「アギト姉さん、これとかどうかな?」
「ん? んんー……まぁ、悪くはないんだけどなー、もうちょい派手でもいいんじゃない? せっかく金髪なんだしさぁ、黒ばっかりじゃなくて、こう、もっと暖色系の……ほら、コレとかどう?」
「えっ、うん……お洒落だけど、あの、値段……」
「これくらい気にすんなって、金はあるんだし。」
ミッドチルダの首都、クラナガン。管理世界の中心の最重要都市と言っても過言ではないこの街は、当然ながら次元世界中から様々な文化が交流し、混じり合い、また、人通りの多さも他の世界とは一線を画す物がある。
多様な世界のポータルとなるクラナガンでは、そんな多くの世界の人々のニーズに応えるために、これまた多種多様な品物を取りそろえた巨大な商業施設が立ち並ぶ地区がある。
連日人でごった返すにも関わらず、整った整備環境や大勢のプロの店員や業者のおかげで、買い物にはそうそう不快な思いをすることがないという、相当に力の入った地域でなのだ。
そんな商業施設の一角にあった呉服店で、八神シグナム、そしてアウトフレームサイズの八神アギトと八神デプスの三人は服を選んでいた。最も、アギトやデプスのサイズは基本フォルム――妖精のような小さい形態の時に着る服は完全受注生産限定のオーダーメイドだが、一番リラックスできる状態――とはいえ、何も、常にその形態をとっているわけではない。今の様に人の多い場所へ外出する時などは、目立たないようにアウトフレームの形をとって10~12歳程の容姿として動くこともまた多いのだ。そういう時に着る服は、別に特別な製法をとる必要は無い。
まだそういう、アウトフレームサイズ時の自分用の服を一着も持っていないデプス(今はリインのおさがりを一時的に許可を得た上で借りている)に、前々から服を見繕ってやろうと考えていたアギトは、休みがとれたとみるや否や、デプスを買い物に誘ったのだった。
ちなみにその日はリインが休みを取れず、どんどんと床を叩きながら血涙を流し、神を呪い、周りからはドン引きされていた。
もちろんデプスは二つ返事で了承、生気の抜けたリインの慰めもそこそこに、シグナムを付き添いにして、三人でいざ出発と相成ったのだが。
「え、えぇと……シグナムさん?」
「ふむ、私もあまりこういうものには明るくなくてな。アギトの言う事には従った方がいいのではないか。」
「いや、そういうことでなく……」
「金なら気にすることは無いと何度も言っているだろう……」
「う、うぅん……」
デプスは早速、都会での買い物と言うものに辟易としてしまっていた。主に衣服だが。
布の組み合わせや縫い方を少々変えているだけなのに、何故こうも値が張るものなのか。
あまりにもあまりな値段設定に、思い切り日和ってしまったのだ。
この服を買う事を我慢するだけで一体どれだけおいしいご飯が食べられるのだろう。一体何個のハーゲ○ダッツが食べられるのだろう。
計算してみれば、実に70近くのハー○ンがこの服の対価に得られることに気づいてしまったデプスは、止まらない動悸をひた隠しにしながら一人戦慄した。
だが、確かにアギトが勧めてくれた服は、着心地良さそうで、色も明るい蛍光色の、デプスから見てもお洒落だと思えるパーカーだ。バリアジャケットの技術の応用で、夏でも冬でも着られるように生地の厚さと袖の長さを自動で調節できるようになっているという、機能面でも優れた逸品だ。
触った感じもふわりとしていて、服にはあまり詳しくないが、値段相応の価値があるものなのだろうか、と、心も少し揺れがちだ。
「どう? 結構似合うと思うけどなぁ、これ。」
アギトが服を手にとってデプスに合わせながらうむむと唸る。
そうだ、それに、折角アギト姉さんが勧めてくれた物なのだ。それも、初めての一緒のお買いもの。
経済力が無く、奢ってもらう身だとは言え、遠慮しすぎるのも悪いことだとは思う。
しかしこの値段には少し躊躇してしまうのだ。
「ならば、こうしよう。デプスとアギトでジャンケンをする。デプスが勝てば、最初にデプスが選んだ物を買おう。アギトが勝てば、今手に持っているそれを買えばいい。」
迷いに迷うデプスを見かねてか、シグナムがそんなことを言い出した。
「ん、それいいじゃん、さすがシグ姐。よし、そうと決まれば……じゃん、けん!」
「わ、わわっ!」
シグナムの提案を聞いた途端、速攻でジャンケンを仕掛けるアギト。おそらくシグナムの提案したそれでも迷ってしまうであろうことを予測して速攻で繋いだのだろうが、それが功を奏したのか、デプスもつられて手を出した。
「「ぽんっ!」」
結果、出していた手は、アギトはパー、デプスはグー。
