昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
月曜の乾課長との二者面談(としか説明できない飲み会)から日数が経ち、今日は早くも土曜。つまり、葵ちゃんと買い物に行く約束を取り付けた日が来てしまったのだ。早い、早すぎる。一応、心の準備だけは済ませているのがまだ救いだろう。前回みたいなことが起きても、きっと冷静に対応できる、筈。だといいなあ。既に胃が痛い。
窓から外を見る。まるで先週の焼き直しのような快晴が広がっていて、願わくばと窓のそばにぶら下げていた逆さてるてる坊主は全く効力を発揮してくれなかったらしい。悲しい。いや葵ちゃんと出かけるのが嫌だったとかじゃあないんだけども。何というか、こう、前回のようなやらかしで俺の社会的死が確定することを恐れていたりするのだけれども。
まあ、乾課長の半ば公認(付き合っている云々は否定したかったが言い出すタイミングを掴めず言えずに終わってしまった)になってしまったので何というか。葵ちゃんもこちらに好意を向けてきてくれているから、断りづらいというのもある。
しかし、アラサーの滅茶苦茶デカイオジサンが学生の女の子と一緒にアクセサリーショップを巡るって、やっぱりそれだけで犯罪臭というか、事案だよなと思えてならない。
こっちはそういう目で葵ちゃんを見てないけれど、葵ちゃんが結構、かなり、怪しいんだよなあ。初対面兼再会を果たしたあの時の雰囲気を考えると特に。つがいとか言ってたし。初対面で子供何人欲しいって聞かれたし。
幸いなのは押し倒されるような展開にはまずならないことか。こういう時この体の大きさに感謝したくなる。普段は人目を集めるし車に乗り降りする時とかよく頭をぶつけるのでもう20センチ小さければ、と普段は思わずにはいられない高身長なのだけども。
まあ、日本人にありがちな胴長体型がこの高身長で現れなかったのは救いだと思う。
欠伸を一つして、時計を見る。午前9時丁度を指していた。確か、10時にファミレスに集合と言っていたから、待たせても何だし、30分くらい前に到着するように行けばいいかと納得してひとまず顔を洗うことにした。
洗面台の前に取り付けられた鏡を見て、マシになったとはいえ確かに酷い隈だと笑う。こりゃまた葵ちゃんに心配されるなと落ちる汚れでもないのに目の周りを重点的に洗い流す。ぼんやりとした頭が冷水で叩き起こされる感覚は嫌いじゃないけど、少しだけ目が痛くなるのが欠点だな。
お湯で顔洗うと目が覚めないんだよなあ。なんて思っているとズボンのポッケに入れておいたケータイから振動が。画面を見れば【葵ちゃん/ロボ】の文字が表示されていた。
「もしもし、立花です」
『おはようコーヤ! 今まだ家にいるの?』
「うん? ああ、まだ居るよ。どうしたんだい?」
前回とは打って変わって朝から元気ハツラツ! な声のトーンで電話をかけてきた葵ちゃん。予定のある日は早めに起きられるとか、そんな感じなのだろうか?
その声を聞いて自分のことではないのに安心してしまうのは、やはり彼女が元愛犬だという事実に後押しをされているからなのかは、今のところわからない。ただ、ここ数日は、何となく彼女の声が聞こえなくて寂しかったという思いがあるのもまた事実で。
自分で思っておいてあれだ、気持ち悪いな俺。
『んーん、何でもない。コーヤってさ、黒と白ならどっちが好き?』
「え? 唐突だなあ。んー、黒かな?」
その色がどちらもロボを思い起こさせる色だから、というのが理由なんだけども。まあ、黒は基本的に選びやすい色だからというのもあった。ロボを連想するからとい説明するのも気が引けたので曖昧に濁して返答する。それを聞いた葵ちゃんは『黒ね! わかった!』と返事をした。何の色かは、尋ねたら後が怖いので聞かないでおく。
俺はそこで少し気になっていたことを聞いてみることにした。興味があるというのも本当だし、心配だからというのもある。
「葵ちゃんは、その、俺みたいなオジサンとじゃなくて、もっと年の近い友達とか居ないのかい?」
『いっぱい居るよ? 友達。でも、皆私とコーヤの今後が気になるからコーヤ優先でいいよって言ってくれるの!』
トンデモナイ返事を、返された気がする。
えーと。咀嚼しよう。
友達はいっぱい居る。で、俺と葵ちゃんの恋バナ? (俺はまだ認めていない)に興味津々で、更なる続きを求めて俺と葵ちゃんの約束を優先させている、と。
既に多方面に広まってる、だと? え、ええ? どうしてこうなった? い、いやまだだまだ何とかなる。冷静に、クールになれ俺。
あー無理、絶対無理だってコレ冷静になるとか無理! ナンデ!? ナンデコウナッタ!?
