(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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創の軌跡のデモムービーが公開されましたね。
最後の“彼”が《C》なのかはまだ分かりませんが、月島さんルートに行った時に考えていたリィン君の台詞と被ったことが一番気になりました。




84話 西ゼムリア通商会議Ⅰ

 西クロスベル街道への門の前には早朝だというのに多くの人が集まっていた。

 ロイドは通行止めのための柵の前に立ち、改めて集まった人だかりに思わず感想をもらす。

 

「すごい人だかりだな……」

 

「無理もないですよ。まさか今朝になって帝国がデモンストレーションをするなんて導力ネットに情報が流されてしまったんですから」

 

 ノエルはぼやくロイドに苦笑しながら応える。

 

「それにその連絡は他の方達には既に済ませていたみたいね」

 

 エリィは自分達を境界にした街道側に視線を送る。

 導力車が通れるだけの道を確保しそれ以外は人がすし詰め状態の街の中と違い、一歩外に出れば数えるだけの者達が立ち並んでいる。

 クロスベル自治州共同代表、ヘンリー・マグダエル議長。

 同じくクロスベル自治州共同代表、ディーター・クロイス市長。

 カルバード共和国政府代表、サミュエル・ロックスミス大統領。

 リベール王国王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼ。

 レミフェリア公国国家元首、アルバート・フォン・バルトロメウス大公。

 帝国を除く、通商会議参加国が揃っているのだがロイド達からでは彼らがどんな顔をしているか分からない。

 

「やれやれ、ただでさえ通商会議の期間が前倒しに増えて忙しいっていうのにいい迷惑だぜ」

 

 日も昇っていない早朝から作業をすることになったランディは愚痴る。

 

「で、いったい何をするつもりなんだ? 帝国はアイゼンなんとかっていう列車で来るはずじゃなかったのか?」

 

「そうらしいね。ただオリヴァルト殿下がベルガード門から街道を歩いて来るって話らしい」

 

「はあっ!? 歩いて!? しかもその言い方だと一人でってことか!? 何考えてやがんだよ」

 

 ワジの答えにランディは驚くが、ワジは呆れたように肩を竦める。

 

「皇子の身の安全なら心配はいらないさ。何せ――」

 

「来たわよっ!」

 

 ちゃっかり人だかりの最前列を確保していたグレイスがワジの言葉を遮るように叫ぶ。

 彼女の助手がそれに合わせて導力カメラのシャッターを切る。

 

「来たか……」

 

 事前に話は聞いていたが、それでも緊張を感じながらロイドは――そこにいる全ての人達はそれを見る。

 曲がりくねった道から見えたのは巨大な人型。

 左肩にエレボニア帝国の国旗を纏った巨人は悠然とした足取りで西クロスベル街道を歩いて来る。

 

「な……な……な……」

 

「話には聞いていましたが、とんでもないですね」

 

 一歩一歩近付いて来る騎神、その巨大さを改めて実感したノエルは感嘆の息を吐く。

 

「帝国の伝承にあるとされる“巨いなる騎士”……まさか実在していたなんて」

 

「にしては随分とボロボロみたいだね。先月の帝都の異変と、先週のノーザンブリア浄化の立役者とは思えないくらいに」

 

 エリィとワジは予め集めていた情報を呟き、観察するように巨人を眺める。

 

「これをあのリィン君が動かしているのか……」

 

 そしてロイドは顔見知りの少年がこれを動かしている事実に改めて驚いた。

 巨人はその巨大な体躯にも関わらず、地響きを立てずに静かに歩いて各国首脳陣の前で足を止める。

 

「やあ、諸君。歓迎ありがとう」

 

 巨人の手の上に乗っていた緋色の礼服を纏った金髪の青年がにこやかな声を掛ける。

 

「知っている者も多いと思うが、自己紹介させてもらおう……

 エレボニア帝国、皇帝ユーゲントが名代、オリヴァルト・ライゼ・アルノールさ」

 

 そう名乗りを上げると、巨人はその場に膝を着いてオリヴァルトを地面に下ろす。

 

「そして彼がこの帝国の伝承にある《巨いなる騎士》を操る――ってあれ?」

 

 打ち合わせ通りに騎神の中から出て来ない操縦者にオリヴァルトは首を傾げて、膝を着いた巨人の胸に顔を寄せて言葉を掛ける。

 

