(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
「どうしてこんなことに……」
武装を取り上げられ、ハリアスクの軍事基地その牢屋に入れられることになったアリサは人生初めての経験に悲観する。
「うわーリィンさん。牢屋ですよ牢屋。僕、牢屋に入るの初めてです」
「はは、そうだろうな。俺も二回目だけどまさかまた投獄されるとは思ってなかったよ」
「…………」
アリサと同じように両腕を縛られているにも関わらず、状況が分かっていないかのようにはしゃぐクリスとそれに気の抜けた苦笑を返すリィンにアリサは苛立つ。
「ふわ……とりあえずあたし寝るから」
「…………」
さらにはフィーは欠伸をしたかと思うと剥き出しの石畳に無造作に寝転んで寝息を立てる。
「もっと深刻になりなさいっ!」
「ア、アリサ落ち着いて!」
マイペースな三人にアリサが吠え、エリオットが慌てて宥める。
「悪い。何だか俺の事情に巻き込んじゃったみたいで」
「まったくよ……随分恨まれていたみたいだけど。いったい何をしたっていうのよ?」
盛大に肩を竦ませて感情を落ち着かせアリサは尋ねる。
「彼らの話から推測すると、俺が二年前のリベールで“北の猟兵”と戦ったことが気に喰わなかったみたいだな」
「“北の猟兵”ってノーザンブリアが外貨を稼ぐための傭兵稼業のことだったわよね? は……何それ?」
「当時彼らと対峙したのは二回。最初は俺が世話をしていた女の子を殺す仕事……
次は《異変》の際、リベールをさらに混乱させるために俺や遊撃士の首に掛けられた賞金を狙って来た時だ」
「はあっ!? 完全な言い掛かりじゃない!?」
「それってリィンに死ねって言っているようなものじゃないか!?」
予想もしなかったあまりに身勝手な理由にアリサとエリオットは激昂する。
「彼らの中ではそうなんだろうな……
俺やあの子の命でノーザンブリア数百人の命と安寧が買えるなら、お前達は俺達のために死ぬべきだったんだ……そう言いたいんだろうな」
らしくない蔑みの嘲笑をリィンは浮かべる。
そんなリィンの顔を見ながらクリスは厳しい顔をして自分の考えを述べる。
「それは到底許されないことです……
確かに一人の命と大勢の命を天秤に掛け、恨まれることになったとしてもより多い方を選び、小を切り捨てるのは上に立つの者の役目かもしれません……
他国を脅かしてでも自国の富を優先する姿勢も理解できる……
だけど彼らのリィンさんへの言葉はとても容認できるものではないでしょう」
「そこのところはどうなっているんですかサラ教官。聞いていた話と随分と違うんですけど?」
クリスの言葉に頷き、アリサはサラに説明を求める。
しかし、一緒に牢へと入れられたサラは壁に向かって膝を抱えた姿勢のまま微動だにしない。
「ちょっとサラ教官っ! しっかりしてくださいっ!」
声を上げて呼び掛けるがやはり反応はなく、耐えかねてアリサは縛られた手をサラに伸ばして――
「アリサ、今日はもう休もう」
「リィン。だけど――」
「今日は朝から歩きっぱなしで食事も昼に食べたきりだ。今の状態で話し合いをしても冷静ではいられないだろうし、サラ教官にも時間を上げるべきだ」
「っ……だけど、こんなところで休んだって疲れは取れないわよ」
六人が押し込まれた牢屋はとてもではないが全員が横になれる程広くはない。
「やっぱりノーザンブリアですから、今日の獄中食は期待できないのかな?」
「お黙り」
能天気なことを呟いたクリスをアリサは睨み付け、タイミングよく空腹の腹の音が牢屋の中に響く。
「ご、ごめん」
音の発生源をアリサが睨み、バツが悪そうにエリオットが謝る。
「あーもうっ! 何なのよ!? ――ッ!」
頭を抱えて絶叫するも、次の瞬間にアリサからも空腹の音が鳴り響き、そのままの姿勢で固まった。
「…………仕方がないか」
そんな彼女の様子を見兼ねリィンは《方石》を出現させる。
「クリス、《箱庭》をアリサ達に案内して上げてくれ」
「良いんですか?」
「状況が状況だからな。ちゃんと休んでいざという時に動けるようにしておく必要はある……
中にはイオがいるから、彼女に預けてあるセピスで大樹から食料を交換してもらうと良い」
「でも……」
