない。

 

「ヴァリマールの腰に括りつけて帝都一周の空中散歩でもすれば改心するんじゃないでしょうか?」

 

「なるほど、かの“大いなる騎士”によって晒し者にするというわけか。くくく……中々愉快な罰だ」

 

 強面の顔でギリアスは楽し気に笑う。

 

「しかし、それを褒賞とするには帝国政府にとって承諾しかねるな……

 君個人への褒賞はそれとは別に考えさせてもらうとしよう」

 

「はっ……御配慮、痛み入ります」

 

 リィンもそれ以上の反論はせず、ギリアスの提案を受け入れた。

 そしてギリアスの眼差しはリィンからⅦ組一同に移る。

 

「諸君らも、此度の働きは見事であった……

 これからもどうか健やかに、強き絆を育み、鋼の意志と肉体を養って欲しい……

 これからの“激動の時代”に備えてな」

 

「…………ぁ……」

 

「…………っ……」

 

「――っ!」

 

 凄みを感じさせるオズボーンの言葉に一同の反応は様々だった。

 気押される者。顔をしかめる者。眉を顰める者。そして内なる激情を必死に押し隠す者。

 

「最後に私個人から一言言わせてもらおう……二年後。私が言えるのはここまでであり、これ以上のことは何も言うことはできない」

 

 そして付け加えられた言葉に一同は首を傾げる。

 

「二年後……」

 

 クラスメイト達が首を傾げる中で、その言葉から様々なものを汲み取ったリィンは“二年しか”ないと気持ちを引き締める。

 

「二年後か……」

 

 オリヴァルトも全てを察していないにしても、期限を提示され“二年も”あると安堵する。

 こうして皇帝陛下への謁見は様々な思惑を残して終わる――はずだった。

 

「それにしてもしばらく見ない間に随分と逞しくなったものだ」

 

 退出を促そうとしたところでユーゲントの言葉が謁見の間に響く。

 

「そうは思わないかプリシラ」

 

「ええ、本当に。良きクラスメイト達にも恵まれたようで安心しました」

 

 ユーゲントの言葉にプリシラ皇妃は嬉しそうに頷く。

 

「あ……えっと……」

 

「Ⅶ組諸君、そしてその教官のサラ殿と先輩方。これからも我が息子のことをよろしく頼む」

 

「は、はいっ! ……………息子?」

 

 反射的に頷いたトワは遅れてその意味に首を傾げる。

 ユーゲントの後ろに控えていたオリヴァルトとアルフィンはため息を吐いて天井を仰いでいた。

 

「息子って……オリヴァルト殿下のことか? それともセドリック殿下のことなのか?」

 

 困惑はトワだけではなく、マキアスは小声で疑問を囁き周囲を見回すと、目が合った父があからさまに明後日の方を向いた。

 

「どういうことだこれは?」

 

 同じくルーファスを見て、意味深な笑みを返されたユーシスは謁見の間に漂った微妙な空気に困惑する。

 

「ねえ、リィン……何か知っているの?」

 

 エリオットが小声でリィンに尋ねるが、彼は手で顔を覆って感激に震えていた。

 

「よかった……流石皇帝陛下……本当に良かった……」

 

「リ、リィン?」

 

 再度呼び掛けるとリィンは振り返り、優しい慈愛と憐れみに満ちた笑みを一同に向けて告げる。

 

「気をしっかり持つんだ、みんな」

 

 脈絡のない言葉に一同はさらに困惑していると、さらにユーゲントが言葉を重ねる。

 

「何だ。まだ本当の名を明かしていなかったのかセドリック?」

 

「ええ……はい。その通りです父上」

 

「………………は……?」

 

「………………へ……?」

 

 ユーゲントの呼びかけに困ったように苦笑して応えたクリスにⅦ組と先輩達が固まる。

 膝を着いて頭を垂れていたクリスは徐に立ち上がって前に進み出て振り返る。

 

「改めて名乗らせてもらうよ。クリス・レンハイムは世を忍ぶ仮の名前……

 本当の名前はセドリック・ライゼ・アルノールって言うんだ。改めてよろしく」

 

