(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
翌日。
各教室では昨日のⅦ組の模擬戦についての解説と評価をする授業が行われた。
多くの生徒達はリィンの評価を改めることになったが、それでも一部の生徒達は受け入れることができずに虚勢を張る。
「ふ……ふん……馬鹿馬鹿しい……
やはり正々堂々と戦うことができない卑怯者じゃないか! 真っ先に女子供を狙うなんて帝国男児として恥ずかしくないのか」
「アルゼイドとアルバレアも実はそんなにすごいやつじゃなかったんじゃないか? 現にマキアスが一番追い詰めていたじゃないか」
粗を探すように貴族が嘲り、平民はその嘲笑の矛先を名のある貴族の二人に向け中傷する。
「Ⅶ組なんて特別扱いされてるけど、あれなら俺の方がずっとうまく立ち回れるぜ」
これ幸いとⅦ組に感じていた不満を生徒たちが愚痴り、学院には最悪の空気が流れていた。
しかし――
「くっ……なんでこんなことに」
パトリック・ハイアームズは昨日と同じ時間に今度は校庭に剣を持って慄く。
「やってやるやってやる、やってやるぞ」
その隣では緑の制服のアランが体を震わせながら剣を構える。
そして並んでいるのはその二人だけではない。
一年生のⅠ組からⅤ組までの代表と二年生のⅠ組からⅤ組の代表。
そして彼らを率いるのは――
「みんな頑張ろうね」
我らが生徒会長トワ・ハーシェルは導力銃を片手に十人の仲間たちを激励する。
「やあリィン君。一つお手柔らかに頼むよ」
他の生徒達とは違い、アンゼリカは楽し気にリィンに声をかける。
「それは良いんですけど……」
他の生徒たちは良いのだが、トワには抵抗を感じてしまうとリィンはため息を吐く。
日を改めて行われることになった二戦目。
今度はⅦ組ではなく、上級生を交えたそれぞれのクラスの代表に、彼らをまとめると立候補した生徒会長の計十一人。
「アンゼリカさん、アームブラスト先輩はどうしたんですか?」
クラスの代表ということで、二年生の中で一番の実力者だと思っていたクロウの姿をリィンは探す。
「あいつはサボりだ」
「……そうですか」
学生レベルを超えているのではないかという予感を確かめられると期待しただけにリィンは少し残念に思いながらも、切り替える。
相手はⅦ組よりも増えた十一人。
昨日はやり過ぎてしまい、ラウラ達の名誉を傷付ける結果に終わってしまった。
やはり鍛錬のためとはいえ、重い太刀では手加減もし辛かったので今回は竹刀を用意して来た。
「それではこれよりリィン・シュバルツァーと各クラス代表との模擬試合を行う……
双方、準備は良いな? それでは――始めっ!」
ナイトハルトの号令で第二回の蹂躙劇が始まった。
その日を境に貴族生徒と平民生徒は少しだけ仲良くなるのだった。
そして同時に生徒達は彼のことをこう呼んだ、《魔王》と。
*
「ははは、リィン君は随分と派手なデビューを飾ったようだね」
「オリヴァルト理事長、笑い事ではないのですが」
トールズ士官学院の会議室。
そこでは一ヶ月に一度の理事会議が行われていた。
テーブルを囲むのはヴァンダイク学院長にオリヴァルト皇子。
それに常任理事のルーファス・アルバレアとカール・レーグニッツ、イリーナ・ラインフォルトの三人の姿があった。
そしてⅦ組の担任教官のサラもそこに同席していた。
「失礼。とは言っても、噂の払拭のためにリィン君との模擬戦を企画したのは学院側なのだから、これくらいは想定の範囲だったのではないかな?
