(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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 ガレリア要塞、列車砲を奪われる。
 空砲とは言え、テロリストに発射を許す。
 幹部の一人も捕まえることができなかった。
 下っ端も全員自決して情報も引き出せない。

 後付けだから仕方がないですが、クロスベルの教団事件を非難できない程の大失態なのにこれを棒に振ってしまったディーター市長……

 帝国側だけの失態では天秤のバランスが取れないのでやはり共和国側の失態も必要だと思います。





86話 西ゼムリア通商会議Ⅱ

 

 

「…………あ……」

 

 それを前にトワは言葉を失って見入ってしまう。

 白いローブを纏った何者かの口上で始まった演目。

 男なのか、女なのか、あえて分からないようにした衣装。フードと真っ黒の仮面で顔を隠したその存在は華やかな舞台に無理矢理空白を作り出す。

 そこにいるのはトワが知っている後輩ではない。

 そう感じさせる程に気配は曖昧でまるで“雲”のように不確かな存在としてそこにいた。

 

「すごい……」

 

 彼の存在に目が惹きつけられ語る言葉はまるですぐ目の前から話しかけれているようにも感じる。

 それどころか舞台で動く彼の動きに合わせて横から、背後から聞こえてきて否が応でも物語を聞き入ってしまう。

 認識が狂う。

 しかし、そのおかしくなった感覚は彼女が舞台に現れた瞬間に靄が晴れたように払拭される。

 

「――っ」

 

 身体に溢れ出る生命力の躍動を漲らせた“太陽の姫”。

 彼女が動く度に紅蓮の炎が帯のように揺らめき舞を華麗に彩る。

 その彼女の背後に“太陽”を幻視してしまったのはおそらくトワだけではないだろう。

 

「…………」

 

 次いで現れる“月の姫”。

 静かに清らかに、彼女が動く度に銀の粒子が散り舞を清廉に彩る。

 “太陽の姫”では分かりやすかった生の気配はない。むしろ冷たく危うさを感じさせる。

 語られる言葉の圧力が増して、舞よりも語り部の方に意識が向いてしまう。

 しかし、最後の一線で意識は舞に注目させられる。

 危うい均衡。

 さながら雲に覆われた“月”を探してしまうように惹きつけられているのはトワだけではないだろう。

 

「……………………」

 

 もはや言葉を忘れて、彼女たちは夢幻の一時を味わうこととなった。

 

 

 

 

『そうか……今日はこちらには戻ってこないのか』

 

「ええ、今夜はアイゼングラーフ号の方に泊めさせてもらいます。ヴァリマールの最終調整もしておきたいですから」

 

 西ゼムリア通商会議の二日目、全ての予定が終わったリィンはミシュラムの迎賓館ではなく人気のない駅舎のホームで《ARCUS》を通じてミュラーと話していた。

 

『それは残念だな……殿下もアルカンシェルのことについて随分興奮していた……他の首脳陣も今は君の話題で持ちきりだ』

 

「でしょうね……」

 

 だからこそリィンはミシュラムに戻らないことを決めた。

 《空の御子》に関してはできるだけ吹聴しないで欲しいと、各首脳陣は納得してくれたし随行団の方達も呑み込んでくれた。

 どこからか噂を聞きつけて来て忍び込もうとしていたクロスベルタイムズの記者も予め警察に突き出したのでおそらく大丈夫だろう。

 

「明日は先に現地入りして見回りをしておきますので、そうオズボーン宰相には言っておいてください」

 

『ああ、了解した。今日は――いや昨日から世話になった……

 おかげで殿下とクローディア王太女を秘密裏に特務支援課と話をさせることができた。礼を言わせてくれ』

 

「いえ、大丈夫です」

 

 オリヴァルト皇子の初日の放蕩が、生の目でクロスベルの営みを見てみたかったと言われてしまえば咎めることはできない。

 いや、こっそり一人で動いたことは十分に咎める事なのだが、過剰に怒ることは憚られてしまう。

 

『とにかく今日はゆっくりと休むと良い、明日が通商会議の本番だからな』

 

「はい、そうさせてもらいます」

 

 最後の挨拶を交わしてリィンは通信を切って息を吐く。

 8月30日。西ゼムリア通商会議の二日目は無事に終わったことにリィンは安堵の息を改めて吐く。

 ノーザンブリアの“異変”の報告。

 二日目の会議の議題でもあるそれについてはある意味リィンが主導になって会議を進行することとなった。

 対外的に決めた“異変”の内容を各国首脳に説明することには神経をすり減らし、帝国時報社から提出された当時の虚神との戦いや帝都での《緋》との戦いが上映された時のクローディアの目を思い出して体を震わせる。