 事情を知っている大人たちの見守る中、その告白に固まった一同はそこが謁見の間だと言うことを忘れて絶叫するのだった。

 

 

 

 

 

「…………アルグレオン」

 

 レグラム某所。

 アリアンロードは目の前の何も言葉を返してくれない“銀”に困り果てていた。

 こんなことは250年の間で初めてのこと。

 あまりの事態に普段の超然とした佇まいはどこか弱々しい。

 

「大丈夫です、アルグレオン。そのぐらいの損傷などすぐに直るはずです」

 

『…………………』

 

 励ましの言葉にやはり言葉は返って来ない。

 右腕が肩からもげる程の損傷を負っているが、《核》は無傷のため受け答えはできるはずなのに何も答えてくれない。

 

「謝りますから、機嫌を直してください」

 

 その右腕をもぎ取った張本人は何度目かの謝罪をして頭を下げる。

 事の発端は部下が先日撮ってきてくれた《灰》と《緋》の戦い。

 彼女の目から見ても見惚れる程の激しい戦い。

 その最中に見せつけられた騎神の可能性にアリアンロードは昂り、自身の騎神で試してみた。

 結果はもげて取れてしまった右腕と拗ねて口を聞いてくれなくなったアルグレオンである。

 

「もう一度やりましょう。ヴァリマールにできたんです。貴女ができないはずありません」

 

『…………………』

 

 やはりアルグレオンから返事はない。

 250年の付き合いだがこんな反応は初めてであり、アリアンロードはどうしたものかと困り果てる。

 

 ――こんなことがロゼに知られたら……

 

 魔女に頼れば修復は早く済む。

 しかし、結社の魔女には連絡が付かず、自分の導き手だった彼女を頼るのは憚られる。

 都合の良い時だけ頼ることもそうだが、自分で壊してしまったと説明した場合の彼女の怒りを想像するとどうしても内々で済ませたいと思ってしまう。

 

「ほう、これが聖女殿の《騎神》ですか、噂には聞いていたが実物はやはり美しい」

 

 途方に暮れていたアリアンロードに不躾な言葉が掛けられる。

 

「何様ですかブルブラン?」

 

 振り返ったその時にはもう、右往左往していたことなどなかったかのように超然とした立ち姿でアリアンロードは振り返った。

 

「お久しぶりです。鋼の聖女殿……

 この度は貴女に一つお願いがあってこうして訪ねさせて頂きました」

 

 普段の慇懃無礼な態度ではなく、礼儀正しい言葉で頭を下げてくるブルブランにアリアンロードは珍しいものを見たと思いながら素っ気なく対応する。

 

「申し訳ありませんが、今は貴方に構っている暇はありません。お引き取り下さい」

 

「そういうわけにはいかないのですよ」

 

 その言葉と共に叩きつけられたのは敵意。

 アリアンロードは目を細めて尋ねる。

 

「何のつもりですか?」

 

「一手、御指南承りたく存じ上げます」

 

 そう言ってブルブランはトランクケースから見覚えのある、ひび割れ半ばから折れた騎兵槍。

 

「何のつもりですか?」

 

 湧き上がる怒りを抑え、アリアンロードは同じ声音で尋ねる。

 

「言葉の通り、一手指南して欲しいのですよ」

 

「貴方に武芸の心得があったとは意外ですね……

 しかし、どうして貴方がその槍を持っているのでしょうか?」

 

「無論、帝都博物館から頂いてきた……

 ああ、心配は無用。偽物とすり替えて来たから誰も盗まれたことに気付いてはいないだろう」

 

 臆面もなく言い放つブルブランにアリアンロードは普段あまり感じない苛立ちを覚える。

 

「今すぐ返して来なさい。そうすれば今回は目を瞑りましょう」

 

「まあ、そう言わずに話を聞いてくれたまえ」

 

 そう言ってブルブランは徐にそれをアリアンロードの前に投げた。

 

「これは……」

 

 半ばから折れた太刀。

 しかし、赤の刀身は以前に見た時よりも一層深い色彩の深紅となって凄みを感じさせる。

 

「それは《劫炎》殿の本気の焔から燃失を免れた彼の太刀だ」

 

「それは……」

 

