灯火   作:赤川3546

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千夜とプロデューサー

 事務室にノックの音が響く。

 プロデューサーがどうぞと返事をすると、千夜が部屋へと入ってきた。

 

「……お前だけのようですね、好都合です」

 

 スケジュールの話はレッスンが終わる頃に琴歌と共に既に終えている。

 だからか、千夜がやってきた理由が見えずプロデューサーは首を傾げた。

 

「スケジュールに不備があったか? いえ、そういう理由ではありません。少し気になることがあったので確認に」

 

 そう言うと、千夜はまっすぐにプロデューサーを見据える。

 なにかをはっきりとさせたいのか、どこか凄んでいるようにも見えてしまう。

 

「お嬢さまの体調について何か話は聞いていますか?」

 

 どうやらちとせのことのようだ、琴歌と共にレッスンをしたことでやはり主の体質に不安を感じたのだろう。

 しかし、それに関しては生活を共にしている千夜の方が把握しているはずである。

 

「……たしかに、お嬢さまはよく貧血を起こす体質であり朝に弱いのもそれが原因であろうということは知っています。一年の休学を必要としたほど体が強いわけでもないことも知っています。ですが、はっきりとした原因を教えられたことはありません。そういう体質だからとしか。だから、お前にならもしかすると話をしているのかもと思っただけです」

 

 知っているのなら教えてほしい、ただそれだけのようだ。

 だが、プロデューサーは首を横に振った。

 それを見て、少しだけ千夜は落胆したような表情になった。

 

「本当に聞かされていないのですか?」

 

 再度聞かれてもプロデューサーが首を縦に振ることはない。

 ただ、あまり体が強くないことだけは聞いていて心配はしているとだけ付け加えた。

 確信がないからか、あまり長くないことを匂わせる言葉を聞いていることは伝えないようだ。

 

「そうですか、なら仕方がありませんね。……やはり、体力がつくよう食事からアプローチをかけてみるべきでしょうか」

 

 千夜は食事による体質改善を考えているようだ、どこまで効果があるかは分からないが何もしないよりはいいはずだ。

 そして、もう用は済んだのかプロデューサーに背中を向ける。

 だが、何かを思い出したのかプロデューサーは千夜に声をかけた。

 

「『晩ごはん』のユニット名で琴歌さんとデビューするか、だと? お前……それは忘れろと言ったはずですが」

 

 千夜は怒気を含んだ目でプロデューサーを睨んだ。

 プロデューサーは冗談であることを強調しながら両手を上げる。

 

「まったく、冗談ならせめて笑えるものにしてほしいですね。そもそも笑わない? ふっ、人間観察が下手ですね。私だって笑っていますよ、お前に対しては嘲笑がほとんどかもしれませんが」

 

 今まさにほんの一瞬微かな嘲笑を浮かべていた千夜に対して、プロデューサーはいつか笑わせてみせると豪語した。

 が、しかし、それを聞いた千夜はため息で一蹴する反応を見せる。

 

「漫才師にでも転職するつもりですか?」

 

 呆れた様子の千夜から出てきた言葉に対し、プロデューサーはニコリと笑う。

 

「……相方のツッコミ役は私がいい? 冗談は笑えるものにしろと先ほど言ったばかりでしょう」

 

 千夜は再度プロデューサーを睨みつける。

 ただし、今回は二度目だからかプロデューサーも笑えないくらいでちょうどいいと言わんばかりの気にしないスタイルである。

 深く息を吐きながら千夜は視線を下に下げた。

 

「はあ……お前と話していると疲れます」

 

 そのまま回れ右をして帰ってしまいそうな雰囲気があったので、プロデューサーは急いで連絡事項を伝えた。

 急を要するようなものでもないが、伝えておくべき内容だ。

 

「……え、お嬢さまは人に会っているから帰りが少し遅くなる? ……そうですか」

 

 予想外であったのか、千夜の表情からは動揺がうっすらと窺える。

 そんな彼女の反応を見て、プロデューサーは口角を少しだけ上げた。

 嘲笑っているというよりは優しく見守っているという表現が正しい。

 

「その顔はなんですか、あまり見ていて気持ちの良いものではないですよ。お嬢さまと共にいられない時間に慣れておいた方がいい? それは……そうですね、今回の私のように別々で仕事をすることが増えていくのでしょうから。慣れておいた方が……」

 

 千夜の表情を見て不安を抱いたのか、プロデューサーは彼女に声をかけた。

 やはり、まだまだ千夜にとってちとせは欠くことのできない存在なのだろう。

 

「仕事の方はどうかと言われても……琴歌さんと共にいた時にも伝えたはずです、今のところは順調であると。そもそも、始まったばかりでどうもこうもないと思いますが」

 

