とあるハンバーガーショップの二階の窓際、差し込んでくる夕日を浴びながら二人の少女が会話をしている。
一人はちとせだ、長いブロンドの髪も白い肌も淡い赤色の瞳も夕日に照らされるとより一層神秘的である。
もう一人は鎖骨にかかる程度の長さの明るい茶髪を二つに結んでいる、そして瞳の色も明るい茶色だ。
ネイルに気を使っているのか、綺麗に手入れされた彼女の爪は夕日に照らされ煌いている。
彼女がちとせが会うことになっている北条加蓮だろうか。
どちらにせよ、二人とも色白の美少女であるのでかなり目を引く。
「ごめんね~、どうしてもポテトの新しいの食べてみたかったんだ」
「気にしないで、加蓮ちゃん。私あまりファーストフードのお店に寄らないから、新鮮で楽しいよ♪」
加蓮は自分の目的のためにここで会うことになったことを謝っているようだ、そして手馴れた手付きで会話の合間にひょいとフライドポテトを口へと運んでいく。
新フレーバーが気になり立ち寄るということはかなりポテトが好きらしい。
ちとせはもそもそとシンプルなハンバーガーを食している、口を開けた瞬間ちらりと鋭い牙のようなものが見えたように思えるが恐らく気のせいだろう。
「うーん、ちょっと微妙かな~。やっぱり塩が一番かなー」
加蓮はなにやら難しい顔をしながらそんな評価を下した。
悪いとまでは言わないが期待を超えるものではなかったようだ。
そんな彼女の様子を見て、ちとせは楽しそうに笑っている。
「加蓮ちゃん、ポテト好きなんだね」
「んー、そうだね、なんか病み付きになっちゃった感じ」
「ふむ……。うん、なんとなく分かるかも……?」
セットでついてくるシンプルなフライドポテトを食してみて、ちとせはそう答えた。
加蓮はその答えを聞いて実に満足そうに頷く。
「やっぱ美味しいよね、ポテトー」
「千夜ちゃんの料理には及ばないけど、こういうのも嫌いじゃないかな」
「その千夜って子は一緒にアイドルになったメイドなんだっけ?」
「まあそんな感じかな、厳密に言うならメイドじゃなくて私の僕ちゃんだけど♪」
「僕ちゃん……? 奈緒なら分かるのかな」
メイドと僕の違いがあまりよく分からないのか、加蓮は首を傾げている。
もし千夜がこの場にいたのなら、二人の関係性を解説していたのだろうか。
「奈緒?」
「あーそっか、まだ奈緒にも会ってないんだよね。奈緒はアニメとか好きでさ。なんていうか、自分ではツンツンしてると思ってるけど人の良さが滲み出ちゃってるっていうか……」
「なるほど、かわいい子なんだ」
なんとなく伝わったと言うように手をポンと叩くちとせ。
加蓮もそれだと言うように指を指す。
「そう、かわいいの。本人に会ったらちゃんと言ってあげて、すっごい喜ぶと思うから」
加蓮はいたずらっぽく笑った、なにか企んでいるように見えなくもない。
その反応から、ちとせはなんとなく察したような表情を浮かべた。
恐らく、奈緒は直接かわいいと言われることを好まないか物凄く照れるかのどちらかのタイプなのだ。
嫌がることをしようという表情には見えないことを踏まえると、奈緒は直球で褒められると照れてしまう性格なのだと推測される。
そうだとすれば、一応褒められて喜ぶことには喜ぶのだろう。
「加蓮ちゃんは、その奈緒ちゃんって子と仲がいいんだね」
「そうだね、友達で、仲間で、ライバルって感じ」
「……そうなんだ、いい関係だね」
ちとせは少し羨ましそうな表情でそう言った。
加蓮の言葉から対等でかつ強い結びつきがあるように感じられたからだろうか。
一方の加蓮は、なぜか不思議そうな表情をしている。
何かしらの違和感があるのだろうか。
ただ、今はとりあえず気にせず会話を続けることにしたようだ。
「ちとせ……さんもその千夜って人と仲良いんじゃないの?」
