***
「ふぁ……」
朝のまどろみの中、デプスの意識はゆっくりと覚醒していった。気持ちのいい朝だ。というのも、自分が寝床にしているデプスハウスは、空調完備、気分、用途により変更可能な床面、結界技術による遮音性等、自分では扱いきれない程の機能が盛り沢山のハイテク建造物なのだ。年がら年中、気持ちのいい目覚めを迎えられるのもひたすらにそのおかげである。
半覚醒したデプスは、今日は皆が休みだったことを思い出す。普段なら急いで起きて朝の洗濯や料理の手伝いをしに行くのだが、今日に限ってそれは必要の無いことだというのは、昨日シャマルとはやてに教えてもらっていたことだった。
せっかくだから、もうちょっとだけ寝ようかな。
浮かび上がってきた意識をまた沈める様に、再びまどろんでいくデプス。ころりと寝返りをうつと、やわらかい感触が顔に触れた。
あぁ、なんだか今日は壁まで柔らかい。
ふにふにとした感触を楽しんでいると、頭を撫でられるのが分かって、そこまでくると、途端に意識が確かになり始めた。
「んん?」
「んっ……デプス、起きちゃったですか?」
目を開くと、目の前は真っ暗だった。いい匂いがする。というか、少し呼吸がしづらくて苦しい。自分は今どんな体勢をとっている?
柔らかい壁?そんなもの、デプスハウスの機能には無い。自分が今顔を埋めているのは何だ?
「……リイン姉さん?」
「おはようございます、デプス。リインの膝枕の心地はいかがですか?」
「……え、えっと……」
ようやく状況がだいたい理解できたのか、顔が赤くなるデプス。上を向くとリインと目があった。
自分が今すがりついていたのは、姉さんのお腹じゃないか!
急激に恥ずかしくなって、とりあえずリインから離れて頬をぺちぺちと叩いて目を覚ました。
「ふふふ、デプスの寝顔はしっかり見させて頂いたのですよ!」
得意げに胸を張るリイン。デプスは熱くなった頬の熱がさらに高まるのを感じてしまった。最近、リインのスキンシップが激しさを増してきている。というか、状況に慣れでもしたのか、リインから照れやら何やらが無くなってきて、ひっついたりして周りにからかわれても気にしなくなってきたのだ。それに周りの反応も日を追う毎に薄くなっていく。冷やかすのではなく、微笑ましい物を見てくすくすと笑うだけなのだ。
「ね、姉さん……さすがにこれは恥ずかしいよ……ひ、膝枕なんて……」
「ふぇ? 迷惑でしたか?」
「え? ……いやっ! 迷惑じゃないんだけどっ!」
小首を傾げながらそう言うリインに、さらに辟易するデプス。膝枕自体は嬉しい事なのだが、何故か恥ずかしいのだ。
……何故恥ずかしいと思うのか?
そう自分で疑問に思ってしまえば、それが何故かは分からなかった。ただ膝に顔を乗せて貰っていただけ。
膝枕というのは親愛を表す行為だ。問題があるとすれば、足に頭を乗せる側の負担だが、リイン姉さんは嬉しそうで、しかもデバイスなのだから、頭の重量や固さからくる足のしびれや疲労とは無縁なのだ。
「と、とにかく姉さんはずるいよっ!」
慣れていないのは自分だけ?