「看守なら大丈夫だ。俺とサラ教官がここに残るし、一人二人程度の認識は誤魔化せるから」
「分かりました」
リィンから方石を受け取りクリスはまずフィーに呼び掛ける。
「起きてフィー」
「ん……何?」
先程までの騒ぎに動じずに寝入っていたフィーはクリスの呼びかけに目を開く。
「ちょっと移動するよ。温泉と食べ物があるところに」
「何を言っているのクリス?」
突然のクリスの言葉に意味が分からないとアリサ達は首を傾げる。
「あはは……説明は中でするよ。それじゃあリィンさん、後は頼みます」
クリスの手の中の《方石》が光を溢れさせると、つぎの瞬間に彼ら四人は牢屋から消え去り、リィンとサラだけがそこに残った。
「サラ教官」
リィンは二人きりとなったサラを呼ぶ。
しかし、膝を抱えたままのサラは何の反応も返さない。
「サラ教官」
徐にリィンは両腕を縛っていた縄を解き、もう一度呼ぶ。
しかし、膝を抱えたままのサラはやはり何の反応も返さない。
「サラさん」
三度の呼び掛け、リィンは《方石》の要領でそれを手元に呼び出し、反応を返さないサラの肩を掴み無理矢理を顔を上げさせ、それを彼女の口に押し込んだ。
「むぐっ!?」
そしてそのまま《影の箱庭》の大樹の力で作った酒瓶を垂直に立て、その中身を直接流し込む。
「ごばば――って何しやがるのよこのクソガキッ!」
酒で溺れかけたサラはリィンの手を振り解き、酒瓶を口から抜いて抗議する。
「目が覚めましたかサラ教官?」
「――ええ、おかげさまでねっ!」
何事もなかったかのように聞いて来るリィンにサラはこめかみに青筋を立てながら言い返し、流し込まれた酒を改めて呷る。
「ぷはーって……あらクリス達は?」
「クリス達は今、《箱庭》……俺が所有しているアーティファクトの中にいます。持ち運びできる別荘地だと思ってください」
「アーティファクト……
それ大丈夫なの? 七耀教会が黙ってないんじゃないの?」
「問題ありません。守護騎士公認ですから」
正確には《聖痕》に繋がる力の一端なのだが、それを細かく説明すると面倒なのでそういう物と言うことにして欲しいと守護騎士からの要請でもあるので全く問題ない。
「それで改めて聞きますが、話はできそうですか?
できないなら気分転換にアリサ達と一緒に温泉に入ってからでも良いですよ。それに食事もできますよ」
「温泉に食事……何でもありなのね」
そんな破格のアーティファクトを持っていたことにサラは呆れ、手の中の酒を飲む事でその誘惑を跳ね除ける。
「あたしは元北の猟兵なのよ」
「ええ、知っています」
「当時のあたしは、本気で自分がノーザンブリアを救う“英雄”だって思っていたのよ」
「それは今の彼らもそうなんじゃないんですか?」
「たぶんね……あたしが団を抜ける前から年々あたしみたいに“英雄”に憧れて入団を望む子供達は後を絶たなかった……
もしかしたら今の実働部隊なんて、あたしよりも年下が多いかもしれないわね」
そう思うと思わず自嘲してしまう。
「我ながら馬鹿よね……猟兵家業なんかで滅び行く国を何とかするなんて本気で思ってたのよ……
もしかしたらあの人はこうなるって判っていたのかもしれない」
「あの人……?」
「私の初恋の人よ。といっても父親なんだけどね」
苦笑しながらサラは訥々と懐かしむ様に語り始める。
「26年前の《塩の杭》異変……
国土の大半が塩で覆われた異変で親を失った赤ん坊を引き取った人……
元公国軍大佐で《北の猟兵》を立ち上げた一人」
「もしかしてカシウスさんみたいな髭がある、丁寧な口調のサラさんの好みの渋いダンディな方ですか?」
「そうそう……って何でリィンが知っているのよ?」
「それは今度説明します。それで?」
リィンは誤魔化して先を促す。
「あの人はあたしが猟兵をやることに最初から最後まで良い顔をしなくて……
もしかしたらノーザンブリアがこんな風に歪んでしまうことも分かっていたのかな?」
虚空に投げかけた問いに答えてくれる者はいない。代わりにサラはそのままリィンに質問を投げかける。
「って……あたしよりもあんたは大丈夫なの?」
「俺ですか?」
唐突に昔語りを切って、思い出したようにサラはリィンに尋ねる。
「そうよ。あのバカたちの言葉を真に受けてないでしょうね?