外堀、というワードが僅かに脳裏をよぎった。まさか。
「あ、葵ちゃん。まさか、それ狙ってやってる?」
『え? 狙うって何を?』
「ごめんなさいなんでもないから忘れて。そ、それじゃあまた後でね」
『うん! じゃあね!』
そっかー、天然でコレかあ。胃に走る痛みが、一瞬だけ激痛に変わった気がした。
これ以上は、いけない。今は聞きたくない。その一心で電話を切って頭痛のする頭を押さえる。洗面台の鏡には、遠い目をした俺が映っていた。
どうしてこうなった。
あの後、10時ごろに滞りなく合流できた俺と葵ちゃんは、そのままアクセサリーショップを目指して足を進めた。10分程度の道中で、葵ちゃんが似合わないサングラスを着けた女の子の集まりを見つけて手を振ったり話しかけに行ったりとトラブルがあったが、まあ些細なことだろう。葵ちゃん曰く学校の友達とのことだったし。
うん、些細なことじゃないね絶対。おっかけじみたことをされる側に回るとは、人生わかったもんじゃないね。吐きそう。
まあ、無事にアクセサリーショップに到着した俺たちは、葵ちゃんの欲しそうなアクセサリーを探すことにした。
その時に店員さんに葵ちゃんが開口一番『首輪ありますか?』なんて尋ねたもんだから既に周囲の視線がガンガン集まっている訳なのだけど。まだ大丈夫、大丈夫だ。これはまだ予測していた事案の範疇だ。
そんな視線を物ともせずに葵ちゃんが店員さんに連れられて行くのを見て、慌てて追いかける。
出入り口からそれなりに歩いたところでネックレス等々の置かれているコーナーにたどり着いた。そこで店員さんから、「チョーカーは一応ネックレスにあたる」という簡単な説明を受けた。知らなかった。てっきりチョーカーっていう一括りになっているのかとばかり勘違いしていた。
「コーヤ、コレどう、似合ってる?」
「に、似合ってるんじゃないかな……」
白のブラウスに黒のデニム、そこにベルトタイプの黒色のレザーチョーカーが存在感を発揮して、とても似合っていた。でも、俺にはどうしても首輪をしてもらってキラキラ目を輝かせているJKという危ない絵に見えて仕方がない、事案だ。やっぱり事案だこれ。と言うか色ってチョーカーの色のことだったのね。
「やっぱり、私とコーヤの間には首輪がなきゃ落ち着かないや。コーヤもそう思わない?」
「どうしてそうなるのかオジサン聞きたいところなんだけども。いまの葵ちゃんは、ロボじゃないよ」
「ううん、ロボだよ。だって、こんな風にプレゼントを買ってもらって、今すぐにでも駆け回りたいくらい喜んでいるの! コーヤ、抱きつかせて!」
「おわっ!?」
突然ぐいっと引っ張られてたたらを踏んだところで、葵ちゃんが強く抱きついてきた。顔を腹のあたりに擦り寄せてきて、人懐っこい犬を想起させる。昔の、遊んでと甘えてくるロボの素振りそのままで、俺はなんだか懐かしくなって思わず笑みが出た。懐かしさに従って頭を撫ではじめた所で、ここが何処なのかを思い出して慌ててしがみ付く葵ちゃんを引き離した俺はレジに向かう。
「もっと頭撫でてよー!」
「はいはいそれはまた今度ね!」
「ホント!? 絶対だよ!」
人の視線の嵐を突き抜けながら、レジへ向かった俺たちは、逃げるように会計を済ませて外に出た。いや本当に、参っちゃうな。俺も完全にやらかしたし。なんか、完璧にダメだった。
コレも葵ちゃんが、ロボが可愛らしすぎるのが原因か? ……いやいやいやいや待て俺冷静になれ。相手は女子高生だ、女子高生だぞ! 完全に言い逃れできない犯罪者になっちまう! 豚箱には行きたくないんだろ俺!
そうやって悶々としていた所で、一度ため息をついて、腕時計を見る。12時目前を指した時計を見て、一度ご飯でも食べに行こうと考えた。そういえば葵ちゃんはどう言う料理が好きなのだろうか。前回はハンバーグセットを頼んでいたような気がする。肉系が好きであればあの店なんか良さそうだな。
思考をまとめ、ご飯食べに行こうかと声をかけようとしたところで、葵ちゃんが口を開いた。爆弾を落とした、とも言う。
「あ、そういえば今日コーヤの家に泊めてって、私言ってたっけ?」
「……え、ゴメン、今なんて?」
え? なんて?
尚、主人公はチョーカーを送る意味を把握してません。