昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
すごい今更なんですけど、タグに『感想募集』とか、そういうのは入れてもいいんでしょうか。
事の発端は、葵ちゃんの頼まれごとをこなした後だ。
撮影そのものは1時間半くらいで終わり、内容はあとで帰ってから編集するとのことだった。しかしまあ俺がしたことと言えば雑談とプレイ動画の撮影くらいのもので、意外なほどにあっという間に終わってしまって、こんなので本当に手伝いと呼べるのだろうかと甚だ疑問に思う。
ワールドハンターの動画も撮って、ガチガチの最高火力装備にロマン全振り武器のパイルバンカー(全武器中リーチ最短、隙だらけのモーション、火力全武器中1位)で自己最短記録出したけど、たぶん面白味のない感じになっちゃったし。
隣で見てた葵ちゃんが「うわー……」とか「えぇ……?」とかそんな言葉を漏らしていたのは気になるけど。え、なに、俺そんなに変な挙動してたの?
気がつけば3時を指す時計を見て、なんとも中途半端な時間になってしまったなあと思う。何時もなら引きこもってゲーム三昧なのだけど、流石にそうもいかない。好きな子と一緒に居られるだけで、それだけでいい。
……というのは暴論が過ぎるかもしれないけど、その間何をするでもなく、というのは、流石に苦痛だろうし。俺だったら苦痛だね。
どうするかなーと声には出さず悩んでいると、葵ちゃんから声が掛かった。
「あ、そういえばコーヤ。今夜ってウチにこれる? このあいだの、ご飯のことなんだけど」
「…………え?」
俺の背後から顔を出して、肩に頭を乗せている葵ちゃんから爆弾というか、個人的に気まずい話を振られてしまった。
うん、どうしようか。
考えてもみて欲しい。自分の好きな子の両親と一緒にご飯を食べる、それだけならまだいい。いや完全に結婚前の挨拶とかそういう感じにしか思えないけどまだいい。
そこに『働いている会社の上司』なんて属性が付与されてみろ、途端に大惨事だ。
しかも雨宮さん経由で考えても事実上直属の上司である。気まず過ぎる。俺の胃に(葵ちゃんから与えられる事案案件を加算して)ダメージが酷い。
いやしかし、だ。これを断るのも勇気がいる。葵ちゃんは約束というか、俺の不摂生な食生活を見かねての言葉だったのだから、なんとも言えない。俺自身怒られてから流石に酷い食生活だよなと反省はしているのだ。改善に移ってないけども。
地獄への道は善意で舗装されている、とは誰の言葉だっただろうか。いや別に行き先は地獄でもなんでもないのだけども。気分的には地獄だ。
「……きょ、今日なら大丈夫だよ?」
「やった! それじゃあもうちょっとしたら、私の家に行こ!」
結局断れなくて諦めた。いやぁ、うん。惚れた弱みだ。
「ただいまー。コーヤ連れてきたよ!」
「ああ、お帰り葵。立花君も上がってくれ」
「あ、はい。お邪魔します」
夕方5時になるかならないかくらいの頃、葵ちゃんと俺は乾家にたどり着いた。葵ちゃんの場合は帰ってきた、の方が正しいか。
一般的な(こういう言い方をしてしまうとそもそも一般的とはというツッコミが来そうだけど)茶色い外壁の二階建ての家である。
玄関前にはプランターがいくつか置かれ、赤、白、青、紫と色取り取りの花が植えられていた。乾課長の奥さんの趣味だろうか。
ラフな格好の乾課長に出迎えられ、中に入りリビングに通される。4〜5人で囲えそうなテーブルに同色の椅子、周りに置かれた小物と自分の住んでるアパートの現状を思い出すと思わず泣けてくるくらいいい意味で生活感の溢れた印象を受けた。俺の場合だと悪い意味で生活感に溢れてるケースがままあるからね。最近は葵ちゃんが遊びにきたりする都合片付けとか気をつけているけど。
なんだか落ち着かなく、胃がキリキリとした痛みに襲われる。落ち着かなくてちらりと葵ちゃんを見ると、俺が椅子に座ったのを確認して綺麗な笑顔を見せてそのまま何処かへ向かってしまった。
