いつの間にかボスになってた。組織は滅んだけど 作:コズミック変質者
体育祭が終わってから、やらねばならないことが山のように雪崩込んできている。これまでの教師生活でも体育祭が終われば職場体験があるため、各生徒へ来たオファー等を纏めたり、逆にオファーが来なかった生徒への斡旋など。教師としての仕事の他にもヒーローとしての警邏などもある為、何らかの行事の後の仕事は正しく激務。
今年はそれに加えて、二つの仕事が課せられている。
一つは飯田についてだ。体育祭の日、飯田の兄であるプロヒーロー『インゲニウム』が、ヒーロー殺しステインによって、ヒーローとして再起不能の傷を負わされた。
入学時の志望動機にも書かれていた兄の様なヒーローに。飯田にとってインゲニウムとは、オールマイトよりも尊敬出来るヒーローなのは容易に想像出来る。
普段の学校生活を見て、無理をして取り繕っているのは明白だ。何より動きの機微が以前より激しくなっているため余計に分かりやすい。
だからこそ、今の飯田の状況というのが危う過ぎる。何をするか分からないのではなく、何をするのか分かってしまう。ステインは同じ地域のヒーローを最低でも4人以上を再起不能にする。インゲニウムが害された保須市では、未だインゲニウム一人のみ。
神出鬼没のステインは、必ず保須市へ戻ってくる。
そして保須市へ戻ってくるのが分かっている以上、飯田の行動は予測が着く。
「復讐か・・・」
ヒーローとしては落第だが、個人としてその動機は理解出来ないこともない。相澤がかつてヒーロー志望の学生だった頃、大切な親友を失った。その事は今も相澤と、その頃からの付き合いのプレゼント・マイクの心に棘となって刺さっている。
あの時の
生きているのと死んでいるのでは重みが違う、なんて言うつもりは無い。報告によればインゲニウムは脚の感覚が全くないらしい。飯田の一家は代々、脚にエンジンの個性を宿しているため、脚も個性も奪われた状態だ。
飯田は職場体験で、保須市を活動範囲としているヒーロー事務所へと体験を申し込んでいる。曲がりなりにも体育祭で好成績を残していた飯田にはまだ選択肢だって数多にあったが、それでも飯田はそこを選んだ。恐らくは自分で見つけだして、倒すつもりだろう。
既にこのことは懸念事項として校長へと報告してある。職場体験の日までに、何かしらの決定が下されるだろう。
それに何より、ステインに対する問題は飯田だけのものでは無い。
「やぁ、待たせてしまったね」
前に使用した時と同じ応接室。そこへ訪れたのは骸骨の様に痩せ細ったNo.1。相変わらずスーツのサイズがマッスルフォーム用でダボついているのは触れないでおく。流石のNo.1も、公衆の面前で半裸、最悪全裸などになってしまえば目も当てられない。だらしなく見えてしまうが、仕方がないと割り切っている。
「すみません、そちらも色々と大変でしょうにお呼び立てしてしまって」
「いや、謝るのは私の方だ。すまないね、突然捩じ込むように職場体験を入れてしまって」
それは職場体験についての話で、さらに深く切りこめば別の意味で問題児である緑谷についてなのだが、今は割愛しておく。
互いに向かい合うようにソファーに座ると、相澤が深刻な顔で告げた。
「職場体験の日、ヒーロー殺しを追って保須市へ入ろうと思います」
「なっ!?」
ヒーロー殺しの件は勿論オールマイトも耳にしている。故にその狂信とも呼べるヒーローへの思想については、心中で誰よりも重く受け止めている。
もう何度目になるか分からない犯行で、ステインは大衆の前で己の思想を語った。その言葉は大衆に向けられたものではなく、標的としていたヒーローへ向けたものだったが、その言葉は拾われ、瞬く間に広まっていった。犯行が起これば連日の如く論議されるその題材。善悪などは語るまでもないが、凶行によって良くなった部分は確かにある。
