(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
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まだ何とも言えませんが特務支援課が機甲兵を利用するとしたら、ますます自分の中の評価が落ちてしまいそうな感じがしています。
そしてリィン君、存在と無の地平線に立ってしまったのだろうか?
リベール旅行三日目はいくつかの班に分けて行動することになった。
古竜レグナートに会うリィンとそれに同行すると立候補したエマ。
ボースの遊撃士支部で遊撃士の体験をすることになったラウラ、フィー、ガイウスの三人。
サラは生徒達には言わないが知り合いに会うと言って、“あの子”の墓参り。
そして残りはジェニス王立学園の学園祭に行く予定だった。
しかし――
「リシャール大佐を紹介して欲しい?」
改めてその日の予定を確認しているところでクリスが言い出した言葉にリィンは首を傾げた。
「はい。そうですけど、大佐?」
ルーアンに来てリィン達が滞在することになった別荘宅に案内してくれたのが元王国軍のリシャールだった。
その時には軽い自己紹介で済ませ、何か滞在中に不具合があれば彼を頼ることになっていた。
そういう意味ではクリスの思い付きは突拍子のないものとは言えないのだが、唐突でもあった。
「いや、それは忘れてくれ。それでどうしてリシャールさんに?」
「リシャールさんは調査会社を営んでいるんですよね?
だからリベールから見た帝国の在り方を教えてもらえないかと思ったんです」
「それは適任かもしれないけど……」
「い、意外だなクリスの事だから聖地巡礼だっ! ってもっと騒ぐと思っていたんだが」
「そうだよね。今日も竜と会うためにリィンと一緒に行くって言い出すと思っていたけど、それは良いの?」
「酷いな二人とも……
僕だって前回の特別実習の時から色々と思うことがあったから、いつまでも子供みたいにはしゃいでいるつもりはないよ」
意外だと呟くマキアスとエリオットにクリスは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。
その顔つきにリィンは思わず感心する。
あえて言うならば悪ふざけではない時のオリビエの顔。
帝都での特別実習で何を感じたのか分からないが、このまま兄の悪い部分ばかり似ていくのではと危惧していたリィンは思わず安堵する。
「そうだな。そういう理由ならリシャールた――さんも快く引き受けてくれるだろうな」
リシャールは王国の未来を考えてクーデターを起こしたが、だからこそクリスとの対話は互いにとって有益になるだろう。
「そうなるとクリスだけ別行動か? あまり一人で行動しない方が良いと思うんだが」
「それをリィン君が言うかな?」
「そうだぞ後輩。お前が言うな」
リィンの呟きにアンゼリカとクロウがすかさず反論する。
「いや……確かにそうなんだけどな……」
クリスはまだマシだがレンハイムの男を野放しにすることにリィンは抵抗を感じてしまう。
それを何と説明すれば良いのか迷っているとユーシスが名乗りを上げた。
「それなら俺が同行しよう」
「ユーシス?」
「クリスの言うリベールから見た帝国には俺も興味がある。学園祭よりは楽しめそうだ」
「ユーシスが付いてくれるなら安心だな……
それでレンはどうするつもりなんだ?」
全員の方針がまとまった所でリィンは昨夜泊まることになった少女に質問をする。
「レンは……」
リィンに話しかけられてレンは少し考えて答える。
「そうね。エステルが心配していると思うからうるさくなる前にロレントに帰るわ」
「それじゃあ送っていくよ。悪いんだけどエマ、ロレントによってからボースに行くことになるから」
「はい、分かりました」
リィンの寄り道にエマは快く頷く。
「ところでリィン君、その箱はどうしたのかな?」
