(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

7 / 156
7話 リベールからの届け物

 

 

 四月十八日。自由行動日。

 生徒会から引き受けることになった仕事を手早く終わらせ、リィンは旧校舎にクリスと共に来ていた。

 クリスは午後からフェンシング部の練習があり、それまで旧校舎の探索をすることになった。

 

「それじゃあ準備はいいなクリス?」

 

「はい」

 

 だいぶ馴染んだ様子の《風の魔剣リヴァルト》を腰に携えたクリスは意気込む。

 

「アルファも前と同じようにクリスの護衛を頼むな」

 

 そして技術棟から借りた戦術殻は電子音を鳴らしてリィンの言葉に頷くように浮遊している体を上下にする。

 

「ノイも援護よろしくな」

 

「うんっ!」

 

 リィンの言葉に張り切って見せる人形型戦術殻のノイ。

 これが灰の試練の第二拘束に挑むメンバーだった。

 既に《灰》との試練は終わっているのだが、この施設は起動者を選別すると同時に鍛えるためのものでもある。

 《魔女の眷属》――それもローゼリアが作り出した試練はまだまだ実戦経験が足りてないクリスにはいい経験になるだろう。

 そしてリィンにとっても、リィンの実力に対応した敵を用意してくれるこの試練の場は《箱庭》とは別の意味で良い訓練場だった。

 

「それじゃあクリスは先行してくれ。十分後に俺達はクリスの討ち漏らしを掃討しながら追い駆ける」

 

 前は初めてだったということで共に攻略したが、訓練が目的ならと別行動をすることにする。

 危険があれば戦術殻に内蔵された警報器を鳴らせば音でリィンに、救難信号で技術棟に合図が送ればいいのだが、それはあくまでも最低限の安全を考慮しての手段。

 

「ところでリィンさん」

 

「うん? どうしたクリス?」

 

「最奥で待ち構えている番人ですが、リィンさんが追い付く前に倒してしまっても良いんですか?」

 

 自信に満ちたクリスの言葉にリィンは虚を突かれ、笑顔を返す。

 

「随分と調子に乗っているみたいだな」

 

 そしてリィンはドヤ顔をきめるクリスの頬をつねる。

 

「いひゃい! いひゃいれす! ひぃんさん!」

 

「自信を持つことは悪いことじゃないが慢心しているなら今日の旧校舎探索はなしにするぞ」

 

「ち、違います」

 

 解放された頬をさすりながらクリスは弁明する。

 

「た、確かに今なら一人でも大丈夫かなって思っているかもしれませんが、僕が言いたいのは番人を倒せたら《ブリランテ》も僕に使わせてもらえませんか?」

 

「《ブリランテ》を?」

 

 《炎大剣ブリランテ》。

 クリスに渡した《風のセピス》を使って作った《風剣リヴァルト》とは異なり、《火のセピス》で造った魔剣の一つだ。

 セピスの圧縮強度実験も兼ねていたものでもあり、それこそアルゼイドの大剣並みの両手剣になる。

 

「いきなりどうしたんだ? ああ、もしかして《リヴァルト》の属性は《風》だから《火》の方が良かったか?」

 

 クリスの戦技は火属性なのはリィンも知っている。

 が、何も意地悪でリィンも《風の魔剣》をクリスに与えたわけではない。

 単に片手剣がそれだけだったからなのだが、やはり彼の戦技の性質を考えると相性が悪かったのだろうか。

 

「それなら片手剣で作り直すか?」

 

「い、いえ、そうじゃないんです!

 リヴァルトが良い剣なのは間違いありません。でも他の魔剣に興味があるのが半分と、シグムントさんに言われた僕の武器を扱う才能を考えて大剣も使えるようになっておこうと考えているんです……

 いえ、大剣だけじゃなくてそれこそいろいろな武具を相手によって使い分ける戦い方、それが僕が目指すべき《武》なんじゃないでしょうか?」

 

「それはまた大それた考え方だな」

 

 確かにシグムントの目利きが全く的外れだとは思えないが、本当に大成するかどうかは結局のところやってみないと分からない。

 もしかすればシグムントの評価を超えて、限界を超える事だって決してありえないわけではない。

 

「あまりお勧めはしないぞ……

 一つの流派を修めるだけでも難しいのに、手を出し過ぎればどれも中途半端なものにしかならないだろう」

 

「でも、リィンさんやクルトと同じ方法を取っていたら僕はいつまで経っても追い付けません」

 

「だけど使い分けると簡単に言うけど、武器の持ち運びはどうするつもりだ?

