昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
あと今回は特にイチャイチャとか無いです。許して。
うつらうつらとした視界の中、まず目にしたのは、葵ちゃんの寝顔だった。
「えっ」
ぼんやりとした驚きの声を僅かにあげて、ああそうかと思い出す。泊まりに来てたんだった。
どうも最近の子って行動的すぎるというか、何というか。もうこれどうしたらいいんだろうか。下手に動いて葵ちゃんを起こしても可哀想だよな。ああでもどうだろう、葵ちゃんのことだし、むしろ飛び起きて抱きついてくる、とかまでは予想できる。どのみち今起こしちゃうとマズイか。
ひとまず、動くに動けないので何かすることもなく、葵ちゃんの寝顔を観察することにした。
うっすらと赤みを帯びた肌に、普段の快活な形相は何処へやら、静かな表情のまま眠りについていた。すぅ、すぅ、と微かに呼吸のリズムが漠然とした安心感を与えてくれる。
こうして見る分にはお嬢様然としているというか、自然体に育ちの良さが滲み出でる感じがするというか。俺の知ってる普段の様子からは考えられないくらい、ちょっと酷い言い方すると『らしくない』感じなんだよなあ。いや単に俺が葵ちゃん『らしい』感じを見慣れちゃってるだけなのかもしれないけど。
そういえば今は何時だろうか。枕元に置いてあるケータイに手を伸ばして画面を見れば、キッチリ6時を示していた。ここまでくると社畜魂が根付いてしまったようで、なんだか妙に心が荒むというか、乾いた笑みが出てくる。涙が出そうだ。
せっかくの休みだし二度寝くらいしてもバチは当たらないだろうから、もう一度寝るとしよう。
「おやすみ、葵ちゃん」
次に目を覚ましたのは7時半、葵ちゃんはまだ目を覚ましてなかったのだけど、この時大きな問題が起こっていた。
いや別に葵ちゃんが懐に潜り込んでるとかそういうことではないのだけど。確かにさっきより距離が近い気がするけど、問題はそこじゃない。
……体が妙に気だるい。痛みを発して、イガイガとして堪えてなければすぐに咳き込みそうな喉。頭が寝ぼけとは違う感覚でボーっとする感覚。
どうにも、風邪をひいたらしい。こりゃあマズイと思って一度体温計を取りに布団から出てリビングに向かおうとして、これ本格的にマズイやつだなと思う頃には足をもつれさせてすっ転んでしまった。
大きな物音が響く。幸い1階に住んでいるから下の階への騒音被害とかを気にしなくていい。
何とか立ち上がって這々の体でどうにかリビングに到着する頃には、明確に体温の高さも体調の悪さも自覚できるくらいにはなっていた。温度計を脇にさしてソファーに横たわる。
しかし、風邪なんていつ以来だろうか。高校卒業して以来な気がする。大学時代は多少遊びまわったりはしたけど、完徹なんて片手に数えるくらいしかしなかったから何だかんだ体調を崩した覚えはないのだけど。
もしかして慣れない事態が続いて、体が疲れてた、とかだろうか。
「………………ハア……」
多すぎる心当たりに少しだけため息を吐く。いや葵ちゃんが悪いわけではない。間が悪かっただけだ。
「ゲホッ、ゲホ……あ゛ー、寒いな」
GWが過ぎたばかり(連休何それ美味しいの状態ではあった)の時期とはいえ、そんな時期に寒いというのは流石におかしい。ちょっと本格的にマズイのではなかろうか。
そう考えていた中、ピピピッと自己主張する体温計にノロノロと手を伸ばして温度を見れば、【39.5】とやたら高い温度を指していた。完全なる風邪である。熱を目で見て実感したせいで余計に怠くなった気がする。
困った。ここ数年風邪なんてひいてなかったから風邪薬なんて置いてないし、冷蔵庫にあるのもカロリーメイトとスポーツドリンクと緑のエナジードリンクだけ。ちゃんと歩くのもキツイのに近隣のドラッグストアの類は徒歩10分くらいかかる。これ詰んだのではなかろうか。