それに聞けば、貴族生徒と平民生徒の衝突もその日を境に減ったそうじゃないか?」
オリヴァルトの言葉にルーファスが同調する。
「確かにリィン君の実力は学生レベルを凌駕していますがただそれだけです……
彼の生活態度はそもそも問題はなく、模擬戦闘も見方によっては相手の欠点を指摘する教導的なものだった……
確かに挫折を味わった者も多いかもしれませんが、それもいい経験でしょう」
「それは一方的過ぎる意見ではないですかね?
彼のせいで転校を希望する者も少なからず出ているというのに」
「情けない話ですね。今でこそ校風が緩んだとは言えトールズ士官学院は仮にも軍学校……
一度強者に敗北を味わった程度でそれとは情けない限りですね。文官上がりのレーグニッツ殿には分からない話かもしれませんがね」
レーグニッツの指摘にルーファスは痛烈な言葉を返す。
「少なくても今回のことにリィン君の落ち度はないでしょう……
それともレーグニッツ殿はリィン君を学院から追放するべきだと仰りたいのですか?」
「そんなことを言うつもりはありません……
ただその子は学院で学ぶことがあるのか疑問に感じずにはいられません……
これでは他の生徒の成長の妨げになってしまうのではないですか?」
「それこそ一方的だと私は思いますが?
それにリィン君よりも、貴族生徒と平民生徒の対立を煽る素行の悪い生徒こそ他の生徒の成長の妨げになると私は愚考しますが、いかがでしょうか?」
「対立を煽るとは人聞きが悪い……
学院内でも貴族生徒と平民生徒は平等に扱われてないのは事実ですから、事実を指摘しているだけでしょう」
「ですが、ただ名乗っただけで暴言を向けられた……
すれ違っただけであからさまに顔をしかめられた……
根も葉もない噂を真に受けて、その家族にまで誹謗中傷する……
その傲慢すぎる態度は些か行き過ぎているとしか思えませんね」
容赦のないダメ出しにレーグニッツは押し黙る。
彼も彼独自の情報網で学院内の出来事を把握しているのだろう。だからこそ何も言い返せない。
「更には上官の決定に異を唱える……
帝都の士官学院ならよくて懲罰、最悪なら見せしめとして退学にしても良いくらいの暴挙です……
全くいったいどんな教育を受けているのでしょうかね、それとも平民の子供とはこんなものなのでしょうか?
確かに帝国は今オズボーン宰相の方針で変わりつつありますが、だからといって平民が貴族に唾を吐いて良いと勘違いした者が出てくるのは困るのですよ」
「っ……」
「聞けばⅦ組の中でもそう言った勘違いをした差別主義の子供がいるようですね……
どうですかオリヴァルト理事、これを機に改めてⅦ組の人員を再編するのは?
最初のオリエンテーリングで口頭で厳しさを伝えていますが、やはり実際に体験して後悔している子供もいると思いますので」
押し黙ったレーグニッツにルーファスは柔和な笑みを浮かべてオリヴァルトに提案する。
「それは些か早計ではないかな?」
「いえ、むしろ早い方が良いでしょう……
その子供も無理にⅦ組に参加せず、普通のクラスで普通の学院生活を送らせるなら早い方が良いでしょう……
担当教官であるサラ殿にお聞きしますが、その生徒は今後二年間Ⅶ組としてやっていける見込みはあるのでしょうか?」
「それは……」
「それからこちらは私の独自の調査でⅦ組の方針に合いそうな平民の生徒は見繕ってあります。どうか御一考お願いします」
言い淀むサラにルーファスは準備よく、トールズを含め別の士官学院や高等学校に通う少年少女のプロフィールをサラだけでなくその場にいる全員に配らせる。
マキアスを擁護する言葉を考えていたサラに魅力的な提案が示され、心が揺れる。
先日の模擬戦闘の反省会でもマキアスの態度は酷いものだった。
最初こそ、視野狭窄に陥って味方を撃ってしまったことを謝った。
犬猿の仲であるユーシスにさえ、態度は悪かったがそれでも頭を下げて謝った。
しかし、問題はその後。
直前に太刀を弾かれたこと、わざとマキアスが捉えられる速さで動いていたこと、いつでもその気になればマキアスを倒せていたことも全てリィンの演技で、味方を撃つように誘導されたと知ったマキアスはそれはもう烈火の如く怒り狂い、リィンに殴りかかった。
