「……暑い。」
夜天の騎士、空戦AAA+ランクを誇る、八神家きっての突撃隊長、八神ヴィータは、素麺をすすりながら、眼前で自分と同じように妖精サイズの小さな器で麺をすするちびっ子たちに向けて愚痴を漏らした。
「え? 姉さん、このそうめん、氷もいっぱい入ってるし、冷たくってさっぱりしてるよ?」
「そういうことじゃねー。確かに今は涼しいけどな、違うんだよ。あたしが言ってるのは、外だよ外。外に出たときの暑さ。」
「あー……」
納得したように首を振るデプス。続いて、ちゅるりと小鉢に入れた素麺を吸いきったリインが言葉を発する。
「そーですねー、最近は気温もどんどん上がってきてますし……」
「いや、それにしたって異常だぞアレは。町中で騎士甲冑展開できたらどれだけ楽なことか……」
「教導隊ともあろう者が、随分と柔い弱音を吐くのだな。」
「あぁん!? うるせー! アイツらの前ではこんな事言わねーからいいんだよ! つーか、お前だよお前!お前のその暑苦しい格好のせいで余計に暑く感じるんだよ!」
「我は普段、家で作業をしている。お前の視界に入ることも無かろう。」
「今日みたいな仕事休みの日はどーすんだよ。」
「家では冷房がかかっている。まぁ、我とデプス、2人の時は基本的に切っているがな。」
「ぐぬぬぅ……!」
ヴィータの隣でしれっと毒を吐きながらずるずると素麺をすするザフィーラに対し反論と言う名の言いがかりをつけるヴィータだったが、あっさり論破。
歯をぎりぎりと食いしばるが、そのままだと素麺が食べられないのですぐに止めて食べることに専念し出すのだった。
しかし、デプスからすれば、あっさりと引き下がったヴィータの意見も分からないでもない。確かにここ最近、特に二週間ほど前からの暑さは、このクラナガンからすれば異常気象と言っても良い程のものだ。
デプス自身は、体の中に内蔵された体温調節機能によって、多少暑くなった所であまり関係は無いのだが、デバイスではない、恒温性を衣類や騎士甲冑と、生体機能に頼らなければならないヴィータ達にとってこの状況は、なかなかに辛いものだと思う。
「あ、そうだ、ヴィータ姉さん。じゃあ、今から一緒にアイスクリームか何か、作ろうよ。材料足りないから、買いに行かなきゃだけど……」
「おぉ、いいなーそれ。せっかくだし、大量に作って、作り溜めしようぜ。」
「うん! 決まり、だね。」
「あ! リインも行くのです! お手伝いするのですよー!」
「わぁ、ありがとう! リイン姉さん!」
「よーし、さっさとこれ食って材料買いに行くか!」
「あぁ、ならば片付けは我がやっておこう。」
「おう、ありがとな、ザフィーラ。」
「です!」
咄嗟の思いつきだったが、どうやら喜んでもらえたようだ。
デプスは安堵の息をつき、どうしたのですかと緩んだ頬をリインがつついてくるので、苦笑しながらリインの頬をつつき返してじゃれあうのだった。
***
「あ゛っ゛ち゛ぃ゛」
十数分後、八神家に再び帰り着いたヴィータは、のそのそ歩いて買ってきた物を冷蔵庫に突っ込み、「うぐおあぁ」と、妙なうめき声を上げながらリビングの床に倒れ伏した。
「あー、フローリングの冷たさが身に染みる……」
「ヴィータ姉さん、何だか凄く年を食ってる様に見えるよ。」
「デプス、素直におっさんと言ってもいいのですよ!」
ヴィータは後ろからやいのやいのとはやし立てるちびっ子達に待機状態のグラーフアイゼンを仰向けになりつつ投げつけ、お互いにお互いを庇おうとして正面衝突し、もつれあったままデバイスにぶつかって仲良く墜落してゆく2人を満足げに眺めた後、リビングには居なかったので、恐らく上で掃除か何かをしているであろう守護獣に声をかける。
「おーい、ザフィーラー。帰ったー!」
「あぁ、おかえり。……これは、どういう状況だ。」
名前を呼ばれたザフィーラはどうやら今まさに降りてきていたところだったようで、数秒と待たない内にヴィータの前に現れた。
だが、目を回すデプスとリインの様子と仰向けに大の字になっているヴィータを見て、いったい何が起きているのか、計りかねた様である。
「んー、制裁だよ制裁。それよりもアイスの材料なんだけど。」
「……あぁ、無事に手に入ったのか?」
「そりゃあ足りないのなんて生クリームとバニラエッセンスくらいだしな。いや、買ったのはいいんだけどさぁ……」
