(完結)閃の軌跡Ⅰ ~鋼の意志 空の翼~   作:アルカンシェル

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お待たせしました。
先日急に冷え込んだせいで夏風邪をひいてしまって投稿が遅れてしまいました。




92話 九月開始

 

 

 

 

 九月――

 ガレリア要塞での特別実習と西ゼムリア通商会議から一週間の時が過ぎようとしていた。

 二つの現場を襲い《列車砲》を発射しようとし、さらには《騎神》での強襲もあり帝国解放戦線はもはや“単なる革命家気取り”の集団ではないことは明らかだった。

 特に《紫の騎神》に襲撃されたガレリア要塞の被害は甚大だった。

 常駐している第五機甲師団と軍事演習に赴いていた第四機甲師団は共に壊滅的な被害を受け、現在はその復旧作業が進められている。

 また今回のテロ事件によって多くの軍関係者に死傷者が出たことで帝都では合同葬儀が行われることとなり、改めてテロの被害を市民は実感することとなる。

 そしてその影響は事件の渦中に巻き込まれたトールズ士官学院の一年生の中でも未だに消化し切れていなかった。

 

「――以上を持ちまして本年度・前期課程における運営報告を終わります」

 

 トールズ士官学院の会議室において行われている理事会、ヴァンダイクはその言葉を持って自分の報告を締めくくる。

 

「なるほど……他の士官学校や高等学校と比べても学力・成績に関しては上回っている」

 

「二年生も負けていませんね。生徒会長を務める女子など成績以外の活動も目覚ましい」

 

 一通りの報告を聞いてレーグニッツとルーファスはその結果に満足そうに頷く。

 

「フフ、先日の通商会議では勉強も兼ねて随行団に参加していたが本職の書記官顔負けの働きだったそうだ……

 まあ通商会議そのものはあんな幕切れに終わってしまったが」

 

 そんな二人に同意するようにオリヴァルトは頷き、付け加えた言葉に肩を竦める。

 

「そうですね……私共のグループも株価が乱高下してしまいましたし」

 

「帝国経済にとっても由々しき問題でありますね」

 

 企業人としての意見をイリーナが述べ、レーグニッツは困ったように顔をしかめる。

 そこで奇妙な沈黙が訪れる。

 

「……ヴァンダイク学院長、前期の運営報告は了解した……

 では、先日のガレリア要塞の実習以後の生徒達の様子はどうでしょう?」

 

 常任理事の三人が言及しなかった話題にオリヴァルトが切り込む。

 

「それについては良い報告と悪い報告の両方があります」

 

「では良い報告から聞かせてもらえますか」

 

 迷わずオリヴァルトは良い報告を求める。

 そんな即答にヴァンダイクは苦笑を浮かべて答えた。

 

「今回の事件を経て、どうやら貴族生徒と平民生徒の仲が多少緩和したようですね」

 

「ほう……つまり危機的状況を手に手を取り合って乗り越えたことで友情が芽生えたということかな?」

 

「その切っ掛けとなったのはどうやらⅦ組の生徒達のようですね……

 ガレリア要塞に放たれた人形兵器の残敵の掃討を始め、負傷者の救助など彼らが貴族生徒と平民生徒を分け隔てなく接して指示を出してくれたことが功を奏したようです」

 

「ふむ……そうなるとオリヴァルト皇子の試みは成功と言えるでしょうか」

 

「流石オリヴァルト皇子です」

 

「ははは、今回のことは偶々さ」

 

 自分を持ち上げてくるレーグニッツとルーファスにオリヴァルトは笑みを返す。

 

「それで悪い報告と言うのは?」

 

「やはり本物の戦場を経験したことによる動揺が大きいようですな」

 

 本物の戦場、そして多くの人の死はまだ子供と言える生徒達にとって良くも悪くも衝撃的だった。

 

「特に父親を亡くしたエリオット・クレイグ君……

 そして生徒達の中で唯一の死亡者であるクロウ・アームブラスト君は学年を問わずに交流が広かったため、実習に参加しなかった二年生にもその動揺は広がっています」

 

