シュイン
何度目かの転移の音と共に、景色ががらりと変わっていく。
無機質な石材の空間から一転して、澄み渡る青空と木々の騒めきが耳をくすぐる。
「よし、ほどんどズレもなくついたね。ここが、てこてこ山の中腹あたりになる。」
「おお!野外への長距離移動は初めてでち!良い空気でちねー!気分爽快!」
「うん、これならお弁当を作って持ってきてもよさそうだね!」
「こらこら、ピクニックに来たわけじゃないんだぞ二人とも。これから勧誘の旅をするんだ。」
「ああ、そうでちたね。ここでは何が仲間になるんでちか?」
「うん……。ベロベロスという三つ首の犬と、ハピコというハーピーの子供がハグレとしてこの山のこのあたりにいるはずだ。」
「ええ!?記念すべき初の王国仲間が犬と鷲人間なんでちか!?」
「ハーピーは鳥人じゃないかなー?」
「どっちでも同じでちよ!デーリッチは最初はせめて人型いいでちー!」
「贅沢を言うな。そう簡単に立派な奴らが首を縦に振ってくれるわけがない、王国には私たち三人しかいないんだぞ?」
「うぐっ……そこを言われたら言い返せないでち……!」
「今回は妥協して、まずは落としやすいところから始めようじゃないか。さ、進むぞデーリッチ、ユナ。」
「うぅ…はーいでち。」
「はーい!」
そうやってローズマリーちゃん、デーリッチちゃんと一緒に山を登り始めて本当にすぐだった。
山から流れる滝の前の道を塞ぐように、二体の…ブロブなのかな?あれ?
「ローズマリーちゃん、なんかブロブみたいなのがいるよ?」
「ブロブ?……ああ、あれはスライムって言う下級の魔物ですね。」
「敵でちか?」
「人を襲う敵だけど、私たちの力でも十分に勝てる。適当にあしらっておこう。」
「了解でち!」
「わかりました!」
と威勢よく言ったけど、ローズマリーちゃんのアイスという魔法と、
デーリッチちゃんのフルスイングで一瞬で終わっちゃったんだけどね!
「よし、勝ったでち!」
「うん、その調子だ。ただ戦闘後に体力を消耗しているなら、その後の回復を忘れるなよ?」
「わかったでち。」
そう言いながら三人で再び山登りを始める。
滝の前の道を進み終えると、今度は謎の魔方陣をみつけた。
「この魔方陣はなんでちか?」
「これは回復魔方陣だな。先人たちが残した遺産だというんだが、詳しいことは良く分かっていない。」
「へぇ……、遺産ってことは作ったりできないの?」
「うーん……少なくとも私は今の技術で作ったなんて話は聞かなかったかな。
ただ、少なくともこれはどうやっても壊すこともできない超文明技術で造られているからね。」
「なるほどぉ……やっぱりローズマリーの話はためになるでちね。」
「そう思うなら勉強を頑張ってほしいなぁ……。
まぁ、この回復魔方陣は今後も色んなところで見かけることになるだろう。
ここでは体力と魔力を回復することができるから有効活用していこう。」
回復魔方陣を後にしてさらに進んでいく。
道中ではスライムの他に大きなナメクジやクワガタ、カマキリなどの魔物が出てきたけど、
ローズマリーちゃんのアイス、デーリッチちゃんのフルスイングでうやっぱり一瞬で終わっちゃうから、二人ともすごいなぁって感心しちゃう。
「あ、宝箱があるでち!」
そんなことを考えてると、デーリッチちゃんが声を上げ、走り出す。
「宝箱?山の中にも宝箱ってあるんですね。」
「こういう宝箱は大抵、前にここを訪れた冒険者が残して行ったりしたりするものだけどね。」
そう話をしてると、とことこと肩を落としてデーリッチちゃんが帰ってきた。
「や、薬草だけだったでち……。」
「ああ、前にやってきた冒険者がわざと残していったんだろうね、初心者に譲ろうと考えて皆に譲りまわっていたわけだ。」
「この辺りには冒険者も来るでちか?」
