(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
帝都を狙った未曾有のテロ事件。
その影響はトールズ士官学院にも起きていた。
「申し訳ないけど、お茶会については全部断らせてもらうことにしているんだ」
声を掛けて来た貴族クラスの同級生からの誘いを角が立たないように断り、彼女たちを見送ってからリィンはため息を吐く。
「何と言うか……
実習に行く前までは遠巻きにされていたのが嘘みたいだね」
休み時間の度にリィンに声を掛けてくる少女達にエリオットが感想を呟く。
「どうやら先日の夏至祭には学院から見物に来ていた者達も多くいたようだな」
「あれを見たのなら当然だろう……もっともあれだけの功績を打ち立てておいてこの程度で済んでいることが不思議だがな」
ガイウスの言葉にユーシスは頷き、リィンが学院に持ち込んで来た手紙の山を詰め込んだ袋を見下ろす。
特別実習から戻ってきたⅦ組を出迎えたのはリィンのポストが手紙で溢れた光景だった。
入り切らない手紙はシャロンが箱で保管しており、退院は許可されても安静にしておくように釘を刺されたリィンはその手紙の山の処理で早速無理を強いられることになった。
「あれで少ないのか?」
「聞いた様子では“お見合い”を薦める類の手紙はないらしいな……
だが、あれを機にこれまでリィンにどういう風なスタンスを取るか決め兼ねていた貴族達が一斉に縁を作ろうと躍起になっているのだろう」
前回のお披露目ではアルゼイド子爵を下したからこそ、彼の信者による反発があったものの今回の“竜殺し”は誰に憚れることのない功績である。
この様子だと彼の実家にも社交界の招待状を含めた大量の手紙が送られているだろう。
「やれやれ、これだから貴族は――」
「リィン、クライスト商会を是非シュバルツァー家の御用達に――」
「こらっ! 抜け駆けはさせんでっ! リィン君、実は良い儲け話があるんやけど――」
「…………貴族が何だって?」
「いや……何でもない」
いつもの憎まれ口を叩こうとしたマキアスは教室の中まで乗り込んで来た緑の制服、平民生徒の二人の姿に居たたまれなくなる。
「それにしても貴族って大変なんだね」
「ああ、今回のリィン程ではないが私もお披露目などが終わった時はこういった顔繋ぎのための手紙を出したり返したりしていたな」
フィーの呟きにラウラが頷く。
「領地の経営はそこの土地だけではなく、色々な都市との交流や協力で成り立っている……
もちろん家を大きくしたいという思惑もあるが、これも“貴族の義務”の一つだ」
「ふーん……めんどくさそう」
「ああ、実際ものすごく面倒だ。中にはどうしても合わないと言う者もいるからな」
もっともラウラの場合は“見合い”に関する提案は父が止めてくれているのでまだマシな方で、女子からのファンレターの方が多いくらいだった。
「あのリィンさん、今そこで先輩達からこの手紙をリィンさんに渡して欲しいと頼まれたんですけど」
クリスが分厚くなった手紙の束を持って教室に戻って来る。
「ああ、ありがとう。悪いなクリス」
ため息を吐きながらリィンはそれを受け取る。
「………………次期皇帝陛下をメッセンジャーに……」
「言うなエリオット……言うな……」
「俺は何も見ていない」
「みんな、気にし過ぎではないか?」
現実逃避をしている男三人を他所にリィンは袋から新たな手紙を取り出して――
「あれ……?」
まとめて取り出した手紙にそれまで処理していた手紙とは違う手応えを感じてリィンは首を傾げる。
違和感があった手紙の差出人はヨルグ・ローゼンブルグだった。
*
どうしてこうなったのだろう。
リィンはどこか遠い目をしながら彼らを遠巻きに見守る。
「ふん、同じ事を何度も言わせるな……三高弟と天狗になっている二流だと言ったのだ」
長いひげをたくわえた老人、ヨルグはラッセル博士とシュミット博士の二人に対して上から目線で言い切った。
「ほう、どこの誰だか知らんが随分な口を叩くのう」
「私たちに意見をする者がいるとはな……良いだろう。貴様の意見を聞いてやる」
ヨルグに対してラッセルとシュミットは顔をしかめながらも負けじと上から目線でヨルグに言葉を返す。
「フン、既存のものをただ再利用することしかできん奴等を二流と言って何が悪い」
ヨルグの視線の先には天井から吊るされている人型の人形。
それは《緋》との戦いから沈黙しているヴァリマール――ではなく、旧校舎の第一の試しの番人である魔煌兵《オル=ガディア》。
