(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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66話 第五回実技テスト

 

 

 ミリアム・オライオン。

 若干13歳でありながら《帝国軍情報局》のエージェント。

 レクターやクレアと同じ《鉄血の子供達》と呼ばれている一人であり、コードネーム《白兎》、もしくは《銀色の傀儡使い》として名が知られている。

 

「オライオンか……」

 

 校舎から中庭を見下ろし、そこでフィーやラウラと一緒に昼寝をしている少女を見ながら呟く。

 ラウラとしては珍しいことなのだが、近頃よくフィーと鍛錬していることもあり、付き合いの一環なのだろう。

 外で横になって眠ることに挑戦してみたは良いものの、緊張で目が冴えてしまったのかラウラが寝入る気配はない。

 しかも両脇をフィーとミリアムに固められて起きることもできずに途方に暮れてしまっている。

 そんな平和で微笑ましい光景を前にしながらも、リィンの表情には陰りがあった。

 

「割り切ったはずなんだけどな……」

 

 古傷が痛むような感覚にリィンはため息を吐く。

 確かにあの戦場にはミリアムに似た女性がいたが、彼女たちの生まれの特殊さから別の個体だということは分かっている。

 もっと言えば、彼女とミリアムには接点はないに等しい。

 故にミリアムを問い詰めることに意味はないのだが、別の意味でリィンは警戒心を強くしていた。

 

「このタイミングで《鉄血の子供》が編入して来たって言うことは……探りを入れに来たのか?」

 

 先日、イオの手配を解くためにクレアと会った時には特に話題にならなかったが、そう考えるのが妥当だろう。

 別の理由を考えるなら、《帝国解放戦線》と遭遇率が高いⅦ組に参加させることで捕えるための足掛かりにするつもりなのかもしれない。

 

「どちらにしても注意しておいた方が良いだろう」

 

 天真爛漫であっという間に学院に馴染んでしまったその性格はリィンも好感がもてる。

《友人》として仲良くできるかもしれないが、できることなら敵対することがないことを願う。

 

「まさかこっちの剣を鈍らせるために……何て邪推のし過ぎかな?」

 

 物騒な思考に行くことにリィンは頭を振って、その考えを払う。

 ルフィナ達に言われているが《黄昏》に向けて焦り過ぎている思考はリィン自身も良くないことは自覚している。

 もっとも味方造り、二年後に向けての地盤固めもできない状況を考えるととても楽観視できない。

 

「あら、リィン。こんなところで何しているの?」

 

「あ…エリカ先生」

 

 呼びかけられてリィンは振り返る。

 

「珍しいわね。アンタがこんな距離に近付いても気付かないなんて」

 

「そうですか? でも珍しいって言うならエリカ先生も昼休みのこの時間に校舎にいるのは珍しいですね」

 

「ここに置いてもらう条件が先生だからね。最低限のことはしておかないと教頭がうるさいのよ」

 

「あはは……」

 

 サラと同じ愚痴をもらすエリカにリィンは愛想笑いで誤魔化す。

 ちなみに余談だが、彼女の夫であるダン・ラッセルは用務員として働いている。

 

「そういえば急ぎで作ってもらいたいものがあるんですけど」

 

「ん? 何々?」

 

 リィンのその一言にエリカは気怠げだった雰囲気を一瞬で取り払って活き活きとし始める。

 

「騎神用の武器を二つ、この設計図通りに作って欲しいんです」

 

「ふむふむ……材質はクレダレゴン? それに内部に空洞って、こんなんじゃ武器として成り立たないわよ?」

 

「分かってます。武器として使えるのは一回で十分です……

 空洞に関しては中に入れる物があるので、後で実物は見せます」

 

 未だに《鋼の太刀》の錬成ができないのは変わらないが、それぞれの至宝の欠片から十分な性能を持たせた武具を作り出すこともできていない。

 ゴルディアス級のフレーム素材を外殻にして欠片を中に容れた武器というのがリィンが出した妥協案となった。

 