「どうしたんだろう?」

 

「何かトラブルがあったのかな?」

 

 ロイド達の位置からはオリヴァルトが巨人に何を言っているのか聞こえない。

 しかし、数十秒の説得の末に巨人の胸元に光が灯るとそれはゆっくりと地面に降りて人が現れる。

 

「そして彼がこの帝国の伝承にある《巨いなる騎士》を操り、帝国を守り、ノーザンブリアを救済した《灰色の騎士》リィン・シュバルツァーだ」

 

 オリヴァルト皇子の色違いの式服を纏い、太刀を佩いた白髪の少年は各国の首脳陣に堂々と向き直り――すぐに顔を引きつらせて一歩後ろに身を退くのだった。

 

 

 

 

 

 西ゼムリア大陸通商会議。

 初日から会議は始まらず、その日はパレードとして首脳陣は導力車でクロスベルの街を巡回し、IBCビルのイベントホールでの昼食会。

 その後は晩餐会まで各種懇談会、そしてアルカンシェルの観劇。

 首脳たちは全員、ミシュラムの迎賓館に泊まる予定となっていた。

 予定は滞りなく進む。

 昼食会が終わり、同行した随行団は懇談会で積極的に人脈の輪を広げて国家の垣根を超えて交流を深めていく。

 クロスベル側にとっては幸先のいいスタートだった。

 

 閑話休題。

 

 護衛官

 それは帝国の中でも選りすぐりの猛者の中から選ばれたエリート。

 自治州とは言え、対立する大国カルバードとの会議では武力を有する武官の人数は厳しく決められており故に選抜された護衛官達は一流に恥じない実力を有している。

 彼らはオズボーン宰相やオリヴァルト皇子を始めとした随行団の安全を守るため、昼食会も懇談会も気を抜かずに仕事に徹していた。

 そんな彼ら、護衛官たちの現在の最重要かつ極秘任務は――

 

 

 

 ――捜索である!

 

 

 

 

「ええい、こんな時にあいつは!」

 

 ミシュラムの迎賓館に宛がわれた一室でミュラーは手の中の手紙を握り潰した。

 それはミュラーが帝国の護衛代表として、各国の護衛の代表たちと顔合わせをするために主の下を離れたわずかな時間に起きた出来事だった。

 戻って来た部屋はもぬけの殻。

 乱雑に脱ぎ捨てられた緋の式服とテーブルの上に置かれた置手紙でミュラーはだいたいの事情を察して、オズボーン宰相に宛がわれた部屋を訪れて報告した。

 

「なるほど皇子にも困ったものだな」

 

「申し訳ありません。すぐに連れ戻して来ますので、この場を離れる許可を頂きたい」

 

「まあ落ち着きたまえミュラー少佐。君が動けば場合によっては事が大きくなってしまうだろう……

 会議を目前としたこのタイミングで各首脳を刺激するような真似は慎むべきだ」

 

「しかし、このままでは帝国の恥が――」

 

「何も放置しろと言っているわけではない……

 このクロスベルには遊撃士を真似した警察とやらがいるそうじゃないか。地の利のある彼らを使って皇子を探すのが得策だろう……

 そういえば君の弟がそこに世話になっているんだったか?」

 

「いえ、愚弟は今エプスタイン財団の試験要員としてクロスベルを一時離れています」

 

「それはタイミングが悪かったようだな……

 なに皇子不在については私がフォローするとしよう」

 

「いかがなさるおつもりですか?」

 

「昼食会の時にも話題になったが、彼に矢面に立って注目を集めてもらうとしよう」

 

 厳つい笑みを浮かべるギリアスにミュラーは顔をしかめた。

 

 ――すまん、シュバルツァー……

 

 悪巧みを考えているだろう宰相の顔にミュラーは利用される少年に胸の中で謝罪することしかできなかった。

 

 

 

 懇親会の会場に彼は突然現れた。

 あらゆる意味で話題の中心となっていた彼は、懇談会の参加には護衛官の立場と明日のノーザンブリアの報告会の準備のために辞退したはずだった。

 彼との交流は明日の夜会からが本番だと思っていただけに、突然の登場にそれまでの喧騒は静まり返る。

 

「あ、リィン君――」

 

「おお、リィン・シュバルツァー君ではないか」

 