 無駄な武器を背負って戦うなんて、本末転倒もいいところだ」

 

「そ、それはおいおい考えます」

 

 そこまで考えていなかったのか、あからさまに目を逸らしてクリスはバツが悪そうに唸る。

 そんなクリスの様子にリィンは苦笑する。

 

「分かった。今回の攻略の結果次第で《ブリランテ》もクリスに使わせてやる」

 

「リィンさん」

 

 感激に表情を一変させるクリスにリィンはただしと付け加える。

 

「ただし、いろいろな武具を使い分けるって言うならその腰の魔導銃もしっかり使いこなすんだな……

 この前の模擬戦、《リヴァルト》を使うことにはしゃいでそっちを忘れてただろ?」

 

「う……」

 

 嫌な指摘をされ、クリスは左手に魔導銃を抜き、剣と銃の二刀流になる。

 

「それからもう一つ、仮に番人を倒せたとしても危機管理がちゃんと出来てなければ認めないからな」

 

「はいっ! 分かりましたっ!」

 

 リィンの承認を得てクリスは満面の笑みを浮かべる。

 

「行くよアルファ!」

 

 言葉と共に駆け出したクリスの声に反応して戦術殻は電子的な音の声で返事をしてその後に続いた。

 

「やれやれ……」

 

 そんなクリスの背中を見送ったリィンは微笑ましいと言わんばかりに苦笑する。

 

「弟がいたらあんな感じなのかな?」

 

 と、そこまで考えて脳裏に浮かんだあの男の顔を思い出してすぐにその思考を掻き消す。

 

「むぅ~」

 

「どうかしたのかノイ?」

 

「別に……何でもない」

 

 不貞腐れたような態度にリィンはこの子も随分と感情が豊かになったものだと感心する。

 

「今度、ノイの服でも探しに帝都のドールショップにでも行こうか?」

 

「はいです」

 

 リィンがそういうとノイはすぐに上機嫌になるのだった。

 

 

 

 

 

 正午、無事に第二拘束の番人を倒した一同は旧校舎を後にする。

 

「あと少しだったのに」

 

 半壊した戦術殻を背負いクリスは項垂れる。

 

「―――――」

 

 まるで謝罪するように戦術殻はノイズが混じった電子音でクリスに応える。

 

「ごめん。別に君を責めているわけじゃないから」

 

 言葉の内容は分からないが、あまりにタイミング良く応えたのでそれを謝罪と捉えてクリスは言葉を返す。

 扉と一体化した奇妙な魔物。

 その攻撃に態勢を大きく崩してしまったクリスを庇って戦術殻はその身を盾にした。

 そのおかげでクリスは大した怪我もなかったが、戦術殻の援護がなくなったクリスは攻め手に欠けてしまい、結局リィンとの共闘の末に撃破できた。

 

「残念だったな。とりあえず《リヴァルト》一本を使いこなすことに集中するんだな」

 

「はい……分かりました」

 

 クリスは項垂れてリィンの意見を受け入れる。

 

「ところでこの戦術殻は直るんですかね?」

 

「胴体部分はほぼ無傷、腕部と浮遊ユニットを損傷しているだけだから大丈夫だろう」

 

 破損状況を確認してリィンは判断する。

 

「でも壊しちゃったわけですから、怒られるかな?」

 

「それは大丈夫だろ、故意で壊したわけじゃないんだから」

 

「まあ……そうですけど」

 

 それでもやはり壊してしまったものを返しに行くのには勇気が必要だった。

 

「それにしても来週は特別実習ですけど、どうするんでしょうね?」

 

「どうするって?」

 

 クリスが振ってきた話題にリィンは首を傾げる。

 

「レーグニッツのことですよ! 何なんですかあいつは!」

 

 相当ストレスを溜めているのか、クリスは普段の穏やかな性格を忘れて愚痴を吐き出す。

 

「貴族嫌いだからって限度がありますよ! 知っていますかリィンさん、あいつは言い過ぎだって同じ平民生徒に注意されても貴族に媚を売るのかなんて言い掛かりをつけているんですよ」

