舌の根が乾かぬうちにとはこのことか。くそう。それもこれも時期が悪いんだ…時期が…!
せっかくなので番外編を。
いつか続くかもしれません。
「デプス、デプス!起きてください!」
ゆさゆさと体を揺すられ、だんだんと意識がはっきりしていくと共に、リインの声が頭に響いてくる。
朝か。
「……んん、おはよ、リイン姉さん。」
「おはようございます、デプス! 今日は雪が積もっていますよ!」
「……え? 本当っ!?」
起き抜けに告げられた積雪の事実に、一気に覚醒し、飛び起きる。そういえば、一昨日からずっと雪が降っていたものだ。
クラナガンの気候は比較的温暖な方で、雪が降ることは少ない。
ましてや、積もることなど滅多にない。
天気予報でも、一時的なもので、積もる可能性は低いと言われていたので、ほとんど期待していなかっただけに、積もったと分かった時の喜びも一入だ。
何せ、生まれて初めての雪だ。降っているのを眺めるのも悪くはなかったが、それだけでは、どうも満足出来なかった。実際に触れるとくれば、きっと楽しいだろう。逸る気持ちのままに、デプスハウスから出ようとするが、デプスの足をひっ掴んだリインによってそるは止められた。
「待つですデプス! 気持ちは分かりますが、楽しむのはちゃーんと顔を洗って、朝ごはんを食べてからですよ!」
「う……」
「それにかくいうリインも実を言うと遊びたくてたまらないんです! どうせなら一緒に行きましょうよ、ね?」
「あ……ごめん姉さん、そうだよね。うん、一緒に行こう!」
「はいです! さ、早く顔を洗いましょう!」
起こしてくれたので、デプスはてっきりリインが自分より早く起きていたものだと思っていたが、実はリインもつい先ほど起きたところらしく、よく見ると、長い髪に所々寝癖がついていた。
どうやら、窓を見て積雪に気づき、いてもたってもいられずにデプスを起こしたらしい。
というのも、一昨日の天気予報で「積もらない」と言われたデプスの落ち込み様はかなり酷く、その様子を見て心を痛めていたリインは、雪が積もってくれたことがとても嬉しかった。勿論、自分が楽しいこともあったが、それ以上に、落ち込んだデプスを慰められることが、リインの機嫌を上方へと持ち上げていた。
「……うっ、寒っ……!」
「ハウスの中は天国ですよねー……うぅっ。」
ぶるると身震いしながらリインが言う。
改良型のリインハウスⅡとデプスハウスは冷暖房、加湿機能も完備しているので、快眠には事欠かない。
そうしたらそうしたで、外気との気温差で苦しむことにはなるが。
それは、裏を返せば、目覚ましに丁度いいということなので、特にリイン達は気にしていない。
が、寒いものは寒いのだ。できればずっとデプスハウスで毛布にくるまっていたいと思わないでもないデプスだったが、それ以上に、外に積もった雪への興味がデプスの体を支配していた。
洗面所、リインと並んで顔を洗う。一人だと体の大きさ的に水道を使うのも困難なので、普段はフレームサイズを変更するのだが、今は2人いるので、協力して洗面器に水を貯めて、体は普段のサイズのままだ。
真冬の冷水は、もはや痛みを伴うレベルの冷気を以て、デプス達の意識を覚醒させていく。
「今日の朝ごはんはなんでしょうねー?」
「ヴィータ姉さんとシグナムさんが喧嘩してたもんね。俺はどっちかというと……うん、どっちでもいいや。」
「リイン的にはヴィータちゃんを支持します! 今、とてもブルーベリージャムを口にしたい気分なので!」
八神家の食事は、基本的には当番制である。
昨日は、ヴィータとシグナムが朝食担当だったのだが、和食を作るか洋食にするかでえらく揉めていたことを思い出す。
決着を見る前にリイン共々眠気に負けてしまったので、結局今日の朝食がどうなったかは分からなかったのだ。
すっきりとした顔でリビングに入ると、テーブルにはやてが味噌汁を並べながら「あ、2人とも、おはよう」と、挨拶してきた。
「おはようございます、はやてさん」と挨拶を返し、早速、「今日は和食ですか」とはやてに聞く。
「そうなんよー、あれから結局ババ抜きで勝負することになってなぁ」
「な、なんということを! ヴィータちゃんがババ抜きなんて自殺行為です!」
「姉さん、それはちょっと酷くない……?」
まぁ、そういうことらしい。
夜天の守護騎士2人がババ抜きで決着というのも中々に滑稽な光景である気がするが、それもまた、平和でいい。
既に席について新聞を読んでいたシャマルや、テーブルの横で丸まっていたのをヴィータに「そこ邪魔」と言われ渋々移動したザフィーラ、その上でザフィーラの毛の感触を楽しむアギト。向こうではヴィータが微妙にむすっとした表情で盛り付けをしている。
どうやら起きてきたのはリイン達で最後のようだった。
「今日は皆お仕事お休みとれて良かったなぁ。」
はやてがにこにこと言うと、「こうやって皆で集まれる機会があるに越したことは、ありませんから。」とシグナムも目を細めて言う。