 真っ先に彼の姿を見つけたクローディアが声を掛けようとするが、それを遮ったのはロックスミス大統領だった。

 

「明日の会議の準備をしていると聞いていたがどうしたのかね?」

 

「オズボーン宰相に何とか及第点を頂きましたので、その後せっかくだから見聞を広めて来ると良いと言われてしまって窺わせていただきました」

 

 歩み寄り、親し気に接して来るロックスミスにリィンもまたにこやかな笑みで応える。

 しかし完璧な笑顔の下でリィンはこうなる原因になった存在への不満を漏らしていた。

 

 ――オリヴァルト殿下、後で締める……

 

 ある意味、リィンの初めての社交界デビューはこんな形で始まるのだった。

 

「いや、せっかくの懇談会だと言うのにオズボーン宰相もオリヴァルト皇子も顔を見せないから、どうしたのか話していたところでね」

 

「オズボーン宰相には先程まで明日の報告のリハーサルを見て頂いていました……

 オリヴァルト殿下については先日のノーザンブリアの併合に伴う激務の疲れが出てしまったようで今日は既にお休みになられてしまいました」

 

 用意していた言い訳をリィンは淀みなく並べる。

 嘘をつくのは心苦しいが、ここで正直に皇子は街に放蕩しに行きましたとは口が裂けても言えない。

 そもそもリィンが予定を繰り上げてこの場に駆り出されたのはその事実に誰かが気付かないようにするための囮なのだから。

 

「ノーザンブリアの併合か……本来なら復興支援についても通商会議の議題の一つだったのだが」

 

「申し訳ありません……

 二度目の“塩の杭”の出現に偶然居合わせたので全力を尽くして対処した結果になりました、それもこれも全ては“騎神”のおかげです」

 

 デミウルゴスが起こした奇蹟と説明するのは難しいため、全ては“騎神”のおかげというのが公式の発表となっている。

 嘘を吐くことはあまり好かないが真実をそのまま話しても信憑性はないので、不思議なことは全部ヴァリマールのおかげにするという暴論。

 もっともそれを相手側が立証する方法がないので、一番穏便に済む説明……なのだが。

 

 ――何だかクローゼさんからのプレッシャーが強くなった……

 

 西クロスベル街道で出迎えてくれた時から感じる威圧感の圧力にリィンは冷や汗が流れるのを感じる。

 彼女にリィンの嘘を見破るだけの根拠はないはずなのに、何でかばれているような気がして居たたまれなくなる。

 が、それを顔に出さないリィンにロックスミスはそのまま話を続ける。

 

「ほう……先程見せてもらったが“騎神”というのはそれ程の代物なのか……

 是非我が国に来て、今問題になっている“龍脈の枯渇”問題に協力してもらいたいものだ」

 

「“龍脈の枯渇”……ですか?」

 

「うむ。今の共和国における最も重要な案件なのだが……

 そう言えばリィン君、君は帝国で随分と心のない誹謗中傷を受けていたそうじゃないか?」

 

「ええ……確かにそうですが……」

 

「君さえ良ければ共和国に来ないかい? うちには君の家族を含めて相応の地位を用意しても良いと思っているのだが」

 

「それは……」

 

「共和国には身分制という人種差別は存在しない。ノルドを始めとする君の実績を考えれば十分にやっていけるだろう」

 

 リィンからすれば家族を巻き込む亡命・移住など論外なのだが、今回の身代わりのこともあり心がわずかに揺れる。

 言いよどむリィンに手応えを感じたロックスミスは畳み掛けるように続ける。

 

「すぐに返事をしてくれとは言わないさ。それよりもどうかね? ノルドのことを含めた君の武勇伝を――」

 

「ロックスミス大統領、シュバルツァー卿を独り占めにされては困ります」

 

 懇談会の会場から個室で話そうと画策したロックスミス大統領を止めたのはアルバート大公だった。

 

「改めて名乗らせてもらおう、リィン・シュバルツァー君……

 レミフェリア公国国家元首、アルバート・フォン・バルトロメウス大公」

 

「リィン・シュバルツァーです」

 

「実は私も君とは直接会って話をしたかったんだが……

 話には聞いていたが本当にまだ学生なのだね。その歳であれ程の薬を開発したとは信じられないな」

 

「おや、薬とはいったい?」

 

 アルバートの話にロックスミスは思わず聞き返す。

 