ジョルジュはリィンの傍らにある見慣れない一抱え程の導力仕掛けの箱を指す。
「俺も気になっていた。帝国を発つ時にはなかったはずだが」
ジョルジュの言葉にガイウスが首を傾げる。
「昨日ツァイスに寄った時に受け取って来たんだ……
ティータにお願いして、導力冷蔵庫を人が持てるくらいに小さくしてもらったんだ」
「導力冷蔵庫を? 何でまたそんなものを?」
「別に大したことじゃないですよ」
苦笑しながらリィンは携帯型導力冷蔵庫をテーブルの上に乗せると金具で留めていた上蓋を外す。
白い冷気が箱から漏れ出し、その中にはいくつもの容器が敷き詰められていた。
「アイス……?」
生徒会への差し入れとして良く見る容器にトワがその中身にいち早く気付く。
「ええ、俺の姉弟子のアネラスさんの好物でリベール滞在中には良く作っていたんですよね……
アネラスさんがトリスタに来た時には何の持て成しもできなかったので、フィー達がお世話になることもあって作って先にツァイスに送っておいたんです」
「むう……言ってくれれば私も手伝ったのだが」
フィーと同じく世話になることになっていたラウラは顔をしかめる。
「それにしても作り過ぎじゃない?」
「ああ、明日の祝賀会にでも出してもらおうかと思って多めに作っておいた」
フィーの疑問にリィンは頷く。
祝賀会の目的はリィンの生存を喜ぶものであり、本来ならリィンは主賓なのだからそんなことをする必要はない。
しかし迷惑をかけてしまった負い目もあり、持て成されるだけなのは居心地が悪いと思いアネラスへのお土産のついでに張り切ってしまった結果である。
「そんなことしているから前日まで慌ただしかったんじゃないの?」
「う……」
アリサに図星を突かれてリィンは唸る。
全くの正論で返す言葉もない。
「あ、あはは……それはともかくリィン君は今日はここに戻って来れるんだよね?」
「ええ、それは大丈夫だと思います」
トワの確認にリィンは頷く。
「それでフィーちゃん達はボースに泊まるんだったよね?」
「ん、定期便の最終便を気にして半端なことはしたくないから」
「私たちは明日、午前中まで遊撃士の手伝いその後は直接グランセルに行くつもりです」
フィーの言葉にラウラが補足を加える。
「うん、了解……
それじゃあみんな、それぞれ行くところは違うけど、リベールの人に迷惑を掛けないように気を付けて行動するように」
改めて一通りの予定を確認したところでトワがそうまとめるのだった。
*
「わざわざすみません。シェラザードさん。忙しいはずなのに」
霧降り峡谷の山道を歩きながらリィンはボースから同行することになったシェラザードに謝罪をする。
「気にしなくて良いわよ……
昨日お姫様から直々にリィン君の道案内の依頼が出されたから」
「クローゼさんから?」
「そ、案内とリィン君がレグナートとどんな話をするのか聞いてきて報告して欲しいってね」
「そんなことだったら自分で報告しますけど?」
「あたしもそう思ったんだけど、お姫様にリィン君はヨシュアみたいに肝心なところで一人で抱え込むって言われて何も納得しちゃったのよ」
「…………そんなことしませんよ」
心当たりがいくつもあるリィンは思わず目を逸らした。
「案外的を射ているんじゃないかしら?
この前の帝都もそうだけど、クロスベルにノルド、いろいろなところで活躍しているみたいじゃない……
聞いた話だと随分無茶をしたみたいだけど」
「はは、そんな無茶なんて……少ししかしていませんよ?」
「少しね……
実は特例でリィン君の遊撃士のランクを上げる話が上がっているのよ」
「俺のランクをですか? でも俺は遊撃士としては休職扱いのはずですけど」
「やっていることがGランクの範疇じゃないっていうのと、今言ったクロスベルとノルド、それから帝都での活躍……
実績だけ見るならS級に昇格してもおかしくないんじゃないかしら?」
「S級って非公式のランクですよね?
