いつの間にかボスになってた。組織は滅んだけど   作:コズミック変質者

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よーいドンで始まる戦闘描写は苦手


拍手しそうな程素晴らしい試合だ。周りは引いてるけど

ずっと牙を研ぎ続けてきた。

 

爆豪勝己の人生を彩るのは勝利である。世界的に見ても優秀極まる個性。人の外見でありながらそれなりの異形型にも届く身体能力。鋭い勘を備えながらも頭の巡りも優秀で、それら2つを合わせた戦闘技術。

 

他人が持っていないものを持っていた。他人が優れている物よりも優れて持っていた。故に爆豪勝己にとっては勝利とは当然のことなのだ。だって自分は凄いから。周りは自分を引き立たせる石ころでしかないのだから。

 

だから、我慢ならなかった。自分が誰かの下に位置付けられていることが。近い誰かよりも劣っているということが。

流石にエンデヴァーやオールマイトといった傑物達とはまだ比べるまでもなくとも、同年代であれば抜き出ているのが当然だと思っていたし、そうだと確信していたのだ。才能だけに頼るのではなく、弛まぬ努力を文句も言わずに行なってきた。だからこそ堪らない。

 

屈辱は晴らさなければならない。正々堂々正面から木っ端微塵に見せつける。爆豪勝己こそが雄英高校で最も強いということを。

 

 

 

 

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彼らには聞こえていなかった。プレゼントマイクの実況も、耳郎の変化によって惑う観客(ギャラリー)の喧騒も。見えるのはただ一人、目の前の強敵のみ。周りなど微塵も視野に入れず、彼らは彼らの世界を築いている。

西部劇のガンマンのように全神経を集中させている。その二人の漏れ出た熱は会場中に更なる期待を膨らませている。

 

直立の体勢など取っていない。爆豪は左手を顔前に、右手を身体で隠すように身体を横にする。対して耳郎はいつでも猛威を振るえるように『ディーヴァ』への接続を済ませている。共に意欲は十分であり、後は合図を待つだけだ。

そして待ちに待った時が来た。満足するほど実況したプレゼントマイクが準決勝第二試合の開始を告げた瞬間、地を砕く音と同時に爆豪の腹に耳郎の拳が突き刺さっていた。

 

「ガッ、ヅァッ・・・!?」

 

決して目を離していたわけではないし、耳郎が何をしたか分からなかったわけではない。見えていたし理解出来ている。やったことは単純だ。開始の合図を拾ったと同時に全速力で走って爆豪に拳を打ち込んだだけだ。ただ、強化系の個性と見紛うほどに。

 

「離・・・れろォっ!!」

 

幸いなことに、クリーンヒットしたとはいえダメージはそれ程ではない。痛みや息のしにくさで動きにくくなることは無かった。想定外の行動に戸惑いながらも、身体は自然と動いている。払い上げるように爆破を行い攻撃と同時に煙幕を張り、爆破で身体をとばして反対側へと着地する。

 

(どうなってやがる・・・コイツは・・・)

 

着地した地点にあったのは、人の足ほどの大きさに砕けた地面だった。コンクリート製の大地は大きく崩れており、足首ほどまで埋まりそうだ。

見れば分かる。これは度を超えた力を込めた踏み込みによって砕けた地面であり、先程の不可解な耳郎の移動の際に生じたものだということを。耳郎がこれを行ったのか、俄には信じ難い。確かに超人社会になってから女性であっても規格外の力を持てるようになったが、彼女の個性ではこの様な足跡は作れない。

 

「・・・っ、ちっ!!」

 

煙が晴れる間もなく、引き裂きながら耳郎が突進してくる。その速さはやはり今までの比ではなく。しかし逃げるつもりは爆豪にはない。避けに徹するのも戦法の一つだし、不用意に踏み込まない事も策であるが、爆豪には算段がある。

 

「驚いたがよォ———」

 

獣の如き敏捷さで地を砕きながら進行してくる耳郎。その速度はやはり二度目でも目で追うのがやっとだが———。

 

「んなぽっと出で、オレに勝てるわけねぇだろうがァッ!!」

 

瞬時、拳の射程距離から逃れるように身を屈め先程の仕返しとばかりにカウンターをお見舞いする。腹部へ穿たれた拳撃は先程耳郎が与えたダメージの比ではなく、同時に殺意高めに爆破をお見舞する。爆破が当たった感触がすると、直ぐに感触は消える。どうやら逃げたらしい。

