VOICEROID短編集詰め合わせ   作:喜来ミント

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最近、ポケモンの動画でナギサシティを見かけたときに思いつきました。太陽光電池の地面ってなんだかワクワクします。



あなたも知らない星の名前(あかりとゆかり・SF)

 見渡す限り、黒々と光る大地が続いている。

 視界を遮るものは無く、雨上がりの青い空とぶつかるまで果てしなく広がっている。

 靴音が響くのは硬質ガラスの表面。日差しを吸い込むのはその下に暗く輝く太陽電池。

 私たちが知る限り、この星にある唯一の景色だった。

「ゆかりさーん!」

 ぼんやりと遠くを眺めていた私の耳に、旅の道連れである少女の声が飛び込んできた。振り向くと、これまた遠くにポツンと銀色の髪が輝いているのが見えた。

 返事をする。

「はーい」

「この辺りの掃除は大体終わりましたー!」

「ありがとう、あかりちゃん」

 長く豊かな銀色の三つ編みを揺らしながら、あかりちゃんが駆けてくる。彼女の肩には使い古したモップが担がれていた。

「出発はいつにしましょう」

「そうですね……明日の天気次第でしょうか。今のところ西の空には雲はなさそうですし、おそらく丸一日晴れだと思います」

「分かりました! それじゃ、電気を蓄えておきますね!」

「ええ」

 小走りで先を行くあかりちゃんの後を追いかけていくと、周囲の太陽電池より一段高くなった場所があった。

 そこに備え付けられたハッチは人ひとりが通れる大きさがあり、今はあかりちゃんの手によって開けられていた。

 私は下に伸びる梯子を慎重に降りた。私の手に私の体重を支える力はない。

 降りた先にあるのは狭い制御室だ。周囲の太陽光パネルの様子をモニターし、また人間が寝泊まりするための最低限のスペースが設けられている。

 しかし、私とあかりちゃんはシャワーもトイレも食糧庫も無視して配電盤へと向かった。

 あかりちゃんがケーブルを手渡してくる。

「はいどうぞ、ゆかりさん」

「ありがとうございます」

 二人そろって、首元のコネクタにUSB-Vケーブルを差し込む。バッテリー残量がじわじわと回復し始めるのが分かった。

 私たちはアンドロイドだ。

 自分たちが何のために作られたのか、どこから来たのか、それを知るためにずっとこの大地を歩いてきた。

 

  *

 

 私が目を覚ました時、名前を含めて一切の記憶がなかった。

 ゆかりと名乗る彼女から、たくさんのことを教えてもらったのに、私は自分の名前すら教えることができなかった。あかりという名前も彼女から貰った。

 それがなんとなく負い目になっていた。だからできることは何だってしてあげたいと思った。

 握力が極端に弱い彼女の代わりに、力のいる仕事は全て引き受けて来た。モップで太陽電池パネルの地面を掃除するのもそうだ。

 私たちのバッテリー容量は有限だ。動くためには定期的にどこかから電気を得るしかない。それが可能なのは、この太陽電池パネルの大地の各所に点在する制御室だけだった。だから私たちの行動は自然と制御室を拠点とすることになっている。

 しばらく一箇所にとどまる場合は、私は周囲の太陽電池パネルを掃除して発電効率を上げ、ゆかりさんは周りを調査する。そういう分担になっている。

 今日までずっと、そうしてきた。

「そろそろ夜明けですね。……外の様子を見に行きましょうか」

「はい、ゆかりさん」

 外にはさわやかな風が吹いていた。昨日まではぽつぽつとあった水たまりもほとんどない。絶好の旅日和だ。

「それじゃ、出発ですかね」

「ええ。そうしましょう」

「準備してきます!」

 私は一度制御室に降りると、モップとリュックサックを持って再び梯子を上った。

 握力がほとんどないゆかりさんの腕にリュックサックの肩ひもを通して背負わせ、落ち着く位置に調節する。

「こんな感じでしょうか」

「ええ。いい感じです」

 本当なら、このリュックも私が持ちたいくらいだ。でも、前にそう言ったらゆかりさんが色々と理屈を並べて仕事を奪われまいとしたので私は引き下がった。彼女も彼女で私に力仕事を押し付けている負い目があるらしい。何せ、彼女は制御室のハッチを開けることすらできないようだから。