あんたが二年前のノーザンブリアの餓死者に責任を感じる必要はないのよ。あれはいろいろと間が悪かっただけだから――」
「大丈夫です。あんな言い掛かり気にしてませんから。むしろためになる経験をさせてもらったとでも思っておきます」
「ためになる経験?」
「ええ、これまで俺はそれぞれの眷属達の末路を伝聞でしか知りませんでしたから……
それに“呪い”に関係なく人はここまで愚かになれるという、業の深さを実感できました」
「うちの民族が本当に……ごめん」
16歳の子供にこんなことを言わせてしまった身内にサラは恥じる。
「リィン……ノーザンブリアを救う方法があるって話だけど」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「あれはもう良いわ」
「サラさん……」
「ノーザンブリアは一度滅びるべきなのよ……
猟兵家業で稼いだミラで国を支えても、国民が血と硝煙に塗れたミラだってことに恥を忘れてしまったこの国はもうダメよ」
「それは言い過ぎじゃないですか? まだノーザンブリアの中にもまともな人はいるかもしれません」
「例えそうだったとしても、国を動かしているのがあんな奴等じゃ遅かれ早かれ事を起こして、潰されることが目に見えているわよ……
なら戦争を起こす前に私が引導をくれて上げるわ」
「早まらないで下さい。サラさん。これを飲んで落ち着いて下さい」
黒い怪しげな空気を纏い始めるサラにリィンは新たな酒を取り出して落ち着かせる。
「む……んぐ……んぐ……ぷはー……
あんたこれどうしたのよ? かなり上等なお酒――へっ?」
酒瓶から直接ラッパ飲みしたサラは一息吐いて、そのワインのラベルを見て固まった。
「グラン=シャリネっ! しかも1183年物ですって!? リベールのオークションで出た幻のヴィンテージワインじゃない!?」
味わうことなく水の様に半分ほど一気飲みしてしまったことにサラは顔を蒼くする。
「本物じゃないですから気に病まなくて良いですよ」
「本物じゃないって……」
改めてサラはワインの香りを確かめ、舐めるようにそのワインを口に含む。
「鼻腔をくすぐる馥郁たる香り。喉元を愛撫する芳醇な味わい……これが“グラン=シャリネ”……
この前の祝賀会でも“グラン=シャリネ”はあったけど、それを軽く上回っているわよ。これが本物じゃないなんて信じられない」
「オリヴァルト殿下曰く、後一歩足りないって言って悔しがっていましたけどね」
「何でオリヴァルト殿下が?