 

「そこまでなのか……」

 

 伝え聞くマキアスの所業にリィンは呆れてしまう。

 

「そこまで行くと筋金入りというよりもう病気だな」

 

 連日向けられる敵意の篭った眼差しと態度にリィンもいい加減辟易していた。

 意趣返しというわけではないのだが、視野狭窄による戦場の危険性を分からせるためにあえて友軍誤射になるように動いてみたら、思った以上に嵌って呆れてしまった。

 

「僕はあんな奴と一緒の班は絶対に嫌ですよ」

 

「俺もレーグニッツと組まされてうまく行くとは思えないな」

 

 あそこまで貴族を嫌う様になったことには同情するが、だからと言って何をしても許されるわけではない。

 クラスメイトになった誼として少しでも更生の一助になるかと思ってしたことも裏目に出て、マキアスとの溝はもはや決定的なものになっていた。

 

「まあ世界には煮ても焼いても食えない奴はいるからな」

 

 その最たる人物《身喰らう蛇》の使徒、《白面》のワイスマンのことを思い出す。

 流石にあれ程ではない。

 あれは病気のくせに能力があっただけにタチが悪かった。

 

「わたし……ああいう人を知っているの」

 

 リィンの肩に座っていたノイがそんなことを言い出した。

 

「ただ相手を滅ぼせ、滅ぼせって何度も言っていた。わたしたちは言われるがまま、それをして……」

 

「大丈夫だノイ……あんな声に君は従わなくて良いんだ」

 

 慰めるようにリィンはノイの小さい頭を優しく撫でる。

 

「帝国の貴族派と革新派の対立って本当に深刻な問題だったんですね……

 皇宮――実家にいる時に話には聞いていましたけど、ここまで目の仇にされているとは思ってませんでした」

 

「俺もだ。ユミルでもルーファスさんもクレアさん達も特にいがみ合ったりはしなかったからな」

 

 マキアスに彼らのような大人の対応を望むのは無謀だろう。

 だが、これから二年間あれが続くと考えると憂鬱になる。

 

「そういえばマキアスだけじゃなくて、ラウラとフィーも態度が余所余所しくなかったか?」

 

「あ……はい……

 どうやらフィーが元猟兵だったことに、ラウラさんに思うところがあるみたいで……

 反省会の時もラウラさんは突出し過ぎたことを謝ってくれたんですけど、いろいろあって……

 いえ、レーグニッツのように文句を言ったわけじゃないんですけど、逆にそれが問題で」

 

 クリスは直前のやり取りをリィンに説明する。

 一対九の状況に不満を漏らしたラウラ。

 そんなラウラにフィーは何も言っていないのだが、フィーの呆れた気配を感じ取ってラウラは次第に不機嫌になっていった。

 何とか不満を呑み込ませて全員で戦うことを納得したラウラだったがが、実際に戦闘が始まってからはその意志を維持できずに単機突撃してしまった。

 ラウラもそのことについては反省して、みんなに謝ったのだがフィーは別にどうでも良いという態度を取ったことで彼女たちの対立関係ができてしまった。

 

「でもリィンさんも、フィーには他の人たちと違って距離を取っていませんか?」

 

「気付いていたのか?」

 

 隠しているつもりだったリィンはクリスの指摘に驚く。

 

「なんとなく違和感があっただけです……でもどうしてですか?

 フィーは確かにリベールでリィンさんと戦っていますけど、リィンさんは執行者の人達とは仲が良いのに」

 

「別に俺は執行者と仲良くしているつもりはないからな」

 

 クリスの言葉を訂正しながらリィンはため息を吐き、フィーへの気持ちをもらす。

 

「フィーはな……近い未来、フィーのお父さんと《相克》――殺し合いをすることは決まっているからな」

 

 時期的に考えて、フィーが《西風の旅団》のスパイとして学院に送り込まれたとは思えない。

 フィーも《猟兵王》が不死者として生き返ったことは知らされていないようだが、もし敵に回るかもしれないと考えると心を許すわけにはいかないのがリィンの考えだった。

 

「《相克》……」

 

「クリスが気にすることじゃない……大丈夫だ。授業ではちゃんと合わせてみせるさ」

 

 そう言うリィンにクリスは壁を感じずにはいられなかった。

 

