いつの間にかボスになってた。組織は滅んだけど 作:コズミック変質者
微塵の狂いもなく、最初から定まっていたかのように爆豪は麗日を叩き潰した。正面から堂々と。麗日の用意したあらゆる策を爆破して。
最高峰の雄英の中でも群を抜いている個性と才能。そして普段の荒々しさからは、知ったばかりの者では想定できないほどの戦闘時の頭のキレ。単純な爆破による力押しから小回りまで自由自在。
それだけではなく続く二回戦。連続した爆破による力推しで麗日よりも頑丈でより正面戦闘特化の切島さえもを下してみせた。圧倒的、単純なまでの強さは、強者でありながらも互角の戦いを演じた轟と同等な程に観客達を魅せていた。
ほぼ無傷で二戦を勝利した爆豪は、そのまま用意された客席には戻らず、荒々しい歩幅で急くように会場の放送室へ向かっていた。
一応は礼儀正しく、扉をノックして開ける。中にいるのはUSJの怪我が治りきっていないため包帯でほぼ全身を覆っている相澤とプレゼントマイクの二人。相澤が先ず気付き、それに釣られてマイクも気付くも、相澤が対応することを察したマイクは実況の方へ専念する。
「何の用だ。お前はまだ試合が残っているから客席の方に———」
「こういうのはオレから申請すんのは出来んのか?」
「何言って・・・」
爆豪が持って来ていた物を相澤に突きつける。そこに書かれていたのは体育祭でのサポートアイテムの申請書類。主に青山等の何らかの媒体を使用することでようやく完璧な形で個性を扱える生徒への救済の意味を持つ書類。
だが爆豪の突きつけた申請書には爆豪の名前は書かれていない。そもそも爆豪の個性にはサポートアイテム等ほとんど必要ない。名前が書かれていたのは次の爆豪の対戦相手である耳郎のもの。だがその字は爆豪のもの。そう、爆豪は耳郎のサポートアイテムの使用を申請しに来たのだ。
「あのクソメガネは試合前に申請したからさっきの試合で使用出来た。ならクソ耳だって今から申請しても遅くねぇだろ」
「まぁ、な。だが飯田の時とは違って色々と状況が変わっている。飯田は一回戦目に、アレっきりとして申請していた。だが耳郎は一、二回戦目は無しで行った。三回戦目から使うなんてことは———」
「だからわざわざオレが出しに来たんだろうが」
「・・・確かに対戦相手であるお前が納得しているなら特に問題は無いが、耳郎はこの事を知っているのか?許可は出せるがそれだけだ。土壇場だし受けるも受けないもアイツ次第だぞ?」
「要は説得すりゃァいいんだろ」
内側に秘められた怒りが極小規模の爆破となって掌で爆ぜる。怒り心頭。爆豪の思考にあるのは勝つことだけ。完璧な状態といえる相手を、完膚なきまでに叩き潰すことだけ。正面から、堂々と。誰にも文句を言わせずに。
爆豪を見て、相澤は溜息を吐く。要は我慢の限界が来たのだ。これまでの経歴、一番でなければ全てが負けと言える程優秀だった爆豪。そんな爆豪は雄英に入学して連続した敗北を与えられ続けてきた。
入試次席。因縁ある緑谷とのチーム戦に敗北。etc・・・。
彼が弱い訳では無い。なのに勝てない。なのに一番になれない。
求めている理想の高さ。即ちオールマイトすらも超える。オールマイトの経歴は謎が多いが、それでもあらゆる場面において一番だったことを予想するのは容易い。理想に指すら掛かっていない事への焦燥。
「はぁ・・・とりあえず、用意はしておいてやる。だが耳郎が納得しないようなら使うことは出来ないからな」
教師としての血が騒ぐ、なんてことは無く。あくまでルールに則って、両者の合意の上で話を進める。それなら問題ないと申請書には受領のサインを書いて放送室を出ていく。
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目覚めは思っていたよりも早かった。と言うよりも、無理矢理目を覚まさせられたと言うべきか。目が覚めて意識が明瞭になり、そして飛び起きる。まるでテストの日に遅刻ギリギリの高校生のように、反射的に体は動いた。
一息に靴を潰し履き籠に入れられた携帯や財布を無造作に掴み取り蹴破るように部屋から出る。入れられていた部屋は会場の救護室。私は逃げるように小走りに離れていく。
「あぁ、助かったよ。もう少しで相当まずいことになっていた」
安全地帯にまで来たと思ったら、ずるりと壁に背を預けながら滑り座り込む。呼吸を忘れかけていた訳では無いが、過呼吸の様に無造作に空気を肺に取り込んでいく。
きっとあと少し遅ければ、『ホワイトスネイク』が自我を持つタイプの
「大丈夫だ。今ようやく運び込まれたばかりだ」
