(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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64話 リベールⅤ

 

 

「この度は自分のためにこのような祝いの場を作っていただきありがとうございます」

 

 グランセル城、空中庭園。

 女王宮へと続く階段の上、庭園を見下ろせる場に立ちリィンは集まってくれた者達へと頭を下げる。

 

「ちゃんとした生存報告ができず、遅くなってしまったことを深くお詫び申し上げます」

 

 堂に入った礼儀正しい言葉は流石帝国の貴族とも思うが、当時の普通の少年でしかなかったリィンを知る者たちはその堂々とした振る舞いに思わず笑みを作る。

 

「正直に告白させてもらうと、俺はこのリベールに逃げて来ました……

 捨て子だったこと、得体の知れない力を持っていたこと、半端な形で授かってしまった《初伝》のこと……

 家族とちゃんと向き合うことが恐くて、多くの《欺瞞》を抱えていた俺をリベールの人達は支えて立たせてくれました」

 

 階下を見下ろせば、そこにはリィンが出会った人たちの顔がある。

 あの時リベールで出会った全員がいるわけではないが、そこにいる者もいない者も一様にリィンの壮健な姿に喜んでいた。

 

「俺は…………」

 

 不意に用意していたはずの言葉に詰まる。

 緊張して台詞を忘れたわけではない。

 しかし、言いたいことが多過ぎて言葉が出て来ない。

 

「俺は……リベールに来て本当に良かった…………ありがとうございました」

 

 言いたかった言葉をその短い言葉に集約させてリィンは階上から頭を下げる。

 決して全てが良い経験だったわけではない。

 失ったもの、消し去りたい汚点もある。

 しかし、全てをひっくるめて出てくる言葉はやはり感謝しかなかった。

 そんな風に頭を下げるリィンに招待客の拍手が送られるのだった。

 

 

 

 

 

 リィンの挨拶が終わり、デュナン公爵が音頭を取って祝賀会が始まる。

 しかしリィンはそのままⅦ組に割り当てられたテーブルに戻らず、それぞれのテーブルに挨拶回りを始めていた。

 

「何と言うか……学院の時とイメージが違うね」

 

「ああ、それに他国だと言うのに随分と慕われているみたいだ」

 

 エリオットの呟きにマキアスは頷く。

 

「どうやらあれがリィンの素顔のようだな」

 

 ユーシスは挨拶回りをするリィンを遠目にしながらそんなことを思う。

 別に学院にいる時や自分たちに対しての接し方に壁があったと感じたわけではない。

 が、今のリィンの姿を見ていると学院での態度は他所行きのものだったと良く分かる。

 それは咎めるようなものではなく、ユーシスや他の誰もが自然と使い分ける処世術でしかない。

 

「ふん……何よ。デレデレしちゃって」

 

「くっ……これがヒエラルキー……くっ年上のお姉さんたちにちやほやされやがってっ!」

 

 学院では見ないような笑顔を振りまいて楽しそうにするリィンにアリサとクロウが面白くなさそうに愚痴を漏らす。

 

「アリサちゃん、それにクロウ君もそんな風に言っちゃダメだよ」

 

 そんな二人をトワが窘めるが、彼らのやり取りを無視してユーシスは続ける。

 

「どうやら俺達はリィンにとってまだ他所様だということなのだろう」

 

「他所様か……考えてみたら僕達はリィンに迷惑ばかり掛けていたからな」

 

 マキアスの呟きに心当たりがある一同は押し黙る。

 

「それに僕達はまだリィンさんに信頼されるようなことを何もしていませんから」

 

 クリスの呟きにさらに沈黙が満ちる。

 

「ふん。とりあえず次の実技テストでは絶対にぎゃふんって言わせてやるんだから」

 

「アリサ。随分自信があるのだね?」

 

 鼻息を荒くするアリサにフィーが尋ねる。

 

「まあね。実はおじ様に最新の導力武器をもらったの。それを使えばリィンなんて目じゃないわよ」

 

「大した自信だね。でもたしかにまずはリィンに一矢報いるくらいに強くならないと認めてくれないかも」

 

「うむ。私たちはまだ未熟……せめて露払いくらいはできるようにならないとな」

 