「このクロスベルで我が国が協力して建てた聖ウルスラ医科大学で数ヶ月前からとある薬の効果を調べて欲しいとアリオス・マクレイン殿を通して依頼がありましてね……

 その薬はこれまでの治癒薬とは全く異なる成分と効果を発揮する画期的なものなのですよ……

 私も医師免許を持っているし、これまで様々な新薬の開発に携わって来たのだがあの薬はいったいどうやって造っているのかね?」

 

「ほう、帝国の英雄殿は薬学にも精通しているとは驚きだ……アルバート大公。それはどれ程の薬なのだね?」

 

「詳しいことは省きますが、既存の薬とは全く違う画期的なものです……

 今は効果が強過ぎると言う事で実験段階の域を出ていませんが、将来的には怪我による死傷者の数を大きく減らすことは間違いないでしょう」

 

「それは凄いっ!」

 

 会場にロックスミスの歓声が一際大きく響く。

 周囲の注目が集まっているのを感じながらリィンは答える。

 

「薬学というよりもあの薬は考古学の分野になります……

 現代医療の薬の代表として挙げられるのは“ティアの薬”つまりは水の力を宿した水薬になりますが、自分が造っているのは“大地”の力を宿した霊薬です……

 水は対象の回復能力を高めて促進させるものに対して、霊薬は損傷した器を直接修復、“治す”のではなく“直す”効果になります……

 古代人はこの薬を授かることで病気や怪我とは無縁、それどころか体を鍛える行為もこの薬で成立させていたとされています」

 

「ほう……つまり古代の薬を復活させたと」

 

 リィンの説明にアルバートは目を輝かせる。

 

「実に興味深い話だ。できることなら別室でもっとじっくり話をしたいものだが――」

 

 先程ロックスミスを諫めた手前、アルバートはその提案を最後まで言わずに呑み込む。

 

「それはそうと一つ尋ねても良いかね?」

 

「何でしょうか?」

 

「君が医科大学に送ってくる薬を封入した試験管はどれも使い古したものだったのが気になってね。あれはいったいどういうことなのだろうか?」

 

「大して理由はありません……

 自分の実験室はトールズ士官学院の旧校舎の化学室を利用しているので、そこにあった昔の試験管やビーカーを再利用させてもらっているんです」

 

「…………使い古し?」

 

「ちゃんと洗っていますし、消毒もしていますよ?」

 

「…………導力顕微鏡や純水の製造機は?」

 

「ありませんけど?」

 

 リィンの答えにアルバートは固まること数秒。

 唐突に踵を返したかと思うと、レミフェリアの随行団に声を掛ける。

 

「今すぐ本国に連絡を! 最新の導力顕微鏡と純水製造器、それから最高品質の実験器具を送る様に手配しろっ!」

 

「ちょっ!?」

 

 突然そんなことを言い出したアルバートを止めようとリィンは手を伸ばす。

 が、指示を出したアルバートは再び振り返ると伸ばしたリィンの手を両手で掴む。

 

「リィン・シュバルツァー君! 留学に興味はないかね!?

 君の太古の薬を復活させる偉業に我が国は全面的なバックアップを約束しよう、いや君のための研究室を――」

 

「おっとアルバート大公閣下それはずるいではないか。リィン・シュバルツァー君。カルバードの学院に興味はないかな?

 聞けば君の剣の流派は東方剣術の集大成と呼ばれる“八葉一刀流”……

 本国の首都の学院には様々な流派の学生が集まっているのだが興味はないかね?」

 

「え……ちょっと御二人とも……」

 

 差し出した手はアルバートに取られ、いつの間にか逆の手はロックスミスに取られて詰め寄られるリィンは退くこともできずにたじろぐ。

 

「ククク、モテモテだなシュバルツァー。で、良いのか後輩?」

 

「…………何のことですか?」

 

「『私のリィン君を盗らないでっ!』って、今あの輪の中に入って行けば好感度上昇待ったなしだぜ」

 

「相変わらずいい加減なことを……」

 

 クローディアはため息を吐くが、リィンの方へと踵を向けた。

 

「おっ? 何だかんだで乗り気じゃねえか?」

 

「違います。先輩が言わなくても助けて上げるつもりでしたから」

 

 そう言い切るクローディアだったが、彼女よりも早く熱烈な勧誘をする二人を諫める言葉が響く。

 