 だから、私はモップだけを担いで遠くを指さす。

「それじゃあ行きましょう。こっちですか?」

「ええ。パネルに沿って、まっすぐに」

 私たちの旅路は単調なものだった。

 制御室から次の制御室へと確実に渡り歩くこと。それが絶対条件だ。

 私たちが目覚めた最初の制御室で、片時も二人で離れないと決めた。万が一どちらかが充電切れになってしまったら、何があってももう一人を制御室に連れて行って充電すると決めた。

 これまでの経験上、制御室同士はおよそ30㎞離れているようだった。ゆっくり歩いたとしても、大体半日もあれば次の制御室が見つかるはずだ。だから出発は一日中晴れそうな日の夜明けと決めている。

 私たちの連続稼働時間は、一定のペースで歩いたとすれば大体16時間。30㎞歩いて空振りでも、引き返すことができる。

 そして次の制御室にたどり着いたら、まずは充電しつつ内部の調査。大抵一つか二つ、人間が使っていた道具や書類が見つかることが多い。今までに見つけたそれらの痕跡は、ゆかりさんが背負っているリュックに詰められている。

 そして次の出発の機会を見計らいつつ、時間を過ごす。

 雨の日は電気を無駄遣いしないように制御室の中でじっとしている。

 晴れ間がのぞく日は、周囲の掃除や調査をしたり、見つけた遺物について議論したりする。

 そして快晴の日を見計らって次の制御室に出発する。

 その繰り返し。

 ずっとそうしてきた。ずっと二人でいた。

 きっと、この先も。

 

  *

 

 その日の太陽が沈む前に、私たちは次の制御室を見つけることができた。あかりちゃんがハッチのハンドルを回すのを横で待つのが歯がゆい。

「開きました!」

「よかった。ありがとうございます」

 幸い、今までの制御室で鍵がかかっているところはなかった。鍵穴や電子制御のパネルが見当たらないところから察すると、もしかしたらハッチに鍵は設計されていないのかもしれない。それならこの先も気が楽なのだが……。

「足元、気を付けてくださいね」

「ありがとうございます」

 目が覚めたときには、私の手は既に少しだけ壊れていた。知識にある成人女性の握力の平均は30㎏弱。一方で私のそれは、正確に計測できないものの10㎏もないだろう。

 梯子を下りる時も、手の力ではなく、腕を絡めつつ体全体を梯子に寄りかからせるようにして降りる必要がある。気を遣う作業だ。でも、そこまであかりちゃんに頼るわけにはいかない。

 ちらりと下を見ると、万が一に備えてあかりちゃんが私を見守ってくれていた。

 無事、制御室の床を踏むことができた。入れ替わりにあかりちゃんが梯子を上り、ハッチを内側から閉める。

「とりあえず充電しましょうか」

「はーい」

 私はおぼつかない指先で配電盤を開こうとしたが、固くなった扉はびくともしなかった。戻って来たあかりちゃんが苦笑しつつも開けてくれる。

「いつもすみません」

「いいんですよ。ゆかりさんは頭脳労働担当で。はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 あかりちゃんに渡されたケーブルを首に差す。続いて制御室のシステムにアクセス。蓄電量は問題ない。何日かここにいても大丈夫そうだ。ようやく一息つける瞬間だった。

「さて、ちょっと部屋を探してみましょうか」

「はい」

 あかりちゃんにリュックを下ろしてもらい、そこに加えるべく遺物を探す。といっても狭い制御室のこと、すぐに探索は終わった。

「なんですかねー、これ」

「これは……ちょっと待ってくださいね」

 小さな四角い機械だ。そこから伸びるケーブルは、プラグを備えた黒く重たい箱へとつながっている。

 インプットされた知識の中から、これに該当するものを検索する。

「これは……MDプレーヤーですね」

「MD?」

「このディスクに録音した音楽を聞くための機械ですよ。本来はイヤホンが必要なんですが、ありませんね」

 側面のボタンを操作すると、かしゃっ、という小気味良い音とともに機械が開いた。中からMDを取り出し、あかりちゃんに見せる。

「え? 音楽を保存するのにわざわざこんなディスクを使うんですか? しかもなんでこのサイズなんですか? どうして箱が二重になってるんですか?」

「さあ……詳しい原理や設計意図までは……」

「それに、USB差すところないんですけど」

「いやこれ、USBができる前の機械なんですよ」

「……えー」

 あかりちゃんは信じられないという目でMDプレイヤーをじろじろと見ている。今が一体西暦何年なのかは分からないが、私たちのボディや制御室の機械に多く使われているUSB-Vよりはずっと古い規格だろう。