 

「ふざけてんのか、テメェは」

 

煙が晴れた先にいる耳郎を睨む。感触は言うまでもなく確実。たとえ一瞬とはいえほぼゼロ距離の爆破を無防備に撃ち込んだのだ。耳郎の身に如何な変化が起きたとはいえ、あの爆破ではかなりのダメージが入っているのは間違いない。

 

「ふざけてると思う?」

 

「あぁ思うね。ふざけてなかったら何なんだよ、テメェのそのザマはよォ!?」

 

静止している耳郎の姿は控えめに言ってボロボロだった。爆破された腹部は頑丈な作りをしているため破れていない体操服の上からでも分かるほど痛々しい焦げを見せている。爆破時に生じた熱は間違いなく腹部を熱しているだろう。事実、痛みで顔が少しだけ歪んでいる。

一回戦目の麗日は直接的な爆破を回避していたし、二回戦目の切島は肉体硬化系の個性であったため、目立った外傷は見受けられなかった。ガードがあってもこれなのだ。爆破による強力さが簡単に伺える。

 

「いやいや、普通に考えなよ。コレがあったところで、ウチとアンタの相性は最悪だって分かるでしょ?コッチはほら、そもそも対人用に作られてないからさ」

 

両腕に付けられている『ディーヴァ』を見せて、次に腰に付けられている『ディーヴァ』を軽く小突く。色は同じだが形状に少しだけ差異がある。手の甲に付けているのと腰の予備のように備え付けられているのは別物だということだ。

 

対人用と銘打っているが、出力を引き上げれば轟を相手にしたように物理的破壊が行える。寧ろそちらが正しい規格なのだが、それは耳郎にとってはいけない事だ。手を出せない領域にある。

よって対人用は欠点として、対象を人か物に分ける必要がある。故に轟のような者を相手にするのなら、個性を破壊できても本体を攻撃出来ないため、千日手による持久戦に持ち込むことになる。攻撃するには調節の為に一瞬のラグが要り、その隙は致命。

 

対して対物用は見境(・・)がない。物だろうが人だろうが、容赦なく破壊する。対象の強弱なんて関係なく、射程内出力内にいれば無造作に。この場でそんなことをしてみれば答えは簡単だ。爆豪に当たろうが当たらなかろうが、背後にある客席は地獄となり、耳郎は最新の虐殺者として名を残すだろう。正しく兵器(・・)として猛威を奮う。

 

ならば騎馬戦や芦戸の時に使った『不協和音(ディスネンス)』はどうか。騎馬戦の時は心操に気を使っていた。芦戸の時は『ディーヴァ』がなかった。一対一で状態としては完全と言える今ならば平衡感覚を奪うのではなく、相手の体調そのものを乱してしまえばいいのではないのか、と。

その案も勿論考えた。だが今回ばかりは相手が悪い。正直、爆豪には効きが悪いのだ。いや、効き自体は問題ない。『不協和音(ディスネンス)』は人体であれば問答無用で作用する正しい音響兵器としての発展形だ。爆豪であれ異形系であれ、容赦なくその身を蝕んでいく。

 

ならば何が悪いかと言えば、爆破という個性だ。爆発は思うよりも瞬間的な音が大きすぎるのだ。音波という波をほんの一瞬程度だが強引に相殺できる。思えば開始時の爆豪は既にソレを警戒していた。左手を顔まで上げていたのは盾としてではなく、音波を警戒してのことだろう。肉体が硬直した瞬間に爆破する為に。

 

爆豪と相性が悪いのもさることながら、そもそも耳郎と『ディーヴァ』は対人戦闘においては未だに強者とは言えるレベルではない。少しはマシになったとはいえ接近戦でできるのは嗜んだ程度の我流。技術差すら圧倒的であり、且つ遠距離は大技が使用不能な上に爆豪は爆破による縦横無尽の移動法もある。

 

耳郎と『ディーヴァ』。確かに手札は多いし、強力な物が数多く揃っている。ルール無用ならば爆豪にすら手間取ることは無いだろう。だが彼らは枷の多いヒーローの卵としてここに在る者であり、更には手札を現状使いこなせるかどうかは別である。

 

