大神の怒りに触れて滅んでしまった旧人類。
もしも生き残りがあの兄弟だけではなかったら?
そしてその生き残りが大神への復讐を企てていたらどうなるか。

これは人類の変わらない業を描いた話である。

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うたわれるものをやっていて前から書きたいなと思っていた話です。
ちょっと二人の白皇とかだと旧人類への言葉と扱いがあんまりで大神のやったことにハクが物分かりが良すぎたので書きました。

とりあえず見せ場だけをまとめてがーっと書いただけなので、読者様の評価や感想次第では長編は無理ですが、中編くらいなら書くかも。

かなりヘイト色が強めで、主人公が傲慢という言葉に手足をはやしたような存在なので
苦手な方は注意してください。


人間の最大の罪は 傲慢である。

炎の中、男が跪いていた。

彼の目の前には一人の女が倒れている。

男は血と泥に塗れ、震えていた。

 

周囲の炎が皮膚を炙る事にさえ意識を割けず、男は女を見つめている。

傍らには未だに銃口から硝煙を燻ぶらせる銃が役目を終えて転がり、黒光りする銃口は炎の赤を照り返し続ける。

 

 

周囲の高度な技術で作られた機械類はすべてが真っ赤な画面を映し出し、深刻なエラーを報告し続けていた。

 

 

気候操作衛星制御不可能。

全自立兵器の信号ロスト。

人工衛星とのリンクの切断。

各レベル隔壁封鎖。

未知の生命反応を確認。

コロニー内の生存者数減少。

 

 

エラー。エラー。エラー。

レベル5相当の災害が発生しました。

管理者はただちにマニュアルに従い避難してください。

 

 

何もかもが終わりに向かっていた。

何千年も何万年も、遺伝子という視点で見れば数億年もの過去から続いていた系譜はここで終わる。

繁栄の果てに技術の進化と引き換えに肉体を退化させてしまった人類は地上環境の激変に耐えきれず地下にモグラの如く移り住み……奇妙な「病」によって終わりを迎えようとしている。

 

 

 

そうだ。人類は決定的な衰退を迎え、あがき、終わろうとしていた。

 

 

一握りの希望は確かにあった。

思えばとあるコロニーの調査隊が見つけ出した「アイスマン」という生きたオーパーツとの接触がすべての始まりとなる。

21世紀の成人男性と同程度の免疫と確かな知性を兼ね備えた彼の顔面に張り付いた奇妙な骨づくりの仮面は行き詰った人類に大きな可能性を見せた。

 

何千もの繊維ファインバーよりも細く鋭い管を脳髄へと差し込むその仮面は原理こそ不明なれど、装着した人間のすべての能力を劇的に底上げする能力を持っていた。

記憶能力、身体能力、免疫、知能、精神的な耐久性、おおよそ人のもつ全ての力を昇華させる正に魔法の如き奇跡の権化。

 

 

男は一部とはいえその研究に関わっていた。

別のコロニーが主に行っていた実験ではあるが、男が今まで行っていた分野の研究はこの仮面の原理の解析には必須ともいえるモノだったから。

全ては上手くいっていたはずだった。

根本的な解析こそならなかったが、丸ごと複製を行い、一部とはいえ量産さえ可能になり、後は更なる解析と改良をして全ての人類に配れば良かった。

 

 

あと10年もあれば人類は部分的にでも地上への帰還が出来ると見込まれる程に全ては順風満帆だった。

 

 

だが、もう遅い。何もかも夢物語である。

地上の支配者に返り咲く夢想など泡のように消えた。

 

 

ある時を境に何の前触れもなく奇妙な「病」がすべての人類を襲った。

今までに見たことがなく、治療する時間さえ許されない病だ。

まるで呪いの様に人を蝕み、無作為に殺し……否、死ぬことさえ許されない苦痛を与える病。

 

 

体が崩れ、人の体という固体からアメーバの様な液体へと転じさせてしまう恐ろしい奇病。

治療する時間さえなく崩壊が始まればすべては一瞬で終わってしまう。

アメーバへと落ちた存在は知性も何もなく生き続けることになる。

 

 

死ぬことは出来ない。皮肉にもその姿は人類が目指していた“強い肉体”そのものである。

悪意に満ちた解釈で得られた不老不死ともいえよう。

対処法はただ一つ。肉体が溶け堕ちる前に殺してやればいい。

そうすればスライム化の進行は停止し、動かなくなる。

 

 

それが正しいことを男は今女に対して証明した。

 

 

 

女の腹部に男は手を突っ込む。

そこには何発も銃弾を撃ち込まれた為に空いてしまった穴があり、腕はずるっと真っ赤な粘性のモノをかき分けて沈み込んだ。

中にあった“モノ”……ドロドロに煮込まれた肉塊の様なものを男は引きずり出し、愛しむように抱き込む。

 

もう動かない。泣かない。

これから愛するはずだった其れは母体の中で病に感染し、外に飛び出ようとする前に男の手で殺された。

 

 

男の目には映っていた。

ここが顔、ここが手で、この小さな左右で長さの違うものが足。

下半身の状態を見るに恐らく女の子だったのが伺える。

 

 

既に名前も考えていた。

きっと女に…妻に似て活発で、心優しい子に育つのだろうと未来に希望を募らせていた。

もう何もない。そんな未来は永遠に途絶えてしまった。

 

 

男は顔を上げる。彼の様々な技術で強化された眼は三次元とは違った世界を映しとる。

不可視でありながらどす黒い何らかの「力」が周囲を渦巻き、様々な人間を不死にして永遠の存在へと作り替えていく様を。

これは……病ではない。あえて言うならば呪いだと男は悟っていた。

 

 

 

呪い、呪い、呪い、呪……ならばそれを扱った存在がいる。

間違いなく。何者か、だれか、はたまた何か。

許すわけにはいかない。見逃すことなどできない。

 

 

 

 

許さない。身を焦がす憎悪と共に男は誓った。

これで終わるものか、終わってなるものか。認めない。認めるわけにはいかない。

こんなふざけた話があるものか。

 

 

 

名前も知らない何者かよ。

巨大なるナニカよ。

我々人類はお前を決して許さない。

 

 

 

 

炎に炙られ、涙さえ蒸発する中、男は妻と子だったものを抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────神経インターフェース起動。全システムチェック。問題なし。

────各サイロ、システムとのアクセス。問題なし。

────複合人格統合完了。統一化完成。

────システム完成度89% シークエンス続行。

 

 

 

一秒にも満たないデフラグを終えて男は白黒させていた瞳に力を戻し、周囲を見渡す。

何もない暗黒の世界は相も変わらず冷たく、果てが見えない。

太陽から吹き付ける「風」に対応を終えた彼は自分の状態を確認すると、全身にとてつもない気迫を漲らせる。

 

 

ほんのささやかなデフラグのつもりだったが、まさかあの記憶がフラッシュバックするとは彼にも予想がつかない事だったのだ。

あふれ出る憎悪と憤怒を抑え込むのに彼は全身全霊を用いる。胸中で起きる喧騒を鎮める。

これから行う作業はとても細やかなものであり、これらの感情は指元を狂わせる原因になる。

 

 

脳裏にこびり付いていたのはまだ彼が彼であった時に刻まれた深い記憶、彼の行動原理ともいえるものだ。

何千年経とうと忘れることはない感情。

真っ黒な太陽ともいえる憎悪と憤怒と決意は彼の中で陰ったことはない。

だが、今は必要はない。今は。

 

 

僅かに肌寒い世界の中、男は黙々と作業をこなしていた。

無音の世界であっても彼、彼らは思考を乱されることはなく、高度な専門的知識と技術を要求される作業を処理していく。

真っ白な装甲プレートの一部を開き、何百列ものパスワードを日常会話のごとき気楽さで正確に入力する。

 

