昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。   作:バンバ

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お風呂場会の続きです。


JKが色々と語る話。

「えっへへ……」

「えへへじゃないよ……襲われても文句言えないよ?」

「襲ってくれるの?」

「ごめんなさいオジサンが悪かったからそんな期待したような顔しないで」

 

 あのあと、湯船の中で体を縮めてどうにかもう1人入れそうなスペースを作ってそこに葵ちゃんが入ってきた。流石に外に出すのもしのびなかったし、俺が出ようとすると泣きそうな顔をするので俺の方から折れざるをえなかったというのが正直なところなのだけど。

 女の子の泣き顔は流石に見たくないです。しょうがない、のかなあ? 

 

 というか何でこんなちょっとエッチな要素アリアリの、ラッキースケベ的展開が多いマンガの主人公みたいな展開が起きてるのだろうか。

 ほんの数週間前まで年齢イコール彼女いない歴を更新し続けていたのになぁ。解せぬ。

 いや不満があるわけじゃない。そんなこと思ったら葵ちゃんに失礼だ。さっきチラッと見えただけでも、綺麗な体をしていた……いやなにを考えているんだ俺はお巡りさん俺です!? 落ち着け、coolになれ。

 

 いやまあそれ以前に、付き合ってるわけでもないのだけど。それに葵ちゃんの、というかロボの場合経歴が特殊すぎるから、どうなんだろう。

 

 あと、俺が葵ちゃんの裸を見慣れてるなんて事実は一切ない! ないったらないんだ! 慣れてるんだったら今頃葵ちゃんの裸ガン見してるだろうしね!? いや違うそうじゃない。

 

「……ねえコーヤ。手、つないでいい?」

「え? あ、ああ、構わないよ」

 

 嬉しそうに、どこか艶っぽく笑う葵ちゃんの表情に思わず顔を背けたくなる。風呂が熱いからとか、そんな理由で誤魔化しきれないくらい俺の顔が赤くなっているのが簡単にイメージできた。

 俺の手に、葵ちゃんの手が繋がった。指と指とを絡ませて、離さないと言わんばかりにしっかりと掴まれる。

 

 ……いかん、本当に不味い。余計なところまで熱持ちそうになってるんだけど。

 

「私ね。たぶん、お父さんにも、お母さんにもすごい愛されてるんだ」

「うん? まあ、乾課長は普段いい人だし、課長の奥さんには会ったことないけど、いい人なんだろうなって予想はつくよ」

 

 実際、葵ちゃんのことを思ってるのはこのあいだの飲みの時に聞いたことだ。課長の奥さんとは面識は無いけど、きっといい人なのだろうとは思う。散々惚気てたし、たぶん間違いない。

 しかし、葵ちゃんは「んー」と言って笑う。

 

「でもね、違うの。私は乾葵っていう人になる前は、ロボっていう犬だったから。コーヤたちの家族だったから、さ。なんて言えばいいのかな。愛されてるのはわかっていたけど、寂しかった、のかな?」

 

 初めて見る顔だった。儚くて、崩れ落ちそうで、悲しげにも見える、笑み。それに合わせて葵ちゃんは体を傾けて俺を支えに寄り添ってきた。

 

「15年、もう少し経ったら16年かな? 人として生きてきて、色んなことを学んで、知るたびに、寂しさはどんどん強くなってったの。コーヤに会いたい。一緒に居たいって。でもさ、人として色んなことを知れば知るほど、コーヤたちのことを知らないことに気づかされて。一億人も住んでる国の、どの辺りに家があってなんて、昔は考えたこともなかったもん」

 

 不満気に、なのに何処か楽し気に話す彼女の言葉に耳を傾ける。余ったもう片方の腕を、俺の腕に絡ませてきた。俺は今、どんな顔をしているだろうか。

 

「色んなことを知ったせいでもあったんだよね。過去とか、未来とか。そもそも生まれた時代が違うかもしれない、なんて考えは、ロボの頃は絶対出来なかった」

「葵ちゃん……」

 

 静かな涙が、湯船の中に混じる。でも、葵ちゃんは笑っていた。最初の今にも消えてしまいそうな笑みではない。明るい、優し気な顔で。腕にかかる力が、僅かに増した。

 

