(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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思っていた以上に長くなってしまったノーザンブリア編はこれにて終了になります。





79話 塩の大地Ⅻ

 

 帝国時報号外。

 リィン・シュバルツァーが通うトールズ士官学院に導入された《特別実習》を取材するべく当社はノーザンブリアへと赴いた。

 

 中略

 

 《ノーザンブリアの現状》

 《不当な逮捕!? ノーザンブリアの怪しい影!?》

 《塩の杭の再来!?》

 《“灰色の騎士”ノーザンブリアを救う!》

 《紅き翼カレイジャス、ノーザンブリアの救援にいち早く駆け付ける》

 《憲兵団長シャトラールによるノーザンブリアの議員の告発!》

 

 また当社の記者が《灰色の騎士》の戦いの一部始終を導力カメラに収めることに成功した。

 その内容の公開は現在帝国政府に打診している。

 

 

 

 

「ノーザンブリアの民よ。初めまして私はオリヴァルト・ライゼ・アルノールだ」

 

 日が落ちたハリアスクの街。

 通商会議後にお披露目するはずだった《紅き翼カレイジャス》の甲板でオリヴァルトは名乗りを上げる。

 

「この度は二度目の災厄に見舞われた君達に私達は少しでも何かの助けができないかとこうして馳せ参じさせてもらった」

 

 堂々と演説する彼に対してノーザンブリアの人々は感謝の念よりも先に罪悪感から目を逸らす者達の方が多かった。

 課外授業に来た士官学院生たちに対する私的な暴行。

 貧困に喘ぎ、“減塩計画”の失敗のストレスの捌け口にした所業。

 証拠さえ残さなければどうとでも言い訳ができると考えていたが、その計画は色々な意味で破綻してしまった。

 さらに言えばそれを主導した議員達は“塩の杭”が発生すると我先にとハリアスク基地に建築された地下シェルターへと逃げ込んでしまい、オリヴァルトを正式に出迎えることさえできないのが現状だった。

 “紅き翼”に保護された学生たちの証言次第で自分達の未来が決まってしまうのだとハリアスクの市民は緊張した面持ちでオリヴァルトの言葉を待つ。

 

「ふっ……何やら些細な行き違いがあったようだが、そんなことよりも――」

 

 そんな市民の不安を気にせずオリヴァルトは不敵な笑みを浮かべる。

 

「君たちは我が国の“英雄”の力をその目で見てくれただろう?」

 

 その言葉に市民たちはざわめき始める。

 

「帝国の伝説にある《巨いなる騎士》、それを駆ったのは帝国の最も新しい“英雄”リィン・シュバルツァー……

 彼の働きにより、君達を苦しめていた“塩化”という呪いは祓われた。君達はもう自由だっ!」

 

 オリヴァルトの宣言によって、ようやくその事実を呑み込めた市民たちは一斉に歓声を上げる。

 

「しかし、ノーザンブリアに残された傷は深く君達にはこれからも苦難の日々が待っているかもしれない……

 だが今宵だけはこのめでたい日を私達にも祝わせて欲しい」

 

 オリヴァルトの声に合わせてカレイジャスの下部ハッチが開き、中から紅い機械人形がコンテナを抱えて現れた。

 

「君たちに送る支援物資は十二分に持ってきた。ノーザンブリアの市民たちよ!

 今宵は宴だ! 存分に食べて飲んで、この奇蹟の日を祝ってくれたまえ!」

 

 機械人形は次々に食料を満載にしたコンテナを外に出していく。

 その量は膨大で、とても一機の飛行艇に積める量ではないのだが、目の前に並べられた食料の数々に市民の思考は疑問に感じる余裕はなかった。

 貧困に喘いでいたノーザンブリアの市民たちにとって夢のような光景。

 それに耐えられるわけがなく、再び歓声は上がる。

 こうしてオリヴァルト皇子によるノーザンブリア併合の第一歩が始まったのだった。

 

「ふう……」

 