「そうか……」

 

 ヴァンダイクの悪い報告にオリヴァルトは目を伏せる。

 

「《紫の騎神》……ルトガー・クラウゼルか……」

 

 今回の襲撃の主犯格は帝国解放戦線だが、主な被害はむしろ《紫の騎神》によるものの方が大きい。

 オリヴァルトはその場に居合わせなかったが、その騎神と起動者には《影の国》で一度顔を合わせているだけにその力は良く分かっている。

 

「ルトガー・クラウゼルと言えば“猟兵王”の異名でその道では有名な人物だったはず……

 私でも名前を知っていましたが、少し前に亡くなり“西風の旅団”は解散したと聞き及んでいますが」

 

「死んだという噂などいくらでも偽装できるでしょう……

 問題はⅦ組にはその“猟兵王”の娘が在籍していることではないでしょうか?」

 

「ルーファス卿?」

 

 レーグニッツの言葉に被せるようにそんなことを言い出したルーファスにオリヴァルトは顔をしかめる。

 

「今回の襲撃、どうやら内部に手引きした者がいると考えるのが妥当でしょう……

 彼女がそうだとは言いませんが、不特定多数の平民を入学させてしまうことは今後控えた方がよろしいのではないでしょうか?」

 

「しかしドライケルス大帝は身分に囚われない自由な士官学校を設立することに拘っていたとも聞いている……

 今では女子の入学さえ認められ、平民生徒の数は貴族生徒を大幅に上回っているのが現状です……

 ようやく大帝の真の理念を実現できる状況だと言うのにルーファス卿は時代を逆行させるおつもりか?」

 

「レーグニッツ知事……

 今はテロリストの目と耳を封じることこそが重要でしょう……

 現にテロリスト達は《ARCUS》の技術を盗み、加えてクリス・レンハイム君の正体を知っていた。一度生徒達の身元を洗う事は必要なはずです」

 

「っ……そのことについてイリーナ会長の見解はいかがなものでしょうか?」

 

 不利を悟ったレーグニッツはイリーナに話題を振る。

 

「既に必要な資料は憲兵隊に提出しておりますが……

 《ARCUS》の運用は去年から多くのスタッフが関わっているので流出経路の特定は難しいでしょう……

 とは言え、使われた戦術リンクが本当に《ARCUS》のシステムによるものなのか、それとも出来の悪い模造品だったのかは実物がなければ判断することは難しいでしょう」

 

「イリーナ殿もこう仰っておられます、ならば私達は私達ができる範囲でテロリストへの対策をすべきでしょう」

 

「そこまでにしておきたまえルーファス君……

 君の意見も一理あるが、学院の理事が真っ先に生徒を疑うのはあまり感心しないよ」

 

「おっと、それは失礼。どうやら柄にもなく焦っていたようです」

 

 オリヴァルトに窘められ、ルーファスはそれまでの強気な態度を改める。

 そんなルーファスの態度にオリヴァルトは肩を竦める。

 

「仮にルーファス君の考えが正しかったとしても、今学院でスパイ探しをしてしまえば生徒達を疑心暗鬼にさせて最悪は魔女狩りに発展してしまうだろう……

 せっかく苦難を乗り越えて歩み寄れた彼らにそれをさせるのは忍びない……

 テロ対策については憲兵隊に任せるとして、私達はあくまでも生徒達のケアに務めようじゃないか」

 

「しかし、今後テロリスト達が直接リィン君やクリス君を狙って来るかもしれませんが?」

 

「それについて実は先に話しておかなければならないことがあるんだ」

 

 そう言ってオリヴァルトはヴァンダイクに目配せをする。

 

「先日のノーザンブリアでの《特別実習》からシュバルツァー君から休学届けが提出されました……

 理由はノーザンブリアにおいて《D∴G教団》の実験体にされていた赤子を引き取ったことでの育児とのことです」

 