「何を入れるのか……それは近頃リィン君が使っている部屋でやっている実験と何か関係があるのかしら?」

 

「それは……」

 

「ま、良いわ」

 

 言い淀むリィンにエリカはすぐに追及をやめる。

 意外なエリカの反応にリィンは目を丸くする。

 

「良いんですか?」

 

 エリカを始めとする博士たちが自分の実験をしていることを知っていた上で放置している事態にリィンは思わず警戒する。

 

「気にはなるけど、他人がやっている研究を興味深いからって勝手に首を突っ込むのは技術者としてマナー違反よ」

 

「エリカ先生……」

 

「もちろんリィン君が発表してくれたり、アタシたち――アタシに相談してきてくれた場合は手加減するつもりはないけどね」

 

「エリカ先生……」

 

 わざわざ自分だけを個別に頼れと言わんばかりの強調したエリカの言葉にリィンは一瞬感じた尊敬の念の行き場に困る。

 

「とりあえず騎神の武器については了解したわ……

 一つ確認しておくけど、ゼムリアストーンの太刀に不満があったわけじゃないのよね?」

 

「はい。それとは別の理由で必要なものになります」

 

「オッケー、それじゃあ今週末までに作っておくわ」

 

「え……? 流石にそこまで急がなくても――」

 

「フフフ、そうよね。そういえばあっちの機体も本体を作る事ばっかり考えていたけど、どんな武器を持たせるかも考えないといけないわよね」

 

 踵を返して背中を向けたエリカが今どんな笑顔を浮かべているのか容易に想像できる。

 

「よーし! 漲って来たわよっ!」

 

 そして止める間もなくエリカは駆け出して行くのだった。

 

「ははは、ラウラから聞いていたが彼女がリベールから来ている先生か」

 

「アルゼイド子爵閣下……気配を断って後ろを取るのはやめてください」

 

 特に驚きもせずリィンは振り返る。

 

「子爵閣下はどうしてこちらに? 確か武術指南は来週のはずでしたよね?」

 

「ああ、本来ならその予定だったのだが学院側で予定が変わって、その話し合いをすることとなったのだよ」

 

「それは……俺が聞いても大丈夫なことなんですか?」

 

「なに今日の放課後にサラ教官から聞かされるだろうから構わないさ……

 今月末に行われるはずだった《特別実習》。その候補地がレグラムだったが、君がクロスベル通商会議に護衛官として同行することとなっていくつか調整をすることになったのだよ……

 今日はその話し合いと、ついでに武術指南と実技テストが明日に変更されたというわけだ」

 

「それは…………申し訳ありません」

 

「君が謝ることではないさ」

 

「そうかもしれませんが、先週はリベールに付き合わせて特別実習も変更……なんだか俺が皆を振り回しているみたいで」

 

「フ……それも良い経験だろう。物事は往々にして予定通り進むとは限らないのだから」

 

 レグラム領主だからこそ感じる実感のある言葉にリィンは苦笑する。

 

「そうなると通商会議当日はラウラ達はここにいるんですね?」

 

「いや、今日の会議でその日は前日から一学年全体での《特別実習》としてガレリア要塞での軍事演習の見学を行うことが決定した」

 

「一年全体での《特別実習》ですか……」

 

 もちろんリィンはその日はクロスベル入りしているはずなので例外だろう。

 

「前日とは言え、通商会議の直前にそんなことをして大丈夫なのでしょうか?」

 

「おそらく示威行為の一環なのだろう……

 カルバード側の軍事基地でもこちら側と同じように軍事演習が予定されているらしい」

 

「何と言うか……結局どちらも変わらないですね」

 

 暗黒時代では“焔”と“大地”の眷属が、現代では帝国と共和国。

 何も進歩していない人間たちにノイやイオが何を思うのか心配になる。

 

「ところで子爵閣下はどうして俺の所に?」

 

 以上のことはわざわざヴィクターがリィンに話をしなくても放課後のホームルームの時間にサラが教室で教えてくれていただろう。 

 