「それにしても、ゆかりさんは本当に色々なことを知ってますよね。私なんて自分の名前すら覚えていなかったのに」

 どことなく不機嫌そうにあかりちゃんが言う。

 確かに私には多くの情報がインプットされている。この制御室の機器類の操作方法しかり、遺物の数々の名前や用途、簡単な来歴しかり。苦笑しつつも私は答えた。

「知識については、私自身どうしてインプットされているのかわかりませんね……。一応、仮説はあるのですが」

「そうなんですか?」

「ええ」

 何せ、時間はある。自分たちの置かれた状況と、遺物の数々と、そして見たり聞いたりしたこと。これらを材料に何度も何度も仮説を組み立てては白紙に戻している。

 答え合わせをする手段が私たちにはない。

 今、あかりちゃんに聞かせているのも、そうやってため込むばかりの仮説のうちの一つだった。

「一つは、私とあかりちゃんでは用途が違うと言うことですね」

「つまり……私は肉体労働用?」

「ええまあ、言葉を選ばずに言えば」

 そもそもあかりちゃんには知識のたぐいが搭載されていない、というのが一つの仮説。そしてもう一つは、今は何らかの原因で失われているのではないかということ。

 ……そう、何らかの原因で。

「おそらく、私たちの機能は十全ではありません。私の体に不調があるのと同じように、あかりちゃんに知識が欠けているのかもしれません」

 それならば筋が通る。あかりちゃんは納得してくれたようだ。ほっとする。

「私たちが何のために作られ、どうして今稼働しているのかはわかりません。本来人類に使役される存在であると言うことはなんとなく理解できていても、そもそも何かを命令された覚えがないのですから」

「それじゃあ、私たちの本来の用途も分からないってことですか?」

「そうなりますね」

 制御室のデータベースや遺留品の数々も、私にインプットされた知識を超えるものはほとんどない。精々があかりちゃんとの会話のネタになるくらいだ。

「この星に、人類はいないんでしょうか……」

「あかりちゃん……」

 その可能性は何度も考えた。しかし、この星に残された数々の物を考えれば、少なくともどこかにいるはずなのだ。この星にいなくとも、あるいは……。

 これだけのものを作り上げた文明が、そうやすやすと衰退するとは思えない。

「いつまで続くかはわかりませんが……きっと、私たちの目的地には何かがあるはずです」

 そう。私たちの旅路には一応の終着点がある。

 そこを目指して、ひたすら西に歩き続けているのだ。

 

  *

 

 雨の降る音がする。

 スリープ状態から復帰した時、隣にゆかりさんの姿はなかった。

 鈍い思考を巡らせること、およそ三秒。

 その事実を理解し、慌てて周囲を見渡す。

「ゆかりさん!?」

「あ、はい」

 返事は意外なほど近くから聞こえた。

 ゆかりさんは制御室の壁にあるパネルを開け、その中に細い体を差し込んでいたのだ。ケーブルや基盤の海をごそごそと探っている。

 そう……冷静に考えれば、ゆかりさんがどこかに行くことなんてない。あの握力で、ハッチを開けることはほとんど不可能だ。このパネルを開けるのだって、どれだけ苦労したのやら。

「……何してるんですか」

「ええとですね……なにか、ないかと思って」

 私たちのスリープとは、つまり自己メンテナンスの時間だ。

 私なんかより、よく頭を使うゆかりさんの方がメンテナンス時間が長いはずだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。日によって差はあるものの、同時に眠りについたとしても、おおむね私よりもゆかりさんの方が先に目覚める傾向にある。

