(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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近頃思うこと。
他の作者様のヴァリマール強化プランを見て自分も頑張らないといけないなと思う所存であります。





80話 特別実習を終えて

 

 

 8月24日火曜日。

 

 ――これはどういうことなのだろうか?

 

 帝国に今後のノーザンブリアとの関係を相談するため、カレイジャスに乗り込み訪れた帝都でシャトラールは困惑していた。

 帝都ヘイムダルに着き、案内されるがままに通されたのはシャトラールには縁がないと思っていたバルフレイム宮。

 さらに通されたのは巨大な円卓が設置された大型会議場。

 そして出迎えたのはユーゲント皇帝と鉄血宰相ギリアス・オズボーンを始め、四大名門や《光の剣匠》などの他国でもその異名を轟かせている錚々たる顔ぶれ。

 まだ若輩と呼ばれる若さで憲兵団の団長に上り詰め、ノーザンブリアの議長たちをやり込めたシャトラールだが顔を合わせただけで自分と彼らの格の違いを実感してしまう。

 

「良くぞ無事に戻った。そして二度目の“塩の杭の異変”の解決、誠に大義であった」

 

「勿体なきお言葉です」

 

 皇帝の労いの言葉をクリスは堂々と受け取り頭を下げる。

 それを皮切りに求められた《特別実習》、ついては《塩の杭》の異変の状況説明を求められる。

 先の約束通りノーザンブリアの降り掛かった二度目の自然災害だと帝国のトップが勢揃いするこの場で堂々と言い切るクリスにシャトラールは平静を装いながら安堵する。

 

「ふむ……災難だったなシャトラール殿」

 

「いえ、とんでもありません。彼らのおかげでこれまで苦しめられてきた国民が救われたと思えば不幸中の幸いと言えるでしょう」

 

「26年前、三日間と言う短い期間と言う事もあって私たちは何もすることはできなかったが、誰にも成せなかった奇蹟を我が国の子達が起こしたことは私も誇らしく思う」

 

「はい。彼らにはいくら感謝してもし足りないでしょう」

 

 リィン達を褒める皇帝の言葉にシャトラールは頷く。

 そんなやり取りを間に入れて会議の本題をユーゲントは切り出した。

 

「さて、我が息子から聞かされたのだがノーザンブリアは我がエレボニア帝国に併合されることを望むそうだな」

 

「――っ……はい」

 

 出された話題にシャトラールは息を呑みながらも頷く。

 本来ならクリスの父親を通して上申されるはずだった案件なのだが、何の巡り合わせかエレボニア皇帝に直接伝えることになった事実にシャトラールは緊張する。

 

「こちらがノーザンブリアからの併合についての希望をまとめた報告書になります」

 

 クリスがカレイジャスの船旅の間にまとめたレポートを女官経由に渡す。

 そのレポートは皇帝の隣の席のギリアスに渡される。

 

「僭越ながら私が読み上げさせてもらいましょう……

 一つ、併合後にノーザンブリアの名を残してもらいたい……

 二つ、レンハイム男爵家とシュバルツァー男爵家の傘下に入ること……

 三つ、《北の猟兵》を軍として受け入れること……以上です」

 

「なるほど……」

 

 ギリアスが挙げた条件にユーゲントは一つ頷き、シャトラールに疑問を投げかける。

 

「まず前提として聞かせてもらうが、そなた達はそれで良いのか?

 ノーザンブリアの“塩化現象”が消えた今、君達はようやく自由を手に入れたはずではないのか?

 そなた達がこれまで他国の援助を最小限にして、耐え忍んできたのはこの日のためではなかったのか?」

 

 シャトラールは両脇に座っているⅦ組の面々を一瞥して、彼らが口を挟む素振りを見せないことを確認してから答える。

 

「ノーザンブリアは確かにリィン殿のおかげで救われました……

 しかし元々“北の猟兵”が稼ぐ外貨に頼って糊口をしのいできた身、正常化した国土を立て直すための地力を私たちは持ち得ていません……

 そして“塩化現象”が消えた今、各国に見過ごしてもらっていた“北の猟兵”の関係を追及されることになるでしょう」

 

「ほう……ノーザンブリアと“北の猟兵”の関係をこの場で認めると?」

 

 シャトラールの理由にギリアスが不敵な笑みを浮かべて指摘する。

 