だが、騎神とほぼ同じ大きさでありながら吊るされているその姿は無残の一言に尽きる。
全身の装甲は外され、剥き出しにされた《核》や《骨格》。
そしてその中でも異彩を誇っているのは無理矢理取りつけたと言わんばかりの左腕の《灰》と右脚の《緋》。
「何よりこんな不格好な様で喜んでいるようでは程度が知れると言うものだ」
「む……確かに勢いに任せたことは認めるが」
「これはあくまでも調査目的の段階に過ぎん」
ヨルグの指摘にラッセルとシュミットは顔をしかめながらその言い分を認める。
「あの……リィンさん。あのおじいさんはいったい誰なんですか?」
そんな彼らを他所にティータが当然の疑問をリィンに尋ねる。
「あの人はヨルグ・ローゼンブルグ……
結社の技術者で《パテル=マテル》の基礎部分を作った人だよ」
「レンちゃんの《パテル=マテル》を!?」
ティータの声が広間に響く。
「ほう、お主があの《パテル=マテル》を……」
「フン、資料は読んだが。偉そうな口を叩く割りにはあんな欠陥品に満足している二流か」
「なんだと……」
シュミットの挑発に今度はヨルグが顔をしかめる。
「まあ確かに欠陥品じゃな。自重を支え切れない程に大きく造ってしまったのはコンパクトにまとめる技術がなかったからじゃろう?」
「操縦方法も欠陥だらけだな。外部の人間と戦術リンクに近い方法で操作しているようだが、被験者の負担を度外視したシステムは私でも流石にそこまではしないというのに」
「あれはわしの弟子が勝手にやったことだ」
「弟子の不出来さは師の責任じゃろうが」
「責任転嫁とは程度が知れるな」
容赦のないラッセルとシュミットのダメ出しにヨルグは激昂することはなかった。
「そこまで言うなら良いだろう」
落ち着いた声でヨルグは徐に荷物を下ろす。
「《パテル=マテル》は数年前に造った作品。それで今のわしの技術を計ったつもりかもしれんがそうはいかん」
こんなこともあろうかと持って来ていた図面をヨルグはその場に広げる。
「これがわしの今の技術の全てを注ぎ込んでいる《白の騎神》だ」
「ほう……」
「これは……」
「ぐぬぬ……」
「うわああああ」
ラッセルにシュミット、そしていつの間にかエリカとティータがその設計図にそれぞれ感嘆をもらす。
「フン、やはりこの程度か。私ならここのフレームはこうする。これで関節周りの耐久性は二割増しにできるはずだ」
「情報制御ユニットの造りが甘いの、わしならもっと三割……いや五割増しのスペックの集積回路を作れるぞ」
しかしシュミットとラッセルはティータとエリカが完璧とも思える設計図にダメ出しして止める間もなく書き込みを加える。
「馬鹿者が、それではこの部分の装甲の見栄えと可動域が悪くなるだろう……
集積回路も無暗にスペックを上げてしまえば操縦者の負担になるだけだ」
シュミットが書き込んだ線にヨルグが別の線を書き込み、さらにラッセルに言い返す。
三人の博士たちは無言で睨み合う。
「あの……」
一触即発の空気に恐る恐るリィンはそこに声を掛けるが、返事はない。
「ゼムリアストーンの太刀は……」
「それならもう出来ておるぞ」
「勝手に持っていけ」
話題を変えようと切り出した話は雑にあしらわれる。
「でもでも、せっかく魔煌兵の《核》と《騎神》のパーツがあるんですよ」
「むう……その気持ちは分からないでもない」
ティータからの上目遣いの指摘にヨルグは渋々と認める。
「おじいさんならこの材料をどう使いますか?」
「そうじゃの――」
喧嘩腰だったヨルグはティータにせがまれて気勢を緩めて質問に答える。
それを切っ掛けに喧嘩腰だったラッセルとシュミットも肩から力を抜いて、二人の会話に混じり出す。
「ええいっ! 私も混ぜなさいっ!」
その輪の中にエリカが突撃する。
「…………ラッセル博士たちは今月いっぱいで帰国するはずでしたよね?」
リィンがこぼした質問は議論を白熱させる博士たちには届かない。
その代わりにダンがリィンの肩を優しく叩いて答える。
「ああなったエリカさん達が大人しく帰るはずがないよ」
「ですよね……」
がっくりと項垂れるリィンは膝を着く。
そして博士たちはそんなリィンに構わず、提案する。
「リィン君、次に《騎神》と戦う時は左腕と右脚以外の部分を持ち帰って来てちょうだい!」
「いや、待てたしかヴァリマールは機体を修復できたはず……