 あっさりと言われた言葉の中にある事実にアリアンロードは驚き、同時に納得する。

 折れていても一目で判るほどに凄みを増した太刀。

 《劫炎》から生き残ったとすれば、当然のことである。

 

「見ての通り、その太刀は以前よりも美しい深紅に染まった……

 だが、問題はそれで太刀を打ち直すことができないことだ」

 

「…………そうですね」

 

 太刀の惨状を改めて見てアリアンロードはブルブランの言葉に頷く。

 どんな偉大な博士であっても、無から有を作り出すことはできない。

 この折れた太刀に新たなゼムリアストーンを継ぎ足す必要がある。

 それはこの奇蹟の産物の力を薄めることになり、以前の太刀以下の武具に成り下がってしまう様が容易に想像できる。

 

「劫炎殿は彼を盟主に会わせ、《外の理》の武具を持たせようと考えているようだが」

 

「それは名案ですね」

 

 騎神戦のことを思い出してアリアンロードは頷く。

 本来なら敵同士だが、彼にはそれだけの価値がある。

 

「名案? とんでもない。それは愚策だと言わせてもらおう」

 

 しかし、ブルブランの考えは違った。

 

「彼の力に《外の理》など邪道! 彼にはもっと相応しい武具がある!」

 

 言い切るブルブランにアリアンロードは顔をしかめる。

 

「この世界において、これ以上の武具は存在しないと思いますが?」

 

「ならばそれを証明するためにも、一手手合わせ願えるかな?」

 

 ブルブランは不敵に笑い、壊れた槍を構える。

 彼の意図が全く読めずアリアンロードは肩を竦める。

 

「付き合い切れませんね。そんなもう死んでいる槍で何かを成すことなどできるはずもありません」

 

 アリアンロードは踵を返し――

 

「鉄血より賜り劫炎の焔で鍛えられた太刀。それに見合うのは同じく“最強”の闘気で鍛えられたものだけだと私は思うのだよ」

 

 その足が止まった。

 手応えを感じたブルブランは捲し立てる。

 

「今、死んだ槍と貴女は仰ったが私はそうは思わない……

 私の手の中でこの槍はまだ生きている。戦いたいと訴えている……

 例えその身がすでに朽ちていたとしても、武具は飾られて満足するものではない。私はそう思うのだよ《槍の聖女》殿」

 

「…………貴方の意図は理解できました」

 

 深紅の折れた太刀を修復させるためにはそれに見劣りしない同等の変異したゼムリアストーンを用意すれば良いだけの単純な話。

 ブルブランは《鋼の聖女》を使ってそれを造ろうとしている。

 言葉にすれば単純だが、そこに生じるリスクが分からないブルブランではないはず。

 

「ですが、何故そこまで彼に肩入れするんですか?」

 

「私が拘る理由はただ一つ……

 そこに盗む価値がある美しいものがあるかどうかだけだ」

 

「盗む価値があるもの……それはいったい?」

 

「それは貴女だよ。聖女殿……

 250年積み重ねてきた研鑽、至った“至高”の煌き、そう! それはまさしく高嶺の花の如き“美”の極致……

 それが砕け、地に伏せる様を私はその瞬間を見てみたいのだ!」

 

 本人を目の前にしてブルブランは言い切った。

 

「だが残念なことに貴女を下すことは私には無理だ……

 しかし私がプロデュースしたリィン・シュバルツァーがそれを成し遂げたとすれば私はその感動を共に分かち合うことができるだろう」

 

 本人がその場にいたらふざけるなと叫んでいるだろうことを抜け抜けとブルブランは宣う。

 

「私はそれ程大それた存在ではないのですけどね」

 

 鉄機隊とは違った意味で自分を絶賛するブルブランにアリアンロードは苦笑する。

 

「そのために貴方は命を賭けると?」

 

「ふふ……私という“美”が砕けるのならそれもまた一興というものだよ」

 

 ブレないブルブランの言葉にアリアンロードは呆れる。

 

「…………仕方がないですね」

 

 アリアンロードは徐に抱えていた兜を被り、その手に盟主より頂いた騎兵槍を顕現させる。

 