でも偽物でこの味なら本物はどんな味なのかしら…………ってそうじゃない!」
「御代わりですか?」
「だからそうじゃない!」
「いらないんですか?」
「いるっ! ってああもうっ!」
年下の子供に良いようにコントロールされている屈辱にサラは頭を抱えて身悶える。
「はは……随分にぎやかなお隣さんが入って来たみたいだね……
だがもう少し静かに話すといい。ここは人手不足が理由で看守が常駐しているわけではないが、だからと言ってあまり騒ぎ過ぎればその限りじゃない」
不意に響いた第三者の声。
初老の老人を思わせるその声は隣の牢屋から聞こえて来る。
「お世話になります」
リィンはその声に物怖じせずに挨拶を返す。
「はは、こんな場所ではお構いもできず申し訳ない……
ずっと隣に誰もいないから人と話すのは久しぶりでね。君達さえよければ話相手になってもらえないか?」
「あなたは?」
「君と同じ囚人だよ……名乗るのはやめておこう……
理由はどうあれ、ここにいるのは名誉なことではないからね」
リィンの質問をはぐらかして隣の囚人は話を一方的に続ける。
「私が捕まった理由はそうだな……敵前逃亡みたいなものといったところかな。君達はどうなんだい?」
「どうやら殺人罪みたいですね。ほとんど言い掛かりに近いですが」
「ほう……では君たちも冤罪で捕まったということかね?」
「君たちも?」
囚人の言葉にリィンは首を傾げる。
「このハリアスク収容施設は五年程前からそう主張する囚人たちが増えてね……
看守は治安が悪くなった影響だなんてもらしていたが、果たしてどこまでが本当なのか」
「随分とお詳しいんですね」
「はっはっ、かれこれ25年くらいここで生活をしているからね」
「ちょっとリィン、なごんでいる場合じゃないわよ」
楽しそうに話す囚人に苛立ちを感じてサラが口を挟む。
「でも今は少しでも情報が――」
「そんなのは良いから、よく聞きなさい……
このハリアスク基地は中世の要塞でね。この先の通路には外に通じる隠し通路があるのよ……
それを教えるからあんたはアリサ達が戻ってきたら、すぐにここを脱出してレミフェリア方面に逃げて明日来る予定だった遊撃士と合流しなさい」
「……サラ教官はどうするつもりですか?」
「あんた達が逃げられるように派手に暴れて上げるわよ」
「……死ぬ気ですか?」
リィンの問いにサラは黙り込む。
「そんなことをしても誰も喜びません」
「これはケジメなのよ。“北の猟兵”だった者として、道を踏み外してしまったこの国を終わらせるならせめて私が……」
ノーザンブリアは最悪な形で一線を越えてしまった。
今“英雄”として注目されているリィンの他に、身分を隠した皇太子。
そんな二人に冤罪を掛けて不当に拘束したとなれば、これを機に鉄血宰相はこれ幸いとノーザンブリアを呑み込むだろう。
猶予はそれこそリィン達が帝国に戻り、事の次第を学院か政府に報告するまで。
今ならまだ首謀者たちを吊るし上げれば、最低限の国の形が残るかもしれない。
そんな淡い望みを持ちながらサラは遊撃士の“紫電”から猟兵の“紫電”へと意識を切り替え、禁じていた技を使う覚悟を決める。
「盛り上がっているところ悪いですけど、そんなヨシュアさんみたいなことはさせません……
サラ教官も、あの時は散々いなくなったヨシュアさんをなじっていたのに同じことをするつもりですか?」
「え……あー」
リィンの口から出て来た名前と今の状況を照らし合わせて唸る。
確かに今の状況はかつてエステルの前から姿を消したヨシュアと酷似している。
「いや……でもね。女にはやらなくちゃいけない時って言うのがあってね……」
「どうしても一人で行くっていうなら《箱庭》に隔離して無理やり連れて帰りますよ……
幸い、アリサの戦術殻は取り上げられていませんし、それに――」
「お待たせリィン君、取り上げられたみんなの装備と牢屋の鍵を回収してきたわ」
音もなく牢屋の中に現れたルフィナがそう報告をしてくれる。
