昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 作:バンバ
副題、オジサンがいろいろ追い詰められる話。
あの後はもう、本当に色々と大変だった。何が大変かと言うか、何でも大変だったと言うべきか。
葵ちゃんの「コーヤ撫でて!」から始まり、体の匂いを嗅いで恍惚とした表情を浮かべたり。
俺の上から降りたと思ったら横に座って膝枕をしてきたり(俺の体が大きすぎてソファーが非常に手狭だった)、果てには膝枕しながらキスしようとして俺が勢いよく頭を上げたせいで二人してデコをぶつけるなどのトラブルが盛り沢山だった。
もうお腹いっぱいだよオジサン。灰色の青春を過ごしてた反動か何かかな?
そんなこんなしていれば時間が過ぎるのも結構早く、時間は午後5時半。俺は今葵ちゃんの前で正座していた。何故と思うだろう? 自業自得というか、人に心配かけるような生活がバレたから、というか。
「コーヤ、もう一回聞くね?」
「はい」
笑顔は笑顔なんだけど、いかにも私怒ってますと言わんばかりの笑顔で俺に凄んでくる葵ちゃんに、不覚にもどきりとさせられる。うん、怒る美少女も、良いものだ。
笑顔は元々威嚇の表情であり、云々というフレーズが頭をよぎった。思わず正座したまま後ろに後ずさりしたくなった。
「コーヤの家には冷蔵庫はあるのに、入ってるのは水とスポーツドリンクの作り置きと危ない薬みたいな緑のジュースの缶だけで。食器棚には本当に申し訳程度の食器と箸一組! 未使用同然の調理器具に埃被った炊飯器!! 探しても探しても出てこないお米!!! コーヤの! 普段の! 食生活! どうなってるの!!!」
「あー、ここ最近は確か……」
ここで、ここ数年の俺の食事事情を少し思い返していこう。
平日朝はカロリーメイトとエナジードリンク。昼はほぼ社食でいつも申し訳程度の野菜の入ったハンバーグ定食。夜はカロリーメイトと作り置きのスポーツドリンク。
ここでたまに外食とかが挟まったりする。
休日も基本的に三食カロリーメイトに、朝昼はエナジードリンク、夜はスポーツドリンク。
別に食べられれば何でも良いんだけども、流石に肉ばかりや炭水化物ばかりだと体に悪いと思ってカロリーメイトにしてるのだけど、葵ちゃんとしては「そこで栄養気にするなら普通に食べて!」ということらしい。
流石に夜にエナジードリンクを飲んでしまうと寝つきが悪くなるので程々に抑えるようにしている。カフェインは大事よね。仕事の時はこれが友達だ。残業の時もこれに何度助けられたか。
「うぅ、コーヤが放っておくと偏食するのは昔からだったけど、こんなに酷くなるなんてー!」
「あ、葵ちゃん落ち着いて。ね?」
「これが落ち着いていられるかー! そんな酷い食生活送ってるなんて私思いもしてなかった! 特に緑のアレは本当に危ないんだから!」
「あー、確か人間以外にはカフェインは毒なんだっけ?」
「本当はコーヤたちにも毒だからね! なんでコーヤたちってちゃんと安全だってわかってないのにチョコとかコンニャクとか食べられるの!」
「それ俺関係なくない……?」
ギャーギャー憤る葵ちゃんに対して、どうやら俺は今火に油を注ぐことしかできないようだ。あ、葵ちゃんもハンバーグ食べるやん。玉ねぎ入ってるじゃん。と言いたかったけど今は大丈夫なの! と一蹴される未来しか見えない。それを言ってしまうとチョコもなんだけど、というか何でコンニャク? という言葉は飲み込んだ。どうにも、葵ちゃんのこの辺りの感性はロボ寄りのようだ。
でも割と偏食というか、荒んだ食生活には理由があって、社会人になってからプライベートの時間を少しでも長く確保する為にっていうのがある。