「ああ、答えてくれなかったがリィンにはノルドで命を救われているからな」

 

「うん……目標を持つのは良いことだと思うけど、三人共その格好はどうしたの?」

 

 意気込むフィー、ラウラ、ガイウスの三人にジョルジュは頷き、改めて三人の服装を尋ねた。

 祝賀会ということで今日まで私服で過ごして来た彼らだが、ジョルジュ達はトールズ士官学院の制服を着ている。

 しかし、そんな中でフィーとラウラはフリルがふんだんに使われたドレスを纏い、髪はリボンで結われ、極めつけにはそれぞれぬいぐるみが抱えられている。

 ちなみにガイウスは紅の学生服なのだが、普段無造作に紐でまとめられている髪は女もののリボンに代わっており意外と似合っていた。

 

「これはその……アネラス殿には今回いろいろしてもらって……」

 

「そのお詫びに何でもするって言ったら、こうなった」

 

 がっくりと項垂れ、抱えたぬいぐるみにフィーとラウラは顔を埋めて恥じらう。

 動き易さを重視した服を重視する傾向が強いだけに、可愛さだけを追究したその服装は二人にとって露出のある服以上に羞恥心を掻き立てていた。

 

「うむ……流石だアネラスさん。グッジョブ」

 

 そんな恥じらう二人の乙女の珍しい姿をノイから借りたオーバルカメラでアンゼリカは写真に収めていく。

 

「あ……あのアンゼリカ先輩、あまり写真を撮られるのは……」

 

「正直、こんな格好わたしたちには似合わないと思うけど……」

 

「何を言う二人とも。さっきリィン君も褒めていたように良く似合っているのだから胸を張りたまえ……

 いや、こうして恥ずかしがっている姿もそれはそれで……」

 

 恥じらう二人にアンゼリカはさらにテンションを上げる。

 

「そ、それより三人共。そんな感じだけど遊撃士を体験してみてどうだったの?」

 

 そんな彼女たちにアリサは助け舟を出す様に話題を振る。

 

「ああ、いろいろ考えさせられる内容だった」

 

「俺達は遊撃士の仕事を少々甘く見ていたようだ……

 チームで行っていたことをアネラスさんたちは一人で軽々と達成していた」

 

「実力の差っていうよりも手際の良さが違ったね……

 でもいろいろ良くしてもらったよ。アネラスさんだけじゃなくて他の遊撃士の人達からもいろいろ教わったし」

 

「うむ、次の実技試験までには教わったものを見せられると思うから楽しみにしていると良い」

 

 どこか自信満々に誇るラウラだが、抱えたぬいぐるみで台無しになっていることは指摘しないことにする。

 

「それはちょっとうらやましいな」

 

「そういうクリス達はどうだったんだ?

 聞けばリシャールという人はリィンと同じ八葉一刀流の使い手だったそうじゃないか」

 

「ああ、中々おもしろい話を聞けたことは確かだ」

 

「そうだね。オフレコだからこそ話せる世界情勢とか、帝国では発禁された政治の本とか見せてもらったり……

 もちろん手合わせもさせてもらって、とても充実した時間だったよ」

 

「ううむ。これなら僕達もどちらかの班に行くべきだったか」

 

「そうだね。何だか学園祭で遊んでいたのが申し訳なくなってきた」

 

 それぞれ分野は違えど自分たちを高めることにこの旅行を活用している彼らに対してマキアスとエリオットは居心地悪そうに反省する。

 

「別に卑下する必要はないと思うが、リベールの学校では何かなかったのか?」

 

「そうだな……まず驚いたのは研究発表で“異変”のことが詳しく発表されていたことだな」

 

 ユーシスから振られた話にマキアスが答える。

 二年前にヴァレリア湖の上空に現れた浮遊都市が何だったのか。

 リベール建国の歴史を紐解く形で詳細に調べられて発表されていた。

 

「王族の後ろ盾があったらしいが、大々的な情報公開をするなんて思い切ったことをしたものだ」

 

「他にも演劇とかいろいろ凄かったよ。男女の配役を逆転させたものとか」

 

「な、何て恐ろしい出し物を……僕達の出し物は絶対にそれはなしにしよう」

 

「うん、それは絶対に」

 

 クリスとエリオットは力強く頷き合う。

 