 

ぷしゅっと空気の漏れる音と共に装甲が開き、施設内部への通路が現れる。

どのような機械であっても手動で操作できるべきだという持論の正しさを証明されたような気分になりながら男は身を翻し通路の中に潜る。

 

 

数えで十世紀以上も誰も立ち入る事の出来なかった施設だったが、電灯などは問題なく作動し白亜の通路が光で満たされる。

こつんと、自然物ではありえない硬度の床をブーツが叩けば、男は背筋を伸ばし大きく息を吸って、吐いた。

既に呼吸などは必要のない動作ではあるが、人として生まれた以上持つ本能のようなものだ。

 

 

 

「おいで。おいで。私達は君たちを迎えに来たんだ」

 

 

男が声を張り上げて言えば、物陰の中から次々とナニカ……ピンクとも桃色とも、赤とも付かない色をしたゼリー状の怪物が現れる。

タタリと呼ばれるおぞましい怪物たち。

死ぬことはなくどのような手段をもってしても一時しのぎにしかならない絶望を前に男は恐れるどころか、両腕を広げて歓迎の意を示した。

ジリジリ迫りくるタタリに対して男は慈愛と労りに満ちた言葉で語り掛ける。

 

 

「時間がかかってしまってすまない。

 この空の果てで苦しんだ貴方たちにはゆっくりと休む時間が必要だ。

 そしてその後、もしよければ───」

 

 

目と鼻の先にまで迫るタタリへ更に訴える。

タタリとなってしまった人間には耳も鼻もないが、それでも男は人への敬意を失わない。

彼らは人だ。被害者だ。平穏に生きるべき人たちだった。

愛するものがあって、愛されることもあったはずだ。

 

 

大きくタタリの体が広がる。

食虫植物のように体内でじわじわと相手を捕食し、消化する行動の前振りである。

あと一瞬もすれば男は食われる……はずだった。

 

 

「どうか力を貸してほしい。私達にこのような苦痛を強いたものへと報復を行うために。 誤った世界を正し、再び人の世を築くために」

 

 

 

男の体に触れたタタリの動きが止まる。

プルプルと震え、その表面にさざ波が走る。それは歓喜か、はたまた単純な反射か。

男の指がタタリの身の中に潜り込めば、淡く輝くナニカが吸い上げられ、タタリは活動を停止した。

 

 

 

不滅の肉体といえど、それらを操る意思……魂がなければもはやそれはただの置物である。

 

 

続々と周囲に集まるタタリたちは震えていた。

彼らに思考はない。彼らにかつての自我はない。だがそれでも目の前の存在が自分にとっての救いなのだと理解するだけの残照は残っていた。

男が手を掲げ、唇を動かす。どのような国でも使われることのなかった言語が紡がれる。

 

 

とても、とても強い言霊の乗った言語だ。

それそのものが世を捻じ曲げる力を持つ不可思議なものであったが、男はそれを使いこなす。

 

 

 

『एक कहावत है: “जितना गुड़ डालोगे उतना ही मीठा होगा।』

 

 

一体、また一体とタタリの中から輝きが飛び出し、男の中へと吸い込まれていく。

 

 

『जैसे एक जानी-मानी कहावत है:

 “जीतनेवाले कभी हार नहीं मानते, हार माननेवाले कभी जीतते नहीं』

 

 

 

数多くのタタリが安らぎの中に飛び込み、後に残されたのは肉塊たちだけ。

男は膝をつき、深く、深く頭を下げた。

長くこの地に取り残され、孤独に苛まれていた彼らの生涯に敬意を表し、一礼をしてから取り込んだ彼らの中より情報を慎重に抜き取っていく。

 

 

誰一人として抵抗するものはなかった。

かつてはこの地の管理者であり運営者であった彼らは喜んでその権能の全てを男へと託す。

 

 

 

「気象操作衛星アマテラス4号機。確かに託されました。

 あとは任せて皆さんは暫し休んでいてください」

 

 

頭の中に流れ込む情報の濁流はあっという間に男の持つ記録となり、記憶へと変わる。

額に指をやればそこにあるのは肌ではなく、黒く硬質な仮面。

人間の頭蓋骨を切り取ったような形状の不気味なマスクで男は顔の鼻から上を覆っていた。

 

 

真っ黒な眼窩の中で男は瞼を瞑り、かつてここであった営みと、そのあとの悲劇に一瞬だけ思いを馳せれば、すぐに歩き出す。

既にこの地に関する全ての情報を……それこそ長年のスタッフでしか知りえない裏道なども含めて知り尽くしていた男は迷うことなく管制室へと足を踏み入れることができた。

 

 

 

管制室の中にも複数いたタタリを手早く休ませた後、男はパネルを操作し本来ならばここの責任者でしか知りえないマスターコードを直接打ち込む。

外部からの遠隔操作ならばマスターキーという特殊な装置が必要になるが、この空の果てにまで直接出向いてコードを入力すれば問題なく最上級レベルでの管理者行動を行うことができる。

そしてもう一つ。マスターキーを用いずとも、それと同等の権利を行使する方法がここにはあった。

 

 

『パスワードを確認。生体情報をチェックします。動かないでください』

 

 

 

アナウンスを聞いた瞬間、男の体に複数の不可視のセンサーが照射される。

男はセンサーが身を貫く寸前に自らの概念的な内側に存在する魂を読み取り、それらを体へと反映させた。

男の肉体的な内部が瞬時に作り替えられる。DNA、染色体、血液型、手相、指紋、脳内を流れる電気信号、男の自我はそのままに体だけが変わる。

 

 

 

『確認完了。ようこそ、エイブラムス・ヘレス様。

 アマテラス4号機は貴方の指揮下に入ります。

 最後のアクセスは今から9999時間以上前になります』

 

 

 

「通信機能を使う。回線を地球全土を対象に開いてくれ。

 それと、外部カメラを使って地球を映し出してほしい』

 

 

 

『了解しました』

 

 

 

かつてはこの地の指揮官腰かけていた椅子に腰を落とし、男は通信がつながるのを待つ。

彼の前のモニターには青く美しい星が輝いていた。ほぅと男はそれを見てため息をする。

あの美しい星はいつみても変わらない。だからこそ現状は残念でならない、あそこに蔓延るのはおぞましい者らなのだから。

 

 

 

『聞こえるか。こちらはヤマトだ。アイヌ、どうだ? 

 アマテラスの制御は成功したのか?』

 

 

 

モニターが切り替わり、映し出されたのは老人の顔だ。

豪奢な装いをまとった老人は心配そうな声を上げて、男、アイヌへと語り掛けている。

アイヌは身を乗り出すと、口元に笑みを浮かべて老人へと返した。

 

 

「アマテラス4号機は私達の管理下に入りました。

 そしてここの職員の方々を解放してあげることもできました。

 じきに衛星を経由して生き残った全ての施設の権限を取り戻すこともできるでしょう。 大成功ですよ、帰ったらいい酒を頼みますね」

 

 

 

 

『体に大事はないか? 何かあったら直ぐに計画を中断して戻ってくるのだぞ。

 お前の身が一番大事なのだからな』

 

 

 

気遣いの言葉にアイヌは胸の奥底が暖かくなるのを感じた。

この老人は本当に素晴らしい人だと改めてこういう場面で確信する。

天然の人たらしなお方だと内心で感嘆しながら言葉を返す。

 

 

 

「大丈夫ですよ。宇宙空間で一番苦労した事といえば、無重力になれることでしたから。

 体の方は全く問題ありません。そちらに戻る前に念のため除染しておきます」

 

 

 

『……そうか。では、頼む。すまんな。このような危険な仕事を押し付けてしまって』

 