基本的に物理攻撃が少ない耳郎にも物理攻撃の手札は少ないが持ちえているが、残念ながら現在はソレを使いこなすことが出来ないのだ。

 

「ぶっちゃけ今のウチじゃ逆立ちしなきゃマトモに戦うことすら出来ないだろうしさ」

 

「だから、テメェは逆立ちしたってのか・・・?マトモに使ったことがねぇ物で、このオレに勝てると思ってたのか?」

 

「やっぱ・・・バレたか・・・」

 

「当たり前だろボケが。どう考えても一撃目、マトモに入ったとは思えねぇほど軽すぎる(・・・・)。ソレに移動も不自然だ。テメェの作った足跡、穴の深さがバラバラだし、最後は歩幅が変わって、勢いが完全に死んでやがる。こんなんでマトモに殴れるわけがねぇ」

 

耳郎が取れる手段は少ない。遠距離攻撃は耳郎自身の精度と合わせれば爆豪相手では拙すぎる。ギャング・オルカのような音波攻撃による全身麻痺などは気楽に引き起こすことが出来るが、そもそも爆豪相手に当てられるかと聞かれれば否と答える。優れた身体能力にセンス、何もかもが足りていない。

如何に『ディーヴァ』の性能が優れているとはいえ、所有者が未熟ではこのザマである。製作者に申し訳が立たない。スペック上は圧倒出来ても可笑しくないのに。

 

「テメェ、一体何しやがった?」

 

爆豪のその声が発せられた直後、生温かい赤が冷たいコンクリートを濡らした。

 

 

 

 

 

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試合中にも拘わらず、問答を行っている爆豪と耳郎に観客達は戸惑いながらもやはり醒めない熱を抱えていた。耳郎の超絶した身体強化、それに瞬時に対応してみせた爆豪。短い攻防とはいえ、この時に行われた試合は盛り上がりを維持するのには十分だった。

 

そんな彼らとは反対に、A組の彼らは沈黙している。理由は言うまでもなく耳郎の不自然な程の強化、それ一点。

 

「おいおい、何だよアレ・・・明らかに個性違うだろ。走るだけでコンクリートに穴空けるとかオールマイトみてぇじゃねぇか」

 

いの一番に戸惑いを上げたのは何だかんだつるんでいる上鳴。上鳴はUSJの時と言い、耳郎の戦闘に居合わせることが多い。だからアホ寸前になっていたとしても、その戦闘スタイルは忘れるものか。

果たして記憶にある耳郎は、この様な身体能力を有していたか。間違いなく否である。だが手を抜いていたかと聞かれてもそれも否。あの時は間違いなく必死だったし、それは疑うまでもない。

 

あぁ、だけど。こんな隠し玉があるのならあの時に使っていて良かったのでは?と思うしかないのだ。未だに彼らは『ディーヴァ』の全容を知り得ていない。だからアレがあればこんなことも欠伸しながらでも出来てしまうのではと思ってならないのだ。

 

それでないのなら、やはり轟のように個性がもう一つあるということなのだろうか。だがそれだと体力測定の時も屋内訓練の時も、そしてUSJの時も誰よりも手を抜いていたということになる。

 

そんな彼らの不安な思考を遮るように、耳郎は変化を起こしていた。いや、耳郎に変化が起こっていた。

端的に言って、雄英高校の青生地と白のラインのジャージが赤混じりのドス黒い色に徐々に変色していっているのだ。

 

「なっ?!」

 

「おい、アレって血だろ!?どうなってやがんだよ!?」

 

「いや、待て。血と言ってもそんなに多いというわけじゃない。だが・・・」

 

出血箇所は両手両足。流れる血が衣服の内から手に伝う。腕ならば手に、足ならば靴に赤が伝っていく。そしてモニターを見てみれば唇の端からも少量の吐血が見受けられる。明らかに異常事態であるのは誰の目から見ても明白だ。審判のミッドナイトが即座に介入して止めに入ろうとするが、耳郎は彼女を片手で制する。まるでなんともないかのように。

 

「おいおいおいおい、耳郎の奴何考えてんだよ!?明らかに大丈夫なんかじゃねぇだろ!?」

 

「ああ。まるでアレは・・・」

 

焦り散らす上鳴を抑え込みながら、障子は個性によって目を増やして耳郎を、そして壊れたフィールドを観察して思案する。0から100までの爆発的な身体強化、そして使用後に身体が傷つく。