「認めるも何も、この場に居られる方々にとっては周知の事実でしょう……

 だからこそ言わせて頂くなら、私たちは“北の猟兵”を切り捨てることはできません。それこそ彼らが祖国のために身を退こうとしたとしてもです」

 

「なるほどつまり君たちは我が帝国に“北の猟兵”が社会復帰する後見人をさせようというわけか」

 

「っ……その通りです」

 

 あえて歪曲に表現していた希望をギリアスに暴かれシャトラールは息を呑みながら頷く。

 

「クリス・レンハイム。そしてリィン・シュバルツァー。君達はそれで良いのかな?」

 

「はい。これで大陸最大規模の猟兵団を軍として穏便に足を洗わせることができるのなら価値は十分にあると僕は考えます」

 

「この件はクリスに一任しています。後見人については父に相談しなければならないのでここでは明確な答えは出せません……

 ですが帝国がノーザンブリアを支援する口実と、ノーザンブリアが忌避感なく帝国を受け入れてくれるタイミングは今しかないと考えています」

 

 クリスとリィンの返答にギリアスはなるほどと頷いてユーゲントに向き直る。

 

「いかがしましょう陛下?」

 

「そうだな……」

 

 ユーゲントは目を伏せて考え込み、その姿をシャトラールは固唾を呑んで答えを待つ。

 三つの希望が全て通ると楽観しているわけはない。

 代わりの条件を突きつけられる可能性だってある。

 だが、それでも最低限の条件を達成させてみせるとシャトラールは交渉の覚悟を決める。

 

「――では、この条件でノーザンブリアの併合を認めよう」

 

「え…………あ、いや……ありがとうございます」

 

 あまりにあっさりと認められたことにシャトラールは拍子抜けしたものを感じながら礼を言って頭を下げる。

 

「詳しい条約の締結は後日、ノーザンブリアの議員らを招いて改めて詰めるとして……

 こちらからもいくつか条件を提示させてもらおう」

 

「っ――拝聴させて頂きます」

 

「我が息子、オリヴァルトの推薦と言う事でシャトラール君。君には一代限りではあるがノーザンブリア州辺境伯の地位を授けるとしよう」

 

「………………は?」

 

「本来ならこのようなことはあり得ないが、元々のノーザンブリアの国土は四大名門が統治する土地と規模だけは同じ……

 ならば“爵位”を与えなければ示しが付かないだろう?」

 

「そ、そうかもしれませんが……」

 

 あまりに突然の申し出にシャトラールは思考が停止する。

 

「ふふ、あまり深刻に考えなくて構わんさ……

 我が息子のオリヴァルトが後見をするのに、君がただの平民だと外聞が悪いという理由もある……

 ノーザンブリア州はまず復興から始めなければならないため三年の税の徴収は免除するが、その間に君が統治者としての才がなかったと判断されたなら与えた地位は他の者に譲ってもらうことになるだろう」

 

「っ……」

 

「無論軽々しく“爵位”を与えることに良く思わない者もいるが、ノーザンブリアは北方経路を担う重要な土地……

 それに加えて第三の“塩の杭”が現れた時に君達に防波堤となってもらうことになることを加味してのことだ」

 

 予想外のことだったが納得のいく理由でもある。

 浄化されたとはいえ、本当の意味で第二第三の塩の杭が現れない保証はない。

 また、ノーザンブリアでの事業は博打となる、ならばそこを統治する代表に名乗りを上げる貴族が二の足を踏むのは必然。

 さらにはユーゲントもシャトラールについては何も知らないのだからそれを試す意味もあるのだろう。

 

「…………一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「何かな?」

 

「辺境伯の地位と言うのは男爵位よりも低いものなのでしょうか?」

 

「いや……辺境伯の方が大きな権威を持っているな」

 

「それでしたら私は申し訳ありませんが、その申し出を受けることはできません」

 

「ほう……理由を申してみよ」

 

 皇帝からの温情を断るシャトラールに会議室に集まった貴族達から非難の言葉が上がるが、それをユーゲントは手を上げて制して理由を問う。

 

「不躾な言葉になってしまうことを先にお詫びさせてもらいます……」

 

 そう一言断って、シャトラールはユーゲントを真っ直ぐに見据えて口を開く。

 

