(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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かわいい対決
アンゼリカ
「やあ、ティータ君。久しぶりだね」

ティータ
「アンゼリカさん、お久しぶりです。アンゼリカさんもトールズ士官学院に通っていたんですね」

アンゼリカ
「ああ、リィン君の先輩と言う形でね……
 さあティータ君、再会を祝して熱い抱擁を交わそうじゃないかっ!」

ティータ
「えっと……」

エリカ
「ちょっとあんた、うちの子が世界一かわいいからって馴れ馴れしいわよ」

アンゼリカ
「おや、貴方はもしかしてティータ君のお母さんかな?」

エリカ
「そうよ。誰だか知らないけど私のティータの半径1セルジュ以内に近付かないでもらえるかしら」

アンゼリカ
「なるほど……ではお近づきの印にこの写真集を貴女に差し上げよう」

エリカ
「こ、これは!?」

アンゼリカ
「言っておくがその子は私と同い年にして、このトールズ士官学院の生徒会長を務める才女……
 ティータ君のかわいさは認めるが貴女は果たしてこれ以上のかわいいを私に見せることができるかな?」

エリカ
「ふっ……帝国もなかなかやるようね。ならば私はこれよ!」

アンゼリカ
「こ、これは!?」

エリカ
「ティータ一歳、初めて立った時の写真よ」

アンゼリカ
「ぐはっ!」

エリカ
「どうやら私の勝ちのようね……でも誇ると良いわ。私にこの写真を出させたことをね」

ティータ
「お母さん……」

トワ
「アンちゃん……」





8話 実技テスト

 四月二十一日水曜日。校庭。

 

 

「それじゃあ予告通り、実技テストを始めるわよ。この一ヶ月の集大成、しっかりと評価して上げるからね」

 

 校庭に並ばせたⅦ組一同を前にサラは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「サラ教官」

 

「ん? 何かしらラウラ、質問?」

 

「ええ、父上――ヴィクター・S・アルゼイド子爵が月に一度来ると聞いていたのですが、どうなっているのでしょうか?」

 

「ああ、それは来月からよ……

 わざわざ忙しい中来てもらうわけだから、生徒たちの基礎体力がしっかり付いてからじゃないと大した教導はできないでしょ?

 貴女には不服かもしれないけど、これに関しては他の生徒達に足並みを揃えて貰うわよ」

 

「いえ、そういうことならば良いんです」

 

 ラウラは疑問が解消されてあっさりと引き下がる。

 

「他に何か質問はあるかしら?

 …………無いようね。それじゃあ進めるわよ……

 このテストは前もって言っておくけど、単純な戦闘力を測るものじゃないわ。《状況に応じた適切な行動》を取れるかを見るためのものよ……

 その意味で、何の工夫もしなかったら短時間で相手を倒せたとしても評点は辛くなるでしょうね」

 

「いきなりそんなこと言われても」

 

「簡単よ。先週のリィンがしたような立ち回りを貴方達もしてみなさいってだけだから」

 

 不安げな言葉を漏らすエリオットにサラが応えると、不自然な沈黙が満ちた。

 

「…………それはシュバルツァーのような卑怯な手で勝てということですか?」

 

 怨嗟を吐き出すように尋ねるマキアスにサラはこれ見よがしにため息を吐く。

 

「また蒸し返すつもりマキアス? さんざん反省会には付き合ってあげたっていうのに」

 

「いくら説明されても納得できませんっ!