「もしかしてラウラに用ですか? ラウラなら今、あそこで――」

 

 リィンは窓の外へと視線を促す。

 そこには中庭の木陰で気持ちよさそうに昼寝をしている三人の姿があった。

 先程まで横になっても起きていたラウラはいつの間にかフィーとミリアムと同じように寝入ってしまっていた。

 

「ふむ……」

 

「使いますか?」

 

 そんな娘の姿にヴィクターは意味深に頷き、そんな彼にリィンはどこからともなくオーバルカメラを取り出して差し出す。

 

「かたじけない」

 

 ヴィクターはそれを受け取る。

 

「あ、そのオーバルカメラには望遠機能がありますから――」

 

「ああ、大丈夫だ。分かっている」

 

 最新のオーバルカメラだというのにヴィクターは慣れた手付きで機能を操作して、一枚シャッターを切ってカメラをリィンに返す。

 

「…………もしかしてリベール旅行でのラウラの写真が欲しいから、何て言いませんよね?」

 

 まさかと思いつつ、リィンはヴィクターに尋ねる。

 リベールで撮った写真はみんなにそれぞれ配っている。

 ラウラが写っている写真は当然彼女が持っており、彼女が実家に送らない限りはヴィクターがそれを見る事は叶わないだろう。

 

「ははは、そんなまさか。そんな娘のプライバシーを侵害するつもりはないさ」

 

 今、その娘のお昼寝姿を激写したことをリィンはあえて突っ込まないでおいた。

 リィンもノイやリンのプライバシーは尊重するが、そういう無防備で微笑ましい光景は写真に収めておきたい衝動に駆られることもあると理解している。

 

「実は先月の帝都で聞きそびれていたのだが……《箱庭》の中で“暗黒竜”と戦うことはできるのかな?」

 

「それは……」

 

 直前までの緩んでいた空気が一気に張り詰めて、ヴィクターは心なしか期待を含んだ眼差しをリィンに向けてくる。

 ヴィクターは帝国内でも数少ないリィンの《箱庭》の性能を知っている者の一人。

 それを使えば過去にリィンが相対した敵と疑似的に戦えることを知っているからこそ、伝説の魔獣に挑める好機に心を逸らせていた。

 

「できると言えばできるんですけど、できないと言えばできません」

 

「そうか……まあ無理強いするつもりはないが」

 

 歯切れの悪い否定的な答えにヴィクターは残念そうに肩を落とす。

 

『お? アタシは別に構わないけど?』

 

『いや、君はまだ病み上がりだろ?』

 

『気遣ってくれるのはありがたいけど、アタシも今の自分に何ができるのか知りたいからね……

 外ではまだほとんど何もできないけど《箱庭》の中でならその限りじゃないよ。それにリィン君で試すわけにはいかないから』

 

『確かにそうですけど……』

 

 《箱庭》ではリィンがこれまで戦って来た相手と疑似的な戦闘をすることができるのだが、これは全く制限がない機能ではない。

 元々の力がリィンから供給されているため、力の強い敵を再現すればリィンの霊力が消耗されてしまう。

 仮想敵もそうだが、ルフィナとの手合わせも彼女の術の消耗は巡り巡ってリィンの消耗になるため、自己鍛錬にはあまり向いていないのが欠点である。

 もっともそれはリィン側の問題であり、他人が利用する分には何の問題もない欠点ではある。

 

「どうかしたのかね?」

 

 《箱庭》の中にいるイオと思念で会話していたリィンにヴィクターは首を傾げる。

 

「何でもありません。ちょっと新しい住人に話しかけられて……

 それで子爵閣下がよろしければ“暗黒竜もどき”と戦ってもらうことはできます」

 

「何やら込み入った事情があるようだな……しかし戦えると言うなら是非もない」

 

 嬉しそうに笑うヴィクターにこの“闘争本能”はどこからくるのだろうかとリィンは悩む。

 