「ノーザンブリアをエレボニア帝国に併合を望みましたが……私は皇帝陛下、貴方に忠誠を誓うことはできません……

 私が貴方を知らないということもありますが、すでに私はクリス・レンハイム様にこの命を捧げ忠誠を誓いました」

 

「ほう……クリス・レンハイムにか……」

 

 シャトラールの言葉にユーゲントは目を細める。

 同時に不敬だと騒いでいた貴族たちの空気が変わるが、シャトラールはそれに気付かない。

 

「本来なら私はこのような場に立つことができるような高潔な人間ではありません……

 そんな私がクリス様や大恩あるリィン殿を差し置いてそのような“地位”を受け取ることはできません」

 

「なるほど……それで君はどうしたい?」

 

「私に与えられる地位は彼らにこそ相応しいと考えています」

 

「……と言っているが?」

 

 ユーゲントはシャトラールの両脇に座っているクリスとリィンに発言を求める。

 

「僕の家はこれ以上の爵位を求めるつもりはありません」

 

「クリスと同じです。父もユミルから離れてまで地位を欲しないでしょう」

 

 口調は丁寧だが、顔色は対照的な二人はそう答える。

 

「しかし、本当ならクリス様の父君に面通しするはずだったはず。それを差し置いて――」

 

「なるほど」

 

 シャトラールの言葉はユーゲントの厳かな言葉によって遮られた。

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう」

 

「……は?」

 

 突然そんなことを言い出したユーゲントにシャトラールは戸惑う。

 

「私は第87代皇帝、ユーゲント・ライゼ・アルノール三世……そしてクリス・レンハイムの父だ」

 

「………………………は?」

 

「そしてボクが何を隠そうクリス・レンハイムの腹違いの兄。オリヴァルト・ライゼ・アルノールさ」

 

 固まるシャトラールを他所に皇帝の隣の席にいたオリヴァルトが立ち上がってポーズを決めて名乗る。

 

「………………………………………………え……?」

 

 静まり返った会議室にシャトラールの呟きは異様に大きく響いた。

 先程まで彼の事を不敬だと騒いでいた貴族達は呆けて言葉を失っているシャトラールの姿に何も言わずただ口元を手で覆い隠して震えていた。

 

「…………ク、クリス様。こ、これはいったい……?」

 

 理解が追い付かないシャトラールは横に座るクリスを振り返る。

 

「君は知らないだろうけど、代々皇族はトールズ士官学院に入学するのが慣わしでね……

 クリス・レンハイムはお忍びの名前。本当の名前はセドリック・ライゼ・アルノール」

 

「は……? なっ!? えっ!?」

 

 カリスマを感じさせる鋭い眼差しからの名乗りにシャトラールの混乱は臨界を超える。

 

「あーシャトラールのこんな顔、初めて見たわ。この会議室って写真撮っても大丈夫?」

 

 横からそんなことを呟いている同期の言葉などシャトラールの耳には届いていない。

 彼の脳裏にはノーザンブリアでサラを焚きつけるつもりで彼らにしたことが走馬灯のように走っていた。

 

「君は皇太子である僕に命を預けて忠誠を誓った。つまり君は名実ともに帝国貴族の一員だ」

 

「っ――――」

 

 クリスの決定的な一言にシャトラールは凍り付くのだった。

 

「さあ、皆の者。新たな同胞の誕生に温かい拍手を」

 

 オリヴァルトの音頭に会議室の貴族達はシャトラールのことを拍手で祝福する。

 元々“塩の杭”の出現で集まっていた貴族達。導力通信によってある程度の仕込みを終えていたため、この会議はほとんどやらせだったりするのだがシャトラールがそれを知る由もない。

 

「むごい……」

 

 《凍結》してしまった彼にリィンは何もできない自分の無力さに目を伏せる事しかできなかった。

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 クリス達が会議室でドッキリを――もといノーザンブリアの今後についての極めて高度な話し合いをしている最中。

 アルフィンは別室で溜息を吐いた。

 

「これはやばいですね」

 

「ええ、これはヤバいです姫様」

 

 アルフィンの呟きにミルディーヌが頷く。

 淑女らしからぬ言葉使いだったがそれを責める者は呆れかえっていた。

 

「あう~」

 

 大き過ぎるベッドに身を沈ませた赤子は小さな手を彷徨わせるように宙を泳がせる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そんな赤子の仕草を覗き込んでいた二人は黙り込む。