 人を弄ぶような戦い方なんて僕は死んでもごめんだ!」

 

「別にいきなりそんな難易度の高い事しろなんて言わないわよ。せいぜい貴方はリィンと戦術リンクを維持して戦えってくらいよ」

 

「じょ、冗談じゃない。こんな男と戦術リンクなんて結べるか!」

 

 唾を吐き散らすマキアスにリィンは肩を竦める。

 

「残念だけど、そんな我儘は受け入れないわよ」

 

「サラ教官っ!」

 

「それとも何? テスト問題が難しいからって易しい問題にしてくれなんて言い分が通ると思っているの?」

 

「っ……」

 

 サラの指摘にマキアスは言葉を詰まらせる。

 

「でもまあ最初からリィンとのリンクは難しいでしょうから、クリス、ユーシス、マキアス。それからエリオットの四人でこいつと戦ってもらうわ」

 

 サラが指を鳴らすと、彼女の横に戦術殻が現れる。

 

「あ……」

 

 現れたその戦術殻にクリスは思わず言葉を漏らす。

 

「いや、形状は同じだけど俺達が旧校舎に同行してもらっているのとは別の個体だな」

 

「何で分かるんですか?」

 

「え……何でって言われてもな。雰囲気かな?」

 

 言われてみれば何となくとしか答えられないことにリィンは言葉を濁す。

 

「むむ、《観の目》を鍛えると機械の個性も分かるんですね。もっと精進しないと」

 

「ほら、クリス、エリオット。さっさと前に出なさい」

 

「あ、はいっ!」

 

「うう、自信ないなぁ」

 

 戦術殻を観察しようとするクリスと弱気なエリオットはサラに言われて前にでる。

 

「あんたたちの条件は戦術リンクを一回にして連携攻撃を成功させること……

 言っておくけど、油断したら痛い目見るわよ」

 

「フン、たかが機械の人形風情に後れなど取るものか」

 

「先週の理不尽と比べればこの程度の相手、取るに足らん」

 

 脅すサラに対してマキアスとユーシスは揃って強がった言葉を返す。

 

「…………二人とも、実は仲が良いんじゃないですか?」

 

「はあ!? ふざけたことを言うなっ!!」

 

「こんな男と同列に扱われるのは心外だな。訂正しろ」

 

 クリスが漏らした言葉にマキアスとユーシスは揃って猛然と抗議する。

 

「い、いや……何だかんだで息は合っているんじゃないか」

 

 二人の剣幕に怯みながらもクリスは思わず言ってしまう。

 そんな言葉に二人は顔を見合わせると同じタイミングでそっぽを向く。

 

「はいはい、じゃれ合ってないで本当に気を付けた方が良いわよ。リィンに合わせてスペックは最大に設定して来たから素のあんたたちじゃまず勝ち目はないわよ」

 

「ぐっ……それが何だって言うんだっ!

 あんな卑怯で汚い貴族に負けるものかっ!」

 

「…………ある意味、ここまで対抗心を持てることも凄いなぁ」

 

「宝の持ち腐れだな。この負けん気を他のことに向ければ大成できるだろうに」

 

 あれほどこっぴどくやられたというのにリィンへの対抗心を失くさないマキアスにクリスとユーシスは呆れながらも感心する。

 もっともそんな風に認めることが出来る部分が見つかったとしても戦術リンクの構築に役立つことはなく、実技テストの結果は散々たるものだった。

 

 

 

 

「それじゃあ最後にリィンとラウラ」

 

「よろしくなラウラ」

 

「あ……ああ」

 

 サラに呼ばれてリィンとラウラが前の組と入れ替わるように前に出る。

 

「あんた達も戦術リンクを維持して戦術殻と戦うことが課題――って言いたいんだけどちょっと趣向を変えさせてもらうわ」

 

「趣向を変える?」

 

「それはいったい……?」

 

 突然のサラの申し出にリィンとラウラは首を傾げる。

 

「取り合えず戦術リンクを繋ぎなさい」

 

 言われるがままにリィンとラウラの間で戦術リンクが構築される。

 ここまではうまくいくのだが、これで戦闘になると途端に維持が難しくなる。

 

「その状態を維持したまま、あんた達二人で戦ってみなさい」

 

「それは……出来るものなのですか?」

 

 霊的な繋がりを作り思考を共有することで高度な連携を補助する戦術リンクだが、それを繋げた者同士で相対するとなるとどうなるのかラウラは首を捻る。

 

「相手を攻撃する意志――害する意志に反応してリンクが切れるんじゃないですか?」

 

 リィンもまたサラの意図が計り切れず推測を口にする。

 

「普通ならそうだけど、ほら武術にはあえてゆっくり動いたり、打つ場所を教えながら打ち合う稽古があるらしいじゃない?