「――ということです。はっきり言ってサラ教官の陽動なしでも脱獄することはできます」
「ぐぬぬ……」
「ははは、どうやら君の負けのようだねサラ君」
隣の囚人がやり込められたサラに朗らかな声を掛ける。
「はあ……本当にあの時から強かになったわね」
「何にしても一人で決めないでまずはみんなと話し合いましょう。決めるのはそれからでも良いはずです」
「はいはい、分かりました」
サラはリィンの言い分に負けを認めて、グラン=シャリネを呷った。
*
夜も更け、巡回の看守が見回ってしばらく。
並ぶ牢屋の一角の扉が音もなく開いた。
「まさか私たちが温泉に入っている間に脱獄の準備を全部終わらせているなんて……」
開いた格子の扉を潜り抜けてアリサは何とも言えない顔をする。
「牢屋に入れられたのに温泉に入って、不思議な樹が出してくれた食べ物を食べて……そして脱獄。もう何が何だか……」
「まあリィンだし」
「流石リィンさん」
複雑そうな顔をするアリサとエリオットとは対照的にフィーとクリスはリィンだからと納得する。
「お喋りは後だと……それより――」
「どうして貴方が……」
気の抜けている一同にリィンが注意を促そうとした言葉はサラの驚きの声にかき消される。
「サラ教官、あまり大きな声は……」
アリサに注意され、サラは自制をしながらリィン達が入れられた牢屋の隣の囚人を格子越しに睨む。
「知り合いですか?」
「いいえ。会うのは初めてよ」
エリオットの質問にサラは首を横に振る。
「でも写真で知っている……ノーザンブリアがまだ公国だった頃……
《塩の杭》が現れて真っ先に逃げ出した国家元首、バルムント大公……どうして貴方がこんなところに」
「元大公だよ。サラ・バレスタイン君……ふふ、こうして大きくなった君と会うことができるなんてこれも女神の思し召しなのかな?」
眼鏡をかけた初老の男性、バルムントは懐かしそうに目を細める。
「これはいったいどういうことなの!? この国でいったい何が起きているの!?」
「ちょ――サラ教官」
怒鳴りそうになるのを必死に堪えるが、それでも激しい感情は声は自然と大きくなってしまう。
「申し訳ないが私は何も知らない。ここに入れられているのは、まあいろいろな事情があってのことだ」
「はぐらかさないで、ちゃんと――」
「サラ教官っ!」
「落ち着いて」
その自制も虚しく、格子を掴んで叫ぼうとしたサラをアリサが口を塞ぎ、エリオットが後ろから抱き着いて牢屋から引きはがす。
引きずられて牢屋から離されたサラに代わってリィンがバルムントに提案する。
「一緒に逃げませんか? どうやら複雑な事情をお持ちのようですが」
「はは、申し出は有難いが、私では足手まといになるだろう」
バルムントは朗らかに笑い、リィンの提案を断る。
穏やかな気性。
社会学で習ったノーザンブリアを見捨てて逃げた国家元首とは思えない知性と人柄をこの短いやり取りだけで感じ取ることが出来る。
「私の事は心配無用だよ……ここの生活はなかなか気に入っている」
笑ってそういうバルムントにリィンは何も言えなくなる。
それだけでリィンの人柄を察したのか、バルムントは柔らかな笑みを浮かべて助言する。
「外に出られたら《ダンデリオン》 という名の宿酒場を訪ねるといい。きっと君たちを助けてくれるはずだ」
「《ダンデリオン》……」
「脱獄はこの瞬間から看守に気付かれるまでの間が勝負だ……
私が君達と会うことは二度とないだろう。それでも君たちが無事に帰れることを祈っているよ」
*
「ああ、もう訳が分からない」
看守の目を掻い潜り、地下の武器倉庫まで辿り着いたところでサラは頭を抱える。
「あたし達を捕まえたこともそうだし、どうしてバルムント元大公が捕まっているのよ……
そりゃあノーザンブリアを見捨てて逃げ出したろくでなしだけど、終身刑になったなんて聞いてないわよ」
「どうやら外に報じられた情報と真実は違うみたいですね……
もしかしたら逃げ出したんじゃなくて、逃がされたのかも」