 何かを訴えるように差し出された手に二人は黙ったまま手を差し出すと、小さな手が指を儚い力で掴んで来る。

 たったそれだけで二人は感激したように顔をほころばせる。

 

「私はミルディーヌと言います。ミュゼで良いですけど言えますか?」

 

「あ、ずるいわ。ミルディーヌ。私はアルフィンよ」

 

 そのまま二人は赤子に自分の名前を呼ばせようと争い始める。

 

「姫様、ミュゼもはしゃぎ過ぎです」

 

 そんな二人の様子にエリゼは深々とため息を吐いた。

 領民に寄り添うシュバルツァー家にとって赤子は珍しいものじゃない。

 ユミルが大きな里じゃないこともあるが、子供が生まれたとテオに挨拶しに来る領民は年に数回あるのでエリゼにとっては珍しいことではない。

 が、皇女であるアルフィンと公爵家の令嬢であるミルディーヌは逆にそう言った赤子との触れ合いは経験したことはない。

 そんな彼女たちの心情を察して、エリゼは強く諫めることはせずに見守るだけに留めて、対面に座る初対面だが初対面じゃない女性に向き直る。

 

「申し訳ありませんルフィナさん」

 

「フフ、良いのよ。部屋を貸してもらったのはこちらの方ですから」

 

 柔らかな笑みを浮かべて言葉を返すのは成人した女性。

 かつてリィンの人形の“使い魔”として紹介してもらった彼女だが、今はどんな理屈なのか普通の人間の大きさでエリゼの前にいた。

 曰くリィンの“聖痕”の力が強まったことで人形を触媒にして外でも人間大の姿を取れるようになったらしい。

 説明された内容の全てをエリゼは全て理解できたわけではないが、帝都に着いてすぐに会議室へと向かって見送った兄の姿に不安が大きくなる。

 

「ルフィナさん……兄様の身にいったい何があったんですか?」

 

 白い髪に深紅の瞳。

 まるで“力”を使っている時のような容貌だったが、それに反しては周囲を威圧するような獣のような重圧は感じなかった。

 むしろ神秘的なカリスマを感じさえする変化にエリゼは困惑した。

 

「そこまで気に病むことはないわ。あの変化は“鬼の力”によるものじゃないから……

 とはいえ危険はないと分かっていても詳しいことはこれからローゼリアさん達を交えて調べていくつもりだから今は気休めしか言えないけど」

 

「…………そうですか」

 

 ルフィナの説明にエリゼは何とかそう返した。

 

「……近頃不安なんです……

 リベールの事件に先月の帝都の事件、そして今回のノーザンブリア……

 このまま兄様がどこか遠くに行ってしまうような気がして……」

 

 今回の外見の変化は切っ掛けに過ぎない。

 浮遊都市で死んだと知らされた時に感じた絶望に近い不安。

 俯くエリゼにルフィナは彼女をこれ以上不安にさせないように微笑む。

 

「安心して……なんて軽々しく言えないけど、最大限私はリィン君のサポートをするつもりよ」

 

「ルフィナさん……」

 

「でも私にできることは何でもするつもりだけど、エリゼさんにもお願いしたいことはあるわ」

 

「私に……ですか?」

 

「リィン君に、ちゃんと帰って来て欲しいって言葉にして伝えて上げて欲しいの……

 あの子は目の前の戦いに全力で立ち向かうけど、全力過ぎるところがあるから。待っている人がいるんだって言う事を忘れさせないで上げて欲しいの」

 

「それだけですか? 私が兄様にできることはもっと他に――」

 

「それだけでもある意味一番重要なことよ」

 

 焦燥に駆られるエリゼにルフィナはどこまでも落ち着いた様子で諭す。

 それ以上は語らずただ微笑むだけのルフィナにエリゼは何かが胸に落ちた心地になる。

 

「フフ……エリゼが嫌だったら、わたくしが代わりにリィンさんに言って上げましょうか?」

 

 が、それにアルフィンが口を挟んで来た。

 

「ひ、姫様?」

 

「ルフィナさん、リィンさんを繋ぎ止めておく鎖は多い方が良いと思いませんか?」

 

「そうですね……数が多い分には困らないと思うわ。アルフィン殿下」

 

 何処まで本気なのか、いたずらめいた口調で尋ねるアルフィンにルフィナは笑顔でそう答える。

 

