デプスの意識は、ゆっくりとまどろみから浮上しつつあった。
少しだけ、体が重い。
十全に休みきれていない気がするのは、この重みから生じる寝苦しさのせいだろうか。
強く重力に引かれるまぶたを何とか開け、上にあるデジタル時計に表示された時間を確認してみる。
――――なんだ、まだ日も出ていないじゃないか。
時計が示していた時間は、午前4時2分。タイマーに設定した6時までには2時間程の猶予があった。
デプスの意識は半覚醒どころか、また眠りの中へと誘われつつある。
「……ん……んぅ……」
そんな中、隣で何やら可愛らしいうめき声が聞こえて、そこでようやくデプスは先程からの寝苦しさの原因を知ることになる。
――――あれ?リイン姉さんだ。
隣を見れば、リインがデプスの体に抱きついてすやすやと寝息をたてていた。
正確には、デプスの背中に、だが。
――――あぁ、だから寝にくかったのかぁ。
何故ここにいる、という至極簡単な疑問は、デプスの意識には入ってこない。
半ば閉じかけてしまっているまぶたが、今のデプスの頭がいかに回っていないかを物語っている。
「……それじゃあ……」
後ろ向きだから寝にくいのだ、という結論に至ったデプスは、ならば、と直接リインの方に向き直る。
そして……
「……ん、やっぱり気持ちいい」
ひし、とリインに真正面から抱きついたのだった。
この狭い部屋の中には、この行動にツッコミを入れられる者はどこにもいない。
――――お休みなさい……
最後は声にも出さずに、睡眠に戻るデプスだった。
***
八神はやての朝は早い。
捜査司令として活動しているはやての仕事量は、通常の捜査官の比ではない。
他の捜査官が調査した案件の確認等、一日に回ってくる書類だけでも数百は下らないのだ。その為、はやては朝早くから隊舎へと出勤し、資料の消化にとりかからなければ、定時に終わることは難しいのだ。
夕飯はなるべく家族揃って食べることが、現在の八神家での決まりごとなのである。
家族の為なら、はやてはどこまでも頑張れる。
しかし、ハードな仕事には、リインの補佐が必要不可欠だ。
雑用をこなしてくれたり、連絡の取り次ぎ等、彼女に頼る面はかなり大きい。
よって、リインも基本的にははやてと同じ時間に起床し、2人で隊舎へと向かうのが常だったのだが。
「珍しく、お寝坊さんかなぁ?」
普段なら既にリインは起床して顔を洗っているか眠気を覚ますためにふよふよとあてもなくそこら中をさ迷っている時間だが、どうもその気配も感じられない。昨日はデプスも来たことであるし、はしゃぎ過ぎたというところだろうか。それならそれで、致し方ないだろう。
かといって、起こさない訳にもいかないが。
目一杯休ませてやれないことに若干の申し訳なさを感じつつ、リインハウスのあるリビングへと向かう。
そして、目的地に近づけば、けたたましく鳴る目覚まし時計のタイマー音がはやての耳に入った。
――――やっぱり寝坊かぁ。
この音量で起きないのだから、相当深い眠りに落ちていそうである、と思い
ながら、リインハウスの蓋を開ける。
が、そこはもぬけの殻だった。
「……んん???」
頭に数十個のクエスチョンマークを浮かべて混乱するはやてだが、すぐに、隣のデプスハウスの存在に気づく。
やはり、こちらからも既にタイマーの音が響いていた。
「……いや、まさかな。」
何となく嫌な予感がして、デプスハウスの手前で立ち止まる。
いや、嫌な予感といっても別に悪いことではないが。とにかく、恐る恐る蓋を開けてみると、そこには。
「……」
「……」
「……これは予想の斜め上を行ったなぁ……」
予想通りというかなんというか、やはりリインの姿もそこにあった。
何故か思いっきり抱き合って気持ち良さそうに眠る2人。
少々意外なのは、こういうことにはそこそこ初な感じだったデプスが、リインを普通に受け入れてしまっていることだろうか。
とりあえず、持っていた携帯端末を高速でいじり、仲良しな2人の様子をこれでもかと言わんばかりに写真に収めるはやてであった。
***
「リイン、リインー。朝やでー」
「……んー……はれ? はやてちゃん? ……今何時でしょうか……?」
