少女人形スーベニアは今日も元気に蒸気塔を走り回る。
しかし、事故を起こし彼女の愛車足こぎペダルカーが大破してしまった。

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スーベニア「わたしの足こぎペダルカーが壊れてしまいました……」

 真鍮の鈍色と石材で組まれた蒸気塔、その中層の一角にまぎれるようにスクラップ工場が建てられていた。

 油の匂いと金物の匂いが入り混じった部屋の中で、一体の少女人形が働いている。

 彼女の名前はスーベニア=マニバス、少女の身体を模した真鍮人形である。

 

 持ち込まれた廃棄品の真鍮機械や真鍮人形を解体し部品ごとに分別していくのが、彼女の仕事であった。

 

「お仕事おわったのでちょっと走ってきますね」

 

「えっと、スーちゃん、今日はゆっくりとしたらどう? ほらほら、いい石炭もってきたから一緒にお茶にしましょう」

 

 そういって、彼女のマスターであるディシー博士は良質の石炭をちらつかせて引きとめようとする。

 

「今日の蒸気塔にはいい風が吹いています。こんな日に外にでないなんてもったいないです。今日は下層のダウンヒルを攻めてきます!!」

 

「そう……、いってらっしゃい」

 

 はずむような足取り工場の裏手にまわると、そこには一台の車が置かれていた。

 雨よけのカバーをはずすと、みがきこまれた赤色の車体が日の光を反射してきらりと光った。

 

 それが、スーベニアの愛車である足こぎペダルカー。

 

 プラスチックの車体は彼女の体にぴったりとおさまり、満足気にむふーと鼻から蒸気を吹き出した。

 普段は感情を表にださないクールな顔には、砂場で遊ぶ幼子のような笑みが広がっていた。

 

 金属がこすれるキコキコという音が尾を引き遠ざかっていくスーベニアの背中を、ディシー博士は寂しそうに見送った。

 

 

 そして、数時間後……

 中層から下層に下る坂道の途中で、あしこぎペダルカーが分解し、スーベニアの全身はばらばらになった。

 

 

 唯一無事だったスーベニアの頭部が、ディシー博士の前で申し訳なさそうに目を伏せていた。

 

「すいません、事故を起こしてしまいました……」

 

「大丈夫よ、すぐに直してあげるからね!」

 

「しかし、博士からいただいた足こぎペダルカーはばらばらに……」

 

 スーベニアは事故が起きたときのことを思い出す。

 走行中、突然タイヤがはずれスピンした車体が壁に激突した場面を……。彼女は、砕け散った足こぎペダルカーの破片の上で転がりながら「なんで!なんで!」と泣き叫んでいた。

 

「わたしの轟天号は、わたしの未熟な運転のせいであんな目に! いっそ、わたしが壊れてしまったらよかったのに!!」

 

 轟天号と名づけた愛車との出会いを思い出し、スーベニアは目の両端からオイルの涙を流す。

 

 

 

 その日もスーベニアは、いつものようにスクラップ工場で勤労にいそしんでいた。動きによどみはなく、手馴れた様子で作業をこなしていく。

 

「スーちゃああああん、たっだいま~」

 

 調子ハズレなほど陽気な声と共に入ってきたのは、フリルのあしらわれたミニスカート姿の20代後半の女性。

 スーベニアは手をとめて「おかえりなさい、ディシー博士」とちょこんと頭を下げる。

 

 そして、その視線はディシーとよばれた女性が抱える大きめの荷物に向けられる。

 

「これはね、スーちゃんの3歳の誕生日プレゼントよ!」

 

 さあ開けて開けてとうながされるまま包みを開いていくと、そこには真新しい光沢を放つ真っ赤な車体が現れた。

 真っ赤なプラスチックのボディに、黒い座席。足を伸ばす位置には一対のあしこぎペダル。

 

 喜ぶ顔を期待して小鼻をふくらませるディシーを前に、スーベニアは頭痛をこらえるように目をつむるとため息をついた。

 

「博士、これは幼児用の玩具であると思うのですが、どういうつもりですか?」

 

「えっ……、気に入らなかったかしら?」

 

「わたしは真鍮人形です。玩具など不要です」

 

「そんなぁ、この前近所の子が遊んでいるのをうらやましそうに見てたじゃない!!」

 

「……そんなわけ、ないじゃないですか」

 

 愛する少女人形に否定されてしょぼくれるディシーは、とぼとぼと工場の奥に姿を消した。

 そして、スーベニアはまた作業にもどろうとするが、ぽつんと残された足こぎペダルカーをチラリと視線を向ける。

 

「このまま捨てるのももったいないですから……。まったく、博士はしょうがないですね」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、スーベニアはゆっくりと座席に身体を沈ませる。

 ハンドルをにぎり、ペダルに足を伸ばした。

 体重をのせるたびに、キコキコと車体はゆっくりと滑り出していく。

 

 少女人形に比べればあまりにも稚拙とよべる機構だった。しかし、理由もわからないままスーベニアはキコキコとペダルを踏む足を止めることができなかった。

 

 数時間後……

 

「ふふっ、今日からあなたの名前は轟天号です」

 

 恍惚とした笑みをうかべながら車体をなでる少女人形の姿があった。

 

 

 

「ごめんなさい、轟天号……」とつぶやきながら悲嘆にくれる少女人形を前に、ディシーはがっくりとうなだれながら膝を地面につけた。

 

「……スーちゃん、あなたは悪くないのよ。悪いのは私よ」

 

「どうして、博士が?」

 

「あなたがあまりにも、あの足こぎペダルカーをかわいがるから嫉妬してしまったの」

 

 そうして、ディシー博士は情動にかられるままドライバーをにぎりしめて、轟天号のネジを一本ぬいたことを告白した。

 

「あなたがあの玩具にばかりかまけているから、イラッとしてやっちゃったの……」

 

「博士……」

 

 スーベニアはごろんごろんと首だけを転がして、うちひしがれるディシー博士の膝の上に納まった。

 

「……いいんです。わたしも最近は少しあの子のことばかりでした。わたしがこうして無事だったのも、きっとあの子が守ってくれたのかもしれません」

 

「そうね、スーちゃん。きっとそうだわ! あの子のためにも、今から腕によりをかけて新しい身体をつくるからね!」

 

「それでしたら、ちょっとお願いがありまして」

 

 

 数日後……

 

「最高です! わたしはいま風になっています!!」

 

 一対のタイヤによって中層の道を爆走するスーベニアの姿があった。

 その姿は人馬一体。

 亡き轟天号のパーツによって新しく生まれ変わったスーベニアは、今日もひた走る。

 

 

 


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