 

「…………さてと……」

 

 《ARCUS》を閉じてリィンは踵を返す。

 しかし、その向く先は傍らに停車している《アイゼングラーフ号》の出入り口ではない。

 ヴァリマールが格納されている最後尾の貨物車両も素通りしてリィンは顔パスで通れる警備隊の目を盗んでクロスベル駅から抜け出した。

 中央広場を通り、そのままリィンは歓楽街へと抜ける。

 

「…………良し……行くか」

 

 裏通りの一等地に構える店を確認してリィンは自分に言い聞かせるように呟き――

 

「どこに行くつもりですかリィン君?」

 

 それに応える者がいた。

 

「っ!? クレアさん? どうしてここに?」

 

 振り返ったそこには私服姿のクレアがいた。

 

「それはこちらの台詞です」

 

 振り返ったリィンの向こう側に見える店を一瞥してクレアはその眼差しを氷にする。

 

「貴方は閣下の護衛としてクロスベルに来ているはずです。ミシュラムにいるはずの貴方がどうしてここに?」

 

「夜の警備は元々自分の管轄外ですから」

 

「確かにそうですね。ですがそれでも護衛官として閣下の傍を離れるのは自覚が足りていないのではないですか?

 ましてやあんないかがわしい店に……レクターさんですね? レクターさんなんですね?」

 

「えっと……」

 

 思わず“うん”と頷きたくなったがリィンはそれを我慢する。

 

「落ち着いて下さいクレアさん……これは……そう護衛の仕事の一環なんです」

 

「レクターさんみたいな言い訳をしないで下さい」

 

「ほ、本当です。あの店は“赤い星座”が経営しているお店なんです」

 

「そんな言い訳――」

 

 クレアの言葉の途中でリィンは唐突に身を翻す。

 音もなく忍び寄り、屋根から両手を大型のナイフで武装した紅い《人喰い虎》の一撃を躱したリィンは振り抜かれた腕を取り、頭を掴んで受け身を取らせないように落下の勢いを殺さず、地面へと叩きつけた。

 

「きゅう……」

 

「ね、本当でしょう?」

 

 目を回して気絶した《人喰い虎》の首根っこを掴んでリィンはクレアの前に差し出して、先程の言葉の証明をする。

 

「…………シャーリィ・オルランド……」

 

 いつか見たような光景にクレアは何とも言えない顔をするのだった。

 

 

 

 

「ほう、まさかお前がここに来るとは思ってなかったぞ」

 

 《ノイエ・ブラン》。

 かつてルヴァーチェ商会の事務所があった跡地を《クリムゾン商会》が買い上げて経営している高級クラブ。

 店には滅多に顔を出さないシグムントは娘を引き摺って現れた珍客に独眼を細めた。

 その気配だけで、店の従業員たちの気配があからさまに変化してリィンに追従して店に入ったクレアは思わず腰の導力銃に手を伸ばす。

 

「そこの通りを歩いていたら、お宅の猫が襲い掛かってきました」

 

 首根っこを掴んでシグムントの前に、それこそ猫のように差し出したリィンに店内の殺気はさらに高まる。

 

「ふ……相変わらずのようだな」

 

 周りが殺気立つ中でシグムントは特に気を悪くした素振りも見せずに笑う。

 

「だが用件はそれじゃないだろ? 何が目的だ?」

 

 とある依頼を受けてシグムント――《赤い星座》はクロスベルに来ているが、おそらくリィンはその背景を知らないだろう。

 通商会議の本会議を前に後顧の憂いを断ちに来たのかと、一番あり得そうな可能性を考え、一人で、しかも丸腰でやってきたリィンに随分と増長していると顔に出さずに不満を感じる。

 返事次第ではこの場で痛い目に合わせると言わんばかりに、シグムントはリィンを睨み、その眼差しにクレアは息を呑む。

 

「情報を買いに来ました」

 

 しかし、殺気交じりの視線を無視してリィンは用件を切り出した。

 

「情報……だと……?」

 

「はい」

 

 リィンは頷いて、懐から厚めの封筒をシグムントの前のテーブルに置く。

 

「情報に値段が付く。別に不思議なことではないはずですよね? あとできれば朝までこちらにあるだろう導力端末を貸してもらえますか?」

 

