(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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指摘されて気付きましたが「閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~」は明日で一周年になります。
これまでお付き合いいただきありがとうございます。
また、これからもよろしくお願いします。

それにしても70話を超えてもまだ閃Ⅰとは、先は長い。





74話 塩の大地Ⅶ

 

「あのダメ教師っ!」

 

 ハリアスク基地の地下に存在する最も頑強な特別監房にアリサの叫び声が木霊する。

 《ARCUS》の文字盤のかすかな光が照らす鉄扉を叩くが、びくともしないことにアリサは苛立ちを募らせる。

 

「やられたね」

 

 狭い室内で余計に大きく感じるアリサの叫びを耳を塞いでやり過ごし、フィーもそれに同調して閉じ込められた部屋の壁を叩いてみる。

 

「ん……爆破は無理そう。まあ爆薬を使えてもわたし達が隠れられないから意味ないけど、リィンの力でも無理?」

 

「流石にな。それに手がこれだと本気で技を使うわけにもいかないからな」

 

 肩を竦めながらリィンが視線を下ろすのは自分の左腕。

 そこには武骨な手枷が嵌められ、逆側にはアリサの右腕が嵌っている。

 サラに隙をつかれて嵌められ、アリサ越しに押し込まれて、リィンは呆気なくサラの目論見通りに牢屋に押し込まれることになった。

 

「いったいサラ教官は僕達をこんなところに閉じ込めてどうするつもりなのかな?

 まさか僕達が知らない間に向こうの人達と取引をしていたんじゃ……」

 

「いや……それはないだろ。おそらく――」

 

 不安に震えた言葉を漏らすエリオットにリィンはサラの考えを説明しようとして――

 

『あーテステス。聞こえてるあんた達?』

 

 暗くて狭い牢獄の中に当のサラの声が《ARCUS》から流れる。

 

「サラ教官っ! これはいったいどういうことですか!?」

 

 声を張り上げて抗議するアリサだったが、続いて聞こえて来たサラの言葉に無意味だおどけた声が返って来て眦を上げる。

 

『ま、窮屈な思いをさせて悪いけど、あんた達はそこでちょっと待ってなさい』

 

「サラ教官……まさか一人で行くつもり?」

 

「そんなさっきはちゃんと僕達の同行を認めてくれたのに」

 

 クリスとエリオットがそれに続くが、サラはその通りだと頷く。

 

『状況が変わったのよ……

 シャトラールが言っていた“始まりの場所”っていう“塩の杭”が現れた場所よ……

 そこは禁足地として七耀教会に指定され、人が踏み込めば今でも“塩化”させられる危険な場所よ』

 

「それはそうかもしれませんが、だからって――」

 

『そんな生還の可能性が低い場所にあんた達を連れて行けるわけないでしょ。自分たちの立場をちゃんと考えなさい……

 あんた達の命はこんなところで安く売りして良いものじゃないのよ』

 

「それを言ったらサラ教官だって同じのはずです」

 

『これはあたしの身内が仕出かしたことよ。なら止めるのはあたしの役目よ』

 

「だからって、一人で行って教官に何ができるって言うんですか?

 他のみんなはともかく、塩化に耐性がある俺をアリサに縛り付けてまで教官が一人で行く必要はないはずです」

 

『それは慢心よリィン。“塩の杭”の力から生き残った経験があるからって次も大丈夫なんて保障なんてないでしょ?

 それに、だからこそ貴方は“塩の杭”の対抗手段として残るべきなのよ』

 

「それは……」

 

『リベールの時と同じよ。貴方にはここで戦わなければいけない“根拠”はないでしょ? 貴方の命の懸け所はこんな所じゃないはずよ』

 

 その言葉にリィンはルフィナに以前言われた言葉を思い出す。

 

 ――誰彼かまわず背負い込んで一番気に掛けているあの子の手を掴めなくなっても良いの?――

 

『貴方が退けば、クリス達もそれに従うでしょ? それとも君はクリス達を“あの子”の二の舞にするつもり?』

 

「っ……」

 

