いつの間にかボスになってた。組織は滅んだけど   作:コズミック変質者

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さよならなんて言わないさ。使い潰すだけだから

 救いなんて一切なかった。神なんていない。誰も手を差し伸べない。それが少年が知った、自分に与えられた世界の形だった。

 

 

 

 個性という存在が現れてから、当たり前のように戸惑いは起こった。それでも10年も経てば順応し、人の意識も、人の価値も、社会の形式も個性を取り入れたものに変化していった。

 そして取り入れ変化し、常識となったことで当たり前に人の価値は傾いた。個性という新たな基準が命に明確な格差を付けたのだ。

 

 国の制度は変化し、優れた個性を発現させた者には唾つけとして惜しみない支援を行った。優れたとはいかぬ、汎用的な個性だとしても、もし家が貧窮に陥っていれば多少の支援を受けることが叶った。

 (ヴィラン)を生みにくくする政策。優秀なものをより先へ進ませるべく。

 その一方で当然、一切を持たざる者達には希望はない。

 

 欠片も支援を受けることなく、路傍に打ち捨てられるのみ。誰からも拾われることなく朽ち果てていくだけだった。

 

 当たり前の家庭に生まれていれば、無個性だとしてもそれなりの生き方はできただろう。親から愛情を貰い、友と友情を育めただろう。それも仕方の無いことだ、変えようのない運命なのだと言われただろう。何せ無個性に生まれる確率は今でさえ僅かだが、少し前までは約二割。五人に一人である。決して少ないとは言えない数字だ。

 

 そう、無個性とて少なくないのだ。それこそ優良な個性と比べたら圧倒的に多いと言える。だがそれを知らぬか、それとも知ってか、愚者というのは多く存在するのだと。

 

 優等な個性を持つ家庭には支援の見返りとして生活の監視などがつくものの、万全の支援を行うというのがその国での常識だ。この制度を狙おうとして、人生の一発逆転を狙おうとする人間とて少なくない。

 

 少年も、その逆転を狙って産み落とされた失敗作の一つ。彼の母親は麻薬狂い(ジャンキー)の娼婦というロクデナシ。これまた筋金入りのロクデナシの彼氏に、借金の肩代わりをさせられてあっという間に地獄に落ちたいつの時代も存在するどこから見ても底辺の人間だった。

 管理するのは街一帯を占めるマフィア。下っ端とはいえ逃げ切れるはずもなく、元より煌びやかでなかった人生はより最悪へと変貌した。

 

 その現状を抜け出したい為か、彼女は自分を買う客と体を重ね、個性を選別しながら毎年子供を産み落とした。彼女は待った。待ち続けた。数年経てば大抵の子供は個性が発現する。自らを地獄から救い上げてくれる子供を、彼女は延々と待ち続けた。

 

 結果は言うまでもないだろう。産み落としたどれもが失敗作。個性を持っていたとしても、金になるほど良いものでは無い。産み落とした子供達を麻薬狂いの娼婦如きが養えるはずもなく、またその気があるはずもない。

 よって当たり前に捨てられる。毎年、個性発現の限界を超えた五歳の子供を捨てていく。

 

 捨てられた彼は、孤独な世界で必死に生きた。幼い体に鞭打ち、拙い知恵を働かせ、盗みを働き、同じ様な境遇の仲間達とコミュニティを作り上げた。同じ様なコミュニティとも衝突した。少ない食料の奪い合いになり、何人もその手にかけた。

 

 裏社会とすら言えない場所で、彼は生き残った。相棒と呼べる友とたった二人で、彼は最後まで生き残った。そう、たった一人になる前に最後まで。

 

 

 

 

 

 狭い路地裏で、雨が降っていた。身体はマトモに動かない。地面は目に見えないほど小さな波紋を大量に作る雨と、大量の流血に彩られていた。

 二人分の血だった。自分と、そして共に地獄を生き抜いた相棒の物。自分たちは撃たれたのだ。かつての報復か、それとも全く関係の無い何者か、はたまた薬でもキメていたのか。判別する方法はないが、ともかく自分達は撃たれたのだ。

 