 

 

「当然の事をやっているだけですよ。

 誰かが困っていたら助けるのは人として当たり前でしょう。

 用事を済ませたら戻りますので通信を切りますね」

 

 

 

『うむ。くれぐれも気をつけてな』

 

 

最後まで労りの言葉を残して老人との接続が切れる。

アイヌが手元のコンソールを操作し、周辺の状況や地球全土の施設の状態などをリストアップする。

やはりというべきか殆どの施設は崩壊し連絡は途絶している。

 

 

幾つかアイヌが掌握している施設はともかく、大規模な拠点は全て崩壊している現状が映し出された。

最も、この程度の結果は予想していたのでアイヌに驚きも失望もない、本題はここからだ。

 

 

 

「この4号機に備えられている重力操作装置を用いて地球を取り巻くデブリを操作する。

 ゲートを使用し、指定された地点へとデブリたちを輸送しろ」

 

 

『システムチェック後、実行いたします』

 

 

ピピピと機械がうなりを上げて現状を確認していく。

気が遠くなるほど放置された巨大衛星の不具合を洗い出し、ナノマシンがその個所を修復していく様をアイヌは眺めながらもう一つ端末を操作した。

各拠点でコールドスリープしていた住民たちの情報を引き出すと、それらのデータを老人の元に送り、更に端末上を指が走る。

 

 

ここの管理者でしか知りえず、本来はアクセスが不可能だった情報が十世紀以上の年月を経て必要な者の手へと渡ろうとしていた。

 

 

「“High end secret” アマテラス管理者レベル5権限及び

 暫定的人類統合政府最高指導者権限によって開示を求める」

 

 

 

『承認しました。このアクセスは最高機密のためログには残りません』

 

 

 

一瞬だけ全ての画面が真っ赤に染まると、再び戻り地球の立体図が展開される。

地球の各地にポツポツと赤い点が表示され、点滅を繰り返す。

 

 

 

───アント・カリ計画。

 

 

表示された概要はアイヌをして絶句を抱くものだった。

無数の機械軍の製造拠点。有機物コンバーター。自己増殖。

かつての人類が行おうとして出来なかった理想。

 

 

これがもしも実行されていたら地球はどうなっていたことか。

 

旧時代、環境汚染が進んでしまったせいで人類は地上を去らなくてはならなかった。

アマテラスをはじめとした気象衛星を用いて地上を浄化し、かつての基準にまで戻せこそしたが

今度は人類の体が長すぎる地下生活のせいで退化し地上の夥しいバクテリアやウィルスへの免疫を失ってしまうことになる。

 

 

清すぎる水では魚は生きられぬというが、人類は逆に清濁併せもつ事が不可能になってしまったのだ。

 

 

ならばと、多くの研究者は人間の体の進化と強化を望んだ。

かつてのアイヌだってその一人だった。

だが、この計画は違う。

 

 

人類を自然に適応させるのではない。惑星生命園再生の逆だ。

自然を人類に適応させるのだ。無尽蔵に有機物を餌に増殖する機械たちの手で一度全てをゼロに戻して。

アンチ・テラ・フォーミング、アンチ・ガイアレメリエーションとでも名付けるべきか。

 

 

 

命に満ちた星を死の星へと変えるのだ、自分たちのエゴのために。

 

 

有機物コンバーターは悪食だ。

えり好みせず全ての命を餌とし人間以外のあらゆる動物、植物、細菌、ウィルス、大気、バクテリアの一匹も残さず地球を平らげるだろう。

何もかもが消え去りただの岩と海水だけになった地球をアマテラスを用いて0から自分たちにとって都合のいい星へと書き換える、それがこの計画の全容だ。

 

 

そしてこれらの製造拠点はそっくりそのまま、ほぼ傷つかない状態で残っていた。

この極秘計画を知っているものは片手で数える程度であり、狂気の沙汰であるこれらの機械軍は完全に自動化した拠点で製造される。

タタリと化す人はおらず、命令を下す者も、知る者さえいない拠点が無傷で残るは当然と言えた。

 

 

 

アイヌは思考する。これらを扱うにせよ、抜本的なプログラムへの制限が必要だ。

現状老人の収めるヤマトという国は戦力的には問題はない。

機械の軍団を用いる必要はなく“道具”達が機械という技術の象徴を見るのもあまり喜ばしくはない。

 

 

あれらはただ人類のもたらす栄光に目を輝かせていればいい。

いずれ用済みになるその日まで。

アイヌの最終的な計画にも軍事力はそこまで必要とはしていないが、だがこの機械軍を野放しにするのはとても危険で、惜しい。

 

 

だが、だが、だが……惜しい。

 

 

惜しい、という感情がアイヌの「中」で巻き上がっていた。

人類としての生き残りである彼は現在の原始的な地球を嘆いている。

旧時代から数多くの天才が形作り、大勢が仕上げた美しい文明社会が消え去り幾星霜、その痕跡は遺跡でしかなくなってしまった。

 

 

 

今地球で文明といえるのは老人が作り上げたヤマトだけ。

それ以外は原始時代もかくやという有様だ。

嘆かわしい、愚かしい、恨めしい、不愉快だ、汚物だ、獣臭く、羨ましい。

 

 

何も知らず太陽の下を当然の様に歩く人形たちへの憤りが彼の中に在る“彼ら”から噴き出す。

どれほどの奇跡の上に自分たちがいるのかも知らず、ヘラヘラと笑ってかつての人類のまねごとをしている壊れた道具どもへの怨嗟が。

捨てられていたはずなのに、廃棄する予定だったのに、何でお前たちはそこにいる?

 

 

───そこにいるのは我々の筈だったのに。そこは私達の席なのに。

───そこは、俺たちが生きる地なのに!

───返してもらう必要がある。報いを与える必要がある。

───根絶やしにし、この星を、世界を、天をあるべき形に修正しなくては。

 

 

 

吹き上げる怒りのまま、起動シグナルを押さない為にアイヌは多大な精神力を要した。

まだ地上には希望がある。ヤマトという唯一無二の希望が。

あの心優しい翁は機械による無作為の崩壊など望まないのだ。

 

 

何度か深呼吸して喧騒を納めれば、氷のように冷たく、機械の如く精確な計算が始まり、秒もかからず指はそれに従い動きだす。

1から直接機械たちのプログラムを書き換え、自分たちにとって都合のよい状態にする。

 

 

ふと、外部のカメラから送られてくる映像を見ればそこにあったのは輝く太陽。

旧時代より何も変わらず地球を照らす希望の象徴。

 

 

 

 

指を動かしながらアイヌは改めて誓った。いずれあの光を浴びるのは我々だ。

この世界の根本から正して見せる。

たとえ何年かかり、どれだけの労苦を重ねようと人類が一つになればできない事など存在しないと心からアイヌは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い茶番だったとアイヌは人知れずため息を吐いていた。

ヤマトという国家を舞台にした巨大な戦役は彼にとっては不愉快極まりないものであった。

やはり人形どもはダメだと彼らは不快感を隠そうともしなかった。

 

 

自らの欲望の為に裏切りを働いたものがいた。

自らのくだらない私怨の為によりにもよって人類が築いた橋を破壊したものがいた。

自らの嫉妬の為に創造主を害し、人類を手にかけようとした愚者がいた。

 

 

特に三番目の男は存在そのものが唾棄すべき汚物である。

既に居場所の検討はついており、報復は実行に移りつつある。

 

 

 

だが同時に輝かしいモノを見れたと満足もしている。

人類の強さ、誇り高さ、優しさ、家族愛……。

 

 