『貴方達がやるべきことはあたしと一緒に特攻をするんじゃなくて、この“人災”を帝国に伝えることよ……』

 

「勝手なことを言わないで下さい。そもそも人を閉じ込めておいて何を言っているんですか?」

 

『その達人用の特別監房でも貴方なら時間を掛ければ破れるでしょ?』

 

「人を何だと思っているんですか? それにヨシュアさんみたいなことはしないで下さいって言ったはずです」

 

『言ったでしょ状況が違うって、死ぬことを厭わなければまだ“塩の杭”を使うことを止められるかもしれない……

 ここから先は進めば死ぬ。これは比喩でも何でもない。さっきも言ったけど貴方達はここであたしの意地に付き合う必要はないのよ』

 

「だったら教官も私たちと一緒に帝国に戻りましょうっ!」

 

「そうですよ。サラ教官が一人で行かなくても良いじゃないですか!」

 

「帝国政府に軍を出してもらいましょう。サラ教官が辿り着ける可能性が低いんですからそっちの方が合理的なはずです!」

 

 リィンでは止められないと悟ったのか、アリサとエリオット、そしてクリスが声を上げて引き留める。

 

『短い間だったけど、あんた達の教官をやれて楽しかったわ……

 あんた達のこれからを見守れないのはちょっと心残りだったけど、あたしがいなくてもあんたたちは自分の進む道くらいちゃんと見つけられるでしょ?』

 

 が、サラは苦笑した気配を返して別れの言葉を言い始める。

 

「待ちなさいサラ教官! 待てって言っているでしょ! 話を聞きなさい!」

 

「考え直してくださいサラ教官!」

 

「サラ教官っ!」

 

『それじゃ……元気でね』

 

 アリサ達の言葉を無視し、サラは最後に一言を残して通信を一方的に切ってしまった。

 

「っ……リィン! 貴方ならこんな手枷くらい簡単に斬れるでしょ!?」

 

「無茶言わないでくれ、こんな体勢でしかも手元で“斬鉄”をするなんて流石に無理だ」

 

「だったらダイン――」

 

「ダメだアリサ。それをこんなところで呼び出したらみんな押し潰されるぞ」

 

 戦術殻を呼び出そうとしたアリサの口をリィンは慌てて塞ぐ。

 

「むぐ……」

 

「でもこのままサラ教官を行かせて良いの?」

 

 エリオットの言葉にリィンは押し黙る。

 

「そうよ! このままサラ教官を一人で行かせたら――」

 

「だけどわたし達がついて行っても無駄死にが増えるだけ」

 

 興奮して捲し立てるアリサの言葉を遮ってフィーが冷静な言葉を投げかける。

 

「無駄死にって私たちだってちゃんと戦えていたじゃない」

 

「そこじゃない。禁足地に入ればわたし達も“塩化病”に侵される可能性が高い……

 サラを助けに行ってわたし達が不治の病をもらうのは割に合わない」

 

「だからって見殺しにするの!?」

 

「アリサ、怒鳴らないでうるさい」

 

 顔をしかめてフィーは耳を塞ぎ、その場に座り込む。

 そんなフィーの態度にアリサは矛先をリィンへと変えた。

 

「っ……リィンも同じ考えだって言うの!?」

 

 アリサの言葉にリィンは内心を押し殺して答える。

 

「……サラさんの言い分は間違ってない」

 

 フィーは合理的に割り切ってしまっているが、他の三人は感情的になって暴走しようとしている。

 だからこそ、例え憎まれ役になることになってもリィンは冷静に皆を無事に帰すことに努める。

 

「サラさんには命を懸けるだけの理由がノーザンブリアにある。それに対して俺達にはここで無理を押し通す“根拠”はない」

 

 浮遊都市に乗り込むのとは違い、常人なら近付くだけで死の病に侵される禁断の地。

 

「それにノーザンブリアが領土拡大戦争を仕掛けることを決めたとしても、それを俺達が口を挟むことは内政干渉になる」

 

 遊撃士の価値観から考えてもノーザンブリアの行為そのものを止める資格はリィン達にはない。

 