そのまま腕が永遠に使い物にならなければいいのにという最高の理想と、それが叶うことがないという現実を思いながら立ち上がる。
「いい経験になったよ、ありがとうよクソッタレの炎野郎」
私がぶっ倒れた原因は単純明快、熱中症と脱水症状だ。重大な事実を知ったことによる精神的な負荷もソレに拍車をかけているが、根本的な原因はこれだろう。
予兆すらなくこうなった原因は、恐らくDISCによる命令のミスだ。『ホワイトスネイク』のDISCは万能だ。人間を時限式に破裂させることなど、普通に考えてもありえない事だってできる。用途が広いからこそ解釈も広がってくる。恐らくは私が命令を作る時に大雑把な設定にしたからだろう。
私は
今回書き込むべきだった命令は体温の維持だったり、体内の水分量の調整だったりしたのだろう。
これが分かったのは緑谷以外のことで大きな成果となる。戦闘時などは親衛隊達にはDISCによる支援を行っているが、それらのDISCも更新、ないしは見直しの必要があると気づくことができた。
複数の命令による競合など、改めて検証する必要が出てくるだろう。またスキューロに何人か見繕わせる必要があるな。やることがいっぱいだぁ。
決して気分がいいわけではないが、悪いわけでもない。過ちやミスをこうして少しでも余裕のあるうちに見つけられるのはとてもいい事だ。ぶっ倒れたということを差し引けばプラマイゼロ。
いや、でも緑谷のこともあるからマイナスだな。まぁいいや。こういった日は潰れるまで飲んで騒ぐのが一番いい。健康?知るか。晩酌の準備をしておくようにスキューロに連絡を・・・えぇ・・・。
「お久しぶりです、ボス。このような場でこそありますが、お会い出来たことを嬉しく思います」
なんでお前がこんな所にいるんだよ・・・コカキぃ・・・。
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相も変わらずいつであろうと、ボスは存在感が他とは隔絶していた。いや、それを理解し認識できるのはボスとしての側面や風格を知っている者のみ。一見すれば海外からの旅行者等にしか見えないのだが、真実を知るものからすれば一人だけ周りから浮いている。
人混みに紛れていたとしても、自然とその人混みが彼女を際立たせる素材となってしまうのだ。
「お久しぶりです、ボス。相変わらずお綺麗だ。このような場でこそありますが、お会い出来たことを嬉しく思います」
コカキがその言葉を発すると同時に、怒気も殺意もあらゆる感情の揺れすらなく、前触れすらも存在せずにコカキの喉が潰されかけた。周りには見えずとも、無論ながら
ボスより現れた『ホワイトスネイク』の速度は目にも止まらぬ速度だった。動きの軌跡も追うことすら出来ずにコカキの喉を、圧迫されているのを誰にも見えないように皮からではなく気道を確実に掴んでいる。
痛覚を与えぬように、違和感を覚えさせぬように、そして一言も話せないように、壊れ物を扱うように繊細に。そしてほんの少しでも力を込めれば、それだけでコカキが失声ないし、絶命できるように。
速度、そして精密性。この二つが極限まで高められているのが理解出来る。
心臓を掴まれているのにも等しい状況下で、しかしコカキはニコニコとした笑いを崩さない。忠誠を誓うボスの前での下手な行動は不敬にあたる。
先程の台詞についてを聞かれたら、まぁ癖としか答えることは出来ないのだが。
『あぁ、久しぶりで忘れていたよ。常にお前が私をそう呼びたがっていたことを。だがこれで懲りただろう?これで終わりに・・・いや、もっと強めに言い聞かせないといけないよなぁ。このような場所で、私のことをボスと呼ぶな。次呼んだら殺す』
『ふっ、ふふふ・・・以後善処します』
『まぁいい。出会ったついでだ。車を出せ。少しだけ走らせるんだ』
「中々良い車じゃあないか。車に対して興味はない私から見ても分かったよ。しかしお前の好みとは随分と外れているようだがな」
「今の
黒く低車体のスポーツカーは速度に似合わぬ轟音の如きエンジン音を鳴らしながら市街を走る。ボスを運ぶのに相応しい丁寧な運転をしているが、エンジン音が全てを台無しにしている。
煩いと口に出して言わないし表情にも何の変化もないが、エンジン音が聞こえてから一瞬だけ不機嫌さを表した。それはとてもいけない事だ。ボスが不快になるなどあってはならない。この車はボスを運んだ後、スクラップにするかエンジンをもっと静かな物に取り替えるかしなければ。
「そういえば意外でしたよ。貴方がまさか雄英体育祭というイベントに参加しているなんて。ヒーロー側の最も危ない場所に足を踏み入れるとは。イタリアにいた頃は考えられなかった。変わりましたな」