「そこまでにして頂けますかね。御二人とも」

 

 《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンが心なしか上機嫌な口調で続ける。

 

「リィン・シュバルツァーは我がエレボニア帝国の“英雄”ではありますが、まだ十六の子供……

 そんな答えを強要するような交渉は謹んでもらいたい」

 

「おっと、これは失礼。つい気が逸ってしまった」

 

「う、うむ……申し訳ない」

 

 ロックスミスとアルバートはギリアスの指摘にリィンの手を放して謝罪する。

 

「いえ……」

 

 それだけを言うのが精一杯でリィンはため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪える。

 

「助かりましたオズボーン宰相」

 

「ふっ……まだまだだな」

 

 礼を言うリィンにギリアスはそんな言葉を返す。

 その言葉にリィンはむっと顔をしかめるが、ロックスミスが今度はギリアスに話しかける。

 

「それにしても羨ましいですね。エレボニア帝国にはこれ程の“英雄”が現れるとは宰相殿もさぞかし鼻が高いでしょう」

 

「いえいえ、彼にはこんな所で満足せずにもっと上を目指してもらいたいと思っていますよ」

 

「宰相閣下は手厳しいですねぇ。これ以上と言うと何を求めると?」

 

「せめて私程度は超えてもらわなければ、帝国の未来を任せるわけにはいきません」

 

 ギリアスのその一言に会場がざわめく。

 聞きようによっては次期宰相を譲る様にも取れる言葉。

 もっとも言われたリィンは別の意味に捉えて、その表情を険しくする。

 

「オズボーン宰相……貴方は――」

 

「お歓談中失礼」

 

 言い返そうと口を開いたリィンの言葉はディーター市長の声に遮られる。

 何事かと一同が振り返る。

 

「実は本日の懇談会におかれましては皆様にスペシャルゲストを我がクロスベルは招いております」

 

「ほう……」

 

「スペシャルゲストですか」

 

 ディーターのサプライズにギリアスとロックスミスは興味深いと言わんばかりに品定めする眼差しを向ける。

 

「本日の晩餐会の後に皆様にご覧いただくアルカンシェル……

 その看板であるイリア・プラティエとリーシャ・マオ。この二人に来ていただきました」

 

 ディーターの紹介に合わせて彼の背後の扉が開き、パーティードレスで着飾ったイリアとリーシャが会場入りする。

 

「どうも市長に紹介されたイリア・プラティエよ」

 

「リ、リーシャ・マオです。よろしくお願いします」

 

 二人の登場に会場の話題がリィンから逸れる。

 リィンは息を吐いて逃げるように壁際に避難する。

 

「お疲れ様です。リィン君」

 

「クローディア殿下」

 

 労う様に差し出されたグラスをリィンは受け取る。

 

「オリヴァルト殿下はもしかしていつものお病気ですか?」

 

「ええ、その通りです」

 

 彼女には隠しても仕方がないとリィンは素直に認める。

 

「ふふ、この後非公式に会うことにしているんですけど、お代わりないようで安心しました」

 

 クスクスと笑うクローディアにリィンは苦笑を返す。

 

「ところでリィン君」

 

 が、穏やかな雰囲気はそこで終わり張り詰めたプレッシャーにリィンは息を呑んだ。

 

「な、何でしょうか?」

 

 鋭い眼差しでクローディアはリィンを睨むこと数秒。

 反射的に正座しそうになるのをぐっと堪えてリィンは彼女の言葉をじっと待つ。

 

「…………はあ……体は大丈夫なんですか?」

 

 しかしため息を一つ吐いて、クローディアは威圧するのをやめてリィンの頭に手を伸ばす。

 

「髪も《鬼の力》を使っている時みたいにこんなに真っ白になってしまって……

 ノーザンブリアを救ったことは確かに良いことですけど、もっと自分の体を大切にしないとダメですよ」

 

「ええ、それは分かっているんですけど……」

 

 真っ白の髪に触れ、真紅に染まった双眸を下から覗き込み、ふとクローディアの手がそのまま止まる。

 

「クローディア殿下?」

 

「フフ……いつの間にか追い越されちゃったみたいですね」

 

「え……ああ……」

 

 何のことかと考えて、すぐに思い至る。

 2年前のリベールの時とは逆の構図。

 あの時は見下ろしていたリィンの顔はクローディアより少しだけ上にあった。

 彼の成長を改めて実感しながらクローディアは撫でる手を放して、クローゼではなくクローディアとして真剣な顔でリィンに尋ねる。

 