「っ……」

 

 ある意味、カチコミ以上の要求をしてきたリィンにシグムントは意図が図り切れず、思考の時間を稼ぐためにはぐらかす。

 

「女を侍らせて酒場で酒も注文せずに情報が欲しいとは……随分と俺好みに育っているようだな」

 

「クレアさんが同行しているのはたまたまです。それに俺は未成年なのでお酒は飲めません」

 

「ふ……だがいくら積まれたとしても依頼人の情報を売るつもりはないぞ」

 

「そんなものに興味はありません」

 

「なら何が知りたい?」

 

「知りたいのは兵器の情報です。それもできるだけ広範囲の、それこそカルバード共和国も含むものを」

 

 返ってきた答えにシグムントは納得する。

 

「それなら《黒月》に行くことを勧めるが?」

 

「生憎ですが《黒月》とは特にコネもありません。それとも最大の猟兵団である《赤い星座》に兵器の質問をして答えられないんですか?」

 

「ふ……良いだろう。何が知りたい?」

 

「クロスベルを一発で消滅させることができる兵器について」

 

「なっ――」

 

「リ、リィン君っ!?」

 

 流石のシグムントもリィンの口から出て来た言葉に驚愕し、クレアも同様に声を上げていた。

 

「貴様……自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「おかしなことを言っていますか?

 《列車砲》を用いてクロスベルを占領することを威嚇されている共和国がそれに対抗する兵器を開発してないと誰が言い切れるんですか?

 帝国だって《列車砲》で現状の維持に満足しているとは思えません」

 

 技術は常に進歩している。

 《列車砲》は大雑把に言えば十年前に建造された旧式の大砲を拡大しただけの兵器に過ぎない。

 今の導力技術を用いれば、それこそもっと効果的な戦略兵器が造り出されていてもおかしくはないだろう。

 

「ああ、その通りだ……だが、それを今このタイミングで切り出すことの意味を分かっているのか?」

 

 《赤い星座》は通商会議中の《帝国解放戦線》の排除のために雇われている。

 猟兵の情報網では既に彼らの兆候は確認が済んでおり、またカルバード側でも《黒月》を通して似たような動きを確認している。

 たかが場末のテロリストと侮っていたが、先の帝都での“暗黒竜”の一件を考えると万が一にもあり得ると考えてしまう。

 

「分かっているつもりです……

 情報源は明かせませんが、それでそんな兵器はゼムリア大陸に本当に存在しているんですか?」

 

「…………ある。具体的にどれ程のものかまでは知らないがカルバート共和国で秘密裏に開発しているという噂は聞いたことがある」

 

「カルバード……分かりました。それで導力端末の方は引き受けてもらえますか?」

 

 ここに至ってシグムントはリィンの思惑に気付いた。

 兵器の情報など二の次。

 本命は足がついても構わない導力端末による情報収集。

 この情報の真偽については《赤い星座》にとっても重要な価値がある以上、協力を拒めない。

 

「その前に一つ聞かせろ。本当にその兵器がこのクロスベルに持ち込まれているのか?」

 

「その情報に《赤い星座》はどれだけの値段を付けてくれますか?」

 

「っ……」

 

 情報を買いに来たくせに、情報を売りつける強かさにシグムントは唸り、リィンが差し出した封筒をそのまま投げ返す。

 

「情報の出所は曖昧過ぎて明かせません、強いて言うならそれを今から確かめるつもりです」

 

「そうか……」

 

 シグムントは考える。

 別に命の危険が増したから仕事を降りようなど弱気になったわけではない。

 ただ相手が自爆覚悟の玉砕ができるのか、それともただのテロリストごっこなのかで《赤い星座》の対応も変わる。

 ここでリィンに自分達が《鉄血宰相》に雇われていると明かすかどうかさえシグムントは考慮する。

 

「ガレス。案内してやれ」

 

「はっ……」

 

 シグムントの答えにガレスはカウンターの影に隠してあった導力ライフルから手を放す。

 

「こちらです」

 

 丁寧な対応でガレスはリィンを店の奥へと招く。

 

「そういうことですのでクレアさん、俺はここで情報収集をします……

 今の話は確定情報ではないのであまり吹聴しないで下さい。今の段階だといたずらに混乱させるだけでしょうから」

 

「リィン君……」

 

 ここで別れて、クレアはアイゼングラーフ号に戻れと言い出したリィンにクレアはため息を吐いた。

 