 銃口が向けられたのは自分だった。発砲音は六回。脇腹と肩に一発ずつその身に受けた。後のことは覚えていないが、自分を突き飛ばした相棒の現状が続きを物語る。その身体には四個の穴が空いていた。故答えは明白。

 自分を庇って倍の弾丸を撃ち込まれたのだ。

 

 当たりどころがどうかなどとは分からない。だが放っておけば確実に死ぬ。それだけの出血をしている。病院に連れていこうにも金などなく、自身もマトモに動けない。発砲音を聞いて近隣住民の誰かが助けに来るはずもない。ここがマフィアの支配地なのは有名だ。厄介事に態々首を突っ込むバカがどこにいる。

 

 神はいない、救いはない。用意された結末はただ一つだけ。

 

 価値のない彼らはただ、淘汰されて死ぬだけだ。

 

 

 

 

 

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「あちゃー、こりゃアイツやっちまったな」

 

 熱に浮かされる市民達の中に潜みながら、スクアーロは端末でステインの状況を確認する。ステインに与えた数多の装備品。その中に隠されていた装置でステインの身体状態は筒抜けとなっている。

 鉄火場での唐突な意識の断絶は、即ちステインが何者かに敗北した事を示していた。

 

「あんまし詳しくねぇけどよぉ、エンデヴァーの名前くらいは知ってるぜ。国を守るNo.2のヒーロー様。性能はどれも高水準。オールマイト抜きなら間違いなく最強。でもよぉ、状況的に違ぇよなぁ」

 

 スクアーロとティッツァーノが紛れたのはエンデヴァーとそのサイドキックのヒーロー達に熱をあげる集団だ。紛れ込みながらも周囲の把握は怠らず、エンデヴァーが少し前まで付近で戦闘行為を行っていたのは周知のことだ。

 

「興奮してて横っ面ぶん殴られたのか?攻撃受けて弱った反応は一つもねぇ。体温の変化にも焼かれたとかそういった異常はないからエンデヴァーじゃねぇ。どこかの雑魚が不意打ちでか。はっ、大口叩いた割には呆気ねぇ」

 

 ヒーローの認識を、社会を変えると息巻いて、いつか自分達に、何よりボスの喉元を喰いちぎると宣言した男は歩き始めで躓いた。名の知れた強敵と出会うことなく。

 それが大元からの干渉があったとはいえ、それでも失敗は失敗であり――

 

「指示が来ました。予定通り彼はここで始末します」

 

 許されることは無い。

 

「漸くこの時が来たか。あの生意気な糞野郎に牙を突き立てられると思うと、身体が疼いて仕方がねぇ」

 

「あまり興奮しすぎないように。今回はいつもとは違い、ただ行えばいいというわけではないのです。ボス直々の指示。次へ繋げる為に大切なことです。我々にも微塵の失敗も許されませんよ?」

 

「ああ、分かってるさ」

 

 たった一つ、ボスの命令だと言うだけでスクアーロの悦に満ちた顔から、ゴッソリと表情が抜け落ちる。この件に関しては確かに前々から楽しみにしていたものもあった。気に入らない奴を一方的に嬲るのは、趣味が良いとは言えないが気分が良くなるのは違いない。これまで足になったり等で、相棒とのせっかくのドライブの気分を崩されてきた分の恨み辛みを残らず晴らしてやろうと思っていたが、しかしそんな遊びをする余裕はない。

 

 ステインが敗北すれば始末するのはボスから言われるまでも無い規定事項で共通認識だ。『パッショーネ』は決して表に出ることは無い。繋がりができてしまったステインは早急に切らねばならない癌である。

 

 その始末役であるスクアーロとティッツァーノに、ボスからの指令が下された。内容には首を傾げるものではあるが、しかし拒否することなど有り得ない。そんなことをしてしまえば、命がないのは自分達の方であるのだから。

 

 スクアーロもティッツァーノもシーラもスキューロも、ボスからすれば都合良く動く手足でしかなく、必ず居なければいけないという存在では決してない。よって下手をするのであれば、ステインの立場に立たされることは当然のことである。

 

「問題はないようですね」

 

 何かと気分が変動しやすいスクアーロだ。浮つく前に釘を刺しておけば余分なものは切り落とせる。スクアーロもティッツァーノもプロだ。尤もプロでもヒットマンとしてではなく、ボスの命令を実行するプロ。