勝利したのはアギトだった。
「ふふ、よかったな、デプス。」
「え……うん、そうだよね。ありがとう、アギト姉さん、シグナムさん。」
「優柔不断はモテないぞー? まぁ家族なんだから、遠慮はすんなよな。」
結局まだまだみんなに助けられてばかりだなぁ、と、デプスは改めて実感し直して、アギトに手渡された服を買物かごへと押しこんだのだった。
***
「アタシはもう十分もってるけどさ、シグ姐はあんまり服持ってないよな。」
「あぁ、そもそも必要が無いからな。」
「かーっ! もったいねぇ! 折角金も有り余ってて、そんなに凄まじいモンもってんのに、何でジャージで満足しちゃうかなぁ!」
「え……シグナムさん、ジャージしかないの? 確かに家ではジャージしか見たこと無いけど……」
「バカ者、そんなワケがあるか。催し事用の正装ならちゃんと持ち合わせている。」
「大して変わんねぇよ! 私生活ジャージオンリーだろうが!」
ちなみに、シグナムの現在の服装は、ジャージである。首都へ出かけるというのにジャージで出て来た時はアギトは口をあんぐりと開けた後に、それはないだろと説教したが、「生憎スーツは洗濯中なのでな。」と、ニヒルな微笑と共にずれたことを返され、呆れて物も言えなくなるという事態が発生したが、その時デプスはまだ準備をしており、ジャージ姿のシグナムを見た時には、それ自体には疑問を抱くことは無かった。流石にジャージしかないとは思っていなかったようだが。
「さすがにそれは……服ならここにいっぱいあるし、僕らで何か選んであげられないかな?」
「あぁ、最初からそのつもり。シグ姐、ここでアンタもお洒落に目覚めてもらうからな!」
「む……必要ないと言っているだろう。……まぁ、数着買うくらいなら構わないが。」
満更でもないというよりかは、諦観80%といった表情のシグナムが、溜息をつきながら服を物色し始めれば、「そっちよりこっちの方がいいんでない?」とあれこれ意見を出しに行くアギト。機能重視というか機能性しか見ていないシグナムに何度目か分からない呆れを覚えながらも着せ替えさせているのを見ていると、なんとも平和な感じがして、自然と笑顔になるデプスだった。
「あ、シグナムさん、こっちの服とかどうかな? やっぱり黒も似合いそうだよね!シグナムさん!」
「デプスはホントに黒が好きだなー。まぁ、悪くは無いけども。ほれ、来てみてよ。」
「……勘弁してくれ……」
デプスまでシグナムの服選びに加わり始め、更に溜息を深くするシグナム。しかし、同時に、その表情は、少しだけ、買い物が始まった頃よりも楽しげなものになっていた。
***
いくら最新の設備をそろえているとはいえ、裾上げ等の作業は手作業らしい。服を買ったはいいものの、その作業が終わるまでしばらくかかるそうだ。
時間ができたデプス達は、ちょうど昼食時には少しだけ早いくらいだったこともあり、ひとまず施設内のレストランに入り、早めの昼食を取っていた。
「とりあえず、これからどうする?」
どこだかの次元世界発祥の麺料理をすすりながらアギトが聞くと、シグナムが少しだけ考えた後に答える。
「そうだな、おそらく、これを食べ終わる頃にはもう服も用意出来ていることだろう。取りに行くのは私だけでもいいから、二人で適当に遊んでいたらどうだ? まぁ、そこまで長い時間はかからんだろうから、すぐに合流するだろうが。」
「いいんですか? シグナムさんも折角の休みなのに。」
「何、大した時間では無いし、気にするな。」
「んじゃそうしようか。さっき通り道にゲームコーナーあっただろ? あそこ気になってたんだよ!」
「あ、実は僕も気になってた!」
「ふふ、なら丁度いいな。ああいう空間は私には不向きだ。二人で見ているといい。」
あれよあれよと言う間に予定が決まって行き、そうと決まれば、と、料理をかき込む二人をシグナムが諌める。
「今から急いでも大した差はないだろう。」
「ん、ごめんごめん、ちょっと気が急いちゃったよ。」
「ですね。そういえば、アギト姉さん、それ、おいしいの?」
素直に謝った二人だが、デプスは先ほどから気になっていた疑問を口にする。アギトが口にしていた料理はデプスの見たことがなかった物だったのでずっとどういう物なのか考えていたのだ。とろみのありそうな半透明のソースに、大皿に盛られた硬そうな麺。ソースによって柔らかくなった部分はすすり、あまりソースのかかっていない部分はバリバリと噛んで食べる。何とも珍妙な物だとデプスは思っていた。
「うん、結構いけるよ。食べる?」
「あ、いいの?」
「もちろん。ほれ、あーん。」
「う……あ、あーん……」