アイヌは深々と目の前の存在に頭を垂れた。

巨大な電球の様なフラスコの中でたゆたう存在が生きているという事実だけがアイヌを勇気づける。

やはり偉大なる存在の弟もまた偉大な存在であったと。

 

 

「おめでとうございます。貴方の弟はやり遂げました。

 アンジュ様は無事、天子として即位なされました。

 ハク様がいらっしゃなければこれはあり得なかったことでしょう」

 

 

『そうか……娘が』

 

 

医療ポッドの中の老人……帝が娘という単語を口にした瞬間、アイヌはそれを訂正したい衝動に襲われるが、彼はそれをかみ殺す。

彼の近くに寄り添う「ホノカ」という存在と今はこの上で帝として君臨する「アンジュ」を見るたびにアイヌは帝の背負った悲しみを想像してしまう。

間違っていると分かりながら家族の誇りを辱める行為を行うに至った絶望は、彼にも覚えがある。

 

 

だが、これは明らかな間違いだとアイヌは思っている。

どうあってもあれらは代用品だ。本物ではないと何度口に出してしまおうかと思ったことか。

 

 

別にアイヌは帝があの二つを新しい家族扱いしても何とも思わない。

旧時代の人間にあったペットロスという言葉の通り、自らが飼育しているペットを家族と同一の存在と見て愛情を注ぐ文化はあったのだから。

新しい家族としてみるのならばアイヌも何も思わないだろう。人にはそれぞれ趣味嗜好がある。

 

 

 

だが……“代用品”は気に入らなかった。

本物はどこかにタタリとしてさ迷っているかもしれない、本物はもしかしたら無念の内に、あの混乱に巻き込まれて死んでしまったかもしれない。

例えDNAからして同じであってもどうあっても本物にはならない。

どれだけそっくりの外見に作り、同じ声で笑いかけようと、それは模造品でしかない。

 

 

もしも本物が戻ってきた時、ホノカさんとアンジュさんの二人が自分たちの模造品を見て何と思うか。

 

 

そんな考えを全く表に出さずアイヌは言葉を続ける。

この問題はとてもデリケートであり、帝の聖域ともいえる話題ということくらいは理解している。

遠くから聞こえるエレベーターの音を聞き、アイヌはもう間もなく自分がお邪魔虫になることを悟り、会話を畳もうとする。

 

 

「もう暫しお休みください。貴方を傷つけた者の検討はついています。

 あとは全て私達が片づけておきますので、今はゆっくりと家族の時間を過ごすのです」

 

 

 

『………………』

 

 

 

「ほどなく全ての準備が整います。───我々は報復を果たす。

 私達が貴方の分までかの存在に鉄槌を下す。

 俺たちが味わった苦痛を奴とその眷属全てに味合わせてやる」

 

 

 

零れるのは超高濃度の憎悪。人類全ての憤怒を凝縮した傲慢な怒り。

この世の全てを否定し、抹消しなくてはとまらない狂おしい殺意だ。

 

 

『お前は……いや、お前たちはやはり許せんのか。

 気の遠くなるほどの年月を経てなお、憎悪が薄まる事はなかったか』

 

 

 

「全く」

 

 

 

会話はここまでだとアイヌは身を翻す。遠くでエレベーターの扉が開く音がした。

もう間もなくここに帝の弟であり、この世で二人目の同胞であるハクがやってくる。

家族同士の会話に首を突っ込む気はなく、自分はあの大戦の時と同じく影に徹しようとアイヌは転移の術を使ってすぐに立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノイズが走る。

とあるモノに接続された無数の細いケーブルが情報を出力する。

 

 

───管理者のバックアップデータ、検索。

 

 

 

倒れていた少年がいた。

顔は真っ赤で、熱が出ており体中からは冷や汗が垂れ流しになっている。

真っ白な寝床に横になった少年の隣には老人……帝とその妻がいた。

 

 

 

──具合はどうだ?

 

 

老人が問えば、女性がもう熱はないと答え、老人──帝は思案しながら言う。

 

 

──もう年を改めてから三度目か。ここのところ多いな。

 

 

帝の言葉に妻が答える。

慈しみに満ちた瞳で少年を見やり、そのほほを指でなぞる。

 

 

 

──私達を喜ばせたい一心で……つい無理を……本当に、心優しい子。

 

 

──あぁ、優しすぎるのだな。

 この子は……だが、儂の後継となり帝を務めあげるには優しさだけではダメなのだ。

 

 

──承知しております。

 

 

映像が切り替わる。

帝は愉快そうに一枚の紙……そこに書かれている絵を眺めて笑っていた。

 

 

──おぉ、儂の姿絵か。そうか、そうか! よく出来ておる!!

 

 

 

我が子が描いた自らの絵を楽し気に眺める帝の姿はヤマトの頂点ではなく、紛れもなく一人の父親だった。

いつものように傍らに寄り添う妻の複製品は息子がどれほど楽しそうにこの絵を描いていたかを帝に告げると、彼は項垂れてから言った。

 

 

───儂たちは、この子に無理を強いておるのかもしれんな……心優しいこの子に政の道はつらいだろう。この子に重荷を背負わせているのかもしれん。

 

 

帝は優しいだけではない。

人類の生き残りとして生き延びるため、苛烈な策を講じたことなど何度もある。

ヤマトがまだ小国だった頃などは血で血を洗う日々だった。

 

 

だからこそ、己の子には自分と同じ様になってほしくないという純粋な親心だったのかもしれない。

それが後の惨禍につながるとしても、根底の善意は間違いなかった。

 

 

 

──この子には儂の跡継ぎなどではなく、己の好きな道を生きてもらおうではないか。

 

 

──その時の支障とならぬよう、この子の出生に関わるデータと記憶は消しておこう。

 

 

 

──この子は余の複製などではない。私達の息子なのだ。

 

 

 

『いいえ。違います。断じてあなた方の息子などではありません。

 コレは貴方のクローンであり、壊れた存在です』

 

 

 

否だとアイヌは流れてくるデータに向けて断じた。

誰が何と言おうとこれに関しては貴方は間違っていると。

そもそも人間、息子扱いをするならば記憶を弄る事などするはずはないでしょうと。

 

 

 

「さて、これが真相なわけなんだけど……感想はあるか?」

 

 

泥と血に塗れた髪の毛をつかみ上げ、アイヌは目の前の男……帝殺害未遂の犯人にして彼のクローンである男、ウォシスの頭を乱雑に持ち上げて覗き込んだ。

彼の頭部には耳や鼻、瞼の隙間から無数のコードが伸びており、それらが直接脳内に情報を送り込んでいる。

コードの根本はアイヌの衣服の中より伸びていた。彼の被る黒色の骸がかすかに発光している。

 

 

彼の瞳に苦痛はなかったが、それを補って余りあるほどの衝撃と絶望があった。

 

 

「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だァ……私が、複製だと……そんな馬鹿な事が……」

 

 

「事実を知ったクローンは大概こうなる。

 見飽きた反応だ。つまらないと思わないか、お前たち?」

 

 

近くに鎮座する護衛……人を模していながら顔の存在しない機械の兵に語り掛けるが、やはり返事はない。

答えなど期待してはおらず、むしろ従順かつ寡黙な機械の反応に気をよくしながらアイヌはウォシスの頭を引っ張り、自分に向い合せると淡々と告げる。

 

 

 

「複製人間法、第207条。複製人間は己のオリジナルを害してはならない。

 これに違反した“物”は全ての記憶の初期化及び肉体資源の廃棄に処す」

 

 

 

「…………」

 

 

全てに絶望しきっているのか何も返さないウォシスだったが、アイヌは構わないと続ける。

 

 

 

「暫定人類統合政府権限によってお前の全ての人権をはく奪します。

 この処置について異論を唱えることは許されず、またお前には弁護を受ける権利、黙秘の権利は存在しません。

 これよりお前の存在は我々が保有する資源として扱われ、一切の反論、反抗、反平和的行動は許可されない」

 