 演説を終え、祭りの始まりを見届けたオリヴァルトは艦内に入ると迷いのない足取りで格納庫へと向かう。

 新造の格納庫には二つの不釣り合いなものが存在していた。

 一つは《灰の騎神》ヴァリマール。

 その姿は見るも無残に変わり果て、左腕は消失し上半身と下半身で二つに分かれていた。

 さらにそれだけに留まらず美しい光沢を誇っていた装甲は風化したように崩れ中のフレームや“核”が剥き出しとなっていた。

 《騎神》のダメージは起動者にフィードバックされる。

 その事実を知っていると思わず目を背けてしまう惨状。

 しかし、目を背けたその先には彼がいた。

 

「助かりましたオリヴァルト殿下」

 

 格納庫に不釣り合いな二つ目のもの――“大樹”に背中を預けて蒼白な顔で赤子をあやしていたリィンはやってきたオリヴァルトを出迎える。

 

「えっと…………“魔獣の肉”をください」

 

 彼の背後でカレイジャスの機関員が恐る恐ると言った様子で“大樹”に話しかけると、それは発光して彼が持つ箱に“魔獣の肉”を現出させる。

 機関員はその光景に戸惑いながら、“大樹”が造り出した食料を外へと運び出す。

 オリヴァルトにとっては“影の国”で経験したことなのだが、改めて見るとシュールな光景だと他人事の様に感想を抱く。

 

「大丈夫なのかい? いくらノーザンブリアの人達のためとはいえ“大樹”を使って食料を供給するのは負担になるんじゃないかな?」

 

「いえ……今はむしろ霊力が飽和している感じで……こうやって消費してくれないとろくに休めないくらいに圧迫されているんです」

 

 まるで食べ過ぎて胸焼けを感じるような素振りでリィンは現状を簡単に説明する。

 《幻の至宝》がノーザンブリアを再生する力を使ったのは良いが、ヴァリマールと自分をその触媒に使った為、その余剰エネルギーがリィンの中に渦巻いていた。

 何らかの形で発散させなければならない程の負担であり、ヴァリマールの修復に使おうとしても何かが邪魔をしてそれもできない状況だった。

 直接“大樹”を外に出現させるだけの力を得たが、それをやると混乱は目に見えていたのだが、そこにオリヴァルトがカレイジャスと共にやってきて回りくどくはあるが、霊力を発散する機会を得ることができた。

 

「やれやれ君は本当にノーザンブリアの救世主だな……ところでその髪と目は……」

 

「ええ……どうやら戻らないみたいです。でも、大丈夫です」

 

 視界の端で揺れる白く染まった髪と、事前に鏡を見て知った赤い目にリィンは苦笑する。

 グノーシスを一度に大量摂取した影響として残ってしまった外見的な変化。

 まるで《鬼の力》を使った時のような状態になっていることにリィンは違和感を覚えて苦笑を浮かべて誤魔化す。

 

「それはそうと救世主はやめてください。ノーザンブリアを浄化したのはこの子に宿っていた《幻の至宝》の残留思念なんですから」

 

 そう言ってリィンは抱いていた赤子に視線を落とす。

 すやすやと穏やかな寝息を立てている小さな女の子。

 

「ふむ……いろいろ改めて聞かなければいけないことがあるみたいだけどリィン君。これだけは先に教えてくれないかな?」

 

「はい、何ですか?」

 

 真面目な顔をしたオリヴァルトにリィンは佇まいを改めて向き直る。

 

「その子はいったい誰の子供なんだい!? ボクとのことは遊びだったって言うのかい!?」

 

 その言葉は謙遜に満ちていた格納庫によく響いた。

 

「………………ミュラーさん」

 

 足を投げ出すように座り込み、両手で赤子を抱えていたリィンは静かに彼の名前を呼ぶ。

 

「承った。さあ、お前はこっちに来て配給の手伝いをしろ」

 

「あ、ちょっとミュラー」

 

「今日は無礼講なのだろう? 特別に今日は歌うことは許可してやろう」

 

