昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。   作:バンバ

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 前書きとして一つ。ここ最近身近で起こった実体験をベースに書いています。詳しくは作者のTwitterを遡ってください。

 先に言っておくと、それぞれの事情もあるとは思うのですが、ペットを捨てる人のことを、俺は好きになれる自信はありません。虐待する人もです。


オジサンが猫を拾う話。

「コーヤの、浮気者ー!」

  

 

 

 どういうことだってばよ。

 目の前では葵ちゃんが涙目になっていて、俺は思わず顔を引きつらせた。どうしてこうなったのだろうか。

 意識の外側から、空気の読めない(読めなくて当たり前なのだけども)子猫の鳴き声が、確かに聞こえた。

  

  

  

  

「──ィー……ミィー」

「……ありゃ」

  

 事の発端は些細なことで。

 その日は季節が夏に差し掛かろうとしているのだと思うくらい、ジメジメとした空気よりも日差しによって熱を帯びた空気が優っているのを、朝の通勤時から肌で感じていた。

 そろそろうちのアパートのエアコンが過労死する時期になったかと、これから数ヶ月は続くであろう猛暑とかさみ続ける電気代のことを考えて若干の憂鬱になっていた。

 

 いやまあ仕方のないことではあるのだけれど。どこぞの汎用人型決戦兵器が存在する日本のように常夏になっていないだけマシなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、アパートへ無事到着した頃だ。

 丁度俺の部屋が割り当てられている辺りから、愛らしい鳴き声が聞こえた。

  

 嫌な予感がして、ビジネスバッグを玄関先に置いて様子を見に急ぐ。

 ボロボロになったタオルの敷かれたダンボールの中に、蓋の開けられた缶詰と、真っ白な子猫が1匹。

  

「……ハアアァァ……」

  

 顔も知らない誰かに心底腹を立てると共に頭を掻いて落ち着かせることに努める。かつてロボを飼っていた頃の経験からか、こういった出来事に直面すると、なんかこう、言いようのない腹立たしい感覚に襲われる。

 

 息を吸って、吐いて。吸って、吐いてと繰り返す。少しだけ冷静になれた。まず、この子猫を中に入れてやってから考えようと拾い上げて、そこで気がついた。

 ダンボールの中に、皺まみれに紙が1枚。

  

『私たちでは飼えなくなってしまいました。可愛がってあげてください』

  

 丸みを帯びた、可愛らしい書き方だった。

 再度、深く息を吸って、収めきれない苛立ちを整理する。落ち着け。怒りの元を整理しよう。感情的になりすぎるな。深呼吸だ。

 意識して呼吸を整えて、理性的に頭の中を整理する。落ち着け。落ち着け。

 

 ああ、でも、それでも。

  

命を、なんだと思っているんだろうか。

  

 いろんな事情があったのかもしれない。

 放し飼いで飼っていた猫が子供を授かってしまって、その子供たちの世話がしきれなくなってしまったのかもしれない。そうだったとしても、事前に去勢、避妊手術をしてこういったことが起こらないようにする手立ては確かにあった筈なのだ。

 生き物を飼うというのは、自分以外の命に向き合う責任が付きまとうものなのに。

  

 本当に、命をなんだと思っているのか。

  

「……よっしよし、怖くないぞー」

  

 しかしてそんな怒りをこの猫に向けるわけにもいかない。この子は何も悪くないのだ。ただ、生きようとしているだけの、幼い命だ。

 一先ず、ダンボールごと子猫を玄関先に一度運んでから、このアパートの大家さんへ説明しに、大家さんの住む部屋へと向かった。

  

  

  

  

 それからは慌ただしかった。

 いつ見てもカタギには見えない、70代ほどの厳つい大家さんに事情を説明し『鳴き声等の苦情がでなければその間はいいよ』と。

 

 尚且つ『仕事でいない間は、部屋に入っていいのであればエサとかの面倒見る』と快諾と気遣いを得て深く頭を下げたのち、その足で葵ちゃんが首輪事件をやらかしたペットショップへ向かう。

 

 大家さん曰く、「猫は一度その部屋、ないし家の中で飼うと決めたら移動させるのはかえってストレスになる」との話で、そういう部分を大家さんが気を使ってくれたらしい。どうせ見られて困るものも無ければ盗まれるようなものを置いてあるわけでもないのでむしろありがたい話でしかなかった。