国家を揺るがす大事件を解決した者にしか与えられないっていう話じゃないですか」
「体の良い、広告塔にするつもりなんでしょうね……
クロスベルで《D∴G教団》の残党を捕縛、その後の事後処理に多大な貢献……
ノルドでは一触即発の緊迫状態となった二大大国の橋渡しをして見事に戦争を回避させた……
そして帝都では伝説の“暗黒竜”を倒して帝都そのものを救った……
功績として数えればどれも十分に評価される事件ばかりだもの」
シェラザードはリィンの功績を順に上げ続ける。
「総本部はカシウス先生の代わりを揃えておきたいっていう思惑があるのよ……
その点、リィン君は先生の弟弟子、実績も今言ったように周りが認めるものもある……
それに若くて将来性があって、《七耀教会》にも顔が利く……
そしてあわよくばリィン君の功績を利用して、帝国での活動復活の足掛かりにしたいのかもしれないわね」
「それは……」
遊撃士は慈善事業ではあるが組織である以上、そういった側面があることを否定するつもりはないが何とも言えない気分になる。
「だからもしもリィン君に直接そんな話を持ち掛けてきたら突っぱねて良いわよ」
「え……良いんですか?」
しかし、続けて出て来た言葉にリィンは目を丸くする。
「当然よ。そもそもリィン君に遊撃士の資格を取ってもらったのは帝国内での有事が発生した時に遊撃士が介入する理由を作るため……
『リィン君自身が非公式のようなものだから非公式のSランクもちょうどいい』
なんて馬鹿げた考えでリィン君の意志を無視して良いはずないでしょ?」
「そう言ってもらえて安心しました」
祭り上げられることがないと分かってリィンは安堵の息を吐く。
真面目に遊撃士の活動をしているシェラザード達を差し置いてという感情もあれば、畏れ多いという気持ちもある。
それに加えて英雄扱いされているリィンとしてはこれ以上の重荷は増えて欲しくないのが本音だった。
「その様子だと学校も大変そうね……
あたしはそういう高等教育に縁がなかったし、オリビエの弟がいるからやっぱり振り回されているの?」
「いえ、クリスはオリビエさんと違ってまともだからそこまで大変じゃないですね……
まあ悪ふざけがないわけじゃないですけど、故意犯じゃないからまだ微笑ましいくらいですけど」
あれは突っ込まれることを計算してやっているからタチが悪い。
その点、クリスはまだそういう計算した悪ふざけにまで至っていないのが救いだろう。
「ふふ、楽しそうで何よりね。ところでそろそろ休憩でもしましょうかしら?」
シェラザードは振り返って黙々とリィン達の後をついて来るエマに話を振る。
「いえ、私のことなら気にしないで下さい」
エマは素気ない返事でシェラザードの提案を断る。
「でもここから山道はもっと険しくなるし、霧も濃くなるから無理はしない方が――」
「お気遣いありがとうございます。でも私も歩くことは慣れているので大丈夫です」
取り付く島のないエマの様子にシェラザードは肩を竦めて前を向く。
「ちょっとリィン君。この子とはどういう関係なの?」
そして声を潜めてシェラザードはリィンに尋ねる。
「どういう関係って言われても……」
エマはクラスメイトであり、Ⅶ組の委員長でありそれ以上の関係を築いているわけではない。
エリンの里で互いの秘密を明かし、監視の目を隠すことをやめて開き直った態度で起動者に相応しいのか見定めると宣言された。
しかし帝都での特別実習以来、エマの態度はよそよそしくなった。
避けられているわけはないし、用事を頼めばヴァリマールの診断やローゼリアへの仲介も嫌な顔をせずにしてくれる。
今日の同行もローゼリアの名代としてレグナートに会うことと、リィンの監視とエマは言い張っている。
「ただのクラスメイトですよ」
考えた末に出て来た答えは無難なものだった。
*
「ただのクラスメイトですよ」
そう女遊撃士に答えるリィンにエマは何とも言えない気持ちになる。
《灰の起動者》を見極める。
それが長の意志を無視してエマがトールズ士官学院に入学した理由だった。
しかし、蓋を開けてみればエマが介入する余地などどこにもなかった。
ヴァリマールの調整を頼まれてみても、学んだ知識はまるで通用せずエマができたのはローゼリアへの連絡を付けることだけだった。
それに関してもリィンは仲介など挟まずにローゼリアと直接連絡を取る術を持っている。
「ただのクラスメイト……」
前を歩く二人に悟られないようにエマはため息を吐く。
ローゼリアはこのまま学院に通って良いと言ってくれたがエマはそれを喜ぶことはできなかった。
導く必要もなく、それでいて自分の半端な知識と魔術の技量では補佐することもできない。
追い付こうにも、彼の相方にローゼリアが立候補したためその理由もなくなった。