 

「では、行きましょう」

 

 人混みに紛れながら、ステインの倒れている場所、その付近まで歩く。ここら一帯の情報は頭に叩き込んである。予定外の脳無の襲撃で人の流れや瓦礫による道の封鎖などがあるものの、しかし彼らは迷いなく進んでいく。

 

 

 

 

 

 

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「無事か、お前ら・・・」

 

 刃を突き立てられた腕に応急処置を行いながら、轟はステインにトドメを刺した二人へ声を送る。現着した時、倒れる緑谷の背中は裂傷と血で濡れていた。そして砲弾にした指の一本は相も変わらず腫れていた。

 しかし不思議なことに背中の傷はそこまで大したものではなかった。あの状況で、尚且つステインという男が狙いを外すなど有り得ない。

 対して飯田は、分かりやすいほどボロボロだ。新品同然だったピカピカの鎧のヒーロースーツは擦れた痕が幾つもある。飯田自身も無傷ではなく、スーツで守りきれない部分にステインの高い技量で直接刃を突き立てられている。浅い傷ばかりとはいえ、放っていていいものではない。

 

 更に轟はその状態の飯田に無理をさせている。飯田の『エンジン』を限界を超えて駆動させるレシプロバースト。籠る熱を逃すためにステインと戦いながら飯田の脚を冷やしていたが、それでも無茶の類に変わりはない。

 

「うん、僕は何とか。動けないほどじゃないよ」

 

 緑谷はそう言いながら、倒れているステインを見る。壊死してしまう可能性もあるが、しかし決して侮ることが許されず、ほんの少しでも自由を与えればどのような被害を出すか分からない相手であるため、四肢を轟の氷が強靭に固定している。

 白目を剥くステインは、気絶して尚執念を忘れていないのか、刃は決して手放さなかった。

 

「どうして・・・この人は・・・」

 

 気が気でない。緑谷はステインを複数の意味で警戒している。凶悪な(ヴィラン)としては当然だが、残る理由は彼が緑谷とオールマイトの秘密を知っているような素振りを見せたからだ。

 全て、と言っていた。ならば彼は何をどこまで知っているのか。個性の譲渡のことか、歴代より受け継がれてきたことか、オールマイトの弱体化のことか。

 そして何があってステインはそれらを知る機会を得たのか。

 

 秘密を知るのはオールマイト曰く、数えられるほどしかいない。勿論ながら秘密を知る全員が信頼を置ける相手であり、彼らが漏らすようなことは考えられない。ならば、一体誰が――。

 

 

「すまなかった」

 

 

 飯田の枯れたような声で思考が引き戻される。そうだ、今はこのことを考えても仕方がない。所詮自分はまだこの件について詳しく知らない。過去に何があったのかさえも。ならばこのことは今は胸に秘めて、後でグラントリノと合流した時に言えばいい。

 そうだ、今はまず、今出来ることをしなければ。

 

「謝るのは後でもできるよ」

 

「ああ、まずはこいつからだ」

 

 そう、緑谷達が今行わなければならないのは目下の脅威だった存在、ステインを身動きが取れないように拘束することだ。今は気絶しているからいいが、もしもう一度目が覚めればきっと抵抗するために暴れ回るだろう。

 

「拘束用アイテムは持ってるか?」

 

「僕はないよ」

 

「勝手に飛び出してきたからな・・・それに今回は現場の空気を知ることが目的だった」

 

「つまり全員持ってねぇってことだな」

 

 だとすると話は早い。ここから無理に動かすことは出来ないため、ずっと四肢を凍らせたまま拘束しておくしかない。地面と接合している氷を外して滑らせるという方法はあるが。

 

「親……エンデヴァーに連絡しとく。お前らはそいつのこと見て――」

 

 轟の言葉は最後まで発されなかった。何せ彼は見てしまった。ほんの一瞬とはいえ、路地裏の出口にそれは通りかかった。飛んでいた。

 人とは思えぬ肌の色に、剥き出しの脳みそ。歪に成長した肉体。

 USJで見た個体とは肉体の細さもまるで違うが、それでもあんな不気味な生物を見違えるはずがない。改造人間・脳無。

 

 そして何より脳無は今、こちらへと滑空してきているのだから。

 

