「……遅い、自分で話があると呼んでおきながらお嬢さまを待たせるなど……」
スーツを着た人物――プロデューサーは部屋へと入るなりちとせと千夜にまず遅れたことへの謝罪をしたのだが、千夜は主を待たせたことへの不満が収まらないようだ。
一方のちとせはというと穏やかに笑っている。
「まあまあ、謝っているんだし許してあげましょう、千夜ちゃん」
「しかしお嬢さま……」
「私たちだけの魔法使いではないのだから、仕方のないことでしょう?」
「……分かりました、お嬢さまがそうおっしゃるのなら」
ちとせに諭され、千夜は不満を口にすることをやめた。
プロデューサー側に仕事の打ち合わせが長引いたというきちんとした証拠があるのも大きいだろうか。
「それで、わざわざあなたが呼んだということはお仕事のことかしら?」
ちとせに問われるとプロデューサーは頷いた、二人を呼んでいるということは彼女たちのユニットで仕事ということなのだろうか。
「次の仕事……ですか、まあ私はどんなものであろうとお嬢さまのために……え、違う?」
どうやら二人での仕事ということではないらしい、つまり……どういうことだろうか。
不思議そうなちとせ、困惑している千夜を尻目にプロデューサーは部屋の出入り口まで再度移動すると、廊下で待機していたと思われる人物を呼び込んだ。
「ごきげんよう、ちとせさん、千夜さん」
部屋に入ってきたのは、淡い桃色の長い髪をなびかせた優雅な雰囲気を持つ少女だった。
気品も感じさせる佇まいからは育ちの良さも窺える。
「ごきげんよう、琴歌ちゃん。もしかして次の仕事で一緒になるのはあなた?」
「ええ、私からぜひにとお願いしましたの」
「お久しぶりです。……なるほど、たしかにお嬢さまに相応しい方です」
千夜も納得している様子であるが、プロデューサーは首を横に振り琴歌が誰と仕事をするのかを告げる。
すると、千夜の表情が変わりプロデューサーを睨みつけた。
「お前……! 私のような人間に西園寺のご令嬢の相手が務まるはずが――」
「そんなことありませんわ、千夜さん。そもそも、私があなたを指名させていただいたのですから」
千夜の言葉を遮るように琴歌は自分が望んだことであると伝えた、一切の迷いもなく笑顔で。
自己評価が異様に低いからか、千夜は彼女の言葉に驚き絶句している。
琴歌が自分の内に何を見出しているか分からないのだろう。
「さ、西園寺……様……?」
「様なんてやめてください、それに琴歌で構いませんわ」
「……では、琴歌さん……なぜ私なのですか? お嬢さまではなく……」
本当に理解ができていないのだろう、千夜のポーカーフェイスは影を潜め先ほどからずっと困惑している。
そんな彼女の様子を気に留めることなく、琴歌は柔らかく笑った。
「それはもちろん、千夜さんが可愛らしいからですわ」
「…………え?」
普通、可愛らしいは褒め言葉で喜ばれるはずの表現であるのだが、自己評価の低い千夜には理解が難しいようだ。
アイドルとなり以前とは変わってきているのだとしても、千夜の自分は無価値であるという考え方は簡単には覆すことはできないのだろう。
「あはっ、さすが琴歌ちゃん。お目が高い♪」
一方のちとせは琴歌の選択を大いに評価しているらしい。
千夜の可愛らしさを見抜ける人物がいることをとても喜んでいる様子である。
「千夜さんもアイドルに、というちとせさんのご判断は正しいと思いますわ、千夜さんの可愛らしさを誰にも知らせずにいることは勿体ありませんもの」
「理解してくれて嬉しいなぁ、千夜ちゃんたら自分はいいって言って全然表に立ちたがらないんだから」
「まあ、それは本当に勿体ありませんわ!」
心からそう思っているのか、琴歌は両手を体の前でグッと握っている。
外見だけならば千夜はあまり表情を変えないポーカーフェイスの美しい少女といったところなのだが、琴歌は主であるちとせに振り回されている様子なども含めて総合的に見て可愛らしいと言っているのだろうか。
「私が……本当に琴歌さんとユニットを?」
なにやらまた考え込んでいる千夜であるが、そこへプロデューサーが声をかけた。
どうやらプロダクションが主催するライブで一緒に出演することになっているだけで、ユニット結成とまではいかないらしい。
以前から準備をしていた企画ではなく、琴歌の希望をちょうど叶えられる機会が近くにあったということなのだろう。
多くのアイドルが所属しているプロダクションだからできる今回限りかもしれないお祭り企画……といったところか。
「ユニットというわけではないのですね」
プロデューサーの説明を聞くと、千夜はほんの少しだけ安堵したような表情で息を吐いた。
ちとせとのユニット、時間は彼女にとって本当に特別なものなのだろう。
「はい、そういうことなので少しだけ千夜さんをお借りさせていただいてもよろしいでしょうか、ちとせさん?」
「もちろん、千夜ちゃんと琴歌ちゃんのステージ……私も楽しみにしてるね♪」
「ありがとうございます、西園寺琴歌……精一杯がんばりますわ」
琴歌は満面の笑みで感謝の言葉を口にする。
これほど喜んでくれるのならば、主であるちとせも嬉しいことだろう。
「それで……私と琴歌ちゃんは良しとして、千夜ちゃんはどうするの?」
「……お嬢さまが良いとおっしゃるのならば――」
「ダーメ、私が命じたとかじゃなくて、千夜ちゃんがどうしたいのかちゃんと聞かせて」
自分の言葉を理由にしようとする千夜の言い分をちとせは遮った。
彼女自身の意思が感じられないのならば、琴歌に対しても失礼だからだろう。
「私は……琴歌さんとステージに立ちたいです」
琴歌を一瞥してから、千夜は自分の気持ちをちとせに伝えた。