「それは僕も同じか……」

 

 それにリィンもクリスも本当の意味で腹を割って彼らと接することができているわけではない。

 戦術リンクを繋げるからと、信頼関係がそこで止まってしまったようでクリスはこのままで本当に良いのかと悩む。

 

「そろそろ校舎だけど、どうするノイ? まだ外にいたいなら俺の服の中に隠れているなんてこともできるけど」

 

「ううん、大丈夫」

 

 ノイはそう言ってリィンの肩から浮かび上がると《箱庭》への扉を開いて消えた。

 

「……あの子もあまり思い詰めないと良いんだけどな」

 

「リィンさん、そのことで聞きたいことがあるんですけど、レーグニッツの行き過ぎた貴族嫌いはもしかしてクルトの時と同じ呪いが原因ではないんですか?」

 

「どうだろうな……クルトもそうだったけど呪いの元になる感情は間違いなく本人のものなんだ……

 だから例え《呪い》が原因だったとしても、レーグニッツが貴族を嫌ってることは間違いなく彼の本心なんだ」

 

「じゃあ《呪いの種》を取り除いても意味はないんですか?」

 

「それも分からないな……あの箍が外れている感じは確かに《呪い》だけど、あの太刀に触れさせて何が起きるか分からないから気軽に試して良いものじゃないだろ」

 

 クルトがそれでどうにかなったからと言って試す気にはなれない。

 ある意味《鬼の力》をクルトに発現させたようなものだったが、考えてみたら恐ろしい限りだ。

 身体を鍛えていたクルトだからこそ後遺症がなかっただけで、これがマキアスのような貧弱な身体に《鬼の力》が発現したりすれば最悪壊れてしまうのではないかと考えてしまう。

 結局、具体的にマキアスをどうすれば良いのか分からずに、リィン達は旧校舎から本校舎への敷地に戻って来た。

 

「あれ……?」

 

「何だか騒がしいですね」

 

 自由行動日なのに校舎には多くの人の気配が溢れていた。

 リィンとクリスは首を傾げながら、技術棟へと向かうとそこには人だかりができていた。

 

「どうしたんでしょうか?」

 

 クリスは何かあったのだろうかと首を傾げる。

 

「まだ……約束の時間じゃないんだけど……」

 

 リィンは時計を確かめて、ラッセル博士の来訪予定の時刻にはまだ一時間あることを確認する。

 しかし、嫌な予感が沸々と湧き上がる。

 

「すみません。通してもらえますか?」

 

 リィンが控えめに人だかりに声を掛けると一斉に技術棟の周りに群がっていた生徒達は両端に身を寄せ、リィンの前に道ができた。

 

「流石《魔王》」

 

「うるさいぞクリス」

 

 感心するクリスをたしなめて、開いた道を観念してリィンは歩く。

 

「失礼します」

 

 ノックをして技術棟に入ると、予想した老人はそこにはおらずジョルジュがリィン達を出迎えた。

 

「お帰りリィン君達、待っていたよ」

 

「ただいま戻りましたジョルジュ先輩。もしかしてラッセル博士がもう来ているんですか?」

 

 技術棟の事務所にいないのならば奥の工場か、それとも外の資材置き場にでもいるのだろうかとリィンは考える。

 

「うん……実はそうなんだけど……」

 

 歯切れの悪い反応でジョルジュは資材置き場に繋がるドアを振り返る。

 

「すみませんジョルジュ先輩、戦術殻なんですけど――」

 

「ああ、壊れちゃった? 大丈夫だよ。その戦術殻は武術教練でも使っているものだからそれくらいはすぐに直るから安心して……

 それよりオリヴァルト皇子も来ているから早く行ってもらえるかな?」

 

 急かす言葉にリィンは嫌な予感を大きくする。

 しかし、この場を逃げ出したとしてもあまり意味はない。

 リィンは観念して奥へと進む。

 

「おおっ! 久しぶりじゃなリィン君。ティータ達から話は聞いていたが生きていてくれて本当によかった」

 

 外に出るとそこにはラッセル一家にオリヴァルト皇子、ミュラー少佐。それにヴァンダイク学院長、そしてユリア大尉が勢揃いしていた。

 

「その節は御心配をお掛けしましたラッセル博士……ところでどうしてユリア大尉までこちらに?」

 