「まだ余裕はあるけど、そろそろ起きやんとまずいかもなぁ。……デプスと何してたんかは知らんけど。」
「……ふぇ? ……え? あっ! ……あ、あわわわ、こ、これは違うのです! ふ、不可抗力です!」
はやてに言われ、リインがその寝ぼけ眼を向けた先には、自分に面と向かって抱きつきながら眠るデプスの姿。
何故こんな状態に、と思うよりも、これをはやてに見られていたという事実がリインの羞恥心を爆発させる。
慌てて離れようとするも、デプスの拘束が強く離れられない。
「~~~~っ! デプス! 起きてくださいです! 早く! デプスぅ!」
「……んぅ? あ、おはようリイン姉さん……」
「あ、おはようございます、デプス。って! そんなことを言っている場合ではないです! 上見て下さい上!」
「上……?」
ようやく意識を戻したデプスだが、今だ完全に覚醒してはいない。リインに促されるまま上を見てみると、
「……」
「ぐっもーにーん。朝からお熱いことやなぁ。」
にやにや笑顔でこちらに手を振るはやての姿を補則。
「雷衝弾」
「ぶへぇっ!?」
「は、はやてちゃーん!?」
瞬時に雷を帯びた魔力弾を形成、事態を理解し、羞恥心で死んでしまう前に、覗き見を働いた不逞の輩を制圧しにかかる。
高速の光弾で顎を撃ち抜かれたはやては一瞬宙へ舞い上がった後、下で眠っていたザフィーラの上に落ちた。
「ぐおぉっ!?」
衝撃でザフィーラが何か叫んだ気がするが、それよりもまずは。
「……リイン姉さん、この状況はどういうことなんだろう。」
「そんなのリインが聞きたいですぅ!」
早朝からカオスに包まれる八神家だった。
***
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
「いや、気にしてへんし、別にかまへんよー。一瞬死ぬかと思ったけど。」
「ごめんなさい……!」
デプスの放った魔力弾は、威力自体は大したことが無かったので、すぐに回復したはやては、決死の形相で土下座を敢行するデプスをなだめつつ、思いきり押し潰してしまったザフィーラの背中をさすっていた。
これでも乙女()として最低限体重の維持には気を使ってきたつもりではあるが、流石に空中からのダイビングとあっては重いとかそんなレベルの話ではないだろう。痛みにこらえるザフィーラの姿に思うところが無いでもないが、今回は不問とする。
それよりもともすればハラキリまで持っていきかねないというデプスをどうやって説得しようかと悩んでいると、デプス自身からある提案が持ちかけられた。
「……あの、今日、はやてさん、お仕事あるんですよね?」
「ん、まぁな。」
「……俺に手伝えることは……」
「ない。」
「うっ……」
「流石にそれはあかん。君の立場的に、下手に職場に連れていくのは避けなあかんねんよ。」
「……ですよね……」
デプスとて、自分がどういう存在かくらいは理解している。まだはやてには言っていないが、自分は管理局によって違法に造られた存在だ。
それが本局に堂々と行くということがどれだけ危険なことなのかも、もちろん分かっている。薄々はやても気づいているのだろう。
だが、それでもデプスははやてやリインの力になりたかった。
助けられっぱなしでいるのが、申し訳なかったから。
「デプス。」
ザフィーラが俯くデプスに声をかける。
「何も、今すぐに何かを成す必要は無いのだ。焦らなくてもいい。」
「ザフィーラさん……」
「主への詫びがしたいというなら、そうだな……この八神家の留守を守ることが、お前にできる最大の償いだと思え。」
「そういうこと。まぁ、そのうち何かしてもらうかもしれんから、その時に頑張ってくれたらええよ。今回のもそれで許したるから」
はやての有無を言わさぬ笑顔でそう言われたデプスは、もう何も言い返すことは出来なかった。
リインが「それでは、ザフィーラの言う通り、八神家の留守は任せたのですよ!」と言って頭を撫でてくれたが、上の空で「うん……」と返しただけで、デプスの気持ちは晴れない。
「うーん、時間ないし、私はもう行くけど、ザフィーラ、デプスのことお願いな?」
「承知。」