「むぅ……」

 

「エリゼ先輩、エリゼ先輩……」

 

 頬を可愛らしく膨らませるエリゼに赤子を抱えたミルディーヌがすり寄る。

 

「何ですかミルディーヌ?」

 

「はい。エリゼマーマですよ」

 

「あうあ?」

 

 差し出された赤子がミルディーヌの言葉を繰り返すように呂律が回っていない声を発する。

 

「…………え?」

 

 何と呼ばれたのか理解できなかったエリゼは固まり、数秒遅れてそれを理解して思わず口元が緩む。

 

「あらあら……」

 

「うふふふ……」

 

 そんなエリゼの顔を正面から見たアルフィンとミルディーヌは意味深な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 鉄道憲兵隊司令所。

 その一角ではカレイジャスから降ろされたヴァリマールが憲兵隊が所有する貨物列車へ運び込まれていた。

 

「これは……凄まじいな」

 

 帝都で戦った時以上にボロボロとなり、元の美しい造形が見る影もない《騎神》の姿にガイウスは絶句する。

 

「きゅう……」

 

 エマは奇妙なうめき声を上げてその場に蹲ってしまう。

 

「どうやら二年前のリベールの異変に匹敵することが起きていたようだが……よくみんな無事だったな」

 

「あはは! ボクもノーザンブリアの方に行ってみたかったな」

 

 戦々恐々とした様子で唸るマキアスに対してミリアムが気楽な感想を言う。

 

「気軽に言わないでよ……もう何回死ぬかと思ったか……」

 

「牢屋に入れられたり、本当に大変だったよ」

 

 改めて思い出したノーザンブリアの出来事にアリサとエリオットは疲れた溜息を吐く。

 

「ヴァリマールの姿もそうだが、フィーも大丈夫なのか?」

 

 身体の至る所に包帯を巻いたフィーにラウラは尋ねる。

 

「ん……勝って来たから問題ない」

 

 ブイと指で勝利を訴えるフィーは普段の無表情さがどこか誇らしげに笑っているように見えた。

 

「あれ? クレドさんは俺が勝ったって言ってたけど?」

 

「あっちの勘違い。わたしの方が十発は多く当てたから」

 

 見栄を張る様にフィーはそっぽを向く。

 

「ふむ……」

 

 そんな彼女の珍しい反応にラウラは腕を組んで考え込む。

 

「私達のことよりそっちの実習はどうだったの?」

 

「俺達の《特別実習》は……」

 

 アリサの質問にユーシスは答えようとして、彼には珍しく言葉を止めた。

 

「ユーシス?」

 

「何でもない。多少のイレギュラーはあったが、特に問題なく終わった」

 

「イレギュラー?」

 

「フィーの家族、《罠使い》と《破壊獣》の二人に遭遇する機会があった。戦ってフィーの前に連れて来るつもりだったが負けてしまった、すまない」

 

 聞き返したアリサにラウラが答えて頭を下げる。

 

「あの二人と? 別に気にしなくて良いけど、あの二人はわたしが直接ぶん殴るって決めてるから」

 

「しかし、手合わせをした感じから――」

 

 ラウラは言いかけた言葉を思わず止める。

 できるできないではなく、やる。

 そんな気概がフィーの雰囲気から察することができる。

 

「みんな!」

 

 クリスの声が聞こえて来て一同は振り返る。

 そこにはクリスだけではなく赤子を抱え、黒かった髪を白くしたリィンがいた。

 二度目の相対にも関わらず、リィンの変わってしまった風貌にラウラ達は思わず身構えてしまう。

 

「今回の特別実習、お疲れ様……

 僕とリィンさんはこの後帝都に残ることになったからここで一旦お別れだね」

 

「帝都に残るだって?」

 

 クリスの言葉にマキアスが聞き返す。

 

「うん。ノーザンブリアでの報告と事後処理の手続きをすることになって、リィンさんの場合はそのまま今週末のクロスベル通商会議に出ることになるから当分帰れないらしいけど」

 

「そうなのか? しかしそれではヴァリマールはどうするつもりなのだ?」

 

 クリスの説明を確かめるようにガイウスが尋ねる。

 

「ヴァリマールについては博士たちに連絡はしてあるから問題ないよ……

 後残るのはノーザンブリアのこともあるけど、この子の事で両親と話すことになったから」

 