結局分からなかったので、無理矢理話をそらして誤魔化すデプスだった。
「ず、ずるいですか?」
「そ、そうだよ! リイン姉さんばっかり俺の寝顔見たり! 甘えさせたり!」
「ほぇ?……ふっふっふ、それは姉の特権と言うやつなのですよ。弟の寝顔は姉の物なのです! 悔しかったら私より後に寝て早く起きて見ろです!」
「ううっ!」
ぐぅの音も出ない正論(?)を返されて、言葉に詰まってしまう。
デプスは目覚めてからまだ日が浅い。そのため、リインに比べると活動出来る時間はかなり短いのだ。
寝るのは早いし起きるのは遅い。どうあがいても、今のデプスにリインより遅寝早起きをすることは不可能な事だった。
デプスは悔しくなって床に膝をついてしまう。
このままではずっとこの嬉しいやら恥ずかしいやら、もやもやした気分を味わい続けることになってしまう!止めて欲しいような止めて欲しくないような、このもどかしい現状を打破する何かが必要だった。
「お困りのようだね!」
そんなとき、デプスハウスの屋根が開いて、一瞬で一つの影が落ちてくる。落ち込むデプスの横に降り立ったのは、烈火の剣精、デプスのお姉ちゃんその3、アギトその人だった。
「話は聞かせてもらったぜ。アタシに案がある。」
「ア、アギト姉ちゃん……」
アギトに肩を持たれて、立ち上がるのを手伝ってもらう。何だかよく分からないが、助けに来てくれたのだろうか。どこで話を聞いていたのかとか、疑問に思う事はあるが、とりあえずここは話を聞くことにした。
「アタシの案はこうさ! デプス、リインと勝負するんだ!」
「え、ええっ!?」
「勝負ですか! リインとデプスが!」
「あぁ! もちろんドンパチやるってんじゃないよ。お題はコレだ!」
そう言って、アギトはどこから取り出したのか、ぐるぐる巻きにした紙をバシッと広げた。
「えっと、……兄妹演技対決?」
「演技ですか? それに、リインとデプスは姉弟ですよね? 字が違って……あぁっ、もしかして!」
「俺がお兄ちゃんになって、リインが妹になるってこと?」
「そう言うことだね。今日一日、きょーだいかんけーを入れ替えるのさ! それでどっちがよりうまい演技が出来たか、勝負するんだ!」
「ふ、ふぉぉぉ……! 勝利者には、勝利者には一体何が!?」
「ふふふ、特に何も……ってつもりだったけど、気が変わったね! デプスが勝てばお兄ちゃんになる権利が! リインが勝てばデプスに何でも命令する権利一回分が与えられる!」
「「な、なんだってー!!!」」
背景に稲妻を落としながら驚いた二人。ヤケにノリノリなのはご愛嬌。
「じゃあ、俺が勝ったらリイン姉さんが妹になるんだね!」
「ふふふ、いいでしょう、この勝負、受けて立ちます!」
「そう言うわけで、今回特別に遊園地のチケットを用意したぜ! ここで思う存分、二人の思うお兄ちゃんっぽいこと、お姉ちゃんっぽいことをやってこい!」
「楽勝だよ!」
「ふふん、デプスには負けませんよ! 優れた姉は、優れた妹力も持ち合わせるのです!」
「アタシはもうツッコまないからな! じゃあ、アタシは判定員として二人と一緒にいるけど、空気か何かと思ってくれてたらいいから。判定は今日の夜な! それじゃあスタートだ!」
「がんばる!」
「かかってこいです! じゃあ、デプス、リインは着替えてきますので、デプスも準備お願いですよ!」
「うん、朝ご飯食べてからが勝負、だね!」
お互いに火花を散らしながら牽制しあう二人。
そんな二人を見てニヤニヤしながら、アギトはこっそ念話を発動した。
(ヴィータ、はやて、仕込み完了したよ。)
(カメラ準備は任せろ。充電もバッチリだ。)
(鑑賞会が楽しみやなぁ。)
(……)
リビングではやてと共に朝食の準備をしながら、内心ではこいつら暇だな、と思わなくもないザフィーラ。その暇人に主が含まれているのに何とも言えない感情を抱きつつ作業に戻った。
***
「じゃあ、はやてさん。行ってきまーす!」
「はーい、気ぃつけてなー。」
それから朝食をとって、リインと二人で遊びに行くことをはやてに告げて、アウトフレームで家を出ること数分。
「……」
「……」
並んで歩く小学生くらいの大きさの二人の間に会話は無かった。
(どうしよう、お兄ちゃんっぽいことってなんだろう。)
兄らしさを出すことに縛られて、単純に何を話せば良いのか分からなくなってしまい、表情も堅くなってしまっているデプス。
(お兄ちゃんって呼びたいですけど……どうせならカウンター気味に言いたいです!)
やることは決まっているが、デプスが動くのを待つリイン。
(やっべ、こりゃもう笑えてくる。)
小型カメラ片手にそんなデプス達を後ろから眺めるアギト。
三者三様の面持ちで遊園地に向かうが、電車に到着する直前、デプスがしびれを切らしたように、
「ゆ、遊園地行ったら何に乗りたい? リ、リインの好きな物に乗ろう!」
と、握り拳を作りながら言った。
(おっ、さりげなく何でも合わせてやるよアピール。これはお兄ちゃんっぽいぞ! デプスに一点追加だな!)
初得点、手にしたメモ帳に付け加えるアギト。二人に目を向けると、デプスが動いた事でリインも攻勢をかける様だった。
「本当ですか!? やったぁ、お兄ちゃん、大好きですぅっ!」
「お、お兄……!」
ひしっ、と抱きつくのはいつもの事だったが、デプスにとってリインに「お兄ちゃん」と言われる事は、いろいろと刺激が強かったらしい。ぞくぞくと身体を震わせた後、完全に固まってしまっている。
(まぁリインは元々末っ子だし、甘え上手なのも昔からだよな……それにしてもデプス、お前何か新しい扉を開いてないか?)