 

 

 

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「大人しく焼け落ちろ!」

 

 噴火の如き勢いで放出される灼熱。堅牢な個性で無ければ忽ち火達磨になってしまう炎に対して、最後の脳無は防御もせずに背中を向けて逃げ回るのみ。元より普通の思考など欠け落ちているから、暴れ回ることしか出来ていない。

 

 そも今放たれた脳無達は命令系統の調整をマトモに終えていない。形だけ整ったとりあえずの中途半端。判別出来ず味方にも牙を剥く兵器としても落第点。

 事実、黒霧のワープゲートで別々の場所に転移させなければ脳無同士で殺し合いをしていただろう。

 死柄木の与えた命令もその一助になっているのかもしれない。壊せ、暴れろ。細かいことなど欠けらも無い、ただの暴力装置に与えるには真っ当すぎる命令だけは、単純すぎるからこそいい。

 

 ならばなぜ今逃げているのか。恐怖?否。脳無にそのような感情は存在しない。そんなものは製作者の手によって真っ先に取り除かれるものだ。

 

 理由は一つ。ヒーローという邪魔がいるから。脳無の命令に戦うなんてものは無い。だからヒーローに対して目もくれない。邪魔がいるのなら場所が悪いのだと、こうして背中を晒してより壊しやすく暴れやすい場所へと移動する。少なくともこの脳無はそうだった。

 

「埒が明かない・・・!イレイザー!!」

 

『もうすぐ見えます』

 

 逃げ回る脳無の速度は速い。それこそエンデヴァーの炎を全て自分の飛行へ回さなければならないほどに。ちょっとやそっとの噴射では追い付けないくらいには。

 ならば切り札として、イレイザーヘッドによる個性抹消によって飛行能力を奪い、そこから一気に畳み掛けるのが最適解なのだが、イレイザーヘッドの足では追い付けない。先程から幾度か回り込んで見ても、常識的な思考をしていないため無駄に終わる。

 だが同時に、分かったことがある。

 

「この不自然な回避、複合個性か」

 

 イレイザーヘッドの元へと追い詰めるために網を張っても、脳無はかかる直前で急に進行方向を変える。距離が詰まるのもお構いなく、何故そこなのかと不自然なまでに、多少の無理をしたとしても。

 

 脳無。初めて発見されたのはUSJ襲撃事件。その際の報告はエンデヴァーも聞いている。ヒーローとして、親として。

 オールマイトに匹敵する増強系とショック吸収、そして高い再生能力。あまりにも出来すぎな三種類の個性の組み合わせを持つ存在。それ以外にもこの保須で相手をした数々の脳無。

 

 そういった先達がいたのなら、今追っている脳無も複数個性と考えるのが自然だろう。

 

(異形系としての飛行能力。そして、恐らくは虫の知らせ程度の危機察知個性。思考能力は殆どないという話だが、生物としての本能か)

 

 翼も危機察知も強個性とは言えない。そも凶悪なのは個性ではなくその改造された身体能力。細身なその四肢にはどこに源があるのか分からないほどの力がある。

 追い詰められ個性が発動するまで逃げもせず、炎を恐れる恐怖もなく、痛覚すらも機能していない。

 ただ暴れる為だけの暴力装置。

 

「ならば逃げ場がなくなるまで追い詰めればいいだけだ!!」

 

 都合五度目のアタック。叫び、爆炎の両腕が奔る。威力や密度よりも飛距離や壁として必要な火力を。街への多少の被害に目を瞑ってでも、このまま暴れ回る脳無の生み出す被害の方が甚大だ。

 

「正面は任せたぞ!!」

 

 通信機越しに叫ぶ。応答と共に脳無の正面に様々な個性による壁が出来る。炎の、大地の、鉄筋の、水の。ステイン捕獲の為にエンデヴァーと共に保須へと乗り込んでいたサイドキック達、そして別事務所のヒーロー達。

 エンデヴァーの炎で横道を塞ぎ、数多のヒーロー達の個性で正面を塞ぐ。これで脳無の逃げ場は防がれた―――などという簡単な話ではない。

 