「年始の催し以来だな。例の指輪の件、陛下たちに代わって御礼を言わせて欲しい」

 

「それは良いんですけど、どうしてユリアさんまでここにいるんですか?」

 

 リィンは同じ質問を繰り返す。

 

「それは……」

 

 ユリアは申し訳なさそうに視線を逸らす。

 まさかクロスベルで手に入れたリベール王家の指輪の礼を言うために来たのだろうかと山の存在を見ないふりして考える。

 

「ははは、実はラッセル博士たちはアルセイユで来てもらったのだよ……

 だからユリア大尉がここにいることは何の不思議もないことなんだ」

 

 答えを渋るユリアに代わってオリヴァルトが満面の笑みを浮かべて答える。

 

「アルセイユって何でまた?」

 

「それはこれを運んでもらうためじゃ。ダン、ティータ」

 

 ラッセル博士は二人に指示を出して、山に被せた布を取り払う。

 

「リィン君の入学祝いとしてリベールから《リベル=アーク》の残骸からサルベージした《トロイメライ》を持ってきたのじゃ……

 なんとあの崩落から五体満足で回収できた機体じゃぞ。はははっ!」

 

 胸を張って笑うラッセルに対して同調するようにオリヴァルトも笑う。

 

「これはこれは素敵な入学祝いじゃないか。いやー羨ましいなリィン君」

 

「持って帰ってください」

 

 《騎神》に匹敵する巨大な機械の人形など置き場に困ると言わんばかりにリィンは拒絶する。

 

「おじいちゃん、ちゃんと説明しないと」

 

「うむ。そうじゃな冗談はこれくらいにしておくか」

 

「冗談のためにアルセイユまで持ち出したのか……」

 

 相変わらずのバイタリティにリィンは懐かしむべきなのか、嘆くべきなのか頭を痛める。

 

「《トロイメライ》を持ってきたのはこいつの研究にリィン君の協力をしてもらいたいと思ったからじゃ」

 

「俺の協力ですか?」

 

「うむ……引き上げてはみたものの、こいつは何をしてもうんともすんとも言わんのでな……

 技術体系がそもそも違うから仕方がないが、解析にはほとほと手を焼いていたんじゃが、クローディア殿下がゴスペルを持って呼び掛けた声にわずかに反応を示したのじゃ……

 《リベル=アーク》に仮登録をされた殿下でそれなら、正式登録されているはずのリィン君なら十全に動かせるのではないかと思ったのだ」

 

「えっと……」

 

 《空の至宝》と意識を交信できることを考えるなら、正式登録なんて関係なしに全機能を解放して動かせるのは間違いないだろう。

 現に近頃は《箱庭》の一角に自分のスペースを確保している《空の至宝》の意志が期待に満ちた想念を送ってきている。

 

 ――頼むから今は出て来ないでくれ……

 

 資材置き場の柵の向こうでは運び込まれた《トロイメライ》を一目見ようとする野次馬で溢れている。

 ここで人形とはいえ彼女まで出てきたらどんな騒ぎになるか分からない。

 

「オリヴァルト皇子……どうして許可を出してしまったんですか?」

 

「ははは、そんなの面白そうだからに決まってるじゃないか」

 

「オリヴァルト皇子……」

 

 リィンはにっこりと笑って拳を握って見せる。

 

「まあそれは半分冗談で……

 先日、リィン君が援助金を出してくれたことで例の計画に余裕ができてね」

 

「それで……?」

 

 《聖女の槍》を落札して残った資金はある目的のための資金繰りをしているオリヴァルト皇子に全額預けた。

 

「確かにあれはそれだけで抑止力になるとは思うのだが、地上で行動できるものがないのが悩みどころだと思っていたんだ……

 この《トロイメライ》を結社が改造したように使えるようになれば、第三の翼の力はより盤石の物になるだろう……

 それにリベールにとっても悪い話ではないのだよ」

 

 オリヴァルトの言葉を引き継いで、ラッセルが説明する。

 

「サルベージできた《トロイメライ》はこれだけではなくての、まあ腕が無かったり足がなかったりしているが組み替えれば一機か二機は復元できるんじゃ……

 じゃから、この《トロイメライ》を研究することはリベールの国防力に繋がるというわけじゃな」

 