リインにも妹ポイント一点。一進一退の攻防だ。ダメージ的にはデプスの方が大きい気がするが。
「う、うん、もちろん。お兄ちゃんだからね。はやてさんにお小遣い預かってるから、欲しいものがあれば言ってね。」
「はいです! あ、そうだ……」
「うん?」
「欲しいものじゃありませんけど……手、繋いで無かったのです!」
「あ、そうだね……繋いで行こっか!」
「えへへー」
(……リイン、やるな……なんか妹から逸脱して行ってる気もしないでもないけど。)
兄妹対決が開始してから少し。現在、リインが少し優勢、というところであった。
***
ーーーーーー以下、ダイジェストでお送りしますーーーーーー
「わあぁ……」
「これが遊園地なのですよ、デプス! どうですか? すごいですか?」
「何て言うか、おっきいね……」
「そうでしょう! それで、どこに行きましょうか?」
「うん、地図が……コレだね。アトラクションを回るか、お店でも回ったりパレード見たりしてゆったり過ごすか、どっちがいい?」
「うーん……リイン的にはパレードよりアトラクションなのです! あと、出来ればお店も見たいのです!」
「分かった! お兄ちゃんに任せて! えっと……じゃあ、近くからぐるっとアトラクション回りつつ、休憩挟みながら行けるとこまで行ってみよう。」
「はいです! ここから近いのはどこですか?」
「えっと……あ、コレだね。急流滑り……? 落ちるのかな? リイン、結構大きいみたいだけど、大丈夫?」
「私は大丈夫なのですよー。じゃあ、そっち行ってみましょう!」
「身長制限……見落としてたね……」
「盲点なのです……」
(事前に気づいてればフレームサイズ変更する余地もあったけど、一回弾かれたせいでそれもきついか。しょうがないね。)
「あ、あそこ、デプス! アイスの屋台ですよ!」
「本当!? ……あ! こほんっ! リイン、買ってこようか?」
「もちろんです! リインは……あっちの味がいいです!」
「分かった! 買ってくるよ!」
「リインも一緒に行くです!」
「うーん、おいしいです…… デプ……あ、お兄ちゃん、そっちはどうですか?」
「食べてみる? はい。」
「せ、せっかくなのであーんしてください!」
「え、ええっ!? ……あ、あーん……」
(リイン、遊園地着いてから今までゲームの事完全に忘れてたな、絶対。)
「お、お化け屋敷……」
「リ、リイン? む、むむむ、無理して行かなくても……いいんだよ?」
「お、お兄ちゃんこそ、怖いなら勘弁してあげてもいいんですよ……?」
「……大丈夫、お、お兄ちゃんがついてるから……大丈夫……」
「お兄ちゃん……!」
「ギャアアアア! 無理、やっぱ無理! アギト姉ちゃん助けてぇぇ!」
「うわぁぁぁん! アギトぉぉぉぉ! 怖いのですー!!!」
「ちょっ! お前らこっちくんな!!」
「……」
「……」
(無言の半泣きで抱き合ってやがる……)
「リイン、お昼何が食べたい? はい、地図。」
「そーですねぇ……あ、ここのファストフード、物凄い見た目ですね……気になります……」
「うわぁ、ホントだ……でも、ここから近いし、行ってみる?」
「そうしましょう!」
「おみやげ屋さんだって! 皆に何か買っていきたいね!」
「それはいい考えなのですよ! 何があるんでしょうか……」
「あ、お兄ちゃん……これ、買ってもいいですか?」
「ん? これ……あ、さっき見たキャラクターのつけ耳? もちろんいいよ!」
「えへへー、ありがとうございますです! じゃあ、はい!」
「? 二つ」
「お兄ちゃんもお揃いなのですよ!」
「……う、うん……」
(……リイン、やるな……!)
「わぁー! 凄いです! キラキラしてます!」
「運良く場所が空いてて良かったね! 綺麗だなぁ……」
「あ、お兄ちゃん。耳がとれかけているですよ!」
「え? 本当? えっと……」
「あ、動かないで良いのです。リインにお任せです!」
「ありがとう、リイン姉……リイン。」
(だんだん逆転してる意味無くなって来てるな……)
「メリーゴーラウンド……これって楽しいの?」
「乗ってみたら分かるですよ!」
「すごい! 何かよく分からないけど凄いよリイン!」
「目が回らないのが不思議なのです!」
(こっちとしては一つの馬に二人乗りしてるのに怒られてないのが不思議かなぁ。)
「わぁ! 観覧車だ! リイン、これ乗ってみない!?」
「はい! リインも乗りたいのですよ! 前に来たときは人数が人数でしたから、乗れなかったので!」
(さすがにあそこには入れないなぁ……)
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ジェットコースターってどう思いますか?」
「うーん……僕らは普段アレよりも早く動いてる訳だから……どうなんだろ。乗ってみる?」
「はいです!」
「……リイン。」
「……ふぁい?」
「……怖かったね。」
「……はいぃ……」
(縛られて細い道を走るのと自由に空を飛ぶのとじゃあ全然違うからな。アタシは割と平気だけど。……うん、ベンチで肩を貸すお兄ちゃん、自分も余裕無いのにこれはポイント高いぞ。三点プラスかな!)