その痛々しい様は壊れ方の種類は違えど、それは彼らのよく知る光景で。

 

 

 

 

 

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駆けつけようとしているミッドナイトを手で制しながら、平気ですと会釈して鉄臭い口元を袖で拭う。やはり内臓が潰れかけた(・・・・・)らしい。更には袖で拭った時に微かに見えた腕部にも血が付着している。流石にアレはやり過ぎたと自覚しているが、急加速にも程があった。肉体の悲鳴が個性を通じてよく聞こえる。

ここでレフェリーストップが来ても可笑しくないのだが、止めることなど出来やしない。なぜなら既に、学校側は緑谷という特大を限界まで見逃してしまったのだ。流血の差はあれども、負傷の度合いは桁違いだ。全身満遍なくでは無く一箇所を集中的に、そして時には重ねがけで破壊していく様と比べれば、この程度は普通である。

 

「ウチがやっていることは、アンタのよく知る緑谷と変わらないよ。肉体の許容量を超えるほどの身体能力で移動する。使えば使うだけ身体がぶっ壊れていく。まぁウチは緑谷と違って制御はそれなりには利くんだけど。やっぱりマトモに二回しか使ったことない技じゃ加減がまだ掴めない」

 

打つ手が壊滅的だからこそ、取れる手段は究極の一手、最後の切り札。即ち自壊前提で自身を振動させる事によって身体能力を圧縮しての決死の特攻。前に練習で使った時は、マトモに動くことさえ出来なかった。事前の覚悟の問題もあったのだろうが、最初からフルパワーで使おうとしたのが間違っていた。その時は一週間にも及ぶ全身への激痛と筋肉痛でマトモに動くことさえも出来なかった。あの時は痛みのあまり涙を流して芋虫のように這いずり回った。シクリーザさんが来てくれなかったら行方不明で警察沙汰になっていたかもしれない。

無論、習得を諦めたことは無い。毎日少しずつ弱め弱めに身体を慣らしたりすることで少しずつだが順応していくようになった。だがそれだけ。年単位で行なっていたわけではなく、半年にも満たない期間では使いこなせるなどという上手い話があるわけが無い。事実、今こうして肉体が自壊を始めようとしている。緑谷以上に、肉体が潰れている。

 

そもそも緑谷と耳郎では自壊に差が生まれるのは当然。耳郎は知らないが、緑谷は一年間にも及ぶ期間、集中的に肉体を虐め抜いて師であるオールマイトの想定以上のことを成し遂げていた。それに対して耳郎は入試の三ヶ月前に『ディーヴァ』を使い始めたのだ。それまでは集中的な特訓は何一つしていない、基礎鍛錬ばかりである。

男女の肉体の差はあれど、鍛えている年季が違う。僅か九ヶ月の間に一つを貫いた緑谷に対して、耳郎はオールマイティに満遍なく鍛えた。

 

「ふざけやがって・・・!」

 

「それだけ本気って事だよ。ぶっ壊れても勝つっていう心意気があるってこと。それに、別に一発限りの大博打って訳じゃない。要は、下げて調整して最後まで我慢すればいいだけ。心が持てばイける」

 

緑谷と耳郎に違いがあるとすればここだ。緑谷は未だ100%しか扱えない。十分の一でも明らかに十分な状況でも、調整が出来ないために障害を乗り越えるために肉体の一部を破壊しなければならないのだ。

対して耳郎は調整が可能であり、それは耳郎側からも『ディーヴァ』側からも可能である。強すぎるというのなら弱くすればいいし、これ以上は肉体がもたないと言うのなら予めラインを設定していればいい。これでも多いのなら更に弱くすればいいと。足りないのなら一瞬でも強く。

 

「上等じゃねぇか・・・!!ならテメェの望み通り、完膚なきまでにぶっ潰してやるよォ!!!」

 

何を思ったのか、もしかしたら緑谷を出されてイラついたのかもしれないが、さっきよりも戦意が上がったのは間違いなかった。その様子を見て耳郎が地雷を踏んだかと思案するのも無理はない。

 

制限時間がある中でこれ以上無駄な会話で時間は取らないと考えるのは当然であり、必然的に今度こそ両者は合図すらなく爆音を鳴らしながらぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再度行われたぶつかり合いは速さによる不意打ちでもなく、真っ向からのぶつかり合いで始まった。そして続くは正面戦闘。個性を混じえて派手になっているとはいえ泥臭い肉弾戦は、従来の雄英体育祭の生徒同士の戦闘からはかけ離れていた。