 一理ある理由にリィンは歯噛みする。

 頼みの綱のミュラーとユリアは既に論破されてしまったのか、申し訳なさそうに目を伏せている。

 

「というわけで、リィン君が早速《灰の騎神》を手に入れてくれたことも渡りに船だと思ってラッセル博士をお招きしたんだよ……

 ちなみに博士には導力工学を教えてもらう臨時講師をしてもらうことになっている。それに――」

 

「まだ何かあるんですか?」

 

 外堀をきっちり埋めて来られたことにリィンは諦めて聞き返す。

 

「騎神の武器を作ってくれる技師も必要だろ?」

 

「それは……」

 

 オリヴァルトの指摘にリィンはぐうの音もでなかった。

 旧校舎の地下、最奥にはそれらしい武具は存在していなかった。

 今は修復中で騎神そのものを使えなくても、来るべき戦いのために武器を用意しておくのは必要なことだ。

 そして、その分野でリィンが頼れる伝手はラッセル博士しかいないのも事実だった。

 

「あのあのごめんなさいリィンさん、お祖父ちゃんたちを止められなくて」

 

「ティータのせいじゃないよ……ってそういえばエリカ博士は?」

 

 ふと、リィンはレンの誕生会に来てくれたティータの母親のことを思い出す。

 アルバート・ラッセルに匹敵するバイタリティの持ち主の彼女が《騎神》と《トロイメライ》という餌があるのに食いついてこないなんてことがあるのだろうか?

 

「お母さんは……アルセイユに乗れてユリアさんとお話できたことが嬉しかったみたいで、その……まだアルセイユの中で余韻に浸っています」

 

「……エリカ博士も相変わらずみたいだね」

 

 恥ずかしそうに告げるティータにリィンは思わず同情した。

 

 

 

 

 場所を変え、一同は旧校舎へと向かい昇降機で地下の最奥の広間に降り立つ

 

「これが……《灰の騎神》って――巨大な結晶の塊にしか見えないね」

 

 巨大なゼムリアストーンの結晶体を前にオリヴァルトは困った声をもらす。

 

「すみません」

 

 オリビエの感想にリィンは肩身を狭くする。

 

「いや、もちろん責めているわけではないんだけどつくづくリィン君は面白いことをしてくれるね……

 それにアネラス君が見たら我を忘れてしまいそうな光景だ」

 

「はは、それは確かに……」

 

 リィンは周囲に浮かぶ三体の人形に視線を送り、その姉弟子の簡単に想像できてしまう姿に苦笑する。

 ローゼンベルグ製戦術殻。

 《聖痕》に宿る意志が外で行動するための端末は全部で三体。

 桃色の長い髪の女の子、《鋼の至宝》の意志を宿し、ノイと名付けた存在。

 赤い髪のシスター服を纏った女性、《箱庭》の管理人、ルフィナ・アルジェント。

 三体目は予備で装飾のないパペットの状態だったのだが、いつの間にか《空の至宝》の受け皿となりその姿もリィンと何度もコンタクトを取った黒髪の女性の姿に変化していた。

 

「ううむ、結社の戦術殻とやらか……ちょっと見せてもらっても良いかの?」

 

「ひっ」

 

 ラッセル博士の鋭い眼光にノイはリィンの背中に隠れる。

 

「ダメです」

 

「ええ、そんな~」

 

「けちっ」

 

 ラッセル博士の言葉に応えたはずなのに、ティータとエリカがそれぞれ落胆と非難の眼差しを送って来る。

 それらを振り切るようにリィンは話を進める。

 

「それでヴァリマールのことですが、まだ修復にどれくらいの時間が掛かるか分かりません」

 

「構わん構わん、この状態でも調べられることはいくらでもあるからのう……

 それに戦術殻は技術棟にもあるようじゃし、ラインフォルトの戦術オーブメントもなかなか興味深い」

 

「えっと……そこら辺の機密情報はどうなっているんですかオリヴァルト皇子?」

 

「安心して良いよリィン君。それについてはイリーナ会長とすでに話し合いは済んでいるから……

 ラッセル博士に戦術殻、《ARCUS》を見せる代わりに《トロイメライ》と《灰の騎神》の解析にはルーレ工科大学の技師も参加させるってね……

 《トロイメライ》はともかく《灰の騎神》についてはあまりラッセル博士にばかり頼り切るわけにはいかないからね。リィン君には事後承諾になってしまうけど受け入れてもらえないかな?」