「サラ教官の言う通り、俺達が“塩の杭”の存在を帝国にいち早く知らせるかで損害は大きく変わる……誰かがやらなければいけないことだ」

 

 憤りを押し殺してリィンは自分達がすべきことを口にする。

 

「サラ教官を見殺しにするって言うの?」

 

「…………そうだ」

 

「――っ……最低、貴方がそんな薄情な人だと思わなかったわ」

 

「そうだな」

 

 アリサの罵倒を甘んじて受け入れる。

 

「でもリィン――」

 

「何よりも俺達の中には身分を隠したやんごとなき御方がいるんだ。そんな人を連れて行くわけにはいかないだろ」

 

 何かを言おうとしたエリオットにリィンはそれを指摘して黙らせる。

 

「僕の事はそういう風に扱わない約束だったはずですけど」

 

「限度がある。浮遊都市に突入するのとは違うんだ、弁えろ」

 

 言い返して来たクリスをリィンは無情な言葉で切り捨てる。

 本来ならクリスとして扱うが、流石に死地への無謀な突撃まで見過ごすことはできない。

 

「フィーもそれで良いな?」

 

「ん、特に文句はないかな」

 

 フィーは特に反論せずにリィンの意見を受け入れる。

 

「アリサだって君が死んだら悲しむ人がいるだろ?」

 

「いないわよそんな人」

 

 リィンの指摘にアリサは即答を返す。

 

「いないことはないだろ。イリーナさんやシャロンさんだってアリサが死んだら悲しむはずだ」

 

「どうだか、あの人のことだから『そう……』の一言で済ませるに決まっているわよ」

 

「そうかもしれないけど、だからってそれだけであの人の本心が分かるわけじゃないだろ?」

 

「リィンにあの人の何が分かるって言うのよ? 母様の冷血ぶりは私が一番よく知っているんだから」

 

「それはいくらなんでも言い過ぎだ」

 

「リィンは知らないからそんなこと言えるのよ! どうせあの人は父様が死んだ時だって何も感じてなかったに決まってる!」

 

「アリサ……」

 

「いっそうここで私が死ねば少しは――」

 

「アリサッ!」

 

 ヤケになったように思考を飛躍させるアリサにリィンは一喝して発言を止める。

 

「ラインフォルトの家庭環境が複雑なことは分かっているけど、言って良いことと悪いことがあるだろ」

 

「何も知らないくせに……

 私はもう母様に何の期待もしないって決めたの、シャロンだって腹の底では何考えているのか分からないんだから信用できるはずないでしょ」

 

「何を言っているんだ? アリサらしくない」

 

 あまりにらしくないアリサの物言いにリィンは困惑する。が、アリサはそんなリィンの呟きに眦を上げる。

 

「何よそれ? 貴方が私の何を分かるって言うの?」

 

「それは……」

 

「ただのクラスメイトの貴方が私の何を分かってくれるって言うのよ!?」

 

「アリサ……?」

 

 癇癪を起すアリサの様子に違和感を覚えてクリスが呼び掛け、肩を掴む。

 

「触らないでっ!」

 

 アリサはその腕を振り払い、頭を抱えるようにして続ける。

 

「私の事を分かってくれるのは母様でもシャロンでも貴方でもないわ……

 そうよ……私の事を本当に分かってくれるのは……あの人だけなんだから」

 

「アリサ……」

 

 拒絶されたクリスは呆然とした様子で彼女の名前を呟くが、アリサの耳には届いていないのか澱んだ眼差しをリィンに向ける。

 

「良いわよ……貴方がやらないなら貴方ができないことを私がやってみせるわ!」

 

「……勝手にしろ」

 

 リィンは投げ槍に言い捨てると、その場に座り込む。

 手枷で繋がれたアリサは必然的に半身を傾けることになるが、そんな自分にアリサは苛立ちそれを呼ぶ。

 

「ダインスレイヴ」

 

「アリサ――むぎゅ」

 

「わわっ」

 

「はあ……」

 