「そんなに変わったように思えるか?たかだか人並みに私が動いているだけだろう。それともお前にとっての私は、塔の上に監禁されたお姫様というイメージだったのかな?」
「さて、どうでしょうね」
軽口のような会話だが、傍から見ればそれは異様な雰囲気に満ちていた。上下に揺れ動くボスの威圧と、それをなんともないように、ともすれば楽しむかのように流していくコカキ。
「ふん、まぁいい。私自身も自覚がある事だ。ああそうだな、確かに私は少し変わった。少なくとも気を引き締めなければならないという事を自身に命じなければならない程にはな」
「変わった・・・もしかしたら変えられたと言うべきなのでは?」
「変えられた?・・・あの子にか・・・」
「中々興味深い少女でしたよ。成長度合いなどを予測してみましたが、中々に恐ろしい。そして底が見えない。個性の成長というのは専門ではない私にはよく分かりませんが、彼女は明らかに異様ですよ」
成長と言うよりは進化という言葉が相応しい。まるで別物に変わってしまっている。本来進んでいたレールを力づくで無理矢理進路変更しているようにも見える。たった一年で人は、身体はそこまで変わることは出来るのか。超人溢れる世界になっても、その様は異様であるのは間違いない。
「で、だからなんだ?成長が凄まじいから、力が大きくなってきたから、目に見えて異様だから。だから殺すと?私の判断を、私の
舐めるなよ、そして忘れるな。私は常に最善を尽くしている。彼女については、アレが最善だと判断したからそうしているんだ。少し会わない内に耄碌しちまったんじゃぁないか?」
「出過ぎたことを言いました。やはり、貴方は変わらない」
その言葉は一聞すれば友を、耳郎響香を信用してのことにも聞こえる。だがコカキからすれば全くの別。強くなろうがどうでもいいのだ。そこに対して警戒を抱くのは、果てに妨げになる可能性があるということを警戒しているから。だが強くなろうが邪魔な存在にならなければ、自分達に対して何の害も無いのであれば、放っておいても構わない。そしてもし邪魔になるのであれば即座に・・・。
「そういえばお前、こっちに来てからどこに住んでるんだ?あぁ別に言わなくていい。お前の許可なんて必要ないのだからな」
「ええその通りです。私はボスの命に犬のように従うのみ。それが私が望むことであり、貴方が私に求める唯一のことだ」
「分かっているなら良い。引っ越しだ。拠点を変えろ。場所は後でスキューロに聞くか自分で調べろ。言い方を変えれば、潜入か?」
「
「緑谷。緑谷引子。あのクソッタレをこの世に産み落とした最悪の女だよ。あぁ、だがまだ殺すなよ。というより、殺さないで人質にしておけ。悟られないようにな。アイツのようなタイプは失くせば失くすほど迷惑極まりないからな。程々でいいんだよ」
それは未来を見据えた数少ない自分たちから与える一手。基本的に干渉を良しとしないボスにとって、己の命運を決めうるかもしれない一手を、ボスはコカキに預けたのだ。
無論、言われずとも分かっている。ボスが求めるのはその先にあるものであると。緑谷引子を選んだことによる旨みを最大限に引き出すのだと。
コカキは正しく、ボスの言を理解した。
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ちょっと来い。
常闇との試合に心身共に削りながらも苦渋の果てに勝利し次の試合相手、即ち優勝候補筆頭である爆豪への対抗策を考えている時に、ウチは爆豪に呼び出された。行き着いた場所はフィールドへ行き着く関係者以外立ち入り禁止の通路。ウチと爆豪、次の対戦カードの選手達が密談しているのを見られるのは不味いため、この場所選びは正解だ。
「なんの用?ウチもアンタも暇じゃないはずでしょ?」
そもそもとして、こうしている状況も不味いのは互いに明白であるのは間違いない。そもそも爆豪の入場ゲートは反対側だ。全力で走ればまだ間に合うが、話が長引くようであればどうなるか。遅れたことを誰かが疑問視するのは間違いなく、ここに来るまでに二人で歩いているのを雄英生何人かに見られている。爆豪は言わずもがな、ウチにも首席という肩書きがある以上、顔は多少は知られている。
それがもし、下手な人達に伝わればどうなるか。
体育祭前に他クラスとも色々あり、今ではA組の立ち位置は比較的悪い。そもそもA組ということでさえ、嫉妬の対象として見られ、更に今年は輪をかけている。
A組という肩書き、学生ながら
オールマイトが教えるのはヒーロー学。つまりはヒーローとして必要な訓練実技である。そして雄英高校においてヒーロー学を取れるのはA組とB組のヒーロー科のみ。ほら、言うまでもなく明瞭になった。