それどころかリベールに来る前にローゼリアから授けられた新たな役目がエマは悩む。
『エマよ。お主とセリーヌの役目は生き残ることじゃ』
まるで自分はこれからいなくなると言わんばかりの言葉。
その眼差しはエマの予感を肯定するように強く、その場でエマはローゼリアを問い詰めることはできなかった。
おそらくはそういうことではなく保険という意味なのだろう。
「おばあちゃんの言い分は正しい……」
まだ新米の巡回魔女でしかないエマはローゼリアはもちろん、ヴィータにさえ及んでいない。
それどころか《鋼の眷属》であるリィンにさえ劣っている。
それを証明するように、帝都での戦いでエマは何もすることができなかった。
「私にできることなんて何もない……」
エマにできることはローゼリアにもできる。しかしローゼリアにできることでエマができないことは沢山ある。
「何をやっているんだろ私……」
自己嫌悪にエマは自嘲する。
土壇場で我儘を言ってレグナートとの会合に同行させてもらったところでエマができることはこれまでの様に何もない。
それでもリィンの後ろを歩いているのは、ヴィータを探すために《灰の起動者》を利用するつもりだった負い目だとエマは自分に言い訳をするのだった。
*
「…………リィン君、この子本当に大丈夫なの?」
「何とかしたいと思うんですけど、こればかりはエマの事情ですから」
思い詰めた顔で黙々と後ろを歩くエマに聞こえないようにシェラザードとリィンは声を潜めて言葉を交わす。
自分の中で行っているつもりだった自問自答は全てエマの口から漏れ出て、その鬱屈した彼女の心情は全て二人に筒抜けになっていた。
もっともその呟きがなくても思い詰めた彼女の表情で二人は気付いていただろう。
「エマにできることか……」
彼女がもらした呟きをリィンは考える。
実を言えばエマに頼みたいこと、つまりは利用価値はあるとリィンは考えている。
しかし、彼女の精神状況とローゼリアがエマに課した役目を考えると頼むことを躊躇ってしまう。
何より――
「ちっ――」
そんな思考をしている自分にリィンは思わず舌打ちする。
人を利用価値があるかどうかで判断する思考はリィンの生来のものではない。
おそらく《影の国》でのワイスマンに体を使われた影響なのだろう。
ふとした拍子にそんな考えが浮かんで来てその度にリィンは自己嫌悪に苛立つ。
「リィン君……」
「っ――何ですかシェラザードさん?」
呼びかけられてリィンはすぐにその苛立ちを押し隠して表情を取り繕う。
「何に悩んでいるか言ってくれなくちゃ分からないわよ」
「それは……」
「確かにあたしたちは帝国に入れないからリィン君を直接サポートすることはできないけど、いつだってリィン君の力になるつもりでいることは忘れないでちょうだい」
「……はい、それは分かっているつもりです」
果たして、頼ろうとしている思考と利用しようとしている思考。
どちらの比重が大きいのかリィンにはそれを測る術はなかった。
*
『よく来たな人の子よ』
かつてエステル達が彼と戦ったその場所にはその時と同じようにレグナートがリィン達の訪問を待っていた。
「頭の中に声が……これは貴方が喋っているんですか?」
『私は、おぬしらのような発声器官を持っていない……
故に『念話』という形で語らせてもらっている。おぬしはそのまま声に出して語りかけるがいい」
「分かりました」
リィンはシェラザードとエマにその場で待つように促し、肩にリンを乗せたままレグナートの前に進み出る。
「初めまして、俺はリィン・シュバルツァーと言います……
そしてこの子はリン。おそらく貴方が確かめようとしているのはこの子についてですよね?」
『……いいや』
しかし返って来た言葉は否定だった。
『こうして相対して分かったが、私の懸念はそのリンという機とリィン・シュバルツァー、お前自身だ』
「俺も?」
『お前達からは消えたはずの《輝く環》の気配を感じる。改めて聞かせて欲しいお前達は何だ?』
その言葉にクロスベルで会った聖獣のことを思い出す。
「それについては順に説明させてもらいます。まずはリンのことですが、この子は《輝く環》が外の世界を見るための端末です」
そこからリィンは一通りの事情を説明する。
『…………にわかには信じられない話だな』
全てを語られたレグナートはひたすらに困惑していた。
「ツァイトにもそんな風に言われました」
『神狼とも既に接触していたか』
懐かしい名前が出て来てレグナートは嘆息する。
『リンと呼べばいいのか? 我が名はレグナート、こうして相対して言葉を交わすのは初めてだな』
「ええ、そうですね」
ここまで沈黙を保っていたリンはレグナートの呼びかけに静かに頷く。
二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