「それって同じ意味じゃないの?」
クリスの推論にエリオットは首を傾げる。
「全然違うよ。まあ僕が言っても説得力はないかもしれないけど」
「当時ノーザンブリアも貴族制を廃するかの議論がされていたのよね? そうなると嵌められたってこと?」
「かもしれない。まあ真実がどうだったにしても、今は僕達が考えても仕方がないことだけど」
「――開いた」
不意にフィーの小さな声が武器庫に響く。
「流石フィー。さあみんなもう少しだ」
武器庫の奥の立ち入り禁止の鉄格子の錠前を開けたフィーを労い、リィンがみんなを促す。
「サラ教官、今はまずこの基地から脱出することに集中しましょう」
「…………ええ、分かっているわ」
クリスの気遣いにサラは混乱を極める思考を一時的に放棄して頷き、かつて訓練生時代にこっそりと街へと抜け出すための使っていた地下道へ踏み入れた。
そして――
「久しぶりだな。サラ」
魔獣が生息する地下道を突破して先の広間には一人の女性がリィン達を待ち構えていた。
黒いフードに羽の肩当て。
それだけでも異様な雰囲気を持っているのだが、何よりも目を引くのは左半身の義手と義足。
もっともそれ以外の剥き出しの肌にはいくつもの傷痕がある。
「サラ教官の知り合いですか?」
「まさか……何であんたが……」
「何だ私の顔を忘れてしまったのか?」
黒い女はおもむろにフードを外してその素顔を晒し、ゆっくりとサラに歩み寄る。
「父さんが死んで以来だな……
お前はあれからミラを送って来るくせに手紙の一つもなくてどれだけ心配をかけたか……
今は帝国で先生をやっているんだったな? あの御転婆だったサラが帝国で先生をしているとは世も末だな」
「アプリリス……」
懐かしむように女性は笑いかけ――左手の義手が銃を抜き放つと同時にサラの胸に押し当てて引き金を引いた。
「なっ!?」
「サラ教官っ!?」
銃声が地下道に鳴り響き、撃たれたサラはその場に崩れ落ちる。
「貴様――」
「よくも――」
サラの知り合いと言うことで油断してしまったリィンとクリスは同時に斬りかかるが、黒装束の女は後ろに跳んでそれを回避する。
当然それを見越して追撃に走るが、黒い光が走ったかと思うと黒装束の女は遠く離れた壇上に瞬間移動していた。
「くっ……アプリリス……どうして……」
撃たれたはずのサラは胸を抑えながら彼女の名を呼ぶが、そこで力尽きて意識を手放す。
「サラ教官っ!?」
「安心しろ。あの弾丸は殺すためのものではない」
叫ぶリィンに黒装束の女は抑揚のない言葉を投げかける。
「っ――お前はいったい何者なんだ?」
その質問に黒装束の女は名乗る。
「私の名はアプリリス・バレスタイン……」
「バレスタイン? まさか――」
「サラに伝えておけ、ノーザンブリアの真実が知りたければ私を追って来いとな」
ノーザンブリアの話はイースⅨのシナリオをベースに再構築させていただきました。
想念魔法《グラン=シャリネ》
サラ
「で、改めて聞くけどこの“グラン=シャリネ”は何?」
リィン
「オリヴァルト殿下達が以前、《箱庭》が《庭園》だった頃に想念を使って再現したものです……
導力魔法の一種だと思ってください」
サラ
「導力魔法って……確かにあれは水とか出るけど……ていうかあれって飲んでも大丈夫なの?」
リィン
「大丈夫ですよ。エリカ先生に頼んで検証はしてありますから……
導力魔法とは違って、初めからそういう目的で発生させているため飲んでも害にはなりません……いや酔うという意味では害かもしれないですけど」
サラ
「導力魔法……ねえ、もしかしてそれ専用のクォーツが作れたりするの? グラン=シャリネ以外も出せるの?」
リィン
「ええ、まあ……クォーツも作れますし、他のお酒もあの時シェラザードさんとジンさんが一緒になっていろいろ出していたのでできます……
でも絶対に作らないで欲しいってエステルさんとアネラスさんに言われましたから作りませんよ」
サラ
「何でよ!?」