 

 20g16袋で小分けにされて子猫用ウェットフード、エサ皿、ダニ・ノミ落としのシャンプーとブラシ、薬品に首輪、ネコ用トイレとクッションベッドを購入し、慌てて帰路に就く。

  

「ミィー」

「おっと、ちょっと待ってろー」

  

 玄関に入った途端、こちらの足をよじ登ろうとしてくる白猫を抱えて風呂場へ急ぐ。お湯が出たのを確認した後、ちょっと申し訳なくなるけど背中から弱めに掛けていく。

  

「おっ。……大人しい。いい子だ」

  

 普通、猫というものは水を嫌うものだと思っていたのだけど、この子はそうでもないらしい。鳴かず、むしろ自分から頭にシャワーを浴びようとしている。

 その様子がなんだかおかしくて、まあ嫌がっていないならそのまま体を洗ってしまおうと買ってきたシャンプーに手を伸ばした。

  

「うわっ、結構汚れてたんだな」

  

 シャンプーを泡立て、体を洗っていけばあっという間に茶色に染まっていく泡をみて言葉が漏れる。毛は真っ白に見えていたけど、思いのほか毛穴に汚れが溜まっていたらしい。しかもまた粒のようなものが浮いている。

 

 注視してみると、体についていた膨らんだダニやノミがポロポロと落ちていたようだ。でけえ。

 

 てかノミも1匹見つけるとゴキブリと同じで滅茶苦茶な数が居ると思うけども、それ以上にダニって凄いと思う。

 滅茶苦茶しぶといし。

というかそのしぶとさでやられた、やらかした事が一度ある。

 

 ロボにダニがついてしまった時に、ロボの使っていたクッションを洗濯機で洗ったら、家中にダニが蔓延してしまった上に、後々調べていたら洗剤や塩素でも完全に殺すことが難しい上、そもそも水中でも1週間前後生存可能という情報を見て家族全員で頭を抱えたりしたことがある。

 

 念入りに10分程度かけて全身を洗ってやって、再び弱めのシャワーを浴びせてやると、先程よりも気持ち白くなったような気がする。

 

 問題が起こったのは、ドライヤーをかけようとした時だった。

 

「痛っ! こ、こらこら!」

「ミィャー!」

 

 ドライヤーから吹き出る風の音に驚いて、濡れたままの体で大暴れしだしてしまったのだ。その際に、腕やら顔に引っ掻き傷ができてしまった。

 いやまあ、ロボ基準で考えていたから、暴れることを想定していなかった俺のミスに違いない。

 

「怖くない、怖くないよー」

「ミィャー! ……ミィー」

 

 暴れようとする子猫を後ろから抱きすくめるようにして、尻尾の付け根あたりから遠めに風を当てる。

 すると、最初は驚いてまた暴れようとしたが、途中から害が無いのがわかってか大人しく風に当たるようになってくれた。

 

「良い子だ」

 

 この際、薬品をかけてブラッシングした後、もう一度ドライヤーを当てようとして腕に傷が増えたものの、まあ大したことはなかったのでスルーするものとする。

 

 15分ほどかけてフワッフワに乾いた体になった白い子猫を抱えてリビングに向かう。

 エサ皿にウェットフードを4分の1程度入れる。

 生後1年に満たない猫は一度に食べられる量が少なく、しかしそれでいて出来るだけエネルギーを摂取できるようにしないといけない。その為、一日に3〜4回ほど小分けにしてエサをあげなければいけない……らしい。

 態々『子猫用』とまで銘打ってあるのには相応の理由があるようだ。

 生憎、ロボの時は覚えている限り、既に我が家にいて数年経っていたので子犬用のエサを食べさせていた記憶がない。こういう部分の知識は結構穴抜けなんだよなあ。

 

 エサ皿に乗せた途端こちらの手元を凝視してくる猫の視線を無視しつつ、もう1つの皿に水を注いで、置いてやると、あっという間に食らいつき始めた。

 

「……腹減ってたんだなあ、お前」

 

 その姿を尻目に、ネコ用トイレの説明書を読んでトイレを設置する。と言っても、ネコが本能的に砂の上でしてくれるように最初だけ誘導すれば良いようで、最初だけ事故に気をつけておけば何とかなるらしい。