 その呼び声に戦術殻が現れるが、狭い監房が突然現れた戦術殻に圧迫され一同は身動きできなくなる。

 

「何をやっているんだ。早く戻すんだ」

 

 位置的にアリサから体を押し付けられることになったリィンは動揺を示さずに促す。

 

「ぐぬぬ……ダインスレイヴ」

 

 アリサの言葉に反応して現れた戦術殻はその場から消え去る。

 背中を押されていた力から解放されたアリサは、いつかのように胸をリィンの顔に押し付けてしまい慌てて距離を取ろうとして体を離す。

 が、繋がれた手枷のせいでそれに失敗して改めてリィンに覆い被さる。

 

「一応言わせてもらうが、今回は謝らないぞ」

 

「わ、分かってるわよっ!」

 

 精一杯の虚勢を張ってアリサは冷静なリィンに言い返すのだった。

 

 

 

 

 狭い監房に膝をつき合わせて座る一同の空気は最悪だった。

 クリスやアリサ、それにエリオットが何度もサラを追い駆けるべきだと言葉を変えて主張してもリィンは頑として聞かず静かにそれぞれの主張を論破していく。

 そして説得に三人が疲れて沈黙が監房に満ち、それまで黙っていたフィーが質問をする。

 

「そもそもリィンは本当にこの鉄扉を破れるの?」

 

「どうだろう? やってみないと分からないな。そのために今は闘気をじっくりと練り上げているところだけど」

 

「試すつもりはあるんだ」

 

 リィンのできないと言わない答えに半ば呆れる気持ちでフィーが納得する。

 

「ねえフィー。君はサラ教官が一人で行くの止めようとは思わないのかい? この中ではリィンさんと同じくらい付き合いは長いはずだよね?」

 

 クリスは一縷の望みを託すつもりでフィーに話を振る。

 

「別に……確かにサラにはいろいろ借りが多いけど、だからこそサラの意志を尊重するつもりだけど」

 

「でもサラ教官は一人で死にに行くようなものなのよ。敵だって多いんだから私たちにだってできることはあると思うんだけど」

 

 その会話の中にアリサが口を挟む。

 

「リィンがさっきから言っているけど、そのために死病に侵されるのは割に合わない」

 

「で、でも“塩化病”が流行ったのは26年前なんでしょ?」

 

「だから何? もしかして自分たちは運良く大丈夫なんて思っているの? それはノーザンブリアを甘く見過ぎ」

 

「っ……」

 

 フィーの歯に衣着せぬ物言いにアリサとクリスは押し黙る。

 

「だけどリィンさんが一緒なら――」

 

「そのリィンが無理だって判断しているのにどうして駄々を捏ねるの?」

 

 フィーの純粋な眼差しにアリサ達は今度こそ黙り、その判断を受け入れるしかなかった。

 

「僕達は……サラ教官を見殺しにするしかないのか」

 

 悔しそうに呟くクリスの言葉に応える者は誰もおらず監房に沈黙が流れ――唐突に大きな音が響いた。

 

「何の音?」

 

「扉のロックが開いた?」

 

 不安そうな声をもらしたエリオットの呟きにリィンは警戒心を上げて立ち上がる。

 そうしている間に重い音が次々と鳴り響き、幾重のロックが外されて重く厚い鉄の扉がゆっくりと開く。

 

「お迎えに上がりましたお嬢様」

 

 開いた鉄扉の先にはにこやかな笑顔を浮かべたメイドがいた。

 

「シャ、シャ、シャ、……シャロンッ!? ど、どうしてここに!?」

 

「それはもうひとえにお嬢様への“愛”が為せる技です……

 このシャロン。お嬢様のためなら例え火の中、水の中、どこへでも馳せ参じましょう」

 

 一瞬偽物を疑ったが、まさしくシャロンの言動にアリサは思わず閉口する。

 

「まあ良いわ……ある意味丁度いい所に来てくれたわ……

 早速で悪いんだけど、これをどうにかしてくれないかしら?」

 

 アリサはシャロンにリィンと繋がっている手枷を見せる。

 