行ってきまーす、という2人を見送りながら、さて、とデプスの方に向き直り、
「少し、運動でもするか?」とデプスに問いかけ、
「……はい」という答えが返ってきたことに、目を細めながら薄く笑みを浮かべるザフィーラだった。
***
「ザフィーラさん、どうしてまたこんなところに?」
ここはクラナガンから少し歩いたところにある川の河川敷。時刻はまだ早朝と言える時間だ。
八神家の中でも今日は非番のヴィータやアギトなどはまだまだぐっすりと眠っている時間であるが、早朝からランニングに興じる壮年の男性や、川のすぐ近くで寝ている老人など、少しだけ人の姿は見える。
「悩んでいるときは、こうやって運動するのが一番だ。我やお前のような、男にはな。」
現在、ザフィーラとデプスはユニゾンしている。
そのため、ザフィーラが感じる疲労感もデプスは感じることができ、こうしてランニングをしていると、普段浮遊している小さな体では感じることのない独特の疲れを体感し、新鮮な気持ちになってくる。
「そういえば、ザフィーラさんは、ずっと黒一点だったんですね。」
「あぁ、そうだ。別段不自由を感じたことはないが、こういう悩みの解決法は、女には通じ……ないこともないな。」
高町などは、悩み事は砲撃で飛ばすとか言っていたか、というザフィーラのつぶやきを聞いて、その高町さんという人には絶対に近づかないことを心に決めながら、ザフィーラに尋ねる。
「ザフィーラさんも、悩んだりすること、あるんですか?」
「それはもちろん、生きている限り、悩みなど尽きないものだ。例えば、自分は主たちの力に、あまりなれていないかもしれない、といったものもあった。」
「……」
「こんな自分が主の傍にいてもいいものかと、当時は柄にもなく思い悩んだものだ。全く、思い出すのも億劫だ。」
ザフィーラは現在管理局に勤めてはいない。収入があるわけでもなく、優秀な戦闘力も、仕事がなければ発揮する機会もない。
デプスは、今まさに、自分もそうやって思い悩んでいたこともあって、熱心にその話を聞いている。
「その、今はもう、悩んでないんですか?」
「あぁ。と、いうか、お前自身、既に答えは得ているのではないか?」
「え?」
「少なくとも、先ほどの主の言葉を聞いていれば、分かると思うぞ。」
「……? つまり……?」
要領を得ない説明にデプスは迷う。彼の言わんとすることがいまいち伝わらない。
頭を捻るデプスに、ザフィーラは続ける。
「……つまりだ、何も、直接仕事を手伝うだけが、主たちの役に立つということではないということだ。」
「はぁ……」
「分からないか? なら、たとえばお前が誰かと戦うとしよう。敵は強大だ。勝てるかどうかわからない。だが自分の後ろで……そうだな、リインが見ているとしたらどうする?」
「……死に物狂いで戦うと思います。」
「あぁ、つまりはそういうことだ。」
なるほど。言いたいことはだいたい分かった。
確かに、自分は、また視野が狭くなっていたのかもしれない。
「お前は、今やまぎれもなく主やリインの居場所となり得ている。それは、確かに主たちの役に立てていると……そういうことになると、我は思う。」
「居場所、ですか……」
「あぁ、居場所だ。そして、留守を守ることもまた、居場所を守る、重要なことだ。」
走っていると、前からランニングウェアを着た青年に挨拶をされ、こちらもきちんと挨拶を返す。
「主たちは街を守る。我らは主の居場所を守る。それでいいのだ」
ザフィーラの表情は、明るかった。今の状況にちっとも不満を持っていない。
ユニゾンの影響で流れて来る感情も、とても温かいものだ。
「俺……ちゃんとなれますかね……みんなの居場所に」
「ふっ……もうなっている。それと、我に対しても敬語は無用だ。」
そうでしたか、あと、ありがとうございます、と、気持ちの沈んだ朝からようやく笑みを見せたデプスだった。
デプスとザフィーラはお留守番担当。
これから2月くらいまでは完全に不定期になっていしまいそうです。
リアルの方で人生を懸けた戦いが始まりそうなので…(震え声)
まぁ、現実逃避したい時にちょこちょこ書くつもりなので、ふと見たときに更新されてたらラッキー。くらいに思って頂ければ……!