「それは嬉しい提案だけど待ってくれたまえ。まだリィン君に破甲拳をされてないんだ……あ~れ~」

 

 ミュラーに首根っこを掴まれてオリヴァルトはその場から連れ去られるのだった。

 

 

 

 

 街が宴の喧騒に賑わう一方、ハリアスク基地の中を歩く三人がいた。

 

「えっと……」

 

 ケビン・グラハムは監獄の中を首を竦ませながら歩いていた。

 

「そ、それにしてもこんな美人なお二人にエスコートしてもらえるなんて役得やなぁ……なんて……」

 

 漂う空気を払拭させようとケビンは軽口を叩いてみせるがそれは逆に二人からの威圧感を強くさせた。

 

「口を開かないでもらおうか教会の犬。本来なら貴様をここに入れるなどとても容認できることではないのだから」

 

「同感ね。“塩の杭”を利用して武器を造っていたくせによくまあノーザンブリアにそんな顔で来れたわね」

 

 前を歩くアプリリス。後ろを歩くサラ。

 二人はケビン――教会の人間への不信感を隠しもせずに嫌悪の念をケビンにぶつけてくる。

 

「とほほ……」

 

 最初にリィンがフォローしてくれなかったら合流して名乗った時の殺気を考えればまだ穏やかな対応。

 クロスベル方面でいつでも動けるように待機していたからこそケビンは出現した“塩の杭”にいち早く駆け付けることが出来たというのにこの仕打ちはあまりに酷くないのかと嘆く。

 と嘆いてもこれは全面的に七耀教会が根本の原因にあるのでケビンにできることは彼女たちの非難を甘んじて受け入れるしかなかった。

 

「先に言っておくが、教会はもちろん遊撃士にもゾラ先生を引き渡すつもりはない」

 

「本気で言ってるのアプリリス? そいつは十中八九《D∴G教団》の幹部よ。奴等のしてきたことはさっき話したはずよ」

 

「知ってるさ……だがあえて言わせてもらうならゾラ先生はこの地に希望を与えてくれた。その恩を仇で返すつもりはない」

 

「そいつの目的があの“虚神”だったとしても? 実験だって何人死んだのよ?」

 

「126人だ」

 

「え……?」

 

 まさか即答で答えが返って来るとは思ってなかったサラは思わず言葉を止めてしまう。

 

「当時の殲滅作戦のことに異を唱えるつもりはない。だが、この地で行われた実験は全員が志願者だ……

 例え非道な実験だったとしても、その結果“塩化”に対しての薬は作ってもらった。その事実は確かなんだ」

 

「…………志願者ってことはあんたもそうだったの?」

 

「ああ、正常な人間が“塩化病”を発症する原因を探るためにわざと塩の杭の残留物に触れた……

 あまりに浸食が早くて二度ほど失敗して腕と足を失ったのだがな……」

 

 複雑な声をもらしてアプリリスはかつて義手だった傷一つない腕を撫でる。

 

「怪人は“塩の杭”の完成と共に死ぬはずだったのだがな」

 

「あはは、死に損なった気分はどんなものかしら?」

 

 あえて揶揄う調子でサラは笑ってみせる。

 前を歩くアプリリスの表情は分からない。

 アプリリスはサラの問いに応えず、そこで会話は止まって三人は黙々と歩を進めた。

 

「――ここだ」

 

 ハリアスク基地の地下。

 《D∴G教団》の司祭が造り出した研究室を前にアプリリスは振り返る。

 

「もう一度言っておくが、彼をお前達に引き渡すつもりはない。武器はここで預からせてもらう」

 

「ま、とりあえず今はそれでええよ」

 

 その指示に逆らわずケビンはボウガンをアプリリスに渡す。

 今は話し合いだけで充分。

 “塩の矢”についての案件も、聖具《グレイプニル》の使用許可を得てやって来ることになっている古株の守護騎士に任せるつもりで武装解除に応じる。

 

