いつの間にかボスになってた。組織は滅んだけど 作:コズミック変質者
とうとうヒロアカも最終章突入。複数の個性使いこなしてるあのスレデクカッコよくない?
2024/8/3加筆
お世辞にも広いとは言えない路地裏で膨大な量の氷が埋め尽くさんとばかりに侵食していく。速度、威力共に強大。僅かにでも飲まれてしまえばその瞬間に全身へ食らいついてくる。
小手先を使うまでもなく、ただただ強大な個性。特に制圧力に関しては現存する個性の中でも上位に位置するのだが、しかし使用者である轟の顔に余裕は欠片もみられない。
「どうした、これで終わりか?単調過ぎるぞ、芸がない」
圧倒的な制圧力を前にしても、しかしステインを捕らえることが出来ていない。接触面から侵食する氷がマトモに機能を果たす前に斬り砕かれる。それどころか磨き上げられたステインの絶技を流血しないように避けるか防ぐことに意識を向けることで精一杯である。
たった一回の負傷で瓦解するバランス。ギリギリを見極めながら対処しなければ、ステインは数多ある勝利条件の一つを掴んでしまう。
「ぐっ・・・!」
轟の個性は確かに強力無比なものだ。エンデヴァーが心血を注いで造り鍛え上げたのも納得がいく。だがどんな個性にも対戦相手や環境などといった相性がある。そして今この場において、轟はそれに見放されていた。
路地裏という差程広くない環境は強力な面制圧を特徴とする轟の個性の強みを限定し、単調な正面への放出しか出来なくする。それでも総合値が高いことには変わりはないが、ステインは轟とは真逆に環境の恩恵を多大に受けている。
狭い路地裏で正面からだけとはいえ圧迫してくる氷壁、なおかつマトモに触れればそこから氷に呑み込まれるのは確かな驚異である。だがそれはある程度の距離を持っている、振るわれる刃に余裕を持って対処可能で後退しながらの戦法を可能にする時のみだ。俗に言う引き撃ちこそが最も有効で、勝ち目があるが。
「あくまでも下がらない。はァ…いいのか、これでは俺は倒せんぞ。貴様の庇う不出来な贋作のように無為に潰れるのが本望か?」
「見え見えの詰まんねぇ挑発なんざ乗るかよ」
「だがお前は手詰まりだ」
轟は引けない。定めた一定ライン、今も尚背後に倒れ身動きの取れないプロヒーローとクラスメイト達がいる。ここで下がりステインの攻撃範囲内に彼らを入れてしまえば、多少の被弾覚悟でトドメを刺すことが出来るだろうし、轟はきっと庇いきれない。ずっとでなくていい。せめて一人でも動けるようになればこのまま離脱出来るかもしれない。
賢い選択、ではないのかもしれない。ステインという数十のヒーローを潰している存在は、何としてもここで仕留めなくてはいけない。今はまだ大きな影響は出ていないものの、野放しにされているステインは一部の界隈ではカリスマ的存在として扱われている。
生じた犠牲と生じる犠牲。ここで捕縛を優先すれば最低一人は犠牲になる。だが守ることを優先すれば、また更なるヒーローの被害者が出るだろう。一種のトロッコ問題が投げられている。
「んなもん、悩むまでもねぇ」
決断を迫られる必要なんてない。轟は既に見えている。自分の成りたいものが。こうありたいと思える未来が。
「アイツらをヤラセねぇ。お前を逃がさねぇ。目の前の困ってる人を助けて勝つ。どっちもやるのがヒーローだろうが!」
喝破と共に生物の如くしなる氷柱を突っ込ませる。単なる氷壁の力押しでは通用しないし、何より轟自身が持たない。だから少しでも身体への負担を少なく、且つ足止めの時間を作り出す。
今も尚、脅威に晒されているステインは瞑目しながら駆け抜ける。押し潰さんとする氷柱を壁を足場にすることで躱し、氷柱で切り刻むことで更なる足場を生み出しより立体的な動きをする。
有り得ぬ絶技は無我の境地で行われている。今日はいい事づくめだ。ステインにとっての宝石が二つも現れた。一つはまだ及第点で、他とは採点が少し違うがまだこれからという伸び代を確かに感じた。もう一人は事前の調べは無かったが、良いものであったら、語る理想には憧れの存在の片鱗を感じる。彼ならばとステインを夢心地へ誘わんとする。
故にこそ。
彼が真にヒーローであり、オールマイトの後継者でなくとも時代の行く末を担う真のヒーローであるのならば、語る言葉は全て現実へと変えるべきだ。
ギアが上がる。並々ならぬヒーローという偶像に対する熱意とそれを後押しするものがステインをより高みへと持ち上げる。彼はヒーローという尊き存在の為の最後の壁となったのだ。
「氷が間に合わねぇッ」