「でもリベールの学校はトールズと違ってみんな仲が良さそうなのは羨ましかったな」

 

 そしてトワがそんな感想をもらした。

 

「去年の学院祭といい、生徒会選挙といい、うちは事あるごとに貴族と平民で揉めるからね」

 

 トワの呟きにジョルジュはその時の事を思い出して苦笑する。

 

「それにしても随分と楽しそうだな」

 

 そんな会話に入らずクロウは挨拶回りにいろいろなテーブルに回っているリィンを遠目に眺めて、悪態を吐く。

 

「ああいう奴が女神の寵愛を受けたって言うのかね」

 

 生い立ちこそ不幸だったかもしれないが、その後の彼の経歴は順風満帆とも言えるだろう。

 真っ当な貴族の養子にしてもらい何不自由ない暮らしを与えられ、剣の才能にも恵まれた。

 根も葉もないゴシップと本人は否定しているが、“帝国の至宝”と“王国の至宝”との良縁に恵まれ、極めつけには“女神の至宝”まで所有している。

 どれだけの幸運の星の下に生まれたのか、どんな道に進んでも明るい未来が約束されている《灰の英雄》にクロウは思わず暗い眼差しを向けてしまう。

 

「…………負けるかよ」

 

 魔女からの忠告を思い出してクロウは呟く。

 

「こんなチヤホヤされて頭が幸せなぬるい奴に俺が負けるはずねえだろ」

 

 そんな呟きは誰の耳にも届かずパーティーの喧騒に消える。

 

「あれ……?」

 

 ふとアリサはパーティーの光景に違和感を覚え、周囲を見回して呟いた。

 

「…………あの女の子はいないのね……」

 

 あれだけリィンのことを慕っていた少女がいないことにアリサは首を傾げる。

 

「やっほーⅦ組のみんな。トールズではちゃんと挨拶できなかったけど、あたしはエステル・ブライト。よろしくね」

 

「アリサとはクロスベル以来だね。あの時はレンの誕生会に来てくれてありがとう」

 

 そこにエステルとヨシュアがやって来る。

 

「ヨ、ヨシュアさん……」

 

 突然現れた二人、特にヨシュアに話しかけられてアリサは狼狽える。

 

「アリサってヨシュアと知り合いだったの?」

 

「ええ、まあ……リベールに来た時にちょっと助けてもらったのよ」

 

 フィーの質問にアリサは何とか頷いて見せる。

 別に疚しいことはないのに、クラスメイト達から一斉に向けられる好奇の眼差しにアリサは思わずたじろぐ。

 ここに至ってアリサの頭の中には先程の疑問は残っていなかった。

 

 

 

 

「お疲れ様、弟君」

 

 一通りの挨拶を終わらせたリィンをアネラスが労う。

 

「本当に疲れました……でも、自業自得ですから」

 

 リベル=アークの戦いから行方不明となって心配させ、ここまで挨拶をするのに遅れてしまったのだから当然の報いだと受け入れるしかない。

 

「だけど、やっぱりリベールは良い所ですね」

 

 改めてリィンはパーティー会場を見渡して感想をもらす。

 リィンの生存を心から喜んでくれる者達ばかり。

 対する帝国では純粋にリィンのことを喜んで受け入れてくれている人は一握りしかいなかった。

 帝都での騎神戦を経てようやくリィンに向けられる眼差しに負の感情が薄れてきたものの、それも完全に消えたわけじゃない。

 

 ――もしも俺が死んでも、帝国だと喜ぶ人間の方が多いんだろうな……

 

 思わずそんなことを考えてしまう。

 

「それで……弟君は何を悩んでいるの?」

 

「えっ……!?」

 

 唐突にアネラスに振られた言葉にリィンは息を呑む。

 

「そのくらい分かるよ。また一人で抱え込もうとしているでしょ?」

 

「…………はあ、本当にアネラスさんは時々鋭くなりますよね」

 

「何って言っても私は弟君のお姉ちゃんだからね。さあ観念して白状しなさい」

 

 お姉さん風を吹かせて命令して来るアネラスにリィンは思わず二年前のことを思い出して苦笑する。

 

「そうですね……強いて上げるとしたら――」

 