さらにヴィータが「まぁあたしは今日もともと休みだったけどなー、たまたまだけど」と言いながら卵焼きをテーブルに置き、椅子に座る。
そして、皆でいただきますを言い、八神家の朝が始まるのだった。
***
「今日は温泉行くんだよなー、何年か前に行ったきりだから、久し振りで楽しみだ。」
「今回は普通に旅行やし、形式的な書類も何もいらんからなぁ。楽で助かるわ。」
「前に行った時は、あくまで任務でしたからね。」
「俺はその温泉っていうの、初めてですし…期待していいんですよね?」
「実はアタシも初めてなんだよなぁ。」
朝食をとりながら口々に今日の予定を皆で話す。
日帰りで、はやての出身世界である、地球という管理外世界に行き、そこで昼食をとって、温泉に入り、さらに夕食の食材も地球で買うらしい。
何でも今日は地球では特別な日らしく、管理局の体制も整ってきたので、ようやく皆でゆっくりできるようになってきたらしい。そこで、丁度その特別な日に合わせて休暇をとったそうだ。
昼食は外食、夕食は皆で一緒に豪勢な料理を作るらしいのだとか。
とても充実した1日になりそうだ、とデプスは冷奴に融合騎サイズのスプーンを入れながら思った。
「あぁ、そういえば。デプス、地球には魔法文化が存在しないので、このサイズままではダメなのですよ。」
「あ、そうなんですか。」
「まぁ、転送ポートまではその状態で大丈夫だから、後でやればいいわよ。」
そういうことなら、とシャマルの言う通りに転送ポートまでは小さいままで行くことにした。別に大きくなった所でさして問題は無いのだが、できるならば、楽な方がいい。
「アギト姉さん、俺、どんな服着ていけばいいかな?」
「ん?そうだなぁ……」
デプスは基本的にサイズを変えないので、こういう時、服はアギトが持っている物を借りたりしている。オーダーメイドの融合騎サイズの服はいくつかあるのだが、まだアウトフレーム用の服は買っていないのだ。一応、アギトやリインがデプスのために選んだものを買ってもらったりしたものもあるが。
アギトは割とズボンなども好むので、デプスが着てもあまり違和感がない。だから、たいていはそれで済ましてしまっている。
さらに、意外にもアギトの服のセンスは八神家では好評である。
こういうものに疎いシグナムの衣服などはだいたいはやてがコーディネートしているのだが、最近は専らアギトがシグナムを着せ替えしている。
そしてその標的にデプスも追加された訳だが、デプスとしても、頼れる姉が自分の為に服を選んでくれるのが嬉しくて、普通に受け入れていたりした。
「ん、とりあえず今は無難なのにしといて、向こうで何か買うのもいいかもしんないね。」
「あぁ、それえぇなぁ。」
「あぁ!それはリインも賛成です! 見ていてくださいデプス! お姉ちゃんがあなたをそれはそれは立派なシティボーイに!」
「リイン、海鳴市は別に都会とちゃうで」
はやてのツッコミに「そうでした!」と元気に返すリインを横目に、また1つ楽しみが増えた、と、喜びを噛み締めるデプスだった。
***
「わぁ……! 雪が積もってるですよ! デプス!」
「うん! これはすごいや! アギト姉さんも! ほら、見て簡単に雪玉が!」
「おっ! いいじゃん! 雪合戦しようぜ!」
家を出るまでにはまだ時間があったので、外に積もった雪を見に行くことに。
さっき見たときよりもより一層白さを増した風景は融合騎達のテンションを最高潮にまで持っていった。
「雪合戦ですか! 楽しそうですね!」
「よーし、じゃあ……」
浮遊魔法を応用して、周りの雪を浮かせるデプス。
「これで飛びながらでも玉が作れるし、盾にもなるよ。」
「へぇ……面白いじゃねぇか……」
「なるほど、考えましたねデプス!」
リインとアギトもそれに続き、融合騎3体分の浮遊魔法で雪のフィールドが形成される。
誰が合図するでもなく、3人同時に空中の雪をサッとかき集め、狙いを定めて投げつける。
融合騎の高い演算能力を無駄に最大限活用して放たれたそれは、真っ直ぐに対象へ向かった。
「って両方とも俺!?」
「デプスのスピードは厄介だからな!」
「ここじゃそんなに動けないよ!?」
「男対女で丁度いいのです!」
開幕と同時に2方向から投げられた雪玉を前に、デプスは回避を余儀なくされた。
さらに間断なく放たれる雪玉に、デプスはひとまずバレルロールに似たアクションで回転し、回避しながら玉を作ることに専念する。だが、玉を作った所でこちらから攻撃する隙ができるわけでもない。アギトを狙えばリインに、リインを狙えばアギトに撃ち抜かれるヴィジョンが容易に想像できた。
相手の攻撃は当たらないが、自分の攻撃も当たらない。
これは膠着状態になるか、と思ったデプスだったが、転機は思いの外早く訪れた。デプスにとっては、悪い方向で、だが。
「……ッあっぶない!」
リインもアギトも、デプスの軌道を先読みし始めたのである。
気がつけば自分の向かう先に置かれるように配置される雪玉。
(長引けば、対応される……!)