その表情はいつもと変わらないはずなのだが、どこか高揚しているようにも見える。
そんな彼女を見て、ちとせも満足そうな優しい笑みを浮かべた。
「うん、楽しんできなさい。あ、でも、琴歌ちゃんの方がいいなんて言って浮気したらダメだよ?」
「それだけはありえません、私は貴方の僕なのですから」
「……よろしい」
からかうように笑っていたちとせは、千夜の言葉を聞くとすっと真面目な顔になった。
ややオーバーな主従の会話にも見えるが、ちとせの表情は僅かに不満そうである。
「話もまとまったことですし、早速レッスンを始めませんか? 実は、プロデューサー様にお願いして空いているレッスンルームを使えるようにしておいたのです」
「え?」
「琴歌ちゃん、準備がいいね」
「時間は限られていますから」
琴歌の話を聞きながらプロデューサーは頷いている、ということは恐らく既にトレーナーにも話をつけてあるのだろう。
もしかすると、千夜と琴歌のスケジュールも参加する前提で仮のものを作ってある可能性もある。
「お前、まるで私の答えが分かっていたかのようだな」
千夜の反応は不服というものではなく、素直に感心しているように感じられる。
共にした時間は少なくとも、ある程度の予測は立てられるということに驚いているのだろうか。
「未来視でもしたかのような予測、たしかに魔法使いとも言えるような迅速な仕事だ。本番まで同様に進めることができるのか、見物ですね」
最後まで言葉にしてから、千夜は微かに笑った。
控えめではあったがはっきりとした笑顔だった。
そんな千夜を見ることができたからか、プロデューサーも嬉しそうに笑っている。
「一番なのは、あまりプロデューサー様のお手を煩わせないことだと思いますわ」
「そうですね、やるからには万事順調に進めたいところです。ですから、準備もされているのならばすぐにレッスンへ向かいましょう」
「ええ、よろしくお願いします。千夜さん」
「こちらこそよろしくお願いします、琴歌さん」
「ではプロデューサー様、早速レッスンへ行ってきます」
二人を見てプロデューサーは頷き、後で様子を見に行くと伝えた。
「できれば今後のスケジュールに関しても話し合いたい、どういった予定を組むつもりなのかを教えてもらえるのなら助かります」
千夜がスケジュールを少々心配しているようなので、プロデューサーは仮ではあるが一応作ってあると伝えた。
その日程では今日の千夜は予定確認とレッスンにしてあるとも。
「お前にはどこまで見えているのか、少々気になりますね」
千夜は不思議そうにプロデューサーを眺めているが、プロデューサー自身はこうなったらいいなと書いておいただけらしい。
「適当……まあ、言葉通りではあるか。それではお嬢さま、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
「お前はまた後で、だ。無駄のないスケジュールを組ませてもらう」
プロデューサーは迷いなく頷く、現段階でもそれなりに考えて作られたものなのだろうか。
そして、千夜と琴歌はライブに向けての雑談をしながら部屋から出て行く。
特に二人の間に問題もなさそうで、プロデューサーとちとせは心配する様子もなくその背中を見送った。
「行っちゃったね」
部屋に二人だけになると、ちとせが横目で見ながらプロデューサーに話しかけた。
プロデューサーは彼女の言葉にただ頷いた。
「これで良かったんでしょ? 私も一緒に呼んだ理由って、千夜ちゃんの背中を押してほしかったんだよね?」
隣に立っていたちとせは、プロデューサーの顔を見上げるように首を傾げた。
どうやら自分が役割を全うできたか気になっているようだ。
「期待以上? なら良かった♪」
プロデューサーは千夜だけ呼んで説明しても話が進まないと考えていたらしい。
確かにその考えは正しく、ちとせに言われるまで千夜は自分の答えを出さなかった。
「琴歌ちゃんと仲良くなれそうなのも安心したかな。私が一緒にいられなくなったら、西園寺の家にメイドとして雇ってもらうのもいいかもしれないね」
などということをいたずらっぽく笑いながらちとせは語る、しかしその内容自体はどこか暗い。
一緒にいられないと遠回しに表現しているが、二人がそうなるのはかなり特殊な状況であることは間違いない。
普通、あえていなくなる想定は一九歳でするものではない。
ということは、そう遠くない話……ということだろうか。
そして、プロデューサーは千夜がちとせ以外の誰かに仕えるとは思えないと口にした。
「……分かってる、今の千夜ちゃんはまだ私の僕であること以外を望まない。だからこそ、あなたの力が必要なんだよ、魔法使いさん?」
信頼している、とでも言うかのような笑顔をプロデューサーに向けるちとせ。
二人がユニットでデビューするとき、プロデューサーの能力を近くで見てからより信頼できるようになったのだろう。
「千夜ちゃんが自分だけの力で歩けるように、導いてあげて」
ちとせは自分のことは語らない。
アイドル活動を楽しく感じているのは間違いないのだろうが、あまり先の話はする気にならないということなのか。
プロデューサーはそんなちとせを心配そうに見つめている。
「どうしたの、なんか変な顔してるよ?」
プロデューサーの気持ちを知ってか知らずか、ちとせは穏やかな表情で語りかける。
「……え、私には会ってほしい人がいる? 千夜ちゃんの説得だけが目的ではなかったんだね。もしかして、一緒にライブに出ることになりそうな人?」
ちとせの予想に対して、プロデューサーは頷いた。
どうやら千夜と琴歌のように進めるつもりはなく、まずは相性的なものを見たいようだ。
「その子の名前は……うん、分かった。北条加蓮ちゃんね」