「仲はいいけど、千夜ちゃんとは友達っていうのとはまた違うかな。あと、ちとせでいいよ、同じ高校生でしょ?」
「そっか、高校生なんだよね。じゃあ遠慮なく……あれ、高校生? プロフィール見させてもらったけどたしか歳は……」
「一九だよ、私一年間休学してるんだ」
ちとせは笑いながらそんなことを言っているが、楽しそうには全く見えない。
聞いている加蓮も、どう反応したらいいのか迷っている様子だった。
しかし、何かを思うことがあったのかやや渋い表情を見せた。
「……なんとなく見えてきた気がする」
加蓮はちとせにも聞こえないであろう小さな声で呟いた。
恐らく、最初のレッスンでちとせが倒れたという話は耳にしているのだろう。
そのことと、一年間休学をしていたことを繋げて考えていくと何かが見えてくる。
まだ推測の段階であるが、なぜ加蓮をプロデューサーが選んだのかという部分まで踏まえて考えるとちとせの情況が少しだけ分かってくるかもしれない。
「加蓮ちゃん、どうかした?」
「ううん。もしかして、ちとせって体力ないのかなーって。私も……学校とか行けてない時期があって、だからか最初のレッスンのとき大変だったんだよね。ちょっと貧血起こしちゃってさ~」
「あれ、そうだったの。じゃあ私たちは貧血仲間っていうことね♪」
ちとせにようやく楽しそうな表情が戻った、話の内容自体はあまり明るい話ではないが。
それでも、自虐のようなものだとしても笑い飛ばせるような雰囲気の方がいいだろう。
「素直に喜べない繋がり…。でも、志希も入れて貧血トリオユニット組めちゃうね」
「志希?」
「えーっとね、一言で言うと天才ってやつ? 飛び級で海外の大学行ってたのに、なんか今は日本に戻ってきて普通に高校生やってるアイドル」
「へ~面白い子♪ というか、変わった人が多いね、ここ」
「所属してる私が言うのもあれだけど……否定しないよ、それ」
そんなことを言う加蓮の表情は困っているようにも見えるが、どこか楽しそうにも見える。
この場所だからこそ出会えた人たちばかりなので、ネガティブな感情は抱いていないのだろう。
「つまらない、なんて思うような暇はなさそうだね。楽しそうでなにより、あの人の誘いに乗って正解だったな」
「誘われたってことは、ちとせもスカウトだったんだ」
「うん。もしかして、加蓮ちゃんも?」
「そうだね、まあ……最初は断ったんだけど、プロデューサーさんが諦めなかったから根負けしちゃった」
加蓮は肩をすくめて笑っている。
ただ、根負けしたというよりはプロデューサーを信じようと思えたの方が正しいかもしれない。
言葉を交わしている相手がちとせだから言わないと思われるが。
「私も大体同じかな、目が合っただけだったのに何日も私を探してるから、声をかけてあげることにしたんだよね」
「えっ、なにそれ……ほぼストーカーじゃん。もし警察沙汰になったらちひろさんにめっちゃ怒られるのに、よくやるなあ……」
どちらかというと、なぜちとせを探していると分かっているかの方が不思議である。
目を見ると興味を引いたのか分かるのだろうか。
「まあ悪質ではないからギリギリセーフ? でも、自分の中に何を見出してあんなに必死になってくれるのか、それが知りたいから誘いに乗ったんでしょ?」
「たしかに、私には何もないよって言ったのにどうしてなんだろうとは思ったかな」
その日のことを思い返すように目を瞑る加蓮。
スカウトを受けたときのことは彼女にとって大切な記憶のはずだ。
恐らく忘れるということはない、自分の明暗を分ける転換期。
「ちとせもそんな感じだったの?」
「私は……占いで聞いてたから、きっとこの人がそうなんだなって思っただけかな。それに面白そうだったし」
「占い?」
「そう、いつか魔法使いが誘いに現れ変化の時が訪れるってね」
ちとせは冗談を言うかのように笑っている、非常に真意が分かりにくい。