「執行者にはあらゆる自由が盟主より約束されていますが、これは明らかに度が過ぎています」

 

 言いながら、こんな言葉でこの怪盗が止まるとは思わない。

 故に退かないというのならさっさと完膚なきまでに倒せばいい、とアリアンロードは結論付ける。

 

「ええ、これは仕方がないのです」

 

 アルグレオンの修復のこともあるのでこんなところで時間を使ってはいられない。

 だから手早く済ませようと全力で迎え撃つのは当然だと自分に言い聞かせる。

 決して、《鉄血の太刀》と《聖女の槍》を混ぜ合わせることが琴線に触れたわけではない。

 決して、自分の半身だった槍が新たに生まれ変わって“あの子”の武具として蘇ることに乗り気になったわけではない。

 

「降り掛かる火の粉は振り払わないといけませんから、ええ……これは仕方がないことなのです」

 

 誰に向けた言葉なのか。

 理論武装をする彼女は兜の中でどんな顔をしているのか、それは誰にも分らない。

 

「どうやら本気になってくれたようだね」

 

 まだいくつか説得のための話題を用意していたブルブランはあっさりと乗って来たアリアンロードに笑みを浮かべる。

 そして彼の闘気が槍に呼応するように励起し力場が折れた穂先を補う。

 

「…………本当に……私もまた未熟でしたね」

 

 その様を見たアリアンロードは感慨深く、自嘲する。

 騎神の可能性を見せてくれたヴァリマール。

 死んだと思っていた《槍》が示す闘争の意志。

 250年の歳月を経て高みへと至り、知らずの内に増長していたのだとアリアンロードは思い知らされる。

 だが思い知らされても不快には感じない。むしろ清々しい。

 

「あなたが再び戦場に立ちたいと言うのならこの一撃に耐えてみせなさいっ!」

 

 かつての愛槍に向かってアリアンロードは高らかに叫ぶ。

 

「はははっ! 至高の御業っ! 得と堪能させて頂こうっ!」

 

 ブルブランは高まる闘気に臆することなく哄笑を上げる。

 

「聖技――グランドクロスッ!!」

 

 その一閃は《聖女の槍》を完膚なきまでに粉砕した。

 

 

 

 

 

「やあ、呼び立ててすまないね」

 

 バリアハートの貴族御用達の店でルーファスは待ち合わせの相手を友好的な笑みで出迎える。

 

「本当は面倒だったんだが《深淵》も《神速》も《怪盗》も野暮用で出ちまったからな」

 

 迎えられた男は気だるい素振りを隠しもせずルーファスに応え、ルーファスの対面の席に座る。

 

「私が聞きたいのはまさにそのことだよ……

 《結社》は先日の一件をどう捕えているのかね? まだ私たちと協力関係を保っていると考えて良いのかな?」

 

「さあな。肝心の《深淵》が頭を抱えているからまだ何にも決まっちゃいねえよ」

 

「やはり一連の事件は《結社》の想定外だったということかな?」

 

「ああ、その認識で間違ってねえな……

 まさかあいつがあそこまで化けるとは俺も思ってなかったぜ」

 

 くくくっと喉を鳴らしてマクバーンは笑う。

 叩けば叩くだけ伸びる極上の逸材。

 まさか騎神サイズの《魔剣》を、一時的とはいえ自分の力で複製してみせるなど、全く予想もしていなかった。

 

「楽しそうだね?」

 

「まあな」

 

 ルーファスの言葉をマクバーンは素直に認める。

 剣術を覚え、焔の制御を覚えたことで周りへの影響力こそ減ったものの“アツく”なれる戦いが遠ざかってしまったことに不満を感じていた。

 だからこそ、もっとも可能性がある聖女を焚きつけることを目的でリィンにちょっかいを掛けに行ったら、まさかの本人が更なる発展を遂げたのは嬉しい誤算だった。

 

「だから悪いことは言わねえ。あいつに手を出さない方が身のためだぞ」

 

 あいつは俺の獲物だと言わんばかりにマクバーンはルーファスに釘を刺す。

 

「さて、何のことを言っているのか分からないな」

 

 はぐらかす返事にマクバーンは溜息を吐く。

 