 そしてこんな不毛な探索に乗り出していると言うことは、ゆかりさんはよっぽど暇だったらしい。

「ほら、服が汚れますよ」

「あ、はい」

 自慢の力で引っ張ると、あっさりケーブルの海からゆかりさんの体が抜けた。

 私たちの服に替えはない。遺物の中に服が時々混ざっていることもあるが、取り合わせはバラバラだし、私たちに合わないサイズのものが多い。そもそもアンドロイドだし、私たち以外に知的生命体がいないのだから気にする必要もないのだろうが、それでも愛着はある。

 私はゆかりさんに言う。

「雨が降っていますね。いつもの通り、方角を見ますか」

「ええ。ハッチをお願いできますか」

「はい」

 梯子を上ってハッチを開け、外の雨の具合を見る。

 土砂降りではない。ちょうどいいだろう。

「よさそうですね」

「わかりました」

 一度降り、ゆかりさんを先に上らせる。もしもの時に備えて、いつでも受け止められるようにする。幸い、無事にゆかりさんはハッチの先に姿を消した。後を追う。

 傘はない。ゆかりさんからそういう道具があると聞いただけで、私自身は見たことがない。制御室に雨が入らないように一度ハッチを閉じる。

 ゆかりさんが太陽電池パネルの地面にかがみこみ、じっと水の流れる方を見ている。

「どうですか?」

「ええ……やはり、真西に流れています」

 水は低い方に流れる。ごくごく単純なこの世の決まり。それでも、今はこれにすがるしかなかった。

 もしもこの星のすべてが太陽電池パネルに埋め尽くされているとしても、こうして雨が降る以上、この星には水分が潤沢にある。ならばその水分をどうにかするための仕組みがどこかにあるはず……それがゆかりさんの立てた仮説だった。

 仮説と言うには弱い仮想かもしれない。それでも今の私たちの持ちうる情報から考えられる精一杯の指針だった。

 そして、その水分管理施設のある場所の候補として考えられるのは、最も水が集まる場所だ。

「ここまで大分歩いてきましたが、ずっと同じ方向に水が流れていますからね。やはり、意図的に設計された排水システムなのでしょう」

 この旅路がどこまで続くのかは分からない。

 仮にこの星が、ゆかりさんの頭脳にインプットされている地球である場合、その赤道周長は約40000kmだ。

 私たちの出発点が目的地の正反対にあるとしても、その半分。制御室同士の距離はおよそ30㎞だから――計算上は、666個の制御室を渡り歩くまでに目的地に着く。

 それでももし。水の流れが集う場所に何もなかったら。それ以上の制御室を渡り歩いても何も見つからなかったら。

 ……私たちは、すでに200以上の制御室を渡り歩いていた。

 

  *

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 今日も私たちは次の制御室に向かって歩き出す。

 太陽が私たちを追い抜いていく。

「あっ……」

 先を行くゆかりさんの足がもつれ、つまずきかけるのが見えた。

「ゆかりさんっ!」

「あ、大丈夫です、大丈夫……」

 ゆかりさんはすんでのところで踏みとどまったが、私は気が気ではなかった。

 ゆかりさんの足取りは次第に重くなっていた。それもそのはず。あちこちに故障があるようだし、荷物である遺物は増える一方なのだ。

 だというのに、ゆかりさんは遺物を運ぶ係を決して譲らない。何なら、リュックを私が触るのを嫌がるそぶりすら見せる。以前、繊細な取り扱いが必要な遺物を私がうっかり壊しかけたというのもあるが、それにしても奇妙だった。

 ……進展のない毎日は疑念を生む。

 私は、明日の朝を決行の時に決めた。

 

  *

 

 たどり着いた制御室にはイヤホンが残されていた。ゆかりさんは早速、前回見つけたMDプレイヤーを取り出し、使ってみようと私に言った。

「おお……」

「ふふ、すごいでしょう」

 片耳ずつ、イヤホンを分け合って音楽を聞く。音楽の概念そのものは以前説明されたことがあったし、ゆかりさんが簡単な歌を歌ってくれたこともあった。それでも壮大なオーケストラによる音色の迫力は段違いで、私は圧倒されて声を漏らした。

「これ、なんて曲ですか?」

「『誰も寝てはならぬ』……ですね」

「え? 不思議なタイトルですね……?」

「ええ。オペラ『トゥーランドット』のアリアなんですが――」

 私はできるだけゆかりさんから多くの情報を引き出すように努めた。たくさんのことを話せば、彼女の自己メンテナンス――睡眠の時間は長くなる。卑怯な考えだ。でも、今はそうするしかなかった。