 

「ええ、それは分かります」

 

 いくら気心が知れている仲とはいえ、ラッセル博士はその家族も含めてリベールにとってなくてはならない人物。

 それをリィンに付きっきりになってもらうことができないのは最初から分かっていたことだ。

 

「まあ小難しいことは後でいいじゃろ……

 ところでリィン君、この騎神の武器を作るようにオリヴァルト皇子に頼まれておるんじゃが、何かリクエストはあるかの?」

 

「作って頂けるのはありがたいですけど、まだヴァリマールは修復中ですよ?」

 

「大まかな大きさはティータから聞いておる。それに図面を引くのは今からでもできるし、材料調達も考えなければならんからの……

 いつ修復が完了しても良いように、準備しておかなくてはの」

 

「そうですね……」

 

 ラッセル博士の言い分に納得してリィンは考え込む。

 

「やはり太刀が良いですけど。その大きさで太刀を再現することってできるんですか?」

 

「それはやってみないと分からん。他には?」

 

「強いて言うなら鞘も、それを吊るせる剣帯も欲しいです……

 それから太刀を作るに当たって俺も少し考えていることがあるんです」

 

「ふむ?」

 

「今、俺は《教授》の《聖痕》を武器に定着させる実験をしているんです……

 クリスに試してもらっているんですけど、魔導杖というよりも御伽噺にある魔剣みたいなものです」

 

「ほう、それは興味深い。詳しく聞かせてもらえるかの」

 

 久しぶりに見るスイッチが入ったラッセル博士の目にリィンは懐かしいものを感じて苦笑した。

 

 

 

 





メガネの正体
リィン
「はあ……今日も疲れる一日だったな……
 それにしても《騎神の太刀》か……贅沢を言えばゼムリアストーン製が良いけどそれだけの量を集めることは無理だからな……
 セピスと《聖痕》でどこまで強化できるか」

???
「ふふふ……お困りのようですね。リィン君」

リィン
「トマス教官?」

トマス
「実はですね。そんなお困りのリィン君にとっておきの話があるんです……
 とはいえここで話すことではないので、場所を変えましょう」

 パチンッ!

リィン
「っ! ここは!?」

トマス
「ふふ、《匣》を使いました……
 今、この時空間を認識できるのは私とリィン君の二人だけです」

リィン
「トマス教官、やはり貴方は――」

トマス
「彼女には口止めをお願いしましたが、やはり気付かれていましたか……
 ええ、その通りです。私は――」

リィン
「《身喰らう蛇》の使徒っ!」

トマス
「七耀教会・星杯騎士団所属――って、え……?」

リィン
「あ、あれ……? 星杯騎士団?
 トマス教官って偽名で本名はワイスマンじゃないんですか?」

トマス
「リ……リィン君……どうしてそう思ったんですか?」

リィン
「ワイスマンもアルバ教授という偽名でエステルさんに良い人のふりをして近付いたそうですし」

トマス
「む……」

リィン
「トマス教官の担当は歴史学ですよね? アルバ教授も考古学者を名乗っていました」

トマス
「むむむっ……」

リィン
「あとみんなが俺を避けているのに同好会に誘って来たのも怪しかったです」

トマス
「ぐぬぬ……」

リィン
「あとは……メガネですね」

トマス
「メガネがいったいどうして?」

リィン
「重要ですよ。メガネは……そういう意味ではレーグニッツと委員長も怪しいと思っています」

トマス
「あ……はい」



 彼女の副業
ノイ
「リィン、これは何なの?」

リィン
「それは導力ラジオって言ってな……
 遠くの人が話したりする声を受信するためのオーブメントなんだ……
 こんなに小型のタイプが出ているとは思わなかったけど……試しに何か聞いてみるか?」

ノイ
「うん」

リィン
「えっと……たしか《トリスタ放送》の周波数は……」

女性の声
『――ハイ、リスナーのみなさん、今晩は……
 今週から日曜日のこの時間に新しいトーク番組が始まります。番組名は《アーベントタイム》、進行、パーソナリティーはわたくしこと《ミスティ》が務めさていただきます』

ノイ
「あ、ヴィータの声」

リィン
「あ……ああ、そうだな。何やっているんだあの人は……」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。