磁場が入り乱れていて、東西南北はわからない。だから偉大なる航路の海図はほとんど出回っていないし、たとえあったとしても信憑性は高くはない。ビビの記憶を頼りにして、1年中冬の海を数日間に渡って闇雲に進んだ。
無事に辿り着けたのはドラム王国、医療が発展した国。
「ここが、ドラム王国。」
「なんだか騒がしいな。」
「……海賊の定めか。」
メリー号から降りたルフィたちを見て、村人は騒ぎ出す。
「か、海賊……」
「女、子どもは家の中へ!」
「またこの国を襲うつもりか!?」
海賊旗に国民が動揺するのは、当然のこと。
小さな村の人たちは家族を守るために武器を取る。
ルフィとゾロは、防寒着を脱ぎ捨てる。
雪国では自殺行為、村人に動揺が走った。
「「医者を!」」
雪に包まれた世界に、声が響いた。
ルフィは雪に額を着ける。
ゾロは3本の刀を地面に置いた。
「危害を加えるつもりはねぇ、俺の命を懸けて誓う。」
「病気の仲間を助けてほしいッ!風邪とか病気とかよくわかんねぇんだ。肉食っても元気にならねぇんだ。俺たち見てることしかできなくて、ナミもペローナもずっと辛そうなんだよッ!」
仲間を救うためにプライドを捨てた。
『助けて』と涙した女に対して、今の彼らは無力。
「お願いします。」
ビビに続いて、ウソップやサンジも頭を下げた。
(本当に、海賊なのか!?)
村人たちの頭の中は混乱するばかり。
「……見事。」
動揺から一番に立ち直れたのは、ドルトン。
王のいない王国を、今もなお最前線で守っている男。
「申し訳ないのだが。今この国に医者は1人しかいない。」
「どこにいるんだ!?」
「あの山だ。頂上にある城に住むと聞く。」
「ウソだろ……」
ルフィたちは息を呑んだ。
絶望だ。
距離は遠くて標高も凄まじい、そんな山を指差した。
頂きにあるらしい城は吹雪で見ることはできない。
「そ、そんなっ!? この国は医療大国のはず!?」
「数年前までは、そうだった。」
この国は1度、海賊の手によって滅んだという。『黒ひげ』という人物が率いるたった5人の海賊団だったが、強大な力を有していた。目的はわからなかったが、多くの兵士を惨殺して王城へ攻め込んだらしい。
「だから、今は王がいないっていうのか?」
「いや。王であるワポルは、誰よりも早く逃げた。」
「っ!? それが一国の王のやることなの!?」
王が、国を捨てたことにビビは憤る。
善政を行ってきた父を誇りに思っているからだ。
「……ワポルの悪政が終わりを告げたきっかけ、そう考えている国民も多い。ワポルは国に残した20人の医者を独占し、税の徴収も行っていたからな。その医者たちもワポルに連れて行かれた。」
「要するに、この国に医者は1人だけなんだな。」
「こんな言葉では気が収まらないだろうが言わせてくれ。……すまない。」
「いいよ。登ればいいんだろ。」
「そういうことだな。」
「ふっ、君たちは将来大物になるだろうな。」
「「当然。」」
船で寝ていた2人は、すでに危険な状態。
話しかけても意識が朦朧としていた。
「おい、お前ら。絶対に落とすなよ。」
「こいつが引っついてくるんだが。」
「ナミ、あとちょっとだからな!」
ゾロはペローナを、ルフィはナミを背負った。ペローナは自然とゾロに密着してくるし、ゴムの身体はナミにとって負担が少ない。もちろん、2人とも最大限の防寒をさせている。
サンジは、行く手を阻む外敵から守る役目。
彼の仕事はすぐに訪れた。
「お前ら、先に行け!」
熊のような巨体を持つ、ラパーンという兎の縄張りに入ってしまった。ラパーンたちも生まれたばかりの子どもを守るため外敵に対して、普段より気が立っている状態だ。
狩りを嗜みとしていた、ワポルの影響が大きい。
「任せたぞ!」
「道に迷うなよ!!」
「まっすぐ進めばいいだけだろ?」
「そっちじゃねぇー!?」
サンジ1人で、10体を食い止めなければならない。
優先すべきはナミとペローナ。
「ナミさんとペローナちゃんは傷つけさせねぇぞ、クソ兎ども!」
「「「ウガ―ッ!!」」」
レディーのためなら、彼はなんだってやれる。
***
道中ワポルたちに襲われた、ルフィとゾロはボロボロ。
背中のナミやペローナを守りきった証だ。
「「はぁ…はぁ…」」
一刻を争う状態、敵に背中を向けて逃げ出した。もちろんワポルは追撃してきたのだが、足止めしてくれたのはサンジとラパーンたちだ。ラパーンはワポルに対して恨みを持っていたらしい。
「ルフィ、起きてるか?」
「ゾロ、起きてる。」
すでに2時間は超えた。
垂直に聳え立つ吹雪の山を、己の手足だけで登っている。
ナミやペローナに防寒着を重ねさせた彼らは、どんどん体温を奪われていた。時折り、互いに呼びかけながら意識を保っているにすぎない。もし、落ちてしまえばナミやペローナは死んでしまう。
「ゾロ!」「ルフィ!」
互いの名前を叫び続ける。
意識を保つには、声しかない。
手から流れる血は凍りつく。
身体中の感覚が消え、視界は揺らいできている。
「なあ、海賊王。誰を追い越すんだった?」
「シャンクス」
「それで。世界一の大剣豪。誰に勝つんだっけ?」