 

 しかしまあ、そもそもの心配が杞憂だったようで。

 エサを食べ終わって10分もすると自分からトイレに向かって済ませていたので安心する。

 

 あとはクッションベッドだけだ。子猫をこの上に乗せて撫でているうちにそこで寝てしまったのでとりあえず問題ないだろう。

 一応夜泣き防止の為に空のペットボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりの物も用意はしておいたが、問題なかったらしくて、ようやくそこで一息をつくことができた。

 

「つっかれた……」

 

 時計に目をやれば既に10時を回ろうとしている。こりゃ何日かはゲームをやる余裕もなさそうだと諦めまじりにため息を吐いた。

 

 そんな具合に、仕事に忙殺されたり、ちょっとだけゲームをしようとしたら子猫が妨害工作してきたり等々色々あったうちに金曜日になったのだけど。

 

 

 

 

 そこで事件が起こったわけである。葵ちゃんのセリフに繋がるのだ。

 

「私だってコーヤに飼われたりむしろ昔の恩返しとして飼ったりしたいのに!!」

「待って論点そこなの!? てか自然と飼うとか言うな!? 俺社会人なの!」

「で、でも、コーヤのご飯作ってあげたりしてる時は、なんかその、ちょっとだけ主従逆転というか、倒錯めいた感じがして……

「えっ、待ってちょっと、えっ、それは……えー……?」

 

 少しだけ葵ちゃんの深い闇っぽい何かが出てきたが、それは頑張って無視する。

 言いたいことをまとめると『コーヤは私の飼い主だから! 他の子に盗られたくない!』という感じだった。

 何故に猫と競り合おうとするのかがわからなかったけども。……とりあえず少し殺気立っている葵ちゃんの頭を撫でながら伝える。

 

「んー。俺としては葵ちゃん一筋のつもりだし、なあ。それに、葵ちゃんも別にその子のこと嫌いじゃないみたいだし」

 

 そうなのである。葵ちゃんは俺と痴話喧嘩めいた事をしている間、常に優しく子猫を抱えていたのだ。赤児を抱くよう、決して怪我をさせぬように優しく、優しく。

 今もソファーに座りながら子猫の背中を撫でているあたり、全く嫌っている様子には見えないのだ。

 

「だって、コーヤもこの子も、悪くないし……」

「まあ、ねえ。葵ちゃん、先に明言しておく。俺は、可愛いとかその猫に言うかもしれない。でも、葵ちゃんへ向けて言うそれとはだいぶ違うんだ」

 

 子猫に向ける感情は、保護者的な視点での守りたくなるような感情の篭った『可愛い』と思う感情で、葵ちゃんに向けるのは、家族愛で、恋愛感情で、元とはいえペットで……それらの様々な感情や愛情がドロドロに入り乱れてる重たい部分を濃縮した『可愛い』という感情で、言語化するのが難しいけれどとにかく複雑で重たい感情を向けてしまっているのは事実だ。

 なので、葵ちゃんの言う浮気には当たらないと断言したい。……させて。

 

「……うん。わかった。そうしたら、コーヤ。この子の名前ってもう決まってるの?」

「うん? いや、まだ決まってないよ。今のところ苦情とかは来てないから問題はないって言うのが大家さんの意見らしいけど」

「そうしたら、この子の名前、私がつけていい?」

 

 納得してくれた葵ちゃんの言葉に惑いつつも、現状下手に愛着が湧きすぎても別れが辛くなってしまうと思って名前をつけなかった。でも、こうやってエサを与えたり、世話をしてあげたりしてしまっている以上、最後まで面倒を見ないというのはなんとなく嫌だったりする本音もある。

 そういう意味だと、葵ちゃんの申し出はありがたいものでもあった。俺だけだとたぶん、なあなあでずーっと飼っていても名前をつけられなかったはずだし。

 エナジードリンク(葵ちゃんからは鋭い睨みをもらってしまったがスルーするものとする)を口にして、一息ついて改めて葵ちゃんにお願いすることにした。

 

「そうしたら、お願いしていいかな」

「うん、ありがとうね。よーし、そしたら、今日からアナタは! 『ブランカ』だよ!」

 

 その名前を聞いた時、俺が再び口に含んだ直後のエナジードリンクでむせかえったのは、まあ余談である。


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