30代間近ながらゲームが好きな俺としては、仕事が終わればプライベートな時間をなるべく確保しておきたい。たまに入る残業で思うように時間を確保できないというのもある。そういう時に手早く栄養補給できるというのは本当にありがたい。いや本当に。
ああでも長風呂も好きだ。膝を折らなきゃ全身浸かれないのが残念だけども、そうやってゆったりと時間が流れるのを楽しむのも嫌いではない、むしろ好きだわ。大事なことなので二回言わせてもらおう。
内心言い訳を続けていたところ据わった目をした葵ちゃんからの視線が突き刺さる。勘弁してくださいオジサンもう胃が痛いよ。
「コーヤ。今度私の今の家でご飯食べよう。そうしよう」
「え゛、いや、待って葵ちゃん」
「好きな人の心を掴むにはまず胃袋から、ってみんな言ってたけどコーヤの家だとそれ以前の問題なんだもん! 絶対来てよね! わかった!?」
この後、俺が折れて葵ちゃんの笑顔を頂いた後、結局材料を買って料理を作るにしても遅くなってしまうという理由で外食になった。ごめんね、葵ちゃん。この時に俺が葵ちゃんの分までお金を払うか払わないかで一悶着あったのだけど、省略しよう。だって、ねえ。一応互いに気心知れてるかも知れない相手でも、年自体は一回りも離れてる訳で。そんな二人組で、片方は学生なのに割り勘? 流石にこの一線は譲るわけにはいかないんだよなあ。
そんなこんなで夜の8時。お風呂も沸かして葵ちゃんに先に入ってもらおうと思ったところ、「ちょっと宿題とかやりたいから先に入って!」と言われて湯船に浸かっていた時だ。
ふと、膝枕をされた時の感覚を思い出してしまったというか、あれだけ整った容姿の子が俺なんかに親愛を向けてくれるというのは滅多なことでは起きないわけで。
これが全部都合のいい夢であったら、どれだけ滑稽だろうとふと思ってしまった。別れの夢を見てしまったが為に都合のいい夢を見てるだけなのではないかと、なんとなく、本当にただなんとなく恐ろしくなっていた。
ああ、バカだなぁと思う。そんなこと考えたってこれは現実で、そんなことを考えてしまうこと自体が葵ちゃんに対して、俺の家族だったロボに対して失礼だ。でも、一度でも芽生えてしまった漠然とした不安感というのはモヤモヤと留まるように胸の奥にしこりを作る。
少し考えるのが嫌になった俺は、頭をかいた。少しだけ漏れる溜め息に、疲れてんのかなと独り言が混じる。
今日早めに寝るかと考えたあたりで、風呂場の扉の開く音が、確かに聞こえた。
「お邪魔しまーす」
一糸まとわぬ姿の葵ちゃんが、風呂場に乱入してきたらしい。そのまま何事も無かったように頭を洗って、体を洗って、僅かな隙間に入り込むように湯船に入る。そうなると、無論というか、俺の体と葵ちゃんの、女の子らしい柔らかい体が密着するわけでして。
………………。
…………。
……。はい? え、はい?
「ん? どうしたのコーヤ?」
「ナンデ!? ナンデ!? というかタオルどうした!?」
「えー、だってコーヤ私の裸なんて見慣れてるし良いかなって」
裸なんて見慣れてるし良いかな。
裸なんて、見慣れてるし、良いかな。
はだかなんてみなれてるしいいかな?
どうにも今日は厄日らしい。水面に餌を求める金魚みたいに口をパクパクさせることしかできない。そして訳がわからない。俺が、葵ちゃんの、裸を、見慣れてる?
よっし、待とう。俺はそんな児童ポルノ染みたことに加担した覚えは一切ないし、これからもするつもりは無い。絶対だ絶対!!
「待って葵ちゃんの裸見たことないよ俺!?」
「今じゃなくて昔の。ロボの頃だよ?」
「感性そっちに引っ張られすぎじゃねーかチクショウめ!? あ、ちょ葵ちゃん動かないで! 当たってる、当たってるから!!」
今日は、本当に、厄日かも知れない。悶々とさせられながら天国のような地獄、というか妙なところで感性がロボな葵ちゃんに散々手を焼かされたのだった。乾課長になんて説明したらいいんだこれ。