 ――これも“闘争の呪い”の……いや、何でもそのせいにするのはよくないか……

 

「ふむ……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、暗黒竜と戦うのは日を改めよう……それよりも何か悩みを抱えているのかね?」

 

「っ――何のことですか?」

 

「取り繕わなくても構わんさ。君には娘が迷惑を掛けている……

 いや、そうだな。やはり“暗黒竜”との戦いはやらせてもらおうか」

 

「子爵閣下?」

 

 再び前言を撤回するヴィクターにリィンは困惑する。

 

「これで私はラウラと共に君への貸しはさらに大きくなってしまったな……

 私としてはすぐにでも恩を返したいのだが、何か悩みはないかなリィン君?」

 

「……恩返しの押し売りはどうかと思いますが?」

 

「だがこうでもしなければ君のような人間は一人で抱え込んで、自分の中で答えを出してしまうのではないかな?」

 

「それは……」

 

「ふふ……では今日の夕方にでも寮に訪ねさせてもらうとしよう」

 

 では、とリィンの制止を聞かずにヴィクターはその場から立ち去ってしまう。

 

「…………何だか強引に決められてしまった……」

 

 こちらが悩みを話すことを前提にことを進められてしまったことにリィンは言いようのない敗北感を突き付けられた気持ちになる。

 質実剛健で知られるアルゼイド子爵だが、帝国貴族の一員である以上腹芸ができないわけではない。

 もっともその腹芸も豪快に踏み込んでの一刀両断という力技。

 ある意味らしいのだが、これまでの交渉経験にはない相手だっただけに押し切られてしまった。

 

「まだまだだな……」

 

 未熟さを痛感するように肩を竦めるリィンだが、重く沈んでいくばかりだった気が少しだけ軽くなった気がした。

 

 

 

 

 8月18日、水曜日。

 一週間早まった特別実習の影響を受けて、実技テストも一週間早まったその日。

 一通りのテストが終わった最後、リィンはある男と対峙することとなった。

 

「ではサラ教官、立ち合いの合図を頼めるかね?」

 

 その男は慇懃無礼な態度で呆然とするサラに尋ねる。

 

「え……ええ……」

 

 誰に対しても物怖じしないサラは苦虫を噛み潰したような顔で頷き、リィンと向き合う男の間に立つ。

 

「すまないな。このようなことに付き合わせてしまって、愚かしいことに君の力を騎神頼りのものだと陰口を叩く輩がいるものでね」

 

「いえ……」

 

 男の謝罪にリィンは短い言葉を返しながら、校舎への階段の上に並んでいるギャラリーを一瞥する。

 

「そういう名目で陛下達が授業参観に来たんじゃないですよね?」

 

「フフ、それは御想像に任せるとしよう」

 

 はぐらかす答えにリィンは思わずため息を吐きたくなる。

 観客は《西ゼムリア大陸通商会議》に参加する随行団。

 その中にはオリヴァルト皇子を始めとしたリィンの顔見知りもいるのだが、それ以外にエレボニア帝国皇帝ユーゲント三世とプリシラ皇妃までいた。

 彼らもまた、リィンへの不満を払拭させるために立ち会うことを名目としてここにいるのだが、それはどこまで建前なのだろうか。

 授業開始から皇帝陛下達に見学されることとなったⅦ組達、クリスを含めて場慣れをしていない者達は普段とは精彩を欠いたぎこちない動きをしていた。

 

「さて、では陛下達を待たせるのもこれくらいにして、ここから先は剣で語り合うとしようか」

 

 男は軍刀を抜き放ち構える。

 

「百式軍刀術でしたね」

 

「フフ、昔とった杵柄、君の眼鏡にかなうかは分からぬが……胸を貸してもらうとしよう灰の英雄殿」

 

「それはこちらの台詞です」

 

「フフ、楽しませてくれたまえ」

 

「えー……それじゃあこれよりリィン・シュバルツァーとギリアス・オズボーンの“手合わせ”を行います」

 