「あらあらあら」

 

 それを見てシャロンは目を輝かせるが、次の瞬間にはそれを隠して謝罪する。

 

「申し訳ございませんお嬢様、その枷の鍵は特殊な仕様なのでここで外すのは難しいでしょう……

 ところで皆さま、外が大変なことになっておりますので急いでここから出ましょう」

 

「それって……」

 

「まさか“塩の杭”がもう……」

 

 エリオット達は思わず戦慄するが、それを気にせずシャロンはリィンに迫る。

 

「ですのでリィン様、ここはお嬢様を抱えて――具体的にはお姫様抱っこでお嬢様を運んでいただけませんでしょうか?」

 

「シャ、シャロン!? 貴女いきなり何を言っているのよ!?」

 

 とんでもないことを言い出したシャロンにアリサはこれまでで最大の声量で反論するのだった。

 こうしてサラから大幅に遅れてⅦ組B班はハリアスク基地から脱出するのだった。

 

 

 

 

「いっそう殺して……」

 

 ダンデリオンに戻り、シャロンによって手枷を外してもらったアリサは顔を赤面させて身悶えていた。

 

「そう……シャトラール達はそこまで思い詰めていたのね」

 

 リィン達が見て来たものをシャンテに報告すると、彼は嘆く様にため息を吐く。

 

「サラ教官はこちらに顔を出していませんでしたか?」

 

「ええ、こっちには来てないわ。きっと直接あの場所に行ったんでしょうね」

 

「やっぱり……」

 

「リィン君達が閉じ込められていた時間から察すると、もうさっちゃんは禁足地に入ってしまったでしょうね」

 

「シャンテさん。“禁足地”というのはそれほど危険なものなんですか?」

 

 クリスの質問にシャンテは頷く。

 

「ええ、禁足地は七耀教会が定めた当時最も塩化が激しかった場所でね……

 今でも不用意に踏み込めば人は塩にされてしまう危険な場所なの」

 

「そんな場所にサラ教官は……」

 

「追い駆けるつもりならやめなさい……

 普通の土地なら安全は保障されているけど、禁足地は今言った通り――っ……」

 

 忠告の言葉を不意に止めてシャンテは胸を抑えて蹲る。

 

「シャンテさん!?」

 

「だ、大丈夫……どうやら始まったみたいね」

 

 苦し気な声でシャンテが応えると彼の身体にほのかな光が宿ると、それはシャンテの身体を離れて足元の地面に吸い込まれるように消えた。

 

「今のはいったい……?」

 

「あ……みんな窓の外!」

 

 エリオットの叫びで外を見れば、雲を衝くがごとき白き巨柱が遠い大地からそそり立っていた。

 

「ねえ、見て。街の人達が」

 

 アリサが指したのは同じく外。

 道を歩いていた市民たちは先程のシャンテと同じように苦し気に次々に倒れて体から光を抜け出ていく。

 

「…………シャンテさん、ちゃんと説明してもらえますか? 貴方はシャトラールさん達の仲間ですよね?」

 

「あら、気付いちゃった? 流石さっちゃんの教え子ね」

 

 誤魔化すことなくシャンテはリィンの指摘を肯定する。

 

「リィンさん、それはどういうことですか?」

 

「俺はシャトラールさんに帝国への宣戦布告が目的だと言ったけど、さっきの光景を見るに別の目的も――」

 

「シャンテさんっ! ティアさんは来ていませんか!?」

 

 リィンの説明を遮って、大きな声を上げて店に入って来たのは小さな女の子を背負ったヴァレリーだった。

 熱病に侵されたように苦しそうにしている女の子もだが、ヴァレリーの方も体調を崩しているのか顔色は良くない。

 そしてその様子は今のシャンテと同じだった。

 

「ヴァレリーちゃん、落ち着いて――」

 

「ティアさんが起きたらいなかったみたいで、マヤちゃんを頼むって手紙だけが残っていて……それでそれで……っ――」

 

「大丈夫か?」

 

 苦しそうに体を傾けるヴァレリーを女の子ごとリィンが支える。

 