泥臭いというのに、見ている者達は心を奪われたように嘘のように静かになっていた。

 

爆豪による爆撃混じりの高速戦闘。

耳郎による調整の緩急が入った高速戦闘。

間に入る細かい技の駆け引きなど、凡そその筋であれば学生レベルから大きくかけ離れている、現段階でも戦闘という分野においては下手なプロにさえも手が届く彼らの戦闘は、一般の観客達では単に凄い、速いという単調な感想しか出ず、ヒーローであっても舌を巻くほど。

 

この戦闘が始まって、更には前準備とでも言うような試合開始から会話の終わりまでが合わせて十三分。終了までの残り二分、時間経過の感覚が曖昧になっている選手は更にギアを上げていく。

 

眼前で急加速する耳郎に付いて行こうと爆破で無理矢理身体を捻り、無茶な方向転換を行う。当然無茶した分の負荷は小さくはなく、苦悶の声が漏れ出るが知ったことかと吐き捨てる。無理をした代償に傷を負い、対価を払ったことにより爆豪は耳郎へ追いついた。横から不意を打つような薙ぐような爆破だが、これすらも更に急加速した耳郎に避けられる。

 

あちらがやったからこちらもと、先程から千日手の様に繰り返される無茶の応酬。それは見るものが見れば明らかな程の無謀であり、同時に危険なものでもあった。

 

耳郎は言わずもがな観客の前で流血沙汰を起こしてしまっている。これは耳郎の申告と審判であるミッドナイトの判断により続行が下されたが、今はどうか。初手は明らかにこれまでと違いがあったが、今も大概である。突然行われる急加速に急ブレーキ。人体の構造を度外視しているかのような動きは、危険極まりないものだ。今はまだ骨折などの目立つ傷はないようだが、無理な動きで出血した箇所から更に血が溢れている。危険と呼べるほどの量では無いが、それでも軽く見ることは出来ない。

 

「いい加減に、しやがれェェッ!」

 

絶え間ない爆破を起こし続けるその姿は正に自律する爆薬庫。近づく敵を殲滅せんと、中身の爆弾を容赦なく使用する。

 

「さっきから鬱陶しいんだよ!!バカみてぇに走り回りやがって!!オマケに蚊に刺された程度の温い攻撃。ンなもん効くわけねぇだろうが!!」

 

絶え間なく爆破を起こし続ける爆豪に対して、耳郎は常に模索している。少しは慣れてきたとはいえ、力加減というのは常に変化を続けている。走る、曲がる、止まる、跳ねる、蹴る。それ以外にも幾つにも。普段全く考えないことでさえ、常に相手を、自身を気遣いながら調整を考えて施し続ける。だからこそ、全てのタイミングがズレるのだ。一瞬などという短すぎる隙ではなく、致命的に遅れてしまう。

長期的な速度で圧倒し、圧倒的な攻撃力を持っていようと、全ての行動にズレが出てしまうからこそ全ての意味が水泡と帰す。当たった攻撃は本能で最低レベルまで落とした、殆どただの拳撃にしかならず、そんなものに意味などない。

 

爆豪の如き天才であれば感覚で直ぐに掴めたのかもしれないが、耳郎は出来のいい凡人、良くて秀才止まり。雄英に入学したとはいえ、有象無象と数えても問題ないレベルである。優れたパラメーターを持っていようと上限値が知れているし、まだまだ青い。

 

爆煙を払う両者は何度も何度もぶつかり合う。時に爆煙を利用して背後を取ろうとし、時に金的を狙い、時に首を狙い。それら全てが食い止められる。伸ばした腕は叩き落とされ、撹乱する動きは爆発が阻害する。一度止まれば次の手を許さないと言わんばかりの、容赦のない攻撃。

 

心は熱く、頭は冷静に。爆豪は素の状態でそれを行い、耳郎は意識して行っている。少しでも熱が上がり過ぎればその時点で詰む、感情を一定に押し止め、出力を出しすぎないように調整と同時に難攻不落の爆撃要塞である爆豪をこじ開けようとし、待って待って待って待って待って待って待って待って待って、そして見つけた途端に食らいついた。

 

「ようやく開いた!!」

 