小細工は抜きだど更にステインの攻撃速度が上昇する。一見捨て身とも思える進軍はそれまでと打って変わっての蹂躙を再現する。だから轟もそれに合わせようとするも、ほんの一瞬、身体が寒さで震えてしまった。
同時に生じる一瞬の間隙。ステインはそこを見逃さない。壁を跳ね回る背後を狙うとも見える上からの奇襲、同時に小型のナイフが轟に投げ立てられる。
狙われたナイフは顔面と頸動脈を狙うものだ。どこを狙ったのかは投げたか定かでなくとも本能が身体を突き動かし、盾にするように腕を上げる。この腕に氷を纏うことが出来れば弾くことも出来ただろうが、しかし轟の肉体が低温に耐えることが出来なくなるし、低温に耐えたとしても、その後今と同じように動かせるか定かではない。故に、覚悟を決める。
鋭い刃が腕の肉を突き破り、痛みに顔を顰めて耐える。意識をほんの少しでも削がれてステインを見失ってしまえば、格好の的である。轟を仕留める、もしくは刺さっているナイフを抜き取り個性を発動せんと一息での急接近。
「させるか!」
近づかせまいと、体の限界を感じ今度は氷ではなく忌まわしき己の左、父より受け継ぎし憎悪の炎を燃え散らす。未だ過去を克服したとはいえない。今使っているのだってクラスメイトの危機ゆえに、己の理由をかなぐり捨てているだけだ。使っている今も不快感が胸を締め付ける。しかし流石は現No.2の継嗣と言うべきか。炎の使用にはブランクがありながら、辺りの氷を一瞬にして溶かし、反動で冷えきっていた己の身体に温もりを即座に取り戻す。
だがそれでも、ステインを退けることは出来ない。
炎という生物の本能へと働きかける現象を使用したとしても、ステインは距離を取るだけで大して危険視している様子はない。寧ろそう来るだろうと分かっていたというような挙動をしている。
「ちっ、これでもダメか・・・」
今度は威嚇するかのように、炎を迸らせる、やはりあまりいい気はしないが、
「はァ・・・確かに炎という現象は強力だ。そしてこの威力。成程、流石はNo.2の血を引いている。当たればタダではすまないだろう」
ゆらりと姿勢を落としながら、しかしその姿が掻き消える。姿勢が落ちる瞬間に、百足のように地面スレスレに身を落としながら疾走する。急激な緩急によって戸惑いはあったものの、咄嗟ながらも右手を払いながら氷河を率いて対処する。
「ソレだ」
「なっ!?」
疾走するステインが一気に急停止してしまう。氷が突き上がった場所はステインの丁度手前。突き上げによる攻撃を行おうとしたため、外してしまった。いや、そうなる様に外されたのか。前方の視界は自らの氷で塞がれ、溶かそうとした時にはもう遅く。
「テメェ・・・!!」
「未だに左右のバランスが取れていないな。はァ・・さっきから炎を使用する時、表情と身体が力んでいる。簡単に分かるほど悪い癖だ」
氷と壁を足場に跳躍し、背後へ回り込んでいたステインに氷壁に頭を叩きつけるように抑えつけられる。苦悶の声と共に意識が一瞬肉体と切り離され、個性の発動が止まってしまう。
指摘通り轟は個性の使用に慣れていない。いや、幼少の頃よりの厳しい訓練で肉体には染み付いている。しかし如何に体に染み付かせていようとも、心が身体に未だ追いついていない。埋め込まれた拒絶と精神的重圧、頭に過ぎる母の顔が阻害する。
そして攻撃の瞬間に混ざる雑念をステインは決して見逃さない。
「ここで殺しはしない。お前がここに来た時にも言ったが、お前は『いい』ヒーローだ。お前や、緑谷出久のような者こそが真にヒーローの資格がある。はァ・・・自己を省みず、善行を行う者にこそ、その名は与えられるべきものだ。断じてあそこの子供と、贋作が名乗っていいものでは無い」
「だから、テメェが裁くのか?」
「そうだ。はァ・・・悲しいことだが、真実のヒーローの姿を知り、声をあげる者は今は俺しかいないからな。だがいつか、鍍金が剥がれて世間は気付く。数多のヒーロー達の間違いに。だから俺が正すのだ。いつか、巨悪を討てるヒーローが現れるまで」
「はっ、そうかよ。とんだ自己中野郎が!!」
ステインの語ることが、マトモなどとは欠片も思っていない。吐き出される全てを妄言だと一蹴する。
見方を変えてしまえばその理屈は間違ってはいないのだろう。ステインの語る理想はつまりは、滅私奉公こそを至上とする者だけがヒーローであるということなのだから。実例としてオールマイトのような素晴らしいヒーローが存在している。自らの危険など欠片も顧みず、いつだって誰かの為に立ち上がる無敵のヒーロー。その在り方に好感を覚えない筈がないし、正しく生き方の理想と言えるだろう。
だが、果たしてオールマイトのようなことを実践できるヒーローはどれだけいる?