それを利用すればわざわざパーツを奪って来る必要はないだろう」
「だが“騎神”一つ一つの差異も気になるのじゃろ?」
「“七の騎神”から新たに一つの“騎神”を作り出すか……それはそれで興味深いか」
「わ、わたしもお手伝いします」
リィンの返事も聞かずに科学者たちは好き勝手に自分の欲望を口にする。
「いい加減にしろっ!」
そしていつものようにリィンの雷が今日も落ちるのだった。
*
「まったく……」
ため息を吐きながら、リィンは旧校舎の一教室に入り鍵を閉める。
そこはリィンが利用するようになった研究室。
“大地の霊薬”など寮では取り扱いに注意が必要なものを作るために使う様になった一室でリィンはようやく一息吐く。
寮に帰れば手紙に追われ、そうでなくても注目を浴びているリィンにとってその一室は心休める空間だった。
「やることが多い」
愚痴りながらリィンは手紙をまとめた鞄を机に放り出す。
「えっと、まず先週送れなかった“霊薬”を用意して、それからクレアさんに渡す地質調査の概要書を作って……」
それに加えて手紙の返事も早く書かなければならない。
そして、なくした太刀の代わりも用意しないといけない。
ヴァリマールの状況も博士たちに任せるだけでなく、自分でも詳しく調べたい。
やることは多く、それに対して圧倒的に時間が足りない。
そのことにため息を吐き、リィンは元教室には似つかわしくない金庫を開ける。
中には夢の中で邂逅した《大地の聖獣》が押し付けて行った琥耀石と瓶に入っている紅い錠剤《グノーシス》があった。
「………………これを飲めば、眠らないで良い体質になれるんだよな」
「早まらないでよリィン君」
「分かってますルフィナさん」
唐突に現れて諫めるルフィナにリィンは苦笑を返して、金庫の扉を閉める。
「ノイとリンは?」
「ノイは写真部に、リンはいつも通り生徒会の仕事を手伝っているわ」
「そうですか」
「ふふ、寂しいの?」
「まさか……」
からかう口調のルフィナにリィンは苦笑する。
「二人とも俺以外の人付き合いができるようになってむしろ安心してますよ」
リンの方はともかく、ノイの人見知りは激しく外で行動するにもリィンから離れようとはしなかった。
そんな彼女がオーバルカメラに興味を持ち、その繋がりで人と交流ができたのならそれは喜ばしいことである。
写真部の先輩はノイを預けて大丈夫だと思える人格者であり、ノイを盗撮に利用した不届き者についても二度とやらせないように強く言い含めているので問題はない。
「忙しいのは分かるけど、ちゃんと休まないとまた倒れるわよ」
「分かってます……でもせめて太刀だけでも作らないと」
「それなんだけど、やっぱり博士たちに任せた方が良いんじゃないかしら?」
「そういうわけにはいきませんよ」
そう答えながら金庫とは別の棚に仕舞っておいた二つの太刀を取り出す。
「至宝の《器》にはまだ闘争の残留思念が残っています。それに触れたらあの人達だってどうなるか分からないんですから」
「考え過ぎじゃないかしら?
あの人達なら“闘争”の呪いなんて無視して自分たちのしたいようにすると思うけど」
「それは……そうなんですけど、だからこそどこに行くのか分からなくて怖いと言うか……」
「気持ちは分かるけど……」
小言を言いながらもルフィナは現状では他の案がないことに口を噤む。
「俺なら大丈夫です。それより始めますからサポートをお願いします」
二つの欠片を手にリィンは精神集中するように目を閉じ、太刀を両手に自然体で立つ。
「《大地の聖痕》の秘蹟プログラムをブート。《大地の太刀》と同調……」
リィンの《聖痕》が輝き、胸から右腕へと紋様が蠢くように伸びて太刀にまでその光は浸食する。
「《焔の聖痕》の秘蹟プログラムをブート。《焔の太刀》と同調……」
同じように《聖痕》が輝き、しかし今度は胸から左腕へと紋様が広がり、太刀に浸食する。
《ロストゼウム》と《アークルージュ》の欠片から造り出した二本の太刀。
元々は人々の願いにより巨人という形に固定されていたもの。
その全ては無理でも落剥した欠片程度なら、今のリィンでも干渉して変化させ直すことができて作り出したもの。
「くっ……」
二つの《聖痕》の同時起動と急速に抜け落ちていく霊力にリィンは眩暈を感じる。
だが、それはこれまで繰り返してきた実験で体験済み。
身体の虚脱感に耐えリィンは二つの太刀を振り被り、交差させるように太刀を打ち合わせた。
「っ……」