 声にならない絶叫を上げながら、エンデヴァーの作った炎の壁を突っ切った。元々火力度外視の、単純にここを通ったら危険だと危機察知を発動させて警告する為だけの炎でしかない。普通に走ったとしても腕などで顔を軽く防ぎ突っ切れば、火傷すらもしない程度。

 危機察知の個性は数こそ少ないが珍しいという程でもない。彼らは個性使用時は、本能的に個性を発動させ、その優先順位もなんとなくだが分かるという。その性質、利用しない手はないだろう。

 

 これまで脳無が捕まらなかったのはエンデヴァーよりもイレイザーヘッドの個性である抹消を最優先で警戒して移動していたためだろう。だからセオリー通り逃げ道を潰し、誘導する。

 

 脳無にほんの少しでもものを考えられる知性があれば話は変わったのだろうが、しかし脳無とは改造人間と銘打たれているが、その実恐れを知らず主の命令を実行する生きた屍でしかない。

 そも脳無は単調でいいのだ。改造された身体能力はただ強いというだけで全てを壊せる。恐怖を振りまける。ならばそれだけで十分だろうと。

 

 

 そして何より、今の状況がそもそも運用状況から外れているから。

 

 

「捉えました」

 

 見られる。人類が持つほぼ当たり前な機能だけで、その個性は発動する。翼の機能が消失し、グライダーにすらもなれない肉の塊になる。危機察知は元より、危険な状況でなければ発動さえもしない。

 

「思ったよりも墜落がはやい。早めに」

 

『わかっている』

 

 脳無の質量と、これまでの速度が加わって落下の速度は予想以上だ。正確な速度が分からない以上、どこまで脳無が視界に入っていられるか。また視界の外に出てしまえば、鬼ごっこの再開だ。別にチャンスがないわけではないが、そこまで余裕をするつもりは無い。

 

 だからこれで仕留めきるのがヒーローだ。

 

「燃え滓にしてやる!!」

 

 後退は一切考えない、愚直なまでの全力突撃。大気圏から流れ落ちてくる隕石の如く、全身より赤を発生させながら流星の如く突撃する。

 空中に投げ出された状態である脳無では、どうにかできるはずもなく。

 

「はああああッ!」

 

 貫かんばかりに右の拳が脳無へ突き刺さる。ただの打撃のはずがなく、自らも焦がさんとする全力の火力。炎という単純にして強い個性。その頂点が真価を発揮する。

 

 奇怪な叫び声を上げながら、脳無は焼かれても暴れ回る。そも止まることなど命令されてはいない。壊れるまで、死ぬまで、遂行するまで。与えられた理由を達成するべく、己が不利な状況に置かれていることすらも理解出来ずにただ暴れ回る。

 

「コイツ、耐性が強い・・・!」

 

 絶命寸前まで暴れ尽くす、その甲斐はあった。エンデヴァーの個性である炎は言うまでもなく轟焦凍と同じもの。容易く人を屠れる凶器である。よってエンデヴァーは他のヒーロー達よりも、個性使用に一層強い縛りを己に課している。

 たとえ改造人間と言えども、絶命させるのは不味い。ヒーローとして当然の倫理観が、脳無の耐久限界の訪れが近くなると同時に強まってしまった。

 

「ぐっ、しまったっ・・・!」

 

 改造人間としての常識外れの膂力がエンデヴァーに直撃する。普通であれば届かぬ場所も、改造された長い手足が関節の動きを無視して届かせる。苦悶の声とともに右腕が脳無より離れていく。左腕を伸ばしても間に合わない。

 

 飛ばれた。逃がした。

 全ての力を振り絞り、天高く脳無が空を飛ぶ。エンデヴァーが飛翔すると同時に発される危機察知。この場に留まっていては不味いと鳴り響く警鐘に従い、脳無は蛇行しビルの合間を縫うように飛翔する。

 

「すまん、逃がした!」

 

『アレの素のパワーは身をもって知ってます。恐らく個性関係なく脳無という個体共通で、身体能力が並外れてます。個性の攻撃でなくても、増強型でなければ相当キツイ』

 

「捕縛は無理か・・・ならばいいだろう、今度こそ焼き尽くす!!」

 