 別に優劣をつけるつもりはないが、クローゼが気付いたのだからアネラスも気付くだろうと予測していたリィンは動じずに用意していた言葉を作る。

 

「今、老師はどこにいますか?」

 

「おじいちゃん? どうして?」

 

「実はあれから“無仭剣”と“八葉一閃”を一度も使えてないんです」

 

「あー」

 

 アネラスは《影の国》でのリィンの戦いの事を思い出して唸る。

 “無仭剣”、一から七の型の終の太刀を連続で叩き込み、敵の内部に蓄積させた闘気の焔を最後に爆発させる技。

 “八葉一閃”、一から七の型を一閃に集約させた一太刀。

 アネラスもまたリィンが使ってみせた技を自分でも研究して練習してみたのだが、どれもあの時見たリィンの一振りには遠く及ばない。

 

「“無仭剣”の方は途中で息切れしてしまうし、“八葉一閃”の方は半分くらいの型しか混ぜられなくて」

 

「私も試してみたけど、同じ感じだね」

 

「だから老師の意見を頂ければ、完成形に近づけるんじゃないかと悩んでいるんです……

 この先の戦いには必ずこの技が必要になると思います。それに――」

 

「そ……それに?」

 

「俺は見せてもらってないんですが、やはり“八葉一刀流”には《剣聖》と《剣仙》を分ける《奥義》があるんじゃないですか?」

 

 アネラスは思わず言葉を失う。

 己の力を畏れていた少年の成長ぶりは嬉しく感慨深いものがある。

 しかし、同時に珍しい年相応のリィンの期待に輝いている眼差しが痛く感じる。

 《剣聖》と《剣仙》の違い。

 孫のアネラスもこの二つの差を説明することはできない。

 

「えっと……“無仭剣”も“八葉一閃”も凄い技だと思うけど」

 

「でも老師ならもっと凄い奥義を編み出しているんじゃないでしょうか?」

 

「…………」

 

 おじいちゃんならあり得るとアネラスは思って押し黙る。

 

「ちょっと聞くけど、弟君にとってその二つの奥義はどういう位置にあるのかな?」

 

「どういう位置って……所詮は“初伝”が思い付きで作った技ですけど?

 それを奥義なんて言ったらユン老師にまたどやされると思いますが?」

 

「おふ……」

 

 首を傾げるリィンにアネラスは思わず唸る。

 

「ですから、できれば近いうちに老師と一度会っておきたいと考えているんです」

 

「うん。弟君の気持ちは分かったよ……

 だけどおじいちゃんが今どこにいるかは分からないんだ……そうだ。ちょっとカシウスさんに聞いて来るね」

 

「あ……」

 

 アネラスは止める間もなくその場にリィンを残して走り出すのだった。

 その背中をリィンは苦笑を浮かべて見送り――ふと踵を返して空中回廊の端へと一人喧騒の輪から抜け出して虚空に向かって尋ねる。

 

「それで何か用か《道化師》?」

 

「あはは……気付いてたんだ。うまく隠れていたつもりなんだけど。気を使わせちゃったかな?」

 

 リィンの冷めた声に無邪気な返事が虚空から流れ、目の前の空間が歪みそこに怪しげな少年――カンパネルラが現れる。

 

「何の用かって聞いているんだ? まさか今日の祝賀会にちょっかいを出すと言うのなら――」

 

「そんな怖い顔しないでよ。今日の僕はただの運び屋なんだから」

 

 そう言ってカンパネルラは指を鳴らすとリィンの目の前に一振りの太刀が現れる。

 

「ブルブランから君に届けて欲しいって……

 帝都で回収した君の折れた太刀と博物館からすり替えた《聖女の槍》の欠片を合わせて東方の刀匠に造ってもらった新しいゼムリアストーンの太刀だってさ」

 

「ブルブランからの……?」

 

 その名前が出て来てリィンは嫌そうに顔を歪める。

 しかも《聖女の槍》をすり替えたという穏やかではない言葉に早速頭痛を感じる。

 

「……そう言えば彼はいったい何をしているんだ?」

 

 とある事情から琥耀石を手に入れたというのに未だに引き取りに来ていない彼に不信を感じていたが、精神衛生上の理由でリィンはこれまで無視していた。

 