 その要領なら理論上は戦術リンクを繋いだままでもいけるとあたしは思うんだけど、取り合えず試してみてもらえないかしら」

 

 それなりの考えがあるということでリィンは納得してラウラに向き合う。

 

「あ、そうそうラウラ――」

 

 ラウラはサラに何かを耳打ちされると、顔をしかめサラに頭を下げてからリィンと向き合う。

 

「とりあえず一手一手交互に打ち合ってみなさい。まずはラウラから」

 

「征くぞリィンッ!」

 

 大剣を正眼に構えてラウラは気合いの籠った声を発し一気に踏み込んでくる。

 大剣を大きく振り被った唐竹割りの一撃。

 戦術リンクで感じ取るまでもなく、リィンは容易に見極め太刀で受け止める。

 

「それじゃあお返しだラウラ」

 

 大剣をそのまま受け流すように払いながら後ろに下がって声を掛けたと同時にリィンは身構えたラウラに肉薄して、横薙ぎの一撃を振るった。

 

「くっ――」

 

 戦術リンクでそれを察知したラウラは大剣を盾にして受け止める。

 

「――次は私の番だっ!」

 

 リィンの一撃に弾かれ、地面を両足で滑るように削ったラウラは戦術リンクの恩恵に安堵しながら、お返しとばかりに斬り込む。

 最初は交互に、仕切り直すように一撃ずつ打ち合う。

 戦術リンクが攻撃の衝撃で途切れれば繋ぎ直し、維持状態が長く続くとその切り返しは回を重ねるごとに早くなる。

 そして入学式からずっと顔をしかめてきていたラウラはリィンと正面から打ち合うごとに、その表情から毒気が抜けて行くように晴れやかなものに変わっている。

 

「やっぱりあの子は一対一で思いっきりぶつけるのが一番だったか」

 

 そんな彼女の姿を観戦していたサラは肩を竦めながら呟く。

 ラウラのリンクブレイクの要因は単純に自分の枠組みの外の戦い方への忌避感に過ぎない。

 マキアスと違って、何とか二人の在り方を呑み込もうとしているのは普段の生活の態度からも分かる。

 模擬戦でのリンクの不具合も、正々堂々一対一を望む彼女の気質が原因であるならばラウラが望む戦いの場を用意すればいい。

 まだまだ対等に戦うにはラウラの練度が足りないが、それでもリィンが合わせているのと戦術リンクがサラの思った通りに働き、良い感じに剣を交えることができている。

 

「リィン達はしばらく放っておいて良いとして――あら?」

 

 今の内にへたり込んでいるメンバー達の反省会をしようとしたサラは振り返り、その横を何かが駆け抜けた。

 

「征くぞ、リィンッ!」

 

 ラウラは大剣に光を宿す。

 模擬戦の時は力み、余計な力が入っていたが今はそんなことはない。

 むしろこれまでで最高の闘気の練り込みが出来ているのではないかとさえ感じることにラウラは高揚する。

 

「焔よ……我が剣に宿れ」

 

 そんなラウラにリィンは正面から打ち合うと言わんばかりの思念を感じさせ、太刀に紅蓮の焔を宿す。

 

「…………感謝する」

 

 ラウラはリィンに聞こえないほど小さな声で呟く。

 リィンにはいろいろと思うことが多かった。

 何故《初伝》と偽り実力を隠していたのか、何故御前試合で父を卑怯なやり方で倒したのか、何故そんな風に倒された父がリィンと楽しそうに歓談しているのか。

 いくら考えても分からない答えをずっと抱えていたが、正面から自分だけを見て剣を交えてくれたことでそんな悩みはどうでもよくなってくる。

 

 ――今の私ではリィンには勝てない……だがこの一撃を受けてもらえるなら私は……

 