互いによく知っている相手だが、明確な言葉を交わすことは初めてだった。
「レグナート、私はあの時どうすることが正しかったのでしょうか?」
『むぅ……』
流暢な言葉で、曖昧な質問をしてきたリンにレグナートは戸惑う。
《輝く環》には明確な意志はなく、故に際限のない奇蹟を与え続けてリベル=アークに住む人々を堕落させた。
しかし今は自分の行いを疑い反省しようとしている。
ただ機械的にリベル=アークを管理していた存在だったとは思えないくらいの変化。
『人の子よ。お前は《輝く環》に何をしたのだ?』
「特別なことは何もしてません……
ただ俺達の行く末を見守って欲しいって頼んで、後はたくさん話して、いろんなものを見せて上げただけです」
『そうか……』
事も無げにリィンは言うが、それがどれほど難しいことレグナートは知っている。
いくら毅然な態度を取っても、奇蹟の味を知っていたセレスト達は本心から《輝く環》を否定する願いを口にすることはできなかった。
故に、騙し討ちに近い方法で《輝く環》を封印した。
『セレスト達を恨むか?』
「そんなことをするつもりはありません。ただ今のこの地を見て思うのは……
私が間違っていて、セレスト達が正しかったということだけです」
リィンによって案内されたリベールの地。
かつて浮遊都市で生きていた彼らの末裔たちはどの都市でもその顔には生気が満ちて、たくさんの笑顔があった。
リンの記憶にある《リベル=アーク》に住んでいた人達にはなかったものがそこにあった。
故にリンが当時のことを悔いる。
『果たして本当にセレスト達は正しかったのだろうか?』
しかし、レグナートは空を仰いでそんな言葉を返した。
『セレスト達もまた、《輝く環》を封じたことが本当に正しかったのか最後まで悩んでいた』
浮遊都市から地上に降りた彼女たちの生活は決して楽なものではなかった。
《輝く環》があれば救えた命もあった。
封印を解こうと、浮遊都市を取り戻そうとする争いもあった。
どんなに今が正しく見えたとしても、彼女たちの選択で失われたものがないわけではない。
『我はこの地でこれまでの1200年の時の流れを見て来た……
今こそ平穏となっているが、そこに至るために多くの血が流れ、その度にセレスト達も自分達が選んだ道が間違いだったのではないかと悩み続けていた……
「セレスト達が……」
『彼女たちもこうしておぬしと言葉を交わすことができたことを知れば、あの時とは違う道を模索することができただろうな』
「ですが――」
『そもそも竜でしかない我が論じることではない』
反論を切って捨てるとリンは俯いてしまう。
まるで人間と変わらないその仕草に本当に《輝く環》の意志なのかと疑ってしまう。
『人の子――いや、リィン・シュバルツァーよ』
「何ですか?」
『よくぞここまで、《輝く環》を――いやリンを育ててくれたことに礼を言わせてもらおう』
「礼を言われるようなことじゃありませんよ」
『《人の答え》が出された今“古の盟約”も解かれ、本来ならもう我には《至宝》を見守る役目はない……
だが、リンがこれから見つける“答え”には興味がある。故におぬし達のことを見守らせてもらいたい』
「それは構いませんが、どうやって?
流石に貴方の巨体に直接近くにいられるのは困るんですが」
『そうだな……我が子に行ってもらっても良いがあれはまだ子供……こんな大任を任せることはできないか』
代理にするには丁度いい者がいる。
しかし、その子に任せるには不安が大きい。
どうしたものかとレグナートは思案するように首を持ち上げ、目に入った彼女に声を掛ける。
『そこの人の子、おぬしはローゼリアの眷属だな?』
「え……は、はいっ! エマ・ミルスティンと言います」
突然話しかけられたエマは慌てながら名乗る。
『ふむ、ではエマよ。我と契約を交わしてもらえないだろうか?』
「え……?」
『難しいことではない。おぬしが見聞きしたものを我にも見えるようにさせてもらうだけだ……
もちろん相応の対価は支払わせてもらう』
「対価……それはいったい?」
『見たところ、おぬしとリィンの間には隔絶した力の差がある……
それでは見届け役になることも難しいだろう。故に我の力の一端をおぬしに与えよう』
「レグナート、それは――」
「分かりました。その契約、結ばせてもらいます」
エマを利用しようとするレグナートの言い分をリィンは諫めようとするが、それを遮ってエマは承諾する。
「エマ?」
リィンの呼びかけを無視してエマは前に進み出る。
振って湧いた提案だが、エマにはこの上ない魅力的な提案だった。
どこまで行っても姉や長の下位互換にしかなれない。
しかし、ここでレグナートと契約を結べば、魔女の枠を踏み越えることができる。
それは今の現状に思い悩んでいたエマにとって抗い難い魅力的な提案だった。