「実は《槍》を君の太刀と同じように色彩を帯びたゼムリアストーンにするため《鋼の聖女》に喧嘩を売って見事目的を果たして、返り討ちにされて全治三ヶ月の重傷を負って入院中なんだよ」

 

 だからこうしてブルブランの代理に自分が太刀を届けに来たとカンパネルラは付け加える。

 思わずその報を聞いてリィンは拳を小さく握りしめた。

 

「それでこの太刀か……」

 

「そ、中々の一品だと思うよ。まだ“外の理”の武具には及ばないけどこの世界で作られる最高傑作なのは間違いない……

 これに“七の聖獣”の加護を合わせればそれこそ“外の理”の武具と遜色ない一振りになるだろうね」

 

「そうだな……」

 

 浮かんでいる太刀を手に取って鯉口を切って刀身を見る。

 以前のものよりも濃くなった黒に近い赤の刀身。そして縁取りするように線を引いた金の刃紋。

 一目見るだけでも以前の太刀よりも存在感を増したと分かる太刀。

 それを確認してリィンは静かに鯉口を戻す。

 

「それでその太刀とは別件なんだけど、君が《風の剣聖》から貰ったアーティファクトを譲ってくれないかな?

 まあ、譲ってくれなくても目の前で処分してくれればそれで構わないんだけど、もちろんタダとは言わないよ。この――」

 

「勝手に話を進めないでもらえるか」

 

 リィンはカンパネルラの言葉を遮って、無造作に手にした太刀を投げ返した。

 

「何か気に入らなかったかい?」

 

「生憎だが、代わりの太刀の当てはあるんだ。そうでなくてもお前達《結社》に施しを受ける理由はない」

 

 明確な拒絶を示すが、この言葉は嘘である。

 “鋼の太刀”の錬成ができていない現状ではブルブランが用意した太刀は確かに欲しい。

 マクバーンは“外の理”を持たせたがっていたし、どうにも《結社》は自分に対していろいろ干渉して来るがここで言われるがまま受け取ってしまえば後が怖い。

 何より、向こうから持ち掛けて来た取引を利用しない手はない。

 

「どうしても受け取って欲しいなら、こちらの要求を二つ飲んでもらう」

 

「意外だな。それはもしかして“千の手”の薫陶かな? それとも《教授》の影響?」

 

「さあな。まず一つ、交渉相手を《鋼の聖女》にしてもらう。《道化師》に要求するものはないからな」

 

「確かにそうだね。それじゃあもう一つが本題かな?」

 

 リィンの毅然とした態度にカンパネルラは楽し気に頷く。

 

「ああ、だがこっちも何の準備もしていないから後日改めて交渉の席を作って欲しい」

 

「それは構わないけど、少しは何を企んでいるのか勿体付けずに教えてくれないかな?

 うちの聖女様を説得し易くするためにもさ」

 

 建前半分にカンパネルは情報を引き出そうと渋ってみせる。

 リィンからの交渉なら今の《鋼の聖女》は十中八九、嫌な顔せずに乗って来るだろう。

 譲歩を求めたのはカンパネルラの楽しみから。

 目の前の少年が何を考えて、何をしようとしているのか、興味をそそられたから。

 

「“黒の騎神”を倒すための切り札について、それだけ伝えてくれれば良い」

 

「へえ……」

 

 たったそれだけの言葉にカンパネルラは笑みを深める。

 

「了解、確かに伝えるよ」

 

 それ以上は何も言わずにカンパネルラは指を鳴らすとその場から消える。

 

「………………はあ」

 

 周囲の気配を探り、カンパネルラの気配が完全に消えたことを確認してリィンは深々と息を吐く。

 最後の最後で疲れる交渉が不意打ちで来たことに思わず愚痴りたくなる。

 

「劫炎と聖女に鍛えられたゼムリアストーンの太刀か……」

 

 しかし同時に差し出された太刀に思いを馳せる。

 使われている材料もさることながら、リィンは詳しいわけではないが触れただけで工業加工とは一線を画す匠の技に心が震えた。

 カンパネルラには拒絶を返したものの、太刀の魅力にリィンは折れそうになっていた。

 

「あの太刀に聖獣の加護を付与するのか……」

 