決死の連続攻撃と、避けるつもりのないノーガード戦法。それらを繰り返し、時には自壊する痛みで止まりそうになりながらも辿り着いた一つの光明。即ち出力調整が一定レベルまで成功し、爆豪の背後を取ること。

きっと爆豪のことだから、有り得ない身体能力で振り返って来るだろう。でももう間に合わない。相手を倒す必要なんてない。相手を地に着ければ、それで勝ちなのだから。

 

狙うは足。如何に爆豪と言えど、今の耳郎が相手では耐えきることが不可能なはず。高い身体能力に全てを込めた最後の攻撃。狙い続けた勝利をもぎ取らんと、全力の一歩目を踏み出した瞬間に、耳郎の勘が最大限に警鐘を鳴らす。駄目だ失敗する、取り返しがつかなくなる前に今すぐ引くのだと。

 

「開いたんじゃねぇ。開けたんだよォッ!!」

 

その警鐘は直ぐに実を生した。耳郎が勝機を見出したと同時に、爆豪も己の勝利を見出し、確信していた。

 

 

耳郎は一つだけ、致命的に間違えていた。爆豪に備えられた天賦の才は、天才などという軽い言葉で済ませていいものではなかったということを。正面から、傲慢に、不遜に、誰の想定をも爆散させながら躍進飛躍するのだと。何より彼もまた、運命より寵愛を受けているのだと。

そんな爆豪を耳郎程度の想定の規格内に入るなどとは、よく言った。ならばその身で味わうといい。自らの判断の間違いを。

 

 

ぐりん、と爆破によって捻じ曲げられる爆豪の肉体。そのまま流れに逆らわず、足を地面から離して宙に浮く。そして勢いを利用して錐揉み回転で後ろに飛び退く耳郎目掛けてミサイルの如く突っ込んでいく。

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォオッ!!!」

 

耳郎に着弾寸前で引き起こる特大の爆発。素手の爆豪の持つ最強の手札。その威力は最早優秀な学生の範疇を優に超えている。間違っても少女一人に放っていいものでは無い。いや、そもそも対人技ですらない。

確かに今年は例年以上に才能に溢れた生徒達が多かったが、これは流石に有り得ない。個性もそうだが肉体操作、更には容赦の無さも群を抜いている。狙っていたとはいえ、あの体勢から無理矢理錐揉み回転でこの爆破を起こすなど。

 

勝負はついた。流石に四肢欠損や、ましてや死亡などという最悪の事態はないだろう。そこは爆豪も理解できているはずだ。盾となるものが何も無いのに、あの爆発を正面からマトモに食らって無事でいられるわけが無い。もしアレが自分に向けられたと思うとゾッとする。それほどの火力。

 

だと言うのに、だ。

 

榴弾砲(ハウザー)———!」

 

どうして爆豪は既に二発目を放とうとしているのか。自分の強さアピールか?それならばまだいい。だがなぜよりにもよって、爆煙の中の耳郎がいるであろう場所に目掛けて再度突っ込んでいくのだ。再度言うがアピールするのならば別にいい。良くはないが、まぁいい。だが敗者に鞭打つように攻撃を仕掛けるのは。

 

誰かが過剰攻撃(オーバーキル)だと叫んだ。ミッドナイトが、セメントスが直ぐに止めようと動き出した。クラスメイト達も、特に神経の細い者達は目を覆って、背けている。

 

そして今まさに、誰の制止も間に合わずに二発目が着弾しようとした刹那。

 

「負け、るかァっ!!!」

 

空気を引き裂き、ボロボロの姿となった耳郎が躍り出る。見るに堪えぬほどのズタボロ状態という訳では無いが、大技を受ける前と今では明らかにダメージ量の桁が違う。ガードしたか、それとも逸らしたか。あの火力を考えると食らったダメージは軽いほうだろう。だがそれでも、自壊を含めたダメージが蓄積されている。背中を押せばそのまま倒れてしまいそうだ。

 

爆破を重ねて錐揉み回転しながらこちらへ向けて再度突っ込んでくる爆豪に対し、耳郎は今度こそ逃げることなく立ち向かう。相手が何をしてくるか、どのような技が来るのかは理解出来た。あれだけの大技、途中の瞬時の切り替えは流石の爆豪も不可能だ。ならば何をされるか分からない状況で迫る時間と戦うよりも、今この時、手札を切れない状態で迎え撃つことが得策。