「それは……」

 

「ふむ……」

 

 学生が休学する理由としては意外なものが出て来たとルーファスとレーグニッツは目を丸くする。

 

「まだ学生なのに随分と軽率なことをしたのね……

 育てる環境もないというのならそもそも引き取らなければ良いのに」

 

「イリーナ会長は手厳しいね。だが少々複雑な事情を持つ赤子でね……

 ノーザンブリアに任せると迫害を受けるかもしれないのでリィン君が保護したのだよ」

 

 対外的な理由を述べるとイリーナは興味がなかったのか、それ以上の追究はしなかった。

 

「まあ、そういう事もあってリィン君はケジメとして退学さえ視野に入れているそうなのだが、私としてはこのまま学院に通ってもらいたいと思っているのだが、あなた方の意見を聞かせていただけないかな?」

 

「構わないのではないかしら?

 不純異性交遊だったなら問答無用でそうしても良かったかもしれないですが、相応の事情があり、本人が考えての選択なら私たちが口を挟むことではないでしょう……

 それにラインフォルトとしましても軍から対騎神兵器の開発を求められているのでシュミット博士にはそろそろ戻っていただきたいですから」

 

 そう言ってイリーナはこれまでの半年に渡るシュミットの行動を思い出してため息を吐く。

 彼は正式にラインフォルトの人間と言うわけではないが、技術開発と言う契約をルーレ工科大学と交わしているのでその関係は深い。

 対騎神兵器についてはラインフォルトの技術者だけでは力不足と見ているイリーナにとってリィンの提案は渡りに船とも言える。

 

「私としてもリィン君の休学については賛成です……

 というのも七月には一度断りましたが、テロリストや猟兵が所有する騎神に対抗するためにリィン君を憲兵隊の任務に参加してもらおうという“要請”をオズボーン宰相から提案されていまして」

 

「それはあまりにもリィン君に対して無体ではないでしょうか?

 彼は帝国、ノーザンブリア、そしてクロスベルと立て続けに英雄的な行動を行ってきました。賞賛こそしても、ここでリィン君の休学を認めれば、余計な邪推の矛先は我が校にも向かってくるかもしれないでしょう」

 

 肯定的なイリーナとレーグニッツに対してルーファスは別の意見を述べる。

 味方を得たことにオリヴァルトは安堵し、口を開く。

 

「ルーファス君が言った通り、リィン君は度重なるテロと異変に対し誰も成し得ないことを行って来た……

 そもそもの発端が私たちが用意した“特別実習”による事であり、リィン君はそれに私たちの予想を遥かに上回る結果で答えてくれた結果だとするのなら、私達にも責任の一端はあると言えるだろう……

 そもそも君たちは迫害されるだろう赤子を放置したと報告されたら、どうリィン君を評価していたのだろうね?」

 

「それは……」

 

「…………」

 

 もしもの話をされてしまえばレーグニッツとイリーナは口を噤む。

 それぞれ大きな立場の人間だが、だからと言って赤子を見捨てろと言える程に人でなしと言うわけではない。

 

「しかし理事長。何の案もなくリィン君を特別扱いするのは私達はともかく他の生徒達が納得しないでしょう。それについてはどうお考えで?」

 

「その事なのだが――」

 

「失礼します」

 

 それに答えようとしたところで会議室に一人の生徒が入って来た。

 

「おやトワ君、ナイスタイミング」

 

「そうですか……あのこれが頼まれていたものです」

 

 朗らかに出迎えるオリヴァルトに対してトワは列席している学院の重鎮たちに恐縮した様子で頼まれたリストをオリヴァルトに渡す。

 

「理事長。それは?」

 

「実は生徒会長のトワ君に学生たちの署名を頼んだのだよ……

 ナユタ・シュバルツァー君を第三学生寮で育てることを認める、並びにリィン君が学院に残留することを願う生徒達のね」

 

 ヴァンダイクの問い掛けに応えながらオリヴァルトは渡された署名のリストを素早く確認する。

 