恐らくだがステインの思想は、オールマイトという存在によって齎されたものであると、ステインの言動より薄々予感はしていた。オールマイトは自分のことを良く知っている。自身の言動一つがこの社会にどこまで影響を与えてしまうか。
平和の象徴となった以上、あらゆる行動に気を付けてきた。そもそも自然体で聖人の如きヒーローな為、特段変えるような行動はなかったが、それでもあるべき己の姿を、今は亡き師の教えと共に心に刻んできた。
オールマイトは完璧なヒーローだった。完璧なヒーローになれてしまった。だからそれを求めるものが、他のヒーロー達にも強要することを求める者が現れるのは自然なことだろう。
誰だって綺麗なものを見ていたい。望むものを見ていたい。ある種の潔癖が混ざったのだろう。結果として、望むもの以外は見たくない、存在してはならないという思想になった。
故に贋作。唾棄すべき異物。
「・・・飯田少年の件かい?」
曲がりなりにも雄英教師。生徒のことは良く見ている。訓練時の飯田の様子がおかしいことは既に把握済みである。たとえ担任ではなくとも、庇護すべき若者であることには変わりない。
「ええ、まぁ、それもありますが、本題は別です」
用意していた資料を渡す。表紙にはかつて聞き、確保に協力すると約束した組織の名前と、その調査記録と銘打たれている。それは前に見たものと同じであるはずだったのだが、表紙にはもう一文、別の文字が刻まれている。表紙を見てオールマイトの顔色が変わる。
手つきを急がせながら紙をめくり、何度も文字を読み返していく。
「なんてことだ・・・」
その紙に載せられていたのは世界各地のヒーロー達の写真や名前。そして彼らの遺体が見つかった時の情報がキメ細やかに記されている。その数は最早数えきれない程の夥しい数。
そして目を見張る点はもう一つ。
「ステインはパッショーネに所属していた・・・!?」
日本に存在していた相澤と共にパッショーネの件に参加していたヒーロー達。その殆ど———相澤を除いた全員がステインの手によって始末されていた。それは即ち、ステインがパッショーネと何らかの関係を持っているということであり、ステインを使ってパッショーネ事件の関係者を始末させていることに他ならない。
だが、しかしだ。
「可笑しいだろ・・・これは」
「やっぱり、貴方もそう思いますか」
いくら何でも、派手に動きすぎだ。まるでパッショーネだということを隠すつもりが感じられない。寧ろこうも立て続けに関係者を始末していれば、自らの存在を誇示しているだけだ。これまでの事前情報などから照らし合わせれば、この件に関わっていることを疑いたくなる程、余りにも行動がお粗末すぎる。
「厄介な・・・」
考えられることは幾らでもあるが、幾らでもありすぎるのが厄介だ。知らぬ間にボスが替わって行動が変化したか。もしくは残党だったりの類か。それとも独断の暴走か。誰も実態を知らない組織。ボスも幹部も、思想行動ともに不明のまま。
チグハグ過ぎる行動が更に混乱させるのだ。言いたくはないがこれまでと同じように隠れ潜んでいれば、ずっと闇の中に自分達の存在を隠し続けることが出来たはずだ。だというのにこの場に来て突然の攻勢。関係していたヒーロー達を殺すという、無駄な事を繰り返している。
こんなことが無駄だということは理解しているはずだ。たとえヒーロー達を殺したところで、捜査の手が止まることはなく、寧ろ本腰を入れて苛烈になるだろう。警告にすらなっていない、火に油を注ぐ行為に他ならない。
「唯一の尻尾はステインです。知っているかもしれないし知らないかもしれない。それでも行動を見て、動かないなんてことは有り得ない。幸いなことに俺は奴のターゲットです。それに保須は今、No.2を中心にステインの捜索が進んでいます」