「昔は駆け出しの冒険者用の舞台としてそこそこ賑わってたみたいだけどね。
今は町の近くにもっといい場所が出来たから、ここまでやってくる冒険者は少ないよ。」
「もっとも、ゼロじゃないだろうから、少しは警戒したほうが良いかもしれない。
ハグレだからと狙ってくる冒険者も少なくないからね、野外で見かけてもあまり関わらないほうが良い。」
「おおう、それは恐ろしいでちね……。」
「仲良くできたらいいのになぁ……。」
「今はまだ難しいだろうね、けど王国が大きくなって、ハグレへの認識が変われば……
その時は、冒険者にも警戒しなくてもいい日が来るかもね。」
……
…
――途中イベント「グラスランナー」――
「そういえばユナちん、さっきお花に向かって喋ってたでちが、なにか辛いことでもあったでち?デーリッチで良ければ相談にのるでちよ!」
「あ、いや、辛いことを愚痴ってたわけじゃないの。お花さんにその犬さんとハーピーさんを見てないか聞いてたの。」
「え?花にでちか?」
「うん、虫とか植物の声を少しだけなら聞き取ることができるから」
「へぇ、それもグラスランナーって種族の特徴かい?」
「そうなりますね…あ、どうやらこの先にある滝の道を超えると頂上付近らしくて、
そのあたりに居るかもしれないって教えてくれましたよ。」
「おぉ、それは良い情報でち!お花さんありがとうでち!」
「……うん、お花さんもお役に立ててうれしい、だって。」
―――――――――――――――――――
それから少し歩いて、また滝の道に差しかかった時。
「んー……。」
「どうしたの?デーリッチちゃん。」
「いやぁ、あともうちょっとなのはわかってるんでちが……でっかい野望なのに、
ちまちま歩いて犬を勧誘するとは、やることが地味だと思ってでちねぇ…。」
「まぁまぁ、最初はなんでも地味なものだよ?デーリッチちゃん」
「それはそうなんでちがー……あ、そうだ!いいこと思いついたでちよ!」
「うん?」
「パンドラゲートを多用して、適当でいいからワープしまくるでち!めっちゃ数打てばそのうち他のハグレにも当たる!」
「うん、却下だよデーリッチ、そんなことをすれば滝から真っ逆さまに落ちたり、
地面に埋まったりする可能性もあるんだから。」
「おうぅ、そういえば結構あいまいなゲートでちたね……。」
「それにタダじゃないんだ。使用には、君の魔力を媒介としている。
あまり無理な使用を続ければ、デーリッチがどうなるか分からない。」
「もうすぐ目的の場所に着くんだ、今回は他のハグレはガマンして欲しい。」
「はーいでち……。」がっくし
すこし残念な表情なデーリッチちゃんを励ましながら滝の道を超えて、上へと歩いていくと、二路に分かれた道に差し掛かる。
そこには看板があり、どうやらここが先ほどお花さんから聞いた場所だと分かった。
「えーっと…『付近に天使を語るハーピーが出現中!騙されるな、冒険者たちよ!』…こっちの先に件のハーピーがいるみたいでちが、これ大丈夫でちかね…?」
「こっちは…『これより右、ベロベロス棲家。かの犬、狂暴なり!』だって。」
「どうする?デーリッチ。先に勧誘したい方から君が決めるといいよ。」
「そうでちね…、ならここは怪しいハーピーよりもわかりやすい犬のほうでち!」
「わかった、このまま右に進んでいこうか。」
「おー!でち」
「おー!」
果たして、ベロベロスとはどんな子なのか。
不安すこし、期待はいっぱい胸に抱えて、三人で右の道へ歩いていく…。
解説
【ブロブ】
ユナが元居た世界におけるスライムのような魔法生物。
柔らかく、酸の体を持っているため、打撃武器が効きづらく、
攻撃をした武器や攻撃を受けた防具を24時間以内に
アルコールで消毒しないと溶けてしまう。