「あたしも異論はないけど……話次第では一発殴るからね」

 

 サラもそれに応じてアプリリスにブレードと導力銃を渡す。

 

「確かに……」

 

 アプリリスはそれをひとまとめに抱えてドアを開く。

 

「…………えっ?」

 

 三人の目に飛び込んできたのは荒れた室内だった。

 床に散らばった本に、割れた試験官のガラス。用途不明な術具らしきものも無造作に床に散らばっている。

 部屋に刻まれた刃傷。

 刃がついた鞭を一閃して薙ぎ払ったかのような惨状。

 そして荒れ果てた床には血の跡まであった。

 

「おい」

 

「アプリリス」

 

「ああ」

 

 短いやり取りでアプリリスは頷いてそれぞれの武器が返す。

 床についた血痕は奥の扉へと続いており、三人は足早にその後を追う。

 壁に穿たれた無数の銃痕を横目にサラ達はとにかく急ぐ。

 しかし、彼女たちの思いは空しく彼は無残な姿で発見された。

 無数の巨大なガラス管が立ち並ぶ広い空間に、大きなレバーにもたれ掛かるように死んでいる男。

 

「あかん……背中から一突き。時間もだいぶ経っておる」

 

 駆け寄ったケビンがすぐに診るが冷たくなったいる体にできることはないと目を閉じる。

 

「そんな……」

 

「っ……誰がこんなことを?」

 

 アプリリスは恩人の死に絶句し、サラは憤りを露わにする。

 

「ぱっと見ただけで判断するなら最低三人の下手人がいたことになるやろうな……

 しかもその内の一人はおそらく教会の騎士や」

 

「何だと……」

 

 誤魔化さずに告げたケビンの推測にアプリリスは眦を上げて彼の胸元を掴み上げる。

 

「どういうことだ!? お前達はまた!」

 

「っ――この人に付けられた傷とさっきの部屋を荒らした一撃は“法剣”のもの。だけどそれ以上のことは――ぐっ」

 

「落ち着きなさいアプリリス。犯人は“法剣使い”だけじゃないわよ。その内の一人はたぶん猟兵に近い奴よ」

 

 ケビンを締め上げる腕を横からサラが掴んで放すように促して、彼女の推論を述べる。

 

「壁にあった無数の銃痕はマシンガンかガトリングガンみたいな連射が利く導力兵器よ……

 少なくてもそれらは《七耀教会》が使う武器じゃないわ」

 

「サラ……っ――」

 

 アプリリスは悔しそうに顔を歪ませてケビンから手を放す。

 

「三人目が何者かは分からへんけど、止めを刺したのは“法剣使い”じゃないのは確かや」

 

「“法剣使い”……それに連射の利く導力兵器……三人……まさかね……」

 

 今の状況で読み取れる犯人にサラはあるテロ組織を思い浮かべるが、それを否定する。

 ここはノーザンブリア。帝国を中心にテロ活動をしている彼らがここにいるとは思えない。

 しかし、思う。

 帝都で《暗黒竜》を復活させた彼らが、《虚神》を復活させた真犯人である可能性を。

 

「アプリリス、悪いけどその人を弔ったら、何か盗まれたものがないか確認してもらえる? あんたができないならシャトラールかクレドに頼むけど」

 

「…………いや大丈夫だ」

 

 唇を噛み締めアプリリスはゾラの亡骸を丁寧に寝かせてから、犯人に繋がる証拠を探し始めた。

 結論から言えば証拠は見つからなかった。

 そして“塩”からガーゴイルを作るための装置、正確には七耀石から“魔獣”を作り出す術式を刻んだクォーツがなくなっていることが判明した。

 

 

 

 

「……今回の特別実習はハードだったね」

 

 お祭り騒ぎの街をカレイジャスの一室から眺めながらクリスはぽつりと呟いた。

 

「ハードなんてものじゃないわよ」

 

「そうだよ。もう何度ももうダメだと思ったよ」

 