「今回の件ならステインへの囮として、相澤君を捩じ込むことも出来る、か」
動けるならば自分も動きたいが、オールマイトとて教師の一人。二年生やインターンに行っていない三年生の授業を受け持つ身である。時と場合によるが今はもう、事件があれば何もかもを放り出して駆けつけていい立場ではない。
(いかんな・・・これでは)
何もかもを自分で解決する。こんなことはもう何時までも続けてはいられない。既にその身に残った個性の篝火はあと僅か。これまでの無茶を清算させるかのように刻一刻と消えている。完全に消えれば残るのは死にかけの病人。No.1という座は次へと受け渡される。
その時はすぐそこまで迫っている。ならばこそ、いつまでも自分が出しゃばる訳にはいかない。ヒーローはオールマイトだけではないのだから。
「分かった。気を付けてくれよ、相澤君」
————————————————————————————————
「そうか・・・漸く今日が来たのか・・・」
運命に対して私が打つ第一手。今日は雄英高校の一年生が職場体験を行う。つまり緑谷出久とステインが戦闘を行う日でもある。
「ボス」
「ステインの奴に
手抜きなどさせない。害させないなんて有り得ない。見逃すなど許さない。ちゃんと最初から最後まで殺しあってもらう。ステインにとっては本望だし構わないだろう。何せ自分にとっての頂点が後継者だと認めたのだ。なら大人しく殺し合うだろう。
「スキューロ、二人に伝えておけ。終わったと判断したら———」
「既に伝えてある。問題ない。完璧にやる」
「それでいい。あと、信頼している、と」
今日は保須には近づかない。私が手を下すのが一番確実だが、緑谷という危険を前にして直接私が動くつもりは今はない。それに今私が動いても成功しないという確信がある。それに今日は死柄木のバカが脳無を暴れさせる日でもある。下手に保須に入って態々危険に身を晒す必要は無い。
私から遠いところで殺しあって、どうか関係ないところで死んでくれ。
————————————————————————————————
「なぁ、ドクター」
『どうした死柄木』
雄英襲撃以来、一向に動きを見せない
雄英襲撃では考え無しと言えるほど殆どの手駒を投入し、残ったのは死柄木と黒霧だけで後は塀の中にいる。虎の子の脳無も確保されたと報告が来ている。流石の脳無も死柄木の命令がなければ動けず、また脳無の搬送先はタルタロスという曰く付きの収容所なため、手が出せない。
別の場所であれば憂さ晴らしついでに奪還をしていたのだが、場所が場所である。たかがオールマイト相手に疲弊させられる程度の脳無一体に、大博打を打つつもりは無い。
しかし困ったことに、現在の連合の戦力は二人のみ。他の脳無は未だにドクターの下で調整中で手元にない。如何に死柄木と黒霧が強力とはいえ、たった二人ではやれることには限界がある。今を壊すためにはもっと力がいる。ということで、馴染みの情報屋を使って連合に
だが、
「無理矢理でもいい。今動かせる脳無、何体いる?」
死柄木の気分は移ろいだ。じっとしているのも別に構わないし、必要な事だと理解しているのだが、それはそれとして衝動的に壊したくなった。時折起こる破壊衝動を抑えるつもりは微塵もなく、この衝動が起こる度にヒーローも
どうやら今の気分は自分でやるよりも、壊れるのを見ていたい気分らしい。故に脳無。暴力装置の出番である。本来ならばドクターの前に先生へと話を通すのだが、今は眠っているし、どうせ起きていても脳無を与えるだろう。
『動かせる脳無は六体いるが・・・安定して動かせるのは』
「どうでもいいよ。ならさっさと六体寄越せ」
安定?不安定?どうでもいい。どうせ玩具だ。使えなければゴミだ。
『・・・まぁ別に構わんが。一体何に使うつもりじゃ?』
「悪党の