「やっぱテメエとは合わないな。お前はつまんねえ」

 

 ルーファス・アルバレアは確かに優秀だ。

 しかし、様々な達人の中でも一番そそられない、そんな人物だった。

 一を十にする才能に長けていても、零を一にする才能がないというべきなのか。

 勝つべくして勝つ、負けるなら被害が少ないようにと、とにかく勝率の数字しか考えていないルーファスはマクバーンにとって興味の対象にはならない。

 

「ところで《結社》の進退が保留だということは了解したが、個人的に君を雇うことはできるのかな?」

 

「あん?」

 

 突然のルーファスの言葉にマクバーンはうろんな眼差しを送る。

 

「単刀直入に言おう。《騎神》に興味はないかな?」

 

「生憎だが俺はこの世界にとって異物でね。そう言ったものに選ばれるような高尚な存在じゃねえんだよ」

 

「《騎神》には準起動者というシステムが存在しているらしい……

 それを介せば君にも騎神に乗れるのではないかな?

 そして聞くところによれば騎神は《至宝》の力を封じるためのもの、ならば世界を壊しかねない“力”も騎神ならば緩和されないだろうか?」

 

「てめえ……」

 

「もちろんこれはただの素人考えでしかないけどね」

 

 どうしてマクバーンの事情を知っているのか。

 それはあまり重要ではない。

 問題は提示した言葉の数々。

 どれも確証はない、まさしく素人考えの机上の空論。

 しかし、試してみる価値はあるのではないかと一考の余地がある。

 

「てめえ、何が目的だ?」

 

「これから帝国で起きることを考えて彼に勝てる“駒”を用意しておきたいだけさ……

 仮に私が《騎神》を手に入れたとしても彼に勝てると思うほど自惚れてはいない。だが君ならば勝てるだろ?」

 

「よく言うぜ」

 

 ぬけぬけと言う過小評価にマクバーンは笑う。

 

「俺を喰うつもりのくせに」

 

「私にそのような趣味はないよ」

 

 熱を感じさせる獰猛な笑みを涼し気に受け流すルーファスにマクバーンは笑みを深くする。

 冷めた人間だと思っていたが、その奥底にひた隠しされぐつぐつに煮込まれた“闘争心”は実にマクバーンの好みだった。

 

「前言を撤回するぜ」

 

 謝罪の意味も込めてマクバーンはルーファスに最大の賛辞を送る。

 

「お前の要求は《結社》を使って、あいつよりも先に《騎神》を見つけて来いってことで良いんだよな?」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 どちらも互いの存在を喰らい尽くす意図を察しながら、互いにそれを了解し合って二人はここに契約を結ぶのだった。

 

 

 

 




クリスの正体

アリサ
「ク……クリスがセドリック皇子……うそ……」

エリオット
「セセセセドリック皇太子殿下におかれましてはご御機嫌麗しく……えっと……えっと……」

マキアス
「これまでの数々の失礼、誠に申し訳ありませんでしたっ!」

ラウラ
「ふむ……私よりも立ち振る舞いがしっかりしているのにレンハイム家という名を聞いたことがなかったのはこういうことだったのか」

ユーシス
「くっ……あの様子だと父上に兄上、帝国上層部は全員知っていたということか」

クリス
「あはは……
 こんな形で明かすことになったけど、学院では今まで通りクリスとして接してください」

エマ
「えっと……そう言われても……」

ガイウス
「ああ、クリスが皇子だったとしても俺達の仲間だということに変わりはないからな……こちらこそ改めてよろしく頼む」

フィー
「ま、わたしはそういうのあんまり気にしないけど」

トワ
「……うん、そうだね。クリス君を特別扱いしないように頑張るよ」

ジョルジュ
「トワ、別に頑張る様なことじゃ……」

アンゼリカ
「やれやれ、もう少し引っ張った方が面白いことになりそうだったが……
 そういえばリィン君がオリヴァルト皇子の正体を明かされた時はどんな感じだったのかな?」

リィン
「ノーコメントで」

クロウ
「……………………こいつが……この国の皇太子……」







金の騎神の強化案候補 《準起動者マクバーン》

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