 模擬戦の時は片手間で処理されてしまったが、今のリィンの意識は全て自分に向いている。

 今のリィンになら負けても納得ができる。

 そうすれば様々な蟠りを呑み込めるとラウラは頭の片隅で考えながら、大剣に意識を集中する。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 雄叫びに呼応して大剣に宿る光は大きく迸る。

 

「奥義――洸刃――」

 

「リィーンッ! シュバルツァーッ!!」

 

 ラウラの声を掻き消して、《神速》が怒号と共にリィンを横撃して吹き飛ばした。

 

「………………え……?」

 

 ぶつける場を失った大剣を振り被ったまま、ラウラは視線を横にずらす。

 

「リィン・シュバルツァー。貴方という人は! 貴方という奴はっ!!」

 

 胸倉を掴んでがくがくと乱暴にリィンを揺するのは白い鎧に身を包んだ女性。

 

「っ……」

 

 その時は鎧姿ではなかったが、忘れもしないその顔にラウラの中で忘れようとした焔が熾り始めた。

 

「ちょ――やめてくれデュバリィさんっ!」

 

 激しく揺さぶれることに溜まらずリィンはデュバリィの腕を乱暴に振り解く。

 

「何で貴女がここにいるんですか?」

 

「ふん。ブルブランから聞きましたわよ。《黒の競売会》で《聖女の槍》を落札したことを」

 

「何だとっ!?」

 

 デュバリィに向けていた黒い感情はその一言で正気を取り戻す。

 

「それは本当なのか!?

 あの獅子戦役で行方知らずとなったリアンヌ・サンドロットの槍があるというのはっ!? 何で教えてくれなかったんだっ!?」

 

「ラウラまで……」

 

 デュバリィと同じ剣幕で詰め寄って来るラウラにリィンは嘆息する。

 教えなかったのではなく、教えようとしても今は忙しいと距離を取っていたのはラウラの方だと言いたいのだが、その勢いに反論は押し潰される。

 リィンにとって《リアンヌ・サンドロット》は歴史の中の人物であり、今も騎神の力で生きている不死者であり超えなければならない壁なのだが。

 聖女の話を幼い頃から聞いて育ったラウラとはそこに宿る熱量に大きな差があるのは当然だった。

 

「私が来た目的はただ一つっ! 《聖女の槍》を私に渡しなさいっ!」

 

 臆面もなく言い切ったデュバリィにリィンは肩を竦め――

 

「デュバリィさん。それについては――」

 

「いきなり現れて何を言っているんだそなたは……

 《聖女の槍》は帝国の宝にして、聖女の名を汲むアルゼイド家が取り戻すと誓った品……

 どこの誰とも知れないそなたにいったい何の権利があってそのようなことを言う!?」

 

「はっ! 傍流のアルゼイド如きがあの方の槍を持つ資格があると思っていることこそ烏滸がましい。身の程を知りやがれですわ」

 

「っ――また傍流と言ったな! いきなり出て来て勝手なことを――名を名乗れっ!」

 

「ふふ……《身喰らう蛇》が第七使徒《鋼の聖女》の直属たる《鉄機隊》、筆頭隊士を務める《神速》デュバリィですわ」

 

「《鋼の聖女》……《鉄機隊》だと……かの《槍の聖女》が率いた《鉄騎隊》と関係が……!?」

 

「フフン、気になりますか? 気になりますわよね?」

 

 デュバリィはうんうんと神妙に頷いて、彼女の心情に同調し――

 

「――でも教えてあげませんわ!」

 

「なっ!?」

 

 そのまま何かを言うと思っていたラウラはデュバリィの意外な言葉に面を食らう。

 

「アハハ、せいぜい悔しがるといいですわ!」

 

 そんなラウラの顔を見てデュバリィは高笑いを上げて続ける。

 

「そして、気になって気になって夜も眠れなくなればいいのです! ふんっ、ざまーみろですわ!」

 

「くっ……」

 