ドクターが映されていたモニターの隣。テレビに映るのはステインを追ってエンデヴァーを中心としたヒーロー達が保須に入るという文面だった。
————————————————————————————————
「スキューロから連絡がありました。今回の仕事で契約は終了です」
特殊な細工を施された携帯から耳を離したティッツァーノが、後ろと隣にいる男達に告げる。一月程の短い期間とはいえ、かなりの仕事をこなしてきたが、ティッツァーノ達とステインの関係が良い方向に進むことなどは微塵もなかった。
ステインにとっては彼らは排除すべき悪以外に何者でもなく、彼らからは何れ始末される予定の一時的な道具でしかない。
「はっ、漸くこれで子守りも終わりか。怠い仕事だったな」
「ハァ・・・それはこちらのセリフだ。貴様らのような屑共と共にいるなど・・・反吐が出そうだ」
「相変わらずですね、貴方達は。まぁ最後なので別に構いませんが。それからステイン。ボスからの報酬です」
嘆息しながら、懐に忍ばせてあった封筒を渡す。最初は電子端末にするか迷ったが、処分の問題で情報機器を使うと、万が一という可能性が高くなる。逆に紙ならば処分も容易く、何より細工も簡単だ。完全に無いというわけではないので、より可能性が少ない方を使用した。
それにたとえバレたところで組織に、ボスに害になることは決してない。
「報酬だと・・・?」
「おや、もう忘れてしまいましたか?最初にあった時、ボスが仰っていたではありませんか。貴方の大好きなヒーローのことを」
ティッツァーノの言葉で、すぐにステインの記憶は彼らの元へ連れていかれた日へも遡る。確かに、オールマイトの後継者や秘密についてコイツらは言っていた。しかし所詮は自分の興味を引くための虚言だと思っていた。
まさか、本当に・・・。
「ソレの処分はすぐにお願いしますよ。分かるでしょうがバレたら不味いことなのは、確かですから。あぁ、勿論私達ではありませんよ。オールマイトがです」
「ハァ・・・分かっている」
余計なお節介だと吐き捨てて車から降りる。そのまま鍛え上げた身体能力と磨いた技術でビルの窓枠に飛び移りながら贋作を求めに動き出す。
すぐに見えなくなったその姿を見ながら、スクアーロとティッツァーノは改めて仕事を始める。
「そんじゃっ、予定通り」
「ええ。
————————————————————————————————
「ハァ・・・不出来な贋作が。貴様のような・・・ハァ・・・己を勘違いした者がいるから、本物が少なくなる」
保須市の路地裏。パッショーネの伝手でインターバルを終え、再び街へと戻ってきたステインは、早速己に目をつけたインディアン風のヒーローを蹂躙する。既に刃を突きつけ、血を舐めたことによって個性は発動している。傷口すら押さえることは出来ず、後は贋作らしく無為に壊されるのを待つのみである。
そしてステインは決して逃がさない。会話や思案にかまけて時間経過、個性の効果切れなんてことにはさせない。元より個性には型によって効果時間の違いがある。最も早いものは数分すれば効果切れになる。
「クソ・・・このクソ
「やはりお前は贋作だよ」
倒れたヒーローが呻きを漏らしながらステインを睨みつけるが、だからなんだとばかりに一瞥するのみ。我欲に溺れ、自らを跳ねのける力もない。こんな様では
ヒーローとして相応しくないその在り方。そして足りない力では彼らに勝つことは出来ない。よってステインは己に課した役目がため、処断の刃を振り下ろす。
願わくば、この犠牲で他のヒーロー達がより高潔に、より強く目覚めんことを。
とどめを刺すために突き立てようとしていた刃を、刺さずに背後に向けて振り返るように振るう。耳に残る残響と、手に残る感触は鋼の物。そして視界に映るのはステインによってメットを弾かれた、ヒーロースーツを着た子供。