乾課長とテーブルを挟んで向き合う形になってしまった。漂う微妙な空気に、落ち着かなさと胃の痛みに根をあげたくなる。いや本当に勘弁してほしいください。
しかしそんな空気も長くは続かなかった。救世主が現れたのだ。
「あら、初めまして。君が立花君?」
「む、ああ紹介しよう。妻の桃華だ」
大和撫子と。簡素にまとめられるような美女だった。黒いサラサラとした髪に葵ちゃんの瞳の色とそっくりな薄い茶色。人混みの中に居ても存在感を放ちそうな、それでいて派手すぎないどこか奥ゆかしさを感じさせる人だ。
「は、初めまして。立花と言います。えーと、葵ちゃんと、その」
「えぇ、広樹さんと葵から聞いてるわ。彼氏だって」
クスクスと笑いながら席に着いた桃華さん。その一つ一つの動作にどことなく気品を感じて、着てる衣服だけ同じで、違う時代の生まれの人のような、そんな印象を受けてしまった。
「もう少しで葵がご飯を持ってくると思うから、もうちょっと待っててね? 手伝うって言ったら『大丈夫』って聞かないのよ、あの子」
「立花君を取られる、とでも思ったのではないか?」
「ははは……」
「愛されてるわねえ」なんて言葉が耳を通り過ぎる。いやまさか、葵ちゃんがそんなことを気にするわけもないだろうし、冗談だろう。
それ以上に答えにくいキラーパスの部類が飛んできた気がするけど気にしてはいけない。愛想笑いで誤魔化していく。
「んー、立花君。初対面でこんなことお願いするのは変かもしれないんだけど」
「あ、はい」
何から話したものか、とでも言いたそうな顔をしながら言葉を続ける。
「葵は、昔から人に懐きやすい子だったのよ。でも、ある程度の一線からは絶対に踏み込ませないような子でもあったの。それこそ、私たちでも」
子を憂うひとりの親がいた。隣に座る乾課長も、難しく顔をしかめて俯き腕も組んでしまっている。
「でも、立花君。貴方を見つけてあの子は変わったわ。何か隠し事はしているみたいだけど、自然な笑顔を見せてくれるようになった。だから、ありがとう」
「それは私からも言わせてもらおう。うちの娘が迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
俺に対して頭を下げる2人に対して、なんで対応をすれば良いのかわからなくなってしまった。「頭をあげて下さい!」とは慌てて言ったものの、極端な話2人に頭を下げられる理由は俺にない。
ただ、俺と葵ちゃん/ロボとの関係に巻き込まれてしまっただけであって、もしかすれば俺が頭を下げなければいけないのかもしれない。
「俺は、その、おふたりに頭を下げられるほど大層な人間じゃないです。年下の女の子1人幸せにできるか、わかりません。でも、そう出来るように力は尽くしていきたいと、思っています」
手に汗がにじむ。声が震えて、口の中が乾いて貼り付いてしまう。でも、それでも、葵ちゃんを好きになった以上は、彼女が俺のことを好きで居てくれるなら、俺にはあの子を幸せにしなきゃいけない責任がある。誰に言われたわけでもない、身勝手に背負った責任だけども。
そこまで言って、2人は笑顔をこちらに向けてくれた。そこから始まる娘自慢やエピソードは置いておこう。更にそこから発展して桃華さんに「もうすることしたんじゃないのー?」なんて言葉を向けられ乾課長から鋭い眼光を頂いたことも置いておこう。
当初のイメージが一変してしまった。清楚大和撫子なイメージはどこ……?
そうしたやり取りは、葵ちゃんが作った特製ハンバーグ(玉ねぎ抜き)が並ぶまで続いた。俺の顔色が悪いことを心配そうにしていたけど、大丈夫と笑って誤魔化した。流石に話せないんだよなあ……。
「コーヤっ、これ美味しいよ!」
「こら葵、口の中に食べたものを入れたまま話すな」
「ふふ、大丈夫よ葵。立花君は逃げたりしないわ。ねぇ?」
「は、はい」
上司とその奥さん、ならびに、俺の好きな子であるその娘さんに囲われて夕飯を共にしている状況は、気まずくも、ここの所忘れてしまっていた家庭的な味、というのを思い出させてくれる暖かな味がした。
葵ちゃんの嫌いな食べものは、チョコレート、ネギ関係です。