 

 

「勝手にしなさい………もう私には何も」

 

 

 

「ではそうさせてもらおう。まずはアレを見てみろ。

 お前の望んだ偉大なる我々の叡智の極みの一つだぞ」

 

 

アイヌの口元が歪む。内部でざわめく人類たちの悪意が表層へとにじみ出てくる。

深い深い帝やその親族への敬愛、人類の博愛の面とは裏側に存在する他者に対する攻撃性が今の彼を突き動かしていた。

 

 

「っ! お前たち……!」

 

 

ウォシスが見たのは機械兵に摘まみ上げられた自らの部下三匹。

皆手足が明後日の方向に曲げられた上に筋を切られて動く事さえできず、舌を抜かれ、喉も潰されているせいで声を上げることもできない。

唯一自由になる目だけでウォシスを見つめ、涙を流している。

 

 

 

外に広がるのは反り返った形状の巨人という異形たちの残骸。

ウォシスの護衛を務めていた彼らは例外なく砕かれ、一体も動かない。

 

 

 

 

「健気なモノだったよ。

 忠誠心だけは認めてやってもいいが……。

 まぁ、所詮はお前の植え付けたモノなのだろう? 

 だからほら、こういう風に簡単に消去できる」

 

 

 

───“Safety ccde”入力。「■■■■■■■」

 

 

───パスを確認。管理者権限により対象デコイの記憶編集を行います。

 

 

 

ウォシスの頭より手を離し、アイヌはぼろクズのようにぶら下げられている三匹の人形の元へと歩みよる。

少年の姿を模した彼らの瞳から涙はひっきりなしに溢れている。これから自分たちがどうなるかを悟ったのだろう。

やだやだと頭を振る彼らに対してアイヌはそっと微笑みかけて絶望の底に叩き込む。

 

 

「今からお前たちの記憶の全てを消去する。

 間違った主に製造されたことを悔やむんだな。

 だけど安心していい、直ぐに次の役割を与えてやろう」

 

 

 

やめろと叫びながらどこにそんな気力が残っていたのかウォシスが悶えるが、機械兵に顎を殴られ歯を何本か叩きおられ涙ながらに処刑の光景を見ることしかできなくなった。

 

 

 

──対象、デコイ三匹。固体名。シャスリカ。ラヴィエ。リヴェルニ。

 

 

 

──記憶を消去します。……消去が完了しました。工場出荷状態へのリセット完了。

 次のコード入力があるまで仮死状態で待機します。

 

 

 

 

一瞬だけ抵抗したように瞳を揺らした三匹は、直ぐに力なく死んだように脱力し動かなくなった。

生存に関わる最低限だけの機能を残して何もかもを消去された彼らはもう思考することは出来ない。

いわば脳死状態だ。頭の活動を完全に停止させられ、放っておけば心肺機能も衰えていくだろう。

 

 

 

「あぁぁぁ……おヴぁえたち……返、じをしろっ……わだし、だ、ウォ、じずだ! 

 こだ、えろ!」

 

 

ゆさゆさと動かなくなった手足をばたつかせ必死に訴えかけるがもう答えることはない、届くこともない。

 

 

 

「ここからが本番だというのに、騒ぐんじゃない」

 

 

アイヌが指示すれば機械兵がウォシスの口を抑え込み黙らせる。

 

 

ドン、ドンという踵の底からゆするような振動と共に新手の機械が現れる。

ウォシスが隠れ家として扱っていた屋敷の天井を軽々と引きちぎり顔を覗かせるのは異形の機械だった。

小さな丘ほどある巨体は旧世界に存在していた蜘蛛の様な下半身と、その中央部から生える人間の様な形状の上半身で構築されている。

 

 

上半身には腕が複数存在しているが頭部はなく、代わりに人間でいう胸の位置にいくつものセンサー類やカメラが取り付けられていた。

器用に8本ある足の内の2本を使い、先端にある作業用のアームで屋根をはぎ取り、主であるアイヌの元へと機械蜘蛛ははせ参じる。

機械兵の一種であり、地上を闊歩する中では大型の部類に入る量産型だ。

 

 

 

「バイオマス転換機構稼働。有機物コンバーターを使用」

 

 

 

餌だとアイヌが指示すれば機械兵たちはもう動かなくなった三つの肉塊を機械蜘蛛に捧げる。

蜘蛛の足先からどす黒い粒子が放出され、それらは赤い光を放ちながら三匹にまとわりつく。

 

 

「我々の偉大なる叡智を見せてやる。これこそが奇跡だ」

 

 

息を呑むウォシスを前にアイヌは高揚しながら告げる。

十世紀以上の年月を経てなお、色あせることのない夢想が彼らを動かす。

 

 

三匹の体が崩れる。

まずは衣服が溶け、次に皮膚、露出した筋肉と血管、最後は残った骨までが瞬く間に分解され蜘蛛の中に取り込まれる。

ギィンという音を立てて命を食った機械はそれらを蹂躙し咀嚼し、最低限のロスで全くの別物へと作り替えていく。

 

 

【Start signa】

 

 

【Start of biomass conversion】

 

 

蜘蛛の中央部に映像が浮かび上がり、ほんの数秒後、装甲の一部が開き中から新手の機械兵が二体歩いてきた。

二体の機械兵はアイヌの前に来ると跪き、ウォシスの方へと向く。

 

 

「二体か。一匹分は弾薬にでもなったかな?」

 

 

ぱちぱちと拍手しながらアイヌは呆然とした様子で機械兵を眺めるウォシスに声をかける。

こんこんと硬質な機械の装甲を指で叩きながらアイヌは気楽に笑いかけた。

 

 

「というわけで、お前の部下は私達の所に転職したわけだ。

 彼らの新しい門出を祝ってくれ。なに、お前よりは有意義に使うさ」

 

 

完全にアイヌが何をしたかを理解したウォシスの顔に浮かんだのは絶望よりも怒りだった。

血反吐を吐きながら身をゆすり、潰されかけた喉で憎悪を叫ぶ。

 

 

「ふざげ、るなぁ……がえ、ぜ! わだ、じの……あのこ、たちを、かぇ、ぜぇぇぇ……。

 ころして、やる……コロシテやるぞっ…………」

 

 

にやりとアイヌが笑う。計画通りだ。

今回のこの行為にはかなりの私的な感情が混ざっていたが、それでも自分の最終的な計画の為に避けては通れない道であるのも事実。

懐に手を入れて取り出すのは一つの仮面。

 

 

 

これは帝が制作していたものではない。

かつて彼が作り封印に至ったものを模倣したものだ。

データだけを知っていたアイヌはかの禁忌を完全に再現し、調整し、手に入れた。

自らに使うため……ではない。超えるべき目標を知るためだ。

 

 

完全に、完璧に再現され、人間が使うために調整までされたこれを人間が被ればその存在はアレに限りなく近づくことができるだろう。

つまり……本番前の予行練習の相手として最適ということだ。

 

 

負けるという可能性は考慮している。

だが、偽物にさえ勝てないのであれば計画は成功するはずもなく、自分たちはその程度ということだ。

 

 

 

「私の顔を見ろ。我々を見ろ……憎いか? 殺したいか? 