これまでの生活でリインやアギトのこういう距離感の作り方には少しだけ耐性のついたデプスだが、未だに照れは無くならない。差し出されたソースのかかって微妙に柔らかそうで、少しだけ硬さが残った絶妙な部分を、頬を赤らめながらパクリと口にする。
「……おいしい!」
「だろ?」
へへん、と自分のことのように胸を張るアギトと、それにつられてはしゃぐデプス。
「すごいね、はやてさんもこんな物作れるのかなぁ……」
「どうだろうなぁ、もしかしたら、素材さえあればいけるんじゃないの?」
「それは主の故郷の管理外世界にある料理だからな。恐らく作れるだろう。
「「マジ(ですか)!?」」
シグナムの言葉を聞いて驚愕のあまりハモってしまう二人だった。
***
「うわー!これとか面白そうだね、アギト姉さん、めちゃくちゃかっこいい!」
「あー、それは素人がやるとめちゃくちゃに狩られるからやめといた方がいいよ……アタシもできねーし。」
「へぇー……」
昼食を食べ終え、シグナムと別れたデプスとアギトは、少し歩いた所にあるゲームコーナーへと直行した。
オーソドックスなクレーンゲームや魔法世界ならではの体感型シミュレーションゲームなど、デプスからすれば何もかもが初めてで新鮮な光景に、そのテンションはうなぎ登りだ。
新しい箇体を見る度に興味深そうに観察する。
「これとかは?」
「あ、それは音ゲーってやつだな。そのまま音楽に関するゲームの事を言うんだけどな、このゲームは楽器を演奏するやつだけど、他にもダンスしたりするのもあるんだ。」
「うわぁ……それはちょっと恥ずかしいなぁ……」
「まぁ、初心者でも簡単にできるモードもあるし、どう?やってみない?」
「うん、えっと……こっちのボタンがいっぱいあるのは難しそうだけど、こっちの……太鼓?ならできるのかな……」
「おっけーおっけー、それならアタシもちょっとはできるぜ。んじゃやろうか。」
そうやって色々なゲームに手を出して、少し時間が経った頃。
「デプス、ちょっと喉乾いたから外でジュース買わない?」
「あ、そうだね。俺も何か飲みたいかも……」
二人は渇いた喉を潤す為に、外の自販機でジュースを購入、ついでにベンチで小休憩と言う流れになった。
ゲームコーナー特有の騒音や空気にまだ慣れていないであろうデプスを気遣ったアギトの提案だ。
「ふぅ、落ち着くなぁ。」
「そうだね。確かに、ちょっとだけ、音は大きいと思っちゃったかな。別に嫌いじゃないけど。」
「アタシもだよ。決して落ち着くことは無いけど、なんか不思議だよね。」
「……姉さんは、本当に色んな事を知ってるね。」
「ん?どうしたのさ急に。」
「んっと、別にそんな変な意味は無いんだけどね? 姉さんは古代べルカの融合騎で、見方によっては、ある意味俺よりも現代に対しての知識は少なかった筈なのに、すごく、なんて言うか、溶け込んでて、楽しんでて、凄いなぁって思ったんだ。」
「あー、なるほど。まぁ、それなりに時間経ったしなぁ。ヴィータとかリインと遊んでたら、あっという間にこんな風になっちまうよ。」
「そっか。実は、俺、まだ不安に思ったりすることがあってさ。勿論はやてさんとかリイン姉さんとか、家族の皆については、もう全然心配してないんだけど、もしこれからあの人達以外の人、それに連なる社会。そういう物に接するようになったら、その時、俺はそこに溶け込めるのかなって、やっぱり、怖いんだ。」
「んー、まぁ、ちょっとその気持ちは分かるかな。アタシも、初めの方は周りの人間なんて全く信用できなかったし。でも、大丈夫だよ。だってホラ、人間って本当に色んな奴がいるからさ。勿論デプスと合わない奴もいっぱいいるだろうけど、それと同じくらいデプスと気が合う奴が居るもんだと思う。」
「ははは、アギト姉さんが言うと重みが違うなぁ。」
「そんなこと言うのはお前だけだ……よしデプス、お姉さんがなでなでしてあげよう。」
「ちょっと、別にいいよ!」
近づいて来るアギトを避けながら、デプスは改めてアギトという存在を心強く感じた。ある意味では自分よりも辛い境遇に居た存在。そんな彼女が今こうしてこんなに楽しそうに生きているのだから、きっと自分もそうなれる。そう、強く思う事が出来たから。
「それに、こんな面白いゲームを考えられる奴らだって、いい奴に決まってるじゃん!」
「……うん、そうだね!」
「おう! じゃあ、今度は別のフロア回ろっか!」
「わかった!」
ベンチから立ち上がって、二人、手をつないで走り出したアギトとデプスだった。
アギト姉さん無双とシグナム母ちゃんでお送りしました。
なお、リイン姉さんはお土産のお菓子であっさり機嫌を戻した模様です。
感想、誤字報告、お待ちしております。