「おや……この量はもしかして?」

 

「はい。全校生徒、みんなに署名を貰えました」

 

 何処か誇らしげにトワはオリヴァルトの呟きに答える。

 

「それはそれは……てっきり貴族生徒は渋ると思っていたのだが」

 

「ええ、ですがクリス君やラウラさん、それにアンちゃ――アンゼリカさんが率先して説得してくれました……

 それにノイちゃんやリンちゃんの前例もありますし、何よりリンちゃんには生徒会の仕事だけじゃなくいろんな生徒、それに教官たちも悩みを解決してもらってましたから」

 

「はは、なるほど……確かにすでにリン君達が学院に馴染んでいるのだから今更な話だったか」

 

「では理事長?」

 

 促すように声を掛けてくるヴァンダイクにオリヴァルトは頷いて常任理事の三人に向き直る。

 

「どうかね? 生徒全員がナユタ君とリィン君を受け入れている……

 問題が起きたのなら、またこうして会議をすれば良いと思うのだがひとまずは私の顔を立てるということでリィン君の学院の残留を認めてもらえないかな?」

 

「良いでしょう。反対意見が上がらないと言うのならとりあえず様子見と言う事で」

 

「ですが、今後憲兵隊の任務を“要請”することがあるかもしれませんが、それについてはどうお考えですか?」

 

「それにこのまま彼が学院に残るとなると、彼の故郷であるユミルにも警戒が必要ではないでしょうか?

 リィン君は二度に渡り、テロリスト達の暴挙を防いでいます。それを逆恨みしてユミルを襲わないという保障もないでしょう?

 リィン君に学業を全うしてもらいたいのならそちらの警備も強めておくべきでしょう」

 

 イリーナは認めてくれたものの、レーグニッツは憲兵隊の要請のことで渋り、ルーファスは万が一を想定しリィンが休学しない場合の懸念を提案する。

 

「うん……そのことについて先程のリィン君とクリス君の護衛について被ることでもあるのだが……

 実は宰相閣下にこんな提案をされたのだよ」

 

 そう言ってオリヴァルトはため息を吐く。

 

「ユミルに関してはノーザンブリアからかつて《北の猟兵》だった者達を数名警備としてユミルに派遣してもらうように宰相閣下が直々に交渉するらしい……

 そして二人の護衛に関しては先月に続いてもう一人Ⅶ組に生徒を一人編入させてみないかと提案されたのだよ」

 

 そう言ってオリヴァルトはトワに頼んで、その編入生の資料を配る。

 

「シャーリィ・オルランド……

 通商会議の際、宰相閣下が《帝国解放戦線》を警戒して雇っていた猟兵団の一人だ」

 

「ああ、彼女ですか……彼女ならばユミルで二人と顔を合わせているので適任でしょう。実力も申し分ないですし」

 

「ルーファス殿はこの子のことを知っているんですか?」

 

「ええ、私がリィン君とクリス君の家庭教師を引き受けた時にちょうどユミルに慰安旅行に来ていた猟兵団が《赤い星座》でしたので」

 

「慰安旅行……《赤い星座》が……」

 

 似合わない二つの言葉にレーグニッツは何とも言えない表情をする。

 

「で、ですが貴方は先程平民の入学を反対していたはずでは?」

 

「私は別に平民を蔑ろにしたいわけではありませんよ……

 ただ貴族生徒と平民生徒で区別をつけるべきだと、そう申しているだけです……

 その点彼女はすでにプロとして猟兵団の中で活躍しているので弁えてくれるでしょう」

 

「むう……」

 

 譲歩とも取れるルーファスの言動の真意を探ろうとレーグニッツは唸り――

 

「――失礼します」

 

 それを遮るようにベアトリクスが会議室に現れた。

 

「先程、帝都病院からリィン君が目を覚ましたと連絡が入りました」

 

 

 

 

 

「っ……一体何が……」

 