リィンがマキアスに殴られることはなかったが、そのまま勢い余ってリィンを責め立て、他のⅦ組への謝罪を撤回してリィンが全部悪いんだと言い出す始末。
まだあれから武術教練を行っていないが、果たしてマキアスが他のⅦ組と戦術リンクを結べるのか怪しいまでに至ってしまっていた。
「御言葉ですがルーファス卿……いや様?」
「はは、この場では気安く呼び捨てで構いませんよ。ただその代わり公正な判断をお願いします」
貴族の対応に慣れないサラに嫌な顔一つ見せず受け入れるルーファスに、趣味とは違うはずなのに思わず心が揺らぐ。
――っと、いけないいけない……
たった呼び方一つを受け入れることで好印象を与えて、言葉とは裏腹に引きこもうとしてくるルーファスの意図を察してサラは気を引き締める。
油断すればあっという間に取り込まれる。
戦場で圧倒的な格上に挑む気持ちでサラは発言する。
「おそらくルーファスさんが仰っているのはマキアス・レーグニッツのことだと思います……
確かに彼の素行はこの二週間、決して良いものではありませんでした――」
サラは言葉を止めて、レーグニッツの反応に注意する。
もしも彼がマキアスと同じような性格なら、この時点で罵詈雑言が飛んでくるかもしれない。
と、気持ちで身構えていたものの、レーグニッツは渋面を作るだけで何も言葉を発しなかった。
――マキアスと比べて理性的なのね……
カール・レーグニッツに向けていた警戒心を解いてサラは続ける。
「ですが、もうすでにマキアス・レーグニッツをⅦ組から外せば良いという問題ではなくなっていると私は考えます」
「ほう、理由を聞いても?」
「まず先日のリィンとの模擬戦においてⅦ組の間では賛否両論の意見が上がっています……
リィンがマキアスにとった戦法は確かに人として首を傾げることかもしれませんが、士官になる者、軍人になる者からすれば経験しておくべき戦い方でもあります……
残念なことにⅦ組の中でその考えを受け入れることができているのは半分……
マキアスを始め、エリオット、ラウラ、エマ、以上の四名は今回のリィンの戦い方を受け入れ難いようです……
ここでマキアスだけをⅦ組に不適格だったと弾いても、すでにリィンへの忌避感は伝染してしまっているので無意味でしょう。それに――」
「それに?」
「彼の素行不良の問題であるリィンやユーシスへの暴言ですが……
確かに最初は彼の言い掛かりとも言える言動が発端になっていますが、特にユーシスの方は言われたからと言って皮肉を返して収拾をつかなくさせています」
「フム……それの何が問題なのかね? それを聞くと根本的な原因はやはりレーグニッツ君にあると思うのだが?」
「ええ……
ですが、この二週間の間ユーシスもマキアスに適応する素振りもなく、むしろ時間が経つにつれて程度が低いものへとなっています……
このままマキアスだけを処分した場合、それはマキアスの非を学院で認めることになり、ひいてはユーシスの平民への偏見に繋がってしまわないかと考えています」
「うちのユーシスに限って、とは言わないが……
確かにあの程度の小物をどうにかできないようでは今後が危ぶまれるか」
痛烈な毒を吐きながらも、マキアスへの対応を妥協する素振りを見せるルーファスにサラは一先ず安堵する。
「ですが、このまま見込みなしのまま続けさせても良い結果になるとは思えません。オリヴァルト理事長とイリーナ殿はどうお考えですか?」
ルーファスはオリヴァルトとイリーナに意見を求める。
先に応えたのはイリーナの方だった。
「そうね。ラインフォルトとしてはこのままシュバルツァー君には学院に残ってもらいたいわ……
戦術リンクを物理的な手段で断ち切られるなんて完全にこちらの想定外。《ARCUS》のテストという名目でⅦ組を運用している以上、より高い完成度を目指すなら彼の協力は不可欠でしょう……
それに明日来訪されるラッセル博士との技術交流に関しても、彼が中心に行われるのでなおさらですね……
それから、天才というのは他者とは隔絶した感性の持ち主です……
技術者としての感性で言わせてもらえば、特出した天才から技術を盗み出すのは凡人の義務ではないでしょうか?