次の瞬間、二つの太刀はまるで磁石が反発するように、リィンの手から弾き飛ぶ。
「ダメか……」
ようやく進んだ実験の結果にリィンは痺れた両手を振りながらため息を吐く。
「でも前は二つの《聖痕》を同時に起動しただけで倒れていたんだから十分な進歩よ」
ルフィナの慰めの言葉に礼を言ってリィンは《聖痕》の力を止める。
「これだと先が思いやられるな」
「それなんだけど、この二つの太刀は代わりにならないの?」
リィンが片方の太刀を拾い、ルフィナはもう一方の太刀を持ち上げながら尋ねる。
「ちょっと実戦で使うには心許ないですね」
仰々しい名前を付けているが、二つの太刀に至宝の力は残ってなければ、その造り方も鍛造ではなく鋳造と表現するべきもの。
見た目こそリィンのイメージ通りに太刀となっているし、素材としてはゼムリアストーンでも金属でもないよく分からない物質だが強度も申し分はない。
しかし、中身を失っているせいなのか、それとも風雨にさらされ続けたものを鋳直しせいなのか。
試し斬りの手応えは赤ゼムリアストーンの太刀に劣っているというのがリィンの印象だった。
「確かにこの二つの太刀を融合させてできる太刀が必ずしも優れているとは限りません……
だけど、騎神の武具で試す前に実物を先に造っておきたいんです。そうすればアリアンロードさんとの交渉も優位に進められるはずですから」
とはいえリィンが考え付く限り、アングバールを始めとした《外の理》の武具に対抗できる可能性は至宝の欠片くらいしか思い至らない。
「それよりもルフィナさんの目から見てどうでしたか?」
「そうね……やっぱりまだ至宝の中には互いを“滅ぼせ”という願いが残っているように見えたわ。そのせいで互いの欠片は反発している……
その反発を押し切って“鋼の力”を錬成したのは相当な圧力があったということでしょうけど……」
「そこから考えられるのは、まだノイの中で“自己相克”は静まってないということですよね」
「ええ、いわばノイの人格は“鋼”の表層意識……
深層意識下では“自己相克”は続いていて人への“憎悪”も消えていない。騎神への影響が見られないことがその証拠ね」
「やっぱりルフィナさんもそう思いますか」
「だけどあまり思い詰めない事ね」
ふわりとルフィナはリィンの目の前に浮かび、人形の小さな手でリィンの頭を慰めるように撫でる。
「実情はどうあれ、ノイは――リンもだけど最初の時よりもずっと感情が豊かになっている……
これはリィン君が為した紛れもない実績。これが何をもたらすかはまだ分からないけど、きっと信じて良い希望よ」
「ルフィナさん……そうですね」
その言葉にリィンは逸りそうになる気持ちを抑えて頷く。
「とりあえず、作れない“鋼の太刀”は一先ず置いておいて、博士たちに頼んで七耀石の太刀を作ってもらいましょう」
「…………そうですね」
「それにあまり思い詰めていると来週のリベール旅行でまたみんなからお説教されるわよ」
「うぐ……」
ルフィナの指摘にリィンはそれを想像して体を震わせる。
「ル、ルフィナさん。先日の騎神戦についてはどうか内密にお願いします」
「ふふ……さあ、どうしようかしら」
意味深に笑うだけのルフィナにリィンはため息を吐くことしかできなかった。
隠し撮り写真の摘発
リィン
「それで……ノイを使って女子の隠し撮りをしていたのか?」
レックス
「あわわわわ」
ノイ
「あうあうあう」
フィデリオ
「おお、落ち着いてくれリィン君」
リィン
「大丈夫です先輩。むしろ感謝しているくらいです。こうやって悪いことをしたらどうなるかちゃんと叱る機会を作るのは難しいですから……
で、女性の隠し撮りに取り引き、それに加えて無知なノイを利用したこと……言い残すことはあるか?」
フィデリオ
「言い訳じゃなくて言い残すことなのか!? 頼むから早まらないでくれリィン君っ!」
………………
…………
……
リィン
「仕事をしているトワ会長、乗馬中のポーラ、シスター服で教会にいるロジーヌ……」
フィデリオ
「絵を描いているリンデ君に、部活動中のアリサ君とラウラ君……想像していた最悪じゃなかったのは幸いだな」
リィン
「ええ、そうですね……
それにしても……時々ノイが俺を撮っているのは知っていたけど、俺の写真まで取り引きに使っていたのか?」
レックス
「あ……ああ、女子生徒には人気なんだぜ」
リィン
「人気って……いったい誰が俺なんかの写真を欲しがるって言うんだ?」
レックス
「本気で言っているのか?」