 覚醒して最初に感じたのは左目の疼きだった。

 手で押さえながら体を起こし、辺りを見回せばそこは見覚えのある病室。

 帝都ヘイムダルの病院だと察するが、リィンは何故自分がそこにいるのか記憶を振り返る。

 

「確か……クロスベルでカルバード製の導力爆弾を処理するために空に行ったはず……」

 

 周囲の水と大気を取り込み連鎖させる爆弾の処理に大気圏外まで出たことは覚えている。

 しかし、そこから先の記憶が曖昧だった。

 長い夢を繰り返し見ていたような感覚。

 しかも導力の炎に何度も焼かれるというあまり生きた心地のしない悪夢だった。

 

「ローゼリアさんとイオは……? それにここは帝都の病院だけど通商会議はどうなったんだ?」

 

 頭を振って悪夢の残滓を振り払い、リィンはベッドから体を起こす。

 

「体は……」

 

 軽い柔軟をして体の調子を確かめてみるが、特に異常はなくむしろ力が普段以上に漲っていた。

 むしろ漲り過ぎている状態にリィンは困惑する。

 

「ルフィナさん、これはいったい――」

 

 《聖痕》に向けて声を掛けようとしたところでドアがノックされリィンが返事をする前に開く。

 

「っ――」

 

 気配察知を疎かにしていたこともあり、リィンは思わず身構える。

 

「お、目覚めておったか」

 

 病室に入って来たローゼリアは起きているリィンを見て安堵の息を吐く。

 

「ローゼリアさんも無事だったんですね……

 ここは帝都の病院のようですが、あれからどうなったんでしょうか? もしかしてクロスベルは――」

 

「そこは安心して良いようじゃな。妾も昨日目覚めたばかりなのだがクロスベルは無事に守れたようじゃ」

 

「そうですか……でもどうして帝都の病院に?」

 

「うむ。驚くべきことにあれから一週間妾達は意識を失っておったそうでな……

 目覚める気配がなく、霊力消耗による過労ということでこちらに搬送されたらしい……

 イオは妾と同じ部屋だがまだ目を覚ましておらんな」

 

「そうですか……」

 

 一週間。

 そこに実感は湧かないがひとまず護衛の役割を、そして何の罪もないクロスベルの市民たちや各国首脳陣を守れたことにリィンは安堵する。

 

「それよりもお主は体は大丈夫なのか?」

 

「え……? それはどういう意味ですか?」

 

 徐に尋ねて来たローゼリアにリィンは首を傾げる。

 

「ふむ……自覚はないか」

 

 そう呟いてローゼリアは手鏡を取り出してリィンに向ける。

 

「これは……」

 

 ほのかな光を宿し、蒼く染まった左目にリィンは困惑する。

 

「その場におったゲオなんとかとやらが言うには、“フェンリル”の爆発力を取り込み“鋼”のプロセスをなぞらえて“雲の至宝”へと昇華させた、そう叫んでいたと妾は聞いておるが」

 

「ゲオ……いや……“雲の至宝”……」

 

 その場にいて命名した誰かから、意識を引きはがしてリィンは左目を手で押さえて自分の内面に意識を向ける。

 

「…………たしかに箱庭に今までなかった“力”の存在を感じます」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ええ、幸いノーザンブリアでの一件でいざという時は箱庭の内包世界を大きくすることに設定させていたので力で体が破裂するようなことはありません」

 

 リィンは目を抑え、意識して“力”の源泉と体の繋がりを制限する。

 左目に宿る光はそれに伴い小さくなって消える。

 それを見届けてローゼリアはそれまで張り詰めていた息を大きく吐き出した。

 

「“鋼”と同等ならば“闘争の呪い”によって暴走するのかと思ったが、大丈夫そうじゃの」

 

「“闘争の呪い”は二つの眷属の願いがぶつかり合ってもたらされたものですからね……

 至宝級の力と言っても、力の原型は信仰のない爆弾ですから、そういった残留思念に突き動かされることはなさそうです」

 