 プロデューサーは首を横に振り、どういう意図の質問であったのかを伝える。

 要するに、ちとせ以外のアイドルとの仕事が始まってみてどう感じているかを聞きたいようだ。

 

「どう感じているか……と尋ねられて返答に困ります。まず、私はお嬢さま以外の方とそこまで深くは関わったことがありませんから。強いて言えば、琴歌さんとはそれなりに上手くやっていけそうだという漠然とした実感はあります」

 

 琴歌が千夜に対して好意的であるということ、そして千夜自身も琴歌の人柄を快く受け入れられているからこその実感だろう。

 ちとせに仕える身として、同じように名家の令嬢である琴歌は親しみやすい部分も多いのかもしれない。

 

「現状確認を大切に考えるのは良いことでしょうが、もう少し経過してからの方が私も正しい評価を下せると思います」

 

 千夜に賛同するかのように、プロデューサーは少し困ったような笑顔を浮かべた。

 彼女がちとせと一緒ではない新しい仕事に打ち込めているのか、どうしても気になってしまったのだろう。

 

「お前、過保護の気があるようですね。どうせ心配をするのならば、私などではなくお嬢さまが万全の状態で仕事に挑めるように気を使ってほしいものですが」

 

 千夜は自分のことはいいからといういつものスタンスである。

 ただ彼女は一つ勘違いをしている、過保護になる対象は一人だけに限らないのだ。

 何かしら懸念となる要素があるのならば、百を優に超える人数も全て過保護の対象になる。

 人数は状況に応じて変化するというだけ。

 

「……なるほど、お嬢さまに対しては当然であり、同時に私のことも気にかけている……ということですか。……え、更に琴歌さんたちも?」

 

 二人よりステージに慣れているとはいっても琴歌だって全て完璧とはいかない、だからこそ出演する全員に対してフォローの準備をしておく。

 それが自分の仕事というものだと言うようにプロデューサーは頷いている。

 本番に起きるアクシデントはそれこそ予想外のことばかりだろうが、それでも想定できることに対して準備を怠らないことがプロなのだ。

 

「ずいぶんと大変な仕事のようですね、プロデュースというのは」

 

 プロデューサーの話を聞いた上での、千夜の単純な感想。

 そんな彼女の話を聞いてプロデューサーも頷いている。

 しかし、その表情に憂いはなく笑顔を浮かべていた。

 

「すごく大変だけどその分楽しいから大丈夫……ですか、なるほど。あのステージを経験しているからこそ、私にも分かる気がします。あの高揚感や一体感や達成感のためになら努力ができる、それは裏でサポートをしている者にとっても同じということですね」

 

 プロデューサーは頷いた、スポットライトを浴びる側でなくともその場を作り上げ支えることがやりがいがあり楽しいのだと。

 そして、プロデューサーは改めて聞いた。

 千夜は今、楽しいのかと。

 

「……そうですね、今日初めてお嬢さま以外の方とレッスンをしたわけですが……不思議と高揚のようなものを感じていました。楽しかったのだと思います……お嬢さま以外の方とであっても……」

 

 上胸部に手を当て、自分の心を確かめるように千夜は言葉を紡いだ。

 彼女の思いを聞いて、プロデューサーも実に嬉しそうな表情をしている。

 そしてその表情を見て千夜はどこか不服そうである。

 

「そのニヤケ面はなんだ、始まったばかりだというのに気を抜くのは感心しませんね。先ほど偉そうなことを言っておいて、極々単純な見落としをすることになっても知りませんよ」

 

 どうやら千夜はちとせ以外とでも楽しいという言葉に喜ぶ暇も与えてくれないらしい。

 プロデューサーも気を引き締めなおそうという真面目な表情を作っている。

 それを見てから、千夜は一つ息を吐いてプロデューサーに語りかけた。

 

「心に灯った小さな火が……少しずつ大きくなっているのを感じています。以前、私はお前に変えられてしまったと言いましたが、本当は変わっている最中なのでしょう。そういった意味ではこれからどうなっていくのか……期待していますよ、プロデューサー」

 

 千夜は不敵に笑った。

 自分を客観的に見ているようでもあるが、自分の変化の先を楽しみにしているようにも見える。

 プロデューサーがしっかりと頷くのを見て、千夜はいつもの張り詰めたような表情へと戻った。

 

「それでは用も済ませたので私は帰ります、晩ご飯の準備をしなければいけませんから。……ええ、気をつけますよ。レッスンで疲れていますから当然です。それでは失礼します」

 

 プロデューサーの過保護な言葉を受け千夜はやや砕けた表情を見せると、すぐに背を向け部屋から出て行った。

 再度部屋に一人となったプロデューサーは少しやり取りを思い返しながら、嬉しそうに笑う。

 千夜が見ていたら指摘されそうな笑顔である。

 そして、プロデューサーは気持ちを切り替えると再度机に向かい作業を再開させた。

 

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