 

既に準備は済ませている。後はぶつかり合うだけだ。

 

着弾(インパクト)ォオッ!!!」

 

心音(ハートビート)共鳴(レゾナンス)ッ!!」

 

 

 

最後の勝負に出た耳郎は、次なんて考えていない。既に身体はボロボロで疲労は限界値へと達している。もしここで決めきれなければ緊張の糸が切れて倒れることだって有り得るだろう。

そも、この時点で耳郎は()への道を自らで絶っている。ここを乗り越えたとしても、轟と相対することなど不可能だ。ただでさえ轟の氷の性能を一度体感しているというのに、ましてや今の轟は炎さえも使いかねない。まず間違いなく勝てない。

故に耳郎は余力を端から、それこそ試合開始時点で爆豪の正面に立った時に捨てていた。

 

 

 

耳郎と爆豪の激突の瞬間、ふと爆豪は疑問を抱いた。耳郎の行動があまりにも遅すぎると。先程までの無茶苦茶とも言える身体能力の動きと比べれば今の耳郎は平時と何ら変わりない。爆豪からしたら遅すぎてむず痒くなるほどだ。

 

耳郎が何を狙っているのか、爆豪には分からなかった。身体能力の超上昇ならば非常時に備えて逃走を選ぶことだって可能なはずだ。だと言うのに、どうして正面から向かってくるのだ。爆豪の榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)は爆豪本体は接触しない技だ。既に一度受けている耳郎がそんなことを察せないはずがない。

ならば有り得るのは固定砲台の如く、音波による砲撃か。ならば同じ砲弾技同士、正面から打ち破ってやろう。

そう思っていたし、想定していた。耳郎のこれまでの手札を考えて、最も勝率が高い攻撃がそれだと判断した。事実、間違っていない。耳郎の個性で現状最も適している攻撃は砲撃だ。それは厳然たる事実。

 

 

 

真っ向から迎え撃つ。耳郎の狙いは爆豪の推測とは違い固定砲台として砲撃を行うつもりは微塵もない。その選択肢はとうの昔に切り捨てられている。爆豪を倒すのであれば、物理接触からの撃破しかないと断定している。そして無論だが、榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)が自分の(ディーヴァ)よりもはやく着弾するなど当然理解している。

故に狙いは一つだけ。着弾前に攻撃を当てるか、同時に当て合うか。足りないのは拳一つ分。きっと速いとか遅いとかではタイミングをずらす事は出来まい。爆豪のことだ。この大技は理性ではなく感覚で撃っているだろう。それで本当に強いから手が付けられない。

 

拳一つ分という絶対の壁。踏み越えるべきその壁の破り方を、既に耳郎は知っている。気まぐれ程度の雑談で、かつて教えてもらったから。

 

やり方は至って簡単だ。くっついて縮小している分を、予め伸ばせば外せるほど個性で離す。ただそれだけ。字面にすれば簡単な事だ。それが、腕の関節の話じゃなかったらだが。聞いた話では特殊な呼吸法で関節を外す痛みを和らげている事でマトモに使える技らしいが、当たり前だが耳郎はそんなものは使えない。

そも関節を外す痛みに耐えられるのかどうかすらも分からないが、まぁ今ならば問題ないだろう。何せ、積み重なった重度の痛みで全身の感覚が鈍くなっているのだ。今更関節を外した程度の苦痛、涼しげに流せてしまう。

 

さぁ来るぞ。当たるのは顔か、肩か、腕か。いやどこでもいい。相手に合わせようとするな。確実に先手を打つことを考える。

 

「ォォオオおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

雄叫びを上げながら錐揉み回転してくる爆豪目掛けて、渾身の拳を振るう。そして同時に、脳裏に強く伝わる違和感。重なる苦痛とはまた違う、体感したことの無いような痛みが意識の断絶を許さない。

 

(いっけえぇぇえええええええ!!)

 

声すらまともに出ないので、心の中で祈るように叫ぶ。爆豪にギリギリで届かない予想通りの拳が痛みを代価に伸びていく。折りたたまれた関節分の拳が伸長される。

伸び行く拳は『ディーヴァ』によって必殺の拳と化し、爆豪の予想を狂わせてその鼻っ面へ———。




ジャンプ系の作品取り扱ってるならガバガバ時間はあってもいいよね

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