 クリスに反発するようにアリサとエリオットは疲れた返事をする。

 宛がわれた客室のベッドにだらしなく寝そべる二人は精魂尽きたように脱力してこれまでのノーザンブリアでの日々を思い返す。

 

「二人ともだらしない」

 

 そんな力尽きた二人にフィーは容赦のないダメ出しをする。

 

「むしろ何で二人はそんなに元気なのよ」

 

「リィンも配給を始めちゃうし、三人共どんな体力しているの?」

 

「いや僕達も割と限界なんだけど……」

 

 エリオットのぼやきにクリスは苦笑しながら応える。

 三日間の特別実習。

 それも初日から牢屋に入れられたり、二日目は徹夜で戦い続けて今に至るためまともに休んでいない。

 一般人よりも鍛えているクリスとフィーも体裁を整えるだけの余裕があっても、腹ごしらえをしてベッドに横になったら一瞬で深い眠りに落ちてしまうだろう。

 

「眠いなら無理して起きてない方が良いんじゃないかな?」

 

「そうなんだけど……何か目が冴えちゃって」

 

「分かります。あんな奇蹟を目の当たりしたわけですからね……ふふふ」

 

 アリサに同意してクリスは顔をほころばせる。

 苦しい戦いだった。

 クリス達が戦ったシャトラールは強く、尖った部分のない万能型。

 三人で繋げた戦術リンクの連携で何とか食い下がったものの、戦況は拮抗して最終的には“塩の杭”の錬成が始まり“魔人化”が解けて時間切れ。

 勝敗は有耶無耶になってしまった。

 しかし、その不完全燃焼を吹き飛ばすような奇蹟を目の当たりにしたこと。

 そしてこうして一段落して落ち着いて振り返ると、“英雄”を目指してⅦ組に入ったクリスは興奮せずにはいられない。

 

「超帝国人の奇蹟……まさか本当にやるとは思わなかった……」

 

「流石リィンさんですよね」

 

 呟いたフィーに全面的に同意して何度も頷く。

 

「それにしても……」

 

 エリオットが思い出すのは最終局面、ヴァリマールが“虚神”に倒された後のこと。

 頭に直接響いてきたリィンの歌。

 プロのように技量が高いわけではないが、それでも心に響く歌にエリオットは場違いな嫉妬を覚えた。

 

「エリオット、どうかした?」

 

「ううん、何でもない」

 

 言葉を止めたエリオットにクリスは首を傾げる。

 エリオットは適当に誤魔化してリィンに感じた嫉妬を押し隠す。

 あれ程に心を揺り動かす音楽を奏でたことはエリオットにはない。

 積み重ねる技術によるものではない、才能の発露。

 リィンが音楽の道に進まないことに安堵しているのか、憤りを感じているのかエリオットには分からなかった。

 

「――失礼」

 

 不意にドアをノックして二人の青年が部屋に入って来た。

 

「シャトラールさん、それにクレドさん……体の方はもう良いんですか?」

 

「ああ、おかげさまで……塩化のなくなった体がこんなに軽いものだったと久しぶりに思い出せたよ」

 

 憑き物が落ちた様に微笑みを浮かべるシャトラールはそのまま一同に向けて膝を着いて頭を下げた。

 

「この度は君達に多大な迷惑をかけたことを謝罪させて欲しい……

 そして勝手な願いになるがこの咎は自分の首だけで納めてもらいたい」

 

 そう言ってシャトラールは携えていた剣を捧げるように差し出した。

 

「シャトラールさん……」

 

 実際のところ、挑発するように言われていた帝国への宣戦布告は実際に行われていなかった。

 あくまでもサラをその気にさせるためのブラフ。

 彼らの計画では錬成された“塩の杭”はティアが塩化病で砕け散ると共に消失し、ノーザンブリアの人々に現在の体制がいかに壊れやすいものかを知らしめるつもりだった。

 《白の虚神》の出現はもちろん、彼らは“塩の杭”を完成させる贄だったはずなのに生き永らえてしまった。

 “塩の杭”の錬成にしても首謀者が死亡したとなれば他国からの責任追及も有耶無耶にできたのだが、生き永らえてしまった以上誰かが責任を取らなければならないのはある意味必然だった。