「リィン君、貴方はどうしてヴァリマールを通商会議に――」

 

「アルカンシェルと言えば、知っていますかね?」

 

 ロックスミスの良く通る言葉。

 そこに含まれる嫌な予感にリィンは体を震わせた。

 

「リィン君?」

 

「もしかして三月に行われた幻のプレ公演のことですかね?」

 

 有名な話だとアルバートがロックスミスの言葉に頷く。

 

「ええ、大型新人のリーシャ・マオのデビューとして注目されていたその公演に何の前情報もなく出演した白き謎の語り部《空の御子》……

 経歴も名前も一切公開せず、そのプレ公演のみにだけ出演した幻のアーティスト……

 そのプレ公演は今の成長を続けているアルカンシェルの中でも別格の演劇だったと巷で話題になっているのですよ」

 

「その劇なら私が観ました……

 ええ、ロックスミス大統領の言う通りあの劇は素晴らしかった……

 イリア殿とリーシャ殿の舞に目を離せなくなってしまうのに、《空の御子》が醸し出す神秘的な存在感によって物語に引き込まれる……

 こんなことを本人たちの前で言うのは申し訳ないが、今のアルカンシェルの劇よりもあの時のものが鮮明に焼き付いてしまっている程です」

 

 ヘンリー・マグダエルが当時のことを懐かしむように語り、周囲の興味を煽る。

 

「《空の御子》についてはプレ公演の後でも何の発表もされなかったがいったい何者だったのかね?」

 

 ディーターがイリアとリーシャに尋ねる。

 

「悪いけど、それは答えられないのよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ふむ……三月と言えば、君がちょうどクロスベルに滞在していた頃だったかな?」

 

 と、話を振って来たギリアスにリィンはギクリと体を震わせる。

 

「おお、何と言う幸運。君も噂のプレ公演を観たのかね?」

 

 ロックスミスが興味深そうにリィンに尋ねる。

 

「い、いえ……自分には縁がなかったので“観て”はいません」

 

「それは勿体ない」

 

 ロックスミスの言葉に期待が高まった一同の視線が逸れる。しかし――

 

「そりゃあ“観て”ないよな。舞台の上にいたんだから」

 

「なっ!?」

 

 レクターの一言にリィンは目を剥く。

 

「おっ……その反応はビンゴか……

 限定ブロマイドってことで記念祭の時に買ったんだけどやっぱりこれってお前だったか」

 

 そう言ってレクターはヒラヒラと現物を主張させて意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「レクター先輩……それ、見せて頂けますか?」

 

「あ……」

 

「どうぞどうぞ」

 

 レクターはクローディアにそのブロマイドを渡すと、リィンの首に腕を回して逃亡を防ぐ。

 

「………………」

 

 クローディアはじっとそのブロマイドを見つめ、その背後にギリアスが並ぶと自然に列ができる。

 

「ああ……」

 

 次々と回されていくブロマイドにリィンは顔を蒼くする。

 

「あらら……」

 

「えっと……」

 

 そんな国家代表たちが作る珍妙な光景にイリアは面白そうに笑い、リーシャは同情するように目を伏せる。

 

「いやはや、まさか帝国の英雄殿は薬学、考古学に続いて芸術面まで秀でているとは驚きですねぇ」

 

「これには流石に私も認めざるを得ないでしょう」

 

 《空の御子》のブロマイドとリィンを見比べてロックスミスとギリアスは感嘆の言葉を漏らす。

 

「しかし、そうなると……」

 

「うむ……」

 

「そうですね。私は異論ありません」

 

 顎に手を当てて考え込むアルバートにロックスミスとギリアスは何も聞かずに頷く。

 

「…………」

 

「おい何処に行くんだ? お前はおっさんの護衛役だろ?」

 

「レクター・アランドール」

 

 リィンは事の発端であるレクターを親の仇だと言わんばかりに睨み付ける。

 

「そんなに睨むなよ。まあ鎌を掛けたのは確かだが、お前も素直過ぎだぜ」

 

「くっ……」

 

 そんな二人を他所にギリアスはイリアに向かって尋ねる。

 

「時にイリア殿、今日の観劇に彼を参加させてもらうことは可能かね?」

 