「スーツを着た子供・・・候補生か。消えろ、この領域はまだ貴様の場所ではない」
それは優しさではない。慈悲などでは微塵もない。
「血のように赤い巻物と、全身に携帯した刃物・・・ヒーロー殺しステインだな!そうだな!?」
超スピードを体勢を崩すことで無理矢理に痛めつけた身体に鞭打ちながら、どこか見覚えのある鎧のようなスーツを着た子供———飯田天哉は立ち上がる。メットと共に眼鏡も弾かれたが、しかしあろうとなかろうと、そのギラついた血気に染まる目は誤魔化せない。
ここにいるのはヒーローの卵で、復讐を誓った一人の男。
「お前を追ってきた・・・!まさかこんなにはやく見つかるとはな!!」
「その目は仇討ちか」
叫ぶ決意など知らぬとばかりに、ステインは倒れるヒーローを捨ておいて、飯田へと刃先を向ける。穢れた身だが虐殺者では無い。だがそれでも、ヒーローの卵を名乗るというのなら、その時点で高潔であらねばならない。よって場合によっては、粛清対象となる。
「そのスーツ。そしてさっきの気配からして高速移動に関する個性。この間粛清した奴の関係者か」
「僕は、お前にやられたヒーローの弟だ・・・!兄の代わりに、お前を止めに来た!!」
「僕は・・・インゲニウムッ。お前を倒すヒーローの名だ!!」
「そうか、死ね」
————————————————————————————————
「はは・・・いいぞいいぞ。その意気でもっと壊しまくれ。この程度じゃまだ満足しないんだよ。人形ならご主人様が満足するまで踊り続けろよ」
「ご機嫌ですね、死柄木弔」
眼下で起こる破壊の数々。暴れるのは六体の改造人間。たった六体、それも安定した状態でないのにも拘わらずこれなのだ。壊すことを主体とした教育を受けてきた死柄木からすれば、この光景は中々のものである。
が、所詮は中々のものでしかない。もっと深くまで胸に来ることはなく、最大にスカッとすることは無い。
だが我慢していた分を放出していると思えば、少しはマシに思えるだろう。
嫌いなものが慌てふためいて壊れていく姿は爽快なもので、実に人間らしいといえる。
「なぁ見ろよ。たった六体だぞ?あんな量産品の廃棄物をちょっと道端に捨てただけでこうなるんだ。流石に上位陣達には敵わないけど、ここはクズが飽和する世界だから、上から下までそうであるはずがない」
詳しく見えている訳では無いが、分かる。市民を守ろうとしたヒーローが、脳無によって殴られ蹴られ、応援のヒーローが来るまで壊されるのを。その姿の何がヒーローか。涙しながら逃げ続ける市民達と何も変わらない。
「でもやっぱ弱いよなぁ・・・」
「仕方ありません。この間のレベルの脳無はそこまで揃えられません。それに全てが全て、戦闘に向いているわけではありません。何より、強い力は更に強い力に簡単に潰される」
保須の街に劫火が迸る。灼熱は街や人を決して燃やさず、悪である脳無のみを焼き尽くす。逃げようとしてもどこまでも執拗に追い続けるその炎は正しく原因であるヒーローの意志の如く。
骨まで溶かし尽くさんとするその炎はしかし中途に止まり、焼き焦げた脳無のみが残される。
「あぁ・・・エンデヴァーか。まぁ流石にアレは無理だわ。だって俺も今は勝てそうにねぇもん」
ケラケラと笑うが、しかしもし戦うようなことになれば、そも死柄木はエンデヴァーを相手にしないだろう。恐らくだが見向きもせずに、関係のない者たちに対してのみの暴力を振り翳すだろう。誇りも名誉も踏み潰し、死体の上で今のように笑うのだろう。
「でもアイツ以外にもやる奴がいるじゃん」
各所ではチラホラと、撃破はされていないが動きを封じ込まれていたりなどされている。こうしてみると哀れである。思考機能を残していないため、できることは力技のみという筋金入りの脳筋。罠や駆け引きなどを知ることすらなく、ただ愚直に嵌められる。