「シャンテさん……」

 

 余程慌てているのか、リィンに体を支えてもらいながらもヴァレリーはシャンテに詰め寄ろうとする。

 そんな彼女にシャンテは目を伏せて首を横に振る。

 

「ティアちゃんはもうここにはいないわ」

 

「いないって……それじゃあどこに?」

 

「あの子は最後の命を使いに行ったわ」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「あう……」

 

 ヴァレリーの言葉に同調するように彼女の背中にいる女の子もシャンテに声を上げて説明を求める。

 彼女たちに偽るつもりはないのか、シャンテは包み隠さず真実を二人に告げる。

 

「貴女達も外の“塩の杭”を見たでしょ?

 あれはね、ノーザンブリアに住んでいる全員の“塩化病”をまとめ上げて錬成したものなの……

 この儀式が完遂すれば貴女達はもう“塩化病”で苦しむことはないわ」

 

「え……それって……」

 

「“塩の杭”は帝国への宣戦布告のために錬成するんじゃなかったんですか?」

 

「それは建前よ」

 

 意外な答えにエリオットとクリスは目を丸くする。

 

「例えノーザンブリアから“塩化病”をなくすためだったとしても周辺諸国が“塩の杭”を錬成することを認めるはずがない……

 かと言って秘密裏に行える小さな儀式ではなかったし、儀式を行えば他国からの非難は避けられない……

 だから“帝国への領土拡大戦争”を名目にしたのよ」

 

「でもそれじゃあ本末転倒じゃないですか?」

 

 シャンテが語る新たな真実にクリスは困惑する。

 “塩の杭”の錬成を強行する理由が必要なのは分かったが、例えふりでもそれを使って戦争を仕掛けたとなれば非難は免れない。

 

「ええそうよ……シャトラール達はノーザンブリアを滅ぼすつもりだから」

 

「ノーザンブリアを滅ぼす?」

 

「そんないったいどうして?」

 

「今のノーザンブリアは君達が思っている以上に腐ってしまっているのよ……

 “北の猟兵”による支援を当たり前と考えてしまっていること、怪しげな犯罪組織を匿っていること……

 六年くらい前まではある宗教団体に人身売買をしていたらしいわね……

 そして“北の猟兵”が外で血を流して稼いで来てくれた外貨を横領して私腹を肥やす議員たちも現れてしまった」

 

「そんな……」

 

 シャンテが語るノーザンブリアの裏側にクリス達は絶句する。

 

「みんなはバレスタイン先生が亡くなった時に気付いちゃったのよ……

 このままではアタシ達の“英雄”はノーザンブリアの民衆に殺されてしまうって……

 バレスタイン先生のようにさっちゃんやがっちゃんが死ぬ時がいつかやって来る……

 その前に“北の猟兵”をノーザンブリアから解放させるべきだと考えたの」

 

「そのために帝国に併合されるのも辞さないって言うんですか?」

 

「この国で面倒だったことは26年前にバルムント大公を蹴落として議会を設立させた現議員たちなのよ……

 彼らは“北の猟兵”と同じくらいに市民に英雄視されていて、いくら裏であくどいことをしていてももみ消せる権力を持っていた……

 そんな彼らを権力の椅子から引きずり下ろすために帝国を利用させてもらうことにしたのよ」

 

「それじゃあサラ教官を嗾けたのは……」

 

「さっちゃんの役目は暴走した愚民の代表であるシャトラール達を殺すこと、そうすることでさっちゃんに帝国での発言権を持たせて残されたノーザンブリアの人々を守ってもらうつもりよ」

 

「そんな……サラ教官に友達を殺せって言うことですか!?」

 

「ひどい……」

 

「アタシ達は生きるために外の人達の血をたくさん流させた……これはその報いなのよ」

 

 悟り切ったシャンテの眼差しにクリス達はそれ以上の言葉が出て来なかった。

 シャトラール達の計画は要約すれば盛大な心中自殺。

 ノーザンブリアの負の面を生贄にして、サラを英雄に仕立て上げる壮大な計画。

 自分達が慌てて彼女を追い駆ける理由も戦う理由もなくなってしまい、肩透かしをくらったように途端に気持ちが萎えてしまった。

 