「何を言っているんですか閣下!? そんなオリヴァルト殿下みたいにノリで話すのはやめてください」

 

「巷で話題にされている幻の一幕とやらには私も興味が湧いてしまったのだよ」

 

 抗議するリィンにギリアスは動じることなく言い返す。

 そしてイリアがギリアスの質問に肯定を返した。

 

「今日はちょっと無理かしらね。リィン君を入れるなら一度通しでリハをやりたいから明日だったら行けると思うけど」

 

「おおっ! それはつまり明日なら幻の舞台と言われたあの舞台を観ることができると言うのかね?」

 

「いやしかし、あまりに急な予定の組み換えは警備を担当するクロスベルに大きな負担を強いることになってしまうでしょう」

 

 歓声を上げるロックスミスに対してアルバートが流石に肯定的な二人を諫める。

 

「確かに少々はしゃぎ過ぎてしまったようですね。しかし最高の観劇を観賞できたなら明後日の本会議も大らかな気持ちで臨めるとは思いませんかロックスミス大統領」

 

「確かに気が逸り過ぎていましたな。しかし宰相閣下の言う通り、幻の舞台を観ることできたら本会議では口が軽くなってしまうかもしれませんね」

 

「おやおや大統領ともあろう御方が……フフフ」

 

「それにしても宰相閣下に演劇の理解があったとは意外ですね……ハハハ」

 

 含みを持たせた言葉を交わし合ってギリアスとロックスミスは笑い合う。

 そう言われてしまえばクロスベル側にとって、この予定変更は拒否し切れるものではない。

 事の成り行きを見守っていたディーターとヘンリー、そして壁際に警護として今まで沈黙を保って立っていたアリオスにダドリー。

 リィンは順番に彼らと目を合わせていくが、彼らは一様に“頼む”と目で訴えていた。

 

「クロスベルとしましては、今日明日の予定の変更なら対処は可能です……

 ですがそれは御二人だけではなく、この場にいる全員の賛同があればの話です。あえて私の意見を言わせてもらうなら前市長が絶賛するその舞台を私も観てみたいものですね」

 

 そしてディーターがそれを認め、しかも賛同する。

 会場中の期待に満ちた視線がリィンに集中する。

 

「いや……でも……そもそもですね! 俺は今日の演目で何をやるかも知らないんですよ」

 

「あ、それならプレ公演でやったのとの同じのをやるわよ」

 

 咄嗟に思い付いた言い訳に出すが、そんなリィンの主張をイリアは一蹴する。

 

「何で……?」

 

「何でって、そりゃ初めて観る人達ばかりなんだから一番最初の章をやるのは当然でしょ?

 多少台詞とか増えた場面はあるけど、前のみたいに一晩あればリィン君なら余裕よね?」

 

「っ……い、衣装はどうするつもりですか? この半年で結構背が伸びて――」

 

「あ……それなら大丈夫です。元々体の線を隠すゆったりとしたローブですし、以前の衣装も本格的に仕立て直してありますから」

 

 と、さらにリーシャが逃げ道を潰す。

 

「お、俺はオズボーン宰相の護衛ですから」

 

「護衛と言っても夜間の警備に関してはクロスベルの警察に一任することになっているだろう? 観劇の間も特に移動を伴うわけでもないのだから問題はあるまい……」

 

「明日はノーザンブリアの報告があるんですけど?」

 

「それは昼間の話であろう? それが終わった後なら何の問題もあるまい……

 ああ、ここにいないオリヴァルト殿下については私から説明しておこう」

 

 そしてさらにギリアスは外堀を埋めてくる。

 この場にオリヴァルト皇子がいれば嬉々としてリィンを舞台の上げようとしていただろうが、今の状況は彼がいなくても変わらないだろう。

 

 ――誰か味方は……

 

「クローディア殿下もリィン・シュバルツァーの《空の御子》を見てみたくはありませんか?」

 

「それは……」

 

 レクターがクローディアに詰め寄り言質を取ろうとする。

 クローディアは横目でリィンに視線を送るが、レクターの言葉に一見躊躇っているがその目はどちらに天秤が傾いているのかはっきりと言っていた。

 

「モグモグモグ~♪」

 

「流石クロスベルじゃの、西と東の見たこともない料理がこんなにも……うむ、美味じゃ」

 