「ぐふ……」

 

 図らずも二つの眷属が“呪い”の原因だということを証明することになり、ローゼリアは胃痛を感じて蹲る。

 

「しかしあれじゃな。“黄昏”に向けて明確な切り札ができたことは喜ばしいことじゃの、うん」

 

「…………どうでしょうね」

 

「何じゃ浮かない顔をしておるな? もっと喜ばんか?」

 

「以前言われたことがあるんです。《鬼の力》に頼る様になったら俺の成長はそこで止まるって……

 確かにこの“力”を使えば今後の戦いは楽になるかもしれないですけど、そもそも“力”の規模が大き過ぎて扱い切れるか」

 

「…………たしかに妾も“聖獣”となってからその力を十全に使いこなせるようになるまで十年掛ったのう」

 

 浮かれていた思考を引き戻してローゼリアは反省する。

 

「十年……」

 

 その実感の伴う言葉にリィンは唸る。

 

「参考までに聞きますが、アリアンロードさんはそういう使いこなせていない隙を見逃すような人ですか?」

 

「うむ、それはありえん」

 

 即答の断言にリィンはですよねと頷く。

 

「しかし得てしまったものはどうしようもあるまい?」

 

「そうですね……」

 

 この二年で果たしてこの“雲の至宝”の力を完熟させることができるか。

 

「いっそのこと“雲”の力も七つに分割するか」

 

「うん?」

 

 突然言い出したリィンの提案にローゼリアは何を言っているのだと首を傾げる。

 

「“鋼”と同じ性質を持っているなら魔女の技術で“力”を分割できますよね?

 博士たちが新しい器を作っていますし、“核”にするのにはちょうど良いんじゃないでしょうか?」

 

「うん……待て」

 

 あっさりときつい提案をしてくるリィンにローゼリアは待ったをかけて深呼吸をする。

 

「それはつまり現代で“七の騎神”を造るいうことか?」

 

「別に騎神に拘らなくても良いんですけど、とにかく力を分割して少しずつ“雲”の力に慣らしていく方が現実的だと考えただけです」

 

 七分割のされた内の一つなら、《鬼の力》とのバランスを崩さずに手綱を取れるだろう。

 思い付きにしては良い提案なのではないかとリィンは頷く。

 

「それに強過ぎる力は“塩の杭”のように空間を壊してしまいますから」

 

「ううむ……」

 

「それとも出来ませんか?」

 

「できる。できるのだがのう……妾一人でそれをやれというのは……」

 

 簡単に言ってくれるが“七の騎神”を作り出した技術は魔女が持てる全てを費やして作り上げた術式。

 それこそ長だけで作成し、起動させたわけではなく。

 相応の人員を導入してようやく至らせた最高の魔法なのだ。

 

「それをやるならば最低限妾の他にヴィータクラスの魔女の補佐が三人は必要じゃな」

 

「エリンの里にはいないんですか? それにエマやセリーヌは?」

 

「残念ながら今の里に“鋼”を分割できるほどの術者はおらん。エマもセリーヌも無理じゃ……しかし、まあ何とかしてみよう」

 

 渋るローゼリアだったが、それでもリィンの提案を頭から否定せずに受け入れる。

 

「無理なら別の案を考えますが?」

 

「やると言っておるのだ! 言ってみればこれは先代への挑戦でもあるのだからな」

 

 ローゼリアは拳を握り締めて燃える。

 先代の突然の死からなし崩し的に引き継いでしまった役割。

 これまでずっと起動者や騎神たちのやらかしの監視やら尻拭いばかりが仕事だっただけに新たな挑戦は、かつてできなかった先代を超えるモチベーションとなってローゼリアはやる気になる。

 

「とりあえず今から妾は里に戻って古文書を紐解くとするかのう。差し当っては一ヶ月くらい時間をもらえるか?」

 

「ええ、それは構いません」

 

「うむ……」

 