 サラが観客に向き直って宣言し、振り返る。

 リィンは開始の合図に向けて意識を集中させつつ、ギリアスに尋ねる。

 

「そういえばこれに勝ったら俺の質問に一つ答えてもらって良いですか?」

 

「ほう……良いだろう」

 

 リィンの提案にギリアスは興味深そうに頷く。

 

「それでは――――始めっ!」

 

 

 

 

 

 

「蒼き焔よ――」

 

「黒き焔よ――」

 

 いつかの戦いと同じように蒼と黒の焔がぶつかり合い互いを喰い合って消滅する。

 

「ほう……《影の国》からさらに腕を上げたようだな」

 

 鍔迫り合いに負けないリィンにギリアスは楽しそうに言葉をもらす。

 

「やはり貴方は覚えているんですね」

 

 レクターは薄々察している様子だったが、他の者達は《影の国》での出来事を一夜の夢程度にしか考えず、すでに忘却してしまっている。

 しかし、男はその中の例外としてその時の経験のことを語る。

 

「中々に楽しい夢だったよ。おかげで久しぶりに剣を振りたくなった程だ」

 

 あの時にはなかった鋭さで切り返される刃をリィンは紙一重で避けて切り返す。

 錆落としがされたギリアス・オズボーンの剣はあの時よりも強くて速い。

 

「さあ、どこまで付いてこれるかな?」

 

「っ――」

 

 徐々に剣戟の圧力と密度を上げていくギリアスにリィンは必死に食らい付く。

 

「鉄血宰相……これ程とは……」

 

「頑張ってリィンさん」

 

「あはは、オジさんってこんなに強かったんだ」

 

 観客たちはその戦いを手に汗握り、声援を送る。

 

「ふふ……これだけ見せれば彼らも納得してもらえたようだ」

 

 上段からの唐竹割りを受け止められながら、ギリアスは横目で観客の様子を確認してリィンに話しかける。

 

「そうですね――っ!」

 

 太刀で受け止めた姿勢のまま、前蹴りでギリアスの胸を蹴り突き飛ばす。

 

「螺旋撃・焔っ!」

 

 こじ開けた隙にリィンは業炎の焔を宿した螺旋の一撃を叩き込む。

 

「ぬおっ!」

 

 軍刀に走る衝撃にギリアスは大きく弾かれて膝を着く。

 

「…………まさか私が膝を着かされるとはな」

 

「嫌味ですか? まだ本気を出していないですよね?」

 

 油断なくリィンは太刀を構えてギリアスの呟きに答える。

 

「一つ聞かせてもらうが、私と聖女、君はどちらが強いと思っているのかな?」

 

「“鋼の聖女”ですね」

 

「……そうか……」

 

 即答された答えにギリアスは目を伏せ、立ち上がる。

 

「それでは少し本気を出させてもらうとしよう」

 

 ギリアスは笑みを深くして、おもむろに左手で自分の胸を掴み、吠える。

 

「オオオオオオッッッ!!!」

 

「っ――まさか……」

 

 ギリアスの雄叫びにリィンは胸に走った痛みに顔をしかめる。

 その身体から漆黒の鬼気が迸り風が荒れ狂う。

 

「鬼気解放っ!」

 

 そしてギリアスの髪が白く、瞳が真紅に染まる。

 

「魂に刻むがよいっ!」

 

 掲げた軍刀に黒い焔が天高く伸びる。

 黒き焔はもはや刃と言うよりも、雲に届かんとする黒き柱。

 振り下ろされた一撃は校舎を激震させ、校庭を二分にする深い傷を生み出した。

 

「むっ……やり過ぎてしまったか」

 

 舞い上がる土埃に視界を奪われたギリアスはその結果に、いつかと同じことを呟いて我に返る。

 しかし――

 

「壱の型《螺旋撃》」

 

「っ――」

 