現にシュバルツァー君に叩きのめされても、腐らずに奮起している生徒達もいるのですから排除する理由はないでしょう……
ただ愚痴を言うだけで満足している生徒はそれまでの話です」
「やれやれイリーナ殿は手厳しいな」
ルーファスとイリーナがリィンの擁護をしてくれていることにオリヴァルトは安堵する。
「とりあえず僕もサラ君やヴァンダイク学院長に聞きたいことがあるのだけど、よろしいかな?」
それまでの話を区切るようにオリヴァルトは話を振る。
「率直に聞かせて貰いたいのだが、リィン君について御二人はどう思いますか?」
「ふむ……確かに実力や知識などについて学生レベルを超えている……
一見すれば精神的な部分でも他の生徒とは比べ物にならない程に成熟しているとも見れるのだが、時折危うさを感じる時があるのう」
「学院長もですか? 私もリベールで会った時と違って随分と強くなることに積極的な姿勢なことに違和感があったんですが」
ヴァンダイクの意見にサラも同調する。
「そうか……リィン君がⅦ組に対して大立ち回りを演じたところからおかしいと感じていたのだが、いやこの問題が見えたと考えればⅦ組に参加してもらった甲斐もあったかもしれないか」
リィンの強さはオリヴァルトも良く知っている。
自分がエステルと同行して結社と戦っていた裏側であった彼の数々の試練を執筆という形で追い駆けたのだから、自分以上に知っている者はいないという自負もある。
数多の《執行者》との戦い、教授が差し向けた悪辣な《試練》。
最強の猟兵の薫陶を受け、更には大切な者を失う哀しみまで経験した彼のリベールの旅路は《鬼の力》に怯えていた彼を大きく成長させた。
しかし、猟兵の戦い方を覚えたからと言って、それを一般人でしかない学生に容赦なく使うほど、情け容赦ない人間ではなかった。
――改めて考えてみれば当然か……
リィンが《灰》を駆って戦った時、オリヴァルト達はどの戦いでも無力だった。
そして結社の《幻焔計画》が騎神にまつわるものならば、最終的にリィンは《相克》に一人で挑むことが決まっている。
そうでなくても、外道揃いの結社と戦うことの意味をよく知っているリィンがただの一般人を戦いに巻き込みたくないと考えるのは当然だろう。
「私としてはリィン君には学院生活で掛け替えのない仲間を作ってもらいたいと思っていたんだけどね」
それは気安く言って良い言葉ではなかった。
《影の国》で彼女と別れを告げることが出来たとしても、彼女の死はリィンの心に傷として刻み込まれている。
元々責任感があり、思い詰めてリベールまで家出してしまった少年だ。
そして《騎神》と《鋼の至宝》を持つ者としての責任と重圧がどれほどのものなのか改めて考えさせられる。
強さを得ても根っこの部分は変わってなかったのだと思うと、それはそれでより一層愛おしさを感じてしまう。
「くっ……リィン君め……どこまでボクをときめかせれば気が済むんだ」
「オリヴァルト皇子?」
「いや、何でもないよ」
思わず口から漏れてしまった言葉をオリヴァルトは誤魔化す。
――ある意味、セドリックがⅦ組に入ってくれて正解だったか……
結社に関わらないで済む一般人とは違い、セドリックは次期皇帝として何らかの形で《結社》と相対することはリィンと同じように決まっている。
彼がリィンとⅦ組の架け橋となる重要な位置にいる偶然にオリヴァルトは思わず笑みを浮かべてしまう。
「我儘を言うようで申し訳ないが、リィン君についてはどうか長い目で見て上げて欲しい」
「元よりそのつもりです。どうやら彼にも未熟な子供らしい部分があるようで安心しましたよ」
多くを語らずともヴァンダイクはオリヴァルトの意見を受け入れてくれる。