「あの……そんなことよりもティアさんは?」

 

 押し黙るⅦ組一同を他所にヴァレリーがその問いを繰り返す。

 

「その話が本当ならティアさんの“塩化病”も治るはずですよね?」

 

「…………」

 

 その問いにシャンテは目を伏せて沈黙を返す。

 

「あう……」

 

 そんなシャンテの足に女の子が弱々しく縋りつく。

 

「シャンテさん……?」

 

「…………安心して貴女の事はティアちゃんから任されているから」

 

 膝を着いてシャンテは女の子に安心させるように笑いかける。

 しかし、女の子は後退ると踵を返して駆け出した。

 

「マヤちゃん!?」

 

 制止の声を無視して女の子は店の外へと出て行ってしまう。

 ヴァレリーが女の子の突然の行動に驚き慌てて店の外に出る。

 女の子は現れた“塩の杭”に向かって駆け出して――転んだ。

 

「あう……あう……」

 

 女の子はすぐに立ち上がろうともがくが、身体から“塩化”が抜け出た負担のせいなのかうまく立ち上がることはできなかった。

 

「マヤ……やめて……ティアさんはきっともう……」

 

 追い付いたヴァレリーは背中から女の子を抱き締めて言い聞かせる。

 

「あうあうあう」

 

 女の子はヴァレリーの抱擁に力の弱い抵抗をする。

 

「あうあう……」

 

 涙を目に浮かべて遠く離れた“塩の杭”に手を伸ばす女の子は何を思っているのか。

 

「……ねえリィン」

 

 部外者のアリサでも簡単に想像できる。

 ティアがどの勢力に属していて、何をしているのか、そしてその結末も。

 既にアリサの気は抜け、先程まで燃えていた気持ちは茶番だったことを知って消沈してしまった。

 しかし、それでも泣く女の子に遣る瀬無い気持ちを抱いてアリサは振り返る。が、そこにリィンはいなかった。

 

「あれ……?」

 

 首を傾げてリィンの姿を探すと、すぐに見つかった。

 

「大丈夫だ。ティアさんは俺が連れて来てあげるから」

 

 いつの間にかリィンは女の子の前に膝を着いてあやす様に頭を撫でていた。

 

「あう……?」

 

「ああ、本当だ。シャロンさん」

 

 涙目で訴える女の子にリィンは笑いかけて、メイドの名を呼ぶ。

 

「こちらが“塩化病”の拮抗薬になります……

 ノーザンブリアに流通しているものと比べて強力になっていますので服用すれば六時間ほど禁足地でも問題なく行動できます」

 

 音もなくシャロンがリィンの背後に現れると、瓶に入った白い錠剤を差し出した。

 

「ありがとうございますシャロンさん」

 

 当然のようにリィンはそれを受け取って、立ち上がるとアリサ達に向き直る。

 

「アリサ達はこのまま帝国に戻って今の話を伝えてくれ」

 

「な、何言ってるのよ!? さっきは散々サラ教官を追い駆けることに反対していたくせに!」

 

「まあ、そうなんだけど……」

 

 リィンは頬を掻き、言い訳する。

 

「シャロンさんが薬を持って来てくれた事もあるけど、俺に戦う“根拠”ができたからかな」

 

「根拠って……」

 

「たくさん考えて、たくさん悩んだ……

 ルフィナさんに言われた通り、俺の手で守れる者には限度がある……

 だから俺とは何の関係もないノーザンブリアの人達は俺が助けるべきじゃない……

 シャトラールさん達はちゃんと自分達で決められる人だから、あの人達の意志を尊重するなら俺は手を貸すべきじゃないと思った。だけど――」

 

 リィンは振り返って女の子を伺い見る。

 

「泣いている女の子を見捨てることは俺にはできそうにない」

 

「…………何よそれ。全然意味が分かんないんだけど」

 