「シグムントさん、使える端末はまだありますか?」

 

「ああ、好きに使え。ただし得た情報はこちらにも共有してもらうぞ」

 

「分かりました」

 

「クレアさん?」

 

「そんな話を聞いてこのまま黙って戻れるわけないじゃないですか」

 

 ここぞという所で変に遠慮するリィンをクレアは睨み、彼を追い越すようにガレスに案内を促す。

 

「くくくっ……女の扱いに関してはまだランドルフの方が上のようだな」

 

「そんなつもりはないんですけどね……」

 

 怒るクレアの背中にリィンはバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「それで? いったいどこからの情報でそんな大量殺戮兵器をテロリスト達が持ってくると知った?」

 

 ため息を吐きながらガレスとクレアの後を追おうとしたリィンの背にシグムントは興味本位から質問を投げかける。

 

「…………蛇が教えてきたんです」

 

 アルカンシェルの舞台が終わった直後に見せられた生々しい白昼夢を思い出してリィンは忌々しいと言わんばかりに顔をしかめる。

 もっと早く、せめて今朝の時点で教えてくれれば明日の本会議を中止にさせるように動くこともできただろう。

 が、ここに至ってしまっては何の証拠も提示せずに中止させることなどできない。むしろ半端な情報開示はクレアに言った通り混乱を招くだけだろう。

 

「そちらが誰に雇われているか知りませんが、場合によっては覚悟しておいた方が良いですよ」

 

「ふん。俺達の心配など十年早い」

 

 気遣ってくるリィンにシグムントは余計なお世話だと答える。

 そんな猟兵らしい対応にリィンは苦笑して、店の奥へと消える。それを見届けたシグムントはおもむろに部下を呼び付ける。

 

「ザックス、“かかし男”と連絡を取れ。状況が変わったと教えてやれ」

 

 

 

 

 

 

 






その頃のミシュラム

ロックスミス大統領
「いやぁ、それにしても凄い劇でしたね」

オリヴァルト皇子
「ええ、まさかリィン君がアルカンシェルでデビューしていたとは私も知りませんでしたよ」

アルバート大公
「できることならこれに続く第二幕も彼の出演で見たみたいものですね」

オズボーン宰相
「フフフ……あまり無理を言わないで頂こう。彼はまだ学生。それに騎神を持つ者として使命がありますので」

クローディア王太女
「使命……」

ロックスミス大統領
「ところで彼はまだ戻ってこないのかね? せっかくだから是非ともサインを貰いたいものなのだが」

ミュラー
「御言葉ですが、シュバルツァーは今夜は混乱を避けるためにアイゼングラーフ号の方に寝泊まりすることになりました」

アルバート大公
「そうなのか……それは残念だな」

オリヴァルト
「そう言えばアルカンシェルの座長から聞いた話なんだが、イリア殿、リーシャ殿、そしてリィン君の三人で書いたサイン色紙があるらしいね」

オズボーン宰相
「ほう、それはそれは。戯れにお聞きますが皆さんならそのサイン色紙にどれだけの値をつけますかね?」

 ………………
 …………
 ……

ラウラ
「――何だ今の悪寒は!?」





その頃の《ノイエ・ブラン》

クレア
「もくもく――カタカタ――」

リィン
「もくもく――カタカタ――」

クレア
「やはり私たちの技術ではそこまで深い部分を調べることはできませんね」

リィン
「かと言ってやっていることは違法ですからシュミット博士やラッセル博士たちに頼るわけにはいきません……
 できることなら戦略兵器の種類だけでも分かれば良いんですけど」

クレア
「種類ですか……《列車砲》のようなものですか?」

リィン
「ええ、帝国の《列車砲》、リベール王国の衛星兵器……とにかく攻撃手段だけでも分かれば……」

クレア
「衛星兵器!? リベールはそんな兵器の開発に成功していたんですか!?」

リィン
「二年前にはありましたよ……今はどうなっているか知りませんけど……
 ただの愉快犯でこんな作業も徒労で終わってくれるのが一番なんですけど――ん?」

クレア
「メールが届いたみたいですね。この端末にということは《赤い星座》宛でしょうか? 差出人は……《仔猫》?」

リィン
「メール返信、こんな時間まで何をしているんだ。早く寝なさい」

クレア
「リィン君!?」




その頃のクロスベル
ダドリー
「リィン・シュバルツァーが《ノイエ・ブラン》にカチコミしに行っただと!? ええいっ! 何をしているんだあの少年は!?」



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