「脳無は残り半分でしょうか。どうしますか?」
「回収?それとも処分?どうでもいいから帰るぞ」
死柄木自身は何もしない。ただ死柄木は闇雲に何かを壊したくなっただけだ。だから脳無を放り込んだ。ステインへのプレゼントと言いながら、やったことはただの憂さ晴らし混じりの暇潰しの類。
よって何もしない。先程までと同じように、勧誘されてくる塵共の待ちに徹する。
霧が展開された瞬間、保須市へ集った思惑の内、思惑とも呼べぬ子供のような暴虐の意思が一つ消えた。
————————————————————————————————
「ハァ・・・奴と同じく、やはり貴様もヒーローを名乗るだけの贋作だ」
「グゥっ・・・!」
一分にも満たない攻防の末に、当たり前のように順当に飯田は敗北した。復讐を誓った青年の叫びと思いは、しかしより重い目的と強大な決意の前に押し潰された。なんの抵抗も出来ず、一撃すら与えることすら出来ず。
確かに飯田は強い。だがそれは同年代に比べてはであり、上には上があるのは当然である。そも同年代の者達からして今年は黄金と呼べる才能が揃っている。彼らを前にすれば飯田は数ランクは下に格付けされるだろう。
血統書付きなど知らぬと驕らず重ねてきた弛まぬ努力は、しかしステインというスペシャリストを前に儚く砕けた。
ステインの個性は既に発動されている。発動されたからこそ勝負がついた。動かなくなった身体を懸命に捩りながら、しかし動かない身体。それでも決して許さぬと、黒い激情の宿った視線を見下ろすステインへ向けるが、所詮は視線。そこには何の力もない。
だがそんなことは知るものか。心に宿る激情を、憧れの兄の背中を思いに乗せて頭上のステインへと叫ぶ。どれだけ立派な人だったか。どれだけ素晴らしい人だったか。どれだけ人を助けることができる人だったか。
「殺してやる!!」
「まずはアイツを助けろよ」
生まれて初めてかもしれない。最も心を込めて言ってはいけない言葉を言ったのは。だがその言葉はステインの冷ややかな言葉で流される。ステインの見下ろす瞳が、一層冷たさを増す。
やはり貴様もか、と言外に告げているようだった。その淡い期待のような思いは、未だ若い少年が相手であるからか。まだ救いようがあると感じたのか。
「自らを顧みず他を救い出せ。己の為に力を振るうな。目先の憎しみに囚われ私欲を満たそうなど・・・ヒーローから最も遠い行いだ」
復讐自体を否定はしない。それも立派な理由の一つであるからだ。だが動機はなんであれ、そこからヒーローへと繋がるのならば過程で復讐心などは心奥に抑え込み続けなければならない。
そのままヒーローになるなど言語道断。
「じゃあな、名も無き贋作。いや、贋作の紛い物」
個性で動けぬ飯田を踏み付ける力が強まり、決して逃がさないという意思が伝わる。逆手に持ち替えた数多の血を吸ってきた刃に、新たに飯田が加わろうとする。
何も出来ぬ己に涙を流し、地べたに這いつくばって死を待つのみの自分に、そしてステインに激怒するがそれだけだ。この体勢では逃げることも、個性を使うことも出来ない。場所が場所で、更にいえば飯田やステインは知らぬが、保須では死柄木により解き放たれた脳無が暴れ回っている。そちらの対応に手を割いているため、まず来ない。
よって、これで飯田天哉は詰み。
「————ッ!?」
まるで車にでも激突したかの如く、飯田の息の根を止めようとしていたステインが弾き飛ばされる。
死の窮地より救われた、首から上しか動けぬ飯田が目を上げればそこにはヒーロースーツを新調した同級生の姿があった。
「緑谷・・・君・・・!?」
「助けに来たよ、飯田君!」
吹き飛びながらも急停止をかけて睨みつけてくるステインから、飯田を庇うように立ち塞がるのは緑谷出久。万事滞りなく、