「両親って……君は犬猫を飼うんじゃないんだから育てることができないなら引き取って来るのはどうかと思うぞ?」

 

「まあ、確かにマキアスの言う通りなんだけど……」

 

 常識的なマキアスの指摘にリィンは曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁す。

 

「大丈夫だ。託された以上学院を辞めることになってもちゃんと育てるから」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

 どこかズレた答えを返すリィンにマキアスは唸る。

 貧困の土地から保護した普通の赤子だと思っているマキアスの誤解をその場で指摘する気はなかった。

 

「それよりエマ。悪いんだけどローゼリアさんに連絡を取ってもらえるかな?」

 

「お、おばあちゃんにですか?」

 

「ああ、俺の方で何度か機体を修復させようとしたんだけど“塩の因子”が混ざってうまく修復できないんだ。だからローゼリアさんに――」

 

 ――オネガイ――

 

 言葉の途中、リィンは幻聴を聞いた。

 

「え…………?」

 

 思わず振り返り、声の主を探して振り返るとそこには淡い光を宿した少女が佇んでいた。

 

「君は……?」

 

 何処かで見たことがある気がする少女は悲し気な、申し訳なさそうな眼差しで“ヴァリマール”を指差した。

 今、貨物として積み込まれていたヴァリマールは――

 

「あ~」

 

 ぺちっと赤子に頬を叩かれて、リィンは我に返る。

 

「リィンさん? おばあちゃんに――何ですか?」

 

 唐突に言葉を止めたリィンにエマは不思議そうに首を傾げる。

 

「いや……」

 

 リィンはそんなエマに一言返して今見たことを考えて、すぐに決める。

 

「クリス、悪いけどクレアさんに頼んでヴァリマールの輸送は中止させてくれ」

 

「え……?」

 

「俺はこれからオズボーン宰相とオリヴァルト殿下の所に行って、クロスベルにヴァリマールを連れて行けないか頼んでみる」

 

「ちょっとリィン?」

 

 突然言い出したリィンの提案にアリサ達は困惑する。

 

「ローゼリアさんには帝都に来て欲しいって言ってもらえるかな? それから場合によってはクロスベルまでついて来てもらいたいっても伝えてもらえるか」

 

「リィンさん?」

 

「それじゃあ頼んだ」

 

 一方的に言うだけ言ってリィンは踵を返して足早に去って行く。

 取り残されたⅦ組は呆気に取られ、最初に我に返ったアリサが吠えた。

 

「何よあれ!? 少しは見直したのに本当に自分勝手ね!?」

 

 まるで誰かを彷彿とさせるその背中にアリサは苛立ちを感じずにはいられなかった。

 そして――

 

「おばあちゃんには頼るんですね……」

 

 去って行くリィンの背中をエマは哀し気に見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 






二代目デミウルゴス
アルフィン
「ルフィナさん、この子の名前って何て言うんですか?」

ルフィナ
「それがまだ決まってないのよ。何分突然の事だからリィン君もまだ決めかねているのよ……
 差し当ってはテオさんとルシアさんと相談して決めるつもりみたいね。仮の名前としては“デミウルゴス”なんて名前があるけど」

ミルディーヌ
「それはかわいくない名前ですね」

エリゼ
「ええ、仮の名前だとしてもそんな名前を女の子につけるなんて兄様は何を考えているんでしょうか」

アルフィン
「何かこの子に因んだものはないんですか?」

ルフィナ
「そうね……銀耀……幻……塩……二番目……」

アルフィン
「銀耀……銀……それでしたらアルジェントという名前はどうかしら?」

ルフィナ
「それは遠慮してもらいたいわね。その名前は私のファミリネームだから」

ミルディーヌ
「それでしたらソルト、もしくはソルなんてどうでしょう? ソルには太陽という意味もありますし」

ルフィナ
「うーん。それもどうかしら? ソルは今回の特別実習でリィン君が倒した魔獣の名前だったからちょっとタイミングが悪いかしら」

エリゼ
「こうして考えるとパッと思いつきませんね」

ルフィナ
「後はリィン君かティアという名前かしら?」

アルフィン
「ティア?」

ミルディーヌ
「女の人の名前ですね?」

エリゼ
「ルフィナさん、その話詳しく教えてください」


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