「最初は嬉しかったんだ。コーヤたちと同じ生き物になれた、もっとコーヤたちと仲良くなれるって、さ。でも、なんて言えばいいんだろうね? 絶望感、かな。住んでた場所の目星も無い。鼻も利かない。知れば知るほどわからなくなる。だから、思い出に浸るように過ごしてたんだ。お父さんたちに昔のことを話して、思い出して、少しでも寂しさを紛らせたくて」

 

「余計に寂しくなってたのは今思うと完全に自爆だよね」とあっけらかんと笑う彼女に、俺は言葉がかけられなかった。ただ、葵ちゃんに対する、ロボに対する認識が少しずつ、しかし確かに変化していくのを感じる。

 ただ、昔に、昔の思い出だけに振り回される女の子なのだろうと思っていた。その認識から、ズレ始めた。

 

「だから、5、6年前かな。お父さんからうっすらコーヤの匂いを感じて、タチバナって名前を聞いて、まさかって。それから、嬉しくてさー。それからだね。私が朝早く、住んでる周りを歩き回るようになったの。それで、この前、やっと見つけた。私の家族で、会いたくて会いたくて仕方なかった、大好きな人」

「ロボ……いや、違うね。葵ちゃん」

 

 ここまでひとりの女の子に多大な影響を与えてしまったなんて、知らなかった。

 ここまで寂しい思いをさせてしまっていたなんて、知らなかった。

 ここまで本気で思われていたなんて、知らなかった。知ろうともしてなかった。

 ただただ、ロボだったから、とか、そういう問題じゃなかったんだ。違うんだ。違ったんだ。誰が悪かったわけでもない。過去のこともあったかもしれないけど、それ以前に。

 

 どんな運命のいたずらか、過去の記憶を抱えたまま人になってしまっただけの女の子が、見つけた幸せをもう手放さまいと必死になっていただけだったんだ。

 

 ただ、そう。明確にそう思うことができた。そのおかげだろうか。腹が決まった。決心が付いた。

 初めてだった。葵ちゃんだからとか、ロボだったからとか関係ない。言い方が悪いかもしれないけど、他人を、幸せにしてあげたいとここまで思ったのは。

 

「……葵ちゃん、えっと、その」

 

 顔を葵ちゃんに向ける。僅かにキョトンとした顔が、本当に愛らしい。クスリと笑って空いた手で頭を撫でて、目を嬉しげに細める彼女の顔を見て、改めて覚悟を決めて少し体を動かした。

 

 俺は、どうも言葉にするのが苦手らしい。なら、恥ずかしくても、行動に移すしかないのだろう。腹は括ったのだろう立花幸也。ならあとは動くだけだ。

 

 唇が、僅かに、葵ちゃんの唇に、触れた。

 

「……ごめん、今はここまでで、ね?」

「コ、コーヤ……」

「ごめんね、その。好きだよ、葵ちゃんのこと」

 

 きっと今の俺の顔は、茹で蛸のようになっているに違いない。顔どころか全身が異常に熱を持ってる気がする。思考がまとまらず、ただ漠然かつ曖昧に、精一杯できる限りの笑顔を向けることしか、彼女に示せるなにかがない。

 

「お、俺は先に上がってるから! のぼせないようにね、葵ちゃん!」

「う、うん、わかった!」

 

 

 

 

 逃げるように風呂場から立ち去った頃には、思わず自分の行動に頭を抱えたくなった。相手は学生だろうとか、いろんな後悔が襲ってくる。豚箱に行きたくないと現実逃避を連発していたアホウはどこだと首を傾げたくなる。俺だよバーカ! どうしてこうなった!? 13歳差で、上司の娘で、等々様々な問題が頭をよぎっては積み重なっていく。どれもこれも俺の社会生命を絶たんとするばかりのものばかりで草も生えない、

 

 けれど、それらの損得勘定云々を差し引いても、俺が葵ちゃんに抱いた思いは本心なわけで。

 

 色々と考えを整理しても落ち着かない煮え立った頭が落ち着くのは、葵ちゃんがお風呂から上がってきた10時くらいになってからのことだった。




【速報】主人公、とうとう手を出す(少しだけ)

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