 

「お前らがこいつの首を斬れないって言うならオレが代わりにやっても良いんだぜ」

 

 シャトラールの背後に控えていたクレドは悪ぶった素振りで剣を抜く。

 

「裁かれるならリィンさんに頼まなかったんですか?」

 

「彼には既に話した。しかしこの一件については君に一任したと聞いている」

 

 ――リィンさん、それって丸投げじゃ……

 

 無責任な押し付けにクリスは顔を引きつらせるが、すぐにそれを改めて仲間たちに視線を送る。

 

「みんな、僕に考えがあるんだけど任せてもらえるかな?」

 

「良いわよ。この中だと貴方が適任だし」

 

「うん。それで良いと思うけど」

 

「どんな風に落としどころを決めるつもり?」

 

 クリスの意見に仲間たちは頷き、改めてシャトラールに向き直る。

 

「命は惜しくないんですか?」

 

「すでにこの身はノーザンブリアのために捨てる覚悟はしていた。それが少しだけ長引き、最後に希望が見れたのなら思い残すことはない……

 それにこれまで犠牲になってくれた者たちのことを思えば、次は私の番だと言うだけのこと」

 

「そうですか……」

 

 差し出された剣を取り、クリスはそれを品定めするように眺める。

 

「良い剣ですね」

 

「気に入ったなら差し上げよう」

 

「いえ、それは結構です。それでは覚悟は良いですね?」

 

「――ああ」

 

 顔を下げたままシャトラールは最後の時に備えて目を瞑る。

 しかし、次に来た衝撃は首にではなく頭にだった。

 

「っ!?」

 

 剣の腹でシャトラールの頭を強打したクリスは不敵な笑みを浮かべ宣言するように口を開く。

 

「捨てるというのならその命、僕がもらおう」

 

 有無を言わせない一方的で高圧的な言葉。

 

「し、しかし――」

 

「自然発生した二度目の災厄、そう僕達が口裏を合わせれば良いだけのことだ」

 

 渋るシャトラールにクリスはそう言い切る。

 

「僕達が目指したのは誰も失わない結末だ。だから貴公の献身は認めない……

 自分が許せないというのなら今後の働きで返してもらう……

 ノーザンブリアについてはできる限りの便宜を図る様に皇帝陛下と宰相に伝えておこう……

 差し当っては僕の名を刻んで忠誠を誓ってもらおうか、クリス・レンハイム。これから君の主になる者の名だ」

 

 そう言ってクリスは握った剣を返すように突き出した。

 

「――――はっ」

 

 シャトラールは見上げたクリスの顔に言いようのないカリスマを感じ、恭しくその剣を受け取るのだった。

 そんな彼らを他所にアリサ達は顔を突き合わせて小声で言葉を交わす。

 

「ねえ、これって……」 

 

「うん……シャトラールさん。クリスの正体を知っているわけじゃないから」

 

「なるほど……これが愉悦なんだ」

 

 アリサ達はシャトラールに同情の眼差しを送るのだった。

 

 

 

 

 

「はあ……それにしてもしんどかったわ」

 

 《ダンデリオン》の大きなテーブルに身を投げ出してサラは疲れを訴える。

 

「悪かったとは思っている」

 

「ああ、だがノーザンブリアや“北の猟兵”を生かすために俺達にできることはあれしかなかった」

 

 申し訳なさそうにアプリリスは謝罪し、それに続いてシャトラールが言い訳をする。

 

「って言うか、結局あのリィン・シュバルツァーって奴は何だったんだ?」

 

 配給された酒瓶をそのままラッパ飲みしているクレドが尋ねる。

 

「何って……どういう意味よ」

 