 よしよし、その感情を抱き続けるんだぞ。その願いを俺にだけぶつけてこい」

 

 

血走った目で憎悪をたたきつけてくるウォシスの頭を優しく撫でてやりながらアイヌは仮面を彼へと装着し……吹き上げる力の波動に飲まれた。

 

 

 

【システム、疑似稼働】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、トゥスクルに属するオンカミヤムカイは大混乱へと陥っていた。

何もなく晴れた日だったはずが、今や喧騒と悲鳴が絶えない。

あらゆる個所から火花が飛び散り、この世界では響いた事のない射撃音がひっきりなしにやまない。

 

 

始まりは唐突だった。

空が歪んだかと思えば、オンカミヤリューの総力を以てしても不可能と断じれる次元での転移が行われ、途方もなく巨大な鳥が天を埋めた。

翼の左から右の端までの大きさはいくつもの山脈をすっぽりと覆ってしまう程に巨大な存在は音もなく浮遊し、敵として入力されたデコイの集団をカメラで見つめている。

 

 

銀色の巨大な機械仕掛けの怪鳥は独立浮遊する多角形の奇妙な構造体がいくつも組み合わあわされて出来ていた。

まるで人間の様に両足を揃えて直立する様は人と鳥の融合生物のように見える。

これこそ旧時代の人類が綴った計画の中核、機械軍の巨大な製造拠点であり、移動要塞であり、指揮中枢であるガルーダ級タイタンという。

 

 

【Start of biomass conversion】

 

 

怪鳥が不可視の力場を山へと照射すればオンカミヤムカイの周囲を囲う山々は黒く染め上げられ、そこに在った命が丸ごと吸い込まれる。

真っ黒な砂嵐の様な翼を更に伸ばしたガルーダ級は下腹部の装甲を開きそこからたった今製造したばかりの機械たちを雨の様に降り注がせる。

数百の蜘蛛、数千の機械兵、数十の小さな飛行型。命を糧に次々と機械は作り出され、これらが通った後には一切の生命は存在しえなかった。

 

 

大社に参拝するために集まった者らにも容赦なく機械たちは襲い掛かった。

逃げようとする者、戦おうとする者、呆然とする者、泣き叫ぶ者。

誰もかれもが黒い霧に包まれ機械へと転生させられる。

 

 

大量の屋台が踏みつぶされ、親とはぐれた子供の泣き声がうるさくなる。

 

 

 

蜘蛛たちが備え付けられた砲を光らせるたびに弓矢などとは比べ物にならない破壊力を秘めた弾丸が家屋を消し飛ばし、その中にいた命もろとも吹き飛ばす。

そうやって食べやすくした有機物を蜘蛛たちは貪り、次々と自らを複製し、並行して機械兵も産卵する。

ほんの半刻にも満たない時間で機械たちはガルーダ級に産み落とされた時の数倍にまで膨れ上がっていた。

 

 

 

 

宣戦布告なしの完全なる不意打ち。

使者も何も用いずの攻撃ではあったが、アイヌや機械たちは何とも思わない。

宣戦布告とは人類の運営する国家に対して行われるものだ。

 

 

これらはデコイであり、この集団は国ではない。

いわば獣の群れである。いちいち害獣を駆除する際に獣たちに語りかける人間などいない。

それにこれから行われる行為は戦争や戦闘といったものではなく、一方的な捕食である故に宣戦布告など必要ないというのがアイヌの中に存在する人類の見解だった。

 

 

警報が鳴らされる。奇襲攻撃からの立ち直りとしては異常に早い。

すぐに狼煙があげられ、通信の術を扱えるものは定められていた通り外部へと連絡を取る。

現トゥスクル皇オボロの代に入り長らく戦争とは無縁だったオンカミヤムカイだったが、かつては大神を崇める宗教の総本山として群雄割拠の時代の調停者であった時もあるのだ。

 

 

 

ほんの少し前に起きたヤマトとの小競り合いも彼らの錆落としに役立っており、突然の攻撃に対して最初こそ混乱が起きたが、正体不明の敵に対して最善ともいえる行動をとる事が出来ていた。

 

 

「第一術法部隊は敵との距離を維持したまま各種術法を敵へと浴びせかけよ! 

 第三部隊は参列者と民の避難の誘導を!

 第二部隊は結界術のみを使用し第一部隊を敵の攻撃から守るのだ! 

 乱戦ではあるが敵をしっかりと観察し、何が有効かを見極めることに専念せい!!」

 

 

我らの行動にこそトゥスクルの命運はかかっていると叫べば、応という答えがオンカミヤムカイを満たす。

もはや寿命少ない翁、ムントという枯れそぼったデコイが前線で指揮をとり混乱はあっという間に収束していく。

 

今でこそ王族の教育係である彼だが、かつてあった戦役では活躍をした身であり、この程度の奇襲など問題なく捌ける能力があった。

 

 

複数で固まり結界を展開し有機物コンバーターの影響からわが身を守ろうとする者が自らを犠牲にして機械たちの破壊力を検証する。

結界による防御が有効だと判断すればすぐにその情報は瞬く間に全体へと伝わり、機械たちに向けて試すように様々な術が使われる。

オンカミヤリュー特有の真っ白な翼をはためかせ大空を飛び回り機械たちから逃げながら火や風、土石、水、雷などが振るわれ、それらは順調に機械たちの数を減らしだす。

 

 

雷と炎が有効だとすぐに伝達が走り、青空を赤と紫の稲光が埋め尽くしそれらは鉄の軍団を一つずつ撃ち抜き順調に煙の上がる残骸へと戻していくが……。

 

 

 

──どうしてこう、行儀よく黙って死ぬということができないんだ。簡単だろうに。

 

 

 

もしも機械やアイヌの思考を言葉へと打ち直せばこういう風な心境だっただろう。

ガルーダ級からの指示が走り、残骸たちが動き出す。

バラバラになった断面図がうごめき、無数の細い糸を吐き出せばそれらは周囲に転がった同じ塊と結び合い接着され、修復される。

 

 

 

足りなかったパーツは周囲に転がった死体や家屋の残骸、草木などが変換され再生はあっという間に済まされた。

機械たちを完全に破壊したいのならば自己再生できないほどに粉々にするしかない。

一定以上の大きさの破片が残っていればすぐに周囲の欠片を巻き込み戻ってしまうのだ。

 

 

 

「これはっ……! 何ということだ、この御業、よもやまさか……」

 

 

 

倒したはずの敵が立ち上がる様を見てムントは絶句する。

異常極まりない再生能力もそうだが、これらを作り出した存在に思い当たる節がある彼はそちらの方に驚愕を抱いていた。

既にかの大神は眠りにつきこの世にはいない。ならばこれほどの偉業を行える存在など一握りである。

 

 

「オンヴィタイカヤン…………まさか貴方様なのですか?」

 

 

それはただの独り言のハズだった。

 

 

「知っているなら話は早い。

 我々が戻ってきた。道を開けろ。その先にいる存在に用事がある」

 

 

唐突に響いた男の声を起点として機械たちの動きが止まる。

射線をオンカミヤリュー達から逸らし、支配者の次の指示を待つように動かない。

いつの間にかムントの前に出現したアイヌは空に足をかけて立っている。

 

 

黒い骸の中から青い目が覗き込み、ムントに対して優しく沙汰を下す。

 

 

 

「今は時間が惜しい。

 いちいちお前たちを潰している時間はないんだ。

 直接転移もできない以上歩いていくしかないからな。

 おとなしく道を譲ってくれたらこの地への攻撃は止めてやろう」

 

 

声が、出ない。

本来ならば偉大なる父の名前を騙る不届き者へと一喝をくれてやるはずなのに

そんな気力は彼から奪われてしまっていた。

 

 

極めて優れた術者であるムントの目には眼前の存在の魂の色が見えていた。

いや、色というよりはもはやこの存在は“穴”と称すべきか。

余りに多くの色が混ざり合い、混沌していながら根底には一本の芯が通っている存在だ。

 

 

大神の様に善悪関係なく平等に願いと狂気をまき散らすのではない。

この存在はただひたすら人類の為に動いている。人類のためだけに動いている。

 