 自分勝手なリィンの物言い、初めて見たと思えるリィンの穏やかな笑みにアリサは何故か直視できずに顔を背けてしまう。

 

「クリス達はさっき決めた様に先に帝国に――」

 

「その事ですけどリィンさん僕も一緒に行きます」

 

「クリス。いくら薬があってリスクが減ったとしても君は――」

 

「お言葉ですけど、リィンさんはこれから全てを救いに行くつもりですよね? だったら僕は役に立ちますよ」

 

 リィンの拒絶を遮ってクリスはそう言い切った。

 

「それならわたしも。死病のリスクが減ったならやられた分をやり返したい。リィンのおまけの雑魚扱いは納得いかない」

 

 そしてクリスに便乗してフィーもこれまで抑え込んで来た欲求を口にする。

 

「フィーまで……」

 

「アリサとエリオットはどうする? まだサラ教官を助けに行きたい?」

 

「それは……」

 

 クリスに話を振られてアリサとエリオットは思わず口ごもる。

 

「だいたいここまで人を好き勝手に利用して振り回しておいて、逃げ帰るなんて二人は納得できるの?」

 

 焚きつけるようなクリスの言葉にエリオットとアリサは今日までのノーザンブリアでの出来事を振り返り、顔をしかめた。

 

「なんか思い出したらムカムカしてきた」

 

「そうよね。何で私達はこんな目に合わないといけなかったのかしら」

 

 普段温厚なエリオットまで、ノーザンブリアからされた様々な理不尽な仕打ちに剣呑な呟きをもらす。

 

「そうよね。サラ教官も含めてちょっとやり返したって良いわよね」

 

「そうそう。だからここは僕達が全部を救ってみんなを見返して上げようじゃないか」

 

「おいクリス――」

 

「リィンさんも、ですよ……

 さっき言ってましたよね。リィンさんの手で守れる人には限度があるって……

 なら、リィンさんが届かない部分は僕達が補ってみせます」

 

「クリス……」

 

「今はまだ兄上くらいに頼れる力はないですけど、そこに行くための道を閉ざすことだけはしないで下さい……

 それが僕の“根拠”です。それとも僕達はそこまで頼りないですか?」

 

 はっきりと言い切り、最後に不安そうに窺ってくるクリスにリィンはため息を吐く。

 

「そこまで言われたら、止められないだろ」

 

 いつの間にかそこまで言えるようになっていたクリスにリィンは折れる。

 未熟であっても前を向かなければいけない気持ちはリィンは良く分かっているから、クリスの“根拠”を否定することはできない。

 何より、自分を補ってくれるという言葉はリィンの心を動かした。

 

「それじゃあ……」

 

 認めてくれたリィンにクリスは拳を握って喜び、振り返る。

 

「トールズ士官学院、Ⅶ組B班――

 これよりノーザンブリアの“異変”に介入する……

 悲劇に泥酔している馬鹿たちを一人残らずぶん殴って、みんなを救ってみせよう!」

 

『おおっ!』

 

 クリスの号令にⅦ組B班は声を揃えて応じた。

 

 

 





メイド

アリサ
「ところでどうしてシャロンがそんな薬を持っているのよ?」

シャロン
「ふふ、それはメイドの嗜みと言うものです」

エリオット
「嗜みって……じゃあアリサが危ないって感じて来てくれたのもメイドの嗜みなの?」

シャロン
「それはお嬢様への愛が為せる技というものです」

アリサ
「全然説明になってないわよ」

リィン
「諦めろアリサ、シャロンさんだからって納得するしかないんだ。こういうタイプの人達は」

アリサ
「そうかもしれないけど、何で私よりもリィンの方がシャロンを分かっているみたいに言うのよ……むう……」

シャロン
「嫉妬して不貞腐れるお嬢様……ああ、なんて尊い」

リィン
「…………言っておくけど、俺はシャロンさんを少しも理解できていないから」

アリサ
「…………そんな謙遜しなくて良いわよ。貴方が一番シャロンを理解しているからいっそう引き取ってくれないかしら?」

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