(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~ 作:アルカンシェル
前半は碧の軌跡であったシーンになります。
8月28日。
帝都バルフレイム宮の一室では夜も遅いというのにまだ灯りがあった。
机の上に山のように置かれた報告書や分厚い書物。
それをただひたすら黙々と読んでいく。
「――まだ起きていたのか」
不意の声にオリヴァルトが顔を上げるといつの間に部屋に入って来たのか、親友のミュラーが呆れ顔を向けていた。
「明日の出発は早い。いい加減、寝たらどうだ?」
「あー……うん……」
ミュラーの言葉にオリヴァルトはぼんやりとした返事をする。
「一応、こちらの報告にも目を通しておきたいからねぇ」
オリヴァルトが持っていた報告書をテーブルの上に置いて一息吐く。
「士官学院か……まさかお前がそこまで真面目に職務に励むとはな」
「フフ、あくまで名目上の理事でしかないけどね……
リィン君やセドリックがボクが用意した舞台で、ボクが想像していた以上の成果を出してくれているんだ。このくらいはさせてもらわないと」
「フ……まあいいだろう」
おどけた調子で言ったオリヴァルトにミュラーは苦笑する。
「しかしどうやら例の話は確かなようだな……
カイエン公の手の者が密かに手を回しているようだ」
「あのヒトか……そんな所じゃないかと思ったけど。規模の方は掴めているのかい?」
「いや、そちらは不明のままだ……いや計り切れないと言った方が正しいだろうな」
「“暗黒竜”の復活か……まさかクロスベルで同じことをするとでも?」
「分からん。だがあそこまで大それたことをした奴等だ。さしもの情報局もその辺りを掴み損ねているようだな」
「…………気付いているのはリィン君だけか」
書類の山からヴァリマールの修復についての報告書を取り出す。
第一装甲の修復は後回しにして上半身と下半身を繋ぎ合わせることを優先したと書かれている。
欠損した左腕は帝都事件の時に回収した左腕を繋げ直したが接続不良で動かなかったため、デッドウェイトになるとして取り外されてしまった。
そのため欠損部が特に剥き出しになる左半身はエレボニアの国旗を用いることで隠すことになっている。
完全に修復されたとは言えない状況だが、あれ程の損傷から五日で動けるくらいに直ったことは流石としか言えないが、武器の修復も済んでいないのに彼をまた矢面に立たせないといけないことに罪悪感を覚える。
「ヴァリマールが必要になる事態か……できることならあと二年もあるんだ……
今くらい彼には普通の学院生活を送ってもらいたかったんだけどなぁ」
「シュバルツァーはあの後に何か言っていたのか?」
「いや……白昼夢を見たのはその時の一回だけみたいで、具体的に何が起きるのかは分からないみたいだ」
「そうか……やはり第七師団からの護衛を増員した方がいいのではないか?
ローゼリア殿や始祖様達の許可を取ったんだ、それに便乗して今から捻じ込む事も可能だろう」
「いや、それには及ばない……
宰相ならともかく、ボクのキャラでそれをやったら築いたイメージが台無しだろう。それに――」
オリヴァルトは座ったまま、芝居っぽく求愛するようなポーズをミュラーに向ける。
「ボクにはキミがいるからね キミの腕の中で守ってもらえればそれだけで十分さっ!」
ミュラーは無言で踵を返した。
「――さて、俺も早く寝るか」
「スミマセン、調子に乗りました」
袖にされたオリヴァルトは秒も待たずに謝罪する。
通商会議を直前にしても緊張感のないオリヴァルトにミュラーはため息を吐いて、もう一度振り返った。
「いずれにしても、明日のうちに姫殿下と話をしておきたいかな。そちらの段取りはどうだい?」
「ああ、シュバルツァーに言付けを頼んだおかげで問題なく連絡は取れている。明日の昼食会の後、夕方くらいの時間になるだろう」
「そうか……フフ……一年振りくらいかな……
エステル君達が残っていたら同窓会が開けたんだけどねぇ。シェラ君も忙しそうだから出張できる余裕はなさそうだし」
「……そうだな」
「ま、せいぜいボクは最先端のアーバンリゾートを満喫させてもらうとするさ……
あ、キミと准佐殿の逢引きを邪魔するつもりはないから安心してくれたまえ、何だったら噂のテーマパークでデートしてきたらどうだい?」
「――余計なお世話だ、阿呆。しかし、いつも以上に下らん戯言が多いようだが……
まさか良からぬことを考えているんじゃないだろうな?」
「ギクッ……ハハハ、ヤダナァ。ソンナワケナイジャナイカ」
わざとらしい片言にミュラーは肩を竦める。
「――まあ多分、これが最後の外遊になるだろう……