 鷹揚にローゼリアは頷くと、徐にリィンの肩に両手を置いて顔を近付けてこう言った。

 

「最後にこれだけ言っておくが……気をしっかり持つのだぞ」

 

「え……?」

 

 不穏な言葉にリィンは疑問符を浮かべるが、関係なくローゼリアは続ける。

 

「すでに妾は昨日の時点で…………がくがく、ぶるぶる……と、ともかく気をしっかり持つんじゃぞ」

 

 しかし最後まで言うことはできずローゼリアは同じような唐突さで踵を返して病室から出て行った。

 

「…………何だったんだ?」

 

 嵐のように去っていったローゼリアにリィンは首を傾げ、その答えはすぐに現れる。

 

「お話は終わりましたか兄様?」

 

「っ!?」

 

 ローゼリアと入れ替わるように病室に入って来た義妹、エリゼの笑顔にリィンは思わず緊張に体を固くする。

 

「え……エリゼ……どうしてここに?」

 

「何を仰っているんですか兄様? ここは帝都の病院で今は夕方なのですからお見舞いに来るのは当然のことじゃないですか」

 

 言葉は丁寧だがそこに込められたプレッシャーは筆舌に表現できない程の大きい。

 

「兄様……そこに正座をしてください」

 

「いや、エリゼ。俺は病み上がりで」

 

「正座をしてください」

 

「はい……」

 

 エリゼの進言にリィンは条件反射のように従って、お説教が始まった。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り8月29日。

 西ゼムリア通商会議が始まったその日の夜、ヴィータはトリスタの街にいた。

 

「まったくどういうつもりかしらね」

 

 帽子に眼鏡とラジオパーソナリティーとしての姿をしているヴィータは相変わらず出ない導力通信の相手に愚痴をもらす。

 

「やっぱりこういう時は導力技術も役に立たないわね」

 

 ため息を吐き、いつまでも繋がらない戦術オーブメントと一体となっている通信機から耳を放す。

 先月の帝都の事件からどうにも連絡がうまく繋がらなくなっていることにヴィータは言いようのない不安を感じる。

 派手にやり過ぎた帝都での一件のことを諫めることと、当分は大人しくしていろという念押ししているのだが三日前に交わした通信越しの言葉に不安が掻き立てらる。

 

「どうしてこうなったのかしらね……」

 

 思わず愚痴を漏らし、三年前のことを思い出す。

 あの頃はまだ可愛げがあった。復讐を誓ったとしても修羅になり切れていない人間らしさがあった。

 しかし起動者になってから少しずつ、それこそヴィータが気付かないくらいに少しずつ彼は変わっていった。

 果たして三年前の彼は自分の復讐のために、無関係な人間を貶め、誰が何人死のうが気ににも止めない“外道”だっただろうか。

 

「私は“彼”をちゃんと導けたのかしら?」

 

 思わずこぼした愚痴は彼へのものではなく、自分に向けたもの。

 らしくないとヴィータは苦笑してその思考を振り払い、自嘲する。

 

「らしくない。私は“悪い魔女”なのよ」

 

 見えてきた目的地、トールズ士官学院第二学生寮を見てヴィータは魔女としての意識を切り替える。

 目的は31日、通商会議の本会議に合わせて行われる帝国解放戦線のガレリア要塞襲撃について釘を刺すため。

 箍が外れかかっている彼に魔術で精神を鎮静させる。

 でないと今の彼は“呪い”を発現させてしまう予感があった。

 

「ふふ、直接訪ねたらどんな顔をするかしらね」

 

 いたずらっ気のある笑みを顔に作り、前から歩いて来る男とすれ違い――小さな銃声が響くとヴィータはその場に膝から崩れ落ちた。

 

「なっ……」

 

 不意打ちで撃たれた腹部を抑えヴィータは呆然とする。

 

「ふふ、こんばんは。《蒼の深淵》殿」

 

 蹲ったヴィータを見下ろすのは、ヴィータにとって見覚えのある壮年の男。

 

「アルベリヒ……工房長……?」

 

「今君に《蒼の起動者》に接触されるのは困るのだよ」

 

 ヴィータの呟きに応えず男は一方的に告げる。

 

「安心したまえ、流石に私も使徒を殺すつもりはない。ただ大人しく拘束されてもらえますかね?