 いけないと分かっていてもそれを夢想してしまう、

 錬成した“鋼の太刀”に行う予定だったが見直す必要があるかもしれない。

 

「…………とにかくこれでリベールでの用事は全部終わったか」

 

 意識を太刀から切り離してリィンは改めて息を吐く。

 生存報告を始め、レグナートとの話し合いや、自分の現状についての発見など実りの多い旅だった。

 

「また明日から帝国か……」

 

 リベールの夜景を眺めながらリィンは目を伏せて、気を引き締め――

 

「リィン君、主役が一人で何してるのよ! こっちに来なさいっ!」

 

「は、はいっ! 今行きます」

 

 大きな声で呼ばれたリィンは祝賀会の喧騒に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 トリスタ。第三学生寮前。

 

「お帰りなさい皆さん」

 

 リベールから帰った一同をシャロンは玄関先で待ち構えていたように出迎える。

 

「実は皆さんが旅行に行っている間に、おそらくリィン様のお客様が訪ねて来られました」

 

「俺に客ですか? それに何だか妙な言い方ですね?」

 

 シャロンの珍しく歯切れの悪い説明にリィンは首を傾げる。

 

「ええ、少々困惑しております」

 

「あんたにしては珍しいわね。どうやらそのお客様っていうのは中にいるみたいね」

 

「ええ、とにかく入ってみましょう」

 

 サラの言葉に頷きながら、リィンは学生寮の扉を開ける。

 その扉を開いた先の玄関には魔獣が寝そべっていた。

 

「なっ――」

 

「お前は……」

 

 思わず臨戦態勢に入るサラ達だったが、リィンは身構えもせずにその魔獣の前に進み出る。

 

「どうしてお前がこんなところに?」

 

 リィンが話しかけると寝そべっていた魔獣は顔を上げて唸り声で答える。

 

「ガウ、ガウ……ガア……」

 

「いや、そんなことを急に言われても困るんだけど」

 

「リィン、その魔獣の言葉が分かるの?」

 

 普通に言葉を返すリィンにアリサが尋ねる。

 

「ああ、何となくだけどな」

 

 リィンは困ったように頭を掻く。

 

「良く分からないが、その飛び猫は魔獣じゃないのか?」

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

 要領を得ないリィンの言葉にマキアスは首を捻って尋ねると、魔獣は突然威嚇するようにマキアスに向かって吠える。

 

「ひっ……」

 

 小さな体躯だというのに体の芯を震わせる咆哮にマキアス達は思わず竦み上がる。

 が、それを好機として襲い掛かるのではなく、魔獣は飛び猫との違いを示す様に背中を向けて羽と尻尾を見せつける。

 

「えっと……リィンさん。私、とっても嫌な予感がするんですけど」

 

 エマは白猫を抱えたまま顔を引きつらせて、自分は偉いんだぞと言わんばかりに胸を張る魔獣を凝視する。

 

「その勘は正解だよ」

 

 リィンはため息を吐いて、彼の言葉を通訳する。

 

『私の名はゾロ=アグルーガ。二代目“大地の聖獣”……飛び猫などという下等な魔獣と一緒にしないでもらおう』

 

 

 




レンハイム兄弟
エステル
「こうしてちゃんと話をするのは初めてだけど、君があのオリビエの弟なんだ」

ヨシュア
「ちょっと……いやだいぶ予想が外れたね」

シェラザード
「ふーん……あんたがオリビエの……まあ良いわ。とりあえず飲みなさない」

サラ
「はいはい、お酒なら私が付き合ってあげるから未成年に飲ませようとすんじゃないわよ」

アガット
「エリカがいるから大丈夫だろうが、お前の兄貴みたいにティータにちょっかい掛けてないだろうな?」

クローゼ
「クリス君はこのまま真っ直ぐ成長してください」

リシャール
「上に立つ者のとして柔軟な思考は必要だが、羽目を外し過ぎてはいけないと覚えておきたまえ」

クリス
「何か会う人がみんなに兄上と比べられた見方をされたんですけど、帝国の人達と違う意味に感じたのは何でだろう?」

ユーシス
「それもあるが、リベールの者達はみんなクリスの兄がオリヴァルト殿下だと知っているんだな」



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