「その様子だと、作る前にくたびれたと言うような状況か。」
「分かってんじゃねーか。暑すぎて動きたくなくなっちまった。ここでちょっと涼む……」
どうやら涼しさを得るために外に出た結果、猛暑に体力もやる気も全て奪われて来た様である。結局家で満足しているため、これでは本末転倒だ。
「まぁ、我は構わんが……早めに処理しないと、シャマルが今日買ってくる食材が入らないのではないか?」
「それまでには作るから大丈夫だって。……たぶん。」
そう言って目を閉じたヴィータは、どう見てもそのまま眠りに入るつもりのようだった。ザフィーラは小さくため息をつき、「今眠ると、起きる頃にはアイスは食べられない時間だろうな。」と呟いた。
「んあ?」
ギリギリで意識を繋いでいたらしいヴィータが反応すると、
「あまり作るのが遅いと、夕食が入らなくなるだろう。まぁ、食後のデザートにすればいい話だが。それだと涼みたいという当初の目的は形無しだな。」
と応えるザフィーラ。
「まぁ、家の中は涼しい訳だからな。最初からおかしいと言えばおかしかった。」
「で、どうするのだ?作るのか、作らないのか。」
「んー、もう涼しくなってきたし、作るか。ほれ、お前らも起きろ。」
ヴィータにつままれて、目を回していた2人がようやく再起動。
「うーん……星が……ハッ!? ヴィータちゃん! ひどいですよ!? いきなりあんな物を投げつけるなんて!」
「わざわざ当たらないようにお前らの間を狙ったのに、お前らが勝手にぶつかって自滅したんだろうが。」
「あ、あはは……ごめんなさい。リイン姉さん、俺が余計なことしちゃったから……」
「デプスは悪くないのですよ! 悪いのはあの憎き赤毛の悪魔です!」
「んだとぉ!? なのはと一緒にすんなよ!!!」
「え、怒るところ、そこ……?」
「いいからさっさと作業に入ったらどうだ?」
埒があかないと止めに入るザフィーラ。その言葉聞いてリインもヴィータもデプスも正気に戻る。
「あぁ! 忘れていたのです! ヴィータちゃん、早く作っちゃいましょう! リインは早くこのいちごジャムの実力を試してみたいのです!」
「おぉ、なんかいけそうだよな、それ。よし、やるか。」
「具材と調理器具なら、お前達が茶番を繰り広げている間に用意しておいたぞ。」
「さ、最近ザフィーラが有能過ぎるのです……!」
「ザフィーラ、ありがとう! 美味しいの作るから、ちょっと待っててね!」
「あぁ、我は掃除に戻るとしよう。」
再び上に引っ込んでいったザフィーラを見送って、キッチンに用意されていた器具を眺めるデプス達。
「じゃあ、折角お膳立ても頂いた事だし、早速始めるか。」
「「はーい!」」
ザフィーラに感謝しながら、作業に入る三人だった。
***
「確かに最近暑いよなぁ……」
「だよなー、シグナムもそう思うだろ?」
「この程度で音を上げていては、烈火の将は名乗れんさ。」
「そこ関係あんのかなぁ?シグ姐、この前冷やし枕とかいうの見ながらめちゃくちゃ物欲しそうな目ぇしてたよね。」
「あら、シグナムも気になってたんだ。実は私もあれ気になってるのよねぇ。」
「アギト……余計なことは言わないでいい。」
その日の晩、皆で夕食をとった後、ヴィータ達がたくさん作っておいたアイスクリームをつまみながら、八神家一同は雑談に興じていた。その内容は、ヴィータが散々口にしているここ最近の暑苦しさだ。
はやてやシャマルも同じように感じていたらしく、ヴィータに同調気味、シグナムにしたって、微妙にやせ我慢も入っているようだ。
やっぱりみんなだいたい考えることは同じなんだなぁ、と、デプスは一人納得していると、はやてが出し抜けにある提案をもちかけた。
「そうや、皆でプールとか、どうやろ? 休日合わせて行かへん?」
この言葉を聞いた瞬間、リインが大きく反応した。
「プールですか!!それはとっても素敵な提案だと思います! ね、デプス!」
「プール?……行ったことないけど、楽しい?」
「リインも行ったこと無いので分かりません! でも、きっと皆と一緒なら楽しいのですよ!」
「そう……かな。うん、姉さんが言うならきっとそうなんだよね! はやてさん、俺も賛成です!」
「ふふふ、ちびっ子2人は賛成やな……皆は?」
「あたしも行きたい! いいじゃん、プール! 絶対涼しい!」
「今日の様に道中でバテるのではないか?」