 

底知れない。理解ができない。

かつて大神と対峙したこともある彼だったが、目の前の存在はそれと同種に見えてしまっていた。

 

 

海か、星源か。

新たに作り出され、生まれようとする天か。

途方もない年月と絶望の果てに人類はついに至ったのかもしれない。

 

 

ムントは周囲を見る。

見ればオンカミヤリューの数は半分近くにまで減っており、生き残った者たちも殆ど傷を負ってしまっている。

機械たちは既にオンカミヤリューとの戦い方を学習したらしく、彼らの砲撃は生身とはけた違いの精度で白翼たちを刈り取り続ける。

 

 

もしももう一度戦端が開かれれば、間違いなく皆殺しにされるだろう。

しかし、しかしそれでも彼らは一切覇気の衰えない瞳でムントを見ていた。

 

 

枯れ衰えた翁は頷く。彼の中に浮かんだのは自らの教え子であるカミュの姿だ。

思えば黒い翼を以て生まれ、他者の瞳に常にさらされ続けた少女である彼女が始めて笑顔を浮かべたのはいつだったか。

 

 

これからも彼女が笑い続けられる世界を守る。

彼女の事を実の娘の様に愛するムントの誓いは帰還を果たそうとする大いなる父を前にしても揺らがない。

この存在はこの地への攻撃はといった。

つまり、ここを見逃されたとしてもまた違う地にこの鉄の禍日神たちがばらまかれることに他ならない。

 

 

 

「それは出来ませぬ。この地は偉大なる我らが大神の眠りし地! 

 いかな貴方様といえど、あのお方の平穏を妨げることは許されぬ!!」

 

 

「そうか」

 

 

ならば終わりだなとアイヌが続け、機械たちが無情に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは幻想的な世界だった。

夜とも朝焼けとも知れない黄昏の世界。天には無数の星が輝いている。

真っ白な影絵のごとき蝶々が飛び回り、大地と天空の区別さえ存在しない常世。

 

 

ざざざと砂嵐が走る。

想像を絶する圧力を前に黄昏が歪み、常世と現世の境界が崩れだす。

 

 

美しい神話の世に、一滴の黒が浮かび上がる。

泡のようなそれは意思をもち、周囲の空間を侵食して瞬く間に広がった。

この世の何よりも黒く深く、何物をも侵食する絶対不変の力が黄昏の摂理を捻じ曲げ、犯しつくす。

 

 

 

やがてそれらは一人の人間の姿となると、彩色され厚みを得て黒い骸を被った男……アイヌとなった。

一歩彼が踏み出すたび黄昏から光が失せていく。蝶々は押しつぶされ、輝いていた世界が消えていく。

徐々に、だが確かにアイヌの存在が特異点で増す。

 

 

人知未踏の地を踏みしめながらアイヌたちは今までを噛み締める。

骸が輝き軋りながらさらに彼らは一つのシステムの元へと結合を行う。

 

 

 

かつて人類は神の様に振る舞い、その座から追い落された。

まるで古き時代の聖書の焼きまわし、始まりの男女の様に。

我らは多くのものを作り出した。

草花。家畜。デコイ。そして今、遂に「神」さえも作り出し、至った。

 

 

 

「長かった。ここに来るまで……本当に永かった」

 

 

はぁぁぁ……と大きく、とてつもなく大きな深呼吸をアイヌはした。

まだ自分が自分たちではなく“自分”だった時に行っていた研究結果は正しいとここに証明された。

異次元、時間の概念のない世界。術法の元になった超能力研究。

 

アイスマンの被る仮面の本質はこの世の法理とは違うものだとにらんだ彼の直感は正しかった。

 

 

かつての人類は己の存在を肉体のみと定義していたが、アイヌの研究はそれとは別のアプローチから行われていたものであった。

即ち、魂やあの世、超能力、未知のエネルギーといったオカルト染みた分野から彼は人類の進化を目論んでいた。

三次元ではない四次元、はたまたさらに上の次元と形容してもよいそれらの研究による自己改造の結果アイヌは大神の呪から逃げることができたのだ。

 

 

決着はもう間もなくだ。清算の時は近い。

大神を完全に抹消し、人類は再起し世界は再編される。

そうだ、大神の抹消など計画の半分でしかない。彼の願いはそのはるか先にある。

 

 

システムが完全起動する。

結合された数えきれない魂が一つの意思の元に動かされ更に黄昏の崩壊が進む。

 

 

 

黄昏という膜がはがされ、露出した外の世界。

……宇宙空間から姿を露出させたのは星さえも囲い込めるほどの巨大なゲート装置。

地球を取り巻いていた全てのデブリ、地球に存在していた全ての施設の残骸、かつて人類が残していたほぼすべての資源と増殖する機械軍たちまではめ込まれて完成した其れは起動し黄金色に輝きだす。

 

門を開きつなげるのはここではないどこかの全て。

 

 

物理的ではなく概念的なものにまで接続可能な門は崩れる黄昏経由で過去とありえた可能性の中にいるありったけの人類の魂へと接続し、新たに作りだされようとする天へと巻き込み、固めていく。

 

これこそが人類が神へと至る術。

アイヌは元より一人で神になるなどとは思ってはいない。

 

 

 

文字通り過去存在し、この園に今や漂うだけになった魂。

ここよりも更に先へと逝ってしまった魂。

地獄へと堕ちた魂。

人類の一切合切、全ての魂を自らの元に収束させ、皆で神になるのだ。

 

 

宙を彩っていた無数の輝きが消え去り、残るのは暗黒と黄金に輝くゲートだけ。

 

人類は喝采を上げていた。

復讐の時は来た、再臨の時はきた。

真の地球の、世界の支配者の座に返り咲く日がやってきたと。

 

 

自分だけが神になるんじゃない。

アイヌの願いは人類という種、存在そのものを遥か高みに至らせることだ。

そしてそれは今や叶いつつある。

 

 

全ての星を飲み込み、後は目障りな輝き一つを落とすだけ

 

 

アクルカでは決して大神には勝てない。

なぜならばアクルカは眼前の存在から力を借り受けるモノなのだから。

全く別系統の、別枠の力が必要になる。

 

 

力を借りる存在ではなく、自らを力の源泉に変えるしかない。

繋がるのでなく、己が天になるのだ。

 

 

「為すべきことを果たす時が来た。躊躇いなどいらない」

 

男の声でアイヌは言う。

隠し切れない喜悦を滲ませながら彼は一点だけを見据えていた。

 

 

 

「再び我々が世界に君臨する日がやってくる」

 

 

しわがれた老人の声。

これは彼の中にいる誰かであり、だれもがアイヌなのだ。

そしてこれは人類全ての悲願であり、だれもが至ったことに酔っていた。

 

 

そんな中、最初の一人であった“彼”だけは冷静に冷酷に大神に殺意を向けている。

人類の再臨と自らの復讐。二つを彼は同時に果たす気でいた。

 

 

「全ての過ちは正され……そして世界は、真の平穏を迎える」

 

 

『至ったか。小さきものたちよ』

 

 

狂気を帯びるアイヌとは裏腹に冷静な男の声が響く。

アイヌの力が高まり、そして安定する。

誰であっても我々の邪魔はさせないと昂ぶりながら彼は冷静な瞳で虚空を見つめ、そこに座す存在を見つめた。

 

 

 

「お前は……本当に何なのだろうな」

 

 

『さてな、幾多もの年月を幾多の名で呼ばれ、うたわれてきた。

 ……私自身にも己が何なのか、わからんよ』

 

 

 

憎悪し、嫌悪し、拒絶し、否定すべき存在にこの時アイヌは初めて哀れみのようなモノを抱いた。

生物という分別に収まらない超存在だというのに、当の本人は自分が何なのかという根本的なアイデンティティーさえ持っていないとは。

大神と同次元にたちかけている人類の目は目の前の怨敵の願いを捉えかけていた。

 

 

だが仮に哀れみを抱いたとしてもアイヌのやる事は変わらない。

彼は彼らの意思をもって真っ向から大神へと憎悪を紡いだ。

 

 

「よくも私達を苦しめたな。よくも我々から奪ったな! 