 道化師たちには心労で倒れたと私の方から連絡をしておきましょう」

 

 ぬけぬけと言葉を並べる男にヴィータは苛立ちを感じ、そして確信する。

 

「そう……そういうことだったのね……工房長。貴方が地精の――《黒》の奴隷だったわけね」

 

「奴隷とは人聞きの悪い」

 

「だけどここで私を抑えてどうするつもりかしら?

 《黒の史書》の預言を成就させるなら、内戦で私が凱歌を歌わなければいけないはず」

 

「それについても問題はない。出て来なさいイソラ」

 

「え……?」

 

 彼の口から出て来た名前にヴィータは固まる。

 そうしている間に彼の背後から現れたのは妹と同じ髪の色をした小さな女の子だった。

 

「紹介しよう。《OZ80》イソラ・ミルスティン……

 君の代わりに《蒼》の起動者を補佐し、武器となり、凱歌を歌える魔女の因子を持つホムンクルスだ」

 

 幼い頃の妹の面影を持つ少女は無言無表情で佇んでいた。

 そのホムンクルスが誰を由来にして造り出したのか、ヴィータから見れば一目瞭然だった。

 故に――

 

「ア……ア……アルベリヒッ!!」

 

 次の瞬間、傷を癒すための治癒術やそのための時間稼ぎの会話も忘れ、ヴィータは激昂して蒼い杖を手に呼び出し、一帯を覆い尽くす巨大な魔法陣を作り出す。

 

「ふっ……」

 

 男は不敵な笑みを浮かべて指を鳴らすと、それを合図にしてヴィータは撃たれた傷から血が噴き出し、周囲を覆い尽くした蒼の魔法陣は霧散して消えた。

 

「がっ……がは……」

 

 血を吐き出しヴィータはその場に倒れる。

 

「おやおや、無理をするからそうなる。だが安心すると良い。君の“幻焔計画”は私が責任を持って引き継ぐのだから」

 

 そう言って男は蒼い仮面を持ってヴィータに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 








選手交代

シャーリィ
「うーん……何か違うんだよな」

シグムント
「どうした何が不満なんだ?」

シャーリィ
「ほら、さっき《黒月》と一緒にいた《銀》がいたでしょ?
 リベールで会った時は冷たいカミソリみたいで結構そそられたんだけど、今は何か《風の剣聖》みたいな感じになって血生臭さがなくなっちゃったみたいでなんか拍子抜けしちゃってさ……
 弱くなったわけじゃないんだけど、何か気持ち良く“殺し合い”できそうにないみたいな感じでなんかなー」

シグムント
「なるほど……それでお前はこれからどうしたい?」

シャーリィ
「うーん。このままクロスベルに残るのも良いけど、帝国の方も面白いことになってるみたいだよね……
 いい感じに箍が壊れている奴等がいるし、リィンの周りはこれからもっと面白い戦いが起こりそうだし」

シグムント
「ならお前だけでも帝国に行くか?
 ちょうど鉄血宰相からクリスの小僧とリィンの護衛をしないかとお前に打診が来ている」


 *


アリアンロード
「意外ですね。貴方は今回の計画には参加しないと聞いていましたが」

痩せ狼
「はっ……気が変わっただけだ。クロスベルに《銀》がいるって言うなら遣り合う機会があるかもしれないからな……
 ジンの奴に負けっ放しって言うのも趣味じゃねえが、リィン・シュバルツァーが順調に腕を上げているってなら俺も《銀》くらいは喰っておかねえと思っただけだ」









 本日の話をまとめると
「合同特別実習のリザルト」「雲による七の騎神計画」「ヴィータさん、胃に穴があく」の三本でした。





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