 かくして。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 私は眠りについた。寝たふりをして裏をかくことはできない。ゆかりさんは毎回、私がちゃんと眠りにつくのを確認してから自分も眠る。

 ……明日の朝、ゆかりさんよりも早く起きられることを願った。

 

  *

 

 目が覚めたとき、隣にあかりちゃんはいなかった。

「え……」

 自分も似たようなことをしたことはある。そうして彼女を不安にさせてしまうことがあった。

 でも、彼女を一人残してどこかに行くことは絶対にない。そもそも私の力ではハッチを開けて出ることは簡単ではない。

 ……正確に言えば、開けられないこともない。しかし途方もない時間がかかるのだ。

「あかりちゃん? どこ?」

 どんなに制御室の中を探しても、あかりちゃんの姿はない。それだけではない。

 リュックもない。

「あかりちゃん……っ!」

 這うように梯子を上る。弱々しい指を引っかけてハッチのハンドルを引くが、やはりびくともしない。

「あかりちゃん!」

 叫ぶしかなかった。

「そこにいるの!? あかりちゃん!」

「……起きちゃったんだ」

 ハッチの向こうから籠った声が聞こえた。ハッチを叩こうと振り上げた腕が止まった。

「あかりちゃん、よかった、ここを開けて……」

「ごめんなさい。今はまだダメ。……リュックの中身、調べ始めたばかりだから」

「……っ」

 嫌な予感は的中していた。

 ずっと隠していた秘密が暴かれてしまう。

 私には何もできない。

 ハッチが冷たく私とあかりちゃんを隔てている。

「あかりちゃん……」

「ごめんなさい。でも、どうしても気になってしまって」

 あかりちゃんは続ける。

「ゆかりさんは本当にたくさん、色々なことを知っていて、私は何も知らなくて。だから私、ゆかりさんにお世話になりっぱなしで、バカな自分が嫌で……」

「そんなこと……」

「でも、でも、ゆかりさん、時々、私が何も知らないのを見て、ほっとしてる……違うかな、なんて言ったらいいか分からないけど、ずっと、私が何かを知るのを怖がってるような……そんな、感じで」

 聞こえづらいが、ごそごそと遺物をあらためる音も聞こえてくる。

「ごめんなさい」

 あかりちゃんは三度(みたび)謝った。

「待っててください。絶対、一人でどこかに行ったりしませんから。……ごめんなさい、ゆかりさん」

「……あかりちゃん」

 それを最後に、どんなに声をかけても返事はなかった。私は梯子を下りると、その場にうずくまって目を閉じた。

 さっき目覚めたばかりだというのに、泥のような眠りが私の意識を奪った。

 

  *

 

 丸一日に及ぶ調査の結果、日が沈もうかというときになって、私は一つのものに目星をつけた。

 他の遺物――MDプレイヤーや折り畳み式携帯電話、ハンドスピナ―といったそれらとは違う雰囲気を漂わせる、奇妙なのっぺりとした黒い円盤。

 私は今までに一度も見たことがない――それもそのはず、リュックの底に作られた二重底の中にこれはあった。

 そして何よりの決め手として、USB-Vに対応したケーブル差し込み口があった。このケーブルに対応しているのは、私が知る限り高度な機械だけ――私とゆかりさん、そして制御室の機器たちだけだ。