「待ってくれ、レグナート。それはエマを巻き込むことに――」
「リィンさん……邪魔しないで下さい」
金に光る双眸でエマはリィンを睨みつけて反論を封じる。
『では我に触れてもらおうか』
差し出された竜の腕にエマは言われた通りに触れる。
『ふむ……どうやらおぬしは使い魔を持っているようだな。ならばそれにあやかるとするか』
接触から霊的な繋がりを作り、そこから読み取った情報を元にレグナートは“使い魔”を構築する。
光が結実してエマの目の前に小さな小猫が現れる。
「この子は……」
『おぬしの中にあるローゼリアの因子を我の力で再現させてもらった……
もっともローゼリアの“使い魔”とは違う部分もある。おぬしの力になるだろう』
「ありがとうございます。レグナート」
礼を言いながらエマはその場に膝を着いて真っ白な毛並みの小猫に手を差し出す。
「にゃあ」
白猫は小さく鳴いて差し出されたエマの指を一舐めして、その手に飛び乗り身軽に彼女の肩に乗ってエマの頬にマーキングするように体を擦りつける。
「ふふ……セリーヌと違って甘えん坊みたいですね」
人懐っこい白猫にエマは思わず笑みをこぼす。
しかしどこにでもいるような猫だが、霊的な繋がりと拡張された感覚、与えられた力は紛れもない本物だった。
嬉しそうにするエマにリィンは諦めた様にため息を吐く。
「そんな顔をされたら何も言えないじゃないか」
「どうやら振り回されているのはオリビエの弟だけじゃないみたいね」
愚痴るリィンにシェラザードは苦笑する。
シェラザードの言葉にリィンは今までのことを思い出してなんとも言えない表情を浮かべて、話を逸らす。
「ところでレグナート、俺もいくつか聞きたいことがあるんだけど尋ねても構わないか?」
『うむ。とはいえ我が語れることは多くはないが』
「聞きたいのは帝国の至宝について、《黒の騎神》について何か知らないか?」
『《黒の騎神》……確か《鋼》を封印するために眷属たちが造り出した封印機構の一つだったか?
……すまないが我はそれ以上のことは何も知らない』
「そうか……それじゃあもう一つ、貴方が良ければここで俺と手合わせをして――」
「はい。ストップ」
「ぐえっ」
腰に佩いた太刀に手を添えて戦闘態勢に移行しようとしたリィンだったが、シェラザードの鞭がリィンの首に巻き付いて止められてしまうのだった。
使い魔
エマ
「改めてこれからよろしくお願いします」
白猫
「にゃあ」
シェラザード
「その子は人の言葉をしゃべれないのね?」
レグナート
『まだ生まれたばかりだからな、時間が経てば人の言葉で話すこともできるだろう』
エマ
「育て方はセリーヌと同じで良いんですよね? とりあえず名前を決めないといけないですね」
リィン
「嬉しそうだなエマ……ところで本当に良かったのか?」
エマ
「ええ、これで私にもできることが増えるはずです」
リィン
「あまり部外者に《相克》に関わって欲しくはないんだけど……
それは一先ず置いておくとして、ローゼリアさんやセリーヌには何て説明するつもりなんだ?」
エマ
「…………え……?」
リィン
「“魔女の眷属”なのに勝手にレグナートと契約した挙句、セリーヌのライバルになりそうなこの子をもらって怒られたりしないのか?」
エマ
「……………リィンさん……」
リィン
「うん?」
エマ
「どどどどうしましょう?」
ある日の生徒会
生徒会役員A
「今日もこの日が来たか……」
生徒会役員B
「先週はおにぎりの差し入れだったな」
生徒会役員C
「その前はクッキーでしたね」
生徒会役員D
「今日は何を差し入れてくれるんだろうな」
トワ
「もうみんな、リィン君だって忙しいんだから今日も差し入れをくれるなんて分からないんだからね」
リン
「差し入れが欲しいのならリィンに頼めば良いのではないでしょうか?」
生徒会役員A
「いや、それは……」
生徒会役員B
「リィンはリンが世話になっている御礼としての善意でくれているわけだし、催促するのは……」
生徒会役員C
「むしろリンちゃんに頼っている私たちとしては差し入れされるのは心苦しいと言うか……」
生徒会役員D
「でも、遅くまで残って作業しているとシュバルツァーの差し入れは正直ありがたい」
トワ
「困ったことにリィン君の差し入れっておいしいんだよね……」
リィン
「失礼します……今日は衣替えも始まったのでアイスクリームを作ってきました」
生徒会役員A
「アイスだと……魔王はそこまでできるのか!?」
生徒会役員B
「うわっ! アイスの大箱って初めて見た!」
生徒会役員C
「これは残りの仕事を早く終わらせないと」
生徒会役員D
「流石シュバルツァー。最高の差し入れだ」
トワ
「あうう……」
リン
「……これが堕落というのでしょうか?」