間髪入れずに賛成の意を表すヴィータだったが、ザフィーラに茶化されたので、うるせーうるせーとザフィーラの脛をげしげし蹴り出した。
ザフィーラは無表情である。
「私も、主が行きたいのであれば、断る理由はございません。」
「アタシも賛成だよ。皆で遊ぶって、こういう機会じゃないとなかなかできないもんな!」
「私も賛成。折角だから、なのはちゃんやフェイトちゃんも呼んでみる?」
「せやな。都合が合うか聞いてみるわ。よし、じゃあ決定な! 次の休みまでに各自で水着買っとくこと!」
「い、今から新調するのですか?」
「異論は許せへんよ。」
「せめてその手の動きを止めて頂けませんか。」
わきわきと手を動かすはやてを見て、下心というか、今回の提案の魂胆が微妙に透けて見えたシグナムは即座に異を唱えたが、有無を言わさぬはやての迫力と、楽しそうに跳ね回るちびっ子達を見て、すぐに引き下がるのだった。
さすがに、彼らの楽しみを奪うのは忍びないか。
とりあえず、どうやって主のセクハラに対処しようかと、思考に入るシグナムであった。
***
「んー、何となくこの辺っぽいんだけどなぁ……」
ミッドチルダ首都、クラナガン。常に人で賑わうこの土地に、キョロキョロと不安げに周りを見渡す人影があった。道行く人達は、それを見ると一瞬だけその異物を意識下へ入れるのだが、時間に追われるミッドの人々は、すぐにそれから視線を外す。周りを見渡しているのは小さな少女だが、彼女を相手にしている余裕など、誰にも無いのだ。
チェックのスカートに柄の入った白いTシャツ、シャツにはミッドの言葉でやってみろ!というようなニュアンスの言葉が描かれている。何をやってみるのかは定かではないが、そう言う服は案外どこにでもあるようなものだ。
少女が身に纏っている衣服は、そんな普通の物だった。
「ねぇ、君。何か探しているのかな?」
そんな彼女に声をかける人間がいた。
目線をあわせて、優しく語りかける姿は、少女にとってはとても嬉しい物だ。
渡りに船と言わんばかりに機嫌をよくして返事を返す。
「お姉さん、誰?」
「私は管理局地上……うーん、お巡りさんって言ったら分かるかな?」
「お巡りさん?」
彼女は地上部隊所属の一般局員である。パトロール中、辺りを見回す少女を見かけたのだ。
「うん、そう。お巡りさん。あなたの力になりにきたの。それで、何かあったのかな?」
「ありがとう! あのね、私、お兄ちゃんを探してるの!」
「へぇ、お兄ちゃん?」
兄を探す。捜し物は人だったか。これはちょっと難しくなりそうだなぁ、と考えながら、本局の方に助けを求めるという選択肢も頭を過ぎるが、とりあえず、彼女はこの子の話を聞くことにした。
このくらいの年の子は、接する人が変わってしまうと、どんなに説明したって、捨てられたとか、諦められたとか、そんな風に感じてしまう子が多いのだから。
「うん、お兄ちゃん!」
「うーん、じゃあ、一緒に探そっか!」
「うん!この辺りなのは分かるんだけど、場所が全然分からなくって困ってたの! 案内してください!」
この辺りなのは分かるとは、どういうことだろうか。
もしかして、家出でもしてきたのかもしれないと、本格的に考えるが、それなら、この子の兄とやらは、ここに住んでいるということか。それなら名前を聞いて住民票をあたれば一瞬だ。
「……えぇ、分かった。じゃあ、お兄ちゃんについて何か、知ってることはある?」
「お兄ちゃんはね、金髪で、こう、なんかひょろっとしてるけど、かっこいいんだよ!」
「ふむふむ、他には? 例えば、お名前とか……」
「うーんとね……」
少女の眼が妖しく光る。その双眸は、吸い込まれるような深紅だった。
「デプス!」
少女は、邪気の無い笑顔でそう答える。局員の女性は、うん、わかったと頷き、少女の手を取って歩き出すのだった。
そんなこんなで一か月も空けてしまいました。
キャラに関する描写が足りていなかったせいで、少し困ったことになってしまいました。ということで、恥ずかしながらここで補足説明を。
デプスは切れ長の目、とだけ描写されていたのですが、実は、この子の目、赤いんですよね……完全に書くの忘れてました……ということで最後に思いっきり爆弾投げ込んだ訳なんですが、これじゃ面白味半減ですね。本当に、本当に申し訳ありませんでした。
感想、誤字報告、お待ちしております。