嫉妬が溢れればどうなるかなど言うまでもなく、実際にそういった雰囲気は広まっている。そして何より、この場にいる二人、爆豪はともかくとしてウチも問題があるのは知っているし、周りの空気から察していた。
百万歩譲って、彼らが爆豪を認めたとしよう。何せ単純すぎる程に爆豪の『爆破』は強力だ。近中高速空戦対応可能。威力連射持久に関しても同様に優秀。そして何より、分かりやすく強いのだ。視覚聴覚、この二つの感覚を含めると、詳細なスペックを知らなくても強力だということは馬鹿でも分かる。派手というのはそれだけで強いのだ。
対して自分はどうか。『ディーヴァ』込の戦闘力は近中遠対応可能。音による高速攻撃。ソナーでの索敵。威力連射持久に監視で爆豪以上に優秀である。では、『ディーヴァ』抜きなら?
近距離での対応は攻撃の威力不足のため不可能。対応できるのは身体能力がそれなりの相手だけ。遠距離不可能。単身では音がバラける。威力は条件を満たせば絶大。満たせなければ皆無に等しい。連射、威力がなければ無意味。持久も同様に。
ほら、見たことか。たった一つの要素を抜けば雑魚の完成。
故にウチは周りから「アイテムがないとろくに戦えない」という印象を持たれているのだ。だから当然、そんな首席がいることが彼らには面白いはずもない。
ウチがやったのは彼らの中で例えるなら、みんなが真面目に難関校への入試勉強をして万全の態勢で挑んでいるというのに、一人だけ教材やネットなどでカンニングをして試験を受けているようなもの。そして試験者側がそれを容認している、と思われているのだろう。
返す言葉などない。全くもってその通りだ。青山のように個性をまともに発動するために必要だからではなく、明らかに過剰の域にいる。最早これでは『サポート』ですらない。武器兵器の領域にまで踏み込んでいる。
それが許されるのなら自分にだって・・・。そう思うのは自然な事だ。
あぁ・・・分かっているとも。彼らが言っていることは正当であり、邪道なのは自身であると理解している。でもこれだって、こんなやり方でもちゃんと認められたやり方なんだよ。
サポートアイテムを、特に
だから彼らの言葉を、感情を気にするつもりは毛頭ない。なぜならそれは自分で認識しているから、確かめ予測していたことだから。時として手を尽くすとは成功した代償として、自分の名誉を陥れることに繋がるのだ。それを理解しているのなら、怖くはない。
だからウチは・・・
「次のオレとの試合、コイツを使え」
きっと勝つために、許される限り、外道でない限り、進むべき正道からそれない限りはどんな手段も取ってしまうのかもしれない。たった一つ、叶えたいことのために。大切な約束を守るために。
爆豪が耳郎へと渡したものは最早言うまでもなく耳郎の持つ最大の利点であり、他者を蹴落とし輝く王冠を手に入れるためには絶対に必要になるだろう物だった。
普段はコスチュームのケースと一緒に収められているはずのそのアイテムが今は爆豪の手の中にあり、それを耳郎に突きつけていた。先の彼の言葉とこの行動で、要件というのは一目瞭然。
今回の体育祭では使わないと、他者との公平性を保つ為に使うという選択肢を入れていなかったのだが、何故それがこんな所にあるのか。
「テメェの許可はもう取ってきた。だから遠慮しないでさっさと受け取りやがれ」
その言葉に嘘はないだろう。ここで虚言を言うのなら爆豪は次の試合、許可の出されていないアイテムを耳郎に使わせて、ルール違反での敗北を狙っているということになる。
そんな狡い真似を爆豪がするなどプライドが許さないだろうし、何よりそんなことをする必要も無い。
普通に戦えば爆豪と耳郎の勝負など論ずるまでもない。芦戸、常闇とこれまでの相手達とは違い、弱点らしい弱点が爆豪には存在していない。芦戸に対してはヒーローとしての精神への揺さぶり、常闇には個性の欠点を突いて勝つことが出来たが、残念ながら爆豪につけ入る隙はない。
「一応聞くけど、なんで?」
この言葉をどう受け止めるのかは爆豪次第だろう。受け取り方によっては複数あり、言葉の善し悪しまでも別れていく。人によっては傲慢に聞こえることもあるだろう。そういった方向の場合、面白いはずもなく。
「んなことオレが完膚なきまでに、全部の負けを覆す為に、テメェよりも強いって事を証明するために決まってんだろうが!オレはもう誰にも負けねェ全部ぶっ潰す!!半分野郎も、テメェもだ!!そんでまずはテメェだ!だけど本気を叩き潰さなきゃ意味ねぇだろうが!入試の時のテメェを、普段を超えなきゃ意味ねぇだろ!!