 別にそこまで眠れなくなるほどに気になるわけではないのだが、アルゼイド流を傍流と貶めるデュバリィの言葉を聞き流せるほどラウラはまだ大人になれていなかった。

 

「そこに直れっ! 貴様のような無礼者、私がここで叩き切ってやる!」

 

「はっ! 傍流のアルゼイド如きが吠えたところで怯むとでも思っているのですか? 身の程を知りなさい」

 

「それはこちらの――」

 

 セリフだと言いかけてラウラは思わず大剣を構えて止まる。

 小物のような言葉遣いだったが、剣を向けて対峙した瞬間に自分では勝てないとラウラは察してしまう。

 漠然と測れる力量はリィンよりも上に感じる。

 今の自分の敵う相手ではないと察することができたとしても、アルゼイドを貶める目の前の無礼者に退くわけにはいかないとラウラは虚勢を張る。

 

「《聖女の槍》は渡さないっ!」

 

「ふん。弱い犬程良く吠えますわね」

 

 ラウラの虚勢をデュバリィは鼻で笑う。

 

「二人とも……俺の意見は?」

 

 リィン――《聖女の槍》の所有者が横から口を挟む。しかし、リィンの声はそれぞれの耳に届くことなく二人は睨み合う。

 リィンと戦って自分から愚直な攻めでは格上には勝てないと学んだラウラは、後の先を取り差し違ってでも勝つという気概で身構える。

 

「どうした……来ないのか?」

 

 慣れない挑発の言葉を使ってみるが、デュバリィはそんなラウラに肩を竦める。

 

「良いでしょう。身の程を教えて差し上げますわ」

 

 そう言って剣も抜いていないデュバリィはラウラの目の前から消えた。

 

「え――」

 

 言葉を漏らした瞬間、甲高い音を立ててデュバリィの剣とリィンの太刀がラウラの目の前で交差した。

 

「いきなり何をするんだデュバリィさん」

 

「ふんっ! 傍流に身の程を教えて上げようとしただけですわ」

 

 眼前に突き付けられるように止められた剣の切先をラウラは遅れて認識して粟立つ。

 

 ――全く見えなかった……

 

 目の前のデュバリィが剣を抜く様も近付いて来る様も。

 そして何の反応もできなかったラウラと違い、リィンは当然のように割って入ってデュバリィの剣を受け止めた。

 

「――ふん……」

 

 呆然とするラウラをデュバリィは鼻で笑うと、剣を外して距離を取る。

 

「さあ、これで邪魔者はいなくなりましたわ」

 

「ま――」

 

 待てと言葉を作ることはできなかった。

 それ程までに合わせることのできなかった一合でラウラはデュバリィと――何よりもリィンとの実力差を思い知らされた。

 戦術リンクで打ち合えていたのは幻想に過ぎなかったのだと、分かっていたはずの事実が圧し掛かって何も言えなくなる。

 

「くそっ――」

 

 それでも何かを言わなければと、ラウラは頭を振って、顔を上げる。

 

「え――?」

 

 そこには鎧がいた。

 意気揚々とリィンに剣の切先を突き付けるデュバリィの背後に頭まで覆い隠した全身甲冑の誰かが気配もなく佇んでいた。

 

「リィン・シュバルツァー! いざ、マスターの槍を賭けて尋常に――」

 

 背後の鎧に気付かず声を上げたデュバリィの頭に篭手に包まれた拳骨が落ちる。

 ゴンッ! と痛そうな鈍い音が響き、デュバリィは白目を剥いて前のめりに倒れた。

 

「授業の邪魔をして申し訳ありません。リィン、それにサラ・バレスタイン」

 

 鎧の中から聞こえてきた声は妙齢の女性の声だった。

 

「アリアンロードさん……いえ、ある意味予想通りと言うか……せめて放課後だったらとか思いもしましたが、デュバリィさんですから」

 

「何……またリィンの知り合いなの?」

 

 御伽噺に出て来そうな中世の騎士のような姿の女性にサラは呆れるが、抜いたブレードと銃を納めず油断なく近付いて行く。

 