 これまでの話題に全く我関せずに歓談の合間につまむ軽食を頬を膨らませる程に食べまくっている二人の少女――はらぺこ聖獣達は全く当てにならない。

 

「大丈夫、このリィン君はすっごくきれいだよ」

 

 純粋な眼差しで褒めてくれるトワもリィンの味方ではない。

 

 ――こんなことになるならルフィナさんを行かせるんじゃなかった……

 

 オリヴァルト皇子の捜索のため特務支援課に依頼を出すには顔が割れているミュラーではまずいということもあり、ルフィナにその代行を頼んだ。

 空いた時間にクロスベルの教会に現在勤めている彼女の妹と食事でもして来たらと気を利かせたのだが完全に裏目に出てしまった。

 

「ですがそれは貴方達とクロスベルにとっての利点のはずです。俺にとっての利点は何ですか?」

 

「ほう……」

 

「以前舞台に上がったのは、遊撃士としてとある暗殺者に狙われていたイリアさんを守る意味もありました……

 今回のアルカンシェルにはそれだけの理由はないはずです……

 例え宰相閣下の御言葉だったとしても、護衛の任を疎かにするような我儘には従えません」

 

「いはやは、英雄殿はなかなか交渉上手ですなぁ」

 

 本来なら国家元首を始め、それなりの地位を持って随行団としてやってきた有力者達からの同調圧力に屈しかねない状況だというのに場の状況に流されずにはっきりと自分の意見を述べたリィンにロックスミスは感心する。

 

「なるほど道理だな……」

 

 リィンの主張をギリアスは認める。

 護衛官としてクロスベルに来たリィンにアルカンシェルの舞台に上がれというのはギリアス達の我儘でしかない。

 クロスベル側にとってもリィンに施しを受けて良い立場ではない。

 冷静な指摘にギリアスとロックスミスが扇動した流れに正気が戻る。

 

「では、その時と同じように舞台上からの護衛を頼めるかね?」

 

「…………え?」

 

 にも関わらず、抜け抜けとそう言ったギリアスにリィンは間の抜けた返事をしていた。

 

「先月の帝都もそうだったが、私を狙ったテロリストが何処に潜んでいるかも分からない。ならば舞台の上の警備も必要だろう」

 

 リィンが漏らした舞台に上がった経緯を逆手に取ってギリアスは言い切る。

 

「おお、それは良い。大胆にも役者になりすまして暗殺するなどという手口も聞いたことはあるが、舞台に英雄殿がいてくれるなら我々も存分に劇を楽しめるだろう」

 

「そんな恐ろしい事件があったんですか……」

 

「しかし、確かにそれなら……」

 

 かつてあった事件を槍玉にしてロックスミスは流れを引き戻す。

 

「くっ……でも……」

 

「リィン君」

 

 何とか食い下がろうとするリィンだがそこにイリアが笑みを浮かべて止めを刺す。

 

「この前の公開練習の“貸し”返して♪」

 

 

 

 

 




鉄血宰相の暗躍?

オリヴァルト
「おや、今日のアルカンシェルの観劇は明日に延期なのかい?」

ギリアス
「ええ、向こうの都合で。今夜は明日行うはずだったミシュラム・ワンダーランドの視察を先に行うことになりました」

オリヴァルト
「そうか。分かった……ところでリィン君の姿が見えないのだが、彼はどうしたんだい?」

ギリアス
「彼には雑事を頼んでおりますので、我々とは別行動になります……
 それにしても残念なことをしましたね。懇談会にはあのイリア・プラティエとリーシャ・マオが顔を出してくれたというのに」

オリヴァルト
「本当かい? それは惜しいことをしたなあ」

ミュラー
「自業自得だ」

ギリアス
「ええ、本当に惜しいことと思うでしょう」



トロッコ問題
???(因果操作、未来視・リセット能力、印象操作能力あり)
「本当にこれで良いの……本当にこれしかないの?」

?????(口先だけ)
「ふふ、何を気に病む必要がある? 全てを救うのに一を犠牲にするなど誰でもやっている取捨選択に過ぎない……
 それにこの選択を観測できるのは君だけなのだから、誰からも咎められることなどありはしないさ」

???
「…………そうだよね……みんなを守るためなら……」

?????
「フフフ……さあ、ノーザンブリアで得た力を見せてくれたまえリィン・シュバルツァー」




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