宰相殿の狙いを探りつつ、大陸全土の動向も見極める……相変わらず苦労を掛けるけどよろしく頼むよ――親友」
「フッ、無論だ」
相変わらずお調子者の態度と言葉だが、ミュラーは先程と違い苦笑して頷いた。
*
8月29日。
帝都ヘイムダル中央駅。
ヴァリマールを貨物車両に積み込む作業の横でリィンは家族たちの見送りを受けていた。
「それじゃあナユタのこと、よろしく母さん」
少し申し訳なさそうにしてリィンはナユタを抱えるルシアに頼む。
「ええ、ほらナユタちゃん。いってらっしゃいしましょう」
「あうあう」
ルシアに促されたナユタはリィンに手を向けて喋る。
「エリゼもありがとうな。アルフィン殿下に離宮の滞在許可を取ってくれて」
「いえ、むしろ姫様の方から言い出したことですから」
礼を言われたエリゼはここにはいないアルフィンのはしゃぎぶりを思い出してため息を吐く。
リィンがクロスベルに行くことについて、ナユタをどうするか色々な意見が出た。
常識的に考えれば、各国の首脳が集う国際会議にまだ言葉も喋れない赤子を連れて行くことはできない。
リィンは名目上護衛官なので、その仕事に支障を来たす要因を連れて行けるわけにはいかない。例えオズボーン宰相やオリヴァルト殿下の許可があったとしてもである。
かと言って、今はまだ力を封じているとはいえ《幻の至宝》であるナユタを両親に任せるというのは戦力的に不安があったのだが。
「護衛に関しては私に任せると良い」
家族の輪の中に混じってそこにいたヴィクターがその不安を晴らすように応える。
「アルゼイド子爵閣下……わざわざすみません」
「なに私も帝都に少々用事があったので構わぬさ。それにガランシャールを鍛え直してもらった借りを返せると思えば安いくらいだ」
所用で帝都に残ったヴィクターがナユタの護衛を引き受けてくれたことでリィンの憂いはなくなった。
皇族が住まうカレル離宮の警備に加えて、ヴィクターがいるならば万が一もないだろう。
「ありがとうございます。それで……父さん、いつまでそうしているつもりですか?」
ヴィクターとの会話を切り上げて、リィンは俯いているテオに声を掛ける。
「く……こんなに立派になって」
「そんな大袈裟な……」
涙を堪えるようにテオはリィンの姿に感激する。
リィンの格好はトールズ士官学院の制服でもなければ、正規軍の紫の軍服でもない。
《灰色》を基調としたオリヴァルト殿下の色違いの式服。
わざわざ帝国政府が用意してくれた高級品にリィンは居心地悪く頬を掻く。
「大袈裟なものか……
リィン、お前は私が思っているよりもずっと強くなっていたのだな」
顔を上げたテオは何かを決意したように目を伏せる。
「今のお前ならば……そう、今のお前ならば知っていいのかもしれんな」
「え……?」
「ずっとお前に話してなかったことがある……
だが、もはや黙っている事もないだろう。クロスベルから帰ってきたらお前の出自について知っている事を教えよう」
「あ、あなた……」
「父様……?」
「すまないルシア。だがもう良い時期だと思うのだ。エリゼも、驚かせてしまったようだな」
「父様は兄様がどうして捨てられたのか知っていたのですか? それならどうして今まで――」
「エリゼ……」
テオの突然の告白に驚いて詰め寄ろうとしたエリゼをリィンは宥める。
「父さん、それは俺を生んでくれた両親が誰かという話かな? そのことだったらもう俺は知っているんだ」
「なっ……!?」
「え……?」
「兄様っ!?」
驚く三人にリィンは気まずそうに苦笑する。
「むしろこちらから話すのが遅れてしまって申し訳ないと言うか……
でも誰が本当の両親だったとしても、俺は揺るぎなく二人の息子、リィン・シュバルツァーです」
そう真っ直ぐに言い切ったリィンにテオとルシアは息を呑む。
「そうか…………ありがとう、息子よ」
「本当に立派になって……これも女神の導きなのでしょうか」
今度はルシアの方が感極まって涙ぐむ。
「むう……」
が、そんな中でエリゼは自分だけ除け者にされたようで拗ねる。
「悪かった。別に秘密にしておくつもりはなかったんだけど、タイミングがな」
そんなエリゼの頭をリィンは優しく撫でながら言い訳を口にする。
「……子供扱いしないでください」
と言うが、エリゼはリィンの手を払い除けることはしなかった。
「ふふ、これからエリゼはお姉ちゃんになるんですからね。ねーナユタちゃん」
「あー」
「母様!?」
からかうルシアの言葉にナユタが同調するように声を上げる。
「うう……」
二人に文句を言えず、エリゼは代わりにリィンを恨めしそうに睨む。
「……エリゼ、ナユタのことで不満があるなら言ってくれ。ちゃんと改めるから」
「不満などありません。私はお姉ちゃんですから」
