T S 転 生 物 作:ブラバ界のレジェンド
「今宵はドッキン!! ラブデスボンバー!!」
広場の中央に用意された、お手製の小さなステージ。その上には先程別れたばかりの、借金をタテに身体を売らされている少女ソネットが一人、晒し者の如く立たされていた。
ステージの脇には先程ソネットを連れて行った、ガラの悪いオッサンがメガホンを握り、広場全体に語り掛ける。
「今日もソネットが来てくれたぜ! ロリコン糞野郎ども、存分に興奮しやがれ!」
うおおおおおおお!!
そのオッサンの掛け声に合わせ、一人舞台の上に立たされていたソネットが顔を上げて前へと歩き出す。
そして。
「聞いてみんな! 私の今年の新曲、”今夜はドッキン!! ラブデスボンバー!!” 歌います!!」
「いいぞー!」
「ソネットちゃーん!!」
今夜はドッキン!! ラブデスボンバー!!
リースの夜に訪れた 不敵な最凶暗殺者 (ウフフッ)
史上最低のテロリズム 場所を選ばず仕掛けるの
そう、私は
巡り合ったが最期 避けられぬ定め (爆死・殲滅)
この世は既に
無粋な
それが それが それが カ・イ・カ・ン
今夜はドッキン!! ラブデスボンバー!!
「なぁにこれ」
俺は、確かあの少女を救うため。決死の覚悟で売春現場に突入した……のであるが。
俺の目の前で繰り広がったのは、明るく派手な衣装を着たソネットが、歌って踊って不良共に熱狂されている光景だった。
「なぁにこれぇ」
「御存じ、無いのですか?」
その意味不明過ぎる状況に思わず呟いた言葉に、俺が案内された立見席で隣に居た兄ちゃんが反応して来る。
「彼女はソネットちゃん。父親のこさえた借金の返済の足しのするべく、日々ああやって俺らみたいな社会の底辺の前でライブに来てくれる正真正銘の女神なのです!!」
「……地下アイドル?」
「アイドル、ですか。そうですな、あの子は俺達のアイドル。俺達もあの娘の為になるならと、おひねりを用意して毎週この日は集まるのです」
「……そっか」
俺は少し心配し過ぎていたようだ。色々と、本当に色々とツッコミたい事が多いけれど。彼女は虐げられてなんかなく、むしろ皆に愛されているらしい。
随分と良い笑顔でソネットは歌を歌っている。きっと、人前で歌うのが好きなのだろう。
ああ、恥ずかしい。どうやら俺の助けは、必要なかったようだ。
「ところで、お嬢ちゃん」
「……なに?」
もうこの場所に用はない。俺は出口へと向かうため立ち上がった。
その瞬間、誰かに肩を掴まれ————
「こんな時間にこんな場所へ、1人で来たのかい?」
「オウ嬢ちゃん、そのまま帰れると思ってんのか?」
「ひゃーはっはっは! 新鮮な幼女だぁ!」
チンピラ共に囲まれてしまった。
「……あはは。結局君、広場に来ちゃったんだ。引き返した方が良いよって、忠告してあげたのに」
「……おーまいがー」
俺は寝間着姿。
繰り返す、俺は寝間着姿である。人気のない場所で魔法の練習がしたかっただけだから、他人と会う事など想定していない。
ピンクのパジャマにぶかぶか帽子を被ったとても眠たい恰好で、俺はステージ上に連行されてしまった。ここで一体何されるんだろうか。何をさせられるんだろうか。
「ああ、別に酷い事は去れないから安心して良いよ。多分、一曲歌わされるんじゃないかな?」
「……声出すの、苦手」
「みたいだね。まぁ、酔っ払いの無茶ぶりだからへたっぴでも問題ないよ。君のママが歌ってくれた子守歌でも、精一杯声出して唄ってみればいい。こんな場所に乗り込んできた君の自己責任さ」
「……はぁ」
俺はなんてアホだったんだろう。ガラの悪い酔っ払いの巣窟に1人乗りこんでしまうなんて。でも、ステージで歌わされるだけで返してもらえるなら幸運なほうか。
人攫いに売られないだけ幾分かマシだ。
「ヘーイ!! 身の程知らずのガキンちょが、俺達の宴に乗り込んできたぜ! その蛮勇に敬意を表して、これから彼女にステージの時間を与えたいと思う! みんな盛り上げていくぞぉ!!」
「ひゃっはああああ!! 新しい幼女だぁぁぁぁ!!」
「生きの良い新鮮な幼女だ! たまらねぇぜ!!」
「俺はソネットちゃんの歌が良いぞコラァ!!」
……メガホンを持った司会のオッサンがステージの脇から叫んでいる。やっぱり歌わされるのか。
「……そうしてもキツかったら、私も途中から乱入して助けてあげる。気楽に唄えばいいよ、マナちゃん」
「……はぁ。そうする」
そう言って、ソネットはステージの脇へと去って行った。ステージ上で独り立っている俺を、皆が凝視している。
前世の宴を思い出すな。闘いの後はいつも、生き残った皆で大宴会をやったものだ。散っていった戦友への手向け、生き延びた喜び、守れた家族への愛。様々な感情が渦巻き、それを一晩で洗い流して日常へと戻るための、戦人にとっては大事な儀式。
俺も、宴会の場で盛り上げるために舞台に立ったこともある。そして決まって、この歌を歌ったものだ。
俺の歌えるレパートリーなんて、アレしか無い。少し空気を読めてないかもしれないが、歌わせてもらおう。
「……歌います。……進撃せよ、リースの誇りを胸に」