「鷹の目、ミホーク」
彼らは、遥か高み。
この山よりずっと高い。
「「負けるかァーー!!?」」
頂上の地面を、片手で掴む。
吹雪が晴れた。
「「医者……医者……」」
「俺は医者だ。」
大男が、彼らの腕を引き上げる。
ルフィとゾロは白亜の城をうっすらと視界に入れた。
「凍傷、低体温症、それに炎症や出血もひどい。」
もう1人、女性が冷静にそう告げる。
「そっちの娘たちは、あと1日遅ければ……」
2人とも、いつ死んでもおかしくはない。
重症の4人を同時に治療できる医者はそう多くはない。
「「ぶだりぼざぎにだのぶ!!」」
ガチガチと震えながら、精いっぱい声を出した。
「はっ、患者が医者に指図するんじゃないよ。」
「絶対、みんな助けるからな!」
―――ドラムロック、標高5000m
***
リトルガーデンには太古の生態系が現存している。
ナミもペローナも、偉大なる航路での航海やバロックワークスとの戦いでかなり疲労が溜まっていた。その状態で、ケスチアという虫に刺されて毒に侵されたことになる。アラバスタまで向かうことを急いでいるのだが、ドクトリーヌによってベッドの上で安静にさせられている。
「ルフィたちは?」
「元気に、お城の中を走り回っているようです。」
「ほう。お前さん、能力者かい。」
「ええ。ホロホロの実です。」
病室で、ふわふわとスペクターを動かす。
まだ本調子ではないので、2体しか出していない。
「すっげ~、幽霊っていたんだな~」
「うちのチョッパーは、ヒトヒトの実を食べたトナカイさ。」
頭隠さず尻隠さず。
開いた扉から覗き込んでいる。
トナカイと人の、中間と言える姿をしていた。
「ありがとう、あんたも看病してくれたんでしょ?」
「すごいお医者さんなんですね。」
「こ、このやろ~、嬉しくなんかねぇぞ~!」
かなりの照れ屋らしく、体をくねくねとさせて喜ぶ。
「それと、あいつらが迷惑かけて。ごめんね。」
「あとちょっとで食べられるとこでしたね。」
「腹が減ってただけみたいだぞ。ご飯あげたら落ち着いたんだ。」
「ホロホロホロ、優しいですね。」
優しい。かつてチョッパーにあったのはそれだけ。
今はみんなを救える知識と医術を身に着けている。
深く被った桜色の帽子を、恥ずかしそうに撫でた。
「なあ。お前ら海賊なんだよな。ドクロは持っているのか?」
「船にあるわよ。」
ドクロは、不可能をものともしない信念の象徴。
目を輝かせて、興味深々なチョッパーを見てナミは微笑む。
「そうだ。一緒に海賊やらない?」
「えっ……」
海賊は、恩人が語っていたカッコいい存在。
仲間のために命を懸けた、ルフィやゾロの海賊団。
「ばかいえ!俺はトナカイなのに2本足で立ってて、喋るし、青鼻だし、……俺はバケモノなんだぞ!怖いだろ!?」
「怖くなんかありませんよ。」
ペローナは、『竜を騙る人』を知っている。
ナミは、『傲慢な魚人』を知っている。
ナミやペローナからすれば、比べられないくらいチョッパーはかわいい。
「ていうか、あいつなんてゴムよ。」
「ゴムって、これ?」
机の上にあった輪ゴムを、両蹄でびよーんと伸ばす。
「そう。それに、バケモノ並みに強いわよ。」
「悪魔の実の能力者なんて、等しくロクでもない存在だろうね。奇々怪々さ。」
「こういったゴースト、怖いですか?」
白い布を被ったスペクターが、チョッパーの周りを廻る。
「全然。幽霊ってかわいいって、俺初めて知ったぞ!」
「まあ、そのゴーストはマシな部類ね。」
ナミからすれば、ミイラ男や狼男は違うと思う。
「えっ!? みんな可愛いじゃないですか!?」
声を荒げるのは珍しい、そうナミは思った。
以前よりペローナは明るくなっていた。
「わ、わかったから! いろいろ出すのやめなさいって!」
「でも……俺……」
ナミたちは希望を伝えた。
無理強いはしない。
「……なんだか、外が騒がしいな。」
様子を見てくる、とチョッパーは病室から出ていく。
「まったく。うちのチョッパーを保護者の前で口説くとは。」
「あら。男を口説くのに許可が必要?」
「はっ、1人くらい男を射止めてからいいな。」
それに、と言いながら真剣な表情へと変わる。
紛れもない親の顔だった。
「お前達に、あいつの心を治せるかい?」
「治せますよ。みんなでなら。」
「ヒッヒッヒ、そうかい。」
ペローナの傷も、癒してくれた。
過去もしがらみも関係なく、笑い合う。
それはただの傷の舐め合いかもしれないけれど。
確かに。
みんなは1つの船で絆されてきた。
「あんたの『傷』、取っておいてあげたよ。」
「っ!? ありがとうございますっ!!」
彼女にとって背中の『傷』は、恥だった。
「やっぱり女の肌は綺麗じゃないとね。若さの秘訣さ。」
首を傾げたナミは尋ねようとしたが、ドタバタと走ってくる音に意識が向かう。
「ナミ! コート借りるぞ!!」
「どういうことよ!?」
「寒い!!」
それだけ伝えて去っていくルフィ。
唖然とするナミ。
「ホロホロホロ、すっかり元気ですね。」
船長と副船長が揃っているなら、襲撃者も怖くはない。
それに、勇敢なトナカイさんもいる。