どんな状況に陥ろうとも、決して希望を捨てず、挫けず諦めず前へと進める人間が、一体どれだけいるという。
断言出来る。自分には無理だ。そも今の自分だって、目的の中に己の為というものが入っている。言うは易し、行うは難し。純白で純粋な理論は、人間の脆い心には厳しすぎる。
オマケに心だけではなく、ステインは力も求めている。清き心を持つ真なるヒーローが、誰しも強者であるなどという理屈はない。現実はいつだって上手くいかないことばかりで、天は誰にでも二物を与えるわけではない。
そして何より、人は腐りやすい。ステインの理想のヒーローになるということは、その分だけ誘惑が膨れ上がる。金や名声、人を狂わせる要素は世界にはあまりにも多すぎる。
もしステインの理想が実現したとしてだ。果たして、ステインの語る理想に適合して、最後まで貫けるヒーローは何人なのだろうか?
「無駄だ。お前は既に見切られている」
感情を炎の如く昂らせて疑問を捨てる。自分、そして周囲に展開されていた氷壁を巻き込むように暴発していく炎の嵐。鉄すら溶かしてしまう灼熱だがしかしやはり、ステインの言葉通り見切られている。変わらず個性使用の際に現れる一瞬の合間を読んで回避する。
ステインが先程から言うように、既に轟を殺すつもりなどない。ステインにとって轟とは、この先の社会において必要となる本当のヒーローだ。自分の理想を認識しているからこそ、そんな者を態々壊してしまうほど、ステインは向こう見ずではない。それにこの場合で殺すことになれば、大なり小なり被弾を覚悟しなければいけなくなる。
接敵時の緑谷の拳程度ならまだいいだろう。伴う威力を鑑みれば十分な凶器になり得るが、確実な殺傷性においては銃や刃物、そして炎に比べれば格段と落ちる。対して炎は語った通り殺傷性は本物。人間が生来より恐れる現象を武器とするのだ。無理をすれば代償に、相応しい手傷を負うことになってしまうだろう。手負いの獣を追い詰めて、逆に窮地に追いやられるつもりはない。
程度がどれほどかわからぬ以上、無駄な被弾による負傷は褒められるものでは無い。よってステインは当たり前に回避を選択する。
「見切ってるのはテメェだけじゃねぇぞ・・・!」
いい加減避けられるのもウンザリだと、華麗に避けていくステインの気配を追いながら個性の発動。炎を突き破りながら、幾多の氷槍が殺しかねない速度と威力を込めて飛来する。あまりこういった類の攻撃は褒められるものではないため、普段は氷を壁や単純な重量の暴力として使用しているが、相手が相手。油断して生き残れるはずがない。
槍はより鋭利に、より硬く、より素早く、より的確に。人を殺せる形へ変化させる。
「成程。確実に、終わらせに来たか・・・!」
その攻撃、容赦の無さにステインはこれまでの狂気を含んだ物ではなく、優しく微笑むように笑う。その笑みはまるで、出来のいい生徒を見るような教師の如く。これは期待できる、安心だと語りかけるように。
そして、
「その決断———やはりお前は、いい!!」
どちらにとっても完璧だった。初めての攻撃方法だったが、形成した氷は発射速度や威力、判断までもが完璧だった。この一瞬だけでいえば轟はプロヒーロー上位の領域へと足を踏み入れていただろう。
故にこそ、轟の失敗はたった一つだけだった。
轟は幼少の頃より、父であるエンデヴァーにオールマイトを超え、NO.1ヒーローになるために厳しい訓練を課されてきた。殴られ蹴られなどの暴力行為はなかったが、怒鳴られたことなど幾多もある。その厳しさは血の繋がった兄妹たちを、失敗作の他人と思えと言い聞かせるほど。
その過程であったあらゆる事をこの場は無視して、結果だけ言うと轟は今の形として完成した。母より受け継いだ氷、父より受け継いだ炎。圧倒的な個性を使いこなす轟が作り上げられた。
この時も、父から与えられた訓練の成果はよく出ていた。特に最後の氷槍は、一発本番ながらもステインを確実に落とせる出来をしている。よってそれが失敗となっていた。