加蓮も真偽を探っているように見える。
「プロデューサーさんが魔法使い……分かるような分からないような」
「普通の女の子に煌びやかな衣装を着せて舞台の上に送り出して多くの人を魅了させる、まるで魔法じゃない?」
「まあ……そうか、前の私だったらステージの上で歌って踊ってなんてありえないし」
加蓮の言葉に興味を持ったのか、ちとせはその赤い瞳で加蓮を見つめる。
「そうなの? なんだか強い意志を持ってるように見えたから、少し以外かな」
「私ってそう見えるんだ。でも、そう見えるのはたぶん変わったからだよ。ちとせの言う魔法使いさんによる変化ってやつのおかげかな」
肩をすくめながら語る加蓮だが、口角が少し上がっている。
自分でも自覚できる程度には変わったと感じているのだろう。
「いい変化だったっていうのは、今の加蓮ちゃんを見れば明白だね」
「まあね、自分で認めるのってなんかおかしな感じだけど。……それで、ちとせはなにか変わったの?」
「うーん、変わってる最中……なのかな。まあ、私は今が楽しければそれでいいから。あまり先のことまで考えないようにしてるの」
「…………」
加蓮の表情がやや強張った。
それは怒っているようなものではなく、なにか真剣に考えているようだ。
ちとせの言葉に気になる部分があったのだろうか。
「加蓮ちゃん、どうかした?」
「……別に、なんでもないよ」
「加蓮ちゃんの話、私は聞きたいって思ってるけどな」
ちとせの赤い瞳は優しく加蓮を見つめている。
なにか抗いがたい誘惑を感じる、それは恐らく勘違いではないはずだ。
それを証明するかのように加蓮は視線を外しながらではあるが口を開いた。
「面白い話じゃないって、私とちとせって似てるのかなって思ったっていうだけの話だから」
「似てる?」
「そう、私あんまり体が強い方じゃないからさ。ちとせもそうなのかなって」
加蓮の言葉に対して、ちとせは驚いた様子もなく穏やかに笑って見せた。
ただ、どこか寂しげに感じる表情だ。
「たしかに似てるとは言えるかもしれないけど、私たちは根本的な部分が決定的に違う。少なくとも、加蓮ちゃんは先を見ても道がはっきり見えてる。枝分かれした分かれ道がたくさんかもしれないけど、道自体は見えてる。そこが違うの」
「……でも、アイドルはできるんでしょ?」
「まあ、ね」
「言っておくけど、私はステージに立つ以上ちとせに合わせてダンスの難易度下げるとかしないから」
語気を荒げることもなく、加蓮は淡々と語る。
その言葉の内には怒りの感情はなく、ただただ自分の意思を伝えているというだけのように感じ取れる。
聞いているちとせも激しい感情のようなものは見えず、むしろどこか嬉しそうにすら見える。
「そういうことなら、加蓮ちゃんに楽してると思われないようにがんばらないとね」
「そういうの分かるつもりではあるけど」
「あはっ、頼もしい♪」
ちとせは明るく笑ってみせているが、加蓮の表情は変わらない。
色々なことを考えているのだろうか。
「なんにせよ、まだ決まってないとはいえプロデューサーさんは私たち二人が作るステージに可能性を感じた。私はそれをちゃんと理解したい」
「加蓮ちゃん、結構情熱的なんだね」
「えっ、そう……かな」
ちとせに指摘された加蓮は首を傾げて不思議そうにしている。
そういったことを言われたことがないのか、あるいはあまり面識のないちとせに対してそういった内面が出ていることが考えられないのか。
一般的に、慣れ親しんだ相手でもないのに根に近い内面を見せるというタイプの人物は多くはないだろう。
それを踏まえると、後者である可能性が高い。
「内に秘められた情熱って感じで素敵だと思うよ。でも、そうだな……その情熱を燃やすことができる理由が知りたいな」
ただの興味本位というだけには見えない、真剣な表情でちとせは尋ねた。