 勝利への道は結局の所一つだけだった。オールマイトのように天候を変えるほどの増強系ならば限界以上のダメージを殺さず与えることが出来ただろうが、エンデヴァーの殺傷性は息子と同様に本物だ。本気を出せば鉄すらも溶かしてしまう炎、使うしかないというのなら。

 

 

 

 

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「はははは!おいおい黒霧見てみろよ、あの無様なNo.2様をさ。ガラクタ一体に対して執拗に追いかけてやがる!しかもあんなにヒーロー動員して、結局捕らえきれずに逃がしちまってさ。まじ笑えるぜ」

 

 事件の渦中にある保須市の一際高いビルの上から、黒霧の個性によってワープしてきた死柄木が、眼下で起こった一連の流れを見て腹を抱えて爆笑する。

 言わずと知れたNo.2のヒーローが調整も完了していない、ましてや戦闘特化でもないドクターの気まぐれで作った脳無一体に良い様に翻弄されている。その姿はヒーローを嫌う死柄木にとって、なんとも愉快な光景か。

 

「危機察知、生命力増加、翼、そしてドクターによる改造。改造はともかくどれもそこまで強い個性じゃない。同系統の個性の中でも、下の上に位置する位の没個性。翼に関しては最近出てきた公安のアイツ・・・えぇっと・・・誰だっけ?」

 

「ホークスですか?」

 

「そうそう、そんな奴。アイツの完全劣化版なのにさ。いやぁ、科学の力ってのは偉大だねぇ。あんなゴミ個性でも個性増強剤をゲーム前に適量無視してぶち込んでやればアレだけ頑張れるんだもんなぁ。ホント、お前のお陰だよ、メディジーナ」

 

 そう言って死柄木は自らの足元、正確には自分が腰かけている物へと視線を向ける。そこには四つん這いになり、自らに乗りながらはしゃぐ死柄木がいても欠片も微動だにしない怪人、メディジーナの姿がある。

 

 脳無製作にあたって、個性使用の単一化や思考能力の低下によって有力な応用が出来なくなるという弊害により本来想定していた使用を行えなかった個性。それらを解決する案として採用されたのがメディジーナと同じ手法。即ち限界以上の薬を投薬することによる肉体面と個性面へのドーピング。究極の脳筋思考。

 

 多種多様な薬物の一斉投薬は代償として脳無特有の無限のスタミナを瞬時に燃やし尽くす。長期的な戦闘には向いていないが、それでも一時の悦を満たすには十分だ。

 

「そろそろ限界かな」

 

 脳無の肉体が端から屑となって零れ落ちる。ドーピングで消耗された肉体に、エンデヴァーの炎を長時間浴びたのだ。幾ら改造人間と言えども、肉体の崩壊までは秒読みだ。だから最後は、せめて華々しく散らせてやろう。所詮道具のことだから気にも止めないけれど、それでもNo.2でさえ倫理という足枷があることは判明した。大収穫だ。

 オマケに命令の内容は暴れることだけ。単純故に加減の必要も余地もなく、常に自己の限界点を出し続けている。

 

「んじゃ、負け犬の先輩へのプレゼントにでもなってくれ」

 

 遠くとも構わない。優れた感覚、そして改造による電気信号を通じて同じ保須市にいる死柄木の命令は聞き届けられる。だから最後に、子供に負けた情けない先輩と共に処理しようと自壊を命ずる。

 

「ステインの最後、見届けなくても構わないのですか?」

 

「いやいや、アイツにそんな価値ないだろ。あ、でもヒーロー殺しの名前だけは貰ってくか。こないだ減った雑魚の分、補充しないとだしな。しかも今度はちゃんとしたのをさ。

 義爛に伝えとけ、ヒーロー殺しは連合の傘下だったってさ。ちゃんと宣伝してもらわないとな。あ、でも負け犬の名前なんて汚れるだけか・・・まぁしょうがない。そこは清濁併せ飲もうか」

 

 

 

 

 

「死人に口なし。だから可愛い後輩の未来の為に死んでくれるよなぁ、先輩」

 

 

 

 




エンデヴァーと追いかけっこしている脳無は敵地のド真ん中に突っ込んで撹乱するためだけに作られた個体で、生命力増加によるしぶとさと危機察知による第六感の如き回避性能を重視された設計。総合的な攻撃力は脳無の中では下位に位置する。
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