ステインの理想とするラインを、轟は初めの時点で乗り越えていた。友を助けに来た時の言動や、その後の行動までもが、緑谷出久に並ぶほどのものだった。加えて場数と言うべきか、戦闘に対しての鍛え方は轟の方に軍配が上がっていた。そしてオマケとばかりに、必要であれば躊躇わずに躊躇を捨てて殺傷へ辿り着ける。轟からすれば迷惑極まりないが、ステインにとっては感涙ものだ。
轟の攻撃は正確すぎたのだ。攻撃は全て急所を狙っていた。心臓、頸動脈、頭、肺、腱。倒せなくても確実に致命傷が残る箇所へと攻撃を加えようとしていた。それは殺し殺されという世界に慣れていない者からすれば、素晴らしい判断だった。しかしそれ故に、慣れているものからすれば分かりやすい。
全ての氷槍が砕かれる。どれ一つとして命中していない。急所を狙ったことなど全て見抜かれ、その全てに対処されてしまう。皮肉なことに、磨き上げられた精度の個性が仇となっていた。
そして、詰みへと手がかかる。
「はァ・・・」
「———っ、いつの間に・・・!?」
ステインが舌で刃を舐めとっている。いや、正確には刃に付着した血液を。ならばその血液は誰のものか。答えは言うまでもなかった。興奮し、アドレナリンが大量に発されていたのか、それとも氷の影響で痛覚が麻痺していたのか。気付かぬうちに流れる血で赤く染る右腕。意思に反して動かぬ轟の肉体。
「直に応援のヒーローが来るだろう。大人しくそこで見ているがいい」
「言うに事欠いて、見ていろってか・・・!」
「そうだ。はァ・・・お前はヒーローになる資格がある。だからこそ、ここで終わるべきではない」
「そんなにヒーローが大好きなら、知ってるだろうが教えてやるよ———」
諦め悪く足掻くその姿に素直に好感を覚えてしまうがそれはそれ。この場で何を、と聞き返そうとした刹那、迫る二つの気配を前に自らの失念に気付く。
轟がそうであるように、ステインもまた興奮してしまっていた。緑谷出久という後継者に相応しき少年と戦えた喜びに、それが醒めぬ内に轟との戦い。素晴らしき少年と二人も出会えた。類稀なる本物のヒーローとしての素質を前にした喜びか、もしくは別の要因か。何にせよ、ステインの体内時間は狂ってしまっていた。
「しまった時間、ガバッ———!?」
顔面に突き刺さる拳と脚。それは先程まで動けず、氷壁の向こう側で守られて動けずにいた緑谷と飯田のもの。
ステインの個性は永続的なものではなく一時的なもの。その持続時間は自らの血液型と同じものから順に少なくなっていく。よって、時間があれば動くことはできる。
本来なら決してしないミスだった。普段より細心の注意を払っているため起こりうる事など決してなかった。特に個性を使用したならば気を張っているため気付かぬことなど有り得ない。武器として扱っている以上、自らの個性のことは自らが一番知っている。しかし、それを忘れさせるほどの要因が存在していた。先述した緑谷、轟両名と、学生の域を超えた轟自身の実力。ここにはない別の思惑。
そして一番の要因は轟が一人ではなく、
「コイツらはヒーローで、ヒーローは諦めが悪ぃんだよ」
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「は、・・・あ?」
その結末を見ていた女は、呆けた声と共に自らの失敗を悟ってしまった。都合よく動く為しか価値がない駒に余計な行動や思考は不要と、下手な疑問や思考に齟齬が出ないように方向性を確実なものにしたり等の細工を施していたこと。
罷り間違っても自分の害にならないように考え抜いて施した細工が、逃れられない故に規定していたこととはいえ今回の一件を失敗に陥れる一番の要因にしてしまった。