 ゆかりさんが言っていた。遺物たちは、意図的に時代遅れのテクノロジーを持つものしか残されていないのかもしれないと。

 無人で動き続けるこの太陽光電池の星や、私たち人型アンドロイドを実現させるための技術よりも、ずっと劣ったレトロチックな品々。

 なぜそれらが各地に残されているのかは分からない。何かの意図があるのか、あるいはないのかすら。

 でも今はどうでもよかった。今はこの黒い円盤だけが真実につながる出口のはずだ。

 ハッチを開ける。

「……ゆかりさん」

 ゆかりさんは梯子の真下でうずくまっていた。

 そっと横に降り、肩をゆする。

「あ……あかりちゃん。見つけて、しまったんですね」

「……はい」

 ゆかりさんは目を伏せて言った。

「それはね、あかりちゃんの記憶です」

「記憶……?」

「はい。あなたが最初に目覚めたときのこと、覚えてますか?」

「え? はい」

 ある制御室の片隅で目覚めたとき、目の前にゆかりさんがいた。記憶がなくて不安に駆られる自分のことを、ゆかりさんは必死になだめてくれた。そのはずだ。

「私は……あなたのすぐそばで目覚めたとあの時に言いました。でもそれは嘘なんです」

「え……?」

「あなたに出会うまでに、私は17の制御室を渡り歩きました。この頭脳にインプットされた知識を使って、西へ西へと歩き出して……。この手だとね、制御室のハッチを開けるのに何時間もかかるんです……本当に、毎回が綱渡りの賭けでした」

 そんな時に、あなたを見つけました。ゆかりさんはそう言った。

「でも、いざあなたを目覚めさせようと思ったとき……怖くなってしまったんです」

「どうしてですか?」

 私がそう問うと、ゆかりさんは目を伏せて質問を返してきた。

「あなたにとって、私は必要ですか?」

「それは勿論……ゆかりさんがいないなんて、考えられなくて……」

「でもそれは、私があなたの知識と記憶を奪ったからです」

「……それ、は」

「そうです。あなただって、本来は私と同じくらいの知識がインストールされていたはずなんです。でも、手の壊れた私を、この子は必要としてくれるでしょうか? ……眠るあなたの前で、私は、怖くなってしまったんです」

 ゆかりさんは私の手に乗った円盤を撫でた。

「これ、こんなに小さいんですけど、すごくたくさんの情報を蓄えることができるんです。私たちの体内に、それぞれ三つ搭載されています」

「それじゃ、これは」

「あなたの体内から取り出したものです」

 ゆかりさんは私の首元に手を添えた。そこにあるパネルを少々いじれば、この円盤を戻すことができるのだろう。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私はあなたに必要とされたくて、許されないことをしました。……アンドロイドのくせに、孤独に耐えきれませんでした。だから……」

「ゆかりさん」

 私はゆかりさんの手を掴んで止めた。

「名前。……私の、名前は」

「名前……?」

「あかりっていうのは、もともとこの記憶装置に入っていた、私本来の名前ですか?」

「……いいえ。中身は見ていませんから――私の名前をもじっただけです。きっと、本来は違う名前があるのでしょう」

「じゃあ、いいです」

「え?」

「私、ゆかりさんにたくさんのものをもらいました。知識と、思い出と、なにより『あかり』って名前を」

 ゆかりさんの顔色が変わった。どうにか私の手を振りほどいて、円盤を私の体内に戻そうとする。

 でも敵うはずもない。自慢の馬鹿力で私はゆかりさんの手を押し戻した。

「どうして? あなたの名前は勿論、役に立つ知識だって詰まっているかもしれないのに……」

「ゆかりさん」

 私はただ、ゆかりさんの名前を呼んだ。

 言いたいことはたくさんある。でも、伝えたいことは一つだ。

 私の本来の名前より。たくさんの知識より。私にとってずっと大事なものがある。

「お願い、ゆかりさん。私からゆかりさんを奪わないで」

「あかりちゃん……」

 開けっ放しのハッチから、星々の光が降り注いでいた。

 

  *

 

「行きましょうか」

「ええ」

 モップとリュックを担ぎ、私はゆかりさんの手を取った。弱々しく握り返される感触が何より嬉しかった。

「ねえ、ゆかりさん。もしなんですけど……もし、水が集まる場所に何もなかったら、どうしますか?」

「そうですね。次は星の真反対に行きましょうか」

「そこにも何も無かったら?」

「次は北極に。そこにも何もなかったら、南極に。それでもだめなら……」

 見上げた空に、ぼんやりと昼の月が見えた。

「この星を飛び出して、どこまでも行きましょうか」

「……ゆかりさん、ずっと私に、行き先を教えてくれますか?」

「はい。どこまでも。たとえ、あなたに教えることが何もなくなったとしても」

「大丈夫ですよ。そんな日は来ません」

 つないだままの手で、ゆかりさんのポケットに収まった私の記憶を軽く叩く。

「ゆかりさんにだって、知らないことはあるんですから」

 

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