 ふざけた詐欺師め、お前など神ではない!! 

 奪うだけの神などいらない、その座、明け渡してもらおうか!」

 

 

 

 

 

『───आत्मा आकाशः अमृतम् अहङ्कारः ───』

 

 

憤怒と共に真言が唱えられ、全てが始まる。

 

 

門の輝きが強まり、門の内側が暗黒に染まると同時に、その外縁部から奇怪な文様が広がる。

虚空全土を覆う超巨大な陣……古き世の神話で曼荼羅と呼ばれた真理を可視化した偉大なる術式だ。

中天にある蓮座にアイヌが腰かけ、その身が力に包まれると変化が始まる。

 

 

 

【システム・オンヴィタイカヤン完全起動】

 

 

【全エネルギーを戦闘ラインへ】

 

 

【否神曼荼羅出力増大】

 

 

 

『貴様がそれを言うか……! 

 貴様らが願ったことだ、貴様らが私から奪ったのが発端だ……!!』

 

 

大神の声に怒りが混じる。

静謐として無機質だった超越者の声が、まるで人間の様に感情を帯びだしていた。

一人の女の姿。解体されてしまった彼女の姿。

失くしてしまった愛と、今再び焼き払われようとしている愛。

 

 

 

外のトゥスクルの惨禍を彼の瞳は捉えている。

ただの戦乱ではなく、完全なる絶滅を目的にした機械たちの大行進を見てしまっていた。

オンカミヤムカイは壊滅し、参拝者たちの半数以上は機械に飲まれ、増大した鉄の津波はさらに各地へと広がり続けている。

 

 

旧シケリペチム、クンネカムン、カルラゥアツゥレイ、クッチャ・ケッチャ。

かつて彼が戦い統治した地の殆どに戦火は広まり、無差別の攻撃によって民たちは減り続けている。

更に追い打ちをかけるようにガルーダ級が製造した戦略兵器による大量破壊……。

……高変換率核融合兵器攻撃により市街地は文字通り消し飛んでしまっている地さえある。

 

 

人類はこの地を統治する気などなかった。

これは彼らにとっての聖絶であり、欲しいから殺すのではない。

憎いから殺す、絶滅させるのが目的の狂気だった。

アイヌにとってデコイなどリョコウバト、オオウミガラス、ステラーカイギュウと同じである。

 

 

人が滅べと言っているのだから滅べ。

この地球の支配者たる人類が滅ぼすと決めたのだから黙って死ね。

そもそもお前たちを製造してやったのは我々で、お前たちの廃棄は1000年以上前に定めてやったのだと。

 

 

 

 

何年経とうと消えることのなかった傲慢の矛先は今度はデコイに向けられている。

 

 

一刻も早く機械軍を止めなくては事はトゥスクルだけに収まらず、この地球そのものを飲み込んでしまうだろう。

もはやなりふり構ってはいられないかもしれない、彼は我が子らを愛しており

その絶滅など望んではいなかったのだから。

 

だが、大神のその考えは、その考えさえも目の前の変化を終えた存在を目にして吹き飛んでしまった。

 

 

『お、ぉぉぉぉぉぉぉ……これは』

 

 

思わず大神は呻いてしまう。

それほどまでに、この日を待ち望んでいたのだから。

 

 

それはおぞましい機械と融合した骸だった。

青く煌々と輝く眼窩の光だけが生命力にあふれている。

白銀に輝く人間としての衣服は下腹部あたりからぱっくりと裂けており

そこからミイラの様な胸部と骸が覗いていた。

 

これは銀色の機械仕掛けの人間としての体を着込んだ真っ黒な骸骨であり

慰め程度に黒い薄皮が頭蓋骨と胸部を覆っている。

 

 

頭部には帽子の様に人間の鼻から上を模した顔面の銀色の皮がかぶされていて

それは頭蓋骨をすっぽりと覆いながらも時折意思があるように顔筋を動かし顰められたりしている。

 

 

化け物。正に人間。人類と人類の生み出した存在の象徴。

大神が四肢を持つという点以外は爬虫類に近い形状をもっているとしたら

この存在は徹頭徹尾人間の要素しかない。

 

 

 

そんな存在を見た大神の胸中に沸き上がったのは……歓喜だった。

遂に、遂に至ったのだ。彼の、彼らの愛し子は自分と同じ領域に。

狂気さえ超えて望んでいた日がこの瞬間に訪れてしまった彼は思考さえ吹き飛ぶほどの激情に襲われる。

 

 

愛さえも果てに追いやり、本能に従ってこの孤独な存在は動いてしまった。

 

 

ミシミシと空間が歪み、霞がかって浮かんだ異形の大神の姿が露わになっていく。

憎悪と歓喜と達成感、知的生物の持つあらゆる感情がごちゃ混ぜになった心境で、彼は無意識に封印を打ち砕き、顕現しようとしていた。

 

 

真っ黒に染め上げられた世界を拮抗するように白が塗り替えていく。

否定しあいながらも黒と白は互角に鬩ぎあう。

 

 

膨れ上がる力、現れようとする古き根源を前にして新しい太極は嗤った。

もはやはっきりと映った古い存在の願いを理解した彼はせせら笑う。

 

 

『なるほど……自分と同じ次元の存在が欲しい。理解者が欲しい。それがお前の願いか』

 

 

ならば存分に叶えてやる。

それがかつて我々を生み出したお前への最後の敬意だと怪物は打ち震え、拳を握りしめ森羅万象よ、我らに跪けと命じた。

ガラスが割れるような音と共に完全に顕現した白の皇はもはや我慢できないといった様子でアイヌへと殴りかかり、それに呼応して銀色の拳が突き出される。

 

 

惑星同士の衝突もかくやという破壊力がぶつかり合い、白と黒の天は互いに突き合せた腕を吹き飛ばされ失ったが、直ぐに再生された。

傷を負ったという事実が大神という孤独な存在を癒し、狂奔へと駆り立てる。

 

 

『我がいとし子!! よくぞここまで上り詰めた!! ハハハハハハッハハハ!!!』

 

 

それは分身か空蝉か、どちらの意思だったか、それともかつての同一の存在としての意思か。

どちらにせよ彼は喜びに浸りながら目の前の存在を確かめようと暴力をふるう。

 

 

『滅ぼしてやる!! お前の存在そのものを全ての歴史から消してやる!!!』

 

 

憎悪をむき出しにしたアイヌがありったけの否定と復讐の高揚に溺れつつ拳を振るい絶大な破壊力を叩き込む。

この存在の抹消の果てに計画の最終段階があるのだ。

ここで負けるなど彼は決して認めず、全人類は自らが神になるという野心を最大出力で燃料へと変換していた。

 

 

 

 

何処でもない世界で次の世を決める戦いが始まる。

散りゆくものへの子守歌は不要、負けた者は跡形なく歴史から抹消されるのみだ。

 

 

 

 

この続きはもしも機会があればその日に語るとしよう。

 

 

 

 




二人の白皇をやってて自分の中でひっかかった部分を文章にしてみました。

この先の話も一応プロットはありますが今日はここまででということでお願いします。
でもこいつ、大神には勝ててもハクには負けそうだなと思ったり。
続きか経緯を埋める話は反響次第で書くかもしれません。

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