途中より己の失敗、というより懸念に気付いていたが、追加で介入することは出来なかった。何せあの場には最大の不確定要素がいるのだから。持ち得る手札を使わずずっと取っておくというのは愚かだが、状況に流され気安く手札を切るのは更に愚かな行動だ。
細工を施した。捻じ曲げた信念を貫かせるために、少しばかり素直な性格にしてあげたら、まさか裏目に出て時間を測り間違えるという有り得ないミス。
なんと下らなくつまらない意味の無い幕引き。どれだけ時間を無駄にしたか。いや、もとより計画とはそういうものだ。万事が思い通りに進んでしまう事の方が感覚的だが良いことではない。そういった時に限って、土壇場でどうしようもない卓袱台返しが起こるのだ。
終わってしまえば怒りを募らせるよりも呆気なさに苦笑してしまう。細工を施したせいでこうなったとはいえ、それでも最期の顛末以外には何も影響しなかった。だと言うのにこの結末、結果として役立たずとしか言い様がない。
そして、どうやらまだ足りないらしいと心中で甘い考えを行った己を戒め律した後で、全てを見ていた女は携帯を手に取る。
「予定通りだ、伝えておけ。ちゃんと見えるように、クソカスでも理解できるように丁寧に分かりやすく殺せよ」
命を下し、荒ぶる内心を表すようにそのまま握り潰した。
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人とは思えぬ程に全身が青白く、その巨躯に反して細い身体を持つ脳無を幾人のヒーローと協力して拘束しながら、相澤は決して閉じないように目を見開く。
正直な話、相澤はこの間のUSJでの事件から、保健医であるリカバリーガールに安静にしていろと念を押された身である。あれから時間が経ち、継続して治療を受け続けたため身体の負傷は大体が治ったが、それでも全てとは言い難く、未だ節々に痛みは残っている。
相澤は知らないことだが、その負傷は幸運のものである。もしあの時、死柄木がメディジーナではなく脳無を向かわせていたのなら、相澤はさらに重い負傷と目の付近に傷を負ったことで個性の使用に小さいが、しかし無視できない重大な後遺症を残すことになる。
最低限、誰かの足を引っ張らないように戦えるだけの力も戻した。怪我をするなどいつもの事だ。勘は失っていない。何も無鉄砲に感情に流されてステインを追って保須へ入ったわけではない。
「偶然、とは考えられないな」
拘束され、引き摺られていく脳無を個性を使いながら見送ると、嘆息したように息を吐く。ステインを追って保須に入った。連続ヒーロー殺人事件の容疑者。そしてパッショーネの関係者候補。いや、最早候補などではなく、関係しているのは確実だろう。
ステインは必ず保須へと戻ってくる。それはこれまでの行動から見て間違いのない事だ。そろそろ犯行が再開するのでは?といった段階で、この複数体の脳無の襲撃。
測りきれない。
数多の犯罪者を見てきた。小さいものから大きなものまで。雄英で教師を始めてからも、それこそ学生の時からも。
単純なプロファイリングで見れば、連合のリーダーである死柄木は大人子供と呼べる人間だ。力を持って子供のまま成長した大人。そんな人間は、悲しいことに少なくない。この個性社会、力を持て余している者は残念ながら多すぎる。そんな人間を、何人も見てきた。
だがこれまで見てきたどれにも、死柄木は該当しない気がするのだ。確かに行動として見れば大人子供だが、何かそれだけでは無い、底知れなさを感じてしまう。歴戦の相澤でも見た事のない、人の宿す真実の狂気の様な何か。歪んだからそうなった訳ではなく、なるべくしてそうなったかのように。
もし、悪になることに素質というものがあるのであれば、死柄木は飛び抜けてしまっているのだろう。それこそ、人とは全く違う生物だと思えてしまうほど。
そんな男が、突然このような行動を起こしたことに、なにか意味があるのかも考えるべきなのか。それとも本当に癇癪のうちに起こしたことなのか。どちらが正しいかなど、分かるはずがない。