散っていった友を弔う、軍で流行っていた懐かしの歌を。
進撃せよ、リースの誇りを胸に
恐怖に震える 家族の頬に 涙を拭いて 手を当てる
聞かせてみせる 勝利の凱歌 愛しい宝を 守るのだ
あぁ リース攻勢騎士団 不敗の軍団
我が命は戦友を守り 戦友は我が家族を守る
ならば友よ 我が言葉を 愛する人に 伝えて欲しい
リース千年の誇りをもって 我は退かずに戦い抜いたと
さらば友よ また会おう また会おう
「……軍歌?」
「って言うか歌うま!?」
「なんて透明感のある、心地よい歌声なんだ……」
「スゲェ。キッチリ感情を歌に乗せて、それでいて音程を失っていない」
「何者だあの幼女!? ソネットちゃん以上の逸材が出てきやがった……」
一曲歌い終わった俺の耳には、ステージの端々から賛美の声が響く。当然だ、グスマンとして生きていた前世では”美声公”と渾名されたのだ。大きな声が出なくなったとはいえ、歌唱力を舐めて貰っては困る。
ふふふ。久々のステージではあるが、いい感じに唄えて満足だ。
「コイツは驚いた!! なんて見事なステージなんだ、おりゃあてっきり童謡でも聞かされるのかと反吐を吐いていた所だったのに!」
「……ども」
「おう、聞いてみろよこの大歓声。みんながアンコールを望んでいるぜお嬢ちゃん、どうだここはもう1曲────」
ふむ。一曲だけで帰るつもりだったが、この盛り上がりは放っておけないかな。
“軍歌のグッさん”と呼ばれた俺の宴会部長としての血が騒ぐ。よし、ここはもう1曲歌うと────
「ちょ、ちょっと待ったー!!」
そんな俺のステージに割って入ってきた、無粋な声。
何奴だ!?
「きょ、今日は私のステージの日なんだけど!? お捻りが少ないとお姉ちゃんに叱られちゃうんだから、君はそろそろ帰ってもらえないかな!」
「おーっと、ここでソネットちゃんの乱入だぁ! コレは面白い、ステージで幼女が2人睨みあいをしている!」
おお、お前か。忘れてた。
ソネットちゃんとやらが、闘志を剥き出しにしてステージに割って入ってくる。どうやら、彼女にも譲れないプライドがあるらしい。
「……くく、このステージが欲しければ奪ってみよ」
「言ったな!? 年下と思って油断してたけど、もう君を子供とは見なさない! 私の
「……愉快なり。受けて立つ」
彼女の挑発を受け、俺もクールなポーズをとる。宴会部長として、こんな美味しい場は譲れないのだ。
そして急遽開催された、俺とソネットの歌合戦。その晩、美声と愛嬌で聴衆達を大いに盛り上げ、たくさんのお捻りが宙を舞ったのだった。
そして、明朝。帰らないと、怒られてしまう時間帯。
「……うおお」
「ふん。お捻りの額では私の勝ちなんだからね」
別に俺はお金が目当てでは無かったのだが。ただ、宴会で騒ぎたかっただけなんだが。
俺の目の前には、ウチのパン屋の1日分の売上金と同じくらいの額が転がっていた。
「……どないしょー」
「……はぁ。お金目当てじゃないなら、早々に帰って欲しかったんだけどなぁ。私、借金返さないと奴隷落ちするんだけど」
「……すまんかった」
ソネットちゃん、やや怒り気味である。そりゃそうか、稼ぎ場にいきなり割って入ってきた商売敵が、憎くないわけがない。
「いや、ソネット落ち着け。今日の稼ぎは減っただろうが、コレは定期開催する価値があるぞ」
悪いことをした。今日の俺の稼ぎは全てソネットちゃんに譲ろう。そう思い、怖ず怖ずとお金を集めていた矢先、司会をしていた柄の悪い男が話しかけてくる。
「今日の盛り上がりは、中々だった。ソネットの取り分だけだと減ってるかもしれんが、2人合わせた収入は普段の1.5倍はある」
「そりゃ、胴元のアナタはそっちの方が良いんだろうけどさ」
「コレを定期開催した方が、ソネット、お前にとっても良い。ショバ代を負けてやるよ、6割から4割に減らしてやる。それで、お前も今日は黒字だろ」
「……え、良いの?」
「おう。盛り上がってくれた方が、飲み物の売り上げも伸びるしな。純利益も増えれば、お前らに落ちる額も増える。ここに居る3人、みんなハッピーって訳だ」
……定期開催?
「そー言う訳だ。おい、嬢ちゃん。お前、来週も同じ時間にここに来い」
「……え」
「ショバ代4割……借金返済……。ま、マナちゃん!! 来週も来てくれないかな!? 私を助けると思って!」
「……ふぇぇ?」
待って。来週もコレやるの? 1日限りの宴のつもりだったんだけど!?
「まぁ……断るなんて馬鹿な事を言わねぇよな? ウチの若い衆、何するか分かんねぇぞ?」
「……お願いマナちゃん!」
「……おーまいがー」
その日。俺は両手で溢れんばかりのお金を持って帰宅し、処遇に困った挙げ句庭に埋めておくことにした。きっといつか役に立つ日が来るだろう。
こうして。パン屋の看板幼女だった俺は、親に黙って深夜にいかがわしいバイトをする水商売の女になったのだった。
反逆者の末路というのは、何時の時代も哀れなモノだ。
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