「誰だか知らないけど、学院は関係者以外立ち入り禁止なの、その子を連れてすぐにお引き取り願えるかしら?」

 

「ええ、お騒がせしました」

 

 アリアンロードは片手を上げて合図を送るとどこからともなく二人の女性が現れて気絶したデュバリィを両側から抱え上げる。

 

「それでは失礼します」

 

「あ……アリアンロードさん。槍の件で後で話が――」

 

 踵を返したアリアンロードをリィンは思わず呼び止める。

 が、返答にはいつの間にか彼女の手に握られていた騎兵槍の穂先が突きつけられる。

 

「リィン!?」

 

「だ、大丈夫ですサラ教官」

 

 突然のアリアンロードの攻撃的な行動にリィンは驚きながら銃を向けたサラを止める。

 

「話は聞いていると思いますが、貴女が使っていた槍を手に入れたんです。まだ帝国政府に扱いをどうするか打診しているところなんですが――」

 

「不要です。槍は好きなように処分してくれて結構です」

 

「え……でも……」

 

「私には《盟主》より賜ったこの槍があります……もうドライケルスを守るための槍は私には必要ないのです」

 

「アリアンロードさん……」

 

 そこに込められた想いの深さにリィンは返す言葉が出て来なかった。

 

「それよりもリィン。馴れ合いはしないと言ったのは貴方のはずです。些か緩み過ぎではないですか?」

 

「え……?」

 

 次の瞬間、アリアンロードは突きつけた槍を引いて――突き出した。

 

「くっ――」

 

 咄嗟に後ろに跳ぶと同時に槍を太刀で受け止め、大きく弾かれながらリィンは着地する。

 

「そのような体たらくでは困ります……

 ですが事の真偽を確かめるためとはいえ、近付き過ぎたこちらの落ち度でもありますね」

 

 兜の奥でアリアンロードは申し訳なさそうに目を伏せる気配を滲ませる。

 

「構えなさいリィン・シュバルツァー……貴方のその甘え、ここで断ち切らせてもらいます」

 

 宣言すると同時にそれまで抑えていた覇気をアリアンロードは解放する。

 

「ひっ……ひいいいっ!?」

 

「な、な、何なんだいったい!?」

 

 傍観していたⅦ組の悲鳴を聞いてリィンはアリアンロードを止めようと声を上げる。

 

「待ってください! こんなところで――」

 

 が、問答無用とばかりに言葉を遮る様に、殺意を漲らせた騎兵槍が高速で突き出される。

 咄嗟に太刀で受け止めたリィンだが、続けざまに繰り出される連続の突きを本来の得物ではない太刀では捌ききれずに大きく態勢を崩してしまう。

 

「あ――」

 

 その隙を逃さぬと更に一歩深く踏み込んだアリアンロードが腕を引き絞ると、無防備になったリィンに必殺の一撃を繰り出す気配を見せる。

 

 ――まさか……

 

 リィンは引き延ばされた時間感覚の中で彼女の本気を疑う。

 このような場で、関係ない周囲の人達を省みず、本気で命を取りに来る一撃を撃つつもりなのか。

 彼女の人柄を知る身としては、そんな事はあり得ないとの思いが強く、リィンは殺気の篭った槍を前にしているというのに、命の危機の実感が持てず、暫し棒立ちしてしまう。

 しかし――

 

 ――本気だ……

 

 槍に込められた殺気。

 突き刺さる視線。

 ぶつけて来る覇気。

 全てが本気で、只々リィンをこの場で亡き者にしようという意志が込められているのを、この時ようやく認識するに至る。

 

「っ――」

 

 それまで何処か気の抜けていたリィンは、一気に意識を覚醒させるように気持ちを引き締めた。がー

 

「遅い!」

 

 それよりも一瞬早く、叱責するようにアリアンロードは鋭く呟くと、そのまま容赦なく槍の一撃を繰り出した。

 咄嗟に構えようとしたリィンの手から太刀が弾き飛ばされる。

 さらには突きの衝撃を受け止め切れずに体が浮き上がる。

 そこにさらにアリアンロードはダメ押しの一撃を繰り出すために騎兵槍を引き戻す。

 訓練用の重い太刀とはいえ、自分を護る術をなくしたリィンは――

 