「ではやはりレーグニッツ君ではなく、他の生徒をⅦ組に再編した方が良いのではないでしょうか?」
が、そこにすかさずルーファスが水を差した。
「それについてはルーファス卿の意見を支持します」
そしてそれにイリーナも同調した。
「イリーナ君、君までどうして?」
「Ⅶ組の構想はオリエンテーリングで伝えていたはず……
一度それを呑み込んだにも関わらず、未だに対抗意識だけで敵意を振り撒いてクラスメイトと協調できない子供にかけるコストは無駄でしかありません」
容赦のない損切の言葉でイリーナはマキアスを切り捨てるべきだと主張する。
「月末には最初の特別実習が控えています……
ですから不和の芽は今の内に刈り取っておくべきでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
「何かしら、サラ教官?」
「それはあまりに早急過ぎるかと思います」
「いえ、事が起きてからでは遅いのよ……
もし彼が実習先で先方に迷惑をかけて悪評が広まってしまえば、以後の実習にも差し支えるでしょう……
いえ実習だけならまだしもトールズ士官学院の看板にまで泥を塗る可能性も十二分に考えられます……
Ⅶ組の建前として平民を組み込んでおきたいというのなら、それこそ特別実習の前に入れ替えておくのが双方にとって良いことでしょう」
ぐうの音も出ない程の正論にサラはたじろぐ。
何事も初めては重要だ。
その初めてを失敗すれば、今後実習を引き受けてくれる場所はなくなってしまうだろう。
そうなればⅦ組を各地に派遣して帝国の現状を見せる目的である特別実習そのものが破綻してしまい、Ⅶ組を設立した意味が半減してしまう。
「そして仮にルーレを最初の実習地にしたとしても、私はマキアス・レーグニッツに仕事を任せることはしません」
「そこまで言いますか?」
「ええ、課題――与えた仕事を貴族との勝負事の物差しにして欲しくないですから」
そう指摘され、リィンやユーシスと張り合って成果を求めてムキになるマキアスの姿が簡単に想像できてしまう。
「勘違いしないでもらいたいのだが、別に私たちは彼にトールズを退学しろとまでは言っていません……
ただ彼にⅦ組が合っていなかったと言いたいだけなのです……
そして最初の特別実習を必ず成功させるために不確定要素は排除しておきたいだけなのです」
イリーナの主張に合わせてルーファスは逃げ道を作る。
学院を退学させるわけではない。
あくまでもⅦ組から他クラスへ編入するだけ。
それだけならばと妥協してしまいたくもなる。
サラはマキアスの父親であるカール・レーグニッツを伺い見るが、サラが提出したⅦ組の素行調査のレポートを前に俯きフォローは期待できなかった。
「それとも彼のためだけに、四月の特別実習を取りやめますか? あまり特別扱いは感心しませんがね」
サラ達が思っていたことをルーファスが制するように言葉を追加する。
マキアスの問題点を知るには彼が頑な過ぎる。
せめてもう少し時間があれば、とサラも考えていた。
しかしルーファスの提案を受け入れてしまうと、マキアスに変化の兆しがあっても、それを判断するのをルーファスに委ねてしまうことになる。
それだけは避けたかった。
「御二人の意見は了解した。だけど今編入を強制するのはやり過ぎだと私は思うよ」
二人の主張を受け止めてオリヴァルトが反論する。
「先程、サラ君が言った通りここでマキアス君を排斥したところで両者が得られるものは遺恨だけ、今は良いが根本的な問題を先送りにして互いの成長を妨げてしまうだろう」
「私からもどうかお願いします」
オリヴァルトの主張に合わせるようにサラは二人に頭を下げる。