「もしかしてイレイザーヘッドですか?!」
脳無を見送り次の現場へと向かおうとした時に、誰かに呼び止められた。誰かは分からない。もしかすれば一般市民か?と思って声の方へと振り向く。そこには魚を象ったようなヒーロースーツを着た明らかに一般人とは違う男性がいた。
彼のことは知っている、今回のインターンで飯田から逆指名の形を受けていたヒーローで、ノーマルヒーロー・マニュアルだ。
「・・・どうしました?」
度々このような状況で呼び止めるということには理由があるのだろう。まさかインターンで来てくれた生徒の担任だから、などという理由で呼び止めるなど現状では考えられない。だとすれば、マニュアルの付近に知っている姿がないことを考えれば自ずと答えはやってくる。
「それが、この騒動の間に飯田君がどこかに行ってしまって・・・私の監督不行き届きです。申し訳ありません」
やはりだ。飯田はインターンの目的を忘れ、ステインの討伐へと身を乗り出したらしい。それこそ担当のヒーローのことすら考えず、今起きている脳無の発生さえも無視して。
「いえ、寧ろ謝るのはこちらの方です。こうなることが予想されていた以上、飯田を保須に近づけるんじゃなかった」
「こうなること・・・?」
「飯田が、ステインを追っていることを。もしかすれば既に交戦しているかもしれない」
もしくは既に殺されているかも、などとは口が裂けても言えなかったし、考えたくもなかった。少々強引になってしまうが、無理矢理にでも言いくるるか、教師としての権利を無理に行使してでも、あらゆる可能性を潰しておくべきだった。
「おい、イレイザーヘッド」
これからの身の振り方を考えていた時に、不意に背後より重圧溢れる存在感と、発汗を引き起こす程の熱が相澤へ叩き付けられた。
「エンデヴァー・・・さん」
怯えと尊敬混じりの呟く声はマニュアルのものだ。マニュアルは大手の事務所に所属している訳でもなくて、また本人のランキングが高いというわけではない。よって、国内でのヒーローランキング第2位の男と、ここまで身近に接することはほとんどなかった。
相澤と同じく、事務所をあげてステイン確保の為に動き出していたのは知っていたが、まさか遭遇するとは思っていなかった。
「焦凍の奴がいなくなった。直前に携帯で何らかのやり取りの後、勝手にどこかへ行ってしまった。貴様、何か知っているか?」
エンデヴァーの息子である焦凍は、インターンの先を父であるエンデヴァーの事務所にしていた。エンデヴァーも自らの最高傑作ということもあって、己の力を間近で見せようと奮起しながら共に動いていたのだが、友人のピンチだと言って脳無との戦闘中にふらりとどこかへ行ってしまったとのこと。
「まぁ・・・予想はついていますが」
「言え。焦凍は今、何をしている?」
「恐らくですが、保須に来ている他の生徒とステインの捜索———いえ、既に戦闘しているかと」
「・・・そうか」
焦凍がいなくなる直前の行動を、エンデヴァーは思い返す。己の背を見て、現場のヒーローの何たるかを、そして受け継がせた炎の扱い方を見ておくように告げた時、焦凍はその言を聞かずに、スマホへ落としていた視線を上げたった一言、「ダチがピンチかもしれねぇ」と静かに言って現場より離脱した。
離れていくその背に怒鳴るも、そんなことよりも大切な物があるのだと、周りを振り切って進んでいく、ずっと見続けてきたような迷惑な背中を幻視して、引き止めることは叶わなかった。
「貴様もついてこい、イレイザー。迅速に焦凍を、そして生徒達を見つけるぞ」
「ええ、ですがまず先に———」
共に空を見上げる。先程まで暴れていたのか、それとも他のヒーローに追い詰められて逃げてきたのか、傷だらけの姿を修復しながら飛行している脳無。しかしこちらを敵と認識して、空より襲いかかって来る。
「こっちから片付けましょう」
目を見開く。炎が噴火した。