そんで見てるヤツらに分からせてやる!オレの方が断然強ぇって!」
捲し立てるように早口で、だが確かに言いたいことは理解出来た。やっぱり、爆豪は予想通りだった。粗暴なくせに誰よりもこだわりが強い。
こうして全力で場の障害なく真っ向から戦う機会というのは中々ない。規定された戦場から出てはいけないという一つのルールを破らなければ、正真正銘誰も邪魔しない一対一。更にはこの結果は勝利であれ敗北であれ、世界へと報じられていく。強弱の順列が明確に広まり、そして固定される。
逃す手はないだろう。
(参ったな・・・もっと粘ろうと思ったのに・・・)
こうなることも、想定していた。爆豪という男は分かりやすい。いつも吐いている暴言を読み解いていけば、その真実は自然に浮び上がる。だからこうして命令してくる可能性は考慮していたのだし、断る言い訳も考えていたのだが。
如何せん、断る為に用意していた言葉が出てこない。他者に情熱をこうして正面からぶつけられることが、こんなにも逃れられないことだとは、考えてはいなかった。現実は常に想定よりも上回るもの。想定よりも耳郎は押しに弱かった。
正直なところ、こんな我儘と言えることに付き合う利点はほとんどない。確かに勝つことは重要だ。限られた人数で優位に立ちながら世界に自分をアピールできる機会は3回しかないのだ。ならばこそ、インパクトとは重要なもの。
去年との比較、成長応用。無論、結果も付き纏ってくる。
だが耳郎にとっては飛躍がすぎる。それを行えば雄英内だった耳郎への悪態が際限なく広がるということ。
「一応聞くけどさ・・・ウチの噂とか聞いたことあるでしょ?」
聞こえていないはずがない。爆豪への批判も強いが、耳郎も相応の数があるのだ。上述したように爆豪は純粋な実力だが、耳郎は張りぼて。明らかとして両者へ与えられる評価は性格暴言抜きにしても歴然となるだろう。
「んなモブ共のこと知るかァ!!テメェは黙って全力で俺と戦って負けりゃァいいんだよ!!」
勝利を当たり前としているが故。唯我独尊を地で進む爆豪にとっては妬み嫉みなど自分を讃える声でしかない。他者の嫉妬とは同時に自分を認める声に他ならない。
だから、本当に凄いと思える。他人の声を無視するのは得意だが、真っ向から跳ね除けるというのはなかなかに出来ないことだ。だから素直にすごいと思う。自分に出来ないことを出来る人は、どうしようもなく凄く見えるから。
「分かった。でも余計なことしたって後悔するよ。皆の前で大恥かかせてあげるから」
「言ってろボケが」
ディーヴァを渡して爆豪はここから全速で走り去る。流石に不味いと思ったのだろうし、何より全力で走ることにも意味がある。あちらもこちらも万全と呼べる状況でぶつかり合ってこそ。
さぁ、思考を変えて考えよう。今までの案は全てが撤廃。方向性を変えていくのだ。素の状態の戦法を頭から追い出して、いつもの状態へシフトする。浮かび上がるのは夥しい程の対応策。爆破に対して有効となり得る技法が頭に浮かんでは消えて、留められていく。
そして待ちに待った準決勝二回戦が始まる。対戦カードは首席と次席。盛り上がらないはずがなく、今日一の興奮を届けてくれるだろう。
いよいよ強化耳郎ちゃんの大暴走が始まるぞぉ。最早物理現象なんて存在しなくなるだろうけど、個性だから問題ないよね!
そろそろステイン動かさないと皆存在忘れてそう。