「我が深淵に宿る――以下省略っ!」

 

 《聖痕》の――それも別の人間から写し取ったものを自分の身に宿る別の力で再現し、《騎神の腕》を自身の右腕に降ろす。

 鋼に変じた腕でアリアンロードの一撃を受け止めるが、威力を殺し切れず弾き飛ばされたリィンは地面を滑るように着地する。

 

「くっ――」

 

 アリアンロードの真に迫る気迫に圧され、隠しておきたかった手札を一つ切ってしまった事にリィンは舌打ちをする。

 

「おや……取ったと思いましたが、まさか《騎神の腕》をその身に降ろすとは……それが《神気合一》の先にあるものですか?」

 

「さあ、どうかな?」

 

 アリアンロードの質問をリィンははぐらかす。

 《騎神の腕》はとある守護騎士の《聖痕》を疑似的に再現した力。

 もっともその守護騎士が使うものと違い、《騎神の腕》に特殊な力はないため、普段は精々全身に宿る《鬼の力》を腕に集中させる程度の効果しかない。

 

「緩んでいるかと思えば、どうやら唯の杞憂だったようですね」

 

 と伝えては来るものの、その言葉とは裏腹にアリアンロードは未だ退く気配を見せない。

 

「リィンッ!」

 

 リィンの頭上に現れた小さな人形が、学生寮に置いて来た太刀を投げ渡して来る。

 

「ありがとうございます。ルフィナさん」

 

 目の前に落ちて来たゼムリアストーンの太刀を受け取りルフィナに対して一礼するとそのまま流れる様に構えをとる。と、それを待っていたかのようにアリアンロードが動きだした。

 

「聖技――」

 

 大きくスタンスを取って深く槍を構える。

 

「七の太刀――」

 

 《騎神の腕》から直接太刀に《鬼気》を宿し構える。

 

「――ナインライブズ」

 

「――暁天」

 

 激突。大気を切り裂く刹那の九連撃がぶつかり合うと、一つの音となって周囲の空間を大きくを震わせる。

 同じ威力の技をぶつけ合った二人は互いを前にして硬直するが、先に回復し次の攻撃に移れたのはリィンの方だった。

 

「もらったっ!」

 

 技後硬直で動きを止めているアリアンロードよりも一瞬早く動き出し、左拳を固めて振り抜いた。

 次の瞬間、リィンが放った《破甲拳》を紙一重で躱しながら、アリアンロードの左の拳がクロスカウンターの要領でリィンを捉え――そのまま殴り飛ばした。

 まるで導力トラックに撥ね飛ばされたように宙を舞ったリィンは、二度三度バウンドしながら地面を転がると、やがて勢いを無くし止まった。

 

「ふふ……まだまだですね」

 

 アリアンロードは何処か嬉しそうにしながらも踵を返して去って行く。

 

「ちょ……リィン!? 生きてる!?」

 

 地面に伏してぴくりともしないリィンにサラは我に返って駆け寄った。

 

「ふう……」

 

 アリアンロードがいなくなり、緊張の解けた一同がそれぞれ脱力してへたり込む中でエマは思考を放棄して倒れるのだった。

 

 

 

 




通りすがりの聖女様
アリサ
「もういったい何がなんだか……」

エマ
「早く来ておばあちゃん……グスン……」

エリオット
「リィンが負けた……うそ……」

ガイウス
「凄まじい風を宿す人だった」

クリス
「もっと精進しないと」

フィー
「…………大分差をつけられてるみたい」

マキアス
「いったい何なんだ! 何が起きているんだ!?」

ユーシス
「あれが兄上を負かした《結社》とやらの一員か……」

ラウラ
「…………槍の聖女様?」

サラ
「ちょっと呆けてないでリィンを運ぶの手伝いなさいっ!」


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