「この二週間で感じたマキアス・レーグニッツは決して更生の余地がない程に歪んだ子供ではありません……
私が責任をもって監督しますので、どうか彼の処遇を決めるのは特別実習の結果を見て判断して頂けないでしょうか?」
「ふむ……サラ教官がそう思う根拠は何かな?」
「私の勘です」
目の前の青年に口では勝てないとサラは開き直る。
ルーファスもそんな曖昧な答えが返って来るとは思わず虚を突かれて目を丸くする。
それ幸いにサラは続けて感情だけの理屈で押し切る。
「そして私があの子たちの担当教官である以上、私にはマキアスを教導する義務があります……
それを手を焼く生徒だからと放り出しては今後の残った生徒達への教導に差し支えてしまうでしょう」
言い切ってサラはルーファスとイリーナの反応を待つ。
サラも遊撃士として交渉事を経験したことはあるが、その時の経験が役に立つ相手ではない。
彼らの土俵で戦えば絶対に負けると分かっているのだから、サラは捨て身の覚悟で感情に任せた理屈を押し付ける。
「ふむ……」
サラの代案を提示しない暴論にルーファスは顎に手を当てて考える。
イリーナは目を伏せ、興味なさそうにルーファスに答えを任せる。
彼が答える数秒、あるいは数分。
その時間を永遠に感じるようなプレッシャーを感じながらもサラは真っ直ぐにルーファスを見据える。
「なるほど……
確かに直接彼と接しているサラ教官の個人的な評価を蔑ろにすることはできませんね」
一理あると言わんばかりにルーファスは頷き、妥協の姿勢を見せてくれたことに安堵する。
「特別実習の今後と彼の進退ではリスクの釣り合いが取れてはいませんが、レーグニッツ常任理事の顔を立てると思って呑み込むとしましょう」
「ルーファス卿の寛大な御心遣い感謝します」
カールはマキアスによく似たしかめ面をしながら頭を下げた。
「ですが無難な実習でお茶を濁してもらっては困りますので、レーグニッツ君の班にはバリアハートに行ってもらうというのは?」
「バリアハート……《翡翠の公都》……貴族のための都市とも呼ばれている都市に貴族嫌いの彼を行かせるなんて正気ですか?」
「むしろだからこそ、意味があるのではないですか?」
サラの反論にルーファスは悪気を感じさせない笑みで応える。
「バリアハートはアルバレアの領地。そこならばもし彼が問題を起こしたとしてももみ消すことができます……
それにレーグニッツ知事がいる帝都を最初の特別実習の先にするのは荷が重いでしょう」
笑顔のまま容赦のないカードを出して来るルーファスにサラは顔を引きつらせる。
出来る事なら今すぐにでも度数の強いお酒を煽って何もかも忘れて寝入ってしまいたいとさえ考えてしまう。
「御一考いただけるかなサラ教官?」
笑顔とは本来攻撃的なものだと言われているが、まさしくその通りだとサラは実感する。
そして貴族派きっての貴公子と彼が呼ばれていることに納得した。
女教官の表の顔
サラ
「たっだいま~! リィン今日のご飯は何かしら~?」
フィー
「サラ……少しは自分でやろうとは思わないの?」
サラ
「ぶーぶーあたしは教師で、あんた達ほど自由じゃないの!
さっきまで仕事してたんだからあたしは疲れているのっ! 少しくらい楽したって良いじゃない!
それにちゃんと食費は出してるんだから良いでしょ? もっとあたしを労わりなさい、優しくしてよ!」
マキアス
「まったくこれが僕達の担当教官だなんて先が思いやられる」
サラ
「………………今日は絶対に呑むの! 潰れるまで呑むんだから! リィン、つまみ作ってっ!」
リィン
「あ……はい、分かりました。お疲れ様ですサラ教官……
明日は自由行動日なのでゆっくり休んでください」