「あ、ポップコーン屋台。リイン、食べる?」
「うーん、それよりも、喉か乾いてるですかねぇ……そこの自販機で飲み物を買いましょう!」
「そうだね。俺もそうしたいかな……」
「こっちはゆっくり園内を回るレールコースターかぁ。」
「これなら怖くないのです! 観覧車とは違う高さから景色も見渡せて一石二鳥です!」
「うん! 乗ろう!」
「もう結構いい時間だねぇ。」
「そうですねー。あんまり遅いのもアレですし、そろそろ出ましょうか。」
***
「だんだん日も落ちてきたね。」
「気になる物はだいたい乗れましたね、お兄ちゃん!」
そんなこんなで遊園地を出て、夕焼けに照らされた坂道を歩く三人。と言っても、アギトは少し距離を空けて後ろについているのだが。
「そうだね。ちょっと苦い思いもしたけど、凄く楽しかった! ありがとうね、リイン姉さん!」
「こちらこそありがとうなのです! デプス! それにアギトも!」
「ん、もう兄妹ごっこは終わり?」
デプス達が名前の呼び方を変えているのに気づいたアギトが二人に歩みよると、リインがにこにこと笑いながらアギトの方を向いた。
「はい! なんていうか、これ以上アギトをほったらかしにするのが辛いので!」
「うん、ホントにね……」
苦笑しながら答えた二人だが、確かに、空気だと思えとは言ったものの、そう遠く無い距離で殆ど無言で行動していたのだ。アギトからすれば、小型カメラでデプス達の様子を撮り続けていたので別に暇な事は無かったし食べ物も堪能したので満足しているのだが、自分達の様子をカメラに収められているとは露とも知らない二人は、申し訳なさそうにしていた。
「本当はアギト姉ちゃんとも遊びたかったけど、リイン姉さんとの勝負もあったから、どうも動けなくて……」
「そうなのですよ……」
「お化け屋敷の時に思いっきりこっちきたじゃん……まぁ、それは置いといて、別に気にしないでいいんだよ。アタシはアタシでそれなりに楽しんだし、これから遊ぶ機会なんて幾らでも作れるんだからさ。」
「アギト姉ちゃん……」
「それよりも、判定結果楽しみにしとけよー。夕食の時に発表するから。」
「はっ! そ、そうです! これにはリインがお姉ちゃんでいられるかどうかがかかっているのです! 負けるわけにはいかないのですよ!」
「俺、頑張ったよ!」
「確かにデプスは結構意識高かったと思うよ。まぁ、その辺もおいおい、ね。」
軽くウィンクをして、二人の横に並ぶアギト。
「じゃ、帰ろっか。」
「うん!」
「はい!」
三人で手を繋いで、夕焼け道を歩いていくのだった。
***
『あわわわわわわ……デ、デプスゥ……』
『うひぃ!?』
『わひゃぁぁぁぁ!』
『た、助けてアギト姉ちゃぁぁぁん!!』
「「あっはははは!!」」
「「……」」
その日の八神家の食卓では、デプス達の兄妹ごっこ~遊園地編~の上映会が早速開かれていた。
ヴィータとはやては腹を抱えて笑い、シグナムやザフィーラも笑いをこらえているのが分かる。
シャマルは生暖かい目で映像を見ている。
リインとデプスは二人して頭を抱えて、ひたすらに赤面していた。
「これが……これが目的だったんだね、アギト姉ちゃん……」
「裏切りです……リインは今、深い絶望の最中に居ます……!」
「だから楽しんだしって言ったじゃん?」
ニヤニヤしながらアギトが答える。
ちなみに、勝敗は51-75でリインの勝利。原因としては、甘えるだけで妹ポイントがどんどん加算されていく方式だったために、それがリインにとって有利に働いていたせいである。
「これじゃ二重苦だよ……」
「まぁまぁ、どうせ何されたって、満更でもないんだろ?」
「……うん。」
さらに顔を赤らめながらそう返して、ついには俯いてしまったデプスだった。
なんかふと思いついて、書かずにはいられなくなってしまいました。本編そっちのけなので番外編です。
それと、各話にサブタイトルをつけるか迷っています。どっちがいいんでしょうね……あった方が見やすくはあるか……センス無いのが露呈してしm……手遅れか。