 土埃のカーテンを切り裂いて迫る一撃をギリアスは咄嗟に軍刀で受け止める。

 ギリアスと同じように《鬼気》を解放したリィンはその反動で距離を取り、助走をつけて太刀を一閃する。

 

「弐の型《疾風》」

 

 声を頼りに振り向いた瞬間、神速の風が吹き抜け、疾き一撃が軍刀を震わせる。

 ギリアス・オズボーンが《黒》の起動者であることは確定した。ならば今の全力がどこまで通じるのかリィンは試すつもりで斬撃を重ねる。

 

「参の型《業炎撃》」

 

 渾身の力を込めた上段からの焔の一撃を軍刀に目掛けて叩き込む。

 

「肆の型《紅葉斬り》」

 

 ギリアスの目は白い影を捉えるが、抵抗することもできずに鋭い斬撃を軍刀に受ける。

 

「伍の型《残月》」

 

 溜まらずたたらを踏んだギリアスに追い縋り、力を溜めた居合の一閃が叩き込まれる。

 本来なら全ての型を“終の太刀”で繰り出す技だが、今のリィンには息が続かない。

 しかし“鏡火水月の太刀”へと繋がない、基本の型ならそれに当てはまらない。

 

「陸の型《孤影斬》」

 

「オオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 腕の痺れが限界に達しながらもギリアスは鬼気で身体を満たして剣閃を力任せに迎撃する。

 

「漆の型《無想覇斬》」

 

 ダメ押しと言わんばかりに連続剣をギリアスは受け止める。

 

「耐えたぞ。リィンよ」

 

 八葉一刀流は無手の型を別にして七つの型によって成り立っていることをギリアスは知っている。

 その全てを息も吐かせない連続攻撃として使ってきたスタミナと最後まで衰えない剣撃の精度にギリアスは舌を巻き――

 

「《金剛撃》」

 

「なっ!?」

 

 七つの型にない突きの一撃が気を緩めたギリアスの眼前に迫る。

 咄嗟に仰け反り、その突きを倒れるように避ける。

 だが――

 

「壱の型《螺旋撃》」

 

 伸び切った突きが軌道を変え、螺旋の力が乗った強撃へと変化する。

 突きの一撃を死に体になってでも躱したギリアスにそれを受ける余裕はなく、その一閃は軍刀を砕いた。

 

 

 

 

「これが超帝国人同士の戦いと言うものなのか……凄まじいものだな」

 

 立ち昇った土煙にユーゲントは慄く。

 

「ええ、まさかオズボーン宰相がこれ程の力を持っていたとは思いませんでした」

 

 そんな父の呟きに同意するようにオリヴァルトは頷く。

 

「ところでミュラー。僕の目にはオズボーン宰相が技を放つ直前、髪が白く染まったような気がしたんだけど」

 

「ああ、黒い闘気に遮られて見え辛かったが、あれはシュバルツァーと同じ《鬼の力》だった」

 

 親友からの同意を得られてオリヴァルトはため息を吐く。

 

「もはや隠すつもりはないと言うことか」

 

 《鬼の力》は騎神に由来する力。

 ならばそれを使ったギリアスは自分からその関係者と認めたようなものだった。

 

「それにしてもリィン君は無事なのか?」

 

「それは――」

 

 ユーゲントがリィンの身を案じる言葉にオリヴァルトは我に返り――剣戟の音が土煙の中から響き、目を剥いた。

 

「まさか……」

 

 剣戟の音はさらに重なり、まだ戦いは続いていることを示す。

 甲高い音が響く度に風が坂巻き、濃い土煙は徐々に晴れていく。

 オリヴァルト達の目に二つの人影が見えたところで、片方の人影が後ろに倒れ込み、剣が折られて手から弾き飛ばされる。 

 そしてもう片方の人影が倒れた相手に剣を突きつけて、そこで剣戟の音は止まった。

 徐々に晴れていく土煙に、オリヴァルト達は緊張した面持ちで微動だにしない二人を見守り、土煙が晴れるのを待つ。

 そして――

 

「さて、随行団の皆さん」

 