長期戦になるほど不利になることを悟ったデプスだったが、かといって対抗策が思いつくワケではなく。
普段は頼りがいのある優しい姉達も、じわりじわりと追い詰められていくデプスには、嬉々として雪玉を投げてくる二人が、今回ばかりは悪鬼か何かのような存在に思えた。
が、その時。
「お前らこのくそ寒い中でも元気だよなー。」
もこもことしたコートを着込んだヴィータが、ココアを飲みながらこちらを眺めているのに、デプスは今更ながら気がついた。
これは、もしかしたら。
うまくいけば、イーブンに持っていけるかもしれない。
名案が浮かんだデプスは、それをすぐ実行に映す為に軌道を直線的な物へと変えた。もちろん被弾の確率は上がるが、構わない。
リインの投げた雪玉が迫るなか、遂にデプスは自らの得意技を発動する。
「疾風迅雷ッ!」
疾風迅雷。有り体に言ってしまえば、ただのソニックムーヴだが、専用の構築と変換資質によって、その効果は段違いだ。
雪玉をかわすついでに2人から一気に距離を離したデプスは、余裕の表情で二人を見つめる。
「ッ!やっぱ早い、なっ!」
アギトがそれに向かって速さの足しになればと、魔力強化込みで雪玉を投げつける。まさにアギトの全力全開。その威力は並のピッチングでは足元にも及ばないような代物である。普通は間違っても身内に向けるものではない。
「それを待ってました!」
それを見てにやり、と口角を上げたデプスは、あろうことか横にずれて回避するのではなく、後退を選んだのだった。
「「ッ!?」」
この意図はさしものリインとアギトにも全く掴めず、一瞬2人は硬直する。
その間に雪玉との距離を離す程の速さを発揮したデプスが急停止。そしてそこは―――
「おわっ、デプス、急にどうしたんだよ!?」
ヴィータの目の前だった。
リインとアギトはデプスの企みに気づき、唖然とする。止めないと、マズい。
口をぱくぱくさせながら顔を合わせるが、既に弾は放たれてしまっているのだ。
止める手だては、ない。
「あ、あぁっ!」
「避けてくださいですヴィータちゃーん!」
「へ? 何を?」
ヴィータがきょとんと首を傾げた瞬間、ヴィータの眼前のデプスの姿が消える。
一気に下へと加速したようだ。
そして―――
「へぶっ!」
ヴィータの顔面に、アギトが全力で投げた雪玉が直撃したのだった。
「……」
「……」
「……あの、ヴィータちゃん……?」
「……」
思いっきりぶっ飛んで仰向けに倒れ、少し後、ゆっくりと立ち上がったヴィータに恐る恐るリインが声をかける。
だが、返事はなく、俯いたヴィータの顔は暗くて良く見えない。
「面白ぇ……」
「ひっ!」
「そんなに死にたきゃやってやるよ!お前ら全員アイゼンの錆に」
ぱこん。
間抜けな音と共にヴィータの顔に雪が貼り付く。
「アイゼンではなく、こっちで語ったらどうですか?ヴィータ姉さん。」
そこには、不適な表情で雪玉をもてあそぶデプスの姿が。
ヴィータの頭からぶちぶちと何かが切れる音がした。
「全員まとめてかかって来やがれぇッ!」
「え、えぇ! リイン達も巻き添えですか!?」
「うるせぇぇぇ!」
「う、うわぁぁぁ!」
「……よし、これで状況はリセットだね!」
「悪化してますよっ!」
結局、転送ポートに行く時間一杯まで雪合戦していたデプス達だった。
そして壮大に何も始まらない。
温泉があると思っていたのか。
ちなみにこの後ヴィータは融合騎3体がかりでいろんな方向から雪玉を投げつけられてフルボッコにされました。ヴィータェ…
あと、うちのシグナムは人並みに料理できます。ついでにヴィータもできます。
ただしシャマル先生、てめーはダメだ。
アギトがさらっとお姉ちゃんになってますが、その話は本編で追々…
感想、誤字脱字報告お待ちしております。