「そのままの意味だ。俺達が散々積み重ねたものをあっさりと乗り越えて行きやがって……

 いろいろ納得がいかねえがこの酒に免じて不問にしてやるがな」

 

「上から目線で言ってんじゃないわよ」

 

 偉そうにするクレドにサラはため息を吐く。

 

「でも私も気になります。本来なら私の命を使って出すはずだった結果を、それ以上にして叶えてくれた人だから……

 まだちゃんと御礼も言えてませんでしたから」

 

 少し恥ずかし気にティアはあの時のことを思い出す。

 終わりを覚悟して出て行ったのに、もう一度マヤと触れ合うことができたことに感極まって声を上げて泣いてしまった。

 

「そうよね。正直アタシも本当にみんなを連れ戻してくれるなんて思わなかったから少しときめいちゃったわ」

 

 彼がもたらした奇蹟にシャンテは嬉しそうに笑う。

 

「って言われてもね……超帝国人としか言えないわ」

 

「超帝国人……」

 

「超帝国人か……」

 

「超帝国人……クカカ、おもしれえじゃねえか」

 

「そ、それで納得するの?」

 

 サラの答えをそれぞれ受け止めるアプリリス達にティアは苦笑する。

 

「ふふ……それにしてもこうしてバレスタイン教室のみんなでお酒を飲める日が来るなんて……

 実はあたしが《ダンデリオン》を開いたのはこれがやりたかったのよ」

 

「シャンテ?」

 

「旅立った綿毛たちがいつかこの場所に戻って来て花を咲かせる……そんなことを夢見ていたの」

 

「みんなと言うのには一人足りないがな」

 

 シャンテの語る夢にアプリリスはそう返して、丸いテーブルに卓にわざわざ用意していた空席に目を向ける。

 と、そこに――

 

「おいお前ら! これは何の騒ぎだ!?」

 

 頬に傷のある青年が《ダンデリオン》の扉を乱暴に開けて入って来た。

 

「なっ!?」

 

「ほう……」

 

「え……?」

 

「うそ……」

 

「はっ……」

 

「あらやだ……」

 

 彼の登場に一同は目を丸くする。

 

「せっかく大口の契約が結べたって言うのに“塩の杭”が現れたって聞いたから違約金を払って戻ってきたら、この騒ぎ……

 いったい何があったって言うんだ」

 

 青年は困惑した様子で状況の説明を求める。

 

「…………ぷ……」

 

「…………くくく……」

 

 そんな彼の様子にサラ達は何だかおかしくなる。

 

「「「「「「ハハハハハハハッ!」」」」」」

 

「お、おいっ……っていうか何でサラまでいやがる?」

 

 突然笑い出したかつての同窓生たちに青年が困惑する。

 

「ねえ、みんな乾杯しましょう」

 

 シャンテがそんなことを提案する。

 

「そうだな……何に乾杯する?」

 

 アプリリスはその提案に乗る。

 

「そうだな……死んでいった奴等に」

 

 率先してグラスを掲げたのはクレドだった。

 

「では私はこれからのノーザンブリアの未来に」

 

 それにシャトラールが続く。

 

「マヤやヴァレリーちゃん、カンリリカちゃん……子供たちの笑顔に」

 

 楽しそうにティアも続く。

 

「お、おい! ちゃんと説明しやがれ!?」

 

「はいはい、説明なら後でして上げるからがっちゃんもグラスを持って」

 

「その呼び方はやめろって言ってるだろ!」

 

 置いてきぼりにされた青年にシャンテは無理矢理グラスを持たせる。

 そして最後にサラが――

 

「超帝国人の祝福に――乾杯っ!」

 

 夜の《ダンデリオン》にグラスを打ち鳴らす音が鳴り響いた。

 

 

 







リザルト

 街道の安全確保
 少年兵たちとの模擬戦闘

 ハリアスク基地からの脱出
 ハリアスク基地への潜入

 “塩の杭”並びに塩化した大地の浄化


ヴァンダイク学院長
「…………………ううむ、どう評価して良いものか……」



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