すると、加蓮はちとせの瞳を見つめて口を開いた。
「アタシはね……忘れ去られることが怖い。北条加蓮っていうアイドルがいたんだってどこかに残したい、存在を刻み付けたいんだ。アタシ一人じゃ難しくても仲間とならできると思ってるし、みんなとできたら嬉しいとも思ってる。それが理由」
「存在を……刻み付ける……、やっぱり情熱的だね。羨ましいくらいに」
加蓮の言葉を聞いたちとせは、本当に羨んでいるような悲しげな表情をしている。
自分には難しいという考えだろうか。
一方の加蓮は、またも首を傾げながら不思議そうな表情をしていた。
何かが気になっているのだろう。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ、なーんか変なんだよね。私ってほぼ初対面のちとせにこんなに話しちゃうタイプじゃないはずなんだけど」
「相性ってやつじゃない?」
「それもあるかもしれないけどさ。ちとせの嘘っぽい噂が本当なんじゃないかって気がしてくるんだよね、吸血鬼だっていうやつ」
そんなことを口にする加蓮の表情は事実を語っているとはとても思えないようなどこか呆れているようなものである。
自分がほぼ初対面のちとせに対してここまで話すとは思えないが、ちとせが吸血鬼であるという噂も信じていないが、もしそうだとするのならば説明ができるかもしれない、という心境だろうか。
対してちとせは隠していた真実が明らかになったという様子もなく、馬鹿にされていると感じている様子もなく、受け流して終わりとでも言い出しそうななんでもない表情をしている。
異質な存在であると後ろ指を差されることに慣れているのだろうか。
「へ~、そんな噂あるんだ。でも日の光を浴びても大丈夫だよ?」
「そうなんだよね。でも、奈緒が吸血鬼には人を魅了して従わせる力があるって話をしてたから、そういうのかなって」
「なるほどね、でもそれを私に言うのって本当だったらまずいんじゃない?」
「本当に魅了されてるなら意味ないでしょ、反抗もできないんだろうし」
「そっかそっか、たしかにそうだね♪」
気づかなかったな~なんて言うように明るくちとせは笑っている。
それを見て、加蓮も真面目な表情ではなくなっていた。
本当だとしたらこれほど軽い反応をするとは思えないのだろう。
「やっぱりただの噂だよね~。ちとせって吸血鬼っぽく見えなくもないけど、なんか少し違うような気もするし」
「加蓮ちゃんがそう感じるならきっとそうなんだよ」
「そんな投げやりなオチ? まあいいけどさ、てゆーか私ばっかり話をしててちとせの話を聞いてない! ちょっとバランス悪いと思う!」
「そう? じゃあ何から話そうか」
「実はちょっと気になってたことがあるんだ。ちとせって名前は日本人だけどさ、見た感じハーフとかクォーターだよね」
「クォーターだね、長いことルーマニアで暮らしてたんだ」
「ルーマニア……えっと、ヨーロッパ……でいいんだっけ?」
記憶を辿り首を傾げる加蓮を眺めながら、ちとせは優しく微笑む。
日本で暮らし始めてから定番のようなやり取りなのかもしれない。
「そうだよ、ヨーロッパの南東の方」
「うーん、習ったはずなんだけどな。なんかごめんね」
「日本から遠い国だから仕方ないよ。でもね、実は桜が見れる公園があるんだ」
「桜……見れるんだ、知らなかった! どこで見れるの?」
海外の話に目を輝かせ始め、スマートフォンを取り出す加蓮。
おそらく地図のアプリで場所を確認するのだろう。
興味を持ってくれたことが嬉しいのか、ちとせの表情もどこか柔らかい。
こうして、夕暮れの中二人は他愛のない話で盛り上がるのだった。
どこまでがプロデューサーの想定内であったのかは分からないが、ちとせと加蓮のステージは問題なく決定しそうである。