 その結果にオリヴァルトは満足そうに頷き、リィンが護衛官としてクロスベルに同行することに難色を示していた随行団員達に振り返る。

 

「リィン君の力は今、皆さんが目にした通り。決して“騎神”頼りの英雄ではないことは分かってもらえたでしょう」

 

 これまで何かとリィンについて粗を探す様に文句を呟いていた者達は一様に言葉を失って呆然自失となっている。

 

「確かにリィン君はまだ年若く、経験不足な面はあるでしょう……

 ですが、少なくてもオズボーン宰相を護るに足る実力があることは証明できたはず。そして彼は誰よりも護衛と言う仕事の大切さを理解していることはボクが保証しよう」

 

 オリヴァルトの言葉に反応は返ってこない。

 

「どうやらクスリが利き過ぎてしまったようだね」

 

 呆然とする彼らにオリヴァルトはしたりと頷くのだった。

 

 

 

 

「見事だ、リィン・シュバルツァー。それで私に何を聞きたいのかね?」

 

 喉元に突きつけられた刃が引かれ、ギリアスはリィンに向けて最大の賛辞を送り、戦う前にリィンがした勝利の報酬を尋ねる。

 

「ミリアムのことですが……」

 

 リィンは亀裂が入った太刀に顔をしかめながら尋ねる。

 

「あの子は《鉄血の子供》と呼ばれているみたいですが、カーシャ母さんから浮気をして、他所でできた子供ですか?」

 

「ぶっ!?」

 

 自分を正面から打倒してみせたリィンの実力に表情を緩めないように努めていたギリアスは不意打ちの問いに巷で評判の鉄面皮を崩して吹き出した。

 

「冗談です」

 

 ギリアスが何かを答えるより早くリィンは笑って訂正する。

 

「本当の質問は俺が《黒》に勝ったら、俺の命はそこで終わりなのかどうかです」

 

「な、何故それを!?」

 

 思わずギリアスは聞き返し、しまったと顔を歪めた。

 

「やはりそうでしたか……おかげで改めて覚悟が決まりました」

 

「リィン・シュバルツァー……君は……いや、何も言うまい」

 

 機先を取られ、動揺を抑え切れずに素直に反応してしまったことにギリアスはしてやられたと肩を落とす。

 問いに対して教えてやると言う上から目線でいたが、良いように情報を抜き取られてしまい、手合わせで負けた以上の敗北感にギリアスはため息を吐いた。

 

 

 





緊急会議
オリヴァルト
「さて、それではリィン君が護衛官として同行することに不満を持つ者がいなくなったことで緊急の会議を始めようか」

ギリアス
「ほう……オリヴァルト皇子、それはつまりあれのことですかね?」

オリヴァルト
「そう、あれです。オズボーン宰相」

ギリアス
「確かにそれは極めて重要な、帝国の威信に関わる事ですから、早急に決めなくてはいけませんね」

オリヴァルト
「ははは、珍しく気が合ったね」

リィン
「どうしてあれやそれで会話が分かるんだろう? それでオリヴァルト皇子、何を決めるんですか?」

オリヴァルト
「うむ、それはずばりリィン君に着せる礼服のことさ」

リィン
「そんなの学院の制服で良いんじゃないでしょうか?
 随行団の一員として来るトワ先輩も特に礼服の指定はされていないと聞きますが」

ギリアス
「それは彼女はあくまでも随行団の手伝いが役割だからだ……
 君は私の護衛官として同行するのだから、相応の恰好をしてもらわなければ私や皇子、ひいては帝国の恥をさらすことになるだろう」

オリヴァルト
「オズボーン宰相の言う通りだよ。と言うわけでリィン君にはボクが新しい魔界皇子衣装を――」

ギリアス
「いえ、ここは“鉄血の騎士”という名目で新しい衣装を――」

リィン
「ミュラーさん、正規軍の軍服を借りることはできますか?」

ミュラー
「ああ、すぐに手配しよう」

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