「コーヤ? 凄い音したけど……コーヤ滅茶苦茶顔色悪いよ! 真っ青! 大丈夫!?」
「ぁあ、ごめん、大丈夫じゃないかな……」
「掛け布団持ってくるから待ってて!」
慌てて立ち去り、すぐに布団を持ってきてくれた葵ちゃん。さては彼女が救世主だったのかと、変なことを思いながら咳き込むと、葵ちゃんは心配そうな、困ったような顔をした。
嫌だな。そんな顔をさせたいわけじゃないんだけども。
「体温は計ったの?」
「9度ちょっと。ごめんね、朝から騒がしくって」
「うわっ高熱だ。お薬置いてあるの?」
「無いねえ」
ジトッと何か言いたげな視線を俺に向ける葵ちゃんからの圧力を素知らぬふりして受け流しておけば葵ちゃんが俺の顔に手を伸ばして、そのまま両頬を引っ張ってきた。
「痛い痛い」
「不養生しすぎなんだよコーヤは! ちょっと待ってて薬買ってくるから! ご飯は大丈夫?」
「あー、ごめんね。 ご飯はこっちで何とかするから、薬をお願いしてもいいかな。お金は払うから」
なんとか葵ちゃんの両手から逃れ、しかし絶対零度のジト目で俺のことを睨む(原因はおそらく俺の言ったご飯のこと。既にカロリーメイトで乗り切るつもりなのがバレていたらしい)視線の暴力から逃れるようにノロノロと動いてバッグの中に入れておいた財布から1万円を抜いて葵ちゃんに差し出した。めちゃくちゃ体が重たい。シャレにならないなこれは。
「お釣りはいらないから、残りは葵ちゃんの好きに使っていいよ」なんて言えば「その言い方だと、なんだかコーヤが嫌がってた援交みたいに見えない?」と特大の自爆芸をかましていた。
なん、だと。
……援交に見えてしまうのだろうか。それは嫌だなあ。
「それじゃあ、行ってくるから! 無理はしないでね!」
「動けそうにないからね。……ありがとう、葵ちゃん」
葵ちゃんに鍵を預けて、慌てて走り去るような足音をBGMにソファーから葵ちゃんを見送る。年長者が体調崩して歳下の子に、それも何だかんだ好意を抱いてる相手に面倒を見られるのってなんか恥ずかしいなー。風邪とは関係なく頭が痛くなりそう。
恥ずかしい気分を紛らわすために(そういうことを考えていて少しだけ余裕ができたというのもある)ノロノロとソファーから立ち上がってカロリーメイトとスポーツドリンクを取り出して詰め込むように食べる。適当に取り出したそれはメープル味だったようで、メープルのほのかな甘い風味が口の中に広がる。それを洗い流すようにスポーツドリンクを呷る。2本、3本、4本と飲み込むように食べて、口の中の水分を奪われる度にスポーツドリンクをまた呷る。
「ごちそうさま」と呟いて、やっぱりこういう時楽でいいなと思う。葵ちゃんにしこたま怒られそうだが箱から出してそのまま食べるだけというのは、凄い楽なのだ。特にこういう時。言い訳がましいかもしれないけどもね。
おまけに口の中の水分を奪われること以外は悪いこと無しときた。
同僚にも毎三食カロメはアリだと思うということを伝えるとドン引きしたような顔をされるのは毎度解せないけども。
ついでに同じタイミングで同期の山下に言われた『さてはオメー廃ゲーマーなボトラーだな?』という発言のせいで一時期社内でヤベーやつを見る目で見られたのは本当に嫌な思い出である。ボトラーではない。断じて、ボトラーではない。
そんなことを考えていたら、玄関の鍵が開く音が聞こえた。早いな。もう帰ってきたのか。
「ただいまコーヤ! これ冷えピタに風邪薬!」
「ありがとう、葵ちゃん」
今はまあ、大人しくしていよう。ワチャワチャと忙しく部屋中を動く葵ちゃんを見て、今日も可愛いなあと思いつつそんなことを考えていた。たまには風邪をひくのも、悪くないかもしれない。