見栄を張っているが無理はしていない。
妹の新たな顔にリィンは思わず苦笑する。
「リィン君、そろそろ出発だって」
「分かりましたトワ会長」
トワが呼びに来た声に返事を返し、リィンは最後に一同を見渡した。
「それじゃあ、いってきます」
「ああ、しっかりと勤めを果たして来い」
代表する形でテオがそれに応え、リィンは踵を返して乗車口に乗り込む。
警笛の音が響き、アイゼングラーフ号はヘイムダルを出発する。
窓越しに手を振って来る家族たちにリィンは手を振り返し、誰に言うでもなく呟いた。
「…………ナユタがいるなら、俺がいなくなっても大丈夫か……」
早くも仲睦まじい家族として受け入れられているナユタのことを思い、リィンは“あと二年”に改めて思い耽るのだった。
*
テオ達の他にもヘイムダルに住む帝国の人達に見送られてアイゼングラーフ号はクロスベルへと出発した。
駅舎から見送った紅い列車が見えなくなれば、余韻が冷めるように集まった観客たちは解散していく。
「それではカレル離宮までは私が護衛として案内させてもらうとしましょう」
「申し訳ありません。子爵閣下」
自分よりも地位はもちろん知名度も高いヴィクターに丁寧な対応をされてテオは恐縮し切った様子で礼を言う。
「エリゼはこの後学院に戻ってから離宮に来るんだったわよね?」
「はい。兄様が戻って来るまでは私も離宮に泊めていただくことになりましたから」
まるで自分の妹か娘のようにこの数日間暇があれば可愛がり、学院ではエリゼの妹だと写真を触れ回って惚気る級友と後輩のことを思い出してエリゼはため息を吐く。
「フフ……良い友達みたいね」
「母様……」
皇女と公爵令嬢をたった一言で済ませる母の豪胆さにエリゼは項垂れる。
「それでは私はこれで失礼します。ナユタちゃんも、また後でね……ナユタちゃん?」
別れの挨拶をして、最後にナユタの頭を撫でようとしてエリゼの手は止まった。
「あら……?」
ルシアの腕の中にいたナユタは何を思ったのか、その中で身を捩って彼女の身体を登ると肩越しにアイゼングラーフ号が消えた線路を見る。
「どうしたのナユタちゃん?」
ルシアはナユタを抱き直して振り返り、同じく線路の方を見る。
どうしたのだろうかと一同が首を傾げること数秒。
「うわあああああああああん!」
これまで夜泣きを一度もしなかったナユタは声を上げて泣き出した。
「あらあら……」
突然泣き出したナユタをルシアは驚きながらも慣れた様子であやす。
特殊な子供で、自分達の言葉を正しく理解している。
まるで赤子の身体に大人がいるような錯覚を感じていたのだが、初めて聞くことになった泣き声に改めてナユタが普通の赤子だと認識する。
「パパと離れ離れになるのが寂しい? 大丈夫、すぐに帰って来るから。それまでは私達が一緒にいるから」
そう語り掛けるが、ナユタは疲れて眠るまで泣き止むことはなかった。
見送る大人たち
アリアンロード
「通商会議が終われば私もクロスベル入りすることになります」
ヴィータ
「あら息子の晴れ舞台を追い駆けて見に行かなくて良いの?」
アリアンロード
「茶化さないでください」
ルシア
「あら、そこにいるのはアリアンロードさんとミスティさんじゃないですか?」
テオ
「おや、これは御二人ともお久しぶりです」
ヴィクター
「ほう……貴女が……」
ルシア
「息子の、リィンの見送りに来てくれたんですか? わざわざありがとうございます」
アリアンロード
「え、ええ……そんなところです」
ヴィータ
「ふふ、半年しか経ってないというのにすっかり逞しくなったみたいで……ところでその子は?」
ヴィータが寝入ってしまったナユタに手を伸ばす。
アリアンロード
「魔女殿、何をするつもりですか? 私達にその子に触れる資格はないはずです」
アリアンロードがその腕を横から掴み、締め上げる。
ヴィータ
「ちょっと……聖女様……痛いんだけど。というか怖いんだけど」
ルシア
「触れる資格がないなんて大袈裟ですよ……ほら、抱いて上げてください」
アリアンロード
「え……ルシア殿。いや、しかし私は本当に――あ……」
ルシア
「フフ、実はあの時から貴女とはちゃんとお話ししたいと思っていたんです。そこの喫茶店に入ってお話させてもらっても良いでしょうか?」
アリアンロード
「…………はっ!? ルシア殿!? ですから私は、その……」
ルシアを拒み切れずアリアンロードは手を引かれて喫茶店に入って行った。
ヴィータ
「意外ね……《鋼の聖女》にも勝てないものがあったなんて」
テオ
「ふ、何と言っても私の妻だからな」
ヴィクター
「さて、私はあの赤子の護衛を任されているのだが、君達についてはどう判断すればいいのかな?」